ハ短調“Apocalyptic”「黙示的」

   

作曲年1884-87.8.10&1890.4

献呈オーストリア皇帝:FranzJosefI世

編成:3fl,3ob,3cl,3fg,8hn(4Wagnertba),3tp,3tb,tba,(hp),timp,5st   


  1. 第1稿(1887/NOWAK1版):1884/7-1887/9/4初演;1973.9.2BBC放送,シェーンツェラー

  2. 第2稿(1890/NOWAK2版):1889/3/4-1890/3/10初演;1892.12.18Vienna,Richter:VPO

  3. 第2稿(1890/HAAS版):1887/10-1889/9/24,1890/3/10,1930HAAS第1稿引用  

  4. オ-ベルライトナ-改訂版  

所有CD及び感想

 今回、ヴァント/BPOの新盤が出たとの事で、コンヴィチュニー、ホルヴァート、大町、と聴き比べてみた。このヴァントの演奏は「逆さ柱の無い東照宮」とでも例えられようか。贅を尽くして壮麗に仕上げた大神殿で、二の句がつげない・・・。しかしこれはヴァントに浸ることはできても、ブルックナー体験とは違う世界の「八番」ではなかろうか。

ルックナーの交響曲は、構造上当然のことながら、第一楽章の第1主題でその曲全体の世界が明示される。第七では「豊饒」、第九では「深遠」、第三では「予兆」、第四では「彷徨」と言う風に・・・。第八については、曲を彩る要素として「不穏」が挙げられる。ブルックナーの魅力の一つには版の事情も絡んで「八方破れ」的な因子があり、それが飽きのこない理由にもなっている。特に八番の不穏な様相は、演奏自体の中に不安定なもの、未完なものの存在を要求しているようにも思える。ホルヴァートの意表をついたテンポ設定、狩猟民族的なこの曲での大町の畑作民族的な豊かでのどかな表情、そしてコンヴィチュニーのそれこそ八方破れ的破滅的な熱気等、すべて意図したもの、或いは意図せざる部分が逆さ柱として存在している。たやすく批判できる部分・・・、欠陥の様でいてそれゆえにこそ不可欠な魅力となるブルックナーの面白い世界。しかし、このヴァント盤にはその逆さ柱が見当たらない。逆さ柱のある家は不吉な家鳴りがすると言う。まさにその家鳴りこそがブルックナーの、特にこの八番の隠し味であり、八番のCDが一枚だけ欲しいと言う人にはこのヴァント盤でも良いのだろう。しかし、それによってブルックナー道楽の可能性も閉ざしてしまうことになるようで・・、そのほうが幸福なのかもしれないけれども。りんごは丸ごとかじるのがおいしいのか、皮をむいて芯を取って盛り付けられたほうがおいしいのか・・・・。ちょっとそんな感じもする。ブルックナーは丸かじりに限る。

 マタチッチ1984/3/7-8のN響が世紀の名演とも言われていますが、私にはN響の引き締まった金管の響きはやや締まりすぎて、遊びが足りなくなっている感じがします。 以前、ジャパンコレギウムのマタイ受難曲を聴き、非常な感動を受けた後、なぜか無性に八番が聴きたくなってCDをひっかえとっかえ聴き比べて行き着いたのが、スクロヴァチェフスキ/ザールブリュッケンとクーベリック/バイエルンの2枚でした。第4楽章冒頭主題のトランペットファンファーレの4つの十六分音符がはっきり聞こえないものは嫌いとか、最後の3音の終わらせ方のテンポが早いのは嫌だとかいろいろ部分的な好みは聴く時の気分によって違います。マタイのイエスを神そのもの如く重々しく詠うもの、反対に人間サイドで感情豊かな歌い方をするものと正反対があるように八番のCDも様々な個所でそれぞれ演奏者によって正反対な表現がなされているように感じます。手持ちの30種近くのCDから、ふるい分けられた八番のノヴァーク版とハース版はそれぞれ実に雄大かつ繊細ですばらしい。しかしなぜマタイの後、八番が聴きたくなったのだろう。 スクロヴァチェフスキ版の表紙にだけ「Apocalyptic(黙示的、啓示的)」と標題が付加されている.。( ちなみに日本でCDを販売する時、第八番「黙示的」等と標題をつけて販売したらマーラーの6番「悲劇的」よりはよっぽど売れるのじゃないだろうか )。八番は、マタイの物語のように悲劇の予兆からその通り悲劇が起こり、浄化されて未来の救いを予感させて終わる雰囲気が似て無くもない。そうしてみると第4楽章コーダの部分については、曲想はまったく正反対に近いもののマタイ終結合唱「我ら涙しひざまずき」と何か相通じているような感じも受ける。第一楽章の主題が終楽章で満を持して再現されるくだりは正に「復活」として聴こえるし、両者とも最後の音符の響きがやんだ後、ひとつの大きな物語が完結したと言う想いが大きく残る。 

 ヴァント/NDRSの第八番、そしてチェリビダッケの演奏について、ニつを聴き比べました。結論から言うとチェリビダッケに心酔してしまう結果になった訳で、この賛否両論ある演奏について両論分かれる事になったテンポの遅さ、及びゲネラルパウゼの扱いについて考えてみました。  チェリビダッケへのブーイングの代表意見としては、「音楽がぶつぎりになっている」というものだけれども、基本的に、たとえば交響曲をひとつの音楽としたときに各楽章間の合間が長いか短いかで音楽がぶつぎりになったとか、流れが保たれたとか言う議論が出るのだろうか?(今でも時々、コンサートでの楽章間の拍手は是か非かとか調弦する事ががどうだとか、モーツァルト時代の交響曲演奏のプログラム編成が意味があるか等、議論されていますが。)それらは極端として、1楽章の中の全休止は、確かにそれまで音が出ていた一小節分だけの沈黙を意味し、該当拍子数えた後に次の音が発せられねばならないと言うことでしょうか。彼の音楽の全休止は、オルガンのストップ切り替えのノリだとか、残響の多いドームホールの音響実状に合わせた結果だとか、これもいろいろ説が出ています。(残響の中に神の姿を見たと言ったとか言わないとか。) 私は映画にたとえれば画面の切れ目、フェードアウト/フェードイン( FO/FI )にあたると思っています。映像の消えた真暗な時間の長さとは?  映画にはストーリー映画と情景映画があって、前者での場面の切り替わりはストーリーの流れを分かり易くする効果があり、後者でのそれは情景の余韻を味わうための時間とでもなりますか。当然前者のFO/FIは長すぎると明らかに流れの妨げとなり、後者では情景が印象的であればあるほど十分な時間が欲しくなります。これをそっくり音楽へ移して考えると、ベートーヴェンの交響曲に代表される古典派の厳密なソナタ形式に則った音楽は、主題が出て、対応主題が出て、展開し、という正にストーリー音楽です。論理的に積み重ねられた音の連なりはリズムに支えられた流れが重きをなし、沈黙の時間さえもその支配下におかれる事になるでしょう。これに対し、ロマン派の音楽は起承転結よりも、その時その時の音の色彩をその場で味わう事が主体であるように思います。もちろんブルックナーの交響曲もソナタ形式を遵守しています。しかし主題一つ一つが個々の確立された情景を作り出していて、全休止に囲まれた数々の情景は互いにつながっていると見ても良いし、それぞれ似てはいても別の世界とみなしても良い。このあたりは鑑賞者の特権かもしれない。

 チェリビダッケの演奏で特に感じられた事は、各情景が際だって広大かつ、みずみずしかった事。北アルプス穂高岳山行にたとえると、他の第八番は、岳沢から前穂高を2泊3日で往復していたのに対し、チェリビダッケのそれは涸沢から北穂、奥穂、西穂高まで1週間がかりで縦走した気分というか、第八番と言う一曲の中でこれほど充実した時間を過ごせた事は初めての経験でした。これは、テンポを落としているだけではなく、細部にわたって丹念に音を作り上げているからでしょう。この細部へのこだわり方でカラヤンが即物的な音響の聴こえ方を主にしているのに対し、チェリビダッケはブルックナーの記したものの内面を最大漏らさず表現しようとしているのではないでしょうか。次の世界へと移る全休止の中で、もう少し余韻を楽しませて欲しいと思った時が幾度となくありました。テンポの問題については好き好きの問題でしかないでしょうし、作曲家と指揮者の感性の違いと言う点では、正反対のケースだけれども、かってショスタコビッチの第5番初演の際に終楽章演奏テンポ設定で見られたような事なのかもしれない。いずれにしても紙に書いた記号から一定の時間音響空間を作り出す事なのだから自由度はいくらでもあり、そして音楽を聴くときも奏するときも、それぞれの理性と感情のはざまで行っている訳で、音楽のプロほど、頭で聴く度合いが大きいのだろう。ある指揮者が彼のバランス感覚で作り出したものに対しては、聴き手の方がバランス調整を変え、チューニングするしかないと思う。

 それにしてもこの曲の第四楽章の壮烈な爽快感はどうだろう。このくだりを30枚近いCDで聴き比べる楽しさ。この第1主題はパロディで阿波踊りと組み合わせられたり、SFアニメ「銀河英雄伝説」のBGMに取り入れられたり(http://www.geocities.co.jp/Broadway/1850/g_list.html)しているところをみても、かなり一般にもアピールする魅力的な旋律なのだろう。ケーゲル、バルビローリ、ケンペ、クーベリック、いずれをとっても血沸き肉躍るすばらしい盛り上がり。

指揮/オーケストラ I II III IV DATE CD-No 
1887N インバル/フランクフルトRSO 14'01" 13'25" 26'46" 21'08" 1982/8 0630-14202-2
1887N ティントナー/アイルランド 17'41" 15'14" 31'10" 25'10" 1996/9/25 NAXOS8.554215-16 
1890N レーグナー/RSOB 12'34" 13'19" 26'21" 22'45" 1985? 0031182BC
1890N ヨッフム/BPO 13'27" 13'47" 26'30" 19'44" 1965/10 FOOG-29085 
1890N ヨッフム/Staatskapelle Dresden 13'51" 13'52" 27'19" 20'44" 1976/11/3-7 CZS7-62935-2 
1890N マタチッチ/NHK 13'55" 14'38" 25'18" 20'12" 1984/3/7 COCO-78551 
1890N セル/クリーヴランド 14'31" 16'14" 29'04" 22'04" 1969/10/3-13 SB2K53519 
1890N ホルヴァート/ザグレブ・フィル 14'41" 13'39" 25'20" 20'30" 2000/1/28 CD37603 
1890N ショルティ/シカゴ 15'04" 14'27" 24'04" 20'21" 1990/11 448 910-2
1890N ヨッフム/バンベルクS. 15'23" 14'53" 27'54" 23'10" 1982/9/15  ALT-022/3 
1890N スクロヴァチェフスキ/ザール 15'30" 16'02" 28'14" 22'23" 1993/10/8-9  BVCC-6054/5 
1890N シューリヒト/VPO 15'31" 13'58" 21'42" 19'42" 1963/12/9-12 TOCE-8126 
1890N アイヒホルン/BOL 15'51" 14'55" 24'43" 21'46" 1991/7/1-4 32CM-225 
1890N アーノンクール/BPO 16'25" 14'19" 27'22" 24'32" 2000/4 8573-81037-2 
1890N ジュリーニ/WPO 17'07" 16'25" 29'24" 24'36" 1984/5 445529-2 
1890N グラーフ/モーツァルテウム 17'10" 16'38" 27'30" 23'34" 1994/8 VFMO-0894-1/2 
1890N 大町/CO大阪&OOS 17'28" 15'39" 28'20" 27'00" 1999/5/28 PLCC-738/9 
1890N チェリビダッケ/ミュンヘン 19'19" 15'46" 33'16" 31'12" P1995? AUD-7001/2 
1890N チェリビダッケ/ミュンヘン 20'56" 16'05" 35'04" 32'08" 1993/9 TOCE-9808-9
原典 フルトヴェングラー/BPO 15'42" 14'14" 24'53" 22'04" 1949/3/14 TOCE-3011 
HAAS ハイティンク/ロイヤルCGO 13'57" 13'33" 25'17" 20'44" 1960/9 442048-2 
HAAS ベイヌム/ロイヤルCGO 14'05" 13'56" 23'23" 20'47" 1955/6 464 950-2
HAAS バルビローリ/ハレ 14'34" 13'27" 23'35" 22'07" 1970/5/20 CRCB-6100
HAAS ムラヴィンスキー/レニングラード 15'02" 13'12" 23'06" 22'21" 1959/6/30 74321 29402-2
HAAS ヨッフム/FSO Hamburg 15'06" 13'56" 30'36" 23'01" 1949/1-2 449 758-2
HAAS ケーゲル/MDRS 15'13" 14'32" 23'45" 24'01" 1975/3/11 ODCL1020
HAAS クーベリック/バイエルンRSO 15'21" 15'04" 25'26" 22'05" 1997P FCM-2003-4
HAAS  コンビチュニー/RSOベルリン 15'23" 13'57" 27'11" 24'42" 1959/12/18-21 SSS0012-2
HAAS スウィトナー/Staatskapelle 15'31" 14'45" 26'57" 23'59" 1986/8/22-29 TKCC-15015
HAAS クナッパーツブッシュ/MPO 15'46" 15'50" 27'42" 25'59" 1963/1 MVCW-14001-2 
HAAS 朝比奈/大阪 15'55" 16'45" 26'59" 24'37" 1976/8/23 JJ-0016/7 
HAAS ハイティンク/RCGO 16'05" 16'13" 29'16" 23'53" 1981/5/25-26 PHCP-3548-9
HAAS ケンペ/チューリッヒTO 16'14" 14'10" 27'40" 23'44" 1971/11/12-13 SOMMCD-016-2
HAAS ドホナーニ/クリーヴランド 16'16" 13'53" 29'02" 22'59" 1994/2/6-7 443 753-2
HAAS ヴァント/BPO 17'03" 16'07" 27'36" 26'01" 2001/1/19-22 74321 82866 2
HAAS ヴァント/NDRS 17'20" 16'14" 28'45" 25'46" 1993/12/5-7 VCC-1921/2