京都の南禅寺付近から銀閣寺近くまで、琵琶湖疏水(分線)に沿って続いている小径――かつて哲学者の西田幾多郎らが思索にふけって歩いた史実にもとづき、世に「哲学の道」と呼ばれています。日本の「散歩道百選」に入っていますが、その知名度と人気度は最上位グループにランクされるとか。実際、桜や紅葉の季節には観光客がわんさと詰めかけ、皮肉にも哲学のひっそりしたイメージには似つかわしくない騒々しい活況を呈します。
 それでも近辺に住む私にとって、「哲学の道」は、毎日のように行き来する生活道路であるとともに、お気に入りの散策路でもあります。あまり人影のない季節や時間帯にそぞろ歩けば、喧騒のときとはまるで違う閑静な道のたたずまいが全身に沁み込んでくるようで、思索の小径に身を置いている実感を覚えること、しばしばです。いや、人混みの中にある場合でも、物見遊山の気分とは一味違う類の思いが、よく脳裏をよぎります。
 自分でもはっとするような感慨を得る場は、もとより「哲学の道」に限られているわけではありません。鴨川のほとりで「淀みに浮ぶうたかたの、かつ消え、かつ結ぶ」様をぼんやり眺めているときにも、また家族とともに出かける旅先にあっても、物思うこと多々ありです。 そうして抱いた折々の雑感のうち印象的だったものを、寝静まった真夜中にでも、気力と体力と相談しながら気ままに書き綴るつもりです。
 何かにつけ経済(学)に結びつけて考えたくなるのは、私の魂に染み込んだ職業意識のなせる業でしょうか。折々に心をとらえる雑感も経済(学)絡みのものが多く、それを題材にした随筆を、最初から本サイトの中軸に位置付けてきました。多分、今後も経済風味のエッセイが主体になることでしょう。
折々の独り言
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   【2015年】
これってなんですのん:ある起承転結(2015年9月上旬)
言い訳の極意??(2015年6月下旬)
危うし、鴨川のヌートリア (2014年1月下旬)
   【2010-11年】
身勝手な「政治生命」2種(2011年1月中旬)
鏡開きと切り餅特許バトル(2011年1月中旬)
卯年に望む「今年の漢字」は(2011年1月上旬)
紅葉の当たり年と猛暑日本一(2010年11月下旬)
白旗に勝る「うだうだ」(2010年6月下旬)

ポン、ガラ、ペコペコ:型と心(2010年1月上旬

    【2009年】
紅葉に新政権を思う(2009年11月中旬)
箱根3連敗は免れたが(2009年10月中旬)
孫の自転車と政権交代の協奏曲(2009年9月上旬)
「まがまがしきもの」よ、立ち去れ!(2009年7月下旬)
乗り継ぎ小旅行と高速道路料金政策(2009年6月上旬)
わが鹿は「山のこなた」に帰りきぬ (2009年5月下旬)
モズは、鹿は、カルガモは…(2009 年5 月中旬)
「古くない物」の弱い年 : ガス給湯器哀話 (2009年3月上旬)
自転車のパンク修理は誰の手で(2009年2月下旬)
    【2008年】

旅の静けさと証券化(2008年5月下旬)
諏訪に遊べば湯香と油価(2008年5月下旬)
書かなかったことの言い訳(2008年4月上旬)
    【2007年】

鳶にコシヒカリ(2007年10月下旬)
「はるばる函館」の賜――北海道旅情(1)(2007年10月中旬)
病院内カフェに思う(2007年9月下旬)
祈りの大文字 (2007年8月中旬)
セミ異変と温暖化問題(2007年8月上旬)
ヒグラシ鳴きて (2007年8月上旬)
田園風景と「美しい国」―旅の雑感 (2)(2007年7月上旬)
鉄道料金の怪?―旅の雑感 (1)(2007年7月上旬)
個人向け国債のオーナーに (2007 年6月下旬)
ああ、住民税 ―税源移譲と不公平― (2007年6月中旬)

   
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