PassionateBlue2.8 空が青い日
誠は目覚し時計の機械音をかなり聞いてから、手を伸ばしてアラームを止める。意識がはっきりしないまま、また布団の中でうとうととまどろんでいく。間髪入れずに同じ音が鳴り出す。手探りで止めて、雨が降っているような微かな音がしているのを聞きながら、誠はカーテンを開けた。すると窓の外に広がっていたのは、間違えようのない青空だった。誠は暫く呆然としてそれを眺めていた。まだ雨音はする。
漸く目が覚めかけて、ふと誠は熱を測ってみた。デジタルの体温計が示す数字は37.5、しっかり発熱している。雨音は頭痛のせいだったのだ。ベッドの宮部分にあつら誂えてあるサイドボードに体温計を置いて、誠は欠席の旨を担任宛に送信した。そのままオーダーパネルを呼び出して、サンドウィッチとコーヒーを注文して配達の手配をした。病気などでレストランに行けない生徒の為の、ルームサービスである。サイドボードに付属のオーダーパネルで、品物を選んで配達してもらう。食料品の他に薬も取り寄せられる。これらは全てオンラインで操作するようになっている。この部屋のデジタル管制塔がサイドボードにあたり、これにPCを繋げば通信教育も可能になる。この部屋から全く出ることなく、授業やテストさえ受けることが出来る仕組みになっている。急病時の対応を救急車、レスキューなども呼び出せる。ついでに煌にも同じ内容のメールを送信した。一気に仕事をやり終えたような気持でベッドに倒れこむ。病気の心理で、熱を意識してしまうと信じられない位体が重く感じる。溜め息を吐いて窓の外を見た。
ゆうせんのスイッチを入れて、パネルの表示をD25に合わせた。密かなお気に入りの、多国籍BGMが据え付けたスピーカーから流れだす。適当に音に合わせて口笛を吹いていると、チャイムが鳴った。頭をいきなり掴まれてシェイクされているような頭痛を引きずって、確認しないでドアを開ける。
「お?何だ、やけに早いな」
「まあな」
煌が小さな紙袋を手に持って立っていた。おまけのように由良も一緒だ。心配そうに誠の顔を見上げる。誠は少し嬉しく思いながらとりあえず二人を部屋に上がらせた。
「風邪薬を持ってきた。前由良が風邪ひいた時持ってきただろ?だからおまえんとこにはないんじゃないかと思って」
「おぉ、そうだったな、忘れてた」
煌から紙袋を受け取ると、ガラスの瓶の中で錠剤が軽い音を立てて転がる。誠はベッドに座って、それをサイドボードの上に置いた。由良が近づいてきて、誠の額に手を当てる。冷たい手が心地よかった。
「熱あるね。大丈夫?誠くん昨日何やったの?」
「何って、別に人聞きの良くないことはやってないけどな。飲みに行っただけだぜ」
「どこに?」
「・・・・・・公園」
「バカだな」
煌が間髪入れずに冷たく評した。流石に誠は自分でもそう思っているので反論できない。昨日はまた特別寒かった。が、学校が違うツレと久しぶりに会ったので、立ち話のついでにコンビニでアルコールを買い込んで飲んでいたのだ。その時は寒くはなかったのだが、泥酔して帰ってきてそのまま掛け布団の上で暫く寝込んでしまったので気付いた時には遅かった。無謀だったと思っている。
「誠くん、カラダ弱いんだから無理しちゃダメでしょー?」
「ばかやろ、別に弱くねぇよ。たまたまだよ、タイミングが悪かったっつーか・・・」
「無茶するからだろ。それじゃあ強くたって倒れるに決まっている」
煌が溜め息まじりに断言した時、助け舟を出すように玄関のチャイムが鳴った。先程注文したサンドウィッチだろう。由良に出てもらって受け取る。ポットと空のコーヒーカップ、サンドウィッチが行儀良く皿の上に盛り付けてある。 煌は腕時計に目を走らせて立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ行ってくる」
「おりこうに寝ててね?早く治りますように!」
由良が誠のバクハツした髪を押さえつけるように軽く撫でて、にっこりと笑った。まるで子ども扱いだと誠は思ったが、特に何も言わず手を振って見送った。二人が出て行ってしまうと、まるで嘘みたいに音楽が急に大きく聞こえ出す。コーヒーを温められたカップに注いで熱いまま啜ると、妙にその音だけが響いた。無言でサンドウィッチを齧る。音楽は中近東のものだ。マッチしないのがおかしくて、誠は口元だけで微かに笑った。食欲は殆どなかったが、抵抗なく食事を済ませる。時間が経つのがいやに遅く感じる。キッチンで水を汲んで煌が持ってきた薬を飲んで横になると、不思議な程に睡魔が周りを取り囲む。誠は抵抗しないで、その波に身を委ねた。
剣を薙ぎ払う。視界に飛び込んでくる自分のアニマル柄のローブ。駆け寄る銀髪の男。
<大丈夫か、セイシンジャ>
<あぁ、これ位でくたばるオレ様かよ>
オレは嘲るように言ってやった。カオスは鼻先で笑うと、何も言わず表情を引き締める。周りを数え切れないほどのモウキが取り囲んでいるが、オレに恐怖の感情は一切なかった。最も頼れる相棒が来たからだ。逆にコドモのようなワクワクした気持にさせられる。面白れぇ、久々に大暴れしてやるか!
オレは剣を握りなおして、モウキの中に飛び込んで行く。剣に手ごたえのない感触。胴を切られたモウキは血飛沫を上げてその場で崩れ落ちる。と同時に光を強く放って緑色の鉱石に変化した。
<成ぁる程、そういう訳かよ>
ひとりごちると、また剣を思い切り薙ぎ払う。逃げ惑うモウキ達に、オレはデカい掌妙剄(しょうみょうけい)をお見舞いしてやった。大爆音と共に辺りの木々も一緒に吹っ飛ぶ。カオスがオレの元に走ってきて声を荒げた。
<おまえは何を考えてるんだっ!俺まで殺す気か!>
<悪ぃ悪ぃ、手加減できなくってよぅ>
辺りは焼け焦げた大木の合間に緑の鉱石が敷き詰められていた。かなり圧巻だ。やろうとしても中々これだけの鉱石を緻密にばら撒くことは出来ないだろう。薄い光に反射して光っている。まるで夜空のようだ。
<やれやれだな、どうするよ王子様>
<どうするもこうするも・・・とりあえず引き揚げよう。考えるのはそれからだな>
<しっかしまぁ、オレも中々やるもんだね。そう思わねぇ?>
カオスは溜め息を吐いて、ゆっくりと辺りを見回した。銀色のくせのない髪が風に揺れる。剣を強く振って血を落とすと鞘に収めて、また大きく溜め息を吐き出した。
<バカか。これじゃあやりすぎだろう>
<あっ、バカって言ったな?国の功労者だろうが!もっと労れ!>
<帰るぞ、みなにそう伝えてくれ>
カオスはオレを無視して、衛兵に声を掛けた。昔っからそうだ。カオスはオレをすぐバカバカ言ってシカトしやがる。オレの良さが判らないやつだ、全く。
怯えきった馬をなだめながら、山道を進む。休憩のない強行軍だ。これなら夕方には帰国できるだろう。カオスは姿勢を崩さず馬を駆っている。おいおい、あんなに肩肘張ってちゃあ疲れるっての。ちっとはオレを見習えばいいのに、不器用なヤツだな。
誠はいきなり目が覚めて、暫く状況を飲み込めずにいた。深呼吸して胸の動悸が落ち着くのを待つ。今回はやけにリアルだったし、いつもよりも長い。意味もなく時計を見ると8時半だった。先刻から殆ど時間は経っていない。何より驚いたのはカオスという男。煌と同じ顔で同じ声だった。話し方まで煌そのものだ。夢の中でセイシンジャはとてもカオスを信頼していた、誠のように。今の状況と似ていなくもない。セイシンジャが自分の前世だとすると、カオスは煌の前世なのか。そう考えるとしっくりと収まる気がする。そう、夢の中でセイシンジャが認識していた自分の顔は確かに誠そのものだった。誠は何故だか懐かしいような、妙な気持になって、両手をじっと見つめてみる。セイシンジャは手から掌妙剄と呼ばれるオーラの塊のようなもので攻撃していた。まさか今自分がそれを発射できるとは思えないが、誠はこの手から出されていた感触を思い出すことができる。皮をなめした剣の柄も、この手が握っていたものだ。
誠は急速に夢で見た状況を思い出した。認識したという方がニュアンスは近いかもしれない。後ろからセイシンジャが走ってきて自分に寸分違わず重なったような、空気の軽い振動に似たものを感じる。あれはファーシィから帰る途中、執事の差し向けたモウキに襲われた時だ。セイシンジャは自分で、カオスは煌だ。断言できる。そして由良はセアラだろう。
誠は耳に入ってきた無国籍音楽を寝たまま聴いて、空を見ている。だからと言って、どうなんだ。
「何だってこんな平和な世の中に転生しちまったんだ・・・?」
そうひとりごちて微かに笑う。この現代のニッポンにモウキがいるとは思えない。じゃあ何故この世に生を受けたのだろう・・・?誠は少し考えて、やがて結論に至る。
「やっぱり平和もいいだろうってことか?マダラよ・・・」
答えは誰からも還ってこない。誠は目を閉じて笑いをかみ殺した。バンドの名前が須弥山なのも、単に誠のインスピレーションだけではなかったということか。全ての運命は最初から決められている。誠は何故か悪い気はしなかった。いつもなら真っ向に反論しただろうに。またカオスと共にいるからだろうか。そんな些細なことでカタがつくこともある。面白い、世の中だ。
誠はつくづく感慨深く空を眺めた。煌はもう気付いているのだろうか。空は真冬の気温をどこまでも青く、鮮やかに染め上げている。誠はふと気付く、空を眺めることが久しぶりだということに。
File2.0 時の扉
File2.1 幼馴染み
File2.2 高校生。
File2.3 大事なこと、信じているもの。
File2.4 バトルロワイヤル
File2.5 青春X3!
File2.6 When we were green.
File2.7 つりにゆこう
File2.8 空が青い日
巻末付録(ミニデータベース)
公式HPより抜粋記事
言い訳ついでにあとがき