サマーピープル

 ぼくは歩きながらケイタイのメモリーを次々に回していった。目的はユーちゃん。久しぶりに一緒にゴハンでもと思ったのだ。最近僕は何かと結構忙しくてろくにユーちゃんに逢えなかった。これだから実家住まいは困る。バイトも半ばクビだし"お金を貯めてユーちゃんのアパートの隣りに引っ越しちゃおう"作戦は見事に出鼻をくじかれた。決めた途端職を失うなんて、まるで何かの悪い力がぼくとユーちゃんを引き裂こうとしてるみたい。キスまでした仲だってのにさ、全く。
 「あっもしもしユーちゃん?今何してんの?」
 思わず声が大きくなる。嬉しいなぁ、久しぶりに聞くユーちゃんの声。どこにいるんだろう、外野がやけに騒がしいようだけど。
 「ゴハン食べてんの?G党だよね、ぼくも言っていい?」
 何故か数秒の間の後にOKをもらって、ぼくは走り出してしまいそうになりながら早歩きをした。競歩みたいにバランスの悪い歩き方になってしまう。
見慣れたアトラスの階段を上がってレジ前を通る。奥の方でユーちゃんが手を振っているのが見える。
 「ユーちゃ―ん!」
 ぼくは反射的に大声で呼んでしまう。ぼくの周りの人がぼくのことを見たけど、ぼくはあまり気にしないように小走りで隅のテーブルに行った。と、目に飛び込んでくる知らない女の人。茶髪でチビTを着ていてユーちゃんとカオル先輩の間に座っている。
 「こんばんは」
「・・・何?この人」
 ぼくを好奇の目で見上げてくるこの人を見て、ぼくは思わず思ったことをそのまま口に出してしまった。カチンときてそれが表情に変わる前に、ぼくは腕を引かれてユーちゃんの隣りに座らされていた。半円状のソファを彼女がカオル先輩の方にずれる。水を持ってきてくれた顔見知りのウェイトレスに、ぼくはいつものスパゲティを注文した。
 「那沖君、こちら水生ちゃん」
 陽一君が言ったので、ぼくは仕方なく彼女をゆっくり見た。普通に視線をやっただけなのに睨まれる。やだな、性格悪そう。誰が連れてきたんだろう?あ、ぼくのお気に入りのスパゲティと同じもの食べてるし、どうだろ。でもここであからさまに喧嘩するのもオトナげないし、とりあえず手を差し出した。もう会うことはないだろうし、今は口を利かなきゃいいだけの話だ。握手くらいしといて損はないし、ぼくと彼女が原因でこれ以上みんなに気を遣わせるのも嫌だしね。まぁいいよ。
結局この後水生はぼくの方を見ようともしなかった。だからぼくは女って嫌なんだ。こんな風にすぐすねちゃうからさ。

  月曜日の昼過ぎ、ぼくは久しぶりにG党の部室にお邪魔した。ユーちゃんが窓際の席にいたので、ぼくはみんなに挨拶してからその隣りに座る。ここからはぼくがずっと前優にあげた沖縄の観光協会からもらってきたポスターを見るにはとても適した位置だ。前よりも少し色あせたカンジがまた味を出している。ポスターも元気そうで何より。
ぼくがそんな風に満足しながらポスターを眺めていると、この鮮やかな色の海とは対照的なイメージの水生がドアを開けて入ってきた。部屋に入るなりぼくの方を見て、コワイ目でぼくを睨みつける。やれやれまた会っちゃったよ。しかもまーだ怒ってる。ぼくそーんなに失礼なこと言ったっけなぁ?
  「そこあたしの席―!!」
  水生はどんどんこちらに歩いてきて、机を叩いた。カオル先輩までもが驚いて見てる。何でぼくにこんなに突っかかるんだろう?
  「いーじゃん、君だって部外者なんだから。ぼくがどこにいたってそれはぼくの勝手でしょ?」
  ぼくは最近一番のお気に入りのファンカーゴのCMの真似をしてしまって、笑いをこらえる為に俯いた。くるくるとペン回しをする。
絶句している水生。どんな顔していつかちょっと見て、ぼくはつい自然な笑みがこぼれてしまった。何だ、お高くとまってるヒトかなって思ってたけど、みんなの前でもこんな表情できるんじゃないか。きゅっと結んだ唇、悔しそうな目。でもぼくの勝ち!
  心の中で勝利宣言して時にユーちゃんが大きな溜め息をついて立ち上がった。ぼくと水生の手を引いて廊下に出る。
  「おまえら邪魔するんなら帰れ!何しにきたんだよ、頭冷やせ」
 ぼくと水生を交互に見てから、乱暴にドアを閉める。ちょっとショックでぼくはそこに立ち尽くしてしまう。初めて見た怒ったユーちゃん。あぁどうしようぼくはいつもこうだ。人に迷惑かけてばかりいる。隣りの水生も扉を見つめて悲しそうな顔をしていた。そりゃそうだろうなぁ、ユーちゃんは誰にでも優しいから、怒られたのなんて初めてなんだろう。気持ちはよく判る。
  あとでごめんなさいのメールを入れよう。今日はもうこのままおとなしく帰ることにするか。ぼくが歩き出すと水生ものろのろ歩き出す。ぼくに戦う意思はないのにさ、いちいち刃向かってくるからだよ。ぼくが水生を見ると、水生はまたきゅっと唇を結んでぼくを追い越して走り出した。負けず嫌いなのかな。ちょっといじめすぎたかもしれないなんて、水生の小さくなる背中を見て思う。いくらユーちゃんを介してもぼくと水生は仲良くなれないだろうな。別にかまわないけど。
 まっすぐ家に帰って、何もすることがなかったし暑かったので昼寝をした。気楽な専業学生だけど、つれがビジィだとこういう時困るんだよね。

  ケイタイが鳴り出したので慌てて起きると、ユーちゃんからメールが入っていた。晩ゴハンのお誘い。やったー!充電しといてよかったー。小さなディスプレイには居酒屋の名前と時間、ユーちゃんの名前で予約が入ってることが次々に映し出される。でもなんでわざわざ吉祥寺くんだりまで行かなくても、お酒飲めるところくらいあるだろうに。陽一君もくるのかな。だから吉祥寺集合なのか。
  出掛ける前にシャワーを浴びて着替えていく。地下鉄と中央線を乗り継いで吉祥寺に出た。まだ約束の時間までには早いけど待たせるよりずっといい。ぼくはなるべくゆっくり歩いて店の入り口で緊張しながら酒井を名乗る。わぁどきどきしちゃう。案内されながら、やっぱりぼくは夫婦別姓なんて断固反対だと思った。好きな人と同じ苗字だなんて、なんて素敵なんだろう?オーダーを断ってユーちゃんを待つ。でも数分後係の人に案内されてやってきたのは、他でもない水生だった。
 「あっ水生!!」
  「なんでここにいるのー?!」
  「それはぼくに台詞だよ、ぼくはユーちゃんから連絡もらって待ってるんだから」
  露骨に嫌な表情になってしまう。ぼくは二人がけのシートの真ん中に移動した。水生は悪びれるでもなくぼくの真正面に座る。そのまま店員に生ビールをオーダーしようとしたのでぼくは慌てて阻止する。
 「ちょっと待ってよ、ぼくユーちゃんが来るの待ってる」
  「ばっかねー、これ完璧酒井の作戦じゃない。絶対来ないよ、もうちょっとしたら電話かメールでドタキャン。あいつの企みそうなことだよね」
  「…ホントかなぁ?」
  ぼくと水生を交互に見た店員は、呆れたような表情で水生に注文を再確認して行ってしまった。ぼくはちょっと譲って食べ物をオーダーすることにした。生ビールだけ飲んでも美味しくないもんね、理由はそれだけ。水生の言うことを全面的に信用した訳じゃない。
  「ぼくポテトと焼き鳥盛り合わせ」
  吉祥寺に集合がかかったのはもしかしたら水生が吉祥寺に住んでるからかもしれない。なんとなくそういう気がしてきた。あぁでも水生が言ったことが本当なら、それはぼくと水生が仲良くなるのが狙いだろう。ユーちゃんがそういうのなら考え直してもいい。だからちょっとは開き直ってせめておなか一杯になって帰ろうっと。そう思った途端、ぼくのケイタイがラブマシーンを鳴らし始めた。水生に聞かれるのはなんだか恥ずかしいなぁ。画面にユーちゃんの名前が見えたので、ぼくは急いで出た。
  「もしもしユーちゃん?」
  ユーちゃんの声は全然普通に、急用が入ったから行けなくなったことを告げた。そして水生に代われと言う。んー?何だか本当に水生の言う通りになってきたんじゃないか?ぼくより付き合い短いだろうに何なんだよもう。ぼくがケイタイを突き出してやると、水生は口の端に意地悪そうな笑みを浮かべて応じる。
  「もしもし謀ったわね?……ほら切れちゃった。ね?あたしの言った通りでしょう?」
  「ユーちゃんなんて?」
  「あーまぁ仲良くしろよな、じゃあな・ピッだって。勝手に切ったのよ」
  アンテナを元に戻してぼくにケイタイを手渡す。するとタイミングを計ったように生ビールがやってきた。水生はお品書きを見ながら肉まきアスパラとじゃがバターを頼んだ。ぼくの言ったポテトと焼き鳥も一緒に。
 「はい、仲良くしましょう、ね?」
  水生が差し出した右手を、まだ完全し信用してないもんねの表情を作ってそっと握った。あぁでも丸腰の人間に対してそりゃ失礼極まりない行動だ。ぼくは心の中で咳払いして、少しだけ笑った。改めて握手を求められるなんて照れくさい。ぼくそういえば女の子の友達いないしなぁ。ついさっきまでのカタキを女扱いするのもヘンだけど、どう扱ったらいいのかも判らないけどまぁいいや。もう深く考えるのはよそう。
  ぼくはとりあえずぼくに関する色々なことを喋った。アルコールのせいにみせかけるのもいい。ぼくがどう思われようとぼくはぼく。基本的に人と話すのは嫌じゃないし。
  「水生さぁ、沖縄行ったことある?」
  「うん。あたしも大好き」
  「ぼくが去年沖縄に行った時ねぇ、神様を」
  ぼくの言葉にかぶせるように水生のケイタイが鳴る。ぼくの知らないメロディ。何だよなぁもう。人がちょっと酔って気持ちよく喋ってる時にケイタイなんか。電源切るのがマナーでしょ。水生がぼくを片手で拝みながら電話に出たので、ぼくはビールの残りを飲み干した。
  「はーい、マキちゃん?…うん、友達と飲んでるの。マキちゃんもおいでよ」
  大きな声で店員を呼びつけて生ビールを2杯注文する。肉巻きアスパラを全滅させてやろうとお箸を持った時、水生はタイミング良くぼくを見た。ちょっと挙動不審なぼく。
  「何?」
  「あのね、友達よんでいい?」
  ぼくは勢いでOKしてしまう。まぁ水生の顔を立ててやるか。もうそろそろぼくのネタも尽きてしまうだろうし、第三者の介入もいい。
  「うん白木屋、吉祥寺のね…ハーイ、じゃあ後でねーバーイ」
  水生は隣りに置いたカバンに乱暴にケイタイを投げ込む。この人はもしかしたら、こんな女っぽいキレイな外見をしているくせに、性格はさばけているところがいいのかもしれない。だから同じく自称中性であるぼくと気が合うかもしれない。
  「誰呼んだの?」
  「あたしのバイトしてるエンタープライズ旅行社の社長さん。マジメの真に樹木の木でマサキさんっていう苗字なんだけど、マキちゃんって呼んでるの」
 「ふーん、ぼく専業学生。この前レンタルビデオ屋さんでバイトを始めたんだけど、すぐツブれちゃったんだよ。他のお店よりレンタル料高いし、従業員のタダ借りないし、アダルトビデオ置いてないから固定客つかなかったんだろうね。そんなんじゃツブれても当たり前だと思うんだけど」
  運ばれてきたビールをぼくは半分まで飲んで大きく息をついた。ぼくの口に何か入っている時の水生はやけにおとなしい。人見知りするのかな。じゃがバターを小さくつついて水生はユーちゃんのことを切り出した。
  「酒井に友達いるなんて、なんかちょっとびっくりした」
  「そう?まぁユーちゃんのつれっていうのがそもそもイメージできないもんねぇ。一匹狼っぽいからさ。ユーちゃんって変わってるからねー」
  「あんたも変わってるって」
  「それなんだよねー。ぼくみんなからそう言われるんだけどさ、どこがヘンなのかも判らないし、ちょっと傷ついちゃうよね。ズバリぼくのどこがヘン?」
 「えー?!そんなのあたしに訊くぅ?」
  水生はやたら難しい顔をして考え込んでしまった。所在なげにお箸をもてあそぶ。ぼくはちょっと水生をいじめてみたくなって真剣に見つめた。視線を彷徨わせて、水生はしどろもどろに答えをくれる。
  「まず…多分ね、黙ってたらすっごい男っぽいのに、話し方とかが柔らかいからびっくりしちゃうのよ。ギャップってやつ」
  「うん」
  「もっとしゃきっとしたら誰もヘンとか言わないんじゃない?でもそれあんたの個性なんだから、別に言わせときゃいーじゃんってカンジ。人に言われたことイチイチ気にしてたらキリがないよ」
  「いいこと言うんだねぇ、ミツルよりもいい!」
  ぼくはちょっとだけ水生を見直した。以外だったけど、ちゃんと中身もあるみたい。と、ぼくらの席に背の高いスーツの人が近づいてくる。
 「マキちゃん!お疲れー」
  「悪かったね、友達いる時に電話して」
  水生が奥にずれてマキさんが隣りに座る。少し緩めたネクタイと趣味のいいカラーのワイシャツがとてもかっこいい。とてもこの世の人とは思えないマキさんから視線が外せなかった。あまりに素敵すぎて。
  「こんばんは、僕は彼女のバイト先の店長の真木といいます」
  「あ…那沖です。ぼくは那沖といいます」
  ぼくは緊張して右手を差し出して握手を求めた。初対面の誰にでもやるぼくのポリシーだけど、ぼくはこの時程これやってきてよかったと思った。もうしみじみと。このままぼくらの知らないところで時間が止まってしまえばいいのに。
  「那沖どうしたの?マキちゃん誰かに似てた?」
  ぼくの甘い甘い思考を遮って水生が目の前で手をヒラヒラと振る。あぁもう。どうしてこんなことするかなぁ。これだから女ってやつは。
  「ううん…何でもないですごめんなさい」
  ぼくは急に恥ずかしくなって俯いた。もうまともに目なんて見られないや。酔いもすっかり覚めちゃったし、顔に出てたらイヤだけどまさか水生には勘付かれることはないだろう。でもこの記念的なマキさんとの出逢いだけには水生にはアリガトウだ。
  もうまともに話せなくなってしまったぼくは後半専ら聞き役に徹した。マキさんの話や声をもっと聴きたい一心で。ぼくって一途だから。
  帰る前にぼくと水生はケイタイの番号を交換した(便宜上)。便乗してマキさんにも訊くとケイタイ入りの名刺をくれる。ぼくは嬉しくなってずっと前ゲームセンターで作ったピングーの名刺を渡す。ついでに水生にも。そしたら水生は"秘書"という肩書き入りのエンタープライズ旅行社の名刺をくれる。いいなぁ、マキさんとおそろいじゃないか。
  その晩ぼくは浮かれながら一人で帰った。電車では酔っ払った女の人に席を譲った。もし駅前で募金でもしてたら財布ごと入れちゃってたかもしれない。地下鉄代も何もかもなくして歩いて帰っちゃったかもしれない。
 ユーちゃん以来の恋に、ぼくは確かにバカ全開。うれしいなぁ。あんなにかっこいいヒトと知り合えて。明日からまた楽しくなりそう。

第一章  SOUL MAN
第二章  GOD BLESS YOU
第三章  今日が終わる前に
第四章  それでも恋はやってくる
     夏祭ナツマツリ
2     なつのひと
3     夏の神
4     ナツノヒト
5     夏の男
6     夏の女
7     サマーピープル
8     サマーバケーション

Atlas あとがき


♪トップ〜♪ ♪目録〜♪ ♪地下室トップ〜♪