石川虚舟
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《ガラス製の泉》
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石川虚舟 《 ガラス製の泉 》 2011
  ⇒  マルセル・デュシャン 《泉》、1917
Godesburg城に近いスーパーマーケット食器売り場で、 ガラス製のKrugを購入。ケルン北東のBad Driburg 産。
 
    「ガラス製」は、デュシャンにとって、既存の芸術からの脱却を意味する。 ハイデガーは、身近な物であるクルーク(Krug)から真の存在を思索し、 デュシャンは、日常的なオブジェによって玄妙なタオを表象する。 彼らは、朱子の解釈する「格物致知」に注目していたのであろう。
 
 
 
四徳の元   Die Einfalt der Vier
注ぎの恵みに、*「四徳の元」が宿る。
大地と天、神なるものと死すべき者が宿る限りにおいて、 注ぎの恵みは恵みである。 しかし宿るとは、現前するものの単なる持続ではもはやない。 宿るとは、発生させることである。 四徳に、それ固有の輝きを生じさせるのである。 この「元」によって、四徳は相互に貫流する。 その相互一致において四徳は非隠蔽化される。 注ぎの恵みは、「四徳の元」を宿らせる。 ということで、恵みにクルークとしてのクルークが存在するのである。
Im Geschenk des Gusses ist weilt die Einfalt der Vier.
Das Geschenk des Gusses ist Geschenk, insofern es Erde und Himmel, die Göttlichen und die Sterblichen verweilt. Doch Verweilen ist jetzt nicht mehr das bloße Beharren eines Vorhandenen. Verweilen ereignet. Es bringt die Vier in das Lichte ihres Eigenen. Aus dessen Einfalt sind sie einander zugetraut. In diesem Zueinander einig, sind sie unverborgen. Das Geschenk des Gusses verweilt die Einfalt des Gevierts der Vier. Im Geschenk aber west der Krug als Krug.
石川虚舟訳/マーティン・ハイデガー 「物(Das Ding)」 1951 
MARTIN HEIDEGGER, VORTRÄGE UND AUFSÄTZE,  KLETT-COTTA, S.166.
【虚舟訳註】「四徳の元」
「四徳之元」は、天徳の「元亨利貞」の最初の「元」。『易経』に由来。 四季を四徳に対応させ、「元」を春とする。天徳は宇宙的生命のリズム。
 cf. 木下鉄矢『朱子』岩波書店、 p.129
 
春は是れ物を生む時、夏・秋・冬に到りても、また ただこの気、流れ注ぎゆく。
 cf. 三浦国雄訳注『「朱子語類』抄』講談社学術文庫、 p.400
 
⇒ 石川虚舟 《神気の穴》 2015〜