アントン・ブルックナー

《ブルックナー雑感》  


 彼の誕生日の9月4日は日本では「櫛の日」とされ、また嬉しい事にこの日は「クラシック音楽の日」でもあるそうで、こちらがふさわしいのは彼の頭髪を思い浮かべなくとも言うまでもないこと。9月4日の誕生花はシャボン草(ナデシコ科)でシチリアの王女、聖ロザリアに捧げられ、その花言葉は「浄化」。(まさに彼の究極の境地!)。 9月の誕生石はサファイア、この石の中に神によって書き記された戒律をモーゼが読み取ったとされ、神の知恵が授かる思考のシンボル。星座は乙女座、象徴星座はケンタウルス、エネルギッシュかつ優雅、道徳心があり、名誉を重んじ、友情を育てる才能に長けているが執念深さ、冷酷さのマイナスもあるという。

 

 総合的な西洋占いによると、この星の人はきわめて勤勉で、物事の取り組みはこまかく整然としている。事を興すのはスロースターターで大器晩成型、年をとるにつれて本領を発揮し、持ち前の優れた決断力や勤勉さが次第に成果を上げるようになる。堅実な常識と鋭い批判精神を持ち、完全主義者で細かいことにこだわるあまり本質を見失ないがちで自分にも人にも厳しく、思ったことをはっきり口にし、人扱いはうまくない。他人の意見や考え方に余り興味がない。人の役にたちたいと熱心に思うが目だつことは好まない。恋愛面では自分の選ぶ相手に執着するが、別れようと決意すると感情は無視して論理的に解決するタイプ。友人関係は長続きする。神経の病に陥り易く、胃腸が弱いとのこと。真言宗法暦によると、彼の干支は申年で二黒土星、この年回りの人の長所は柔和で争いを嫌い、知識欲が旺盛で一生を学問と研究に費やすという性質がある。愛情心に強く、涙脆い性格もあるため人に愛され慕われ信望が得られる徳がある。短所は比較的欲が深く、ケチの性分もある。温順で人に従い応ずるという性格なだけ意志薄弱、決断心が鈍く、物事に疑心暗鬼を生じ易い。独立独歩の性質に欠ける割に徹底して人に頼ることもできず、そのため上長の信頼を失いがちとの事。 

ブルックナー   1824-9-4生れ    甲申(キノエサル)   1896-10-11、15;30他界

ベートーヴェン 1770-12-16生れ 庚寅(カノエトラ)    1827-3-26,17;45他界

モーツァルト    1756-1-27生れ   丙子(ヒノエネ)     1791-12-5,0;55他界

バッハ           1685-3-23生れ   乙丑(キノトウシ)   1750-7-28,20;45他界

 ブルックナーの後年の音楽関係以外の愛読書はごくわずかで、「メキシコ戦史」、「北極探検の世界」、「ハイドン・モーツァルト・ベートーヴェンの絵入り伝記」の3冊だけらしい。他に仮綴じ本「ルルドのマリアの奇跡論」。愛用していたピアノはベーゼンドルファー。まじめ一徹な田舎の教会学校の先生、オルガンの名手でかつ即興演奏の達人で、オルガンで音楽を考えるタイプの作曲家だったと。頭の中は教会音楽の古典的知識で占められていながら、ベトーヴェンやワグナーの当時の現代音楽をとらえ込んだ感性とは一体何だったのだろう。

 ブルックナーは1824年(文政7年)生まれで1896年(明治29年)に没しており、日本では勝海舟が1823年生まれで1899年に亡くなっており同時代人といえる。1824年はベートーヴェンが「第九交響曲」を発表、日本ではシーボルトが長崎で鳴滝塾を開設、翌年は異国船打払い令。1868年には薩長土肥の下級藩士達による軍事革命である「明治維新」、ここから近代日本の歪んだ西洋文化観、特に西洋音楽のいびつな教育展開が始まり日本の音楽教科書に無視されてきたブルックナーもその犠牲の一人となっている。この年、ブルックナーは44歳、交響曲第一番初演。ブラームスはドイツ・レクイエム。ブルックナーが亡くなった1896年は日清戦争の翌年でアテネでは第一回オリンピック。

 初めて彼の交響曲に接したのは1966年の春、朝のNHKラジオで1週間の特集だったはず。放送時間が45分と言うことで、いずれも少なくとも一つの楽章は省略されて放送されていた。一連の旋律の流れを聴いた瞬間、何というか、探し求めていた交響曲とは正にこれだ!という嬉しさと、言い様の無い感動でいっぱいになった記憶がある。当時は、低次元ながらベートーヴェンの交響曲に飽き足らないものを感じ始めていると共に、ワグナーの響きに魅力を感じつつも楽劇の冗長さと人声部には辟易し、(そのころは歌声は好きではなかったし、総合芸術は純音楽から見て邪道と見なしていたし)、またバッハのオルガン曲のポリフォニーのオーケストレーションにあこがれていた時期で(実際、あれだけの魅力的な旋律が多重かつ巨大に構築された音楽を、オルガンの音色だけで表現するのはあまりにもったいなく、オーケストラの色彩的な音響で奏でられるべきと考えていて、ストコフスキーはその点でいかにも偉大!な存在だったし。)

そうした当時の欲求をすべて満たす音楽が彼の作品群だった訳であり、とは言うものの、理解できた部分は1楽章とスケルツォくらいで、緩抒楽章はよくわからなかったことを覚えている。最初に購入したレコードはヨッフム/BPOの第九番。幸か不幸か希代の名演、名録音だったわけで、今だに1楽章の最後の怒涛のコーダ部分では耳にする度に熱くなる。その後、購入したレコードはハイティンクの3番、シューリヒトの後期3部作、勿論、朝比奈のフローリアンの第七番、クナッパーツブッシュの5番、変わったところではオーマンディの第七番。いずれも魅力的な演奏でそれぞれ特徴ある世界を作り出している。 

《神、人、自然》

 まだ時折、目にするブルックナー定義として次のようなものがある。曰く、農民的素朴な演奏でなければならない、一部のファン好みで一般聴衆には最後まで持たない、カトリック教徒にしか真価はわからない、限られた指揮者の演奏しか価値が無い等々。

 彼の交響曲の特徴は、フォルテッシモとピアニッシモのレンジの広さ、スケルツォとトアダージョの急と緩、等を明確化した2元的世界を基準とし、表現内容は物語的ではなく情景的、多面的な世界であると言える。4楽章構成の内、第1楽章のブルックナー開始で我々を現実から引き離し、スケルツォの活発な世界とアダージョの深い叙情の世界を描き分け、4楽章は最後に回帰主題で盛大に大団円として現実に引き戻す形でまとめられている。このあたりは、「枕」から始まって、ひととき現実を遊離して架空の世界に浸り、「下げ」で現実に引き戻される落語の世界に通ずるものがある。そこに哲学を感じとる人もいるし、宗教的と見る人もいる、また大自然そのものを頭に描く人もいると言う具合に、どのヴァージョンであれ、ひとたび彼のスコアを音に変えれば、感性や創造性を越えて他の作曲家の作品では得られない形而上の時空間が形作られ、壮大な絵巻物を体験することになる。

 バッハのオルガン曲の即興性をX軸に、ベートーヴェンの第9交響曲ニ短調を頂点とする劇的な古典派展開性をY軸に、それにワグナーの華麗で豊穣なオーケストレーションをZ軸として3次元に融合した世界がブルックナーの交響曲世界。フォルティシモがあくまでも強烈に、相対するピアニッシモがあくまでも繊細に演奏される事、速いところは速く、遅いところは遅くメリハリをつけて演奏される事が、ブルックナー世界構築の基本となる。ヴァイオリンのパガニーニ、ピアノのリストと並んでオルガンのブルックナーとして頂点に立ち、特に即興演奏では空前絶後と言われた人間が、そのオルガン即興演奏のノリで交響曲を作ったら、こうなるのも必然かもしれない。大衆向けのオルガン即興演奏、および宗教行事へ向けたミサ曲等では絶大な賞賛を受けた当人によって創り出された交響曲が、それに接した当時の指揮者、ウィーンフィル等のオーケストラ奏者達に対しては、まさに「豚に真珠」でしかなかった状況は、音楽世界内での文化圏の違い、言語体系の違いだけでは説明できないような気がする。ベートーヴェンの第9の人間賛歌で交響曲は終わったとされ、小型のサロン音楽か、物語性を明確に打ち出した長大な舞台音楽に両極化しつつあった時代に、「一音成仏」を究極表現とするような内容の絶対音楽を、オーケストラ曲として作ってしまった、遅れてきた天才の悲劇としか言いようがない。

 テーマ旋律の展開は流暢ではなく、出し抜けにラッパが胴間声のように吹き鳴らされたり、まったく毛色の変わったメロディーが脈絡もなく現れて、何かからかわれている様に感じるかもしれない。フォルツァンドの和音にしても、あたかも全金管の力量を試すように解放的に吹き切るトッカータ風表現と、各声部のメロディがたまたまそこで共に重なり強音になっている対位法的部分の2通りが組み合わさって、この両者をうまく奏し分けているオーケストラの演奏はたまらない魅力を引き出してくれる。そうでなくとも弦のトレモロの原始霧、3連符を伴うリズム、全休止等、完全に彼の館に入ってしまう。ショパンやメンデルスゾーンのように初めて耳にしてすぐに魅せられてしまう作品と、バッハやベートーヴェンの後期の作品のようにその本質的魅力が一聴しただけではつかみきれないタイプがあって、幸か不幸かブルックナーの交響曲は大部分が後者に属してしまっている。バッハが出たついでにどうでも良いことを書き加えると、バッハのキーナンバーは「6」とされているがブルックナーの場合は「3」のようだ。番号の付いたミサ曲は第3番までで交響曲も第1番から3曲づつ区分けできて、ワグナーの目にとまり本格的活躍のきっかけとなったのも第三番で、それも3稿まであり、もちろん第九番は3楽章で終わってしまった。彼の交響曲の主題旋律構成は宗教的(カトリック的)コラール「神」に、世俗的舞曲(ゲルマン的)レントラー「人」と、絶対音楽(オルガン的)としての抽象的旋律「自然」の3位一体の3主題群制で形作られている。彼の交響曲の特徴は@3主題群、A断片からの生成的発展、B終楽章での回帰の3点が、上述したように@原始霧のトレモロ、A三連音符と二連符の組み合わせを持つリズム、B全休止の3点をキーに作り出されている。 彼の交響曲は第00番、第0番、第一番が、一応初期、第二番を区切りとして、第三番、第四番、第五番が中期、第六番を区切りとして、第七番第八番第九番が後期と、三つのタイプに大くくりできるといえないこともない。

いろいろ言っていても、要はブルックナーが大好きなだけ。彼の交響曲のCDも着実に増えているし、演奏会も盛況のようで、そうしたものに対する感想も深まりこそすれ、薄まることが無いのが嬉しい。ブルックナーについてあれこれ調べるのも、また楽しみなこと。たまには馬鹿に徹してつまらないこと等も想いながら・・・。

 

参考書籍類

1. ブルックナー その生涯と作品 和田旦:訳 白水社 1967-4-25 

(The Life & Symphonies of Anton    Bruckner by Edwin Doernberg (Barrie&Rockliff 1960,London) 

2. ブルックナー 音楽と人間像 神品芳夫:訳 音楽之友社 1968-8-20 

(OskarLoerke; Anton Bruckner   - Ein Charakterbild. Berlin 1938 )

3. 大音楽家/人と作品No.20「ブルックナー/マーラー」 張源祥:著 音楽之友社 1971-5-5

4. オイレンブルグ社 スコア解説「ブルックナー第9番」 Eulenburg 1972-2-17

5. 音楽の手帖「ブルックナー」 青土社 1981-8-10

6. ブルックナー 生涯/作品/伝説 山田祥一:訳 青土社 1983-8-1 

(Hans-Hubert Schoenzeler- 「Bruckner」 1970,1978 Marion Boyars London

7. アントン・ブルックナー  天野晶吉:訳 芸術現代社 1986-12-25  

(Karl Grebe; 「Anton Bruckner」 1978 by Rowohlt Taschenbuch Verlag GmbH、Reinbek bei Hamburg)

8. カラー版作曲家の生涯「ブルックナー」 土田英三郎:著 新潮社 1988-2-25

9. ブルックナー・その芸術の源泉 - オルガンの世界 - 松原茂:訳 シンフォニア  1988ー10-      ( Die Orgelwelt um Anton Bruckner、Rudolf Quoika )

10. ブルックナー交響曲全集(ヨッフム指揮)解説書 1989-3

11. ブルックナー 聖なる野人 喜多尾道冬・仲間雄三:共著 音楽之友社 1989-9-10 

(Werner Wolf;  「Anton Bruckner-Genie und Einfalt」 (Atlantis Verlag,1948)

12. クラシック・コレクション 第43号、第72号 デアゴスティーニ・ジャパン 

13. 最新名曲解説全集第一巻「交響曲1」 p413- 門馬直美:著 音楽之友社 1979-11-1

14. こだわり派のための名曲徹底分析 ブルックナーの交響曲 金子建志:著 音楽之友社 1994-9-10 

15. 作曲家別名曲解説ライブラリーD ブルックナー 音楽之友社 1993-3-10 

16. 全集(朝比奈指揮)解説書 ジァンジァン 1996-2-16  

17. ブルックナー  門馬直美  春秋社  1999-11-20  

18. 吉田秀和作曲家論集1 ブルックナー&マーラー 音楽之友社 2001-10-5

19. アントン・ブルックナー 魂の山嶺 田代 櫂  春秋社  2005-11-20

20. BIRTHDAYBOOK -September 4th- 同朋舎出版 1994-2-1