PassionateBlue2.1 幼馴染み
新年早々の呼び出しで、煌(こう)は仏頂面で雪を踏んで歩いていた。こんなことを言い出すのは勿論誠(せい)だ。いつの間にか早足になっていたのか、由良(ゆら)はコートの袖を掴んだ。そのまま腕を組む。煌を見上げて、由良は笑った。口から白い息が風に舞う。
「寒いね」
「全くだ」
「わたしは嬉しいよ、3人で初詣なんて」
「俺は由良と二人の方が良かった」
「バンドのヒット祈願だなんて、誠くん燃えてるねぇ」
由良は感心したようにまた笑って、こうのコートに頬をすり寄せた。バンドのヒット祈願なんて、ただの口実だろう。年賀状すら書いたことのない誠が初詣なんて、寒さおかしくなったに違いない。
駅からの人の流れは早い。それは今日が今年一番の冷え込みだからだろう。こんなことなら誠の送迎の車を辞退するんじゃなかったと、煌は少し後悔した。自分は構わないが、由良がかわいそうになる。
「煌くんと二人で歩くのって久しぶりだね。寒いけど楽しい」
「ん、そうだな」
寮に住んでいるせいで学校以外は殆ど出歩かないので、冬の街が本当に寒いということを忘れていた気がする。由良は両手をこすり合わせて息を吹きかけた。白い息がまた放たれる。由良の唇は温かそうな血色だった。煌は何気に触れる。矢張り冷たい。由良と目が合う。煌は照れを隠すように、手を繋いだ。ポケットに突っ込んであったので、由良の手がとても冷たく感じる。
「煌くんあったかい・・・」
無邪気な由良の声が聞こえる頃、漸く誠の家が見えた。純和風の2階建ての家屋は見るからにお金持ちという造りで、さながらセットのようだった。実際にドラマの撮影に使われたこともあるらしい。古めかしい気の柱にインターホンがマッチしないが、それは便宜上仕方ないだろう。
自動で木の扉が開く。錆びた蝶番もきしむ音も、昔から煌は好きだった。初めて来た時はお化け屋敷に入るようにどきどきと胸を高鳴らせたものだ。勝手知ったるという様子で由良と門をくぐる。旅館のような玄関の扉を開けると、誠が階段を慌てて降りてきたところだった。
「おうっ、上がれよ」
「お邪魔しまーす」
由良は微笑んで言って、靴を丁寧に脱いだ。煌はしゃがんでブーツの紐を解いて上がった。室内は一気に暖かい。めがねを掛けていたなら曇って前が見えなくなっていただろう。お手伝いのおばあさんが出てきて、コートを預かってくれる。由良は真っ赤な半袖のニットを着ていた。細い身体に赤が一際目立つ。誠は上から下まで値踏みするようにゆっくり眺めた。
「おっ?おめかししてきたな。オレに会えるの嬉しい?」
「うん、でも煌くんに会える方がもっと嬉しいの」
「あっそー」
誠はむくれるような仕草で肩を落として階段を上がっていった。煌と由良も続く。誠の部屋は乱雑に散らかっていた。子どもの頃から変わらない景色。点数に斑がある答案なども、無造作に置いてあったりしたものだ。流石に今それはないものの、バンドのスコアなどが積んである。誠はギターを抱えてベッドの上にあぐらをかいた。
「まずは、明けましておめでとう、今年もよろしく頼むぜ」
「おめでとー」
「・・・・・・何を偉そうに」
「お?おまえ、オレのデバナをくじこうったってそうはいかないぜ。今年のオレは燃えてるんだからな」
「はいはい」
煌は全く興味なさそうに、無表情で相槌を打った。誠は別に気に留めない様子でコーヒーを啜る。結局誠の部屋で何もすることがないので、初詣に出掛けることになった。境内は人だらけで、高いところからはテレビの撮影が行われている。誠は呑気にVサインをしている。煌は他人の振りをした。
三人並んで手を合わせて一応の目的は果たす。テントのおでん屋に入って、煌と誠は缶ビールを飲んだ。寒いのに外で飲むビールは美味い。
「おっさんぽいー!」
由良はホットウーロン茶を手持ち無沙汰に持って二人を評した。由良は極度の猫舌なので大根を箸で四分割したまま、冷めるのを待っている。テントの屋台は布を張った椅子だけが幾つも並べられていて、殆どの席が埋まっていた。この屋台は他にもタコヤキや焼そばも置いており、ソースの焦げるいい匂いが充満している。焼きたてのタコヤキをほお張って、誠が一応の反論をしてみせる。
「そういうけどな、外で飲むビールは味が違うんだよ。おまえには判んないだろうけどな!」
「いーもんね〜、判んなくたってっ!」
午後だというのに、気温は大して上がらないままだ。足元から冷えが徐々に支配していく。それでも人の流れは留まることを知らないように次から次から押し寄せる。先刻までその中にいたと思うと、煌は背筋に冷たいものを覚える。はぐれなかったのが奇跡のような人出だ。
由良の提案で、神社の近くのゲームセンターに行ってプリクラを撮る。神社から流れてきた人で一杯だったので、早々に引き揚げる。誠は一人で反対方向の電車に乗り二人と別れた。煌は由良と街を少し散歩してから、由良の家に行った。
煌は時間の潰し方が下手なので、休日がそれ程好きではない。だからあと1週間もある冬休みを持て余していた。誠みたいにバンドに打ち込んでいる訳でもないし(煌には誠がバンドに打ち込んでいるようには見えないのだが)、他にこれといって趣味もない。映画も読書も人並み以下だし、ベンキョウなんて授業だけで充分だ。かといって意味もなくごろごろしたりもしないので、時間が遅く感じる。きっと退屈そうに見えるんだろう。実際そうだが、それ以上でもそれ以下でもない。そんな煌だが、由良と一緒にいる時間を何よりも大事にしている。何気ない仕草がかわいいし、見飽きない。そばにいるだけで何も考えずにいられて、心が安らぐのだ。どんな音楽よりも、触れ合っているだけで癒されるような気がする。こういうのを好きだという気持ちなんだと、煌は解釈している。
居間でお茶を飲みながら、由良の母親を交えて話をする。主に喋っているのはこの親子なので、煌は時々脚を組替えたりしながら聞いていた。おっとりとした雰囲気がとてもよく似ている。由良も将来はこんな母親になるのだろう。母親が煌にクッキーを勧めながら、にこやかに話し掛ける。
「今日は泊まって行ってね、お家には連絡入れておくから」
「あぁ、うん」
「それにしてもねぇ、私未だに煌ちゃんのこと尊敬しているのよ」
「・・・・・・何を?」
「うふふ、だって由良に会いに何十回とフランスに来てくれたことよ。しかもおじさんに断ってから行ったんですって?かっこいいわ〜ホントにもう!今から孫のことが楽しみなの」
「ママってば気が早いわ!わたしたちまだ17歳よ」
由良が呆れ顔で告げる。恥ずかしそうな表情からは、まんざらでない様子が見える。煌はまた密かに由良をかわいいと思った。
「もし子どもができたら絶対産んでね!ママは誰よりもあなたたちの味方なんだから!ね、煌ちゃん」
「うん、ありがとう」
「わたしねぇ、男の子がいいわ、しかも煌ちゃんにそっくりのハンサム!きゃ〜今から楽しみだわ!」
母親は一人で舞い上がって、満面の笑顔になる。由良はわざとらしく唇をすぼめて呆れた表情を装った。ちょうどお茶が終わったので、部屋に引き揚げることにする。
「ママのああいうとこ、身内だからちょっと恥ずかしい!」
「別にいいよ、俺たちのこと認めてくれてるんだから」
「そうだけどね、わたしもママ好きだもん」
煌はソファに座りながら、由良の髪を撫でた。目を閉じて肩にもたれると、長い髪が一緒に流れた。由良は微笑んで煌を見る。
「煌くんのことも、大好きよ」
「知ってる」
「煌くんは?わたしのこと好き・・・・・・?」
顔を近づけながら、煌は唇が触れる寸前に肯定した。キスしながら煌は、物理的距離が近くなる冬も悪くないと思った。
File2.0 時の扉
File2.1 幼馴染み
File2.2 高校生。
File2.3 大事なこと、信じているもの。
File2.4 バトルロワイヤル
File2.5 青春X3!
File2.6 When we were green.
File2.7 つりにゆこう
File2.8 空が青い日
巻末付録(ミニデータベース)
公式HPより抜粋記事
言い訳ついでにあとがき