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うたかた日記

川の流れにたゆとう、名もなき水泡。
されど、陽に月に煌めく、そのうたかたのなんと美しいことか・・・。
つれづれに書きとめた日記風コラムです。

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9月30日(日)雨  また明日

 雨の日曜日。買物以外どこにも出かけず、何となくテレビ三昧な1日だった。意気込んで観たのは、やっぱり高橋尚子のベルリンマラソン。しかし、いつものマラソン中継とはかなり雰囲気の違う内容は、まさに「高橋尚子(小出監督)の、高橋尚子(小出監督)による、高橋尚子(小出監督)のためのマラソン」という感じだった。ブラウン管に映るのは、男性のガイドランナーに囲まれて走る高橋選手だけ。他の選手もいるだろうに、ひたすら彼女だけに注目する中継の手法はどうにも異様だった。途中でニュースを挟むあたり、TV局側もこのレース展開は織り込み済みだったのだろう。緊張感のない映像に観ている方もだんだん飽きてきた。ゴール前はさすがに「ここまで来れば世界新達成させてやってえ」と思わず画面に見入ったけれど、ゴール直後も疲れひとつ見せずすっきり爽やかな彼女。聞くところによれば、今回は彼女、出場するだけで5000万円、新記録を樹立すればさらに1000万円のお金がもらえるそうだ(また聞きで未確認だけど)。まさにプロのマラソン選手。それだけに、前人未踏の2時間20分を切る世界新記録は、本人も宣言しただけあって、あっぱれというしかない。お金だけでも、いくらお膳立てできていてもご本人の力なしは達成できないだろうし、素直に祝福したいのだが、かつて有森裕子が必死の形相で銀・胴メダルを手にしたあの素朴な感動は、もうここにはないのである(そういう彼女も「ガブ」の一件で道がそれてしまったが)時代だなあ。まあ、暗い話題が多かった昨今、めでたいことゆえ、これ以上ケチはつけまい。

 それにしても、さまざまな思惑とプレッシャーをものともせず、あっさり記録を塗り替えてしまうあたり、イチローも凄いの一言。好きなれないキャラクターではあるけれど、こうして「ちゃんとやれる人」たちを目の当たりにすると、やっぱり「努力」の二文字を思わずにはいられない。

 欧米で日本人の活躍があり、一方日本国内では夜に長嶋茂雄の引退セレモニーが繰り広げられていた。「去年辞めてくれたらなあ」と残念がる巨人ファンの夫。それなら日本一に輝いて花道を飾れたというのだ。私は現役時代の長嶋を全く知らない。山口百恵の映画『伊豆の踊り子』を観にいったとき、同時上映されていたのが、長嶋引退のドキュメンタリー映画で、「我が巨人軍は永久に不滅です」という有名なセリフもスクリーンで知った。何しろ父親がプロ野球にまるで興味がなく、NHKでナイター(今はナイトゲームと言っているが)中継をしたりすると、「なんでNHKまでこんなしょうもないもんやるんや」とマジで怒るほどだった。だから、今夜も長嶋がユニフォームを脱ぐと言っても、「そら、65歳は定年やん」というぐらいで、さして感慨もない。でも、スーパーヒーローでもいつかは「引退」を迎える。高橋選手、イチローはどんな形で幕を下ろすのだろうか。

 ともあれ、天変地異や戦争勃発、あるいは健康上の異変が起こらない限り、がんばった人にも、そうでない人にも、明日がある。どう転ぶかは、誰にも分からないけれど、また新たなスタートを切るしかない。

 もう10月だという事実にも驚くばかり。旅行から戻ってからの時間は本当に早かった。で、また月曜日。気持ちを引き締めていきたい(といつも思うが、ままならず)カーペンターズの名曲通り、Raindays and Monday「雨の日と月曜日」になりそうな気配だけれど・・・。

 表紙のロゴを再度変更している。前よりはましだと思っているけれど、どうかしらん。

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9月28日(金)晴れ  ひっそり

 ここのところ帰りの遅い夫が、久しぶりに早い帰宅。これから夕飯の支度だというのに「温泉に行こう」というのだ。車で30分ほどで、関西の奥座敷と呼ばれる温泉地に行ける我が家。最近、長らく営業していた温泉会館が老朽化のために閉まり、代わりに新しい浴場がオープンしたというニュースを聞いていたのだけれど、彼はそこに行こうという算段だ。今日は1日中、身体がふわふわする眩暈のような症状があり、不安になって「めまい」をネット検索したら、眩暈の主な原因は“ストレス”だという。今のところそんなにストレスを受けている自覚はないのだが、あるとしたら身体のストレス耐性自体が弱っているのかもしれない。神経をリラックスさせるためにも温泉は効果的だ。と都合のいい解釈をして、とっとと支度をし、温泉めざして夕闇せまる道を車を走らせた。

 金曜日の夜。普通なら温泉街の狭い道路には車があふれている。ところが、何だか閑散としているのだ。行けば何か看板が出ていると思っていたが、それらしき表示もなく、とりあえず街を一周。すでに日も落ち、うちらの車のライトだけが頼りという道の端に軒を並べる温泉旅館もそう賑わっている風ではない。ようやく1つの標識にたどり着いたのだけれど、なんと「駐車場はありません」の文字。仕方なく車を有料パーキングに入れ、標識に従って狭い道を上っていった。

 夜といってもまだ7時前。なのにすでに店々はシャッターを閉め、人通りもない。狭い石段を上っていると、まるで迷路に入り込んでしまったような気分になった。んん?どこかで見た風景。そうだ、映画『千と千尋の神隠し』の冒頭、千尋の一家が道に迷い、トンネルを抜けた後に広がった古びた歓楽街風の街並みにさも似たりなのだ(そこで千尋の両親は暴食の果てに豚になる)。現実では、どこかで子どもが激しく泣き叫ぶ声だけが聞こえ、ますます不気味。腐っても有名温泉街。その裏町になる場所とはいえ、こんなに閑散としているのは、確実に不況のあおりを受けている証拠だろう。これからあったまりに行こうというのに、それはもうお寒い風景だった。

 ようやくたどり着いた『銀の湯』は9月13日オープンほやほやだけに、そこだけ妙に新しい。明かりも煌々とついている。しかし、入ってみればガラガラ。地元のおばあさんたちの社交場になっているだけだった。出来たてならではの清潔感、ひのきの香りのサウナ室など、印象は決して悪くないけれど、駐車スペースがないこと、シャンプー・石鹸類が常備されていない(つまり銭湯スタイル)、露天風呂もないなど、温泉フリークとしては満足とまでも言い切れない、中途半端さだった。

 帰り道、お土産物屋さんがひっそりと営業していた。名物は炭酸せんべい。その味をふと思い出し、閑古鳥のなく店への同情も手伝って、500円の缶入りを1つ買った。駐車していたパーキングも見事にガラガラ。数年前はそこに車を預けるのも大変だったのに。

 夕食はお気楽に、国道沿いの『ザ・めしや』(ホント、お気楽!)で済ませたのだが、ここも週末は混んでいるのに、やはりガランとしていた。こうなると、国道を走っている車まで淋しく見えてくる。新聞を開けば、企業の赤字、民事再生法の申請(つまり倒産)がらみのニュースが紙面を埋め尽くしている。しかも、テロの恐怖。政治家はなんだかんだと理由をつけて、法改正しても自衛隊を前線に出そうという勢いだが、隊員・家族にしてみれば「とんでもない」と、不安な気持ちにおののいているだろう。皮肉にも、『千と千尋の神隠し』が興行収入の記録更新をばく進している。この大不況下にまさにひとり勝ち。宮崎駿とスタジオジブリだけが潤う秋であった。

 金曜の夜がこれほどひっそりとしているなんて。この不安が、次のストレスを呼ばなければいいけれど。

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9月27日(木)晴れ  次がある?

 ふと思い立ち、表紙を一新してみた。ついでに写真とロゴも変えた。もう秋だもの。背景にはマロン色をめざしてみたけれど、カラーパレットでは思うようなパステル調にはなってくれない。サイトで検索して見つけたのが、このグレイッシュカラーだった。ついでに日記はイエローに。いかが?

 のどが痛かったり、左腰が疼いたりと、体調はいまひとつ。仕事もしなくちゃいけないのに、こんなことしてしまうのは、やっぱりグズの逃避志向だろうか。

 ローソンで週間新潮を立ち読みしていたら、Journalで紹介していた宇宙葬のロケット墜落についての記事が載っていた。参加した遺族の言葉が2人ほど出ていたけれど、それを読む限り墜落にはさほどショックを感じていないようだった。「失敗しても次がある」という考え方のようだった。参加者全員の気持ちを代弁しているかどうかは分からないけれど。まあ、日本のH2ロケットじゃないけれど、ロケットの打ち上げにはリスクがつきもの。そういうことを分かっている理性的な人でなければ、宇宙葬には参加できないのかもしれない。大変なのは、それをビジネスにしている会社の方だろう。

 ひょっとして、日本は今、戦時中なんだろうか。ワイドショーは毎日のようにアメリカのテロ制裁とアフガンの惨状をレポートしている。かと思えば、オータムジャンボ宝くじの話題。グルメ情報。同じレベルで戦争を語っている状況に、感覚マヒの怖さを感じる。「次はどうなる」という気持ちがゲームを楽しむようになってはいるような。私自身、そうなりつつある。

 週刊文春では田中真紀子外相の四面楚歌状態の記事が。今ほど重大な時期に外相が指導力はおろか存在感すら示せず、すねすねモードに終始しているとは。「だからオンナはダメなんだよ」という論理にだけはならないでほしい。もともと役不足の人材を登用したのが悪いのだ。つくづくイメージ政治の危うさを感じる。小泉さんも今は敢えて無視している感じ。だって、やっとの思いでアメリカに面目躍如できたところ。彼女の更迭騒ぎが紛糾すれば、任命した首相の責任も問われかねないだろう。それにしても地に落ちたなあ、外務省も。
 

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9月26日(水)晴れ  忘れすぎ

 昨日は失敗の連続だった。連休明けが火曜日だとは露思わず、頭はずっと月曜日。間違ってゴミ出しするわ、毎週火曜日にある用事はすっぽかすわ。時差ボケもここまでくると笑えない単なるボケ(笑)。かつてはメモいらずを誇っていた記憶力も、今はどこにメモしたか忘れるありさま。ゆくゆくはメモしたことも忘れる日も近いであろう。脳細胞はボロボロ零れ落ちる如くだ。あーあ。

 失敗といえば、旅行で使っていたカメラのフィルムケースが帰国後消えていた。X線防止のためにフィルムを入れておくアルミっぽい袋だ。中に入っているのが未使用のフィルムだけなら諦めもつくのだが、1本だけ出発前からカメラに入っていたフィルムを入れていた。撮り終えたため、ケースに入れていたのだ。その後撮り終えたフィルムは、バッグのポケットに入れたままで難を逃れた。つまり、旅行1日目の記録がないのだ。くーっ。今回、唯一お墓がらみで出かけたパンテオンで撮ったヤツだったのに。2本目で少しは撮っているけれど、何とも無念。どこかに忘れていないかあちこち手を尽くして聞いてみたのだが、荷造りの時点で忘れた記憶がすっぽり抜け落ちている。だから、思い出すことも不可能なのだ。

 帰宅後さっさと荷を解き、スーツケースを片付けてしまったのは夫。その時点でそんなものはなかったと言いはっている。しかし、フィルムケースが何たるかも知らない夫がゴミだと思い込んで捨ててしまったのではないか。あれはどうみてもゴミには見えないのだが、過去に必要なものを勝手に捨てられたという被害を経験しているだけに、私はその疑いを晴らすことができない。だいたい、カメラを撮るセンスのない人間はその扱いも撮った映像もいい加減だ。去年の奄美旅行でも、ビデオで撮った貴重な映像を、ヤツは確認もせず上から別のものを録画し、消してしまった。5年前のパリ旅行でも、カメラを落として壊すしさ。現地で買った“写るんです”で急場をしのいだけれど、写りはイマイチ・・・。

 そもそも出来あがった写真をみると、それが私が撮ったものか夫かはっきり分かる。アングルも、背景も、縦いち横いちの判断も、シャッターチャンスも実にいい加減!こういうのをセンスといわずして、何といおう。ああ、書いているうちにどんどん腹が立ってくる〜!! 

 思えば、カメラがらみではついてないことばかりだ。ま、仕方ない。私の脳みそもまんだらけになっている今、夫を一方的に責められまい。ものとしての記録より感情の記憶を大切にすることを身上としている私。それだけは忘れないようにしよう。ぐっすん。

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9月24日(祝)秋晴れ  無題

 タイトルが思い浮かばない。週末はわずかばかりの旅土産を携えて娘と実家へ。夫は会社の慰安旅行だった。実家には、BSデジタル放送が観られる36インチのワイドTVがある。なんでまた、という大きさに、最初は目がチカチカした。が、最近では自宅では見られないBS民放番組やNHKハイビジョン放送などを観るのが楽しみになっている。昨夜は深夜映画で『グラン・ブルー』完全版を放映していたので嬉々としてみていた。ロザンナ・アークウェット演じるヒロインはニューヨーク在住の設定。アパートの窓から、今は亡き世界貿易センタービルのツインタワーが見える映像にドキリとした。しかも、彼女が勤める損害保険会社は、このビルの上層階にあるらしいシーンも出てくる。ストーリーの本筋に比べるとわずかなシーンではあるけれど、今、アメリカでは『グラン・ブルー』を観ることは難しいのだろうな。

 そのワイドTVでおととい、『テロ事件の慰霊・お見舞いの会』が中継されているのを観た。日米学生会議実行委員長という女子大生が壇上でスピーチをしていたが、さぞかし優秀なんだろうなあ。でも残念ながら、言葉が端正すぎて心には響かなかった。それよりもニューヨークの日本人会のリーダー(うる覚え)というおじいさんのスピーチは飾り気がなく、その中で「ジュリアーノNY市長が自らもガン患者の身でありながら、毎日埃まみれになりながら救援活動の陣頭指揮を取っている」ことを賞賛していたくだりが特に印象的だった。

 それにしても『グラン・ブルー』、主人公のジャック・マイヨールに扮するジャン・マルク・バールの、少年のような瞳と繊細さは本当に魅力的だ。ロザンナ・アークウェットのキュートな演技、エンゾ扮するジャン・レノもまさにはまり役。ここにはお墓は出てこないけれど、ラストシーンをみれば、海に還っていくジャックのお墓はすなわち母なる海そのものなのだということがわかるだろう。

 とはいえ、昨夜私はそのラストシーンを見ることができなかった。途中ですでに寝ていた母の具合が急に悪くなり、それどころではなかったのだ。血圧を測ると上が200、下も100を越えている。薬を飲んで今朝は元気を取り戻したからよかったものの、一時は慌てた。もともと高血圧症で、今までもいろいろな病気になり、家族の中では一番手術・入院経験の豊富(?)な母ではあるが、このところ元気だったので、気にしていなかった。大事に至らずホッ。

 「日記を楽しみにしています。大変でしょうが、できるだけ毎日書いてくださいね」というメールをいただいた。恐縮至極。今も、パソコンの前に座って、すぐに書けばいいものを、あっちこっち寄り道をしたので、もう午前2時になろうとしている。はあ。まだ、身体の時計が戻っていないようだ。とはいえ、バカンスも連休ももうおしまい。明日からは、まともな毎日を送らねば。

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9月20日(木)いまだ夏日照り  分かり合えない

 久しぶりにLETTREとJOURNALをアップ。やはり更新していないとどんどんお見限りになってしまうようだ。旅行レポートの前に更新したい(せねばならぬ)ページはどっさりある。がんばろう。

 なんだか、世界がどんどんアメリカさんのペースになっていく。日本はまた金魚のフン?

 まだ学生の頃、ニューヨークの摩天楼には憧れたものだ。いや、好きなアーティストがNY出身ということもあったのだが。そういえば、アメリカのラジオ局では、戦意高揚を妨げるような音楽は自主的にオンエアを規制しているというニュースがあった。ジョン・レノンの『イマジン』がその筆頭に挙げられていた。皮肉にもNYで射殺された彼の名曲が、ダメダメソングとは。その後、リスナーからの抗議もあり、自主規制を解く方向にも動いているそうだが、音楽を毒にも薬にもするような動きこそ、本当に怖い。また、イスラム系市民に嫌がらせする事件も多発しているとか。元々どこか分かり合えていない人たちが、表面的には融和しているようでいて、ひとたびこういうことが起きると、絶対判官びいきになる人がいるんだよね。まさに、疑心暗鬼アメリカ。

 私も今日はとある人とケンカ。人の弱点を鋭く指摘してしまうのは、私の悪い癖だが、どこまでいっても平行線だなと思うと、分かり合えない悲しさでいっぱいになった。

 それでも、Life must go on.

 あのマドンナが「暴力は暴力を生むだけ」と反戦の意志を表明しているとか。まさにアメリカが生んだ女ヒーロー。彼女こそ、母親になってよかった。そうなんだ、母は強し!

 私は観なかったけれど、TV朝日で同時多発テロ事件の特番が放送されていたようだ。司会はご存知、田原総一郎。その枠って、今はホサれた稲垣吾郎メンバー(まだ言ってる(笑))主演のドラマを放映するところだったんじゃないの。例の小事件で放送できなくなって、その穴埋めに苦慮していたところに、この大事件。かえっておいしかったのではないか、テレ朝は。

 ああ、また嫌味言ってしまった。私も尼寺行って悔い改めた方がいいのかな。
 

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9月18日(火)夏に逆戻り  狂っている

 いつになく、体内時計が狂ったままだ。昨日も夜中の3時ぐらいまでパソコンの前でネットサーフィン。夫も2日続けて夜中に起き出し、二人でNHK経由のABCニュースでテロ事件の続報を見たりして。起きたら、9時半を過ぎている。わおっ!今夜も夕食後新聞読みながら気がつくと舟をこいでいた。このままではやばい、と思いつつ、やっぱり今は夜中の1時半。これ以上狂ったままではいろいろと支障もあるので、今夜の日記は短めさ。

 オサマ・ビンラディン氏(ビン・ラディンであったり、ダディーンと読んでいる人もいる。アラブの人の名前の表記は難しい)はなんと身長196cm・体重67kgという平井堅もびっくりの超ひょろ長男らしい。彼のアメリカ敵視も歪んでいるが、アメリカ人のスーパー愛国主義にも、ちょっと寒い感じがする。もちろん、これだけの悲惨な事件に怒りを持たない方がおかしいとは思うけれど、デンマークの記者が「もっと外に目を向けろ」と言っていた言葉が印象的だ。思えば湾岸戦争はジョージ・ブッシュの武勇伝。皮肉にも息子のジョージもまたアラブ・イスラム世界に戦いを挑もうとしているけれど、2匹目のドジョーを狙う彼の言動が国民の愛国心をやおら焚きつけているようで、怖いのである。

 それにしても、小泉さんのおとぼけなこと。いまだ評論家的発言に終始している彼の表情は、かなりうつろだ。何しろ熟慮が好きだからなあ。石原氏も嫌だけど、なぜもっと毅然とできないのだろう。これも不安材料。

 昨日、たまった新聞を読んでいて、おくればせながら中国道で亡くなった女子中学生と援交していた事件の当事者が、中学の教師だと知って空いた口がふさがらなかった。当節、なぜ、こんなに男たちはいとも簡単に踏み外すのだろう。亡くなった彼女も父親の暴力を受けていたというけれど、何かに向き合えず、暴力に“痛み”が実感できない人たちが、世界的にも増えているのか。
 しかし、テロの続報も日本のメディアは相変わらず「いかに悲惨だったか」だけを紹介しようとしている。それでいて、がれきのニューヨークをスーツ姿でレポートする。他に大事なことがあるだろう。

 さあ、今度こそSO−TAI−KIに専念しようと思いきや、またまた問題発生。これはやや長期化の様相を呈している。詳細はいえない。しかし、今私に突きつけられているのは、まさにこのサイトのテーマにも共通すること。だから、どちらもあきらめないでいこうと思っている。

 なんだ、やっぱり長くなったわ。

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9月16日(日)晴れときどき雨?   ほんのささやかな

 パリ・シャルルドゴール空港は2時間遅れの離陸。防犯体制の徹底はありがたいことではあるが、不安は着陸の瞬間までなかなかぬぐえなかった。11時間あまりの、苦行にも似たエコノミーシート。ようやく解放され、関空にたどりついたら、到着時間から約1時間遅れの午後2時前だった。高度約3万フィートの上空で、機長はスピードアップしてくれたのだろうか。

 というわけで、おそいバカンスは無事帰宅をもって終了した。うそのようだ。つい昨日まで、私たちはボルドーにいたのだ。「世界は広い」でも「地球は狭い」、そして「1日は長い」でも「1週間は短い」を実感した旅だった。

 どこからお話しすればいいのだろうか。世界が震撼した時代の裂け目で、私は天使と悪魔を同時に見たような気がする。天使とは、フランスの人たちの心の温かさであり、巡り会いの素晴らしさ。そして悪魔とは、いわずもがなのテロ事件だ。

 犠牲になった人の死を悼み、サンジェルマン・デ・プレ教会で祈りを捧げてきた。日本人もいるというではないか。いわんや、これがもし東京あたりで起こったなら、日本人はいったいどういう対応に臨んだのだろうか。いつ、どこで、誰が犠牲になってもおかしくない。ニューヨークはまさにその象徴だった。

 おそらく、日本にいるよりも早くこのニュースを聞いた私たちだけれど、TVではただただ、世界貿易センタービルに飛行機が突っ込む瞬間の生々しい映像が繰り返され、語学力不足も手伝ってことの詳細がなかなか分からなかった。そういう人が多かったのだろう。帰りの機中では奪い合うように新聞が読まれていた。あまりにも痛ましい犠牲の数々に、思わず涙がこぼれる。

 今回の旅行はレポートとしてご紹介するつもりでいるが、心はまだ混乱している。なんで、そこまで「敵」を憎めるのか。そして、轟く「報復」の二文字。機内で読んだ朝日新聞に石原東京都知事と田中長野県知事の、この「報復」に対する対照的なコメントが載っていたけれど、石原氏が総理大臣でなくて本当によかったと心から思う。

 アメリカの「高貴なワシ作戦」と、オサマ・ディン・ラビン氏が首謀したとされる今回のテロ事件の卑劣さと、どこがどう違うのか。フランスの新聞でも見出しに「戦争」という言葉が使われていたけれど、どうか、どうか戦争にだけはならないでほしい。未来を担う子どもたちのためにも。

 帰宅後、たまりにたまった洗濯をし、ベランダで干していたら、どこからか夕餉の匂いが漂ってきた。家族がなにごともなく食卓を囲む日曜日。こんな、ほんのささやかな幸せに人間は支えられているのだと、つくづく思い知らされる。アフガンの人たちにも、そういう幸せがきっとあるに違いないのに・・・。

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9月7日(金)雨   Bon Voyage

 外務省では公金水増し請求が発覚し、養護施設の所長は少女にハラスメント、明石の花火将棋倒れ事件では、市と警察と警備会社が責任のなすりあい。人の親であったりするいい年したおっさん達がこうも箍が外れていては、子どものひきこもりも、さもありなんといえるかもしれない。景気もますます落ち込んで、人の気持ちもますます荒む。それにも増して、小泉首相はついこの間エルビス・プレスリーの選曲CDを出したかと思うと、今度は写真集だって。んんん、もういい加減にしてくれといいたい。ルックスがいいからと、長男ははや一流芸能人扱い。試写会だ、CFだ、ゴルフコンペだと、まるでオトコ叶姉妹状態だけど。長い人生、彼にとってこんな幸先が吉と出るか、凶と出るか、それは父の今後ともオーヴァーラップする。それにしても、今回逮捕された外務省の課長補佐、あの人は酷いですね。弱い者に強く、強い人にはずるがしこく擦り寄る、一番性質の悪い人と見受けられた。何か本心をカモフラージュしていって感じだ。

 あ、さて。やっと再開しました日記ですが、明日からまた1週間ばかり更新をお休みせねばなりませぬ。以前から計画していた遅い夏休みを決行するのです。パソコン持参も考え、軽めのノートパソコンも買ったものの、持っていくとなったらけっこう重い。他の荷物を優先し、今回はお預けとなった。現地速報、って感じにレポートできればいうことないけど、何しろ更新もままならない性格。五感を使って、しばられることのない旅をしてみたいと思っている。

 キザにいえば、人生も旅の途中。愚かさにフタをして生きて、人生を狂わせた彼らの旅は、よかれ悪しかれこれからも続くのだろう。

 さ、明日は早い。では、よい夢を。
 

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9月5日(水)晴れ   対岸の火事

 8月30日には更新再開と宣言しておきながら、結局、夜なべな日々は9/1まで続いた。パソコンの前で船をこぎこぎ、気がつけば朝で・・・なんて生活していると、立て直しにはどうにも時間がかってしまう。昨日ぐらいからようやく平常通りのリズムに戻ってきたものの、日記に書く言葉が出てこなかった。脳みそはまだお疲れか。ほんと、歳は隠せない・・・。

 それにしても、近頃の日本は事件・事故のオンパレードで、ほとぼりが冷めるやいなや、次の惨事が思わぬ形でやってくる。新宿歌舞伎町の火事は、発生直後の夜中、仕事のために検索したYAHOOのニュース速報で知った。しかし、44人も亡くなるとは、げに痛ましい。

 とはいえ、事件直後からしばらく、亡くなった人の身元が分かった段階でも、被害者の名前がなかなか公表されなかったのは、ちょっと不自然な印象があった。推測するにこれは、火事が起こった場所が場所だけに、公表することで逆にプライバシーを侵害する恐れがあったからではないかと思う。世間の目は、「夜中までそんなところで遊んでる奴だから」とかなり冷ややかかもしれない。事故後も、たいがいはワイドショーのレポーターが押しかけて取材する被害者の遺族のお涙頂戴レポートも一切ない(私は見たことがない)。もちろん、良識的に考えるとそれでいいのだけれど、マスコミが一斉に自主規制してる感じがする。そうこうしているうちに、事故は放火事件に発展する様相を呈してきた。魑魅魍魎の歌舞伎町。何があっても不思議はないのだろう。

 こういう事件を目の当たりにするたび、いのちがいつも死と背中合わせにあることを実感する。歩いていても、どこかお店に入っても、あるいは家の中にいてさえも、実は次の瞬間に起こることを、誰もまったく予期できないでいる。

 でも、自分に本当の災難が降りかかってこなければ、どうしても「対岸の火事」だと通り過ぎてしまう。今日も歌舞伎町は賑わっているのだろう。

 さて、SMAPの稲垣吾郎の件。あれ以来、TVではゴローちゃんは、「稲垣吾郎メンバー」という世にも奇天烈な呼び方をされている。“メンバー”とは考えたものだ。グループでよかったね。大麻所持で捕まったいしだ壱星は「いしだ容疑者」と芸名がばっちり使われているというのに。なんで、いえないのだろうね、「稲垣容疑者」とは。ジャニーズの圧力おそるべし、というところか。こんなことでメディアがいかにいい加減かが分かる。何しろ、TVのゴールデンタイムはどこもジャニーズ頼み。その安直な番組づくりが、今の不可思議に結びついているのだから、そっちの方が実はもっと罪深いのではないだろうか。

 ところで、日記を書きながら寝ちゃったのは、初めてだった。あんまり眠いので、アップしないままパソコンをOFFにしてしまった。ただいま9/6の午前中。やれやれ。

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