PassionateBlue2.6 When we were green.
何台もの車が、園のなだらかな車寄せの坂に停まってはまた慌しく出て行くのを、煌はテラスに出て眺めていた。殆どが例外なく黒い車ばかりだ。車種などにはそう詳しくないが、それだけで全部同じ車に見えてしまう。その中に一際目を惹く赤い車が滑り込むように入ってきた。出てきたのは同じクラスのひしなが菱永由良だった。煌はそのセンスに感心して関心を抱いた。カッコイイと思ったのである。
煌は教室を抜けて、廊下を走って階段が見える所で立ち止まった。間もなく由良がエンジ色のリュックを片手に持って階段をゆっくりと上がってくるのが見える。由良は煌を見るとおっとりとした笑顔で駆け寄ってくる。
「おはよう、煌くん」
「おはよう」
煌は少しぶっきらぼうに挨拶を返した。由良はそれには気付かずに鞄を置きに教室に入る。誠が階段の踊り場で煌の名前を呼びながら走ってくる。
「煌―、外で遊ぼうぜー!」
「うん、今行くー」
由良に後ろ髪引かれる思いで、それでも煌は元気よく誠と共に外に走って行った。もうすぐチャイムが鳴って朝の挨拶を先生とするのだが、幼稚園児にそんな時間の概念はない。
煌と誠は従兄弟同士だ。煌の父親と誠の父親が兄弟なので、苗字も同じ蒼雲寺。この幼稚園に入る前から、古くは生まれたときから一緒だった。母親同士の仲がとてもいいせいだ。誕生日も半年程しか違わないので運良く同じ学年になっている。煌の父親はその道ではとても期待されている若き医者だ。一方弟である誠の父親は大学在学中に高名な賞を受賞して華々しくデビューを飾った作家で、今も第一線で活躍している。医者家系の蒼雲寺家では異質な職業だが、一応名のある医大は卒業しているので作家業を認められていない訳ではない。だからという訳ではないが、この二人の従兄弟はお金で不自由することもなく、幼稚園から大学までのエスカレーター方式で進学できる三島学園に籍を置いている。
チャイムが鳴ったので、残念そうに二人は教室に戻った。行儀良く椅子に掛けて先生の話を聞く。今日は天気がいいので外で遊ぶことになった。誠は率先して出て行く。くせのない固い髪が太陽の光を受けて茶色に輝いている。煌は靴箱ですのこの上に座って靴を履いた。横を由良が通り過ぎていく。横の髪を後ろにまとめて、リボンの付いた飾りで留めてある。由良によく似合うピンクのストライプだった。煌は校庭に出て誠を探し当てて駆け寄った。ジャングルジムの上にいて誠はその姿を認めて煌に手を振る。煌も一番上に上がって、クラスメイトたちを見下ろした。煌はふとせいに打ち明けてみる。
「ぼくさぁ、由良ちゃんが好きなんだ」
「由良ちゃん?オレは亜美先生の方がいいなー」
「亜美先生はもうケッコンしてるからダメだよ」
「別にいいよ、シアワセにしてやれるから。でも由良ちゃんって好きな子いるって言ってた」
「え?誰・・・?」
煌は聞くのが恐いような気がしたが、聞かずにはいられなかったので訊いてみた。誠はすぐ否定するように大きく頭を振って、続ける。
「知らない。美穂ちゃんが言ってたのを聞いただけだもん」
「じゃあ美穂ちゃんに聞いてみようか」
煌は誠の返事を聞かずに、ジャングルジムを降り始めた。誠は校庭をゆっくり見回してから、煌に声を掛ける。
「美穂ちゃんウサギと遊んでる!」
「サンキュー」
律儀に立ち止まって、煌は両手を口に添えて叫ぶとまた走り出した。誠の言った通り美穂はウサギ小屋にいて、小屋の中からウサギを抱いて1匹ずつ外に出している。小屋の外の金網から煌は名前を呼んで手招きした。
「なぁに?」
「いいから、ちょっと来てくれる?」
「うん」
美穂は器用に柵を飛び越えて煌の側に来てくれた。大きな目とショートカットが特徴で、女の子の中では一番の元気印だ。おとなしめの由良とはいいコンビでいつも一緒にいる。しゃがみ込んで白いウサギを抱いていた由良は、煌を見つけるとそれに頬擦りして微笑みかけてくれる。
「由良ちゃんの好きな人って誰?」
「由良ちゃんの好きな人?」
美穂は鸚鵡返しに問うて煌の顔をじっと見た。やがていつもの大きな笑顔で煌に微笑みかけると、また柵の中に入ってしまう。
「あっ、待ってよ!」
「内緒っ!プレゼントあげてプロポーズしたらいいのにー、そしたらゼッタイ喜ぶから!!」
「・・・・・・プロポーズ?」
美穂は煌の姿なんて目に入っていないようにまた、ウサギを抱き上げて外に出し始めた。別のグループが煌の隣を通り過ぎて柵の中に入っていく。煌は美穂に聞くのを諦めて、ジャングルジムの上に戻った。誠が相変わらず細いジャングルジムに座って煌を待っていた。
「美穂ちゃん誰って言ってた?」
「内緒なんだって。プレゼントあげてプロポーズしたら喜ぶんだって」
「ふーん。何だかよく判らないねぇ」
「まあいいよ、言う通りにしてみる」
煌は由良の長い髪がとても好きだったので、髪飾りを贈ることに決めていた。帰ったら母親と買いに行くつもりだ。いつもピンクだから、たまには違う色もいいだろう。やがて集合の合図があって、誠と煌は走って先生の元に戻った。
帰り、由良は自分の家の車を待っていた。赤い左ハンドルの車が列に並んでいる。一足先に車に乗り込んでいた煌は、窓を開けて由良に手を振る。由良は嬉しそうに手を振り返してくれた。小さな指で窓を閉めて、煌は同乗している母親に事情を説明する。
「ねぇおかあさん、ぼく由良ちゃんにプレゼントあげてプロポーズするんだけど、貯金下ろしていい?」
「プロポーズ?煌は由良ちゃんが好きなの?」
「うん、でも由良ちゃん誰が好きなのか知らないんだ。でもぼく頑張るからお願い!」
「そうね、じゃあ帰りに銀行行きましょうね」
母親は運転手に行き先の変更を告げる。煌は母親に大きな声でお礼を叫んだ。いつもはおとなしい煌の笑顔を、母親は素直に喜ぶ。
翌日、煌は綺麗に包まれた由良へのプレゼントを大事に鞄に入れて登園した。いつものようにテラスに出て次々に押し寄せる車を眺めている。遠くから由良の赤い車が見えたので、煌は鞄を抱えて下駄箱へ走って行った。やがて由良がやって来る。
「煌くん!おはよう」
「おはよう、あのこれ・・・プレゼントだよ」
ピンクの包みを煌は手渡す。由良は嬉しそうに胸に抱えて、それから包装紙を破らないように丁寧に解いた。中から出てきたのは真っ青なバレッタ。由良はそれと煌を交互に見て、いきなり煌に抱きついた。
「ありがとうっ!嬉しいー!」
「気に入った?」
「うん!由良ずっとこういうの欲しかったのー!でもママはいっつもピンクのばっかり買ってくるんだもん、キレーなブルーだねー」
「ぼくの好きな色なんだ」
「ありがとー、煌くん大好き!」
由良は煌の顔を覗き込んで、唇にキスをした。煌は驚いて目を大きく開けたまま、由良の顔を見ている。由良は構わずもう一度しっかりと煌に抱きついた。
煌はアラームの電子音で目を覚まして、ゆっくりと目を開けた。傍らの由良も起きてアラーム解除のスイッチを手探りで探し当てて止める。大きく伸びをして煌を見ると、まだ眠たそうな表情で微笑んだ。
「おはよぉ」
「おはよう」
あの頃の笑顔と同じだ。由良は布団から出る前に煌に抱きついてキスをする。それから洗面所に向かった。煌は働かない頭のまま、布団のぬくもりを堪能している。由良の体温と同じ温度だと思うと、いつもより愛しい。由良が部屋を覗いてみると煌が珍しくまどろんでいたので、暫くその寝顔を眺めることにした。
「煌くんかわいい〜!ちっちゃい頃と全然かわってないんだから」
由良は小声でそうひとりごちる。煌が呼応したように目を覚まして、扉の側に立つ由良を見た。軽く両手を広げる。由良はスリッパを履いたまま腕の中に飛び込んだ。
「今コドモの頃の夢を見てた」
「小学生の時のこと?」
「いや、幼稚園だった。由良がかわいかった」
「過去形なの?ヒドイのね」
由良が拗ねるように唇を尖らせて煌を睨む振りをする。髪を撫でて煌は笑いながら囁き、そっとキスをする。
「今だって充分かわいいと思っているよ」
「嬉しー!煌くん大好き!」
由良は頬擦りをして、煌の唇に自分の唇を押し当てた。温かい、それは今も昔もちっとも変わらないことのひとつだ。いつだって側にいたいと思わせるような煌の優しい温度。
煌は思い切りカーテンを開けた。雲ひとつない、見事な冬の濃い空。煌は密かにそれをパッショネイトブルーと呼んでいる。夏にも負けない、情熱的な青だ。由良は先にベッドから出て、新聞を取りに行った。煌はもう一度情熱の青を見てから、水で顔を洗う。空が青い分だけ、いつもよりも冷たく感じた。
File2.0 時の扉
File2.1 幼馴染み
File2.2 高校生。
File2.3 大事なこと、信じているもの。
File2.4 バトルロワイヤル
File2.5 青春X3!
File2.6 When we were green.
File2.7 つりにゆこう
File2.8 空が青い日
巻末付録(ミニデータベース)
公式HPより抜粋記事
言い訳ついでにあとがき