それでも恋はやってくる
水生はけたたましいベルの音で徐々に目覚めた。やけに喉が渇く。昨夜帰ってすぐに寝てしまったせいだろう。寝起きだからか二日酔い気味なのか、頭がすっきりとしない。シャワーを浴びてから朝食を軽く摂って身支度を整える。電車に飛びのって、いつものように惰性にまかせて通学する。
亀スピードで半分寝ながら歩いていると、門の所に雄二の姿が見えた。昨日のことを少しずつ思い出して、水生は青くなった。このまま回れ右をして帰ってしまいたい思いにかられながら、冷静を装って歩く。水生を待っているのは疑いようのない事実だろう。
「お・おはよう!」
「おう」
「じゃ」
「待てよ」
水生は足早に進もうとしたが、雄二がそこで解放してくれる訳がない。愛想笑いをしてとりあえず水生は止まった。
「今日授業何限まで?」
「二限だよ。じゃあ・・・・・・」
「待てって。それ以降の予定は?」
「ないですあたしヒマだし。じゃあ・・・・・・」
「いー加減怒るぞ!待てって言ってるだろうが!!」
「大きな声出さないで」
「俺はおまえのそういう態度に傷付いているんだよ!」
雄二は溜め息を吐いて水生の目を見据えた。少したじろいだが、水生は負けずに睨みつけて応戦した。脇を通る人が横目で見ていく。
「知らない!何なのよ、バカ!ストーカー!」
「喧嘩しに来たんじゃないんだよ、話聞けって」
「もう授業始まるもん」
適当にはぐらかして水生は走って逃げた。雄二は追いかけてこない。だとしたら傷付いたというのは本当だろう。
「何なのよ、酒井は」
呟きながら一限目の教室に急いだ。席についてすぐにベルが鳴る。当然いつも以上に授業に身が入らない。驚いて咄嗟に突き飛ばしたものの、昨夜の雄二の行動は一体何だったのだろう。ど
ういうつもりでキスをしたのか、そればかり考えてしまう。キス、とノートに書く。水生がとった行動に、雄二は傷付いたと言う。そう言えば優抜きの四人で出掛けた時決まってと言っていい程、水生は雄二とペアだった。でもそれは多分たまたまで、既に雄二は自分のことを思ってくれていたとは考えにくい。水生が何でもかんでも雄二に相談してしまうから、惰性で一緒になっただけだろう。惰性、とノートに書く。並列されたキスと惰性。これだけで雄二の行動を考えると、とてつもなくいい加減な性格になってしまう。水生は溜め息を吐いて机につっぷした。雄二の真意が掴めな
い。水生ひとりが波に翻弄されている気がする。陽一にも話した"諦める"宣言は一体どこに行ってしまうのだろう。どこに漂着するのだろう。惰性、を消す。残ったのはキスだけ。あの状況でどうしてキスしたかなんて、考えなくても、わざわざ尋かなくても答えは判っている。でもどうしても素直になれない。G党に軋轢を与えたくないし、何より水生自身憶病になっていた。
そうしてうだうだしている内に授業は無事終了する。もしかしてまた雄二が待ち伏せしてやいないかと注意深く教室を出るが、その姿はない。ほっとしたようながっかりしたような複雑な思いを抱えて、教室移動する。その日一日、雄二に会うことはなかった。
翌日、昨日よりも余裕をもって家を出て学校に向かう。雄二を探すが今日は流石に
いないようだ。息を吐いたのも束の間、教室の前に優が立っていた。
夏の終わり以来ずっと会っていない。胸が少し痛む。それは優が水生にしたことを思い出したからではなく、見えないところで既に優を裏切っていたという罪悪感だ。このままUターンすることもできたが、水生は少し肩の力を抜いて歩いた。それに気付いた優は控え目な笑顔を見せる。
「おはよう」
「・・・・・・おはよう、元気?」
「うん、水生ちゃんも元気?」
「元気」
少し微笑み合って俯く。大きな緊張も葛藤も軋轢もなく話せるのが純粋に嬉しいし何故か照れ臭い。優は鞄を左肩から右肩に掛け直して咳払いをする。
「あのさ、また遊びにおいでよ。みんなも待ってる」
「うん」
「僕はね・・・・・・都合いいようだけど、君と仲良くしたいし。ああ勿論良かったらだけど」
「うん、ありがとう優。あ、もう呼び捨てしない方がいいのかな」
「いやいいんだよ、みんなもそう呼ぶし、仲間だもんね。そう呼んで欲しい。あのそれでさ、昼休みに図書館の閲覧室4階に来てくれる?」
しどろもどろに優は告げる。少し水生の顔色を伺うような視線。不思議に思いながらも水生は同意する。
「いいけど、ここじゃ駄目なの?」
「うん、まあとりあえず4階に。じゃあ!」
「あ・・・・・・」
優は念を押すと、走って行ってしまった。ひとり取り残された水生に、顔見知り程度の男友達が通り掛かりに問う。
「寄り戻したんだ?」
「・・・・・・ううん、違うんだけど」
昼休みまでの途方もなく長い時間。また考えごとをしながら単語だけを忠実にノートに書き留める。何のことか判らない。使いものにならないような書記。少しおかしくて水生は無意味な羅列をどんどん書いていった。傍目には熱心にノートを取っているように見えるのだろう。簡単に時間が潰れる上に、自分の漢字の能力そしてボキャブラリの貧困さまでが判明して、水生はこれは新鮮な発見だと思った。まだまだやらなければならないことが多くあると思うとベクトルのない情熱が沸き上がってくる。そう、優と円滑な再会を無事果たして水生は舞い上がっていた。
昼休み。少し早く終わった授業に感謝して、閲覧室4階を目指し階段を上がる。息が切れないようにゆっくり歩いたつもりなのに、水生の息は簡単に上がってしまう。日頃の運動不足がこんな時にたたる。優の姿を探して、見回しながら歩く。昼休みと気付かずにただひたすら眠る者、一心不乱に勉強する者と少数ながら様々だ。少し不安を感じながら、水生は本棚と本棚の隙間を縫うように歩く。優から図書館の話なんて聞いたことはない。まして漫画や雑誌の本を読んでいるところは見たことがなかった。授業のテキスト以外は。諦めかけた時一番奥の壁に面した最後の本棚のそばに、誰かが座っているのがちらりと見える。満足に光の届かない、こんな陰湿なところで待つ必要なんてないだろうに。そう思って近寄ってみる。
「なっ・・・・・・」
「よう、来たか」
水生の笑顔が一瞬で氷りついた。壁にもたれてじゅうたんの上に座っていたのは、他ならぬ雄二だった。不敵な笑みさえ浮かべて片手を上げている。分厚い本にしおりを挟んで閉じた。水生は瞬時に全てのことを悟った。雄二の仕組んだ企てを。
「ちょっと・・・・・・優のこと利用したの?」
「利用?人聞き悪いこと言うなよ、別に利用した訳じゃないだろ?用事頼んだだけだろ」
「だからって優に頼むことないじゃない!?どういう神経してんのか理解できない」
「じゃあおまえ俺が直接来てくれって頼んだら来たのか?」
「行く訳ないじゃない?行かないわよ、用事ないもん来ないに決まってるでしょ」
「あのなぁ」
溜め息と共に雄二は言葉を吐いて立ち上がる。水生の視線は下から上に、雄二の線を追う。真正面から向き合う。水生は正直混乱していた。どうして雄二にこんな真似をされなければならないのか理解に苦しむ。それを感付かれない為にも水生は雄二の目をじっと見る。
「俺はおまえと喧嘩したくて呼び出したんじゃねーの。わざわざ回りくどいことしなくても、電話入れりゃあ一発だろ?一触即発。そこ座れよ」
「こんなところ嫌!」
「二人きりになれるとこ連れ込んでやろうか?おい」
「やだ!!もう帰る!」
水生は本気で後退った。背中にスチールの本棚の冷たい感触。何処まで逃げたら安全になるかを真剣に考える。雄二は気が抜けたような表情を一瞬見せて、水生の腕を掴んで歩き出した。泣きそうになりながら水生は腕を振り解こうとした。
「やだやだ、やめてよぅ」
「テリア行こうテリア。メシの時間」
そのままの格好でカフェテリアに連行される。水生でどれだけ雄二の腕を叩いても睨みつけても、頑として雄二は腕を離さなかった。掴まれたひじがやけに熱い。昼休みのカフェテリア−−本当はその外見や出される食事の内容に凡そそぐわない名前がついているのだが、誰もそれを知らないかのようにカフェテリアと呼んでいた。マッチしているのはその値段だけだ−−は冬のバーゲン並みの混雑で、今人が立ったばかりの席を見つけて、雄二は鞄を降ろした。漸く水生を監禁から軟禁状態まで信頼する。水生も鞄を足元に置いて立ったままの雄二を見上げる。
「あたしハンバーグ&オムライス、アイスレモンティー付き」
「・・・・・・」
「ハンバーグ&オムライスのアイスレモンティー付きね?」
「…あ?」
「覚えられない?もう一回言って欲しいの?おごるの嫌なの?」
「おまえ・・・・・・性格悪い」
呆れた表情で水生を見下ろす。真っ向から視線を受けて、水生は笑顔を見せた。雄二は言葉に詰まって、困ったような顔をしておとなしく券売機に並んだ。水生は改めて周りを見回してみる。一体何人の人間がここにいるのだろう。それぞれに動いていて何だか気持ち悪い。そんな所に雄二をひとりで並ばせたことに、水生は少しの後悔を抱いた。やがて雄二が戻ってくる。
「いただきま−す」
「おう」
「ねぇ、優使って呼び出したのは、あたしにお昼ご飯奢る為じゃないでしょ?」
「わざわざ言わなくても判るだろ?」
「判んない。ちゃんと言ってよ」
水生はスプーンでオムライスの上のケチャップを均等に広げて、雄二を見た。勿論判っているからこそ、聞き出そうとしているのだが。
「つまり優に余計な気を使わなくていい訳だよ、俺達」
「・・・・・・」
「ああもう判ってるだろ?俺達が付き合っても誰も文句は言わないんだって」
「あたし酒井とは付き合えないよ。右から左にうまく流せないもん。とりあえずね、優とあたしの仲が前位になるまでは嫌なの。あたしはね、こう言うと凄く矛盾してるんだけど、酒井のこと好きだよ?でも今はこうやってるだけでいいんだもん。判ってくれる?あたしの言ってること」
「判りたくもないな。おまえはずるいんだよ、そういうとこ。何も優を引き合いに出さなくてもいいだろ、単に時間を開けたいんなら素直にそう言えばいい。でもそういう回りを気にするのが如何に無駄であるか考えてみろ。誰も何も言わないのに、いちいち考え込んでんじゃねぇ。俺はもう待ちたくないんだよ、こそこそするのだって性に合わない。だからおまえの考えてることは理解し難いね。遠慮する必要性もないな、判るか?俺の言ってること」
ミルクティーを飲んで、カレーを口に運ぶ。大盛りのカレー。いつも雄二は見ていて気持ちよい程食べる。水生は話を自分の中でゆっくり反芻しながら、小さなオムライスをまた一口食べて考えた。いつもより厳しい雄二の意見は紛れも無く正論だ。
でもそれを真っ向から受け止められる自信も勇気も度胸も今はまだないに等しい。
「勝手だよ、そんなの」
「勝手で結構。まあ今ここで意見が分かれたならしょうがないな。とにかく俺がこう考えてるってことは判ってくれ」
「うん」
すっきりしない表情で水生は頷いた。湯気の立たないオムライスからオレンジ色のご飯がなだれ落ちる。それをまたスプーンで掬って食べる。なんだかそんなことの繰り返しばかりだと、ふと思う。食べても食べてもなくならない。
「おまえは今二人の人間を生殺しにしてるんだよ」
「二人・・・・・・?誰と誰?」
「そうやってすぐ人に訊かないで、少しは自分で考えてみろ。俺とおまえだろ」
「なんか今日の酒井は言うことキツイよ」
「そいつは悪かったな。俺はみんなと違って気が短いんだよ」
流し込むようにミルクティを飲んで、カレーを片付けていく。こんな風にきっちり一つずつ処理していける程、水生は器用じゃない。
「ごめんね、もう少し時間が欲しいの。待ってくれる?」
「おう」
水生を確認するように見て雄二は頷く。まともに視線を合わせられなくて、水生は俯きがちにスプーンを運んだ。
考えろ、と雄二は言う。
ずっとそうやってやってきた水生には改めてひとりで考えることを難しいと思う。
「食べろよ、冷めるぞ」
「あ、うん」
纏まらない思考を一緒に噛み砕いて、飲み込んでいく。消化不良を起こしそうだった。いやもう起こしているのかもしれない。
一通り食べ終わって、一緒に外に出る。
すっかり日差しに勢いがない。楽しかった夏のことを鮮明に覚えすぎていて、肌寒さを受け入れられないままだ。そうこうしているうちに服は少しずつ分厚くなって、覚悟が出来ていない状態での冬が来る。永い冬、夏を想うのだろう。
「じゃあね」
「おう」
重い感情を引きずって、水生は雄二と別れてひとりで電車に乗った。混乱している。また惰性で電車に揺られて、とぼとぼと家路に着く。頭の中で廻っているのは、雄二のことだった。心配してくれる顔、からかう時の底意地の悪い顔、コーラを飲む時に少し流れる癖のない髪、大きな手のひら。水生は自分が何を気にしていたのか、段々判らなくなってきた。雄二の言う通りかもしれない。
帰りがけにマキ社長の所の寄って相談してみようかと思ったが、止めてまっすぐ家に戻った。たまにはひとりで考えてみよう。何もかも雄二の言う通りに動いている気がしないでもないが、それが正しいということもある。さして気に留めずに冷たい牛乳をグラスに注いでテーブルに置いた。カーテンを開けると光が射す。落ち着かなくてベッドに寝転んだり、ストレッチをしてみたりするのだがどうにも定まらない。
いっそのこと電話でもしてみようかと思うのだが、時間を欲した以上それではいい加減に思われるかもしれない。要するに雄二を意識して止まない。妙にそわそわしていると、ケイタイが鳴り出す。マキ社長からだ。カラオケに誘われて二つ返事でOKしてしまって軽い自分に嫌悪してしまったが、こんな閉じられた空間で考えているだけでは埒は開かない。気分転換にもなる筈だ。マキ社長に相談しないことを決めて、水生は待ち合わせの何時間も前だというのに支度を整えて街に出た。
マキ社長の仕事が引けてから軽い食事をしてカラオケに流れて、部屋に戻ると午前近くだった。いつもより飲んだのか、身体がだるい。今すぐ眠りたいのを我慢して風呂に入る。髪もろくに乾かさずに、眠りに引きずられる途中に目覚し時計のスイッチをオンにした。
翌日目覚ましに起こされるが、疲れが抜けきっていないのか目覚めも悪い。ふと思いついて熱を測ってみると、立派に発熱していた。何となくアルコールも残っているような感じだ。熱を意識すると余計しんどくなってくる。水生はもう一度ベッドに潜り込んだ。うとうとしていると、ケイタイが鳴り出す。出るだけの気力がなくて、水生は眠りを選んだ。
お腹が空いて目が覚める。時計を見ると、お昼を過ぎていた。TVをつけてから音を聞きながら顔を洗う。気分はさっきよりも随分と良くなったものの、まだ身体は本調子を告げてはいない。寝汗をかいていたので着替える。冷蔵庫を見て食べ物を探すが目ぼしいものもないし、かといってこれから出掛けることもデリバリーのピッツァも気が進まない。思案に暮れていると、いいタイミングで電話が鳴り出す。
「もしもし」
「もしもし酒井だけど、おまえ今どこ?飯食った?」
「ううん、でも今学校にいないから。何か熱出ちゃって家にいんの」
「熱ぅ?腹出して寝てたんじゃないのか?」
「ばか、そんな訳ないでしょ」
そのジョークが優しく聞こえる。一晩眠っても気持ちは変わらない。
雄二が好きだ。
「で何?おまえ大丈夫なのかよ」
「うん、ぼちぼち」
「なあ・・・・・・今からだと一時間位かかるけど行っていいか?飯買って行ってやるよ」
「今から?・・・・・・うん、判った」
「おう、じゃあ後で」
「うんばいばい」
水生は電話を切ってから、自分が笑顔でいることに気づいた。そのままベッドに倒れこんで枕を抱きしめる。これから約一時間後に雄二がやってくる。心配されているのが素直に嬉しい。
と、水生は突然身体を起こして部屋を見回した。そんなに散らかってはいないが、人を招き入れるには生活感に溢れている。普段着に着替えてから、部屋を片付け始めた。一通り終わって息をつく。時間を見ると、電話を切ってから小一時間経っていた。もう雄二が来る範囲内だろう。
変に思われないように気持ちを整えて、またTVをつけた。それから少ししてケイタイが鳴り出す。勿論雄二からだ。
「はい、もしもし」
「ああ酒井だけど、おまえんち何階だったっけ?今アパートの前なんだけど」
「え?3階だけど」
水生は窓の外に身を乗り出す。いつも陽一が原付を止める電柱の側に雄二が立っていた。水生の姿を確認すると表情を変えずに袋を下げた手を上げてみせる。ケイタイを下ろして大きめの声で叫んだ。
「掃除しとけよー!」
「してるよーだ」
少し笑い合って、水生は電話を切って玄関の鍵を開けた。ほんの少しの間の後、ドアのチャイムが鳴った。
「お?おまえホントに熱なんてあんのか?元気そうだぞ」
「判んない、もしかしたらもう下がってるかも」
「オイオイ、これでいいか?惣菜アレコレ」
「うん、あ!上がって」
水生は雄二から袋を受け取って、先に部屋に入った。靴を脱いで雄二が部屋に入って来る気配がする。狭いワンルームの部屋に二人きり。もうすでに間が持たなくなっている。水生はお茶を用意をしようとして立ち上がった。
「なあ」
雄二から手首を掴まれて水生は強く動揺した。動悸が速くなるのが判る。一瞬後悔してしまう、安易に部屋に呼んでしまったことに。
「俺を呼んだってことは、そういう意味にとってもいい訳?」
「・・・・・・うん。何か酒井の言う通りかもしれないとか思って・・・・・・あたしちゃんと考えて、それで」
「うん、判った。うん」
酒井は水生を見上げて、小さく照れくさそうに笑った。釣られて水生もぎこちない笑顔になる。
「ねぇ、ちゃんと言ってよ」
「何を?」
「あたしは言ったよ。だから酒井の番」
水生は雄二の目を見ながら、緊張しながら告げた。暫く見つめ合う。触れている雄二の手を熱く感じる。
「その前に、いいからそこ座れ」
水生は言われた通りに雄二の隣に座った。二人で向き合う。雄二はいきなり水生を抱き寄せた。強い力に水生は胸が高鳴るのを感じる。もう無条件に雄二を愛しく思う。
「こんなんじゃ一日伸ばした意味ないんじゃないのか?」
「意味はあるよ。ホントに酒井でいいか、確認してたんだもん」
「確認?」
雄二は大きな声で水生の肩を掴んで顔を覗き込んだ。
「失礼な女だな。どういう意味だよそれ」
「嘘だよーだ」
「かわいくねー・・・・・・嘘、かわいい」
雄二はふと真剣な顔をして水生の頬に触れる。目を逸らせないまま、雄二の術にかかっているのを感じた。
案の定そのまま唇が触れる。胸がきゅんとする。目を閉じている時間がとてつもなく長く感じた。速くなった動悸と緊張で息苦しくなった時、雄二はキスを止めてまた腕の中に抱きいれる。
「ちゃんと言ってよ、順番が逆だってば」
「好きだよ」
「知ってるもん」
「強情な女だなーおまえさん、水生様は」
「違うよー、酒井が勝手でマイペースなんだよ」
「はいはいもういいよ、おまえが一番かわいい。わがまますぎるけどな、やれやれ」
「と、こうなっちゃった訳なの。あたしって軽いかもしれないね?でも嬉しいの」
翌日しっかり元気になった水生はカオルを呼び出して、事情をかいつまんで話した。カオルはやけに変な笑顔を浮かべて、少しすまなさそうにそれでいて楽しそうに話す。
「実は昨日雄二に聞いたんだけどね、G党に来なかったから電話しておれが聞き出したんだよ。話し手が違うとこんなに違う話になるんだね。ありがとう、面白かったよ」
「って話なの。カオル君って結構意地悪よねぇ?陽一君どう思う?」
昼休みに部室に陽一を呼び出して、水生は本気で語った。陽一は少し俯いて水生を垣間見て、申し訳なさそうに笑う。
「ごめん、実は知ってるんだ」
「何でー!どうしてー?」
「酒井本人とカオルさんから聞いたんだ。それで面白いから一通り喋らせろってカオルさんに言われて・・・・・・ごめん、悪いとは思ったんだけど」
「・・・・・・」
「いや、でも良かったよね?前おれろくに役に立てなかったし、それに酒井からの話はご心配お掛けしましたっていうカンジの報告だったから。でも酒井って以外にカワイイとことかあると思ったんだけど」
しどろもどろに陽一は話す。水生は本当にすまなさそうにしている陽一を見ていると怒るに怒れなくなる。そのまま黙っていると陽一は勘違いしたのか、更に続けた。
「あ、ごめん。おれ何言ってんだろ」
「もーやんなる酒井のヤツ。男のクチ軽いのってホント性質悪いよねぇ?」
「・・・・・・」
陽一は水生の顔を見て、少し俯いた。それに特に疑問を覚えずに水生は髪を触りながら言う。
「サイアクって感じー。以外だよねー?だって何か必死になって隠しそうじゃないアイツ」
「誰が何だって?言ってくれるよなあ、水生さんよぅ。今時男のクセにとか女のクセにとか差別用語だぜ」
掴まれた肩に振り向くと雄二が立っていた。水生は目を丸くして息を呑んだが、不適な顔で雄二を見上げた。
「ちょっと顔貸せや」
「望むところよ。かかって来いっちゅーの!」
水生は鞄を抱き締めて席を立った。陽一を残して部室を出る。外にはカオルと優がいた。水生は急におかしくなって笑い出した。雄二が驚いて水生をまじまじと見る。
「何だ?気でも触れたか?」
「ううん、何か嬉しくって!みんな大好きー」
「みんなお昼まだだよね?Atlas行こうか」
カオルが提案する。初めてメンバーに会った時と同じファミリーレストラン。きっと思い出の場所になる。陽一も出てきて、律儀に戸締りをした。
ただあの時と違うのは、隣りにいるのが雄二だということ。一番後ろで、二人は初めて手を繋いで歩いた。暖かい大きな雄二の手。これなら寒い冬だって夏のように大好きになれるのかもしれないと考えながら、水生はみんなの後をついて歩いた。
柔らかい光が外に溢れていた。
第一章 SOUL MAN
第二章 GOD BLESS YOU
第三章 今日が終わる前に
第四章 それでも恋はやってくる
1 夏祭ナツマツリ
2 なつのひと
3 夏の神
4 ナツノヒト
5 夏の男
6 夏の女
7 サマーピープル
8 サマーバケーション