厳寒の冬にその光景はあまりにも鮮やかに焼き付いた。
夜空を切り裂く赤い炎はそれ自体がまるで生き物のように天高く舞い上がり豪奢な造りの
古城を浮かび上がらせていた。
最も激しく燃えていたのは本館の一部と少し離れた場所に聳え立っていた塔。
この地域特有のとんがり屋根が今は火を灯された蝋燭のように燃えている。
古い造りの不安定な建物はひび割れる音を最後の悲鳴のように辺りに響かせ、やがてゆっ
くりとしかし確実に傾いていった。
そして……壊れた玩具のように根元からバラバラになったそれは轟音と共に更なる炎の宴
を呼んだ。
 『………なんという事だ…こんな馬鹿な……!!』
 男は降り積もった雪に力なく膝をついた。
呆然と見上げるその先には未だ炎の饗宴が続いている。
 『…嘘だ…ありえない……中にはまだ…』
 その呟きはしかし背後からゆっくりと近付いて来た少年の姿によって遮られた。
男はそれ以上ないというくらい目を見開いた。
 『お前…生きていたのか…?!』
 『…何を言ってるんです?僕はさっき寄宿先から帰ったばかりじゃないですか。今まで
一緒に車に乗って……、しっかりして下さい!』
 『…あ、ああ、そうだった……すまない…』
 悪夢のような光景を瞳に映し愕然としている男を少年は自らも膝をついて後ろから抱き
しめた。
 『……お願いです、もう僕には……お父さんしかないんですから』
 使用人の誰かが通報したのだろう、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
しかし二人はこの世に互いしかいないかのように固く抱き合い、ただ魅入られたように炎
を凝視したまま動かなかった。
周囲の喧噪も焦げた匂いも夜気の寒さもそのままに。

 

『…それに、壊れたものはまた造り直せばいいんです。
          何時でも見ていてくれるんですから…Mein mutter…マリアは』


仮面舞踏会          
                    BY 流多和ラト


<プロローグ>

 人気もない建物の片隅で少年の小柄な体は大きくよろめいて土の上に転がった。
冷気を貯え湿った感触がヒヤリと染みて恐怖と共に寒気が全身に走る。
十一月の声を聞く今、制服は防寒に優れた材質で出来ているがこんな事なら近くだからと
面倒がらずコートを着ておくべきであったと少しだけそんな的外れな事を思う。
ドイツの秋は短い。
サマータイムが終わればあっという間に秋を通り過ぎ長くて寒い厳寒の冬が来る。
だが何故だろう、何故何時も自分はこうなのか。
悔しさを込めて見上げれば同じ服に身を包んだ少年達が歪んだ笑いを浮かべ囲んでいた。
ゲルマン特有の色素の薄い髪と瞳、よく見る顔ぶれは三人。
 『お前目障りなんだよ!ノロノロ道の真ん中歩きやがって』
 『てめーなんか端の方に引っ込んでろって前にも忠告してやったろ?!コリンズ!』
 『…何だよ、言いたい事あるなら言ってみろよ。それとも兄貴がいねえと何にも出来ね
えのか?!』
 口々にそう言い放ち見下す視線を感じながら歯を食いしばる。
どうせ何時もの事だ、放って好きにさせればいい。
普段他の娯楽など見付からない閉鎖された空間で羨ましい事に力を持て余しているだけで
大人しくしていればやがて飽きるのだから。
だが実際に体格の良い少年の一人が足を浮かし踏み付けるような動作に入ると反射的に次
に来る痛みを予想し表情が強ばった。
思わず目を瞑る。
しかし何時まで経っても衝撃は訪れず、代わりのように固まった空気と微かに息を呑む音
に何が起きたのかと少年…コリンズは恐る恐る目を開けた。
 「朝っぱらから元気だねえ〜」
 「はっきり言ってうざいぞ」
 同時に発せられた声は涼やかで、しかし重なって聞こえた。
何処の言葉だろう、まるで聞き慣れない異国の言語。
東洋人のようだが…?
だが凍り付いた空気はそのせいではない。
初めは初冬の弱々しい太陽の見せた幻かと思った。
コートの上からでも分かるスラリとした肢体。
一人は絹糸のような漆黒の髪をさらさらと風になびかせ、白人と見紛う白皙の肌を時折乱
している。
中性的なまでに整った容貌、滑らかな頬は寒さの為薄らと上気してようやく血の通ったこ
の世の者だと知らしめる。
だが何より印象的なのはその双眸。
黒いようでいて僅かな光に反射した瞬間深い蒼に変わり、それがゾッとする程美しく視線
を吸い込んだ。
そして今一人は柔らかに茶色がかった癖毛が猫のようにフワフワと風を孕み、同じく整っ
た容貌に微妙な陰影を残している。
だがこちらはイキイキと輝く紫掛かった黒瞳が人なつこく、表情豊かな様は片方を月とす
るならこちらは太陽。
……ただし、同じ顔の。
一人は黒のコートを、一人は白のコートを纏い、鏡を合わせたように対称的な二人に声も
なく見入る。
一対の完璧な絵画。
しかしハッと我に返った少年達は突然の珍入者に顔を険しくした。
陶然と見入っていた事への羞恥を隠す為でもある。
現に頬を上気させ片手で体を簡単に拘束されていた少年の一人は上擦った声でその手を振
り解こうと身を捩った。
どうやらコリンズが無事だったのは癖毛の彼のお陰らしい。
 『何だよてめー等は?!余計なお節介やいてんじゃねえよ!一緒に痛い目みてえの
か?』
 しかしその細い腕の何処にそんな力がという程にびくともしない。
 『余計って言うか、一寸聞きたい事があったんだよ』
 流暢なドイツ語に目を見張りながら、意味が通じると知った少年達は一斉に色めき立っ
た。
それを見て困ったような顔で同じ顔の片割れを見遣れば、蒼の眼の持ち主はため息をつい
ただけであった。
それを諦めととったのかグループの一人がそちらの少年に襲い掛かった。
何処から見ても弱々しい優男に見える。
が、信じられない事にその少年のしなやかな足が腹部にいきなりめり込んだかと思うと
恐ろしいまでの衝撃にあっという間に地面に撃沈する。
一瞬の早業。
それに驚く間もなく次々に他の仲間も気が付けば同じく地面に這いつくばっていた。
それは癖毛の少年の仕業。
 「あ〜あ、くだらない事で体力使っちゃったな」
 「ま、正当防衛だからしょうがねえ」
 さらりとそう言って座り込んだままの小柄な少年に向き合う。
その目には特に憐れんでいる様子もなくごく普通の光があった。
しかしコリンズは怯えきって顔を青くしている。
危ない所を救ったのが確かにいきなりインパクトのある双児(?)だったのだから少しは
そんな反応があってもおかしくないが…何処か必要以上に怯えているようだ。
 『…驚かせちゃったか?ただ聞きたい事があっただけなんだけど』
 蒼い瞳の少年は困ったように微苦笑したがその声にもビクリと反応を返すだけだ。
 「駄目だなこりゃ」
 もう一人がため息をついた時、もの凄い早さで近付いて来る者があった。
駆け付けた少年はもう青年と言って差し支えない程に長身で精悍な顔立ちをしていた。
薄いブラウンの髪にトパーズの瞳は何処かコリンズに似ている。
だがその瞳には明らかな敵意が篭っていた。
 『お前等弟に何してる?!』
 固めた拳を問答無用に叩き付けようとして目を丸くする。
訛ってきているとはいえ自慢の右ストレートが簡単に避けられた、しかも後ろ向きのまま
の相手に。
狙われた癖毛の少年と傍らの少年が振り返ったのは同時だった。
声もなく立ち尽くす。
人は自然の織り成す静謐な光景に息を呑んで畏怖する瞬間がある。
今、彼は同じ人間を見ている筈なのに冴えた冬の空を彩る夜明けに立ち会ったような錯覚
に陥っていた。
特に黒…いや、よく見れば蒼色をした少年の瞳は深い泉のようで思わず肌が粟立つ。
何者だ…?双児?
その表情に驚き以外の感情が一瞬湧いて固くなったが、視野の隅に青ざめたまま座り込ん
でいる弟の姿を見つけるとそれを消して再び剣呑な翳りを乗せた。
 『誰だか知らないが弟に手を出した奴には相応の礼をさせてもらってる』
 幾人もの敵をリングに沈めてきた拳に再び力を込め鋭く眼を研ぎすませても、しかし二
人の華奢な少年の表情は変わらなかった。
 『…あんたがこいつの兄貴って訳?』
 『何か誤解があるみたいだけど、俺達は結果的に助けた部類に入ると思うぜ』
 聞きたい事があって近付いたら勝手に絡まれ成りゆきでそれなりの返礼をした。
彼等の言い分としてはこんなところだ。
その時、自分から二人の視線が外れた事にようやく若干の安堵を覚えたコリンズは震える
体を叱咤して立ち上がった後、周りで倒れている少年達を踏まないよう注意を払いながら
出来る限りのスピードでその場から抜け出した。
こんな時思う通りになりきらない右足に苛々するがそんな事よりもここから…あの美しい
二対の瞳から逃れたいのだ。
一刻も早く。だって彼等はきっと……
 『悪魔だ!』
 もう後ろも見ずにそれだけを小さく叫んで必死に走る。
 『コリンズ!?』
 兄の声が聞こえたが尚更振り返る気はなかった。
何時も余計なお節介をしてくる兄。
今日虐められた原因はそもそもその兄のせいだというのに。
いきなりおかしな言葉を残して去った少年に首を傾げながらも気を取り直した癖毛の少年
は足元に横たわる未だ起きる気配のない少年達を見回し、一つため息をつくと苦笑を浮か
べた。
 『まあ丁度いいや、あんたが残ってくれたし』
 増々険しくなる目許に彼は笑みを深め肩を竦める。
その仕種が実にリラックスしていて思わず毒気を抜かれてしまい、少年は顔を顰めた。
 『ねえ事務室ってどこにあんの?こんなに広いのに案内もなければ誰も通らなくてさ、
まいってたんだ』


大変にお待たせ致しました麻希利様(汗)
ようやくのアップでございます、本当に遅くなって申し訳ありませんでした…。
しかもこれはまだ初めも初め、暫く連載させて頂く事にしました。
リク内容についてはその都度発表していきた いと思います。
今回プロローグにしては長くなってしまったのでACT1と分けました(汗)
では皆様レッツゴーNEXTです(苦笑)

ありがとう、ラトさん!
もうイメージ通りの展開で嬉しいです!
あの二人の登場の仕方も理想ですよv
ああ、美貌の双子って煩悩刺激されちゃいますよねv
キリ番踏んでリクして良かった!
自分で書くよりやっぱ楽しいです〜v  麻希利
 

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