仮面舞踏会          
                    BY 流多和ラト


<ACT 9>

 突然狭い視野の中、棚引く柔らかで上質な布のひらめきにコクランは一体何が起きてい
るのかと固唾を呑んだ。
先程から人の出入りもなく聞こえてくる声も全く同じものであると言うのにまるで知らな
い人物と彼等が入れ代わってしまったかのような錯覚にそこから飛び出して確かめてみた
い衝動に駆られる。
しかし心とは裏腹に体が取り巻く空気の凄まじい圧力に畏縮して動けない。
まるで強敵を前に初めてリングに立った時のような興奮と恐怖であった。
だがこの状況でコクランがそんな思考に耽る余裕を持てたのも圧倒的な気配はそのまま、
しかしその中に含まれた清冽な白刃がただ昏く無法なだけの闇をギリギリの一線で断裁し
てくれるからだ。
それが誰のせいであるのかはよく分からないのだが。
自分は本当にこのままでいいのだろうか、コクランは呼吸音さえ発てるのも憚るそこで手
に汗を握る。
 『…最近は活動地域を拡大しているようですね』
 僅かに目を丸くしたアンリ…ファウスト博士はアンリの口調はそのままにしかし彼では
あり得ない妖艶な笑みを刻む。
そこに宿るのは純粋な驚きと珍客を迎える事が出来た喜び。
 『私の事を御存じなのですね』
 『主に美術品と宝石を専門に盗む紳士怪盗。星の数程の顔と声で各国警察を翻弄する天
才的犯罪者、国際犯罪者番号1412号…そして最も親しみ易い通り名は怪盗キッド。……
同じ世界に住んでいればそういう事もありますよ、あなたが私を知っていたのと同様に』
 絡み合う視線には様々な意図が隠されている。
穏やかな微笑みは毒を含んだ薔薇であった。
 『天才的犯罪者、それをあなたの口から聞くと皮肉に聞こえるのですが…ならば、私の
目的はもうお分かりとう訳ですか』
 『大方の予想は。私の所有する双子石が欲しいのでしょう?元々それくらいにしか自分
を探すような物好きの理由を見出せませんし』
 ファウストが肩を竦めると合わせたように淡い金の髪が波打った。
 『泥棒の用事など相場が決まっていますから』
 そう、探していたのは彼の持つ情報ではなく情報の詰まった宝石…ビッグジュエル。
新一にそれを話せなかったのは彼の知らないゲームに己が巻き込まれている事を秘密にし
ているからだった。
快斗…キッドはなるべく片眼鏡越しに彼を見るよう努め、今心を占める全てのものを力づ
くで押し込める。
浮かべた笑みは凛と咲く花のような美を纏っていた。
だがそれは一分の隙もない危うい闇の美しさ、少しでも目を反らせば忽ち牙を剥かれる。
 『…随分と余裕のある態度ですが、クドウの件はもういいのですか?』
 『あれはあなたの、<暗示>を撃ち破る為の演技ですよ。以前部屋でそれをやろうとし
た時失敗したようでしたので今度はもっと殺気を高められるよう演出にも凝ってみただけ
の事。お好きでしょう?こういうの』
 探るような目線を送れば金色の少年もまた笑みを浮かべ僅かに目を伏せる。
 『流石に、あの時はヒヤっとしましたよ。でも少しばかり殺意が足りなかったようでし
たが』
 『恥ずかしい事に私は盗むのが専門、殺しは慣れていないので』
 それはどう取ったら良いのか、玲瓏と響く声には感情の揺らぎは捉えられない。
だが涼しい顔の裏では、あの夜発作で臥せっていたアンリと新一の姿を思わず重ねてしま
い本気の殺意をぶつけられなかった自分を悔やんでいた。
あの時発覚していればきっと事件は全く違う方向へと進んでいた筈だ。
当然新一の身柄もまた。
 『でも手こずりましたよ、あなたを見い出すのは。この地へ伺ったのも半ば賭でしたか
ら。しかし噂は本当だったのですね、私のように変装するのではなく完全に対称の人物に
成り変わってしまう…悪魔的能力の持ち主…。
その強力な<暗示>能力は他人だけでなく己をも騙す事が出来るとか。そして御自身が天
才的な医学博士で、暗示により自分の能力を他人に移し対象の人物に自らを整形させてし
まう。大きな事件の影に存在する事もあれば平凡な家庭に入り込み普通の営みを送る事も
あり、常に存在を掴み切れず素顔も知れないあなたの事を皆尊敬と畏怖を込めて
Dr.ファウスト(博士)と呼んでいる…。
人類史上初めて悪魔を呼び出した伝説の博士の名ですよ』
 『馬鹿げた名称ですね、私はただ好きな事を好きなようにやっているだけですよ。他人
になりきり、幾つもの違う人生を生きる。暗示の効果も好きなように設定出来ますから毎
日がスリルに満ちたゲームです。因に今回は身の危険と意味を込めて名を呼ばれる事が暗
示を解く鍵。…後は対象の人物の表層意識のない時に必要に応じ表に出る事もあります。
ですが<アンリ>の意識の下から私も同じ情報を得られますが基本的に私は暗示を掛けた
対象そのものでもあるので、実際に<アンリ>は<アンリ>でしかなかったという事で
す。よく、私だと分かりましたね』
 人は強い暗示により熱いものと信じさせてその対象に触らせると本当に火傷の症状を肉
体が起こすと言う。
その力により姿形だけでなく心も病でさえも忠実に再現する化け物。
それはすでに変装という域ではない、もっと乱暴な…言わば存在の強盗だ。
 『ところで、本当にクドウの事はいいのですか?あれ程に切望していたでしょう?』
 『まさか本気にされたのですか?怪盗の私が<彼>のような存在の安否を気にかけるな
どと』
 何処までも冷たい笑みが溢れた。
 『その割には随分と仲むつまじかったような気がしていましたが』
 『人を騙すのが得意なのはあなただけではありません、彼の知り合いに成り済ますなど
私にも造作もない事です』
 『…ではクドウはどうでも良いと言う事ですね?…それは丁度良かった』
 その言葉の意味するものが何なのか。
しかし浮かんだ笑みの残忍さと瞳の剣呑さにキッドは閉じ込めている感情もプライドも何
もかもが一気に灼熱した。
やはり彼は新一の居所もその取り巻く状況も知っているのだ。
だが今冷静にならねば築いてきた全てが終わってしまう。
 『それにしてもその技術と能力、流石は彼のJr.と言ったところですか』
 先程の事には触れずいきなり話題が変わった。
 『……!?』
 キッドは僅かに目を細め笑みを浮かべ続ける人物を見つめる。
 『簡単な事ですよ、私は以前本物…失礼、先代のキッドに会った事があるのです。その
時も今のように彼もまた私を探していました』
 『……何を目的に?』
 いきなり降ってわいた告白にキッドは驚いていた。
だがそれが突然浮かんだ父の足跡の為か、己の正体を見抜かれていた事への警戒の為か。
 『さて、それは何時かあなたがそこに辿り着く事があれば分かるでしょう。だた一つだ
け言わせて頂ければ、私は<奇跡の半分を体現する者>と言われていますよ』
 キッドは瞬間崩れかけたポーカーフェイスをギリギリで保った。
奇跡と言われて思い当たるものと言えば…。
 『…まさかあの噂も本当だったと言う事ですか……?あなたがすでに百年以上もの時を
過ごしているというのは』
 意識して感情が篭らないよう言葉を紡げば柔らかな美貌がその反応に満足したように微
笑む。
その目は出来の良い生徒を眺める教師のものに近い。
 『あなたがリングの輪の中に生き続ける限りは真実は自然に引き寄せられる事でしょ
う』
 そこで言葉を切り、アンリの姿をしたファウストは軽く腕組した。
落ち掛かった金の髪が美貌の一部を切り取っても鮮やかさは変わらぬまま、闇色の眼が
キッドを映す。
リングの事を知っている、それはこれまでの話を聞く限りあり得ない事ではなかった。
寧ろ自分よりも詳しいのかも知れない。
キッドは片眼鏡越しにラビットをして化け物と言わしめた存在を改めて認識し息を呑む。
 『ところで折角のこの記念すべき邂逅を祝ってゲームでもしませんか?』
 軽い言葉の中に秘められた不穏な気配にキッドはハットの鍔を引き下げ表情を隠した。
何を考えているのか全く分からない。
ポーカーフェイスは得意だが相手はその上を更に上回る仮面をつける。
 『私は自らの暗示が他人の手によって解けた時点でそのゲームは終了する事にしている
のです。あなたが私の本質を現す名前を呼び、<私>をここへ引っ張り出した今<アンリ
>は私の中から消えました。
その代わりとしてこのゲームにおつき合い下さいましたら私の所有する双子石をあなたに
委ねてもいいと思っているのですよ。あれは暗示の効果を高めるのに丁度良い道具でも
あったのですが別になくとも困るものではありませんし。ただあなたが勝った暁には扱い
が難しいので保管には厳重に注意して頂きたいですが』
 『……ありがたいですね、でもただではお渡し下さらない』
 『普通に渡してしまったのでは面白く無いでしょう?それに今回は我ながら楽しい趣向
で日々を過ごさせて貰っていたところをあなたに壊されてしまった訳ですから、それくら
いは妥当かと思いますが』
 それはあまりにも身勝手ないかにも犯罪者然とした台詞であったがキッドはそれで納得
していた。
 『それは失礼を致しました。ではその方法は?』
 彼もまた国際的な指名手配犯…犯罪者である、決しておかしな理屈だとは思わない…賛
同もする気はないが。
必ずそう返答をしてくると思ったいたらしいファウストは満面の笑みを浮かべる。
女性的でかわいらしい容貌はそうしていると深層の令嬢のようだ。
しかし彼はただそうしているだけでキッドを緊張させる。
どのようなものにしろ、ゲームとなれば時間がかかるだろう。
新一が今どうしているか……。
それでも今奴から目を離す訳にはいかない。
 『とても簡単なものです。実は私の所有する石はこの礼拝堂の何処かに密かに封印して
あるんですよ、それをあなたが探し出す事ができれば先程の言葉通りその石はお譲りしま
す。ここにあるものは何を使っても構いません。但しチャンスは一度きり、定めた場所が
違っていた場合二度目はありません、そこで終わりです。
そしてあなたの生きた至高の宝石とも永遠に離れる事になるでしょう』
 片眼鏡の飾りが微妙なリズムを刻む。
ほんの僅かな心の揺らぎが振動として伝わったのだ。
しかしそれは絶望故ではなく彼の口調から新一はどんな状況にしろ現時点では生きている
と確信を持てたが故に。
それを誤魔化すようにキッドは肩を竦めてみせる。
 『最後のものは余分ですよ、先程も申し上げましたが<彼>は特に私とは関わりのない
者。考えてもみて下さい、私は犯罪者で彼は探偵なのですよ?利用しただけです、あなた
とこうして御会い出来た今はもう関係ありませんね。確かに紳士怪盗と別名を頂いている
身としましては仮染めにしろ協力者だった彼を救いたいとは思いますが』
 『別に無理をなさらなくともいいのではありませんか?』
 『どういう意味です?』
 『あの瞳を持つ者が一介の探偵などである筈がない。彼は私を一度追い詰めた…、私は
その時咄嗟に自分を出してしまうところでした。あのような体験は初めてです』
 新一とアンリが秘密通路の出口で相対した時の事である。
彼は寸前で新一のあの真実を見抜く蒼の双眸に見据えられ、ギリギリで耐えたが瞬間身の
危険を感じてしまったのだ。
 『ここ数年私はそういう情報に疎くなっているのですが、彼は何者です?』
 『さて、日本では有名な探偵だと言う事しか』
 一般人ですら調べようとすればあっと言う間に知る事になるだろう、新一は表のメディ
アでも有名過ぎる。
だからせめて今だけ欺ければそれでいい、キッドはあくまで知らない振りを装おう。
 『…ただの探偵ではありませんね、あれは災いを呼び込む眼だ。イーブルアイ(邪眼)
……本物は久々に見ました。以前に見たのは何十年前だったか。私の所有する例の双子石
にも似たような逸話がありますが桁が違う。あの眼にみつめられて心の騒がない人間も…
魔物もいないでしょう。そして追い詰められた者がとる道は二つ、滅ぼすか服従するか』
 ファウストの目は静かに何処までも白い怪盗を見据える。
 『あなたの心はすでに選択済みのようですね』
 キッドは沈黙する。
 『私は、滅ぼして差し上げたい』
 その一言で心臓が跳ねた。
だがあくまで表面は固く唇を引き結んだままやはり沈黙を保つ。
今それを怠れば何を言ってしまうか分からない。
キッドの意図を恐らくは正しく汲み取って少年は微苦笑する。
 『黙秘、ですか…。あなたは頭がいい、では今はもうそれについて何も聞かない事にし
ましょう、どうせいずれ分かる事だと思いますし。それにしても、その周りに幾つもの呪
われし闇が取り巻いているというのにその身も心も染まり切らないでいる、こちらも奇跡
ですね怪盗キッド』
 彼はミッシングリングそのものについても詳しいようである。
キッドは増々高まる内心の緊張に呼吸を深くした。
この相手はラビットに聞いた通りあまりに厄介過ぎる…。
彼が持っているらしい父親とその背景に広がるリングの情報も気になっていた。
だがそれよりも
 (滅ぼすだと〜?!)
怪盗の名の元に造り出す白い鉄壁の檻で獣が爪を立てて暴れ始めている。
薙いでいた深層からこれが抜け出せば正気でいられる自信はない。
内壁が鋭い爪と牙とで傷付き血を流す…。
 『そろそろゲームとやらを始めませんか?今宵は満月、月の祝福と共に躍る淑女達の靴
音がすでに耳元でまで届いているのですが』
 キッドはステンドグラス越しに舞い落ちる柔らかな月光の元優雅にマントを翻した。
どこまでも余裕に満ちた声とその顔の裏で留まる事を知らない激情はその白い肢体をほん
の僅かに戦慄かせる。
だがそれすらも今はただゲームという余興に酔いしれる希代の魔術師のようにしか見えな
かった。
 『そうですね、あまり長引いて不粋な客人が増えても楽しくありませんし』
 少年はそう言って淡い笑みを深めた。
そこにどんな意味が込められているのかキッドは知らぬふりで受け流す。
 『持ち時間は自由ですが先程も言った通りチャンスは一度きりです、心して下さい』
 視線が離れた。
ファウストは小さなこのショーを眺めるべく手近な椅子へと凭れ込んだ。
そしてもう邪魔だとばかりに薄絹の手袋を床へ投げ捨てる。
露になった白過ぎる手が病的に輝いて見えた。
キッドは刺すような視線を感じながら平静に油断なく辺りを観察する。
見慣れた礼拝堂、見渡す限り怪しそうな場所と言えばあり過ぎる程にある。
まさか椅子になど隠してはないだろう、美しい宝石に相応しくそのステンドグラスの一部
に組み込まれているとしたら虱潰しに探せば何とかなるであろうがチャンスは一度きり。
禍々しいとさえ言える気配が神経に障る。
その正体を突き止めたとしてもそれは変わりはしない。
だが変なイライラは消えていた。
正体を暴いた今、彼の外観と内側のアンバランスさが解消されたせいだ。
そして纏った白い衣装は周囲の毒気を薄めてくれる。
この服は快斗の砦なのである。
その絶対の砦の内側で考える、宝石の場所…ではなく<彼>の居場所を。
彼の残したメッセージは<逆さま>。
自分が今回の一連の事件で知っている事はと言えば消えた生徒達は皆部屋の何処からか通
じているおかしな通路を通って外へと出ているらしい事。
そしてそれが悪魔に会う為である事、その方法を囁かれた者は皆一様に背負っている環境
が似ている事。
キッドは思考しながらゆっくりと歩みを進める。
その手にはカードの束が握られ素晴らしい手付きでシャッフルが繰り返されている。
まるで意志を持った生き物のように最早それは希代の魔術師の指先に従順であった。
次第に難易度を増していくその技術と見た目の美しさにファウストの瞳にも感嘆の色が沸
いていた。
だがこの行為自体に大した意味はない。
単に新一が思考を纏める時によくボールをリフティングするのと同じ理由である。
そしてあの悪魔からの視線を己から手元のカードへと移す意図もまた。
たったそれだけで随分と呼吸が楽になった。
僅かな衣擦れの音が荘厳な小世界にさざ波をたてる。
それがピタリとやんだ。
その先は行き止まり。
壁を埋め尽くす鏡には白い怪盗の姿が名画の逸品のごとく映されていた。
変わらず続けられる小手先のカードマジック。
キッドは鏡の中の己を見つめた。
夢の住人のような泡沫の衣装を着こなす神出鬼没の怪盗がそこに居る。
片眼鏡によって隠される半顔は幻想の中を、残された素顔は現実の時を同時に生きる。
手元のカードは彼の使い魔であった。
何から何まで全く同じもう一人の白い怪盗。
心とは裏腹に浮かべられたシニカルな笑みはまるで知らない罪人の顔。
そこに父親の幻影を見る前に浮かんだのは同じ顔をしたもう一人の大切な人。
ファウストの口ぶりからすれば<彼>はまだ生きている…が、危険も迫っているに違い無
かった。
このおかしな建物を造ったのがファウストに影から操られる形となったウィルヘルム親子
なら当然リヒターは共犯で、今彼が戻って来ているのなら彼が新一と共に居るのか。
今新一は身体の調子が良い、そのままなら彼は上手く立ち回れる筈だった…ここでこの悪
魔を足留めしている限りは。
だがあの無線機の様子からしてもしかすると身体の何処かに負傷を負っている可能性が低
くは無いだろう。
その場合最低意識はあるとして謎の解けた様子の彼がそのまま先ずは己の身の安全を確保
する事は断言してもいいが絶対にありえない。
何が何でも真実を見極め、探し人を見つけ出そうとする。
目の前が暗くなりそうだった。
もしもあの光を失ってしまったらきっと自分は……。
キッドは鏡の己に向かって微笑みかける、逆さまの感情で。
 (鏡は真実を写すなんて嘘だな)
内心で嘲笑いながら宙を舞うカードを一つに纏めた。
現に鏡はどんなに全てを忠実に写そうとも左右が逆転して表れる。
その時キッドの脳裏にある図形が浮かんだ。
 (逆転?!まてよ、新一の言ってた逆さまってもしかして……)
その図形を頭の中で立体に起こし直したものを更にとあるものと重ねてみた。
完全に一瞬の閃きだった。
だがそれは偶然ではない、彼の優秀な頭脳が無意識に仕舞い込んでいたものを必要と判断
された時点で組み上げたのだ。
あの図形の形はおかしいとは思っていた、一体何故あんなにも面倒な形をしていて且つ屋
根へと繋がってどうなるというのかと。
だがその通路の形状そのものに関し自分は似た体験をこの敷地内においてしている。
螺旋、あの螺旋を昇りその頂上で眺めた直ぐ先に在ったものは…。
 『どうかされましたか?キッド。もしかしてもう見つけられたのでしょうか』
 アンリそのものの声の持ち主は突然手を止めた怪盗が鏡を前にクスクスと忍び笑いを発
てた事に反応する。
 『…ところで、』
 質問には答えずキッドは笑みをたたえたままゆっくりと振り返った。
棚引くマントが淑女のドレスのごとく軽やかに踊った。
 『この中に在るものは何を使っても良いと言う事でしたよね』
 その言葉にファウストは僅かに目を見開くと直ぐに妖艶な笑みを口元に浮かべた。
何をしようと言うのか、興味を掻き立てられたようである。
 『ええ、確かに』
 『ではここに本日のショーのお客様から一人、舞台へ上がって頂く事にしたいと思いま
す』
 キッドは纏めたカードを再び扇状に広げるとそれを一気に空へと振りまいた。
途端薄い煙幕が上がり、次の瞬間彼の隣に現れた見慣れた長身の少年に柔らかな美貌が微
かに驚きの色を佩いた。
 『ようこそコクラン・オーブリー。今宵のショーに足を運んで下さって恐縮です』
 マジックで観客の中からマジシャンに指名を受け舞台上で臨時の助手を勤めるのはよく
ある事である。
コクランはいきなり立たされた大きな舞台の直中に、何故こんな事になってしまったのか
と困り果てる小心な観客の姿そのままに愕然と目を見張ったのだった。
 『これは…凄いマジックですね、これがあなたの切り札という訳ですかキッド』
 いきなりなんのタネもなしに人間が現れる筈がない、という事は彼はずっとこの部屋の
何処かに居たという事だ。
このイレギュラーな存在にファウストはしかし一通り驚いた後で実に愉快そうに口元を吊
り上げた。
突然のショータイムが楽しくて仕方がないと言った風に。
だがいきなり視界の開けた注目のコクランはようやく全容の見えたこの展開に付いて行け
ずひたすら呆然としていた。
まずアンリがアンリではない。
外見は変わらないのに中身が違うという事は痛い程に肌を刺す気配で分かる。
そして何よりもクロバカイトの存在だ。
彼は覚えのある冷涼な気配を更に高め昇華させたような圧倒的気配に包まれている。
しかも外見が全く違う。
月光を織り上げたがごとき純白の衣装…。
一体何処にそれを隠し持っていたのか疑問に思うよりもその時代錯誤な衣装を纏った彼が
この上なく美しく輝いて見えた事実に息を呑む。
荘厳な礼拝堂で対峙する二つの異なる夢のような美の化身達の中、己だけが異質で場違い
な人間なのだとそう認識するが正しいと思ってしまう。
聞きたくもないのに聞いてしまった話はこれも信じ難い内容で、ここに居る二人は世界レ
ベルで有名な犯罪者らしい。
それなのに何故ただの一般人である自分がこんなところでこんな人間達に囲まれていなけ
ればならないのか、コクランは本気で自分の運のさなに呆れ返っていた。
煙幕が上がったと思った瞬間白い手袋に包まれた手が見えて驚く程力強くそこから引っ張
り出された。
最早その時自分にはまるで選択権などない現実をコクランは確認してしまった。
それを恨みに思うかどうかを結論付けるまで頭の方が追い付いていない。
 『それではお客様、あなたに一つお願いがあるのですがよろしいですか?』
 傍らに立つ奇跡のような白い怪盗をコクランは固い表情のままに見遣った。
どこまでも洗練された立ち降るまいも落ち着いた口調も、あの<クロバ>とは似ても似つ
かないがしかしそれでも本気で彼という人間に対し混乱せずに済んだのはこれまでにこれ
と似たレベルの空気は彼から何度も味わっているからだ。
 『…俺に拒否権はあるのか?』
 そこで言葉を返せたのは流石であった。
普通の人間ならばきっと声にもならないだろう。
 『残念ながら』
 キッドはコクランの度胸の良さに満足げにその時だけは温かな眼差しを送ると、しかし
次にはきっぱりと無情にも否定する。
だったら聞かないで欲しい、コクランはそうも思ったが流石に今はそこまでの気力はな
い。
 『実はここからそう遠くない場所で悪魔に連れ去られてしまった好奇心旺盛な小羊が一
匹迷子になっているのです』
 背後の柔らかな視線が途端細められた事を感じながらもキッドは変わらぬポーカーフェ
イスを保つ。
 『あなたにはそこへ行って蒼い眼の小羊を攫ってきて…いえ、見つけ出し次第共に歩ん
で差し上げて欲しいのですよ』
 思い直したように言い変えたのはどのような心の動きか。
 『そして用の済んだその後はそのままあなたもお連れもここへは戻らず速やかに退場し
て下さい。もしも……会えなかったとしても同じです。どちらにしてもこのショーは間も
なく幕を降ろしますから』
 コクランはキッドを初めて間近から目を合わせて見つめた。
戯けた口調や表情とは裏腹の真摯な紫紺の瞳が片眼鏡の奥で揺れている。
その飾り無い光は彼の本質を語っていて、この切羽詰まった場面において何よりも蒼い眼
の持ち主の安否を壊れる程に案じていると訴えていた。
そして巻き込んでしまった彼に対するギリギリの心遣いと。
この場を己の責任において何としても切り抜けてみせようとする男の眼差しが熱い。
コクランは何度も息を呑んだ後、ようやく覚悟を決めた。
クロバが何者であろうと、こんな眼をした男の頼みを断れる筈がない。
 『遠くない場所って何処なんだ?』
 その答えは彼が承諾した事を意味していて、キッドは金色の少年の死角から瞬間初めて
快斗の顔で心底ホッとしたように小さく微笑むとこれまでのカードとはまた違ったカード
を一枚何も無い空間からつまみ出したかのように指に挟んで彼に手渡す。
こんなところでもマジシャンの魅せる意識は忘れない。
その時キッドの指先がほんの僅かに震えていた事に気付きつつ今はカードの絵柄にコクラ
ンは注目する。
それは俗に言うタロットカードと呼ばれるものであった。
初めは逆さまに渡されたのだと思ったそれはどうやらそのままの位置が正しいようで…。
コクランは時を同じくして囁かれた言葉に目を丸くするとやがてゆっくりと頷いたのだっ
た。

 『一体クドウの奴何処いっちまったんだよ…』
 外も暗くなりいい加減新一を探すのにも疲れてきたヴィオラはついそう呟いていた。
建物の中で行き違いになっているのかと思いひたすら歩き廻っていたがもしかしたら外に
出ているのだろうかと考え直す。
だが前にその可能性を思った時点で一度外へ出ようとした時警備員に呼び止められてしま
い、ついでに新一の事を聞けば彼は外出はしたものの直ぐに戻ったと言っていた。
だから寮の中ばかりを彷徨っていたのだが…。
あれからクロバの姿も見えない。
ヴィオラは部屋からコートを取って来ると良いタイミングで戻ってきたシュラーとモート
ンに同じくコートを取りにいくよう言った。
彼等もまた新一を手分けして探していたのである。
 『クドウ結局外に居るって事か?』
 『これだけ探していないんだ、そうとしか考えられねえよ』
 ヴィオラはモートンの問いにそう答えながらコートを袖に通す。
幸い雪は止んでいるようでそれだけでもありがたかった。
 『でも警備のおっさんはクドウ出てないって言ったんだろ?』
 『…シュラー、お前あのクドウがだからって本当に大人しく何処かの部屋に篭ってるっ
て思うか…?』
 何処にでも出没し、時に顔に似合わぬ鮮やかな実力行使に出るあのクドウが、とヴィオ
ラの目が語ればシュラーもモートンも思わず遠い目をした。
では決まりだなとばかり三人は頷くと警備員の目を盗むように外へと出た。
別に彼等が新一のように咎められる訳ではないが今は極力外出を控えるよう言われている
ので面倒を避ける為だ。
凍てついた空気に身を縮めながら歩く。
雪はある程度固まっている為歩けない程ではない、視界を何時も以上に明るく染める頭上
を見上げれば満天の星の中一際輝く月の姿があった。
真円を描くそれは何処までも遠く、気高く、孤高の厳しさと美しさとを惜しみ無く降り注
いでいる。
それを眺めていて唐突にヴィオラの脳裏に浮かんできたのは新一…ではなく快斗の顔で
あった。
あの時外気の寒さよりも冷たいものを運んで来た瞳の色は、この夜空よりも深く宿る光は
月よりも冴えていた。
何なのだろう、あの二人は…。
その容貌も奇跡ならば存在の鮮やかさも全てが普通の少年の範囲を軽く超える。
本当に本当は全てこの月が見せる幻なのではないだろうか。
ヴィオラがそんな事を考えた時、前方を雪道にしては足早にやってくる影に視線を戻し
た。
一瞬期待をしたがそのシルエットはどう見ても彼の待ち望む<クドウ>ではなく、やがて
それが確定されるとため息をついた。
 『こんなとこで何やってんだよお前』
 向こうもとっくに気付いていたらしく何時も厳めしい顔つきの少年は更に顔を強ばらせ
て三人の前で立ち止まった。
 『人を探しに行くところだ』
 コクランはコートもないまましかし薄ら汗さえ浮かべて神妙な声を出した。
だがそれは何時もの彼と大して変わらない、ヴィオラは特に気にした風もなくふ〜ん、と
軽い返事を返した。
しかし
 『クドウが何だか危ないらしい』
 あの怪盗はただ迷子とだけ言ったのだが、それまでの会話からそれだけは良く分かって
いた。
その一言でヴィオラの態度は急変した。
 『お、おい、それってどういう事だよ?!クドウがどうしたって??!』
 愕然と目を見開いたヴィオラは突然食って掛かる勢いで叫ぶとコクランに詰め寄る。
 『よく分からないがこの場所に閉じ込められていると教えられた』
 誰に?と思う間も無くヴィオラはコクランの手にしていたカードを引ったくるように手
にする。
それはヴィオラにも見た事がある、確か占いなどに使うものだ。
そこに描かれているのは<塔>、大アルカナの一つ<THE TOWER>と呼ばれるものでそ
のキーワードは<崩壊>。
あまり良い意味で使われるものでないそれには塔が神の怒りを買って崩れ行く様が描かれ
ている。
不安を煽り立てるそのカードをヴィオラはコクランに突き返すと背後の仲間を振り返っ
た。
 『俺達も行くぞ!!…ってあれ?モートンはどうした?』
 一人佇んでいたシュラーに尋ねるとその疑問は程なくして解けた。
何しろ一気に賑やかになったからだ。
少し離れた所からこちらへ向かって来る団体の中心に居るのがモートンであった。
彼はコクランの話を最初に聞いた時点で一人そこを離れ応援を頼むべく一度寮へと戻った
のだ。
 『だってほら、こうなったら人数多い方が有利だと思ってさ』
 モートンは息を弾ませながらその合間に照れ笑いのように力無く笑ってみせる。
彼は新一の蹴りに何度も倒されてから密かにヴィオラと同じくらいは入れ込んでいたらし
い。
その素早い行動に苦笑を覚えそうになると連れ立って来た沢山の少年達は口々に播くし立
てた。
 『何喋ってんだよ!早くしないとクドウが良く分かんねえけどヤバいんだろ??!』
 『何処探せばいいんだ?』
 『時間ねえんだろ?急ごうぜ、でないと俺のクドウが…』
 『誰がお前のクドウだ!!顔と相談しろよ、それにクドウは俺の…!』
 『バカ野郎何言ってんだよ!てメー等はクロバの方が良いってあれだけ言ってたじゃね
えか』
 『クロバはクロバ、クドウはクドウだろ』
 『うるせ〜そんな美味しい理屈が通るか!!』
 『クドウ』『クロバ』『クドウ』『クドウ』、何だかもう訳の分からない言葉の嵐で一
気に賑やかになったそこは何時警備員が駆け付けてくるとも知れない状況に陥ったが留ま
る様子はなかった。
表向きの態度は素っ気無く時に囃し立てもしたものだが、彼が危機と知れば内心の感情が
実に素直に爆発したようで何げに二人の人気の高さが伺えた。
そもそもモートンがこれだけの人数を引き連れてこんなにも早く戻ってこれたのはあちこ
ちでたむろしていた少年達が新一の事を聞いた時点で血相変えて自分から既に眠っていた
仲間をも呼んで集まって来たからである。
新一と快斗はあちこちで聞き込みをしている間にさり気なくファンを増やしていたのだっ
た。
やはり男ばかりの閉鎖空間、初めは怖がっていても結局美人には弱いらしい。
そして特に朝の時点で制服の強面を前に一歩も引かず堂々と相対していた新一の様に更に
ノックアウトされた輩も多いようであった。
探偵と知った瞬間彼にならどれだけ密室で尋問されてもいいと思った不埒な輩は数知れな
い。
あの時は色々と言ってしまったが殆ど照れ隠しに騒いだようなものなのだ。
 『お前等こそうるせ〜ぞ!!とにかく早く行こうぜ!ついて来いよ!!』
 ヴィオラの一言でピタリと声が止むと心は一つ、後は実に素早かった。
何となくこの展開に圧倒されているコクランとヴィオラを先頭に向かうはカードと同じ
<塔>。
忽ち見えてきたそれは夜目にも古く、また不気味に映った。
塔とは名ばかりの低さと中身のなさ、地中から生えた名も無き墓標のようにひっそりと佇
んでいる様は見た者の心に風を吹かせる。
 『ここにクドウが居るんだな』
 確認するように長身の少年を見上げれば彼もまた真剣な面持ちで視線を返す。
 『そうだ、間違いなくそう聞いた。あいつは性格と根性は悪いがこんな時にまでふざけ
る馬鹿じゃない』
 だからあいつって誰だ?そう言おうとしてヴィオラは大変な事実に気付き声を上げた。
 『やべえ!!ここって鍵掛かってんじゃなかったか?!』
 すでに扉の前には全員が集まった状態であり、途端にざわめきだした。
失念していた、急ぐあまりこんな初歩的なミスをするとは。
コクランもヴィオラも半ば青ざめ呆然と立ち尽くした。
だがこのままにしておけない。
ここから戻って鍵を借りに行かなければ。
場所と時間だけに簡単には貸してはくれないだろうが。
だとすると恐ろしく時間を喰うのは決定的で、しかしそれでも他に方法はないのだ。
だが……それでは間に合わないかも知れない、本当は。
 『おい、誰か急いで鍵取って来いよ!』
 それでも少年の一人が走り出すとコクランはそれを制するように長い腕を広げた。
 『何だよ、早くしねえとヤバいんだろ?邪魔す……』
 ヴィオラの言葉は途中で呑み込まれた。
彼だけではない、他の少年達もまた。
一人先に立って前へと進み出たコクランを無言のうちに見送る。
今彼は誰一人として見た事がない程厳しい瞳と鋭い空気とを纏っていた。
これまで何度も弟の事で血相を変えて飛び出してくる様子を見て来たが今はその比ではな
かった。
何と言うか声さえかけ難い集中力の世界に彼は居る。
コクランの視界にあるのはただ一ケ所だった。
途中ネクタイをしていた少年の一人から半ば強引に奪ったそれを己の右拳に慣れた仕種で
巻き付ける。
 (俺はあいつが苦手だ)
コクランは即席のテーピングの具合を確かめながらずっと頭の片隅で考えていたあの白い
怪盗姿のクロバカイトを思い出す。
彼は信じられない事に世界的な怪盗…犯罪者であり、それを肯定する衣装はしかし哀しい
くらいに白く高潔でそれにより己すらも欺いているかのように映った。
彼はあの姿も何もかもが演技でありあのクドウすら騙していたと言っていたがそれは違う
とコクランは確信している。
アンリに比べ自分はクロバと接する機会も多く、何度も衝突してきた。
そして何よりあのクドウがあそこまで信頼する人物が偽者である筈がないのだ。
彼がそう答えざるを得ない理由がそこには存在する…きっと普通では考えられない程の。
少し前までの自分なら決してそんな事は考えなかったに違い無い。
だが間近に見た、あの彼の凍える瞳の奥で必死に動揺を押し殺していた凄絶な光はこれま
でのくだらない蟠りを一瞬にして砕いてしまった。
同じ歳で<探偵>と<怪盗>と名乗る彼等、本来ならば決して相入れぬ存在の筈で、今の
関係を築くにはきっと…想像もつかない壁を乗り越えて来たのだろう。
あの日の乱闘以来人をあまりにも簡単に傷つけてしまう事実に恐怖し、決定的な最後の踏
み込みが出来ずボクシングをやる自分に限界を感じて今日までズルズルと心に引き摺って
きた。
そしてそのもやもやを弟が指摘したように、それまで特に振り返る事も愛情を掛ける事も
…つまりまるっきり存在を無視していた彼の面倒を見る亊で、罪悪感やプライドなど心を
誤魔化してきた。
自分は本当に弟を大切に想っていたのだろうか。
恐かった、本当の自分を知るのが。
しかしあの二人はきっとどれ程先の見えない闇の中でも最後の一歩を決して怯む事なく踏
み出して、壁を乗り越え互いの距離を縮めていったのだ…。
何となく、あの怪盗を見ていたら解ってしまった。
 (お前はもう何度も実践してきたって事かクロバ、道理で俺が苦手に思う筈だ。
だが……俺にも未だ間に合うのか?)
踏み込んで見ないと分からない事もあると彼は言った。
一歩近付けば本当は知らない真実が身を潜めているのだと。
コクランは一番簡単でしかし一番無理のない構えをとった。
狙うのは鍵…ではなくその土台となっている部分。
幸い木で出来た扉は老朽化が進んでいる、これまで無意識に控えていた力を全開で叩きつ
ければ恐らくは。
問題なのは木戸と鍵の位置の低さだが瞬間腰を落とし百パーセントの踏み込みに成功すれ
ば拳に乗せた体重をパワーへと転化出来る。
何しろあまりにも久しぶりの事である、コクランは一度呼吸を鎮めて意識を高める。
そして傍目には無造作としか見えない身のこなしで足場の悪さをものともしない力強い一
歩を踏み出すと己でも驚く程のスムーズさでイメージ通りの右ストレートを放った。
拳先がしなるように吸い込まれるといきなり弾け飛んだ木片と鋭い音に、すでにもう鍵の
必要性がなくなった事をそこに居た全員が悟った。
鍵の部分が根元から砕け散った木戸を息を呑んで見つめる沢山の目を他所にコクランは
積った雪を扉で掻き出すように開く。
だが殆ど開く必要もない程にみるみる一点からバラバラと壊れたそれを見て増々周囲の沈
黙が続いた。
いくら老朽化が進んでいたとしてもそう簡単に本来は壊れるものではなく、それだけ彼の
瞬間的に造り出した力が半端でなかったという事なのだ。
誰が言ったのだろう、彼は牙をなくしたライオンだと。
確かに少しばかり強いとも思っていた。
実際ヴィオラ達などはコリンズの事で何度も彼と相対した事があるが特に脅威だとは感じ
た事がなかった。
だが今この時もその先も、彼に逆らう事を考えた者は一人たりとも存在しなかった。
 『行くぞ』
 振り返ったコクランは何処かこれまでと違う光をその瞳にたたえていた。
心なしか落ち着いた気配すらある彼はそう言うと先にその小さな木戸を潜る。
一同が我に返ったのは彼の大きな背中が中へと消えた後で、ハッとしたヴィオラは遅れを
取るまいと慌ててそれに倣う。
中へ入るとしかし思っていたものと全く様子が違った。
 『クドウは何処にも居ないじゃないか、どうなってんだよ』
 考えてみたら灯りすらもっていなかった彼等はしかし計ったように輝く満月に照らさ
れ、白く発光する雪により視界を助けられていた。
見渡す事の出来るその中はしかし雪ばかりで肝心の求める者の姿は何処にもなかった。
この塔の中身が空である事は皆が知っている事で落胆と焦りの色は隠せない。
 『下に<昇るんだ>と言ってた、その為の仕掛けがある筈だからそれをまず探せと』
 コクランはあくまで冷静で、すでに辺りの壁に手を宛て何かないかと探っている。
 『<下>で何で昇るなんだ??』
 ヴィオラは突拍子もない言葉に驚きつつもしかし疑う事すら時間が惜しいとばかりに同
じく辺りを探る。
だがそれも僅かの間で、後から後から入り込んでくる少年達の予想外に多い人数に忽ちそ
の中は一杯に埋まってしまった。
 『苦しいな、押すなよ』
 『しょうがねえだろ!後ろが押してくんだからよ』
 『それよりもクドウは居たのか?』
 『だから押すなってば!』
 『俺も入れろって』
 『おい早くしろよ、まだこっちは体半分しか…』
 『誰だ?!俺の足踏んだのは!』
 『てかこれって身動きとれねえよ、誰か外に出ろ!』
 限られた空間に鮨詰め状態になった少年達は口々に喚きながら本気で身動きとれなく
なっていた。
もうこれでは仕掛けを探すどころの話ではない。
新一の人気ぶりが逆効果を生んでしまったのか…。
しかしヴィオラが口を開きかけた時、誰かが一際大きく叫んだ。
 『うわっ!!俺今何か触った!!』
 小さな音と振動に誰もが目を見張れば月の女神が遠くなって行く様に別の意味で声が上
がる。
皮肉な事にもしも少人数で捜索した場合こんなにも早くその仕掛けを探し当てられたかど
うか分からない。
だがしかしここで逆に裏目に出たのはその人数故の重量だったのかも知れない。
途中不自然な音と共に足元がおかしな方向に傾くと波が引くように少年達もまた低い方へ
と一気に倒れ、そして今度は崩れたその中へと落ちていったのだった。


うわっすみません(汗)一話では納め切れなかったので分けてしまいました(大汗)
なので新一が出て来ないまま謎も解けていないまま続いてしまって何とお詫びしてよいやら…。
このすぐ後のシーンで新一の話が暫く続くのですよ(汗)
話は変わりまして、リクその2「ハンニバルのような天才で、殺人を芸術と考えているような犯人が
新一に異常な 執着をみせる」でした。
ちょっと…外してるような気がしますが(汗)あの博士の事はもういんちきそのものですが魔女もいる世
の中ですから良いかなあ と思いまして出してしまいました。
そして密かに私が進めていた野望、学校全体工藤新一ファンクラブ化計画発動です!!(笑)
でもお前等!!いきなり仕掛けを壊してどうするっっ!!(汗)
そしてリクその3については次回本編最終回にて…(エピローグは別です)。

今回もドキドキさせて頂きましたv
キッドさまとファウスト博士の会話は、さすが世界的犯罪者と思わせるもので。
コクランくんが自分だけが異質と感じるのもムリないですね。
 それでも、あの二人の前に立てたコクランくんはスゴイかも。
 そして、新ちゃんの親衛隊と化したヴィオラくん達の活躍も期待してますね。
結構彼等好きです(^^)
今回新ちゃんは出てきませんでしたが、いよいよ次で完結なのですね。
そしてやっぱり出てきた新一の邪眼。
その瞳に魅入られた者の二つの選択・・
違う選択をしたキッドさまとファウスト博士。
つまりはどちらも新一に魅せられたということなんでしょね。
ちなみに隆良氏は、キッドさま側ということでしょうか?

 

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