うたかた日記 (2001年5月1日〜31日までの分)

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5月31日(木)曇り  なんじゃ、こら

 いやはや、本当は6月1日の朝であるが、今日は掃苔記の更新バージョンを立ち上げる予定なので、またズルをして、5月最後の日記を書いておこうというわけ。

 とはいえ、今朝の朝刊を見ると(笑)、先日田中外相がいちゃもんをつけた中国訪問時のホテルの部屋(1泊28万8000円の最上級スィート)を変更したキャンセル料が27万5000円だったことが報道されている。変更したのは1泊9万円の部屋。まあ、2泊で57万6000円(に税サービス料はプラスされるだろうけど)払うところを、キャンセル料を払っても45万5000円になるんだから、12万1000円は税金を無駄遣いしないで済んだ、という計算も成り立つが、担当者が事前に部屋の写真をご本人に見せていたことも表沙汰になっている。しかも、キャンセル料は予算項目から支出できないため、担当職員らが私費で負担するというのだ。

 夜中に部屋を変えろなんて、普通でも非常識な人。だいたい、外交に外国を訪れたVIPがそのあたりで一番の部屋に泊まることは、そんなに罪ですか。警備も含め、その部屋でゆったり疲れをとって、次の日程に備えることの方が重要だと、私は思う。そんなに高い部屋が嫌なら、最初からそう指示するべきだし、次回から改めるってことでも充分改革になるだろうにね。

 よくいるじゃないですか(「じゃないですか」って嫌いなんだけど、つい使ってしまったぜ)。身内には暴君なのに、外ではペコペコしてるヤツ。田中さんって、まさにそんな感じ。しかも、今になって「大臣というのは、こんなに高い部屋に泊まってきたのか、なんじゃこら、と思いましたよ」なーんてこれみよがしに文句言っちゃったりして。ちょっとくだけた物言いをすると“庶民派”がアピールできると思ってはるのかなあ。私にはただ、「品がない」としか思えないけど。

 小泉さんもついに言ってました。「外交が本文。省内の体勢を固めるのもいいが、固めるのは外交のためだから、あまり焦らず、急がず、じっくり勉強してほしい」とね。彼女は外務省をたたきなおすために外相になったんじゃあない(多少はあるかもしれんが(笑))。必要があれば、その役割も尊いだろうが、いい加減ダミ声文句たれにうんざりする。だいたい身内を治めることもできずに、あまつさえ敵視して、外にいい顔だけするなんてカメレオンじゃああるまいし。見苦しいこと甚だしい。要は、もっとスマートにやってほしいのだ。でなければ、“主婦感覚”はあの程度か、と思われてしまう。

 一匹狼の悲しさなのかな。しかし、人の痛みは分かるんだろうか。

 薫風の5月最後に、また時事放談炸裂してしまった。くうーっ。お後がよろしいようで。
 
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5月30日(水)雨  苦楽しい

 もはや入梅を思わせるぐずついたお天気。できるなら、6月まで待ってほしいけれどね。

 「掃苔記」の更新バージョンが半分できた。あと半分を完成させれば、公開となるのだけど。
しっかし、誰に頼まれもしないのに、よくやるなあと我ながら苦笑。睡眠削ると、昼間にしわ寄せがくる。今日も昼食後、しばし意識不明に陥った(つまり、居眠りね)。睡眠時間が少なくてもすっきりしている人がうらやましい。
 でも、不思議なことにストレスレス。昔、黒柳徹子氏が超多忙で疲れきって仕事を休養したそうなのだが、その後からは絶対やりたいことだけやろうと決意して、今日までその主義を貫いているそうだ。道理であの元気(笑)。でも、つくづく感じるのは、自分が本当にやりたいことは苦しくても楽しいと。一見アンビバレンツな感じだけど、苦楽しいわけです。もちろん、お仕事もそう。人生すべからく苦楽しくやってこそではないかと・・・。「苦あれば楽あり」というニュアンスともちょっと違うけれど。

 最近お便りないよおと思いつつ、不思議なことに、アクセスだけはちょろちょろ刻んでくれている。更新するのが日記ばっかりで申し訳ないのだが、皆さんも難しく考えないで、2〜3行でもなんか送ってくれると嬉しいです・・・。お気軽にーっ!

 小泉さんのメールマガジン、タイトルが『らいおんはーと』ですと。ニュースキャスターの筑紫哲也が「ライオンは髪型だと思っていたけど、ハートだったんですね」とコメントしていた。しかし、X−JAPANといい、SMAPといい、ミーハーだなあ、彼も。そのレベルで日本が立ち直れば苦労はないけどさ。
でも、一度はアクセスするであろう。私もミーハー?

 いやはや、まとまりのない日記になってしもうた。じゃ、またね。
 

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5月29日(火)曇りときどき晴れ  「いいうたいろいろ3」と思い出と

 昨夜はJournal d’OHAKA の原稿をかいてる最中に猛烈な眠気と思考能力欠如に襲われて、とても日記にまで回らなかった。こんな私も昼間は仕事をしなくてはいけないのだ。更新もなかなか予定通りにはいかなくて・・・。I’m sorry。

 今日は、検査の結果を聞きに久しぶりに病院へ。前回のスムーズさに味をしめて、待ち時間なしを期待していったら、あにはからんや。30分ほど待たされて診察室へ。予想通りというべきか、結果に異常は認められなかった。やれやれ。念のための検査とはいえ、時間とお金は予想以上にかかってしまった。まあ、これも予防医学の進歩と感謝すべきなのだろう。
 
 さて、不撓不屈な人といえば、先日北極海で冒険家・河野兵市氏が遭難死された。温暖化の影響で北極海の氷が薄くなっていたり、割れ目ができていたり、以前よりもずっと危険になっていたそうだ。もちろん、そんなリスクも折り込み済みで出発されたのだろうが、辛い結果になってしまった。

 とはいえ、河野さんという存在も、彼が6年の予定で冒険の旅に出たことも、ほとんどニュースにならなかったように思う。思えば、「冒険」自体、誰に頼まれるわけでもなく、成功すればヒーローでも、その途上はほとんど省みられない仕事だともいえた。彼にも妻や子どもたちがいる。6年をかけて家族や支援者の待つ故郷・愛媛に戻るつもりだったそうだ。そんなあまりにも壮大な冒険に挑んだ夫を気持ちよく送り出した奥さんを、私は尊敬する。志半ばの死。無念さはいかばかりかと思うが、植村直己氏しかり、冒険の地で果てる人のことを、私たちは心のどこかで憧れたりする。

 これも昨日の続きだが、沢知恵の『いいうたいろいろ3』には、私にとって涙ものの記憶を呼び覚ます曲が収められている。13曲入っている童謡のうちの『七つの子』と『故郷』。
 それは9年前。林檎を頼って初めてフランスを訪れたとき、彼女のピアノ伴奏で私が歌ったのが『七つの子』だった。彼女が間借りしていた家の主であるルイに泊めてもらったお礼にプレゼントするつもりで、テープに録音したことを思い出したのだ。日本の童謡は旋律がきれいだし、歌詞が分からなくてもきっとそのよさを分かってくれるだろうと、2人で考えた結果、一番いいねといったのが『七つの子』だった。とってもハンサムなのに自分でジャムを作ったり、テーブルクロスを縫ったりするルイ。フランスでは珍しくない、ゲイのお医者さんだった。
 その後、林檎の結婚式で私はルイと再会した。2人は新婦である林檎の保証人として、祭壇前でサインをし、私は自作の詩を朗読した。別れ際、ルイは私に「手紙を書いてよ」と言ってくれたが、それは単なる社交辞令にすぎないと、結局一度も手紙を出さなかった。その後、ルイは引越しをした。林檎がいなくなった今となっては、手紙を書くにも住所が分からない。プレゼントしたあのテープはいったい、どこにあるのだろうか・・・。

 その林檎の結婚披露宴で、日本人招待客がご祝儀代わりで唄ったのが『故郷』。ただ偶然、皆がすぐ唄える歌ということで決めたのだけれど、1番の歌詞を2回繰り返したと記憶している。あの時、その数年後に彼女がいなくなるとは誰も想像すらしなかっただろう。でも、2番、3番の歌詞を読むにつけ、運命の非情さを感じずにはいられない。
 
 如何にいます父母 恙なしや友がき
 雨に風につけても 思い出づる故郷

 志をはたして いつの日にか帰らん
 山は青き故郷 水は清き故郷

 思えば、私が知っている限り、林檎も不撓不屈の人だったのだ。
 
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5月27日(日)雨ときどき曇り  不撓不屈な人々

 夕方、ふとつけたTVで、ちょうど大相撲の千秋楽が中継されていた。まさにトリの一番、貴乃花対武蔵丸の取組みが始まろうとしていた。「んん?貴乃花おかしい」と実況のアナウンサーが声を上げて、私も思い出した。昨日、全勝で突っ走っていた貴乃花が武双山に負けて、右足を負傷したのだ。ひざのテーピングも痛々しい貴乃花に、思わず釘付けになった。
 
 言っておくけれど、別に相撲ファンではない。まして、若貴兄弟はじめ、何かと芸能ニュースを賑わすニ子山部屋一家は、「すかん奴ら」であった。おかみさん不倫事件は、愚の骨頂ともいえた。そんなゴタゴタに皆も嫌気がさしたのか、相撲そのものがマンネリ化したのか、最近の大相撲は満員御礼の垂れ幕が出る事もめっきり少なくなったそうだが、確かにいつ始まって、いつ千秋楽だったかさえ、ニュースになることも少なくなっていた。しかも、例によって貴乃花全勝優勝のシナリオでは、少しも面白くないのだ。

 敵なしの横綱が「好事魔多し」の如く負傷した怪我をおして挑む千秋楽。負ければ優勝決定戦にもつれ込む。しかし、そこで勝てる確率はかなり少ない。しかも、怪我の状態は、いかにも悪そうだった。なのに、貴乃花は顔色一つ変えない・・・。案の定、結びの一番では武蔵丸があっさり勝った。どうなる、どうする貴乃花。実況のアナウンサーも、解説者も、観客も、視聴者も、固唾を飲んで、10分後の決定戦に立ち会った・・・。

 これぞ「怪我の功名」というのだろうか。それとも「火事場のバカじから」というのだろうか。上手投げで武蔵丸を倒した瞬間の、貴乃花のもの凄い形相!泣いているとも、吠えているとも見えたあの顔は、解説者いわく「あんな表情は、今まで見たことがありません」。有森さんじゃないけれど、私には「自分で自分を褒めてあげたい」って感じに見えた。「おっしゃあー、俺は勝ったぞお〜」。

 しかし、その顔に、私は不覚にも胸を打たれてしまった。国技館の座布団も飛んだ、飛んだ!

 兄ちゃんは横綱になるとさっさと引退し、相撲協会を批判したり、タレント気取りでやっていたかと思うと、今度はアメフトのプロに挑戦するんだとアメリカに行っちゃってるのには、笑ってしまったが、貴乃花はいまだに大関昇進の口上通り「不撓不屈で相撲道に精進」している。今日は、その美学を見た思いがする。

 表彰式で、小泉首相が直々に総理大臣賞を授与した。歓声がひときわ起こり、純ちゃんまたまたご満悦。しかも、表彰状を読み上げた後で、拍手が引くのを待って、さらに一言「痛みに耐えて、よく頑張ったっ! 感動したっ!」と演説風コメント。もちろん、やんやの喝采。土俵ではまるでせんべいのように薄い身体が一層小さく見えたけれど、一瞬貴乃花より目立っていたぞ。彼って、やっぱり根っからのパフォーマンサー(こんな言葉はない。でも、パフォーマーというのもしっくりこないので・・・)
しかし、「困難にあってもひるまず、くじけない」のが「不撓不屈」の意味だそうなので、ある意味、彼らは同志、「不撓不屈」といわれる人たちなのだ。

 不撓不屈といえば、私の好きな沢知恵が先日、ライフワークであるカヴァーアルバムの第3作目を発表した。『いいうた いろいろ3』は童謡の名曲13曲が独自のアレンジで収録されている。群雄割拠のJ−POP業界では、イマドキ童謡のカヴァーアルバムなんて、決してメジャーになり得ない。だから、近くのCDショップにはどこにもない。よって、HMVのネット通販で発注。今日ようやく届いた。ほぼピアノ一本の弾き語り。どれも私が子どもの頃から親しみ、今でもとりわけ好きな曲ばかりだけれど、確かな歌唱力とアレンジ構成力なしには、成り立たないアルバムともいえる。彼女は『いいうた いろいろ』シリーズをあと20、30と続けていくつもりらしいが、“売れる音楽”が量産され、消費されている中では、実に孤高のアーティストなのだ。でも、“変人”が首相になる世の中だから、彼女もいつかメジャーになるかしら。

 私自身は不撓不屈の対極にあるような人間。でも、怠け者にも五分の魂、なーんちゃって。


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5月26日(土)晴れのち曇り  いやなこった

 週末はどうしてもパソコンから遠ざかってしまう。昨夜も眠さにギブ・アップ。今は27日の朝。でも、夜また書きたくなるかもと日付は昨日のままである。

 TVをつけると、どの番組も小泉首相&田中外相ネタ。フジの番組では、中曽根爺がコメントしている。嗚呼・・・。もっとフレッシュな論客はいないのか。

 小泉さんが写った自民党のポスターが人気なんだそうだ。「カッコイイ」「母もファンなんです」・・・。ワイドショーもまるで彼らを芸能人扱いしている。

 だいたい、自民党のTVCMのBGMにXJAPANが流れた日にゃー、「やっぱり、おかしいよ」。悦に入ってる小泉さん、大丈夫か。

 田中外相も、あのはしゃぎようを見ると、外交デビューの地を何がなんでも中国にしたかったのかと思ってしまった。

 森さん不人気の反動はあるとは思うけれど、とにかく皆トチ狂っている。それを報道するマスコミもマスコミだ。

 頑張って日本を立て直して欲しいと思う。だけど、何か変じゃない?こっちも、もう少し冷静な目で見なくちゃ。

 「ポスターをどこに貼りますか」という質問に「台所に(笑)」と答えていた女性。いったいどんな、家に住んでいるんだろう。私には考えられない。台所に政党ポスターなんて。いやなこった!

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5月25日(金)晴れ  琴電に乗る

 昨日から今日にかけて、四国・香川県に行っておりました。とある展覧会を見るためです。

 ただ、それだけのために、夫に子どもの世話を任せ、大枚はたいて新幹線と電車を乗り継ぎ、瀬戸大橋をまたいで片道約3時間。まったく、なんという道楽者でせう。しかし、展覧会があさってまでの会期と知って、どうしても行きたくなったのだ。昔、アゴタ・クリストフの『悪童日記』が演劇化され、どうしても見に行きたくなり、行きは飛行機、帰りは夜行バスというとんでもない手段で東京をとんぼ返りしたことを思い出す。私には、そういう“癖”があるのだろうね。
 四国は、学生時代のサークル合宿で高知に行って以来。香川は初めてだった。当時はフェリーで一晩がかりだったけれど、瀬戸大橋線ができたおかげで、岡山から海を渡るとすぐ四国に着く。お目当ては丸亀市にある丸亀猪熊弦一郎現代美術館で開かれている『ヤン・ファーブル展』。

 駅を降りると、目の前に美術館があってびっくりした。こんな立地に建てられた美術館は初めてだ。
現代美術の巨匠として知られる(といっても私はあまり知らなかったが)猪熊弦一郎の功績を記念して平成3年に建てられたそうだが、コンクリート打ちっぱなしの外観もなかなかモダン。しかし、中に入ってまた驚いた。平日で人が少ないということもあるが、吹き抜けの空間は木の床に白い壁。その心地よさときたら、格別であった。実のところ、うちわとお城以外、これといって名物はなさそうだし、駅前商店街もさびれつつある丸亀市だけど、この美術館だけは評価も高いようだ(少なくとも来館者の感想が書かれたファイルを読む限り、皆絶賛している)。私自身、「儲けモノだ」と感嘆するばかりだった。市担当者のセンスがいいというのだろうか。時代の空気をうまく読む取るあんたはえらい!と言いたいほどだった。

 『ヤン・ファーブル展』についての詳細は後日、別ページを設けてご紹介するつもりにしている。あと2日で終わってしまう展覧会だけになかなか辛いものはあるけれど、ミニトリップ紀行として読んでいただけると嬉しい。ちなみに、ヤン・ファーブルはファーブル昆虫記で知られるファーブルの曽孫である。さて今日は、同じ香川県の高松をはさんで東側にある志度町に立ち寄った。ここはエレキテルの発明で有名な平賀源内の出身地であり、彼の墓所があるというので、足を運んだのだ。志度町と高松の間にはJR線と平行して私電・高松琴平電鉄志度線が走っている。往路はJRを使ったので、復路はこの琴電に乗ってみた。2両の電車がのんびりと海岸線をゆく。瀬戸内の静かな海の風景を眺めながらの旅もなかなかオツなもの。アナウンスからドアの開け閉め、切符の販売まで、いろいろとこなさなくてはならない若い車掌さんの姿も印象に残った。

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5月23日(水)雨・雨  まんさん祝い

 
熊本地裁が出した、ハンセン病訴訟の判決に対して、国は控訴断念を発表した。そりゃあ、そうだろう。政治的な判断としては、ここで控訴しようものなら、小泉人気の一気凋落は目に見えていた。そして参議院選にも必ずや影響を及ぼすだろう。だから、驚きはしない。しかし、「原告であるか否か、元ハンセン病患者さんか現患者さんかを問わず、国としての賠償を検討し、差別偏見に対する啓蒙を推進する」との判断にまで言及するとは思わなかった。これが“情ある人”を強調する小泉流というのだろうか。むしろ、この機に訴えに出られたハンセン病訴訟団の人たちに小泉さんは感謝しなければいけないくらいだ。まさにピンチはチャンス。私たちも、これが決して見せかけパフォーマンスに終わらない
よう、「ほんまかどうか」をしっかり見ていかなければならない。もちろん、原告団の方々にとっては、この上ない喜びだっただろう。

 ところで、石垣島のTakashiさんからこんなメールが届いた。

 開設一ヶ月はなによりです。沖縄では子供の誕生一ヶ月目を『まんさん祝い』と称して友人知人親戚兄弟隣近所なんかを集めてちょっとした宴を催すわけでして、SOTAIKIもまんさん祝いという事でめでたいわけです。

 そうか。昔、娘が1歳になるまで毎月の誕生日にお祝い&記念写真をしていたことを思い出す。たかが1カ月で浮かれるなんて、と我ながら情けなくも思っていたけれど、まんざら捨てたもんじゃないんだなあと感じ入った。(窓の外では雷鳴がゴロゴロ)。「はえば立て、立てば歩めの親心」というじゃありませんか。毎日の積み重ねが、継続のチカラになるのだと肝に銘じている。

 これは非常に不遜な考えではあるが、SO−TAI−KIを読んで下さっている方とそうでない方には、私への印象にもかなり隔たりがあるんじゃないだろうか、などと思ったりしている。我ながら「それって何様?」という気はするけれど、SO−TAI−KIを介在した人間関係は、私にとって非常に心地いいし、その人のことも見えてくる気がするのだ。逆に、介在しない関係では、当り障りのない“普通の人間”としてあるだけで、どこか血が通わなくなっているような・・・。

 忙しい毎日だもの。皆に「読んで、読んで」とは言えない。そこが私の奥ゆかしいところ(笑)。皆に知られてもかえって困るかもしれない。でも、読んで、何かを感じてくださる(共感であれ、批判であれ)方がいるなら、私はその方たちを心から敬愛しています。

 明日はわけあって、更新できない予定。それについては、またいずれ。

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5月21日(月)曇り  有朋来遠方

 SO−TAI−KIも無事1カ月を乗り越えた。とはいえ、ここ2、3日は日記もおさぼり。アクセスしてくださっていた皆さん、すみません。この週末は友人が、えっちらおっちら電車に揺られて、泊りがけで遊びにきてくれたのだ。まさに「朋有り、遠方より来る」である。ゆえに、パソコンの前に座ること自体なかった。

 彼女は、林檎ともう一人の友人の4人仲間の一人。仮称を桃ちゃんとしておこう(本人はびっくりするかな)。小学校5年からの付き合いだから、既にウン十年(笑)。こういうのが“竹馬の友”というものだろうか。OL生活を経て、今ではとあるクラフトアートの専門店(知る人ぞ知る)のベテランスタッフとして活躍している。飽きっぽい私とは違って、1つの道をじっくりと歩いていくタイプだね。で、お客さん大好きの娘にも根気強く付き合ってくれた。土曜の夜はおそくまで、二人でおしゃべり。高校2年の時も同じクラスになったのだが、ちょうどその頃の写真を引っ張り出してきて、同級生の消息などをあれこれ語った。今ではいいおっさんとおばちゃんの年齢なのだが、17歳頃の写真を見ていると、彼らは今も同じ顔をしているに違いないと思わずにはいられなかった。だって、写真の顔が既におっさん、おばちゃん系なのだ(笑)。人の顔を見て、大笑いする2人。あーあ、ばちあたり。
 
 日曜日にはお弁当をこしらえて、神戸市北区の「しあわせの村」へ。しっかし、暑かった。しかも、家族連れの賑わいにやや疲れて、あまり長居はできず、同じ北区にある弓削牧場に移動した。私は、この弓削牧場が大好きだ。すぐそこまで住宅地が迫っているにも関わらず、牧場まで上がってしまうと、そういう生活感のある風景がすっかり見えなくなって、暑さもすっかり和らいで。なんだか、異空間にワープしてきた気分になるのだ。(いや、ほんま)。「ヤルゴイ」というレストラン棟では、オリジナルメニューの食事もいただけるが、既に大量に作ったお弁当のおかげで、お腹は満腹状態。牧場産の牛乳やアイスクリーム、コーヒー、紅茶を注文するのに精一杯だった。レストラン棟の前には斜面にハーブの植わった庭が広がり、奥では羊や山羊も1匹ずつ飼われている。この羊がまた可愛いのだ。まるで、サン・テグジュペリの「星の王子さま」の挿し絵に登場する子羊そのものなのだ。子どもたちがどんどん草を与えるのだが、羊もいつまで〜も気持ちよさそうに草をはんでいる。その姿を見ていると、こっちまで幸せな気分になってくる。久しぶりに行ったけれど、本当になごんで、思いのほか長居してしまったわん。

 腸の調子(って、ダジャレじゃないよ)がいまいちのくせに、欲張りが災いしてつい大食らい(笑)をしてしまったせいか、昨夜は胃腸ともにかなりお疲れ状態。今日は、食事も控えめにしたら、何とか回復を見せている。

 表紙と日記のレイアウトを変えてみた。「アンケートもあるといいですね」とのご意見を頂戴。それも考えてはおります。とにかく、“よりインタラクティブ”を心がけていくつもり。コンテンツの更新は今週来週と徐々に行なっていくので、今しばらくお待ちのほどを〜。

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5月17日(木)晴れ  そろそろ

 月曜日の検査で痛みを和らげる点滴を打たれたのだが、その針痕の痛みが、ようやく薄れてきた。だって、どうみても血管をそれているもの。検査のとき、若い看護婦さんに「ちょっとボーっとしますよ」と言われたのだが、そんな状態には全くならず、検査後、寝ていた台から降りるときも、正常だった。それでも看護婦さんは「大丈夫ですか」と労ってくれたのだが、それってもしかしたら痛み止めの点滴が効いていなかったのだろうか。道理で、痛かったぞ。と、今頃言っても仕方ない話だけど・・・。

 今日は再診。病院の受付に行くと、あっという間に呼ばれ、あっという間に診察が終わって、あっという間に病院を後にした。再診とはいえ、月曜日とはえらい違いにびっくりした。こういうタイミングもあるんだな。

 それにしても、驚いたのは検査費用の高さ。あのとき医師が「がんばって、やってみましょうか」と言った意味には、肉体的苦痛と同時に、金銭的苦痛も入っていたのか(笑)と、今さらながら唖然とした。私の場合保健は3割負担なので、医療費としては5万円ぐらいかかっている計算になる。検査に立ち会った医師や看護婦の人件費、機械の償却費などもろもろ合わせれば、それぐらいでも利益は薄いのかもしれない。疑わしきは検査、というご時世なので、患者も確かに恩恵を被っているはずなんだけど、どこか釈然としないのは、医師が自分の「手」の感触、勘のようなものの入り込む隙もない医療の未来は、高度化すればするほど、危ういものになるような気がするからだ。それが証拠に、今日の医師は患者(つまり私)の身体に完全ノータッチ。そして、「まだ生体検査の結果が来ていないので、また来てください」とおっしゃった。「医は仁術なり」なんて言葉も、今となっては口に出すのも恥ずかしいのである。

 さて、SO−TAI−KIも、日記ばかりではなく、メインのページも更新に取り掛からなくてはいけない。早いもので開設からもうすぐ1カ月。そう、思いつつ、今日はGoogleで「お墓」を検索してみた。そうしたら、けっこうお墓に関して興味深いサイトも2、3発見。相互リンクをお願いせねば。とある団体に相互リンクをお願いしたら、会員になることが条件だといわれた。それも、個人会員はダメで、団体扱いになるそうだ。そうなると、会費は4倍に跳ね上がる。それは殺生だっせ。最初からそううたってくれているなら、お願いすることもなかったと思うのだが、あちらはあくまでも会の運営にメリットのある団体と仲良くしたいわけで、こんな個人のちっぽけなサイトには興味もないという雰囲気だった。私自身は、内容に興味があり、代表者の見識にもかねがね尊敬の念を抱いていたのだが、そこに一定額以上のお金が介入すると、なかなか難しい。

ふー、眠たいぞ。そんなこんなで、夜はふける。明日もいい天気ならいいけれど・・・。
  

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5月15日(火)うす晴れ  根が生えた

 このところ、誰かと昼食を共にすることが続いている。そのたびについ長話。この間はサンマルクで、今日は神戸屋レストランで、それぞれ3時間以上も居坐ってしまった。どちらもパン食べ放題のシステムだから、つい取り過ぎるきらいはあるが、今日は我ながらお代わりが可愛かった。そのわりには、何度も「ただいま、パンが焼きあがりました」とパンの並んだカゴをウェートレス嬢がもってくる。つまり、「いいかげん、お開きになさったら」という合図であろうか。それなのに、私たちったら・・・。しかし、同じ姿勢でずっと座っていると、飛行機のエコノミー症候群にも似た足のうっ血を感じる。歳のせいだろうか。

 昨日の日記を見てくれたその人は、私に「こんな本知ってる?」と1冊の本を差し出した。著名は『胃腸は語る』。まさにタイムリーなのでちゃっかり借りたのだが、まだ詳しくは読んでいない。幸か不幸かお腹の調子はいまいちでも、食欲は変わらずの私だが、自分の身体は自分で労ってあげなくちゃね。この本読んで、食生活をもう一度見直してみなくては。SO−TAI−KIを立ち上げてから、私は本当にいろいろな人に助けられるということを実感する。

 実は、明日は病院へ行くと決めた日曜日、我ながら自分の症状にびびり、最悪の事態も頭をよぎった。林檎の死を経験し、たとえ若くても、この世の中何が起こるか、誰にも予測がつかないことを痛感したからだ。今となっては単なる杞憂に終わるのだが、「もしものとき、医者は私にどう説明してくれるのだろう。嘘でごまかして、後でこっそり夫にだけ告知することになったら、どうしよう。でも、彼は絶対顔に出るタイプだ。それを悟って、よけいショックを受けるのは、ますます辛い・・・」などという思考が頭を駆け巡った。でも、そういうときに限って大したことはない。ここ数年の傾向でもある。

 こんな、バカなことを考えていたせいだろうか。ちょっと告知するのを忘れていた。まあ、なんというか、つまり、私たちのバンドではキーボート奏者
として参加してくれる方を大々的に募集しているのだ。自薦他薦・年齢・性別問わず。コーラスなんかも受けてくれたら、モアベターよ。興味のある方は一度お尋ねくださいませ。

 LETTREにはルシイドさんのお便りをアップした。ちょっと重たいけど、一考にしてね。

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5月14日(月)たぶん晴れ 撹乱な一日

 土曜日から、妙にお腹がぐるぐるキュルキュル。昔から何があっても胃腸は丈夫できたけれど、出血までみるとちょっと不安になる。ということで、朝から病院へ出かけた。近くの個人医は、どうしようもない医者なので、混んでいるとは知りつつもこの辺では一番大きな総合病院に行った。月曜日ということもあり、案の定すごい混み具合。したがって、診察室に呼ばれるまで2時間かかった。やれやれと思うと、やけに診察内が慌しくなった。「虚血性大腸炎だと思います。がんばってカメラを飲んでみましょう」

 それからが大変だった。腸内をすっからかんにするため、ニフレックという名の下剤を溶かした2Lの水を飲めというのだ。これが、実にまずい!しかし、喉が渇いていたせいか、最初の1杯を一気飲みして、看護婦さんに驚かれてしまった。これも結果が早く知りたいと思えばこそだ。また、飲みなさいといわれたら「ご勘弁を」ですが。
 
 そして、訪れる便意。ビロウな話で申し訳ないが、さて何回トイレに駆け込んだだろう。お昼ごはんも抜きだし、この繰り返しにはさすがに疲れてきた。しかし、本当にしんどいのはこれからだった。検査着に着替え、検査台に乗ると、内視鏡検査の始まり始まり〜。昔、バリウム飲んでくるくる回った検査もたいがいだったけど、こっちも相当に嫌なものである。
モニターに映った我が腸内。医師は「まだ、残ってますからねえ。わかめとか」。確かに管の中に内容物が寄せては返している。あれあれ・・。

 だいたいこの検査は前夜から何も食べず、さらに2時間かけて下剤を飲むことになっている。なのに、今日検査できるからと強行するっちゅうんだから、無理言ってるのはそっちでしょうが。と不自然な体勢のまま、胸の中で毒づく私。

 結局、目立った潰瘍はなく、軽い腸炎だろうという結論に達した。虚血性大腸炎と言った医者と、検査をし、結果を伝えた医者は別人。廊下で立ち話程度に伝えられ、薬局でお薬出してますとのこと。「次、僕の診察日に再診の予約とっておきましたから、また見せてください」とさ。人の都合も聞かずに、あーた。
 
 結局、病院を出たのは午後5時半。混みあっていたはずのフロアに人影はまばらで、会計窓口も、何か口に入れたいと買いに行ってみた売店もとっくに店じまいしていた。くーっ。

 診察といえる時間はものの5分。検査に1時間弱を要したとして、後は下剤相手にトイレを往復していたか、待合椅子でひたすら待っていた時間の方が圧倒的に多いわけで、検査だって、医師はおおむね内視鏡とモニターの扱いに慣れていれば、それほど高度な判断力がいるわけでもない。もらった薬は整腸薬のビオフェルミン。そこまでたどり着くまで、私はほぼ丸一日病院内をうろついていたのだった。まさに、現代医療の姿。

 そして、看護婦さんも医者も、患者の耳に入ることを気にしないのか、よく雑談をしている。そんな時、つい耳をダンボにしてしまう私も私だが。
 
 今もまだお腹はキュルキュルとうるさいが、近頃つまり気味だった腸内をこの機会に一掃できたのが、唯一最大のメリットだったといえるかもしれない。そして、月並みながら、健康のありがたさを実感する1日であった。

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5月13日(日)とっても晴れ バンド再開

 
 今年初めてバンドの練習があった。結成した頃はみんな独身だったが、今では何しろ働き盛りと家庭人の集まりになっているので、練習日をやり繰りするだけでもひと苦労なのだ。今日は「今年もよろしく」なんてあいさつしたりして・・・。もう、半年になるようなこの時期だというのに。
 
 恒例の昨年末の忘年会or今年の新年会も開かれじまいで、帰り際「新年会やらなあかんな」。要は、パアーッとやりたいだけなのだが。

 私のバンド歴もすでに18年。林檎に誘われて、女性ばかりのグループに入れてもらった。ボーカルといっても、ただの素人ではあったが、4歳のときにはすでに黛ジュンの『恋のハレルヤ』などを愛唱していた記憶がある(ふるー)。私のボーカルの師匠は、カレン・カーペンター。

 そのバンドでは林檎は専門のピアノ・キーボードではなく、ドラムス担当。最初のデビューライブでは、林檎は浴衣姿、ベースのずっさんは看護婦スタイル、ギターのさっちゃんはダンディなスーツ姿、そして私は割烹着に赤ちゃん人形をおんぶ、手には大根の入った買物かどをぶらさげたお母さんに扮して、演奏した。思えば、怖いもの知らずであった。

 その後、2つのグループを経て、今のバンドが続いている。途中メンバーの入れ替わりはあったものの、「技術より人間関係重視」をモットーに、細々と続けてきた。子どものいる身としては家での練習もままならず、従って、技術はますます向上しないのだけれど、半年ぶりの練習はなかなか楽しかった。「継続することは、仲良きかな」である。でも、プロフィールの「超」はちょっと失礼だと再認識したので、削除することにした。
まあ、50歩100歩ではあるけどね。

 さて、今回新たに「Journal d’Ohaka」というページを追加した。とにかく、私は、近頃お墓が気なる一方なのである。

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5月10日(木)とりあえず晴れ  ユーミン少子化説


 昨日は体力・気力の減退により、日記をパス。自分でももうちょっと短くしなくちゃと思いつつ、つい書き込んでしまうので反省している。あんまり、えらそうなこと書いちゃだめだね、と思う。あんなふうに、働いているお店に突然変な男やってきてガソリンか何か撒いて火を放たれ、本当にあっけなくいのちが消されてしまうという事実。辛いってもんじゃない。ご本人の恐怖、無念さ、残された家族の悲しみを、どれだけ分かっているというのだろう。

 昨日、国会答弁をTVで見ていたけれど、笑ってしまった。よしにつけ、悪しきにつけ、小泉首相はおもしろい。今はまだお手並み拝見の段階ではあるけれど、ちょっと変わった名物おやじには違いない。

 日本の少子化は欧米諸外国より顕著になっているそうだ。ちょうど『アエラ』で最近不発気味のユーミンを取り上げていた。関係者が腫れ物に触るようにユーミンを取り囲んでいる状況が見て取れ、ユーミンってやっぱりお嬢なんだなと思う。

 少々乱暴な言い方をすれば、私は、晩婚化や少子化の種を撒いたのは、ユーミンかもしれないと感じている。私は『コバルトアワー』をリアルタイムで聴いていた世代。『ひこうき雲』『ミスリム』とバックし、78年の『紅雀』まではLPを持っているが、その後は食指が伸びなかった。コンサートは一度だけ。でも、生で聴いた『コバルトアワー』にある意味ぶっとんで(だって、あんまり歌がひどいんだもん)、その後、どんどん大規模化するコンサートにまで足を運ぶことはなかった。でも、好きな友達は並んでもチケットを取っていたな。

 彼女の詞の世界にどっぷりと浸っていた女性たちは、おそらく夢のような結婚に憧れていただろう。松任谷正隆氏のような才能あふれる夫にかしずかれるごとき日々。いつまでも恋人みたいな夫が運転する左ハンドル車の助手席に乗って、中央フリーウェイを漂っている。そんなおしゃれな関係。そこに子どもの入る余地などなかっただろう。

 第一、ユーミンは苦悩を知らない。おそらくご本人はのた打ち回っているのかもしれないが、オーディエンスはひたすら仮想現実に酔いしれてきた。そして、気がつけば「私は誰、ここはどこ」だったのではないか。もちろん、ユーミン一人のせいだなんていわない。でも、「あたしって繁栄の象徴だなと思う」(『アエラ』記事より)と発言していた彼女が、ユニクロのCMに登場したのは、なんという時代の皮肉だろう。

 もしもユーミンが子どもを生んでいたら、時代は変わっていたかもね。

 今日は、Takashiさんの第2弾、ルシイドさんのお便りをご紹介している。ええーい、大盤振る舞いだあ。

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5月8日(火)曇り&雨  そして今がある

 
雨がしとしと。今日はテレサ・テンの命日なんだそうだ。「ニュースステーション」では彼女のお墓が紹介されていた。台湾のお墓は大きい。有名人だということもあるだろうけど。死後6年たっても、彼女の人気は衰えるどころか、若い人たちにも人気を呼んでいるとか。当時42歳。若くして突然亡くなったから、ちょっと伝説的になったんだろう。私もカラオケでよく歌っていたな。「時の流れに身をまかせ」。なかなか奥の深いタイトルではある。

 5/6にUPしたTakashiさんのお便り「誕生と死」を読んで、私もちょこっと考えた。私の場合、立会い出産ができない総合病院で子どもを産んだ。思えばなんと事務的な出産だったのだろう。生命の神秘とは縁遠い、管理されたお産を、当時はそんなものだろうと受け入れたが、「陣痛促進剤」のお世話だけにはなるまいと、延々歩いて、おかげで翌朝には生まれてくれた。
 最近は助産院で自然に生まれるスタイルが注目されている。
 
 
ある時期から、私は生まれてくる子は女の子だとどこかで確信し、こっそり名前も付けていたから、お腹の中の娘には「いよいよ会えるね」なんて心の中で話しかけていた。その通り、女の子ですよと言われ、あらためて自分の根拠のない確信ぶりに驚いたりしたが。あれもテレパシーかしらん。

 死に関してはこうだ。高校2年の時、同居していた祖母は寝込んでから2週間で逝ってしまった。79歳、老衰。動かなくなった祖母を担いでお風呂に入れてあげたりしたが、ガリガリにやせていても身体はずっしり重かった。いつもきちんとした明治のひとだったから、長患いせず、潔く逝ったのは、さすがというしかない。往診に来てくれたお医者さんに「ご臨終です」と言われ、多分泣いたのだろうが、記憶は薄れている。その後は通夜だ葬式だと慌しかったからだ。一番記憶しているのは、火葬場で最後の別れをして、火葬炉の鉄扉が閉まってしまった瞬間。悲しみがどっと押し寄せ、わんわん泣いた。あとは、お骨を拾って骨壷に入れたとき。本当に小さくなってしまったなあ、と悲しみは深く沈殿していった。でも、今はもう悲しくはない。あるのは、確かに祖母が生きていたという思い出。

 私が「死」に立ち会ったのは、それだけだ。今思えば、畳の上で、家族に見守られての幸せな往生だった。社会も、まだそれを許してくれた。今は、医者が往診に来ることすらない。人の誕生も死も、経済効率と体裁が優先する時代。そして剥き出しのエゴイズム。それは、祭りとか、神事とか、年中行事が疎んじられ、生命の連鎖や森羅万象の恵みを実感するステージを失った社会の変化と符号するような気がする。

 今というときは、無数の誕生と死の上にある。今、この瞬間にも誰かが生まれ、誰かが亡くなっている。この法則から、誰も逃れられない。
 みんな、どこかでわかっているんだろうけどね・・・。
 
 今日はokarinさんのお便りをご紹介している。つくづく、人それぞれの思いに気づかされる、今日この頃だ。

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5月7日(月)晴れ時々曇り  わからん

 
消えたNetscapeの代わりにNetscape6をインストールしたのはいいけれど、フォントもレイアウトもなんだかつまらなくなってしまった。くすんだブルーグレーの色も気に入らない。ブックマークも使いづらいし。私としてはバージョンの古い4.7の方が好きだったのに。何をよくしてくれたのだろう。

 夜、日記を更新して、ファイル転送し、見ようと思ってインターネットを立ち上げると、表示がものすごくスローになっている。昼間はパン、パンと見えるのに。プロバイダーのアクセスポイントに利用者が集中しているせいだろうか。夜、ネットサーフィンしている人が多いということ?

 昨日壁にかけて喜んでいた鳩時計。なんと1時間に5分ぐらい遅れてしまう。間の抜けた時刻に「ポッ、ポッ」と鳴くし、おもりはしょっちゅう上げてやらないと止まってしまう。なにせ、30年前の代物。父親の出張土産のメイド・イン・Germanyなんだけど、もともと大したもんじゃないのだろう。

 小泉純ちゃんは(もとい、小泉首相だったね)は、所信表明演説で「メールマガジン」を立ち上げると宣言。保育園の待機児童ゼロとか、男女共同参画社会の表われとして5人の女性大臣を選んだとか、言葉尻はカッコイイけど、分かって言ってらっしゃるのかしらん。そこまで言うなら北欧みたいに子育て真っ最中の女性を大臣に起用してほしかったよ。みなさんほとんど、孫のいるような世代じゃないの。

 3人の子どもを死なせて虐待の疑いをかけられている女性の記者会見をニュースステーションで放送していた。ご本人いわく「目が一重できつい印象があるから、虐待したんだろうと疑われて辛かった。自分もコンプレックスだったので、二重まぶたに整形手術しました」だって。あーた、そんなことより、どんな形であれ、子どもを失った悲しみはどこへ置いてきたの。あんなに淡々とカメラの前で話しすること自体、彼女の不可解さを物語っている。

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5月6日(日)曇り  「豊か」であること

 GW最後の今日は、我が家のクローゼットを大掃除。脱ぎ散らかしがちな玄関の靴を収納するワイヤーラックもホームセンターで調達し、夕食後は実家からくすねてきた古い鳩時計を壁に取り付けた。なかなか有意義な一日。休みボケも程よく薄れて、明日からのルーティン・ライフへスムースに移行できそうだ。

 とはいえ、充分GWを堪能したようにも思う。しっかり、高速道路の渋滞にも巻き込まれたし(笑)。初めての街にも行った。そこに住む夫の知己宅を訪問。滞在したのは24時間だけど、そうとは思えないほど、ゆったりとした時間を感じることができた。

 何しろ、その家の主ときたら、無類の趣味人。到着後、まず私たちを家の裏山(持ち主知らず)へ案内し、筍堀りをしてみせた。しかも、太い竹を1本切り取り、肩に担いで家に持ち帰って、ほいほいと竹のお箸を作ってしまった。夕食にそのお箸が出たのは言うまでもない。お箸ばかりではない。食卓に並んだ器のほとんどは主の作品。そう、彼は陶芸にも秀でた人なのだ。驚くなかれ、裏庭には工房と窯を所有していた。

 夕食後、私たちはしばし音楽に酔いしれた。主のもう1つの趣味が、小学生以来のクラシック音楽鑑賞。しかも筋金入りのオーディオ愛好家である。いわゆるオーディオルームには、25年前、結婚直後にその家を建てたのと同じ時期に買ったというタンノイのスピーカーが鎮座まします。タンノイといえば、泣く子も黙るイギリスの音響メーカーだそうだ。実は、我が家のスピーカーも彼の見立てなのだが、メーカーも違えば、何しろ大きさが違う。音の響きも当然違うわけで、私は初体験だったが、その奥行き深く、しかも柔らかな音には吸い込まれそうになった。

 さて、翌朝。朝食には裏山産の筍の煮物(これが、おいしかった)に加え、いちご、梅、ブルーベリーと、手づくりのジャムが並んだ。「糖分20%の低糖だよ。いちごのアクは取らないとやっぱり苦くなるね」とは主の弁。たくさん作って冷凍しておくそうだ。

 朝食後は、老犬2匹を連れての散策。家の裏手に広がる田んぼのあぜ道を目的もなく歩く。犬は喜び、用水路で水浴び。なんとのどかな風景なんだろう。穏やかな風も格別の気持ちよさだった。

 そして、いよいよ陶芸体験はじまる。鮮やかな手つきで彼に見本を見せてもらってから私たちも粘土相手に頑張ったが、夫はのっけから不器用さを露呈し、あっけなく失敗。私は何とか形にはなったが、見本とは似ても似つかぬ出来であった。でも、土に触るあの気持ちよさは、これまたクセになりそう・・・。最後に、彼は前日持ち帰った竹を使って、娘のために竹とんぼを作ってくれた。オーマイゴッド!

 ちなみに彼はいわゆるサラリーマンだ。もちろん、妻子もいる。もともと手先の器用さはあるけれど、すべからく玄人はだしには恐れ入った。しかし、自分の趣味をひけらかしているわけではない。ご本人が楽しんでいるので、こちらも心地よく彼の世界に導かれていく。しかも腰が軽い。「どっこいしょ」なんて言葉は、絶対出てこないだろう。それにしても、なんと羨ましい人生を送っている人だろう。ただし、これはお金の「ある・なし」でもないし、趣味の良し悪しでもないのだ。手間隙を惜しまず、好きなことを自分のものにする。お金では買えない、まさに精神的贅沢。豊かさってこういうことをいうのではないだろうか。夫が精神的に豊かなら妻も輝き、子どもたちもまた素敵な人間に育つと思う。というわけで、高速代を払っただけの我が家は、どんなリゾート旅行でも味わえない「いい時間」を過ごすことができた。

 やっぱり長々書いてしまった。でも、日記を読んだ感想もお待ちしていますわ。今日はこの日記に触発された『八重山見聞録』のN氏が、またお便りを寄せてくれたので、ご紹介している。ほんとに、そうだよねと思いつつ、彼のお便りに対する私の感想は、後日ゆっくり・・・。それに関連して(と私が勝手に結びつけたが)、短いお便りもUPしている。

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5月2日(水)雨  ほんまにい〜
 
 昨日は日記の更新をパスしてしまった。何しろ夜がやたら眠い。「毎日チェックしてるよ。日記が面白い」というありがたい感想をいただいたので、やっぱり日記ぐらいは更新しなくちゃ申し訳ないと反省するも、今日は有休をとった夫にパソコンを占領され、ただ今夜の10時過ぎなり。

 実は、夫が「凄速2000」とかいうソフトをインストールしてくれたはいいが、なぜかNETSCAPEが動かなくなってしまった。一旦アンインストールしてそのトラブル処理に延々翻弄されていたが、ついに原因不明のままギブアップ。「こういうことがあるからコンピュータは分からん」と言い訳する。日頃理数系の強さをひけらかす夫であるが、ときどき、このような嬉しくないトラブルを起こしてくれる。「ほんまに〜人のパソコン何してくれるの」と喉まで出かかって、ぶりぶり文句をいえば、10倍爆発されるのも迷惑なので、こっそり日記で怒っているわけ(どこがこっそりだ)。夫といえば、ソーテックのDVD付きデスクトップ型を衝動買いしたが、ろくに使わず、このあいだ知人に超安値で譲ってしまった。今は会社から払い下げられた型の古いノート型に甘んじているテイタラクなのだ。

 今日もまた墓地を舞台にした殺人事件が報道されていた。92歳の母親と50歳の三男が遺体で見つかり、53歳の長男も墓地内で自殺していたという。先日奈良県警の汚職事件で書類送検した男性が墓地を死に場所に選んだ事件にヒントを得たのだろうか。高齢の母親の介護に疲れた果ての凶行だと新聞は報じているけれど、詳しいことは分からない。けれど、老人保健施設に入所している母親を外出届まで出して連れ出した上で殺さねばならなかったのか。ただただ、やり切れなさだけが残る事件だった。

 それにしても、毎日毎日どこかで誰かが無意味に傷つけられている。街を歩けば通り魔に刺され、携帯電話を使えばメル友から擬似恋愛の果てに主婦があっけなく殺されている。学校では子どもたちが落ち着きなく教室を徘徊し、教師が心を病む。家庭ではDVに怯え、幼児虐待が横行。駅では集団で暴行される。いったい、どうしてしまったのだろう。「日本では水と安全だけはタダ」といわれていた頃が、懐かしくさえ思えてくる。

 キムタム・静香夫妻に女児誕生。心の美しい女性に育ってほしいという願いから「心美(ここみ)」と命名したという。夫いわく「木村拓哉って、いいヤツなんやなあ」。人の心はかくも邪念に満ち満ちているけれど、だからこそ、心が美しくありたいと願う心を美しいと思える社会でありたいものだ。


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