仮面舞踏会          
                    BY 流多和ラト


<ACT 4>

 生徒達が夕食を食べる頃にはすでに失踪した少年の話で持ちきりになっていた。
元々寮で授業を休んでいた生徒が帰って来た友人に話したのかも知れない。
結局その日はずっと自習が続き教師がバタバタとして時にその少年について尋ねる姿
が見られればそれでなくとも誰でも合点がいったろう。
娯楽が少ない生活で一寸した噂話しは格好の餌である。
少年達は口々に自分の一方的な見解を捲し立てていた。
その殆どが自分の未来に絶望した彼が自殺する為に森へ入ったのではないかと言う事。
但しそれを言うのは健康には特に支障のない生徒ばかりであったが。
しかしヴィオラはその一人であっても決して口を開く事はなかった。
固く唇を引き結び何時もの仲間に囲まれていてもむっつりと押し黙ったままである。
そして仲間である二人も特に何を言うでもなく沈黙を保っていた。
質の悪いグループのリーダーがどうやら機嫌が悪いらしい、他の少年達は自分が巻き添
えを喰わないようその場からは離れていた。
苛々と眉を顰めテーブルの上を指で叩く。
食事もとうに終え、何時までそうしているつもりなのかと後の二人が思っていると突然
ヴィオラは立ち上がった。
そして何の挨拶もなしにその場を後にしようとする。
モートンとシュラーはよくある事なのか肩を竦めただけで黙って彼に続いた。
詳しい事は本人が喋りたがらないのでよくは知らないが彼が失踪した少年の事で頗る機嫌
が悪くなっている事は分かる。
二人共ヴィオラよりも後から転入している為昔の事は分からなかった。
そろそろとばっちりを受ける前に部屋へ退散するか、そう考えた時視界の端を横切った人
物に目を細める。
セーター姿の小柄な少年…コリンズだ。
彼は一学年でありこんな所に用はない筈であった。
兄との仲はお世辞にもうまくいっていない事には皆気付いている。
 『何か用かよ?』
 ヴィオラはコリンズの進路を断つように立ち塞がった。
苛々していた。
それでなくとも彼の卑屈な態度には勝手に頭にくる事が多いのだ、このまま見逃せる程大
人ではない。
予想通りビクリと体を震わせたコリンズの反応にヴィオラはより苛立ちを増す。
これが理不尽な事で単なる八つ当たりと知っていても止められない。
 『何か用かって聞いてんだろ?!答えろよ』
 ヴィオラの意図に沿ってシュラーが更に反対側に廻り込む。
その隙をモートンが埋めれば何時もの体勢。
食堂からは今のところ誰も出て来る様子はなく、また面倒が起こるのを避けるようそのま
ま場所を移動する。
兄のコクランが出て来るのは困る。
実際何度か痛い目にも遭っているのだから。
しかし確かに少しばかり強いようだが大した事はない、あの体もパンチも見かけ倒しだと
思っている。
ただ今は誰にも邪魔される事なくひたすら残虐な気分に浸りたかった。
怯えるコリンズを人気のない奥まった階段の踊り場へ連れ出す。
ここはこの時間特に利用する人間はいない…筈であった。
その片隅で振り返った少年に空気が凍り付いた。
蛍光灯の味気ない光とは違う暖かなオレンジの照明が淡く照らし出す美貌はこの場の誰よ
りもそこに相応しく佇む。
驚いたのはどちらものようで互いに目を丸くしている。
 『…こ、こんなとこで何やってんだよ、クドウ』
 そう言ったのはヴィオラではなくシュラーである。
@『…お前達こそ何やってんだ?』
 新一の目が囲まれるように立たされているコリンズを映す。
薄暗いその中で瞳は黒にしか見えないのだがそれ以上の深さをもって視線を吸い込む。
これまでと何かが違う輝きに何時しか少年達は息を詰めて立ち尽くしていた。
例えるのなら封印されていた剣から鞘を滑らせる音が聞こえる、そんな感じか。
何もしていないのに満たされた緊張感にシンと鎮まり返る。
その中で初めて動きを示したのは驚いた事にコリンズであった。
強ばっていた筈の顔には赤味が差し、真直ぐに新一を目指す。
縋る眼差しにしかし一番驚いたのは新一だった。
彼には何時も泣かれる程に嫌われ…いや、怖がられていた自覚はある。
均衡が崩れた空気に現実に戻った少年達は捕らえた獲物が逃げ出そうと企む姿に当然横や
りを入れる。
シュラーとモートンがコリンズの前に回り込むが…意外な事に伸ばされた手を平手で叩き
落としたのはヴィオラであった。
これまでただ沈黙を保っていた彼は無造作に頭を振って先を促す。
今面倒事は、特に<彼>には関わりを持ちたくない、そんな意志を示している。
それをされた仲間は目を見交わし、怒った様子もなく肩を竦めた。
彼の気紛れには慣れている上に機嫌が最悪なのも知っている。
無言のままに引き上げて行く三人を見てコリンズは増々顔を赤くすると新一の腕に縋り付
いた。
そして嬉しそうに見上げて来るその表情に酷い違和感を覚え、新一は気付かれない程度に
眉根を寄せた。
 『待ってくれヴィオラ、話がしたいんだ』
 新一はコリンズは取り敢えずそのままに離れていく背中に話掛ける。
だが振り返る事もない。
それでも新一は揺るぎない眼差しを送る。
 『…エルラッハと同じだ、今日の事は』
 『……そんな事分かるもんか』
 初めてまともに返答があった。
その名前を出されて黙っている術はないとばかりに。
 『お前がやったんじゃないのか?こんな暗がりで一人、怪しいぜ』
 振り返って、昏い嘲笑を含んだ笑みが自分でもおかしくなる程簡単に浮かんだ。
しかし新一の表情は変わらない。
 『…ここはおかしい、きっと何かが隠されてる。こうして行方不明になったのは今日の
奴も入れて他にも沢山いるんだ……そしてこの先も増える可能性がある』
 その言葉にヴィオラはギョッとして息を呑んだ。
己を見つめる深い瞳、不可思議な光をたたえて、その泉に何を映すのか。
これまで向けられてきた他人の好奇の眼とは違う。
明らかに異質な存在に瞬間覚えたのは恐怖……?
ヴィオラは仲間に先に戻るよう指示すると一人新一と向き合った。
そして新一もまたコリンズに部屋へと戻るよう言い聞かせる。
驚く程素直に頷いた彼にやはり戸惑いは隠せないが暖房の効きの悪いここにこのまま居さ
せても風邪を引かせるだけだ。
それにここからの話は聞かせたくない。
明日も会いに来る、そう言ってコリンズはその場を後にした。
 『……何なんだお前…?!』
 二人だけになり、遠慮もなくなって思わず口をついて出た言葉にヴィオラ自身も戸惑
う。
そして問われた相手もまた瞬間思案するよう僅かに俯いた。
サラリと落ち掛かる絹のような前髪が強過ぎる目許を隠す。
 『探偵さ』
 そのたった一言が鮮やかに空間を支配する。
何の気負いもなく淡々と事実を告げた美貌が、しかしヴィオラには酷く苦しいものに感じ
られた。
何だったのだろう、今の感情は。
そこが痛くなったような気がして無意識に胸元を押える。
 『…教えてくれないか?行方の知れなくなったお前の友達の事』
 以前彼は過去に残されたピースを見つけたいのだと言っていた。
ここに居るのは同級生ではない、<探偵>。
 『それでどうするんだ…?』
 食堂で噂に興じる少年達はそのまま過去の悪夢の再現のようでそれが酷く気に障ってい
た。
いや、偶然にもサボっていた先で少年の失踪騒動を聞いてしまった時からか。
そう言えばその帰りに固い顔をした彼とその片割れに会った。
一体何処に行くのかと視界の端に捉えた時一瞬考えていたが…。
 『真実を見つけたい。…俺はそうやって行方の知れなくなった人を探しにここまで来た
んだ』
 もし全てが遅すぎたのだとしても…それでも。
ヴィオラは大きくため息を付くと階段を椅子代わりにその場に座り込んだ。
彼が本当に探偵というものであるのか、そんな事は関係がなかった。
誰でも良い、あの日に受けた友人とそして自分の屈辱が和らぐのなら。
 『…確かにエルは変わった奴だった』
 すでに思い起こすのが億劫に思える程底の方に仕舞われた記憶は緩慢な動きで主人の命
令により浮上してきた。
すぐ隣の暖かな気配に顔を上げると新一が同じく腰を下ろしたところだった。
こんな風にひっそりと人の温もりを感じるのは久々のような気がする、そう、エルラッハ
が居た頃のように…。
 『入学して早々に変わり者の多いこの学校でも浮いた存在になってた。俺も何でそんな
のと仲良くなったのかって思ったけどな、実際話してみたら面白い奴だったんだよ。それ
に、うちと同じで親の仲が悪くて余計厄介者にされてこんな所に押し込められたって言っ
てた。一緒に笑ったよ、似たような奴っているんだなって。それで急に仲良くなった、兄
弟みたいに。俺の親父は一寸有名な政治家でな、でも母さんとは喧嘩が絶えなくて離婚の
時に見栄張って引き取ったはいいけど悪ぶってた俺を持て余して結局こんな寮に押し込ん
だって訳さ』
 小さく笑って、足を組み換える。
しかしたちまちその表情に暗い影が落ちた。
 『…でもエルは身体が俺なんかと違って本当に弱くて、変わってたのは昔から人付き合
いが殆ど無かったからだって後で分かったんだけどな。でもまあそれだけなら他にも似た
奴は幾らでもいたけど、あいつには一寸…何て言うか虚言癖みたいなのがあって……』
 そこでため息をついた為言葉が途切れた。
窓の外には凍える真の闇が在り、静寂はただ空しさだけを募る。
傍らの新一は彼の心情を察したかのように余計な口を挟まずただ聞き入っていた。
それが酷く心地良く感じた。
 『よく高い熱を出してたから幻覚をその度に見てたらしい。病み上がりに授業に出て来
ると色んな事を笑いながら喋ってた。「悪魔がいる」とか』
 新一が僅かに身じろぐ。
 『躁病の気もあったんだろうって今なら言えるけどその頃はただ明るくて変だけど面白
い奴だとしか思ってなくて…俺は何も考えずただ同じように笑って聞いてただけで……。
何時でも最後には死ぬのが恐いって言ってたのにさ。…それで居なくなる前の夜珍しくそ
の日休んでたあいつの方から誘いがあって見舞いに行った時、何時にも増してびっくりす
るくらい機嫌が良かったのを覚えてる。あんな顔見るの久しぶりで嬉しかった。何か好い
事あったのかって聞いたら…「もうすぐ会えるんだ」ってただそればっかり繰り返してた
な…』
 その時の彼の笑顔を思い出したのか僅かに微笑んで、しかしその反動のように怒りとも
悲しみともつかない険しい顔を力なく伏せる。
 『…もうすぐ会えるってそれが誰なのか心当たりはあるのか…?』
 控えめな声で新一が初めて口を開く。
 『…ねえよ、そんなもん。あいつが親しかったのって俺くらいであいつの親なんて子供
にわざわざ会いに来るような奴等じゃねえ。俺も一応聞いてはみたんだけどああいう時の
あいつは独り言言ってるのと一緒で会話にならねえんだ』
 『………とすると……<悪魔>…?』
 同意を求めた訳ではなく、自問するように新一は顎に手をあて呟く。
何かが形を成そうとしている、大切なピースの一つがカチリとハマったような気がした。
だがまだまだ足りない…。
 『あいつ変な奴だったけど結構真面目で、絶対俺に何も言わずに居なくなるなんて事ね
えんだよ…!何も知らない馬鹿な奴等は勝手にあいつが自分を悲観して発作的に脱走した
挙げ句に自殺を謀ったとか、狂ってたから常識を忘れて徘徊した挙げ句戻って来れなくな
ったとか、悪魔に連れ去られたとか…』
 眉を顰め苛立たしげに拳を床に叩き付ける。
 『確かによく悪魔って言ってたけど、そう言いながら何時も怯えてた…!!死ぬのを怖
がってたんだぜ?!気が小さくて、でもやっぱ良い奴で!あ〜もう畜生!俺訳分かんね
え事言ってる!でもとにかくあいつが居なくなったのはあいつの意志じゃねえ!これだけ
はハッキリ言える。誰も信じちゃくれなかったけどな』
 一息に捲し立てたせいかヴィオラは肩で息をして、苛々と髪を手でクシャクシャと掻き
乱した。
 『信じるぜ、俺は』
 その静かな声に顔を上げる。
ずっと嘘でもいいから欲しかった言葉。
呆然と新一を見つめたヴィオラはやがて力を抜くと顔を手で覆った。
 『……Danke(ありがと)』
 彼が落ち着くのを待つように暫し沈黙した後新一は再び質問した。
 『失踪した時エルラッハの部屋の鍵はどうなってた?』
 『鍵…?』
 何を言いだすのかと目を丸くしてヴィオラは新一を見遣った。
そして間近で見た蒼の双眸にドキリとする。
彼はこの上なく真剣なのである、ヴィオラは息を呑んで必死に記憶を辿る。
 『確か鍵は何処も掛かったままだったと思ったぜ。今みたいに寒い時期だったしな。ク
リーンスタッフを週2単位で頼んであったみたいだけどたまには部屋の空気入れ替えろっ
て俺が開けてやってたくらいなんだ。それから…何時も持ち歩いてる筈の入り口の鍵はそ
う言えば部屋の中にあったな…。そうだ、だからそのせいで覚悟の上で出て行ったんだろ
うって決めつけられたんだ。戻るつもりがなかったから置いて行ったって…そんな事何で
分かるんだよあいつ等は!』
 『鍵は部屋の中、か…。警察には届けなかったんだったな?』
 それは確認であり、何故そんな事まで知っているのかと思ったがそれは愚問のような気
がしてヴィオラは言葉を選ぶ。
<探偵>なのだと名乗ったではないか。
 『あいつの父親は結構な有力者でな、万一本当に自殺…だったら体裁悪いって警察には
届けなかったんだ。どれだけ違うってその親にも学校にも訴えてたって無駄、確かに客観
的に見て向こうの言い分の方が尤もらしいだろうよ』
 もうその頃に散々怒りを燃焼し尽くしてしまったのだろう、顔を顰めるばかりで最後に
漏れたのはため息。
粗暴なだけに見える彼は彼なりに色々と考え、誰に告げるでもなく傷付いていたらしい。
しかしだからと言って他人を感情のままに虐めていいものではないが。
すっかりと胸の内を吐露してしまった事への安堵なのか弱い所を見せてしまった事への羞
恥なのか、ヴィオラはため息をついた後は何処か吹っ切れたような顔で微苦笑する。
こっちが本来のものか素直なその表情には酷く好感が持てた。
彼の仲間もそんな顔を知っているからこそ慕っているのかも知れない。
 『俺ばっかり喋って恥ずかしいじゃねえかよ。それでお前は飯も喰わねえでさっき何
やってたんだ?』
 『一寸な、この建物の大きさを測ってたんだ。もしかして何処かにおかしな仕掛けでも
あるんじゃないかと思って』
 『………それってマジかよ?』
 『あくまで可能性の問題としてだけど。でもお前の話聞いてて増々やってみる価値はあ
ると思ったぜ』
 真直ぐに己を見据える瞳に不敵な輝きが浮かべば彼の中で再び認識が変わった。
彼は綺麗なだけの人形ではない(腕が立つ事も知っているが)、そして聡明なだけの人間
でもない、冷たく冴える美貌の奥で燃える炎は何よりも熱い。
どれくらい放心していたのかは分からないが気が付けばその原因となった人物は半ば立ち
上がりかけたところで、ふと瞬きをした。
 『お前さ、ヘルダーリンの悪魔て知ってるよな?』
 『…あ?ああ、そりゃあな』
 『それってどんな意味があるんだ?』
 ヴィオラは再びその瞳の深さに戦慄すると、何時も大抵側に居る双児の片割れが居ない
事にようやく気付いた。

 夕食時間一杯までは解禁されている礼拝堂に、しかし佇む影はただ一人。
省エネの為にと言うよりは利用者がまず居ない事から早々に切られた暖房に、足元から
深々と冷えきった空気が立ち篭めても彼はまるで気にする事もなくそこに在った。
だが一人の筈の彼の姿は一体幾つあるのか。
それが壁に設けられた鏡のせいだと分かっていても気分の良いものではないなと思う。
全体を照らすには暗過ぎる照明が厳かな雰囲気を高めていてもどうにも白けるだけだ。
快斗はマリア像の前に立つと何をするでもなくただ眺めていた。
新一を初めゾッとさせたというマリア像は淡い蝋燭の炎に揺らめいて更に妖しさを増して
いる。
毎日何百人もの人間が祈りを捧げる偶像。
しかし快斗は崇拝する気持ちの欠片も起こさなかった。
要するに何も感じないのだ。
それを改めて認識しながら適当な椅子に体を投げ出すように座った。
 「何だかなあ…」
 そう呟いて秀麗な眉を顰める。
寮の外周の測量は終わった。
今は手に収まる程の携帯型でレーザー式の測量器なるものがあるので便利だが、怪盗の必
需品として持ち歩いているそれをこんな所で使う事になろうとは。
いや、そんな事はどうでもいいのだ。
問題なのはどうでもいい事を考えたくなるこの頭の方。
苛ついて仕方ない。
こんな乱れた感情のままでは命取りになりかねないかも知れないというのに。
それが自分だけならそれ程神経質になどなったりしなかった。
 (元々はそれに期待してた部分もあったんじゃねえか)
自嘲してみても泣き言にすり変わりそうで唇を噛む。
二人でいる時は嬉しさばかりが先に立って努力しなくともマイナスの感情は形を潜めてく
れるが、一人になると駄目だ。
ここまで来たのは勿論神などという偶像に縋る為ではない。
ただ単純に誰もいないと思ったからだった。
こんな風にそこまで苛々するのは我ながら珍しい。
微妙にズレた空気が鋭利な感覚を逆撫でしていく。
起こるべくして起きた事件、快斗はひっそりとそんな事を思う。
行儀悪く足を前列の背もたれに掛け天井を仰ぐ。
己の探している人物は何処に居るのか。
ハッキリ言って快斗は消息を断った生徒の事などどうでもいいのだ。
ただ<彼>が探している人物と関連が高く、またその先に居るのがもしかすると…という
点と、何よりも願うのは早く任務を無事に終了させて誰よりも大切なその人をここから帰
してやりたいという事、それだけが快斗を動かしている。
冷酷だと言うのは承知している。
だが自分はあくまでも<怪盗>であって<探偵>ではないのだから考え方や価値観が違っ
ていても当然だ…と思う。
また取り留めもない思考に溺れて更に不快な気分に陥った時、扉が開いた。
入って来たのは勿論冷気だけではなかった。
キョロキョロと辺りを見渡す長身の姿はすでにお決まりになりつつある。
当然快斗は彼がこの建物に近付いた時から気配で察していた。
 『よお、よくよく縁があるな』
 ギョッとしたのも無理はないだろう。
姿も気配もない筈のそこでいきなり下から声を掛けられたのだから。
コクランは椅子の上で寝そべっている快斗を見つけると嫌そうに顔を顰めた。
決して彼の行儀の悪さにではない。
この反応もお決まりのものだ。
 『また弟探してんの?』
 コクランは答えない。
しかしそれは肯定しているようなものである。
 『………お前、今日あれからクドウと一緒に一日サボってたな』
 つい話掛けてしまう己の律儀な性格を呪いつつコクランはそう話し掛けた。
 『……たまにはい〜だろ、それにだからってずっと一緒に居た訳じゃねえよ』
 その声に何時もと違うニュアンスが含まれていて思わず相手の顔を見遣れば浮かんでい
たのはコクランの知るものではない表情と気配。
笑っていても目が笑っていない時はあった。
しかし今の彼はその中にその時にはなかったゾッとする程の昏さを秘めている。
驚きを顔に出さなかったのは流石と言えたがコクランは背中を奔った寒気に一瞬身じろい
だ。
 『…喧嘩でもしたのか?』
 やっとの事で出した真面目なその一言は快斗を笑わせた。
 『んな訳ねえだろ、おメー等じゃあるまいし』
 一通り声に出して笑って、身を起こした時彼は普段通りの明るさを戻していた。
あの触れたら切れるような空気は何だったのか、その変わりようにコクランは目を見張っ
たが暫くすると憮然とした。
彼に何があるのか知らないがわざわざ訳など聞いてどうするつもりだったのだろう。
この男には関わらない、破られる度に何度も己に言い聞かせてきた事だと言うのに。
 『コリンズは昼間なら見たぜ?ここで何か一人で熱心に祈ってた』
 『あいつに余計な事言ったりしなかっただろうな?!それでなくても様子が変なんだ
ぞ、お前等と会ってから』
 『さあな、どうだったか』
 ニヤリと笑った顔は挑発に満ちていて誘われていると分かっていても弟の件に関しては
冷静さを欠いてしまうコクランはいきなり快斗の胸ぐらを掴んで立たせた。
華奢な彼の体は意外な程に簡単に従う。
身長差の事もあり快斗が爪先立ちになるが全く表情は変わらない。
それが太々しいを通り越し無気味にすら感じられた時コクランは手を離した。
快斗は口元だけで笑うと服を直しながら距離を取った。
どうしてかは分からないが彼の方が一枚も二枚も上手である事を認めなくてはならない。
今も気が付けば間合いの一歩先に彼はきっちりと立っている。
これがもう偶然だとは思わない。
それを瞬時に埋めるその一歩を踏み出せればいいのだが今の自分には無理だ…。
 『つまんねえな、一寸は学習しちゃったって訳?』
 快斗が肩を竦める。
 『……お前何者だ?』
 低い響きは緊張を伴っていた。
目前の小憎らしい、しかし希有な美貌の少年は光の位置を計算し尽くした動きで逆光に立
つ。
 『……少なくとも正義の味方じゃないって事は確かだな』
 奇しくも同じ台詞を何時かの日本で言った。
その時とは姿も状況も全く異なるがそれでも彼はそう答えるしかない。
揶揄を含んだ言い回しも、しかしその眼差しとぶつかれば彼が限り無く本気である事が分
かる。
咄嗟に言葉が出せずため息にも似た吐息が漏れた。
存在と性根が複雑骨折している、コクランは彼のそんな印象を改めて心に焼き付けた。
 『そうだ、丁度良かった。ところで教えてくんねえかな?おメーだって知ってんだろ?
ヘルダーリンの悪魔ってやつ』
 それを聞いてコクランの表情が険しくなった。
快斗が何者としても、弟の事では譲れないものがあり彼が自分にとって害のある人物だと
いう認識は変わらない。
むしろ高まる一方である。
しかしだからと言ってこの質問に答えないのは意味が違う。
 『…俺も詳しい事は知らないがな、ヘルダーリンの悪魔っていうのはこの学校じゃ案外
広まってる噂で、確か<自分と同じ顔をした悪魔を見たら死ぬ>って言われてる。…あい
つはこの学校に来てその話を聞いた時からずっと怯えてるよ、俺は信じちゃいないがな』
 快斗が器用に片眉を跳ね上げた。
生徒の間だけで広がる噂話。
広大な森の中での閉鎖された小さな社会だから…まして身体に不安のある少年達ばかりの
集まる空間だからこそ浸透したのだろうそれ。
聞いてみれば所謂学校に付きものの怪談にも似ている。
 (…成る程な、結構馬鹿馬鹿しいけどここに居る特定の奴等にとって俺と新一はまんま
不吉の象徴って訳か)
同じ顔を持った二人の少年。
死の恐怖を常に身近にしている彼等には二人の並んだ姿は悪夢そのものだったろう。
 『そっか、やっとスッキリしたぜ。それじゃあおメーの弟が怖がるのも無理ねえ気がす
るな』
 快斗は苦笑した。
 『ところで、その噂って誰が発信元だか分からねえか…?』
 『だから俺は詳しくないんだよ。三年の誰かなら知ってそうだけどな。…何なんだ一
体、何か調べてるのか…?もしかして一年の奴が居なくなった事とお前達関係あるんじゃ
……』
 快斗は肩を竦めただけだった。
それをどう取ったら良いのか、そもそも彼はこんなところで一人何しているのだろう。
お世辞にも信心深いようには見えない。
チラリと見遣れば朧げに霞んで見える整った顔。
もう一人の片割れと違い何時でも猫のように気紛れに動く快活な瞳、人なつこい笑顔。
僅かに俯いた拍子に落ち掛かった収まりの悪い癖毛が半顔を隠す。
翳ったそこから覗く瞳が紫紺に閃く。
コクランはその瞬間凍り付いた。
少なくとも、ここに居る彼はクラスメイトの黒羽快斗ではない。
 『…で?コリンズ部屋にも居なかったのか?』
 話掛けられても自分を取り戻すのが数秒遅れた。
 『あ、ああ、今日も休んでたみたいだったんだが、あいつを寮の食堂近くで見たって奴
がいて…』
 何処か遠い己の声がおかしい。
だがそんな様子を見ても快斗は全く意に介していないようである。
 『そりゃ、飯くらい喰うだろ』
 『三学年用の食堂でだぞ?』
 『…そりゃ変だな。あいつがおメーを探してる筈ねえし』
 断言されても反論の余地はない事を悔しいと思いつつ、コクランはそれでも弟の身柄の
方が気になっている様子だ。
人一人行方不明になっている時だから仕方ないとも言えたが。
 『だから多分ここに来てるんじゃないかと思ったんだが』
 『年上の友達でもいて、そいつの部屋に居るんじゃねえのか?』
 『…そんな友達いるなんて聞いた事ない。大体親しい奴自体いない筈だ、あいつは』
 確かにあの難しい性格もそうだがこんな恐い兄が始終絡んできては誰もが離れていくだ
ろう。
 『おメーが知らないだけとか』
 またしても反論の余地がない。
だが怒りよりも先に顔を曇らせたコクランに、快斗は軽く頭を振ってこっそりと息をつく
と再び椅子にドッカリと腰掛けた。
 『…分かったよ、後で俺も見かけたら知らせるくらいの事はしてやる』
 珍しく譲歩したかと思えば自分から話を打ち切るように目を閉じてしまった快斗に、コ
クランは掛ける言葉もなく暫し立ち尽くしていた。
もうあの荒涼とした気配は微塵も感じられなくなったが、それれでもこれ以上ここに居な
い方が良い事は分かった。
何より自分は弟を探さなければならない、また嫌な顔をされるとしても。
別れの挨拶もないままに無言で長身の少年は踵を返した。
扉の閉じる音だけがやけに大きく響いていた。

 消灯時間もとうに過ぎた頃、快斗はようやく自室に戻っていた。
元のスイッチを切らない限り自動で温度は保たれるようになっているが彼は初めからその
機能はオフにしてあった。
ヒヤリとした空気に逆に心地よさを感じながら上着を放り投げる。
測量は進んでいたがあまり暗すぎても正確さに欠けてしまう為、また陽が昇ってから再開
する事にした。
失踪した少年はまだ見付からないようだが、しかしコリンズが部屋に戻っていた事は確認
した。
コクランとは単にすれ違っただけのようだ。
慣れた体はまだ睡眠を求めてはこないが眠れる機会は大切にするべきである。
休む事もまた確実に仕事をこなす為にも重要な事。
シャワーは朝から浴びる事にしてそのままベッドへ倒れ込むと、少しして再び起き上がっ
た快斗は毛布を無造作に丸めてそれを片手に部屋を出た。
行き先は一つしかない。
鍵が掛かっていてもそれを開ける術はある。
しかし微かな物音一つしない部屋のドアに近付いた途端自然と眉根が寄った。
片隅にそうとは分からないさり気なさで厚紙が挟まっている。
完全にロックされてないそれは簡単に開いて快斗を招き入れた。
 「おメーが遅いのがいけねえんだよ」
 そんな声が聞こえてきそうな部屋の主の格好に快斗は顔を顰める。
灯されたままの机のランプとその傍らで椅子に腰掛けたまま眠る人と。
PCの画面はファイルが開かれたままで、新しく測量した部分に数字が色違いで入力され
ている。
各部屋を除いて、結構な範囲を調べたようで相変わらずな様子にそれでも…次第に肩の力
を抜くと今度はため息をついた。
こうして作業に励みながら自分が一度は顔を出すだろうとドアを開けて待っていた最中だ
という事は探偵でない快斗にも簡単に推理出来る。
ランプを消す前に目に付いたのは半ばまで水で満たされたコップとカプセルの入っている
銀のアルミケース。
それを持たせたのがあの小さな主治医だというのはすぐに分かった、そして彼が深い眠り
に入ってしまっている訳も。
いくら調査だけとは言え彼が無茶をするのを予め見越して仕込んでおいたのだろう。
以前データを見せて貰った限りでは常用の飲み薬に睡眠導入剤は使用されていなかった。
彼がただ疲れたから寝入っている訳でない事は消していた気配を戻しても全く反応がない
事から分かる。
 (流石はドクターってとこか…)
残量から察するにずっと飲み忘れていたらしいが今夜は一応思い出して飲んだ彼を誉める
べきなのか迷いつつ複雑な顔をする。
内に燃える闇を秘めた少女。
彼女が新一の為だけに生きている事は知っているが…素直に感謝する事は無理のようだ。
快斗は固い表情のままランプの光源を落とし彼の意識が完全にない事を改めて確かめその
身体をソッと抱き上げる。
その軽さにまた眉を顰め、しかし確かに感じる鼓動と温かさに酷く安堵しつつベッドの中
へ器用に寝かしつける。
長い前髪を手で払って白皙の額を覗かせてもやはり目を覚ます気配はない。
触れた先から指が震えて…快斗はゆっくりと目を反らすとPCの画面へと向かった。
取り敢えず今日の自分の分を入力する為である。
だが震え続ける指がうまく動かない事から軽く舌打ちし、大きく深呼吸するとようやく取
掛かった。
そして程なくして入力を終え、電源を落とすと暗闇の中を歩く。
持参した毛布を被り一度ドアの前に座りかけ、思い直したようにベッドサイドへ移動し
た。
眠っている彼を見るのは恐い。
もう二度と目を覚まさないような気がするからだ。
自分でも情けない程の殺伐とした気持ちを隠し決死の思いでやって来たのに…、姿が見え
なれければ落ち着かず、見えたら見えたで苦痛を胸が訴える。
馬鹿だと思いつつ結論としてベッドに背中を預けドアに顔を向けたまま座る事で妥協し
た。
ここなら顔を見ずに済み、かつどちらの気配も直ぐに捉える事が出来る。
彼は弱くない。
守られる必要もない人だと分かっているから己の仕事を優先させてもいる。
コクランとコリンズ、未だ気になる存在だ。
 (でもやっぱあれって八つ当たりだよなあ)
そうと知りつつもコクランに別の顔を覗かせてしまったのはそれによってどんな反応をす
るのか興味もあったからだが…。
コリンズは何をしていたのだろう。
思うところはあっても、それでも…取り敢えず今夜は彼だけが無事であればいい、そんな
事を考えながら快斗はそのまま眠りについた。

 その希有な双眸が改めて焦点を結んだのは起床時間を知らせる控えめなクラシック音楽
の放送を耳にしてからであった。
熟睡したせいか若干重みのある頭に新一は暫し微睡みの中で現状の把握に努めた。
そもそも何故自分はこんなところで寝ているのか、確か訪問者を待ちながら机上でPCに
向かっていた筈だ。
それが電源は落ち自分はベッドに居る。
反射的に扉に目をやれば挟んでおいた紙がなくなっていた。
舌打ちして起き上がるとPCを立ち上げてみる。
案の定図面に知らない数字が書き込まれていた。
 (バ快斗)
ベッドサイドへと戻って来てそのカーペットの辺りだけが仄かに暖かい事に気付く。
ここに先程まで居たという事か。
起きる気配を察して部屋を出たのだろう。
顔を会わせれば気まずいとでも思ったのか、そもそも何に対して気まずいのか…。
ため息をついて、先ずは身支度に取掛かる。
一通りそれも終えたところで電話が鳴った。
内線だ。
一体何なのか、訝しく思いながらも取ってみれば担任の教師であった。
昨日サボった事を言われるのか、だがどちらにしても好都合だと思った。
今日は各部屋の測量を内密にさせて貰う為授業は休むつもりだったのだ。
だが新一はそんな思考の数々を一気に凍らせた。
 『…え?また居なくなったんですか……?しかも二人一度に?!』
 直ぐに伺います、そう言って新一は呆然と受話器を置いた。
制服に着替え直し昨日の図面を折り畳んだものをポケットに突っ込んで部屋を出る。
謀ったように開いたドアに同じ顔を認めると新一は先ず挨拶より先に問答無用で足を思い
きり踏み付けた。
 「痛っっっ」
 演技ではない本物の叫びと苦痛に歪んだ顔に、しかし彼はフンと鼻を鳴らして屈んだ快
斗を見おろす。
 「おメーも聞いたか?」
 タイミングよく出て来たのは恐らく同じ頃に続けて連絡を貰ったせいもあるだろう。
何せ昨日二人は揃って授業をサボり寮をウロウロしていたのである。
少しでも手懸かりになるものを求めているのと、偶然にも(?)事情を知る者として捜索
の協力を望まれているのだろうという事は予想出来る。
一転して鋭く双眸を閃かせた新一に快斗は痛みを意識の外に追い払うと立ち上がった。
新一の憤りは分かる。
多分今朝は何らかの報復を受ける予感はあった。
言葉では決して責めてこない彼。
快斗は心の中でひたすら頭を垂れるしかない…。
二人は舎監の部屋へ向かって歩き出した。
すれ違う少年達が朝から並んだ奇跡のような美貌に夢の続きを見ているかのごとく陶然と
立ちすくむ。
その途中新一は思い直したように快斗を見た。
新たに事件が発生したせいもあるのは分かっているが、輝きを増した至高の宝石は見た者
を戦慄させる。
瞬間息を呑んだ快斗に新一はまたすぐにソッポを向くと
 「……悪ぃな」
 それだけをポツリと言った。
足を踏んだ事を言っているのではない。
快斗は反射的に開きかけた唇をしかし途中閉ざして言葉を飲み込んだ。
元よりそれは形になっていなかったのだ。
 『おはよう』
 微妙な緊張が漂う中、それを救うように入り込んで来たのは珍しい人物であった。
小柄な身体、頬は上気して赤くなっている。
 『…おはよ、コリンズ』
 『……はよ』
 新一もそうだが快斗はより驚いていた。
確かにここは新館で一・二学年の生徒が住んでいるが、この学校で彼だけはこんな風に話
掛けてくる事はないと思っていた。
新一は昨夜そんなコリンズの様子を見ているがまさか本気で再び会いに来るとは思ってい
なかった。
そして快斗はと言えば礼拝堂で喧嘩すら売られた後であるので己を見つめる瞳の熱っぽい
好意的な眼差しには戸惑うばかりである。
 『これから食事に行くんだよね?その後の礼拝一緒に行ってもいいかな』
 つぶらな目で見上げて来る。
 『あ〜悪ぃ、今から用があってさ…』
 新一がそう言うとコリンズはガックリと肩を落とした。
 『よく分かんねえけどしょうがねえんだよ、昨日のサボりがバレちまってさ』
 快斗が続けると少年は少しだけ顔を上げる。
 『…分かった、じゃあまた』
 コリンズは寂し気に、しかしめげずにそう言うとニッコリと笑って軽い音を発てつつ
去って行った。
 「……あいつどうしたんだ?」
 「さあ、俺にもよく分かんねえ。昨日の夜からあんな感じだったぜ」
 「昨日の夜?」
 「何でだか偶然食堂の近くで会った」
 「…ふ〜ん、あれってマジだったのか」
 快斗は昨夜弟を探していたコクランの事を思い浮かべた。
 「…おメーまたあいつに構ったのか?」
 半眼になって言えば快斗は口元だけで笑った。
 「コリンズの奴、昼間俺が会った時はまだ毛を逆立ててフーフー言ってやがったけどな
あ。でもな〜、あいつ結構根性あるってか太々しいとこあるぜ。追い詰められるとコクラ
ンそっくりな眼をしやがる。もしかしてそのまま逆切れでもして悟り開いちまったのか、
新手の嫌がらせか。それともあの後あいつを探してたコクランと何か進展でもあったの
かな」
 コクランにも会ったのか、新一はそう思ったが心の内だけに留めておいた。
 「和解でもしたか?」
 「それはないだろ」
 苦笑して、自分でそこまで茶化して言いながらも快斗は考え込むように目を半ばまで伏
せる。
そうこうしている間に舎監の部屋へと着いた。
ノックして中へ入ると教師が数人と舎監が難しい顔をして待っていた。
 『朝からすまないね、一寸君達に頼みたい事があるんだが…』
 彼等は昨日からの疲労が目に見えて溜まっているようだった。
まだホルト・デイターは見付かっていない。
そしてその上更に二人もの生徒が居なくなれば事態は一気に深刻化していく。
 『昨日の事もあって発見が遅れてはいけないと思ってね、今日は朝から手分けして生徒
全員に電話を入れたんだ。そして出なかった者の部屋には直接出向いて存在を確認した』
 『それでまた二人姿を消している事に気付いたと…?』
 新一の声はこの場において酷く落ち着いて聞こえ、安心感を与える。
舎監は何時の間にか肩に入り過ぎていた力を抜く。
 『昨日の件で触発されてしまったのかも知れない。だが彼等もホルト君と同じで深刻な
病を抱えていてね、今頃どうしているか……。それで君達が昨日捜索を手伝ってくれてい
たと聞いて、その時何か不審な事はなかったか聞きたかったんだ。そしてもしよければ今
日も手伝って貰いたい。教師がウロウロするより目立たないし授業は自習にする事に決め
ている。食事と礼拝の後でいいから…頼めないかな』
 『『Ja(分かりました)』』
 新一と快斗が同時に答えた。
これで各部屋の測量も進められるとの裏もある。
そこで新たなノック音がした。
 『失礼します』
 入って来たのはアンリだった。
少女のような容貌に今日も薄絹の手袋。
彼が入って来ただけで部屋が明るくなるようだが、今この空間においての主役はそれでも
一対の絵画の方である。
アンリは二人の姿を認めるとニコリと笑った。
少々顔色が優れないがそれは精神的な要素が大きいようだ。
 『遅れてすみません、こんな時に申し訳ないのですが父が明日まで先方との大切な約束
で出掛けてしまうので見送りに…』
 『聞いているよ、逆に申し訳なかったね、生徒の管理は私の仕事なのに』
 『いえ、これは誰か一人の責任などではありません…』
 アンリは胸に手をあて祈るような仕種をした。
 『そう言って貰えると…。それじゃあアンリ君、今朝失踪した二人の生徒についてこち
らの二人にも説明してあげてくれないか』
 アンリは頷いて手元の名簿を広げた。
 『行方の知れないのは二学年のスコット・グレドウィンと三学年のハーゼ・マヌエルで
す』
 その後のアンリの説明はホルトと似たようなものであった。
しかし新一も快斗も驚きを込めた目を違いに見交わした。
二学年と……三学年という事はつまり……。
 『旧館からも失踪者が……?』
 呆然と、新一は呟いた。


 
嘘付きでしたね…何処が展開早いって…?(大汗)
いや何と言いますか、一人勝手にぐれ始めた人がいてその分予期せぬページ数を取られてしまったのです。
そろそろ確かにぐれるかなあとも思ってはいましたけどね…(汗)元をただせば全て私の責任なのですが。
お陰でいつもより文章長いです。
さて次は新一がメインの話になる筈。ヴィオラは彼におちたし(苦笑)後はあの人が行動起こすところまで
もって行けるかな…?

まだ事件が見えてこないけど、新ちゃん魅力振りまいてますね。
こうして信奉者を増やしていく?
そして、何をおいても新ちゃん大事の快ちゃんv
しかし報われてるんだか(^^;
それにしても謎多き二人の転入生の方が事件になりそv

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