PassionateBlue2.5 青春X3!


 誠は眠たい目を擦りつつ、昼休みの廊下を歩いていた。レストランから教室に戻る途中だ。午後からは退屈な現国。昼寝にはちょうどいいと思って欠伸をした時、後ろから声を掛けられた。
 「あのっ蒼雲寺(そううんじ)さん!」
  「ん?」
  振り返ると、見たことのない1年の女の子が立っていた。背はかなり低い方らしい。177cmの誠を見上げる格好だ。思い切って声かけました!という様子が、瞳によく表れている。誠はなるべく話しやすいように笑顔を見せる。
  「突然声かけたりしてすいませんでした!あ・あの、この間のライヴ凄く素敵でした」
  「ありがとよ、暫くライヴの予定はねぇと思うけど、また来てくれよな」
  「はいっ!絶対行きます!」
  女の子は少し上ずった声で告げた。誠はその赤い頬に親しみを覚えながら、またつい笑顔になる。手馴れたものだ。ライヴをやった後はいつもこうやって声を掛けられる。公認ファンクラブの地道な活動の賜物だ。公式HPまであるお陰でチケットを売るのに苦労をしたことはない。
  「握手してもらえませんか?」
  「ん、オレで良かったら」
  誠は快く手を差し出した。小さな手が遠慮がちに誠の手を握る。誠はふと彼女に名前を聞いた。恥ずかしそうに答える姿は、誠のファン層には余りいない人種だと言える。
  「甲賀さやかです」
  「じゃあな、さやかちゃん」
  誠は極上の笑顔で下級生と別れた。誠の脳裏に彼女の名前と顔が性格にインプットされる。ハート一杯の視線を背中に感じながら、教室へ向かう。誠は1段飛ばしで階段をリズミカルに駆け下りた。風を受けてネクタイが揺れる。踵を踏んだ上履きが音を立てた。誠はこういう昼休みがキライではない。むしろ目立ちたがりやの性分には心地いいものがある。気分良く教室に戻るとこう煌が難しい顔をして日誌を書いていた。
  「よぅ煌ちゃん何してんの?」
  「見れば判るだろ、邪魔するなよ」
  「冷てぇの」
  そうぼやきつつも、誠は煌の前の席に座って脚を組んだ。その途端携帯電話が鳴り出す。煌は誠を垣間見てまた作業に戻った。着信はファンクラブの会長のものだ。
  「もしも〜し」
<もしもし、CLUB−Shumi1000(クラブシュミセン)の藤木です。今よろしいでしょうか?>
  「あぁ、いいぜ」
  <恐れ入ります。今度、HPのイヴェントでインタヴュー記事を掲載したいと思っているのですが、ご承諾願えませんか?>
  まるで経理のOLのような口調だ。同じ学年だというのに、藤木女史は誠と煌に対して敬語を崩したことはない。彼女に言わせれば、簡単に口を利くのも恐れ多いということだ。だからと言ってそれを他の会員たちに強要していないのが彼女の偉いところであると、誠は思っている。
  「いつでもどうぞ。オリャあヒマだからあんたたちに合わせるぜ」
  <ありがとうございます。ではえーっと・・・煌さんは大丈夫なのでしょうか?もしお近くにいらっしゃったら伺っていただきたいのですが>
  「ん、ちょっと待ってな」
  保留ボタンを押して、誠は煌にその旨を訊いた。明日の放課後は委員会があるから、それ以外ならいいということだ。以前煌はこういうアイドルじみた行動を必死で嫌がっていた。バンドも誠に誘われてから始めたことだし、今だってベースを即興で弾いたりするのは苦手だ。熱意もそれ程ない。もしこの世からベースが一つ残らず消えてしまっても、変わらない生活を送れるだろう。だが前よりも面白さが判るようになってきた、バンドもベースも。勧められるまま作曲をしたりするのも、煌なりの愛情だ。
  「あ、もしもしお待たせ。明日の放課後が委員会だから、それ以外ならいいってよ」
  <承知いたしました、日時が決まり次第またご連絡差し上げますので、よろしくお願いします>
  「うんうん、任しとけっ!じゃあな〜瑠美ちゃん」
  <し・失礼します>
  藤木女史はファーストネームで呼ばれるととても恥ずかしがるので、面白がって誠はそう呼んでいる。小さく笑いながら誠は電話を切った。
  「何だって?」
  手を止めずに煌は訊く。凡そ誠には出来そうもない技だ。誠はちょっと感心しながら、かいつまんで説明する。
  「日時は未定だけど、HPでオレたちのインタヴューを載せるんだってよ。その打ち合わせ」
  「別にいいけど、おまえはいつも勝手に決めるんだな」
  「まぁオレはリーダーだからな。オレの言うことはゼッタイだ!なんちて」
  煌は呆れたように目を上げて、またシャーペンを走らせた。几帳面な字だ。成績優秀を買われて委員長に毎年毎学期推薦されるのも無理はない。さすがに生徒会長は断っていたが。あんなのは体のいい雑用だと言っていた。そこまで捧げる気にはなれないらしい、それは誠も同様だ。
 予鈴が鳴ったので席の主が戻ってきた。誠は大人しく席を明け渡して、窓際の後ろから2番目にある特等席に座った。一番後ろは何かと雑用に借り出されがちなので、ここが一番だと誠は思っている。
  午後の日差しが直接差し込んで、眠りの世界に誘う。誠は机に突っ伏して、顔を窓の方に向けて見えない力に引きずられるように眠り始める。眩しい瞼は瞬時に様々な模様を描き出し、夢と現とを撹乱させる。剣を逆手に持って薙ぎ払う。着ているアニマル柄のローブの端、銀色の髪の男が駆け寄ってくる。
  <大丈夫か、セイシンジャ>
  だいじょうぶか、せいしんじゃ。
  誠が心の中で反芻すると呼応したようにヴィジョンは消え失せる。代わりに本鈴が鳴って、ざわついた教室が少し落ち着きを取り戻す。誠は自我を失ったように、机に突っ伏したままじっとしていた。何度も見たことのある夢の切れ端。一瞬だけの鮮明な映像に誠は戸惑いや不安を隠せない。やがて教室のドアが開いて、煌の起立という声が聞こえて慌てて立ち上がる。会釈よりも軽い礼をして座る頃には心の動揺は無くなっていた。いつもそうだ。こうして狐にでもつままれたような気持だけが残っている。すっかり眠気と縁遠くなってしまったので、誠はクラスメイトと同様にとりあえずパソコンを開いた。黙って黒板を写す気にもなれないので、バンドのHPを開いてBBSのレスを書いていった。ノートは後で煌のデータを持ってくればいい。これがこの学校の便利なところだと誠は思っている。殆どがデジタル管制下にあるので、Pカード−パーソナルカード−があればノートも教科書も必要ない。スキャンするとカードに入った個人情報が送信され、そのクラスのその時間割の教科書の情報を端末に呼び出してくれる。このシステムは誠が現2年に進級した時に導入された。本を直接持って回らなくていいので、学校帰りに遊びに行き易い。
  このPカードはこの学園で生活するためには必要不可欠なものだ。レストランやコンビニの決済、部屋のロック解除、近隣での買い物など、学生証にクレジットカード兼ねたもので、必要に応じて毎月の授業料と共に請求される。現金を持たなくても過ごせるのである。誰かの部屋に入るときにもチェックが必要で、これをしていないと2時間後には捜索願が出される。入り口にもカード所持のセンサーがあって、学生以外の者が寮内に入ると警備員が飛んでくる仕組みになっている。外泊と連れ込み禁止以外に寮にルールはない。完全な防音なのでピアノでもギターでも隣室に迷惑がかかることはない。自由と自立性をモットーに掲げる三島学園の生徒におとなげないいじめがないのは、こういった最新のシステムが一役買っている。
 誠の作業が終わる頃にちょうど授業も終わる。6時間目は選択授業なので、各々のクラスに移動する。誠は習字、煌はコンピュータのクラスを取っている。柄にもなく習字を選んだ誠だが、理由は2つある。1つは課題がないこと、2つは小さい頃習字を習わされていたから苦にならないことだ。週に3時間ある選択授業の中から誠が選んだのは習字・ジム・習字だ。煌はコンピュータを2つとジム、由良は家庭科A(料理)・家庭科B(裁縫)・ジム。由良はああ見えても活発な方で身体を動かすことがキライではないのだ。むしろそれを面倒だと思っているのは誠や煌である。だがジムにはプールもあるので、体力作りの為にひたすら泳ぐようにしている。ミュージシャンは体が資本だからだ。選択授業は全部で9種類あり、週に3クラス、組み合わせは自由で、重複可・定員なしとなっている。家庭科A/B、礼法、美術、音楽、習字、技術、コンピュータ、ジムから成る。最終授業の6時間目や、昼休み前の4時間目などに割り当てられている。着替えや準備に手間取っても、次の授業に支障をきたさない為だ。誠はロッカーから習字道具を取り出して、第2校舎に歩いていった。ジム以外は第2校舎に教室があるので、2年生の大移動が始まる。一番人気が薄いのは習字か礼法で、2・30人程だろう。だが誠が選択しているということを聞きつけて、女生徒が習字に多数流れたらしい。近年にない程に大きな教室を割り当てられていた。選択授業の途中変更も簡単に出来る。手元の端末とPカード一枚で次の授業から可能になる。人気の科目はコンピュータ。将来性が一番だし、資格のための授業も行われるからだ。煌がコンピュータを選んだ理由は単に得意だったからである。由良がフランスに行っていた時も、これで渡航費用を稼いでいた実績がある。次いで人気なのは家庭科A料理である。ここの生徒は家で母親すら料理をしないような人種なので、これからの自分の為に包丁を握ることを覚える。由良はここでは異だが、普通に料理を作ることができるのにも関らず家庭科Aを選択したのはお菓子の作り方を習う為だと言っていた。作ったものは煌や誠に食べさせている。だが大体は肉じゃがや牛丼などの、彼女らが普段食べられない家庭の味がメインである。
  誠は心此処に在らずといった様子で、課題には手をつけずに小筆で半紙に思いつくことを書き散らしている。流麗な文字が誠の心の乱れをそのまま映す。セイシンジャ、というのは名前だろうか。何度も胸の内で呟いてみる。不思議とその名前はしっくりと馴染む。名前。名前であることは間違いない。だが誰の名前だろう。
  ふと隣を習字の教師が通りかかって誠の手元を覗き込む。誠は難しい顔で老いた女性を見上げて鼻からゆっくりと息を逃して、口元だけで笑ってみせた。
  「センセイ済まねぇな、今日は乗らねぇんだ」
  「人間生きていればそんなこともありますよ、余り思いつめないようにね」
  「センセイはさぁ・・・ゴメンやっぱいいや」
  誠はうっかり訊きかけた言葉を飲み込んで、誤魔化すように笑った。教師は穏やかに微笑んで、また静かに歩いていく。前世を信じるかなんて、いきなり訊かれても誰だって困惑するだろう。
  これは唐突に思いついたことではない。セイシンジャというのは誠の前世かも知れないと、何度も繰り返し見た夢を考察して考えた結果だ。それを改めて認識して、心が僅かに軽くなった気がする。誠は残りの時間をせっせと課題に取り組んだ。お陰でそこそこのものが書ける。教師は何も言わずにそれを受け取って、事務的に提出欄に印を入れた。チャイムが鳴って、教室に戻る。殆どが教室に戻ってきていた。やがて全員が揃って、SHRが事務的に行われ一気に開放感がクラスを包んだ。誠は大きく伸びをして、ついでに欠伸をする。煌が鞄を片手にやってくる。
  「言うの忘れてたけど、由良が映画行こうって」
  「映画?何観んの?映画かぁ、今日オレ寝ちまいそうだなぁ。それにしてもアイツ最近やたら3人で行動したがらねぇ?どういう心境の変化だ?」
  「俺は知らん。直接訊いてくれ」
  「いや、別にいいんだけどよ」
  誠が鞄にパソコンを無造作に入れると、携帯電話がポケットの中で暴れ出す。見てみるとパソコンにメールが入ったことを告げていた。急ぐ用件なら直接電話がかかってくるだろうから、後回しでいい。が、誠は気になってパソコンを立ち上げ、一応メールをチェックしてみた。習字の教師からだ。とてもよく書けていたとの、お褒めのお言葉。心配してくれていたことを誠は素直に嬉しく思う。その時教室から出て行く波に逆らって、由良が入ってきた。
  「おっみやっげで〜す!」
  節をつけて二人に差し出したのは先程の選択授業の成果だろう、ビニール袋に無造作に入った手作りチョコレートだ。周りが波形のハート型のチョコレートが三色。それぞれ2つずつある。
  「お、ありがとよ」
  誠は手を伸ばして、早速口の中に入れた。暖房で温められた少し柔らかいチョコレートは、すぐ口の中を甘さで満たす。くど過ぎる程甘かった。元々甘いものが余り好きではない誠は1つで充分堪能といった様子だ。
  「あっめ〜ぇ!血糖値どっかーんだな」
  「そうかな?どれどれ」
  由良はピンクのハートを食べた。煌にホワイトチョコレートを手渡し、自分はゆっくりと味わって誠に反論する。
  「そんなに甘くないよ?フツーフツー」
  「いや、おまえは3年間フランスで甘いもの食べ過ぎて舌がおかしくなっちまったんだ。そうに決まってる、大体外国のチョコレートはコッテコテなんだよ」
  「えー!?そんなことないよ」
  「まぁ日本のに比べたらちょっと甘いな、美味いけど」
 煌は真面目な顔でそう評論する。煌が由良の作ったものにケチをつけているのを見たことがないから、誠としては煌の意見の信憑性は高くない。布のショルダーバッグを襷掛けに掛けて、誠は立ち上がった。二人を促して廊下に出る。
  「ところで何観んの?またバリバリの恋愛映画は勘弁してくれよ」
  「今回は違うわ、でも内緒!お楽しみなの」
  「はぁ?オレはなぁ、毎回ビックリ箱を開けるような人生はイヤなんだよ、安定と安穏がスキなんだ」
  「はいはい、レッツゴー!」
  由良は二人の間に入ってその腕を引いた。目で軽く合図し合って、煌は微かに笑う。誠も起きていることの保証はなしで付き合うことにした。幾ら寒くてもこんな晴れた日に出掛けないのはもったいない。ふとそう思えたからだ。



File2.0  時の扉
File2.1  幼馴染み
File2.2  高校生。
File2.3  大事なこと、信じているもの。
File2.4  バトルロワイヤル
File2.5  青春X3!
File2.6  When we were green.
File2.7  つりにゆこう
File2.8  空が青い日
巻末付録(ミニデータベース)
公式HPより抜粋記事

言い訳ついでにあとがき




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