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川の流れにたゆとう、名もなき水泡。
されど、陽に月に煌めく、そのうたかたのなんと美しいことか・・・。
うたかた日記
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8月26日(日)雨のち曇り   ザッツ正念場

 昨日は心身ともに最悪の状態だった。朝方まで仕事。しらじら空も明けてきて、思考不能のうちに眠りにつこうと横になったが、皮肉にも眠れない。身体中コリのかたまり。後頭部から首・肩まで、うっ血しまくっているのがわかる。「頭の血管が切れそう、針でも打ってもらおうかな」と泣き言を言うと、寝ぼけ眼の夫が「針でも何でも打ってもらいなさい」

 その言葉に気をよくして、気がつくと眠ってしまっていた。朝食後、朦朧となりながら、車で針・灸もやってる件の整骨院へ行った。しっかし、千客万来。待たされること1時間15分。その間も、待合室で騒ぐ子どもに苛立ち、ストレスはたまる一方。

 ようやく順番が回ってきたのだが、整骨医いわく「針をすると、よけいに身体がだるくなりますよ」
そんならいらん、と思うのに、「簡単に針打っときますね」と言い張る。おまけに「けっこう効果があります」と勧められるままにお灸も体験。しかし、「お灸の間は動かないでください」なんていわれると、身体はますます緊張してしまう。帰る頃には、首の痛みは増していた。

 待たされて、ひどくなり、イライラは3倍増。こんなことなら、来るんじゃなかったと後悔した。人を治療する職業は、不快な症状を抱えて苛立っている患者の思いまでは治してくれないのが、はっきりと分かった。別にそこまで期待していたわけじゃないけど、患者が立て込んでくると「何とか楽にして」と訴える者を受け止めるキャパもなくなるのだろう。

 その夜も夜なべするも、頭はクラクラでほとんど仕事にならなかった。

 疲れきっていると、心を制御できない。絶望感のようなものに支配されて、頭には重い石を載せられているようだ。

 今日は午後からその気分が少し軽減された。「苦しいのはお前だけじゃない」という心境。こうなればやるしかないのであ〜る。根性が座り、かえって楽になった。

 ということで、明日のために今夜はこのぐらいに。次の更新はおそらく8/30。お許しを!

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8月22日(水)台風一過   ふらふら

 ただいま8/23午前3時40分。身体はふらふら、頭もくらくら。でも、どうしてもやらなければならない事案のため、机にしがみつく日々。書きたいことは山のよう。でも、こういう時、so−tai−kiの優先順位は下げなければいけないわけで(前略、おふくろバージョン)
 
 8/22は向田邦子さんの20回目のご命日。事故の一方をTVで知ったときのショックは、今でも覚えている。若かったなあ、私は21歳。彼女もまだ52歳だった。ご存命なら72歳。あるとしたら、どんな後半生が待っていたのだろう。でも、こういう人はいろんな人に思い出をいっぱい作って、鮮やかに幕を引く。ご本人は苦しくて、生きたくて、もがいきながらではあっただろうけど。やっぱり、こうなる運命をどこかで感じ取って生きていたのだろうか。我が友、林檎もそういうところがある。

 島崎藤村も22日に亡くなっているそうだ。作家という職業は、葛藤なくしては成立しないのかなと思うくらい、悲惨な人生。でも、それをどう作品に昇華させるかだな。ああ、アタシなんて足元にも及ばない。こう、ふらふらしていてはなあ・・・。

 何だか愚痴になってしまった。寝なくちゃ、zzz(もう、寝てる(笑))

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8月19日(日)晴れ   風に吹かれて

 お盆休みは実質8/14だけ。でも、気分的には今日まで休みの感覚が続いていた。これから8月いっぱいがいろいろな意味で正念場になる。そのギアチェンジをしておきたいのだが、どうも身体がしゃんとしない。夫は「温泉行くか」と言うけれど、そんな気分でもない。山の上に昇り、思いっきり伸びしてみたいのだ。ということで、行き先はおのずと決まった。いざ行かん。六甲山へ。

 裏六甲ドライブウェイの山道をくねくね。目指すは「回る十国展望台」だ。帰省ラッシュとは無関係な道を来たので、そこまですいすいとたどり着いた。駐車場に車を停めて、展望台への階段を昇ると見事な青空。上の方は少し厚い雲が浮かんではいるものの、台風が近づいているせいか風が強く、おかげで海が淡路島までスカーッと見える。これだけクリアに見えることはさすがに少ないと思う。これこれ、わたしが見たかったのはこの景色なのだ。

 「回る十国展望台」をご存知の方がいるかどうか分からないが、十国というのは昔でいう丹波・丹後・但馬といったエリアのこと。建物はウエディングケーキのような3段構えになっており、2階・3階が左右逆向きにぐるぐる回っている。かなりの年代ものなのだが、そのスピードがとっても速いのだ。屋上は動いていないのに、2階3階で充分回っている感覚に慣らされてしまうので、屋上でもま〜だぐるぐる回っているような錯覚に陥る。この酔った感じに長居はできず、「まだいたいよ」とぐずる娘を引きずり下ろすように出てきた。

 とにかく風が強い。何しろ六項山頂。だんだん寒くなってきたので、1時間足らずで下山した。帰りも山道ぐるぐる。ちょっと気分は悪くなったけれど、あの眺めを体感できた満足感で、当初の目的は充分果たせたのだった。

 SO-TAI-KIをどんどん更新していきたい気持ちとは裏腹に、それがなかなか許されないのがつらいところ。焦ってもしょうがないけど、気長にお付き合いいただけると幸いだ。今日はLETTREとリンクページをUPした。LETTREもお便りにつけるコメントをずぼらして省略させていただいた。
リンクページはこのお盆休み中にTVで紹介されていたお墓関連のサイトと、お盆の時間を一瞬利ようして出かけた大山崎山荘美術館などを加えた。同美術館は、ただいま9/9まで「緑蔭のルネ・ラリック展」が開催されている。アール・デコ時代に一世風靡したガラス工芸の数々に涼しさを感じられて、おすすめだ。余談ながら、私が最後に林檎に送った手紙は、ここで買った山荘の写真のポストカードだった。

 エヌジィさんは私が「お若いのに、お墓に興味を持ったのは何故ですか」というメールをお送りした答えをいただいたもの。Takashiさんの幼少時代の話には驚きを隠せなかった。ショックという言葉に近いかもしれない。でも、お便りのように、たった一度の雪合戦で救われることもあるのだね。Takashi少年だったからこそ、それを感じ取れたのかもしれないけれど。

 尼崎の虐待死事件の母親は彼女自身、とっても悲惨な家族の環境の中で育ったようだ。虐待は家族間連鎖すると聞いたことがあるけれど、口から血を流してぐったりした孫を見て「病院に行くように勧めた」と証言する彼女の母親にこそ、問題がある。母親は娘に何を教えてこれたのだろう。いやその上の親もその親も・・・。そういう悲しい連鎖から、わずか4歳で絶ち切れたTakashiさんの息子さんは本当に幸せだと思う。

 Okarinさんも、無事お母さんのお墓参りを終えられただろうか。子どもって、親が思う以上に親のことが好きだ。私も娘がしょっちゅう抱きついて「大好き」と言ってくる。私は親にそんなに甘えただろうか。怒る時は手がつけられないし、決して「いい子」じゃないけれど、喜怒哀楽を素直に出す娘の親でよかったと思う。

 子どもを一人前の大人にすることが本当に難しい時代になってきた。これからますます個人の「生きる力」が求められているのに。そこのおばさん、箱根で小泉さんのおっかけしてる場合じゃ、ないでしょうが・・・。
 

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8月15日(水)晴れ   洒落にならん

 口を開けば「暑い〜」と叫んでしまう。こう暑くては、洒落にもなんない。

 8/13は家族で私の祖父母のお墓参りをした。実はso−tai−kiを立ち上げてからは初めての墓参。今年行かねば、罰が当たりそうである。というわけで、私にはお盆最初の行事でもあった。
 
 しかし、墓地に到着した途端に激しい夕立。駐車場に車を停め、一度は外に出たのだが、雨は凄く、傘をさしてもびしょぬれになる。火をつけたばかりの線香の束を手に、とにかく車に逃げ戻った。最初、夫がその線香を持って窓を少し開けてみたが、雨は容赦なく車中に吹きこむし、煙は外に出るどころか、車中をいぶしかねなかったので、雨に濡れて消えても仕方ないと、車の下に置き、窓を全閉。雷こそ鳴らなかったけれど、「バケツをひっくり返した」ような雨が激しく打ち付ける。とても外に出られる状態ではない。

 墓地の駐車場では臨時雇いのおじさんが交通整理をしていたが、雨が降ってくると、彼の雨宿りをするところがない。私たちが車を止めた横の細い木の陰に身を隠している。車のガラス越しにふと目があった。彼はニコニコしている。木の陰といっても細い枝が繁っているだけで、ほとんど雨よけになっていないのだ。青い警備会社の制服の肩口がみるみる雨に濡れていく。一応車の中に避難できている私たちの横で、そんな人がニコニコして立っているのだ。かわいそうで、でも、帰省の荷物で山積みの車に乗せてあげるわけにもいかず、もちろん彼もそんなこと望んではいないだろうけど、いやはやなんとも気詰まりな時間だった。

 かれこれ20分以上、雨は降り続いた。その間も、駐車場には停める場所を求めて車が入ってくる。これがまた泣かせるのだけれど、そういう車を見た交通整理のおじさんは、すかさず木の陰から出て、雨もいとわず、仕事再開。年齢はおそらく50歳代。お盆の間だけの臨時雇いだろうおじさんの、自分に与えられた仕事をコツコツと遂行する姿に、頭が下がる思いだった。

 ようやく小降りになり、車の外へ。駐車場は水浸しになっているのだが、線香の火は何故かまだついていたので、それと花を手に再度お墓へ向かった。そこはとある市営の墓地で火葬場も併設されているのでそこそこ広いのだが、どこにでもある墓地の風景でもある。祖父母のお墓は車を停めた駐車場から、すぐのところにあるものの、道いっぱいに水溜りができていて先に進めない。結局1つ手前の列を曲がって、背中合わせの他人様のお墓の隅を乗り越える形でたどり着いた。

 夏の雨上がりのお墓。時刻は3時過ぎである。地面からは湿気が立ち上り、上からは顔を覗かせ始めた太陽がギラギラで、モ、モーレツに暑い!! 一種の蒸し風呂状態なのだ。これには参り、墓石はとりあえず雨が洗ってくれたことだし、枯れた花を新しいのに取り替え、お線香を所定の位置に置くと、一応はしばし手を合わせたけれども、じっくりお墓の風景を味わおうと思っていた気持ちとは裏腹に、暑さにいたたまれず、あっという間に車にとって返した。

 なんというお墓参りだろう。我ながら情けない。

 おじさんは出て行く私たちの車も車道までしっかり誘導してくれた。ありがとう。一期一会とはいうけれど、ああいう人たちがいなければ、また世の中がうまく回らないのだ。雨もいわば天の恵みというものだろう。

 実家に着いて、小泉首相が靖国神社参拝をしたことを知った。なんか、熟慮したわりには、結局予想通りの結果だった。しかし国内でも靖国問題は実に賛否両論。ここはやっぱり、小泉さんがしっかり落とし前を取らなくちゃいけないだろう。それにしても、韓国さんも何も日の丸焼くこたあないでしょう。今日になって金大中大統領が国民に自制的になるよう演説していたけれど。

 そして終戦記念日。いつになく神妙に、黙祷した。いつまでも“戦後”であってほしいと切に願う。
 
 ところで、アメリカは「日本に原爆を投下した」という事実を、自国の教科書には一切載せていないそうだ。どこもご都合主義にできているということだろう。でも、それを聞けば私はやっぱり怒る。
そんなん洒落にならんで、と。
 

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8月12日(日)晴れ   鎮魂

 世界陸上の女子マラソンを観ていたら、パソコンの前に座るのがすっかり遅くなってしまった。他のページも更新しようと思っていたのに・・・。書きたいことはいろいろあるけれど、頭の働きはいまいち。でも、羅列式で書いておきたい。

 今日は日航機ジャンボジェット機が信州の山に激突して墜落した凄惨な事故から16年目。現場に新たな慰霊塔が建設され、その除幕式と慰霊祭が行なわれていた。そうか、16年か、と月日の流れをしみじみ感じる。休刊なったフォーカスが、当時現場の生々しい写真を公開していたっけ。生存者の女の子がヘリコプターから下ろしたロープに吊るされるように救助されていた写真は今も脳裏に焼きついている。犠牲者個人のお墓は当然ご遺族が建てられているだろうけれど、いのちを落とした現場もいわば、もう1つのお墓なのだろう。

 ロシアの原潜クルスクが沈没したのも、去年の今日だ。現地でもやはり慰霊祭が催されていた。

 海と空の遭難事故が奇しくも同じ日とは、なんということだろう。

 原爆記念日といい、終戦記念日といい、8月は何故か、人々を慰霊する行事が続く。そういえば、敬愛する作家・向田邦子が台湾の飛行機事故でなくなったのも8月だった。海では、宇和島水産高校の「えひめ丸」沈没事故は、船の引き上げ作業がようやく始まろうかとしているところだ。けれども、行方不明者が無事家族のもとに帰るかどうか、分からない。なんとも悲しい夏。

 小泉さんはいまだに“熟慮中”。いつ熟すのかったって、どっちに転んでも結論を発表すれば、また物議をかもすんだろうなあ。それにしても彼のごまかし戦法はいったいどう決着するのだろう。

 ここ数日、せみの泣き声がやたらうるさい。ただでさえ、いのち短いせみ。鳴くのはオスだけだそうだが、その目的はもちろん求愛。ということはこの夏のうちに何とか配偶者を見つけて、自分の子孫を残して置かなければという焦りの泣き声にも聴こえる。そう思うとなおさら、断末魔のように聞こえて、なんだかいたたまれないのだ。

 朝食時にそんな話をしていたら、娘がポツリ。「お父さんも、ミンミン泣いてたんやなあ」
 これには大受けした。時々ずばり核心をついてくる。

 いずれせみたちも息絶えて、泣き声も消え、残暑はあるだろうが、やがて秋の気配が忍び寄ってくるのだ。

 そんなこんなで、8月はなんだかもの悲しい。8月は、鎮魂の季節なのかもしれない。

 で、メスのせみは新しいいのちを宿して、また土に還っていく。私も1つ歳をとる。

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8月10日(金)くもり   相互作用

 今夜は安いステーキ肉を鉄のフライパンで焼いてみた。おつとめ品ながらもデパート地下の品。何がよかったのかは定かではないけれど、焦げ目も香ばしく、柔らかくて美味しかった。それとも、これもフライパン効果なんだろうか。

 さて、今日はとうとう念願が叶った。『ヨーロッパの死者の書』や『奇跡の泉ルルドへ』の著者であり、現在雑誌『オブラ』で「あっちの世界にサーフィン」を連載されている、比較神秘思想の研究者にして作家の竹下節子さんにお目にかかったのだ。

 思い起こせば3年前。フランス一人旅を決行した時に、リンクページでもご紹介している「一味違ったパリの旅」をネット検索で偶然見つけ、泊まった部屋の本棚にあった『ヨーロッパ死者の書』に目が止まったのが、竹下さんとの出会いだった。長年パリに暮らし、部屋の管理をなさっている高橋さんも加わっているアーティストの活動支援組織の主宰者でもあるとおっしゃる。そのとき、高橋さんは快く竹下さんのメールアドレスを教えてくださった。

 林檎によってその魅力を知ったフランス。その林檎の死によって、私は「お墓」という存在に興味を深めていった。そのお墓を巡るための旅の宿泊先で、まさに「死」を題材にした本に出会い、その作家にもアクセスが叶うとは、何という奇遇だろうか。しかも、竹下さんは音楽療法の分野でも研究され、ご自身もヴィオラを演奏されるという。音楽関係のお知り合いも多い。かつて林檎は、病気が回復したら音楽療法の方面でも自分の経験を活かしてみたいと語っていた。数珠つなぎしてみたら、ひょっとして、どこかで林檎とつながっている人がいたかもしれないとさえ思う。期待もしないところで、ジグソーパズルがはまるような、勝手だけど不思議な縁を感じてしまった。まるで林檎が手引きをしてくれたような気もしている。

 そして今日。

 泊まってらしたホテルのレストランで約3時間。今思えば、いろいろなことをお聞きしたかったのだが、そんなことが吹っ飛ぶような、さまざまな話題が竹下さんから飛び出し、私は半ば口あんぐり状態で、その話に引き込まれていた。私は口では言えないから文章にしちゃう、というところがあるけれど、力のある方はまさに言文一致だなと思う。

 なかでも私には一面識もない、とある知人のガン発病から死までを立ち会わざるを得なくなった体験談では、とってもとっても悲劇的な話なのに、掛け違えたボタンのような顛末がまるでコメディで、不謹慎だと思いつつ2人で大笑いするありさま(これだけじゃ内容が分からないでしょうが)。

 竹下さんいわく、亡くなった人は10年ぐらい人を癒すパワーを強く持っているそうだ。だから、その人が地上に思いを残して、残された人間を見守り助ける気持ちをもっていたならば、そして残された人も亡くなった人に「困ったときには、どうか手を貸してね」と祈ると、願いは本当に叶うことがあるそうだ。カトリックの世界でも、新しく聖人として認定された人ほど奇跡をもたらしてくれることが多いという。

 逆に、この世に恨みを残して、「呪ってやる」と死者があの世からパワーを送っても、それはうまくいかないそうだ。なぜなら、恨まれた方がそれを望んでいない場合、バリアがかかって実行されにくいのだと。つまり、こういうものは相互作用で、「守ってあげたい」「守ってほしい」という思いが一致してこそ、起こり得るそうである。やっぱり、どんな世界でも相手が嫌がることはしても無駄なんだねえ。「死んだら無になるだけ」と思う人は、本当にそうなって、亡くなった後に下界にパワーを送ることはできないそうだ。そう言う意味では、思いやこころって、本当に大切なんだと思う。

 林檎の死、そのこと自体は身を切られるほどに悲しい出来事だった。今でも、できることなら生きていてほしいと願うこともある。けれど今は、この世で懸命に生きて、最終的に彼女が信じた神さまに導かれるように天国に昇ったのなら、それを認めてあげたいという気持ちの方が強い。

 もしも天国というものがあるなら、彼女がその天国で下界を見守ってくれているのなら、いつかは私もそこに行き、彼女と再会を果たすことができるかもしれない。そう思うと、不思議に心が穏やかになる。彼女が眠る納骨堂は、私にとって悲しいというより心静まる空間なのだ。

 竹下さんの言葉を伺って、そのことを再確認できたように思う。今こうしているのは、やっぱり林檎が守ってくれているおかげかもしれないと、深く感謝したい。

 その他、貴重な話をたくさん伺ったのに、固有名詞とか重要なことを忘れてしまっていることに、今気がついた。ああ、メモでもしとけばよかったよ。

 帰りがけ、おみやげもたくさんいただいて感謝感激。アペリティフにとくださったコニャックは、ステーキにもなかなかGooだった。実は待ち合わせの前に本屋さんで偶然竹下さんの本が目に飛び込んできた。「これは、買え、というお告げでしょう」と衝動買いした。一瞬、ミーハーにその本に著者のサインをお願いしようかなどと思ったのだけれど、結局できなかった。

 その昔、五木寛之氏にサインしてもらったことがある。当時の『月刊カドカワ』で「雨の日は車をみがいて」という彼の新作発表プロモーションを兼ねたストーリー・コンテストが行なわれたのだが、その優秀賞の1人に選ばれて、表彰式と受賞パーティに出席したことがあるのだ。思えば第一線の作家の方に御目文字したのは、そのときが最初だった。五木氏のほか、山田詠美、安西水丸、森瑶子という錚々たるメンバーで、結局女性陣のオーラは凄すぎて話し掛けることもできなかったが、水丸さんと五木氏にはサインをしてもらった。その本は、今、実家の本棚の奥だ。

 あれから数年後、森瑶子さんはガンでお亡くなりになった。五木氏は「大河の一滴」でヒューマン路線をひた走っている。「雨の日は・・・」って、かなりカッコつけた本だった。そして、『月刊カドカワ』の編集長だった見城氏は、出版界の風雲児、今や幻冬社の社長でもある。

 そして私は、ここにいるのである。
   

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8月9日(木)くもり   ラッキー&アンラッキー

 コーヒーやお茶の湯を沸かすのに鉄瓶が欲しくなった。できれば一生ものの南部鉄瓶がいい。というので、早速ネット検索したのが7月の終わり頃。創業1659年という岩手の御釜屋さんのサイトにたどり着いたのだが、どれを選んだらいいのか分からず、ともあれカタログを取り寄せた。サイトではアンケートに答えると1名に鉄商品を進呈するという。モニターとしてBBSに書き込む義務が生じるのだが、アンケートに答えたら商品購入時に2割引になるというので、何の気なしに応募しておいた。日頃くじ運の悪い私。まさか当たるまいとお気楽だったのだが・・・当たってしまった。実は応募者が少なくて、確率が高かったらしい。ともあれラッキー!
 
 というわけで今日早速フライパンが到着。直径21cmで見た目は小さいのだが、お、お、お、重い!! ただでさえ握力のない腕にはバーベル運動しているようにこたえる。でも新モノ好きな私。夕飯のときに早速使ってみた。メニューは鶏の照り焼き。それがあーた、皮目はあくまでもパリッと焼け、中はジューシー(って、TVショッピングの司会者みたいなセリフだ)なのである。取っ手の取れるティファールでも、こうはいかない。これはなかなかいけるではないか!重いのは玉にキズだけど、せっせと使ってみたいと思う。BBSでまた同じ感想書いてたりして・・・

 でも、考えてみると、私の欲しかったのは鉄瓶であった。モニター商品が鉄瓶だったらいうことないのにね。ここがまた私のアンラッキーらしさではあるのだが。

 久しぶりにHPとは関係のない夜なべ仕事。もう、寝るとする。

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8月8日(水)晴れ   若すぎる       

 娘が夏風邪をひいたようで、声がすっかりハスキーになってしまった。おまけに舌の表面が真っ白。ちょっと気になったので、久しぶりにかかりつけの小児科へ行った。すると玄関に張り紙が。

「当院長○○○○はかねてより病気療養中でありましたが、7月21日永眠いたしました・・・」

 その小児科はご夫婦で開業していた。男先生が以前から病気療養中だというのは分かっていたけれど、亡くなったとの知らせはさすがにショックだった。だって、私と同い年。娘を診てもらったときの記憶もまだ残っているあの先生が病の末に亡くなったのだ。すると、娘を診てくださるのは夫を亡くしたばかりの女先生。あまりに生々しい悲しみの淵にあるだろう先生に、どう接すればいいのだろう。仲待合に呼ばれるまで頭の中が錯綜した・・・。

 結局、診察は普通通りに行なわれた。年に数えるほどしかこない患者である。先生とて、男先生の死のことなどおくびにも出さない。ただ、普通に患者を診るだけだ。声のトーンだっていつもと変わらない。そうして、患者と相対している時間こそが、彼女にとって悲しみを忘れさせてくれる瞬間なのかもしれない。そう思うとよけいに切ないけれど。

 それにしても、医者だっていのちには限りがあるし、いつかは天に召される日も来るだろうけれど、あまりの若さには愕然とする。いや、林檎だって36歳で逝ってしまったのだ。若さと寿命は比例しないことを私だって痛感しているのに。

 知人からの暑中見舞いにも、悲しいことが書かれてあった。彼女の友人であるアフリカ女性が42歳で亡くなったそうだ。彼女は棺のまま祖国に帰り、そこで埋葬されるという。どうか安らかに。

 何があっても決して不思議ではない。北海道でまた幼いいのちが奪われた。またしても見も知らぬ男の犯行。あまりに卑劣すぎる。彼もまた社会に順応できないヤツだったのだろうか。わずか2歳の子を即死に追いやるほどの恐怖とは何だったのだ。ちょっと理解できない。

 田中真紀子は反省文を書いて、危うく除名になりかねないところを逃れた。でも、「オダブツ」のときも同じように反省したのだ。2度あることは何とやら。ごめんで済むなら、警察はいらない。

今週はリンク・ウィーク。第3弾をUPした。嬉しいこととそうでないことが入り混じったような週でもある。

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8月6日(月)晴れ      ハジカシイ 

 先週は珍しく土曜日も仕事をした。夜は家族で神戸へ。何を隠そう、私はココ・シャネルと同じ獅子座の生まれ。その○○回目(別に隠すほどのこともないけれど、この歳になるとわざわざ表明するのもツライ)の誕生日を祝ってもらうというのが本来の主旨だった。某ホテルの中のフレンチ・レストランをわざわざ予約して出かけたのだが、あの店にはもう行けない(笑)。

 そう格式ばった店ではないけれど、何しろ娘はベンチタイプの席に裸足で立ち上がってベッラベラしゃべりっぱなしだし、夫はよせばいいのにフルボトルで頼んだワインに酔っ払って、娘に輪をかけてバカなことばっかり言うし、しまいにはテーブルのグラスをひっくり返して水をこぼす始末。テーブルクロスにはおねしょのような大きなシミ。あ〜ぁ・・・。店もさるもの、そういう事態を予測してか(笑)、私らを最初から他のお客さんから隔離するように端の席にポツンと座らせていたから、恥ずかしさも最小限にとどまったけれど、祝われるべき私は何とも身の置き場もなく、夫や娘に「もう、ぶち壊しやんかあ」とブツブツ言うのが関の山、増位山(ふる〜)だった。そういう私も魚料理にメインの肉料理のナイフ・フォークを使ってしまうありさま。フルボトルを注文したおかげで予算もオーヴァーした(笑)。

 昨日はその疲れを癒すべく、とある温泉へ(って、ちょっと大げさだけど)。娘を夫に押し付けて一人でのんびり裸天国を楽しんだのだが、そこで凄いものを見てしまった。

 サウナの中はもの凄く熱かった。息をすると鼻の穴が痛いくらいだ。私は超ド近眼なので、浴室内はモノの形や色がほとんどぼんやりしか見えない。最初、妙に黒っぽいバスタオルか何かを着ている人がいるなあと思っていたのだが、あまりの熱さに場所を変え、その人の横に座ると、何やらバサバサという音に気づいた。全身まっ黒で、頭と顔はタオルで覆われて月光仮面状態。手だけが出ていて、その手を動かすとバサバサと音がするのだ。よーく目を凝らして見ると・・・、それは黒いビニール袋だった。そう、その人は黒いゴミ袋をサウナスーツ代わりに被っていたのだ。道理でテカテカしていた。

わーお。

 浴室の洗い場の壁には「髪染めは絶対にしないでください。発覚した場合は、以後当館の立ち入りをお断りします」と書かれていた。そんな大胆なことをする人がいるのだろうか。「そんなヤツ、おらんやろ」と吉本の漫才ギャグでツッコんでしまった私だけれど、それだけ大きく書かれているということは、実際にいたのだろう。サウナでのビニール袋おばちゃんを見てしまったからには、そう思わざるを得ない。パックを顔に張ったままうろうろしているおばちゃんもいた。ちょっと、隠すところが違うでしょ! 恥も外聞も何のそのの裸天国、恐るべし。

 ようやくスタートしたリンクページ。今日は第2弾をUP。実は第1弾でご紹介した「言語学のお散歩」の金川さんから早速お便りいただいた。リンクには何のお断りもしていなかったのだけど、たまたま検索していて訪ねてくださったようだ。キャーと喜びいさんだのだけれど、名前が違っているとのご指摘メール。よりにもよってご本人からとは、くー、恥ずかしい!! 

 早速訂正の上、お詫びのメールを出したら、またお返事くださった。「とても、面白そうなホームページなので、時々寄らせていただきます」とのこと。言語学の専門家の方にそんな言葉をいただけるとは感謝感激。励みになりますっ。さっきあらためて金川さんのサイトの別のページを読んだのだけれど、読み応え&落としどころのセンスには納得至極。「サラダ記念日の言語学」は秀逸だ。これはもう、全部読む日も近いでせう。

やっぱり、恥もかいてみるもんだ。
 

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8月3日(金)晴れ   月と花火

 初めて「平成淀川花火」を観た。観たのはビルの屋上で、さえぎるものがない場所だったから、それは見事だった。もの凄い爆音、炸裂する火花。一瞬の芸術。「わあ」と感嘆の声を上げずにはいられない。これだから花火は、かくも人の心を興奮させるのだろう。

 ふと後ろを振り向くと、あれま、まん丸の月が輝いている。今夜は満月だったのだ。何だか、月も一緒に花火を鑑賞しているような、不思議な光景だった。

 ただ、明石の陸橋の将棋倒し事故からまだそんなにたっていない。亡くなった人を鎮魂しなければという気持ちも働いて、100%楽しい気分ではいられなかった。

 案の定、周辺は凄い人。浴衣姿の女性も多い。陸橋でなくても、押し合いへし合いで乱闘さわぎになることだって充分ありえるだろう。淀川花火ではどんな対策がとられていたのだろうか。

 咲いて散る花火。人のいのちも、実はそう変わらないものかもしれない。
 

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8月2日(木)晴れ   魔法が使えたら

 8月早々また“おおかみ少年”(笑)。夜もパソコンの前に座ろうと心に決めていたのに、やぱり眠気に負けてしまった。昨日は娘と映画を観ることになっていたので、その感想を絶対書きたくなるはずだと踏んでいたのだ。

 その映画とは「千と千尋の神隠し」。宮崎駿の映画を映画館でちゃんと観たのは、実はこれが初めて。「もののけ姫」も観ていない。何しろ、天の邪鬼だから(笑)。今回は娘がこのヘンテコなタイトルを覚えてしまい、「観たい」と訴えたのだ。というわけで近くのシネマコンプレックスに出かけたのだった。(肝心の娘は、身体を震わせて怖がるし、ラスト10分ぐらい号泣していた(笑))

 浜村淳じゃないから、ストーリーは全部説明しないけれど(笑)、ひとことでいえば、日本の現実社会を強烈に風刺した映画だ。たとえば、千尋の両親が迷い込んだ不思議な街で「おいしそうな匂い」につられて、店にも断りなく、並んでいる料理をむさぼり食べるところ。「財布もクレジットカードもある。お金は後で払えばいい」というセリフは、なんとも皮肉だ。結局、それが原因で娘が魔界で苦労するわけだが、その魔界の設定が「風呂屋」で、風呂につかるのは、人を癒すはずの神さまたち。そこでは人間は忌み嫌われ、「人臭い」(笑)とののしられるありさまだ。その風呂屋を牛耳る女主人・湯婆婆は、金儲けのために従業員たちをこき使うのだが、息子「坊」にはめっぽう甘い。坊は「遊んでくれないと泣くぞ」と湯婆婆を脅すし、「おんもは怖い」と思っている。まさに「ひきこもり息子」と「過保護な母親」の構図だ。

 もう一人の重要人物「カオナシ」は、新潟で少女監禁事件を起こしたような社会に順応できない男の化身だろう。コミュニケーション能力を持たず気は小さいのに、金や暴力で愛する者を支配しようとする。「さみしい、さみしい」というセリフは切実だ。

 10歳の少女が両親を助けるために奮闘し、自分を助けてくれた少年を救おうとする。「何がどうなってるんだ」というセリフに答え、釜爺はこういう。「分からんか、愛じゃよ」。

 まさにわが意を得たり。この映画もやっぱり「愛」と「死」の世界じゃあないの!!(笑)

 湯婆婆と双子の姉、銭婆の声を演じた夏木マリに拍手。少年ハクや坊の声はきっと女性の声優だろうと思ったら、本当に少年と子どもが演じていた。いやはや、おそるべし。
 
 それにしても映像の美しさには息を飲む。どうにでもなるのはアニメの強さだけれど、宮崎駿の想像力と多くのスタッフの技術なくしては実現できないのだろう。アニメーションは日本の文化だ!と豪語する向きもあるけれど、今回は韓国のスタジオにデジタルペイントを外注したそうだ。これも立派な日韓交流。政治の世界ではいまだに靖国問題や教科書問題でもめているというのにね。 

 そういう現代社会を皮肉っているこの映画が、バリバリ商業作品で、パンフレットの後ろには当然のことながら「千と千尋の神隠しオリジナルグッズ通信販売」やスタジオジブリのアニメ絵本なんかの広告も載っていたりして、いや応なく宮崎ワールドにお金を落とすことに相成るのである。

 実は映画を観ているときにハプニングがあった。映画館に入る前から夕立が降っていたのだけれど、外な局地的は激しい雷雨になっていたようで、上映中ついに落雷のため停電。スクリーンもブチっと消えてしまった。なんとか復旧し、終了後映画館を出ると雨も上がっていたので、すっかり安心して帰宅すると、マンションの一部が停電・断水を起こしていた。機械式駐車場は稼動しないし、我が家も水が出ない。阪神大震災を思い出し、何だか慌ててしまった。仕方なく近くのスーパーに自転車を走らせて水と夕食を調達したのだが、帰ってくると水が出ていた(笑)。トホホ。

 「千と千尋」には魔法が関わっている。そういえば、世界的なベストセラーになった「ハリー・ポッター」も魔法使いの話。魔法を使えるなら、止まった水ぐらい簡単に出せるだろうし、HPの更新もちょちょいのちょいなのだろうけど、そうはいかないのが、現実なのである。

 ようやくリンクページをUP! 今のところお墓関係のみだけど、これから徐々に増やしていく予定(予定は未定だったりして、かァ)。

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8月1日(水)晴れ   もう、ええわ

 もう8月だ。といっても、本当はただいま2日のお昼前。今夜また日記更新を目論んでいるので、1日分として書いている。昨日、7月の平均気温が発表された。今年は数字的にみても記録的な猛暑だったといわれている。30度ぐらいなら、「涼しい!」と思えるほどだ。熱中症でいのちを落とされた方もいるそうなので、睡眠、水分補給はやはりあなどれない。先週のラジオ体操効果か、その後も早起きをキープ! その分、夜は早く眠くなる。結果、更新作業もままならないけれど、これも健康維持にはやむを得ないとお許しあれ。
 
 それにしても、日本の政治の揺らぎ方はますますひどくなるばかりだ。それも小泉内閣になってから、政治以前のゴタゴタに終始している。思えば森さんの時もどうしようもなかったけれど、小泉・田中の継子コンビが、今や一発触発状態。だ〜か〜ら言ったじゃないの〜♪なんて古い流行歌の歌詞にあったけれど、やっぱり真紀子さんは異常ですよ。自分が外務省を牛耳る、仲良しの中国におもねる、そして何の薬にもならない毒舌を撒き散らす。例の応援(になってない)演説も、自民党内部から批判が起こっている(あれを黙認する方が、どうかしている)。そんなこんな、就任以来不毛なやりとりの繰り返しに、さすがの大衆も「もう、ええわ」と思っているのではないだろうか(これは、私の希望的観測ですが)

 その上、輪をかけて小泉靖国参拝のごり押し。こうなったら彼は絶対行くでしょう。それにしても、85年に当時首相の中曽根さんが強行したとき、記者団に囲まれて彼は「国民の大多数は参拝に絶大な支持をしていると確信しております」と言ったけれど、国民の大多数っていったい誰のこと? あの当時もすでに私は有権者だったけれど、いまや有権者の過半数が戦後生まれになっている。その過半数の大人たちに、戦前生まれの権力者や教育者、先祖たちが、この靖国問題をどれだけきちんと教えてきたというのだろう。それもしないでおいて、「大多数」なんておためごかしな。いまや国民の大多数は、賛成も反対もできず傍観するしかないのだよ。

 暑さのピークは例年8月上旬にくるんだそうな。何事も、これからが正念場なのだ。いまやカイロより暑い日本。ギラギラの太陽にも「もう、ええわ」と言いたくなる。
  

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