ヒ ネ モ ス
の た り 日 記
BGM/月の光(ドビュッシー)
2004年9月22日(水) 雨まじり
夏のような厳しい残暑の昨日から一転、 今日は秋雨の一日。 ただその後はまた、夏日記録を更新する暑さが戻ってくるそうな。 いい加減、夏にさよならしたいのに、このしつこさはストーカーまがい。 日本は少子化・高齢化に加えて、確実に亜熱帯化している。 しかも首都圏はヒートアイランド現象が高じて、 風通しが悪くなって、街中に悪性のガスが充満する恐れが あるんだそうだ。それが日本の首都なんだから、 まさに行く末が危ぶまれる。 先週末の連休。 「敬老の日」をわざわざくっつけて不自然な3連休は、 気持ちだけの敬老サービスをまず果たして、 日曜日はロングドライブで思いっきり道路公団に貢献した。 ドライブが目的というよりは、 夫が買ったカーナビを利用するためといったほうがいい。 使い方も不案内な中で、あの小さな画面を見つけて、 いろいろなボタンを触っているうちに、 車には酔うし、普段以上に疲れてしまった。 本当の敬老の日は、自分が年寄りになった気分で一日ボーっとしていた。 それにしても、100歳以上の高齢者が2万人を超えたというニュースにショック。 自分の親もすでに80歳に手が届こうとしているから、 両親がいつまでも元気なのは嬉しいことだけど、 その親を見送れるほど、自分が元気でいられるのかという 不安の方が大きいのである。 熟年パワーが凄いのは、 韓流ブームとも無関係ではないだろう。 『通販生活』でヨン様かつらが販売されているのを見たときは、 「おい、おい」と思わず突っ込みたくなった。 いまや民放でもヨン様人気を逆手にとった番組を 節操もなく放送しているし、新しいCMも続々登場。 この「ヨン様」という代名詞も、取り返しのつかないほど浸透してしまった。 それにしても、ちょっと出すぎでないんかい。 フラボノガムはよかったけど、 俳優としての魅力はいまいち語られないし。 妙に日本にこびてもらいたくはない。 あんまり乱発しすぎると、潮が引くように、飽きられるのも、早かったりして。 そのわりに、パク・ヨンハは 最悪のドラマにゲスト出演しただけで、 CMにはまだ起用されていない様子だし、 アーティストとして歌が紹介されているというより、 まだまだ色物扱い。 何でもかんでもヨン様頼みな状況を見るにつけ、 芸能界というのは、やっぱり使い捨てなのかな、 本当のファンはこれでいいのかなと 思ってしまうのだけど。 久方ぶりに「読聴観想文」を更新。 今だから観てほしい映画『誰も知らない』を書いてみた。 |
2004年9月16日(木) 晴れ
| 栃木の川で行方不明だったもう一人の男の子が、 ようやく見つかったようだ。 最初、弟くんの方が発見されたというニュースを TVで観たとき、本当にかわいそうで 声を上げて泣いてしまった。 まだ生きている状態で橋から落とされた可能性があるって。 そんな残酷なことがよくできたなと思ったら、 容疑者はどうも覚せい剤を使用していたという。 そして、被害者の父親の不可解な会見。 これについては、明らかに批判が出ているけれども、 容疑者の男も被害者の父親も いい歳をして、いたいけな子どもの命を なぜこんなに軽く扱えるのか、理解に苦しむ。 容疑者はこんなことをしたら、自分の子どもの幸せまで、 踏みにじってしまうということを、想像もできなかったのだろうか。 けさは、長崎県佐世保市で起きた 同級生殺人の被害者のお父さんの、 娘に宛てた手記を読んでまた涙。 新聞記者だから、文章を書くのはプロの腕前。 それでも、加害者の子をとことん憎めないで、 その子の親への思いにも心を寄せる文章は、 彼の人間性そのものだ。 同じ父親でも、こうも違うのか。 我が家の目下のマイブームは、 昔のビデオを見返すこと。 最近は出かけるときに持って行っても、結局は撮らないで 帰ってくることが多くなったけれども、 娘が小さい頃は、家の中でもしょっちゅう撮っていた。 よちよち歩く姿、覚えはじめた歌を唄う姿、 笑い顔、たどたどしいおしゃべり。 最近は憎たらしいことを言うようになって、 時には私も手を挙げたり、酷い言葉を言ってしまったり、 親としての未熟さを恥じ入ることも多いけれど、 ビデオに写った幼い娘を見ることで、 ここまで元気で育ってくれていることに改めて感謝し、 あの頃できなかったことができるようになった 娘を「偉い!」と思ってしまったりする。 明石家さんまじゃないけれど、 「生きてるだけで丸もうけ」なことを実感させられる。 そんな折、昨日は 映画『誰も知らない』を観た。 もう、心が痛くて、涙も出ないという感じ。 これについては、またあらためて書きたい。 親であることの難しさ、 親でいさせてもらえるありがたさ、 さまざまな試練を乗り越えて、やっと 何とか人間らしく生きていけるのだろう。 子どもを持つことが偉いんでも何でもない。 子どもから学べる機会を与えてもらったならば、 その子を守り、慈しむことが どれだけ幸せなことなのか。 肝に銘じて、生きていかなければと思う。 それでも、腹のたつことは多いけどさ。 |
2004年9月14日(火) 晴れ
1週間、何していたのか、記憶が飛んでいる。 火曜日は台風が来る、来るといわれながら、 結局大したこともなく通過。 おかげで1日を無駄にしてしまった、ということだけは覚えているんだけど。 台風が過ぎて、やれやれ秋も本格始動かと 夏を惜しむ気持ちさえ生まれたのに、 なんですかあ、この厳しい残暑は! もう9月も半分過ぎようとしているのに。 異常気象に人間の理性も狂わされているのか、 9月に入ってから、世界でも日本でも 嫌な事件ばかりだ。 それも子どもが犠牲になっているような事件が目立つ。 本当に情けないし、悲しくなる。 この少子化の時代に、子どもがこうも愛されないなんて。 栃木の子ども置き去り事件も、最悪の結果になりそうだ。 それと同時に知らされた、池田の教育大附属小学校の殺傷事件の 宅間守の死刑執行もニュースに流れた。 あの事件が起こった9月に、ニューヨークの同時多発テロが起こったのだ。 そのイラクもますます地獄の様相を呈している。 このイラク崩壊を招いたブッシュ大統領が 11月の大統領選挙で再選されるかもしれない。 振り返るのは早すぎるけど、この2004年こそが、 歴史の折り返し点としての正念場になるのかもしれない。 本当に、誰だって、平和で平穏な人生を送りたいと思っているのに、 それがどんなに難しい時代になってしまったのか。 気象も地震も、そして人の心も どうしようもなく、揺れているのだ。 個人的には、なぜかキャンセルが目立つ9月。 同じ場所で自分らしくいることの難しさにも直面しているのかも。 |
2004年9月6日(月) 一応まだ晴れ
昨夜の2度の地震にはびびった。 最初は夕食時。 私も夫も、阪神大震災を体験しているせいか、 なかなか収まらない揺れに思わず身体を堅くしていたけれども、 あの恐怖を知らない娘は、にこにこと事のなりゆきを見守っている。 あのときの揺れとは比べ物にならないおとなしさではあったけど、 ペンダント式の灯りやブラインドがゆっさゆっさと動いているのを見て、 これは震度3以上あるなと感じた。 心臓がどきどき。 どんな小さな地震でも、あれ以来同じ感じになる。 PTSDという言葉があるけれども、私の動悸は軽いPTSDの症状なのかもしれない。 京都が震度4だというので、実家に電話し、両親の無事を確認。 やれやれと眠りについて1時間足らず、 5時間前よりも強い地震が襲ってきた。 ベッドの上で枕にしがみつくように「耐える」んだけど、 このままますます揺れが大きくなったらどうしようと、 不安でいっぱいになった。 つけっぱなしのラジオがすぐ地震情報を流し始め、 アナウンサーが「落ちついて行動してください。 海岸や河口には絶対近づかないでください」と言っている。 津波警報が出て、非難勧告が出た町もあった。 地震・雷・火事・オヤジ。 今の私にとって地震は、逃げられない恐怖としてダントツ。 浅間山の噴火、相次ぐ台風。 アメリカではハリケーンが猛威をふるっている。 自然をないがしろにしてきた罰のようだ。 こんなときにまた大型台風が来ているって、 ほんま、堪忍してえなと言いたい。 ロシア人学校の惨劇も本当に衝撃的だった。 武装集団の中には女性も含まれていたという。 なぜ女性が子どもたちを殺せるのか。 そんな疑問はむなしい。 彼女らは肉親の命を奪われた恨みと 宗教的怨念に 心が支配されているのだ。 罪もない子どもとて、憎きプーチンの仲間だと思えば、 平然と引き金を引き、自分の命さえ 民族の主張のために投げ出せるのだろう。 人間の仕業とは思えない残虐さだと怒り、 犠牲者を悼み、 彼女たちを責めることは簡単だけど、 チェチェンの言い分を ただ力づくで抑えるだけでは 暴力の連鎖を食いとめることなんてできない。 それにしても事ここに至ってさえ、プーチンの無表情は何? 彼こそ、どこかに温かみのある人間性を置き忘れてきたのではないか。 |
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