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川の流れにたゆとう、名もなき水泡。
されど、陽に月に煌めく、そのうたかたのなんと美しいことか・・・。
うたかた日記

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6月29日(金)晴れ   重いコンダラ

 久々整骨院に行ったら、待合室で1時間近く待たされた。昨年開業したばかりのところで、患者の数もぼちぼちという感じだったのに、なかなか盛況になっているではないか。。それとも先生1人でさばける限界を超えているだけなのだろうか。

 「こむらがえりしませんか。足が相当パンパンですよ。気をつけてくださいね」と言われた。最近は足がむくんでいる状態なのか、これが普通なのか分からなくなっている。それほどヒドイということかもしれない。でも、どう気をつければいいのだろう。

 そういえば、昔、“こむらがえり”を“コブラがえり”だと勘違いしていた。NHKFMで午後2時〜4時にやっている『おしゃべりクラシック』という番組(メインDJは渡辺徹)で「コンダラコーナー」というのがある。つまりは歌の歌詞などを「こう聞き間違えてました」というリスナーの投書に基づいて検証するというクラシックとはかなり無関係なコーナーなのだが、このコンダラというのは、漫画「巨人の星」の主題歌、♪思いこんだ〜ら〜、試練の道を♪というのを、♪重いコンダ〜ラ〜♪に聞き間違えるというところからつけられている。星飛馬が、コンダラなる重いものを引っ張るか引くかするという訓練をしているというイメージだ。でも、コンダラって何よ。で、これは、昔同僚、今は東京でデザイナーをしている友人も、確かそう聞き間違えていたことを、昔宴会の席で告白し、バカ受けしていた。

 あと有名なところでは、唱歌の「故郷」の♪う〜さ〜ぎ、追いし、かの山♪を、私は♪う〜さ〜ぎ美味し♪だと思っていたし、クリスマスによく唄う「もろびとこぞりて」の♪もろびとこぞりて、しゅわっちませり〜♪と、歌詞を全く理解しないどころか、なんでここでウルトラセブンになるのかなあと思っていたのだった。

 深夜番組の「タモリ倶楽部」って今もやってるのかなあ。あそこの「空耳アワー」というコーナーも大好きだった。これは洋楽の歌詞が変な意味の日本語でこう聴こえるというネタ披露もの。大ヒットはクィーンの「キラークィーン」で♪がんば〜れ、田淵♪と確かに聴こえる箇所がある。一度そう聴こえたら、どんな時もそれ以外には聴こえなくなるのが、空耳の恐ろしさでもある(笑)。
 
 ああ、バカなことを書いていたら、またドキュメンタリーの感想が書けなくなった。んもう!
でも、今日はここまでです。すんません。


6月28日(木)晴れ   PTSD?

 2日ほど日記をサボってしまった。自分としては、もっと長くほったらかしにしているような罪悪感!この2ヶ月あまり、SO−TAI−KIあっての私が徐々に確立されつつあるのだが、別のたくらみもあったりして、昨日もそれにかかずりあっていたのだった。吉と出るか凶と出るか。いい結果が出たらまたご報告しませう。とはいえ、まだ未完成・・・。

 それにしても、今週は堺正章・岡田美里夫妻の離婚会見にワイドショーが沸いていた。小泉・小泉で嫌気がさしていたところだったので、久々芸能ネタは新鮮でさえあったのだが、ことはそう簡単ではなく、最近何かと話題にのぼるPTSD問題も絡んでいるので、思わず見入ってしまった。

 妻・岡田美里の話はひっちゃかめっちゃか。その根底には強いファーザー・コンプレックスがあるのだろう。幼少期、父親が母親に対してしていた言葉の暴力に恐怖を覚え、トラウマになっていた。なのに結婚したのはうんと年上の男性。きっとそこに父性を見たのだろう。父親には甘えられなかったから、その不満を解消してほしかったんだと思う。一方、自分の父親は家にいる人だった。でも夫は仕事一筋。そこはパパとは違う。一緒にいてほしいのにちょっとした怒り声に子どもの頃の恐怖がよみがえる。もの凄い矛盾が彼女の中で解決しきれなくて、病気になったんだろうと推測できる。でも、それってPTSDに入るのかなあ。いわゆるアダルト・チルドレンというヤツではないだろうか。まあ、専門家ではないから、推測の域は出ないけど。

 その気持ちは分からないでもなかった。でも、「祖父は画家、叔父も芸術家だし、私はもともと傷つきやすい性質だった」と言えるずうずうしさはあるのになあ、なんて思ってしまった。「自分は弱い」という人は案外そうでもないところがある。自己分析している自分と人の印象のズレっておもしろいね。

 彼女は「E.H.エリックの娘、堺正章の妻の肩書きがなくなって、今やっと自由になれた」と清々した様子だったけれど、そういうネームバリューを利用して生きてきたのもまた事実だろう。いみじくも堺正章が言っていた「失ったものから何を得られるだろうか。今はまだ得てないけれど・・・」

 なくなって分かる親の恩じゃないけれど、手の内にある間は見えないことの方が多いのは世の常。サンテグジュペリの『星の王子さま』にも名文句がある。
「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」

 しかして、ドキュメンタリーの感想文はまた後日。とか何とかいって、書けるかなあ・・・。
 
今日は、LETTREを3通ご紹介している。そちらもドーゾ。

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6月25日(月)曇り   ベツバラ&男と女

 今日は本当に蒸し暑かった。湿気が部屋中にまとわりつく。ああ嫌だ嫌だ!脳みその働きぶりもすごぶる悪い。いや、これは昨日大阪に出かけた疲れと夜の夜更かしのせいだ。

 昼間は6/15の日記にも書いたとあるアーティストつながりの友人5人(+子ども3人)と約15年ぶりの再会を楽しんだ。白状すれば、そのアーティストっちゅうのは、アメリカの男性ヴォーカリスト、バリー・マニロウ・・・と言っても、知っている人がどれだけいるか不安もよぎるが。・・・やっぱりなあ。じゃあ『コパカバーナ』という曲は知っている?今は亡き『夜のヒットスタジオ』にもゲスト出演したり、東京のNHKホールや大阪城ホールで来日コンサートしたりと、当時は日本でも一世を風靡した実力派アーティストだったのだけどね。今や、本国アメリカでもかなり過去の人になっているそうだ。私もすっかり忘れていたのだが、久々ベストアルバムのCDを聴いてみた。彼はやっぱり歌が上手〜い!

 その日はアクティ大阪最上階のお店でバイキングを所望。どうもその店を選んでくれたメンバー(以後A)がバイキングフリーク(といっては大げさだけど)のようだった。といっても、大食漢には見えないすこぶる真面目でのんびり屋さん。その彼女の口からいろいろと信じられない話が飛び出したのだ。

 バイキングにはデザートにケーキもつきもの(1個あたりは小さいけど)なのだが、Aさんはいつもそういうケーキを食べ損ねてしまうのだそうだ。昨日も、席に座って料理を食べながら、「ケーキ食べないと。まだあるかなあ」と心配げ。隣のBさんが「そんなら今のうちに取っておいといたら」とアドバイスするのだが、「いや、今は料理を食べないと」とお皿に取る順番にまでこだわっていた。いよいよデデザートタ〜イムと、席を立ち、大皿に辛うじて1つ残ったケーキの存在を確認した上で、取り皿を持ってくるまでの一瞬の隙に、そのケーキが誰かに持ち去られていた(笑)。まさしく、正真正銘「バイキングではケーキにありつけない」論を地でいった格好なのだ。そんなことがなんと2度ほどあって、3度目にようやくケーキをGETした彼女。店員からも「今度はやっと取れましたね」なんて労われたりして(笑)。

 話はそれで終わらない。「そんなにケーキが食べたいんやったら、ケーキバイキングに行ったらいいのに」とBさんが言うと、「行ったんですよ」と律儀に答える彼女。で、「2個までは食べられるけど、食べすぎて気分悪なるんです(笑)」。おまけに、「ケーキバイキングの後にラーメン食べて・・・」って、ええー。ケーキで気分悪くするほどお腹いっぱいになって、まだラーメン食べるかあ。「ええ、ベツバラ(別腹)なんです。ラーメン屋さん探して、けっこう歩きましたよ」と彼女、それをこれまた大真面目な顔で言うので、ますますおかしい。
 食事の後の甘いものを「ベツバラ」と称してつい食べちゃうことはあるが、甘いものを食べた反動でラーメンとは、想像だにしなかった。逆もまた真なり、ということか・・・。いやはや、15年たっても、天然○○ぶりは今だ健在であった。

 そういえば、皆お互いに「変わってな〜い」を連発。その中でも特に私が一番変わってないと言われて、喜んでいいのかどうなのか。昔の写真を回して見たりしたが、髪型といい、スタイルといい、やっぱり私が一番変わっていると思うんだけどなあ。まあ、顔のシミがちょっとぐらい増えても、造作そのものはそう変わるものでなし、人の記憶というのはけっこうアバウトなのかもしれない。、ただ、しゃべり方やテンポというのは、見事にそのまんまだった。年齢とともに落ち着くなんて、嘘ですな。

 さて、夜はNHK教育TVで映画『男と女』を鑑賞。大好きな作品で、何度も見たが、見るたびに演出の妙に新鮮な感動を覚える。そして、主人公の男と女の心の機微も。冬のドービルの風景をこの目で見たくて、9年前の初めてのフランス旅行ではわざわざ足を伸ばしたものだ。昔はただ、主役のアヌーク・エイメの外見への憧れが強くて、“年上の女性”として見ていたが、映画の中では「若い女性」と表現されているし、少なくとも20代後半か30代前半の設定で、今となっては私よりも“年下”になっているところがちょっとショック・・・。

 映画そのものは、1960年代の話なのに、男はレーサー、女は映画製作のスクリプター、どちらも子どもがいて、どちらも配偶者を不幸な出来事で失ってと、いかにも現代的なシチュエーションで、まったく古さを感じさせない。互いに惹かれあっていることを手や指の動きで表現する演出や、台詞では説明せず、ミュージカル仕立てあるいはドキュメンタリー的手法で表わす映像が、未だに新しい。愛した人を失った者同士が、その人の影に苛まれながらも、新しい愛に迷い込む男女の姿をこれほどシンプルかつリリカルに描いた作品が他にあるだろうか。まさに「愛」と「死」に彩られた映画。いやあ、映画ってほんとにいいですね。さよなら、さよなら、さよなら。
(本当は、眠たいのさ)

 実はその後もドキュメンタリー番組を観て、寝たのは結局2時を回っていた。そのドキュメンタリーについても言いたいことがあるのだが、それはまた明日書くことにする。

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6月22日(金)小雨のち曇り   過ぎたるは・・・

 もともと冷え性だが、この季節になっても足が冷えたり、血行不良の不快感を感じるのは初めて。何とかせねばとローズマリーのエッセンシャルオイルでマッサージしたらお肌はすべすべ、血行もよくなっていることを実感していたのだが、何かの本で「あら塩マッサージは冷え性に効果的」という文句を見て、性懲りもせずお風呂でトライしてみた。これがなんと、さらにお肌はさらにすべすべ!顔はますますしっとり。「なかなか、いいじゃん」と2日続けて、今日が3日目。何気なく触ってみると、お肌は以前よりもざらりとしている。なにやら痒みも発生。んん? んんーん?!まずい!やばい!嗚呼〜・・・

 確かにあら塩のスクラブ感はすごかった。だから極力優しく撫でていたつもりなのだが、ここにきて、明らかな副作用が生じてきたのだ。赤みを帯びた肌に、気休めのオイルマッサージを試みたのだが、ますますヒリヒリする。こうなると、奥の手を出すしかない。それは、皮膚科のお薬。

 20代後半、猫も杓子も流行し始めたゴルフに一時熱中したことがある。肌との格闘は、まさにお肌の曲がり角とともにやってきた。真夏のゴルフ場で一日プレーし、帰りのお風呂に入ったときだった。頬が不自然に赤くなり、痒みを感じて不安にかられた。けれど、もともと日に焼けるとすぐに黒くなる性質だ。そのうち赤みが黒さに変わるのだろうと、たかをくくった。ところが日を追うごとにひどくなる。お化粧でごまかすにも限界を感じたとき、私はようやく皮膚科を受診した。老女ともいうべき女医さんがはすげなく、「ああ、日焼け負けやね。化粧したらあかんよ」。

 あの時から、日に焼けると必ず皮膚に炎症を起こすようになった。ゴルフ熱は1〜2年で冷めていったが、それこそ海水浴などとんでもハップン。夏でも屋外では極力長袖を着用し、日傘と日焼け止めクリームは必需品になっている。そのうち、冬の乾燥肌にも悩まされるようになった。カサカサとかゆかゆに、夜も眠れなくなってしまったほどだ。その上、昨年、奄美大島に行った時には、大型台風のためエアコンもない古い家の中に丸日過ごしていたら、湿気に身体がいかれ、またしても発疹&かゆかゆ。その度に皮膚科に通い、薬をもらってようやく収まるという方法を取ってきたので、家にはそのときのぬり薬がまだ流用できるというわけなのだ。皮膚科のお医者さんいわく、「とにかく肌に潤いがなくなっているから、紫外線でも
少しの刺激にも炎症を起こすようになっている」。私の肌はますます老化しているというわけだ。

 つまり、もともと私のような肌質には、あら塩の刺激はきつすぎるのだ。少しならもっと効果があったのかもしれない。しかし、ちょっと「いい感じ」だったばっかりに、はりきり過ぎたようだ。何でも、「過ぎたるは及ばざるが如し」というわけ。

 昨日、別冊の続きを書いていたのだけど、やっぱり未完成のまま。今日はパトリックへのメールをフランス語で書くのに時間ばかりかかって、へとへとになってしまった。内容は大したことないし、文法的間違いなども多々。パトリックは本当に親切な人で私のメールのフランス語を添削して返してくれる。嬉しいやら恥ずかしいやら。他のサイトにも訪ねていって、SO−TAI−KIの広報宣伝活動しなくてはと思いつつ、それも実行できていない。そういえば、オープンから2ヶ月が経過していた。沖縄では2ヶ月目のお祝いの風習ってのはないのかな。石垣島のTakashiさんに教えてもらおう(多分ないでせう)。

 やっぱり睡魔には勝てない・・・。

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6月21日(木)雨のち曇り   「心のケア」とは

 昨夜作ったイワシのハンバーグが大量に残り、今夜はそれをカレーの中に放り込んだ。これならイワシ臭さも少しは軽減されておいしく食べられるだろうと。しかし、甘っちだった。娘も夫も嫌々食べていた。作った私も、予想以上のまずさに口数少なし。時々、自分でも驚くほど美味しいメニューになるときと、「だめだ、こりゃ」の失敗作とがある。これって、お料理上手の人にはないことだろうなあ。シュン。この浮き沈み。まるで自分自身みたい・・・。

 けさの朝刊に池田小学校の事件で犠牲になった子どもたちの遺族を面談した『犯罪被害者の会』の話が出ていた。そこに書かれた遺族の現在の心境を読んで、胸がつまった。朝食を食べつつ、こぼれそうになる涙こらえて。

 「横断歩道を渡るときは前後左右を確認するよう、知らない人に声を掛けられたら逃げるように教え、それができる子だった。しかし、学校に変な人が入ってきたら逃げるようには教えなかった」

 「子どもは学校が大好きだった。先生も好きだった。だから学校は批判したくない。批判すると娘が泣くと思うから」

 これは、1人の犠牲者の遺族が何もしなかったと先生を批判した報道が流れていることを受けているのかもしれない。だとすれば、同じ犠牲者同士の間にも、何か亀裂が生じているのだろうか。どちらの気持ちも無理はないだけに、よけい辛い。つくづく、犯人の犯した罪の深さに愕然とする。まして、反省の色もない犯人には、怒りを通り越して、哀れみさえ覚える。

 事件後、学校や行政では子どもや家族の心のケアを行なっていくと言っている。しかし、この「心のケア」という言葉が、私はあまり好きになれない。なかば常套句化し、中身が空洞化しているような気がするのだ。もちろん、何をどうやればいいか、本当のところ専門家にも難しい問題には違いない。何しろ、他に例を見ない残虐事件。被害者にもさまざまな立場があるだろうし、実際に現場で体験した子どもたちへの手当てから事件にショックを受けた社会全体の精神的立て直しまでを含めると、とてつもなく多岐にわたり、複雑きわまりない。だからこそ、「心のケア」という軽い用語で片付けないでほしいと思うのだ。むしろ、きちんとした用語と手法を確立させなければ、いつまでたっても心を癒すことができないのではないだろうか。精神医学の学者たちよ、犯人の心の闇ばっかり訳知り顔で研究してないで、もっと社会の役に立ちたまえ。

 実は、一番心のケアとキュア(治療)を必要としているのは、この事件の犯人のような不幸な半生を生き、正常と異常の境界線を行ったりきたりしている人間たちではないのか。

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 6月19日(火)雨   GAINING THROUGH LOSING

 まさに梅雨な一日だった。つい、エアコンで除湿をかけてしまうが、かけ続けると寒くなる。だから、つけたり消したり。電気代が気になる季節の到来だ。

 光ファイバーによる常時接続プロバイダーに加入した。今のところ従来のプロバイダーも利用しているが、なんといっても電話代を気にせず、ネットにアクセスできるところがいい。あたらNTTに電話代だけを支払っているのかと思うだけで、イライラは募っていたことを思うと、精神的にヒジョーに楽なのだ。スピードはISDNと同等なので、ゆくゆくは電話のISDNをアナログに変えて、大容量・超高速にもシフトしていきたいのだが、それはまだ先の話になりそうだ・・・。

 今日はJOURNALを更新。そして、新しいコーナーとして『ルシイドの部屋』を開設した。ルシイドさんは、私の元上司。『胃腸は語る』の本を貸してくださった人でもある。心して読んでくださるとありがたい。ご意見・ご感想をお待ちしてます。LIVREやCINEMAの更新もできるだけ早くと思っているのだが・・・。

 けさ、FMを聴いていたら、プログラムのゲストとして平井堅が出ていた。私は彼のファルセットヴォイスがちょっと苦手。ひょろっとした顔と細〜い身体もうーん・・・。でも、あれほどバタ臭い彼がコテコテ大阪の河内エリア出身だというミスマッチと彼の大阪弁はなかなか好きだ(ちなみに、彼とお父さんはそっくりだって)。ニューアルバムの話をしていたけれど、そのタイトルが“Gaining Through Losing”。直訳すれば「失うことで得ること」といえばいいのかな。失うことを怖れていては、得ることもできない。まさに今の私の気持ちを表わしている気がして心に残った。別に捨て身になっているわけじゃないのだが、歳のせいかな、最近そう実感することは多い。でも、いろいろな人やモノへ感謝の気持ちだけは忘れないでいたいと思う。

 ラジオでは、アルバムの中から何曲かかかったけど、なかなかよさげでもある。でもなあ・・・。そういえば、最近CD買ってない・・・。

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 6月18日(月)晴れ   目からウロコ

 ゆうべ、日記を書き始めたのはいいが、眠さに頭が朦朧、意識混濁状態に陥り、あえなくボツとした。でも最近なぜか「今日のこと、日記に書いて」とリクエストしていただいたりするのだ。私も「はい、かしこまりました」なんて安請け合い。その割にはのん気な母さんである。

 というわけでリクエストその1)

 昨日、6家族でホタルを見に行った。突然のお誘いだったけど、二つ返事でレッツゴー。今までにも何回か見に行った場所ではあるが、少し前までは知る人ぞ知る超穴場だった。ところが、誰かがインターネットで場所を教えちゃったらしく、今年は見物客がわんさか。外灯もない細い道、その横には柵もない川と田んぼだけに、車の往来があるたびに子どもたちが飛び出さないようにつかまえたりと、なかなか大変ではあったけれど、今回ばかりは、誰もが感嘆の声を上げた。

 とにかく、尋常ではないホタルの数。最初、水辺で2、3の光が見えていたのが、あっという間に空をふわふわ飛び交うホタルの一大ライトアップショーと化した。ホタルって、一斉に同じリズムで点滅を繰り返すのだ。その幻想さ、美しさは見た人でないと味わえない感激だろう。子どもたちはなんとか自分の手の中にホタルをつかまえて大喜び。合わせた小さな手の平の隙間からもれる黄緑の光は、人間には作り出せないほど柔らかで、しかも強い。

 昔はどこの川辺でも見られただろうホタル。それが今では本当に貴重な姿になっている。まさに、人間がおじゃま虫。それだけ自然が脅かされている証拠だろう。見物人はますます増えるだろうが、これからの子どもたちのために、どうか今の環境だけは保ち続けてほしいと切に願う。

 リクエストその2)

 今日はとある会合に出席し、そのメンバーと昼食をともにした。ホテル最上階の中華レストラン。眺望も最高だったが、今までその会合の席では顔を合わせていたけれど、膝を交えての付き合いではなかった人たちと、いろいろな話題で盛り上がり、まさに目からウロコなランチタイムだった。どんな話題だったか・・・、ここでは言えない(笑)。いや、まあ、大した話じゃないんですがね。

 ご存知の方はご存知の通り、私は普段いたって物静か(はあ(笑))。そういう猫かぶりが壁となって、時にはいつまでたっても打ち解けられない状態に陥る。だから、オープンハートな人を見ると、それだけで尊敬してしまうのだ。で、今日のメンバーの1人は私のHPを見て、「私の知ってるやまきさんじゃない!」とびっくり仰天されたそうだ。彼女に「それで、もう『金持ち父さん』読んだ?」と聞かれ、「いや、まだ、その・・・」。本当はちょびっと読んではいるんだけどね。その印象は、やっぱり「いいじゃないの、貧乏だって」という気持ちに傾きつつある。最終的な感想は最後まで読んでからということで・・・。

 夜、夫がちょっとした箱の包みを持って帰ってきた。何かと開けると、以前日記にも書いた陶芸体験した作品が焼きあがったと、夫の友人が仕事のついでに持ってきてくれた器。1枚は私作。1枚はその友人作。玄人はだしの後者作に比べると私のはなんとも不恰好!でもまあ、ただで作らせてもらい、届けてもらえただけでもラッキーというべきだろう。
そんなわけで、目からウロコな昨日・今日だった。

 JournalやLettreで書きたいこともあるのだけれど、やっぱりちと眠い〜。更新は明日になりそうだ。ということで、また。

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 6月15日(金)曇り   リベンジ!金持ち父さん

 雨だというのに、昨日は京都へ行った。久しぶりに阪急京都線に乗ったのだが、停車駅が増えてなんだか急行のようになっていた。もちろんラッシュ時はもっと少ない停車駅の特急もあるのだろうが、便利なような、不便なような。
 それにしても、そんな雨模様にも関わらず、素足にミュールやサンダルを履いている若い女性の多いこと。前々から思っていたことだが、そういう人に限って歩き方がおかしい。猫背で内股、ミュールをまるでゲタのようにつま先で履き、階段で昇り降りするときにはやたらとうるさい。老人の方がよっぽど背筋が伸びているぞ。私みたいに腰の悪い人間からすれば、歩き方が健康に及ぼす影響の大きさは自明の理。第一、つま先が雨に濡れて気持ち悪いとは思わないのだろうか。いかにおしゃれとはいえ、不合理甚だしいと、おばちゃんは思うのであーる。

 夜、1本の電話。長い間ご無沙汰している年下の友人からだった。彼女との出会いは、何を隠そう約20年前。お互い学生の身分だった。つながりはとあるアーティストだ。今となっては幻の存在だしこっ恥ずかしいので公表は差し控えるが、そのアーティストのファンクラブのメンバー同士だったのだ。ほかに3人の同じく年下メンバーとも仲良しになり、よく遊びにいったものだった。とはいえ、月日とともに会うこともなくなり、1人はアメリカへ行っちゃって年賀状のやり取りさえおぼつかない状態だった。その彼女が里帰りするとの情報で、一気に再会プランが沸騰したというわけだ。いやいや、懐かしい!今年は本当に再会の多い年だと実感する。今から会うのが楽しみだ。

 ところで、今日になって夫が帰宅後本屋に行きたいと言い出した。「いろいろと読まなくちゃいけない本がある」とのことで、つきあったのだが、読まなくちゃいけないという本はなんと『金持ち父さん 貧乏父さん』だった。もちろん、私が日記に書いたことは知る由もなく、今さら説明するのもややこしいので、あれあれと思いつつ、店頭に並んでいた本を見つけたのも私だった(夫は老眼のため、細かい字が識別できなくなりつつあるのさ)。他にも何冊か買っていたけれど、そんなわけで、ぬあーんと、我が家に『金持ち父さん』がやってきたのである。何たる因縁(笑)。こうなれば、もはや本に「お前も読めよ」と言われているようで、いよいよ避けては通れぬ運命の1冊となりそうだ。

 結局、今週も予定通りに更新&アップが進まなかった。ごめんね、ジロー♪(古すぎる〜) といいつつ、Journalを1本だけアップ。明日がある、明日がある、明日があーるーさ♪ って、唄ってごまかす私・・・。

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6月13日(水)晴れのち曇り   謎のむくみ

 昨夜、風呂上りの足を見て驚いた。靴下のゴムの跡が両足にくっきりと残っていたのだ。“むくみ”というヤツだ。どうしてこうも、次から次へと身体に変調が起こるのだろう。やっぱり、夢見の悪さ?
 
 そんな不安を抱いて整骨院へ。「むくみは身体の水分代謝が悪いから起きるんです。腰が痛いとむくみが起きやすいですね」と整骨医。いつも以上に丁寧に指圧を試みてはくれたのだが、最後にひとこと。「今度は骨盤を動かしますから、今週また来てください」。こ、骨盤、動かすってえ。相当な荒治療を想像し、今から怖気づいている私であった。しかし、今夜も足のむくみはしっかり残っている。すねを押したら、ぽっかりとへこんで戻らなかった。おお、くわばら、くわばら。

 池田小学校の容疑者のこれまでの人生が明らかになるにつれ、この事件の根の深さに絶句してしまう。やはりキーポイントは家族。自分の息子がここまで凄惨な事件を起こしているというのに、父親はまるで推理小説の犯人当てゲームにでも興じるように、饒舌に、ある意味で嬉々として取材に応じている。この異常さ。容疑者は今日になって、「自殺しても周りの人間は喜ぶだけ。それは許せない。世間を騒がせる事件を起こして元妻や父親に肩身の狭い思いをさせたかった」と供述したという。憎い父をこの手で殺すこともできず、弱い存在に刃を向けた容疑者の、行き場のない弱さ。本当にやりきれない。
 
 久々にJournal d’OHAKAを更新したので、読んでね。

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6月12日(火)晴れ   反省・・・

 近頃、妙な夢ばかり見る。見ず知らずの人が出てきたり、昔の同級生が出てきたりするのだが、話自体が支離滅裂なので、ここではなんとも説明できない。目覚めた後も、なんであんな夢を見るのかなという不思議な感覚ばかりが残ってしまう。いったい何を暗示しているのだろう。

 昨日の日記を読んだ方から「『金持ち父さん 貧乏父さん』は面白いよ」とのご指摘をいただいた。

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わたしは逆に、インタビューの方を見てないので
これに対する管理人さんの印象については「そうなのか」としか言えないけど、
本自体はとてもよくできてると思うけどなあ。
「貧乏父さんはダメ父さん」とはゆうとりませんよ。
作りは違うけど、『チーズ』が売れたのと根っこは同じかなあ。

かつて『患者よ、ガンと闘うな』が話題になったとき、
一部の医者と、ガンじゃない人はとても共感したけど、
闘病中の人にはとてもいやな本だったのと、ちと似てるのかな。

「それを言っちゃーおしめえよ」と見るか
「そうとも言える」と見るか、難しいよね。

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 そうか、私は住宅ローンの返済を抱える身として「家は負債だ」という話に過剰反応したのかもしれない。それとも、ビルはおろか貯金も一向に増えない自分の愚かさを指摘された人間の僻みか。あるいは、悠悠自適の著者に対するジェラシーか。世の中、皆が大橋巨泉になれるわけないんだからね。基本的に、お金に頓着しない人が好きなのね。いずれにしてもやっぱり、読んでない本を云々するのは以後慎みます。

 そういえば、『チーズはどこに消えた』がベストセラーになったもんで、二番煎じの『バターはどこへ溶けた』が売れたかと思ったら、今度は三番煎じの『チーズはここにあった!』という本まで登場して、それがまた売れているそうな。実は元祖『チーズ』、夫の会社では社員全員に配布されたので、我が家にもある。私はまだ読んでいない。元来ベストセラーが苦手なのだ。いわんや、会社から「読みなさい」と言われてもねえ。

 ただいま別冊「SO−TAI−KI」として、先月、ヤン・フォーブル展を見に行った小旅行記を書いている。題して『丸亀・ファーブル・エレキテル』。近々アップの予定だ。

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6月11日(月)晴れ   貧乏父さんバンザイ

 相変わらず事件の余波は続いている。いや、日を追うごとに広がりを見せている。昨日の午後、出先で偶然、とある葬儀場の前を車で通った。正確には、正面ではないのだが、その葬儀場の向かいの壁際にカメラマンがやたらいるのが見えたのだ。直感的に、あの小学校で犠牲になった子どものお葬式が行なわれていたんだと分かった。その光景を一瞬見ただけで、胸がしめつけられた。昨夜はどのTVを見ても、そうして撮ってきただろう映像とともに、告別式のニュースを流していた。「いめやかに営まれました」は、あまりにも手垢のついた常套句だ。

 そして、容疑者の中学時代の同級生や、アパートを斡旋した不動産業者の人間が、顔を隠してインタビューに応じ、過去の異常な言動を披露していた。

 そういうことを、知りたいのだろうか、私たちは。被害者や容疑者のあれやこれやをニュースのネタとして暴き、報道合戦するのは、もうやめてほしい。憶測ではない、冷静な姿勢がなければ、極論すれば、この種の事件はこれからも後をたたないと思う。

 父親はこう言った。「わがまま病や」と。おそらく、容疑者は自分をコントロールする能力を身につけられないまま、劣等感の中でネガティブな感情だけを増幅させていったのだろう。日曜日の日経新聞に「しつけのナゾ」という連載がある。北海道大学の先生が主にしつけと脳の発達の関係について書いているコーナーだ。昨日は額のすぐ内側に位置している「前頭連合野」という場所がテーマだった。大脳の3分の1を占めている部位で、先生は「前頭知性」と名づけているが、知能指数とはほとんど関係がなく、「将来への展望・計画性、自分の行動や感情のコントロール、他人の心の理解」を司っているそうだ。非常に好人物で仲間の尊敬を集めていた人が事故によって前頭連合野を破壊され、刹那的で乱暴、感情を抑えることのできない人間になってしまった、という実例が挙げられていた。先生いわく、「適切な社会関係を理性的に営む上で、前頭知性を子どものころからしっかり育てないと、大変なことになりかねない」

 実は、どうすれば前頭知性が育つかまでは書いていない。けれども、第一に考えられるとしたら、やはり親を筆頭にした家族との関わりに終始するのではないだろうか。この父親は息子の異常な言動を「わがまま」と決めつけ、放置し、あげく勘当して、野放しにしていた。親も周囲もただ煙たがるだけで、彼に立ち直らせるチャンスを与えなかった。もちろん、今ほどカウンセリングについての認識もなかっただろうし、精神医学もいまだに確立されていなかったのだから、仕方ないといえばそれまでなのだが・・・。

 美しいものを見せなくてはいけないと思う。音楽でもお話でも、自然でも。その感動があればこそ、幽霊話や不条理な物語も意味を持ってくる。

 ところで昨日の朝早いNHKのニュース番組で、ベストセラーになっている『金持ち父さん、貧乏父さん』の著者がインタビューされていた。彼はハワイの日系4世で、自分の父親は最高の学歴を持ち、仕事でも高い地位にまでいったが、お金には関心がなく貧乏な一生だったという。反対に、友達のお父さんは学歴はなかったが、仕事で成功し、またお金を増やす努力を怠らなかったから、ハワイ一の金持ちになった。著者はその人から教えを請うた「金持ち道」を実践し、47歳で引退。以後、講演や執筆などで金持ちになる方法を説いて歩いているというのだ。

 この本を読んでいない私が詳しいことも知らないで云々するのもどうかと思うけれど、そのインタビューを見て思ったのは、「貧乏父さんのどこが悪い」ということだった。彼は「多くの人は資産と負債を混同している。家も車も金を食う負債。ビルは家賃収入でお金を生み出してくれるから資産だ」とのたまう。しかし、どれだけの人が収益性の高いビルを持つことなどできるのだ。家を単なる負債とみなして、お金を借りてまで買うのはバカだ(とは言ってないだろうが、貧乏人のやることだというさげすみのニュアンスがあった)と一刀両断に言えるのだろうか。ビルなんて、一歩間違えば不良債権の最たるもの。だいたい、そうまでして金持ちになる必要があるのだろうか。

 高い知性を持ち、仕事でも優秀だった父を、ただ貧乏というだけで価値のない者のように、ハワイ一の金持ちと比較すること自体、ばかげている。たまさか、その金持ち父さんがしっかりとした哲学とそれなりの教養を積み、そのお金を後世の役に立つように有効利用しているならいうこともないだろうが、ビルの1棟や2棟持っていることが、そんなに偉いのだろうか。単なる自己顕示欲の表れではないのか。そういう拝金主義が、バブル以降、確実にこの国を滅ぼさんとしているのに、まだそんな幻想じみた話を真に受けるとは!もちろん、資産運用が上手な人が得をするということは分かっている。しかし、赤ひげ先生が尊ばれるように、そんなことに興味もなく、“ボロは着てても心は錦”という人物が世の中からいなくなっても、いいのだろうか。

 貧乏父さん、バンザイ! 私は、声を大にして言うぞお。

 LettreにはTakasiさんのお便り2連発を載せている。そこで、またお会いしましょう。

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6月8日(金)晴れときどき曇り   闇の中へ

 こんなことがあってもいいのだろうか。いや、今までなかったのが不思議だったのだろうか。普通に登校した学校の、しかも教室で、見ず知らずの男に、いわれもなく、自分のいのちを、いとも簡単に、奪われてしまうという子どもたちの運命を、一体誰が、予測できたというのだろうか。大阪の小学校で起きた無差別殺傷事件。

 海外のニュースでもトップで報じられていた。それを見たアンヌから心配するメールが届いていた。

 阪神大震災のとき、停電が解けてTVがついたあの日、私は一日中TV画面に見入っていた。あのときほど情報が欲しかったことはない。けれど、映し出すのは阪神高速が雨細工のように崩れて横倒しになった映像だった。そして東京のTV局が何度も繰り返す惨状。恐ろしくて、でもその場から離れることもできない。今日の午後は、まるで同じ状態になってしまった。

 次々と読み上げられる、亡くなった子どもたちの名前。同じような年頃の子どもを持つ人間ならば、我が子のことのように感じられて、いたたまれない思いになったのではないだろうか。夕方には、その子らの写真も公開された。でも、あまりにかわいそうで、まともに見ることはできなかった。

 最初、情報は錯綜し、重傷の教師が亡くなった人の中に入っていた(結局、NHKが一番正確に報道していた)。迎えにきた親に連れられて下校途中の子どもをつかまえて、記者たちが矢継ぎ早に質問を繰り返す。子どもたちも淡々と答えるものだから、質問はますます具体的になっていく。カメラは子どもの顔を大写しにして。しまいには「怖かった?」と聞く記者。お前はアホか。

 何度も自殺しようと思ったけど、死にきれない。小学校で暴れたら死刑になると思った。死刑にしてくれ。容疑者はこう言ったという。なんという絶望感だろう。行く先々でトラブルを起こして孤立し、精神に支障をきたしていた男。父親がインタビューに顔を見せないで答えていたが、まるで他人ごとのようだった。彼は先天的に精神障害に陥りやすい因子を持って生まれてきたのかもしれない。親も大変だったろう。しかし、あの突き放し方に、私は彼のゆがみの原点を感じてしまった。

 闇の根は深い。おそらく連鎖している。

 「生きるとはどういうことか」という悩みに出会うこともないまま、やみくもに消し去られてしまった子どもたちを思うと、ただ涙があふれる。家族の悲しみを思うと、言葉を失う。

 まだ、整理がついていない。今日はこれまで。

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6月7日(木)曇りときどき雨のち晴れ  なまけ心かな

 昨日の整骨医によれば、治療の後には「好転反応」といって、一時的に痛みが悪化したり、だるさや眠気が出るのだそうだ。というわけで今日はやけに腰の張りを感じた。日記を書くために夜更かし気味になっていたせいか、睡眠パターンも狂いがちだったので、このところ夜は更新する気力もなくなりつつあるけれど、「そんな気分さ」というのを記録しておくのも悪くないかと思っている。(読んでる人はだるいかも。すみません。

 このところ、お昼のBSで連日、宝塚歌劇の歴代『ベルサイユのばら』公演を放映している。おとといは日向薫、昨日は大浦みずき、今日は涼風真世がオスカルを演じていた。どれも興味半分でちょっとしか見ていないが、日向薫はなかなかカッコよかった。涼風真世はあれだけの厚化粧をしても、すぐ誰だかわかるところが凄い。それに大仰な台詞回しも凄い。冷静に見ている自分が思わず恥ずかしくなった。

 宝塚歌劇って、見れば見るほど特異な世界だ。音楽も、華麗に踊りながらも、旋律はだいたいムード歌謡だったりして、なんとも不思議な雰囲気。しかも、揃いも揃ってオケピの演奏に歌が必ず半拍遅れる。モニターの微妙なズレなんだろうか。TV画面で見るものではないとは思いつつ、ヅカファンには申し訳ないけど、独特の歌唱法は画一的で、やっぱり好きになれない。レビューでは、どんな歌でも絶対日本語歌詞で唄う。歌詞によって歌のリズムが台無しになってるんだけど、みんな大真面目にやっているところが、凄いと思う。どんなトップスターでも必ず退団するのは、もちろん後進に道を譲るためではあるけれど、正直「いい加減、やってられない」という気持ちも芽生えてくるんじゃないだろうか。いかに『ベルサイユのばら』といえども・・・。

 日曜日に買ったノートパソコンが到着。画面を立ち上げると、まさに完全に初心者でも自分で簡単にセットアップできるだけのマニュアルになっていた。とりあえず慣れている人にはじゃまなメッセージだったりするので、初心者でもそうでない人も、スムースに立ち上げられるようにはなりませんかね。

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6月6日(水)曇りのち雨  梅雨入り&腰痛再発

 日曜日から腰が痛い。いつも痛む左側ではなく、右側の筋を違えたようだった。月曜日に接骨院へ行き、テーピング+湿布+ゴムベルトで右側の痛みは少しましになったものの、昨日になって左足にだるさを覚え、腰自体の痛みも出て、ついでに身体には力入らず。日記も書き上がらないので、更新もできず・・・。いちごのビタミンパワーをもらったばかりだというのに、やっぱりよる年波というものだろうか。

 とはいえ、私の腰痛は筋金入り。赤ん坊のときに股関節脱臼を起こし、長らくギブスをはめていたそうだ(写真にも残っている)。母は医者から「思春期になって、腰が痛くなるかもしれない」と言われていたそうだが、子どもの頃も長く歩くと足が痛くなり、高校に入ってやっぱり腰にきた。整形外科ででっかい注射を腰にぶすりと射されたときは、ショックだったなあ。

 成人してからも、腰痛とは長いお付き合い。整骨院やマッサージにかかると、たいてい背骨のゆがみやコリコリの身体に驚かれる。「頭痛とかしびれとかないですか」と聞かれるのだが、慢性化によってすっきりしていないのが日常化しているので、「よくわかんなーい」というのが正直なところだ。

 実は月曜日の接骨院で先生に「明日かあさって、また見せてください」と言われていた。先生は妙に親切なのだが、電気治療に重点が置かれ、何かと待たされる治療のスタイルに嫌気がさした。しかし、経験上、痛みを放置することもうっとおしい。ということで今日、別の整骨院を訪ねたのだった。

 結果として正解。今度の先生は人体の骨格図を見ながら、どこが悪いのか私の根本的な問題をきちんと説明してくれた。月曜日の先生にはなかったことだ。もちろんここでも電気治療は行なわれているが、まだ新しい診療室の広さや清潔感、先生やスタッフの患者への対応も気持ちよかった。これを機会に、身体のゆがみ(心もゆがんでるってか(笑))を治していこうと決意も新たにしている。

 ちなみに、同じ月に整骨院をはしご治療すると、保険が適用されなくなることもあるそうだ。知ってた?いろいろな決まりがあるもんだ。

 ところで、6/1にネパールで起こった国王夫妻射殺事件。犯人とされた皇太子も死亡し、国王の弟が王に即位したものの、国民は納得せず、暴動が起こったり、夜間外出禁止令が発令されたりと、混乱状態が続いている。新国王の政略説もまことしやかに流れる中、国民の嘆き悲しみぶりがTV画面を通して私たちにも伝えられるのだが、そこで見たのは男性の多くが喪に服す意味で剃髪している姿。かみそりでじょりじょり剃っている様子も、ニュースでは映していた。しかし、後頭部のほんの一部だけ剃り残すのが慣例らしい。その毛がまるで豚の尻尾の如くくるんとカールして、頭に残っているのが、ちょっぴりユーモラスであった。一人の女性をめぐる愛憎劇、そして国をも揺るがすというネパールの危機に、やや不謹慎な感想だが、弔意の表し方もいろいろだなあと思った次第。ネパールは火葬の国だということも分かった。

 久々にお便りをもらったので、LETTREも見てね。ついでに、ちょっとスタイルも変えてみた。

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6月3日(日)晴れ、晴れ  ビタミン・パワー

 今日は家族そろって、いちご狩りイベントに参加した。私が住んでいるのは、いわゆるニュータウンなのだが、ちょっと行くといたるところに田んぼや畑の広がる、元田園地帯。ゆえにいろいろな農作物が身近に手に入ったり、まさに「おいしい」ところでもあるのだ。電車で15分ばかりのところにはいちご農園が広がっている。お弁当持参のピクニック気分ででかけた。いやはや、暑かった。日焼け止め&帽子&長袖シャツで防御してはいたけれど、真昼の日光はきびしいものがあった。

 いちご狩りは初体験だったが、なかなか面白かった。ビニールハウスの中の畝に沿って、草の間に隠れている真っ赤ないちごを見つけたときは、素直に嬉しかったし、なんとも愛らしい。家ではしつこいほど水洗いするのに、たまり水でさっと洗って手で取ったばかりのいちごを口にほうばると、これまた格別の美味しさを感じる。そして、スーパーではパックにお行儀よく並んだいちごも、実は農家の方が手で摘んで、大事にパック積めされているんだなあと思うと(いちごは果物の中でも傷みやすい種類だろう)、普段値段だけで品定めしていることが、ちょっぴり恥ずかしくなって、「農家の皆さん、ありがとう!」と言いたくなった。手仕事の価値というのだろうか。大量生産大量消費の社会に生まれ育ち、なんでも「当たり前」になっている子どもたちにとっても、もちろん大人にとっても、自分で摘んだいちごの美味しさは、発見だったと思う。

 何より、いちごはビタミンCの豊富な果物。風邪など体調不良時には欠かせない栄養価だけど、今日という今日は、充分すぎるほど太陽の恵みのビタミン・パワーを補給できたような気がする。明日からの効果に期待しよう。

 そういえば、いちごって、「草かんむりに母」=苺と書くんですね。道沿いの農家の軒下で倒れていた素朴な手書きの看板に、その字を見たとき、あらためて感激した。言われてみれば、赤く熟れたいちごのフォルムは、なんとも優しく温かいふくよかさがある。栄養も満点で、果物の母と呼びたい気持ちにも納得。人間の母も、見習わなくては・・・。

 夕方、何故か思い立って、パソコンショップへ。ノートパソコンを見に行ったのだけど、ディスクトップもかなり進んでいることを実感。しかも、ノート型1台とそう変わらない値段で、最新のディスクトップ型がフルで手に入るのだ。思わず興味がそそられたが、結局はこの春のモデルで型落ち間近のノート型を買ってしまった。(夫のボーナス払いだけどね)。問題はインターネット接続。家庭内LANにするための方策をあれこれ考えたものの結論は出ず。今の我が家の状態では、それもしばらくむずかしそうだ。それにしても、ノート型とひとくちに言っても,何がどう新しくなっているのか、素人ではほとんど判断できない。まさに日進月歩の世界に、ついていっている人がいったいどれだけいるというのだろうか。「そんなに急いでどこへ行く」、である。

 いちご農家とパソコン業界、どちらが偉いかと聞かれたら、今は「いちご農家」に肩入れしたい私。
 
 そんな、ワイルドかつITな日曜日だった。

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6月1日(金)晴れ時々曇り  息子は辛いよ

 いよいよ6月突入。この週末は天気が回復するそうだ。その後はついに梅雨入りかな。久しぶりに『探偵ナイトスクープ』を観ていたら、日記に取りかかる時刻がすっかりおそくしまった。まもなく夜中の1時半・・・。

 ようやく、掃苔記2のアップにこぎつけた。万歳!とはいえ、今日は気持ち落ち込みモードだったので(理由はいろいろさ)、出来に関してはいまいち自信がもてない。読んだご感想などいただけると、「いと嬉し」である。

 ゴッホもモディリアーニも、多分他のサイトでも多く紹介されているかもしれず、「ふん、今さら」とおっしゃる向きもありましょうぞ。旅行記や私自身の経験談も兼ねているので、写真はともかく内容は他の人とまったく同じではないと思っているのだが・・・。

 今週発売の『週刊文春』(近頃、またよく買ってるなあ)、阿川佐和子がホストを務める対談ページのゲストは長嶋茂一だ。これが、実に泣かせる内容。おちゃらけて言っているのではない。類いまれなる天才、不世出のスーパースター、超個性派を父に持ってしまった男の辛さを、これほど語られたものはちょっとないのではないか。父は言わずと知れた長嶋茂雄。今は元プロ野球選手&タレントという肩書きで、スポーツキャスターやったり役者だったりしているが、ここにきてようやく“一人前”の感があるけれど、彼の挫折の歴史は、もう涙なくしては読めないぜ、ってくらいだ。

 いわゆる芸能界なら二世とか七光でしのいでいる“息子”たちはあまたいるけれど、プロ野球の世界は実力がはっきり出てしまうから、かばいようがないんだね。しかも、一茂氏自身が野球が好きでたまらず、なおかつ父親が好きでしょうがなかったから、根が深い。ヤクルトじゃあ、月見草野村監督に、いじいじぐちぐち言われて傷ついて、ジャイアンツでは大好きな父親である監督から戦力外通告されている。引退間際は過呼吸症候群の心身症にまで陥ったとか。

 彼は「僕、いまだに立ち直っていない」と言い、長嶋茂雄の息子としては「プラスマイナスゼロ・・・正直に言っちゃうとちょっとマイナスかな」と言い、「小さいときから常に父の顔に泥を塗らないよう心がけてきてる」と気遣い、とどめには「もし、親父が死んだら、そこから自分の違う人生がスタートするような気がする」と告白している。しかも、今度出す本のタイトルが『三流』ときたもんだ(涙、涙!)

 父親の死を願っているはずはないだろう。けれど、三波豊和が父三波春夫の死によって、ようやく一人で立っていけているように(私にはそう見えた)、長嶋一茂の父亡き後の自分に一生懸命期待する姿は、けなげですらあった。しかし、有名スターがひとたび故人になったとき、それからはますます伝説で埋め尽くされるのだ。まさにつきまとう呪縛。とっくに父を超えている貴乃花を、日本中で誰よりも羨んでいるのは、おそらく長嶋一茂なんだろうなあ。

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