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岡山城 (烏城) 平城 遺構:月見櫓(重文)、石垣、堀 1573年頃、宇喜多直家が石山(当時の地名)に築城、1592−1597年の間に宇喜多秀家が現在の岡山城を築城。1600年関ヶ原の役後、小早川秀秋が2年間、その後池田氏代々の居城として明治に至った。 往時は五層六階の天守のほか、数十基の櫓を従えており、その壮大さは大阪、姫路、広島、熊本の各城と並び、西日本最大級であった。しかし戦災で焼失。
備中松山城 山城 標高420m 遺構:天守、二重櫓、土塀(重文)、石垣 所在地:岡山県高梁市
1240年
秋庭重信が臥牛山の大松山に築城したのが始まり 山陽自動車道岡山JCTから岡山自動車道に入り岡山総社I.C
を下り、国道180号線を高梁川に沿って車で約40分。山頂付近まで車で上がれます。駐車場から徒歩15分で山頂。
備中高松城 平城(沼城) 遺構:土壇 所在地:岡山県岡山市
備前の宇喜田氏を押えるため、備中松山城三村氏の武将石川氏により築かれた。 現在は高松城址公園として整備されていてる、清水宗治の首塚、自刃塚や堤防跡の蛙ヶ鼻が残る。
鬼ノ城 山城 標高400m 遺構:石垣、水門 所在地:岡山県総社市奥坂
およそ1300年ほど前に、大和政権により国土防衛のために築かれて古代山城とする説が有力。 発掘調査で4ヶ所の城門、6ヶ所の水門(排水機能をもつ城壁)、城壁、石垣などが発見されている。 砂山公園から山頂の駐車場までは道路は舗装されているが幅員が狭いので注意。
津山城 (鶴山城) 平山城 遺構:石垣、堀、天守台、櫓跡 1616年に13年をかけて森忠政(森欄丸の弟)が築城。森氏4代(95年)の後、松平氏の越前家(結城秀康の曽孫)が代々城主を勤め、幕政を支える大切な要となる。 往時は五層の天守がそびえたち豪壮であったが明治に入り、廃藩、廃城の令により、石垣のみ残し取り壊す。壮大な石垣は往時が偲ばれる。
福山城 平山城 遺構:伏見櫓・筋鉄門(重文)、鐘櫓など 1622年水野勝成の築城 JRふくやま駅から歩いてすぐ北側、国道2号線からでもよく見えます。
遺構:天守台跡、中門跡、櫓跡、船入り跡、石垣、堀 1567年小早川隆景(毛利元就の三男)が、三原湾に浮かぶ大島・小島をつないで築いた城 JR山陽本線が本丸を貫き、現在は高石垣の天守台と堀、本丸中門跡が残るだけで、少し寂しさを感じました。駅の南5分程度歩くと船入跡、舟入櫓跡が残っています。
広島城 (鯉城) 平城 遺構:天守台、本丸、二の丸、石垣、堀 所在地:広島県広島市
1599年、大田川河口の三角州に毛利元就が約10年の歳月を要して築いた典型的な平城。1600年関ヶ原の役後、福島正則が19年間、その後浅野氏が12代にわたって明治まで治める。 築城当時は五層五階の大天守と三重三階の南小天守と東小天守を従えており、その壮大さは姫路城に優るとも劣らぬものだったといわれる。明治7年の火災、原爆で全て壊滅。昭和33年大天守のみ復元。
岩国城 (横山城) 山城(標高300m) 遺構:天守台、石垣、堀 所在地:山口県岩国市横山
1600年、関ヶ原の役後、富田城主吉川広家(毛利元就の孫で輝元とはいとこ)が1608年に築城。吉川氏13代明治に至る。
萩城(指月城) 平山城 遺構:石垣・堀所在地:山口県萩市 ![]() 交通:JR山陽本線東萩駅下車 現存の石垣、堀はとても美しいが雄大さは無い。でも船上から観た指月山は、ちょっと他では見れない風景に情緒を感じました。
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