ヒ ネ モ ス
の た り 日 記
BGM/ショパン「雨だれ
2004年6月30日(水) 晴れ
| 実はただいま7月1日の朝。 気がついたら、6月後半は更新しそこなっていた。 そうこうしているうちに、また忙しくなってきて、 しばらくはまた仕事に忙殺されそうだ。 ひまな間に映画『スキャンダル』を2度も観た。 実に分かりやすいストーリー。 予定通りのラスト。 美しい純愛の物語なんだけど、 韓国の歴史・文化・宗教的背景に不案内なのと、 ハングルが分からないから 字幕スーパーに目がいって、 役者たちの表情をじっくり味わうことができない分、 いまいち感情移入できなかったので、 一度観ただけではなんかわからんなあと思って、 もう一度観たのだが、 やっぱり、もうひとつ、感動まではいかなかった。 ただ、今人気の韓国の俳優を思い起こしてみれば、 あの役はやっぱりペ・ヨンジュンでないと できなかったんだろうなあと思う。 といっても、全然詳しくないし、顔だけのイメージだけど、 少なくとも、『冬ソナ』の彼とは まったく違う「男」になっていたなあ。 この時期は娘のおけいこがらみの練習攻めにも いろいろと付き合うことが多いのだけど、 今年は2つ重なって、 今まさに付け焼刃特訓の日々。 既にこっちがグローッキー状態である。 そのうちの1つがこの日曜日で終わる。 どうなることやら・・・。 その他にも書きたいことがいろいろあったと思うんだけど、 今となっては、もう、思い出せない(笑)。 |
2004年6月15日(火) 晴れ
| 貴様、それでも梅雨かあ〜と毒づきたくなるくらいのいい天気。 天気の長期予報は当たりにくいというけれど、 ほんまに、気象庁もいい面の顔。 なんだか夏場の水不足が心配になったりする。 昨日は、電車で京都へ。 行きの車中では、読みかけの養老孟司の『死の壁』を読んでいたけれど、 実際は乗り換えを挟んで、ほとんど寝ていた。とほほ。 目的は、亡き友、林檎のお墓参り。 お墓と言っても、教会の納骨堂なのだけど、 とても素敵な空間で、静けさの中で一人たたずんでいると、 本当に心が洗われる。 だからちょっと遠いけど、どうしても足を運びたくなる。 死者の遺骨を納めているというおそれのようなものはなくて、 ただ、林檎に会いにいっているという感じなのだ。 イラクで亡くなったジャーナリスト、橋田氏の援助で 目の手術のために来日したモハマド君。 日本についたらまず橋田さんたちのお墓参りをして、 バラの花を捧げたいというようなことを言っていた。 お墓は、参る人の心を偽りのない気持ちにさせてくれる。 私がお墓や墓地になぜか惹かれるのは、 きっとそういう理由なんだろうと思う。 滞在時間にすれば、わずか30分足らず、 声には出さないけれども、私は林檎に向かって話しかける。 自然に涙がこぼれて、 月日の流れをしみじみ噛みしめる。 その人にとってかけがえのない人の死は 特に若くして逝ってしまった人の死は、 きっと何年たっても、受け入れることはできないだろう。 まして、それが肉親であればなおのこと。 年を追うごとに、そういう思いを強くする。 橋田さんでさえ、志半ばの死は無念だったろう。 「気丈」を通り越して、神々しくさえある奥様も、 一人になったときにはきっと、 胸をかきむしるようにして、号泣されているのだと思う。 どんな人も、死の別れは辛いのだ。 『死の壁』は、一見平易な言葉が並んでいるので、軽く読めるけれども、 中身は、本当に深くて鋭くて、泣けてきます。 養老氏の人生は、4歳のときに亡くなったお父さんの記憶との葛藤であったということ。 自分の死ではなく、周囲の死をどう受け入れるかが大切であるということ。 そんな同書の中で、私が膝を打ったのは、 人の上に立つエリートは、自分が他人の生死を握っているという意識を持たねばならないというところ。 「首相はふだんいいところに住んでいいお金を貰うかもしれないが、 最終的には『人殺し』と遺族に言われるかもしれない立場だということです。 直接自分が手を下さなくても、人を危険なところに行かせるというのは それと同じことなのです。ここで問題にしているのは、 危険なところに行かせることの是非ではなく、誰かがそういう 重さを背負わなくてはならないということです。」 誰も責任を取ろうとしない昨今の政治家、首相への なんと痛烈な批判だろう。 かといって声高に叫んでいるわけではない。 穏やかな語り口の養老氏の根底にある厳しさ。 ベストセラーにもなっている同書を読んだ人の多くが、 それを本当に理解できるのなら、日本はもうちょっと いい国になるんだろうけど・・・。 はてさて、今週の『冬のソナタ』ひとり突っ込み。 なかなか面白いサイトをみっけ。 NHKでは60分放送で、CMがないから、それだけでもけっこうお腹いっぱいになるけど、 本当は70分ドラマでカットされている場面も多いそうな。 このサイトではどこがカットされているかがわかる。 二度おいしいというわけだ。 それにしてもペ・ヨンジュンは本当に声がいいねえ。 吹き替えの声は若さを強調されているようだけど、 本人の声は低くて厚みがあって。 もちろん演技もいいけど、声も彼の魅力だと思うのである。 かといって、ヨン様とは意地でも言いたくはないアタシ(笑)。 10話ではやっとキスしたぞ、と思ったら おでこって、あーた。 儒教精神にあふれた韓国では、 あれでも十分刺激的なんだろうか・・・。 しかし、主人公ユジンは2人の男性の間で揺れ揺れ〜。 ようわからんなあと、 観ながらも、相変わらず、ひとりで突っ込んでいるのであった。 何じゃかんじゃ言いながら、 とりあえず20話までは見届けるんだろうなあ。 |
2004年6月11日(金) 雨
| 台風が近づいている。梅雨入りしてから、晴れたり曇ったりで変な天気なのに、 雨が降れば台風って、どういうことだろうか。 長期予報では2日に1日は雨だといっていたのに。 そういう天候不順に身体が反応しているのか、 ここ数日、本当に身体がしんどい。 娘を学校へ送り出して、ゴミ出しやら洗濯やら、最低限のことを してしまうと、もうエネルギーがなくなって、 ふとソファーに横になったら最後、意識がなくなって 気がついたら眠っていたという感じ。 夜は夜で9時ぐらいには起きていられないくらい眠いし、 部屋の中を歩いているだけなのに、 足がうまく上がらなかったりする。 何か予定が入ればそのしんどさも忘れてしまうんだけど、 翌日、必ずゆり戻しが来て、疲労感倍増。 本当に、大丈夫かなと思う。 70、80ぐらいの老人の方がよっぽどしっかりあるいているようにさえ思う。 腰は慢性的に痛いし、 何だか、今のお年寄りのように長生きできそうにもないなあ。 いかん、いかん。 そんなことを言っていると、心底年寄りくさくなってしまう。 楽しいことだって、いろいろあるはずだし。 気にして医者に行っても、いつも大したことがなかったりするものだ。 日曜日には小学校から付き合っている友人が遊びにきてくれた。 子どもの頃から知っている人がいるというのは、 最近知り合って仲良くなった人とは違う 心安さがある。 途切れずに付き合ってくれて、ありがたいなと思う。 性格的には対照的で、ミーハーな彼女。 『冬のソナタ』にはまっているという。 恥ずかしながら白状すれば、私も毎週見ております。 ヨン様(笑)の写真集なんて、買わないけど、 ついサントラ盤は買ってしまいましたっ。 テーマソングは、確かに胸キュンな仕上がりだし、 その他の曲も、BGMに聴くだけでも、なかなかよいのである。 ということで、彼女にもダビングしてあげた。 話にのめり込んでテンションが高い彼女は、 私のネタバレな話も、胸の前で手を組んで一喜一憂するから、おかしい。 私ときたら、何で部屋の中でお酒飲んだり食事をしているときでも コートとマフラーを取らないんだとか、 何枚コートとマフラーを持っているんだとか、 シーズン中のスキー場で、雪の中、工事するのはおかしいとか、 いつまでも冬ばっかりで、春が来ないなあとか、 ほんま、キスせん奴らやなあとか(笑)、 ベタな展開も少し斜めから見ている。 昨日の日経新聞で、中高年女性が『冬ソナ』にはまるわけが 特集されていたけれども、 そりゃ『オレンジデイズ』のお子ちゃまな展開よりは、 感情移入しやすいのは確かだろう。 そんなわけで、彼女とは ペ・ヨンジュン主演の映画『スキャンダル』を観にいく 約束を取り交わしたのであった。 はは。 その日は、きっと、元気ハツラツになるんだろうな。 私って、やっぱ単純。 |
2004年6月3日(木) 晴れ
| もはや梅雨だと、いさんで壁紙やBGMを梅雨バージョンに選んで 実際、日記を書こうと思ったら、梅雨入りは来週以降だと。 拍子抜けしつつも、今日は 5月の長雨でやられた寄せ植えの花をやり替えた。 久しぶりのプチ・ガーデニング。 忙しくなったら、こんなこともままならないので、 土いじりに没頭するのも、なかなかいいものである。 おととい以来、日本はまた 新しい事件に釘付けになっている。 小学生が、同級生を、学校の教室で、カッターを使って、殺してしまった事件。 あまりにセンセーショナルなので、マスコミの食いつきは相当なもの。 もちろん、私も衝撃を受けなかったわけではないけれども、 なぜそんなことをと、頭を抱えることは、 なぜかできなかった。 小学生の頃から今まで、人間関係に悩まないで いつも楽しく生きてきた人なんているのだろうか。 命の大切さを、大人たちがどれほどわかっているだろうか。 あいも変わらず「心の闇」というけれども、 隠すべき闇のかけらもなく、生きている人なんて、いるんだろうか。 こういう事件に直面するたびに、 頭を抱えてしまう大人たちにこそ、問題があるんじゃないのか。 いたたまれないのは、妻や母を病で失い、今また一人娘、妹をこんな形で失ってしまった お父さんや兄弟たちの底知れない悲しみ。 しかもそのお父さんが、マスコミ側の人だったという辛さ。 何より、これからの人生を閉ざされてしまった被害者の少女。 ただひたすら、冥福をお祈りしたい。 せめてものといっては何だけど、あちらではお母さんが待っていてくれる。 そうなぐさめるしかない。 「会って謝りたい」と加害者の少女が言ったそうだ。 もう会えなくなってしまったというのに。 少女の時代は複雑だ。 憧れと同一感とジェラシーと。 愛憎相半ばしながら、それでもお互いが本当に大切だとわかるには、 あれこれ、やりとりしながら、20年ぐらいかかる。 私にもそういう人がいた。 小学校の頃には交換日記をしたし、大人になるまでどれだけ手紙をやり取りしただろう。 でも、生きている間に彼女に会うことは、もうできない。 もし今会えたら、私だって、彼女に謝りたいことが山ほどある。 養老孟司の『死の壁』の 第1章「なぜ人を殺してはいけないのか」にはこう書いてある。 他人という取り返しのつかないシステムを壊すということは、実はとりもなおさず 自分も所属しているシステムの周辺を壊しているということなのです。 「他人ならば壊してもいい」と身勝手な勘違いをする人は、 どこか自分が自然というシステムの一部とは 別物である、と考えているのです。 自分があれほど好きだった友達を自分で殺す。 もし殺すなんてことをせずに、愛したり憎んだり、孤独に打ちひしがれたりしながら、 それでもいろいろなことを話しあえる間柄のまま 大人になったとき、二人はようやく、 本当にかけがえのない友達になれただろう。 あと20年。 周りの人間は、それを教えてあげてほしかった。 5月30日、大阪城ホールで『SongLetters』というオムニバス・コンサートを堪能。 FM802開局15周年記念イベントだったのだけど、 これが、んもう、最高だった。 スタンド席で双眼鏡もないので、ステージにいる人は豆粒状態だったけど、 登場するアーティスト、アーティストの歌の上手いこと! 3時間45分、飽きることもなくサウンド・シャワーを浴び続けた。 嬉しかったのは、矢野真紀の歌を生で聴けたこと。 公表されていない、and more の一人だったので、最初はわからなかったけど、 歌声ですぐわかった。 たった1曲、押尾コータローのギターで歌って消えてしまったのが残念だったけれども、 早速、矢野真紀と山弦のアルバムを入手したぜ。 やっぱり、私の持論、音楽はつくづく声の力。 バックを努めるミュージシャンにもプロの凄さを感じた。 上手いということは、単に技術じゃない。 聴く人にちゃんと波動を届けられるかどうかだろう。 今回、娘は初の城ホール体験。波動もしっかり胸に刻みつけたようだ。 音楽であれ、美術であれ、映画であれ、 子供には、ゲームやバーチャルな世界にはない生の本物を味あわせてやりたい。 普段、贅沢はできなくても、 これが我が家の唯一の教育方針、かもしれない。 命の尊さを、学校で教えることなんてできない。 子供たちが大人の世界から学び取っていくものなんだから。 |
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