M氏の部屋~ある一ファンからのメッセージ~
姫路交響楽団の創立当時から演奏会を聴きにお越しくださる熱心なファンの方がいらっしゃいます。その方(M氏)が2002年の第48回定期演奏会から演奏会をお聴きになった感想を私たちに寄せていただくようになりました。これはあくまでも個人の方の私見ですが、多くの方たちにも是非読んでいただきたく、ご本人の了解の元、ホームページ上で公開する事に致しました。
(第93回定期演奏会)自然体で臨む
姫路交響楽団の第93回定期公演は、サン=サーンスの交響詩「死の舞踏」で始まった。指揮は初登場の若い宮本貴太氏。心が躍る楽しいひと時だった。
作品の舞台を彷彿とさせる場所は、私たちにとってはさしずめお化け屋敷であろうか。何しろ音楽そのものが、おどろおどろしくて人を食ったものである。ドロドロと鳴る太鼓の音に伴われて次々に現れるお化けに、半ば失望しながらも楽しんだ昔を思い出したからである。演奏はうまくいったところ、そうでないところ、いずれの表現も人間死ねば皆同じと云わんばかり、あっけんからんとした息づかいで滑稽さに終始した。そもそも作曲者自らが、骸骨が踊るのに何の遠慮もあるものかと、ラテン的な明晰さをもってうそぶいているような曲である。独奏ヴァイオリンのキャラクターが強烈に踊りを盛り上げて最後に骸骨たちがため息をつきながらしぼんで行く様はまことにユーモラスで、しばし余韻を楽しんだ。
次いでリムスキー=コルサコフの「ロシアの復活祭」を60年ぶりに聴いて、序奏の木管によるユニゾンが始まると、次第に気分が良くなっていくのには驚いた。このロシアの聖歌を素材とした作品に込められた、復活祭を待ち侘びる人々の思いを、指揮の永井氏は宗教とは無縁の軽快で、無機質なメリハリをきかせた感覚で描き出した。しかしその新鮮さはおもしろく感じた。一方聴いて行くほどに高い美意識と粋なセンスを漂わせる音楽であることに気づかされ、長くこの曲に接して来なかった自身の不明を恥じた。演奏は今一つ繊細さを欠いたものの、細部にこだわらない表現もあって然るべきであろう。もう一つ、これは金管の響きが美しい曲である。金管が鳴りすぎて少々耳障りのする響きがしこりとして残ったが、心はずむ思いをさせてもらった。
最後はメンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」。冒頭からラストのコーダまで、黒田氏はひたすらスコアの中に隠れているメッセージを聴き手の前に広げて見せる。自然に流れるような音楽づくりに誇張はなく、スコアにしるされた豊かな歌を深く爽やかに響かせて余すところがない。オーケストラはもの悲しい序奏を品良く控えめに、第一主題の哀調に満ちた旋律も伸びやかに響く演奏で気負いがない。この曲の陰影の濃い複雑な表情を、木管が憂いをおびた響きで感情をふるわせ、もの静かで簡素な雰囲気をもたらす。メランコリーな世界に希望を見出すかのようで、メンデルスゾーンの心の一端をのぞかせる。根底にはスコットランドへの哀惜の情が色濃く流れていて、これほど人の心を汲んだ音楽はそうはないだろう。
第二楽章は打ってかわり、スコットランド人そのものに集中するような音楽。クラリネットが軽快なリズムに乗って主題を奏でる。そのはしゃぎっぷりが面白い。健やかなこの楽章を象徴するにふさわしい出来映えである。オーケストラもバグパイプの音色やリズム、民謡を思わせるトーンを明朗な明るさをもって響かせて、人々の息吹をもたらした。
後半に入ると再び寂寥感が漂い、この調性が曲全体を一貫して行くことになる。メンデルスゾーンの描く叙情的な主題をオーケストラは情感豊かに歌わせて、ほのかな郷愁が香った。人を一種の陶酔状態におとしいれる反理性的な演奏は、慎み深い情感を鮮やかに描き出して心を打った。終楽章に至り、これまでの陰と陽を繰り返すうっとうしさから離れるように意識のうねりが一転、曲は大きく盛り上がる。晴ればれとした演奏もさすがに感動的だった。コーダは金管が後光のような光彩を放ってまさにパラダイス。喜び、くつろぎにこそ
人間らしさがあるのだと言わんばかりの開放感があふれる。気取りのない自然体で臨んだ演奏によって浮かび上がるのは、スコットランドにそう望む作曲者のメッセージなのであろうか。
アンコールはメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」より結婚行進曲。幸せ一杯ではち切れんばかりの趣は、「スコットランド」のコーダにそのまま継ぎ足したような艶やかさで何の違和感もない。曲の選択がおしゃれである。
(2025年5月7日)
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