ひこばえ俳句会 主宰:切建 昇


   主宰、副主宰、同人の俳句   


 主  宰:切建 昇
 前副主宰:大平静代

  ひこばえ5月号(令和七年)


 袱 袱 台    切建 昇
深山に猟夫の潜む時の黙
高札の太き墨痕寒鴉
フルートの余韻や春の風の中
水仙の香気芬芬風立ちぬ
呉服屋の竹の物差し風光る
懐かしむ羽釜の蓋の長閑なる
卓袱台は返しやすきや春の雪
菜の花やふるさと遠きおさげ髪

 春 の 川    大平 静代
春立つと最も高き木に野鳥
並びゐて觜を合はせる春烏
鳥翔ちて芽吹く光の交錯す
光りつつ山麓めぐる春の川
如月の灯に拙稿を遊ばせる
日脚伸ぶひとりゲームに執しゐて 冴返る稜線の上の二日月

  光 芒 抄   昇 推薦
理髪屋の昭和の笑顔あたたかし 中谷 貞子
鼻緒なき雪隠の下駄冴返る   楠田かつ子
歌垣の里へ細みち椿落つ    田中 美月
どの石も生国の有り城の春   藤川 毅
畑を打つ父と見紛ふ兄の背ナ  大前 邦子
パレットに青色溶けば春の雪  上田 圭子
猫もいる涅槃図見たく蹌踉と  鈴木かず子
足踏みのミシンの音よ春寒し  広渡 とし
血縁の濃きも薄きも草青む   山口ちあき
初恋や踏むオルガンの卒業歌  植松 佰代
刈る鎌に残り香移し蕗の薹   松平 美子
立春の受けし朝の日出掛けねば 前田千加子

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  ひこばえ4月号(令和七年)


 寒 牡 丹    切建 昇
雪被る大峰山系水清し
日射し濃く鳶の高舞ふ初山河
あしらひはおしやれな葉つぱ初宿り
寒木瓜のただひたすらの朱であり
藁苞に偲ぶふるさと寒牡丹
初観音お百度石の艶増せり
品書に亭主の気概初大師
禅寺の空気張りつむ残る雪

 立  春     大平 静代
立春の蒼天支ふ大鳥居
祈りの手清む春水光りもす
冴返る守り袋に金の綺羅
拾ひ来し木の実弾けし摩訶不思議
難訓の訓難解に春未だ
身のうちの一糸一毫冴返る
海はるかに春月上がる丘の町

  光 芒 抄   昇 推薦
三日はや仏師不乱に鑿振るふ   田中 敏子
凧揚げの父の必死を子は笑ひ   安孫子一山人
人生の余り楽しむ日向ぼこ    大前 邦子
沖一線一月の海光りをり     北沢 恭子
参道の坂の明りや実南天     沖津 京子
夕さりの風に百態枯尾花     谷口 一夫
葉牡丹や恋の渦まくカフェテラス 山口 道明
枯芝を駆け回る児に陽の匂    守作けい子
蚯蚓鳴く太古も今も争ひぬ    恒藤 邦夫
初春や幼馴染みの声を聞く    山根八重子
初御空つかず離れず夫婦杉    横山三恵子
寒の餅つるして見上ぐ母の背ナ  上田 芳枝

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  ひこばえ3月号(令和七年)


 冬 木 の 芽  切建 昇
渓谷に水音走れる冬木の芽
廃屋の季を失はず実南天
冬紅葉はらり釜飯炊き上がる
訪へば落葉の中の涙かな
彩りの思ひ出残し山眠る
植木屋の売札替ふる年用意
裸木となるも明日へ継ぐ命
願はくは一穢もあらぬ師走かな

 初  鏡    大平 静代
一月の海蒼茫と見ゆる丘
窓前に稜線走る初明り
摩耶夫人坐す摩耶山初日射す
自づから祈りの心初明り
重ねたる齢諾なふ初鏡
年立つと求めてやまぬ句のこころ
包丁の鋭き切れ味も二日なる

  光 芒 抄   昇 推薦
大寺の銀杏黄葉を山裾に       中谷 貞子
坪庭にほつと灯が点く冬木の芽    楠田かつ子
冬菊を咲かせ出石の蕎麦処      田中 美月
説法に笑ひはじけて暮の寺      藤川 毅
長女と生まれ老いても長女帰り花   上田 圭子
遺品とも云へぬ小袋小夜時雨     鈴木かず子
ひとことを告げざりし悔い草は実に  守作けい子
冬ぬくし散歩する人走る人      広渡 とし
人棲まぬ島が故郷年の果       山根八重子
それぞれに今年の言葉十二月     山口ちあき
渓紅葉欠けし無名の石灯籠      植松 佰代
ねんねこの中の子どもと迎へ出る   上田 芳枝

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  ひこばえ2月号(令和七年)


 能 勢 の 秋  切建 昇
暖竹の穂先軽やか能勢の秋
蹴りひとつ入れる鴉や穭の穂
川音と風の戦ぎや紅葉狩
柿熟るる紀の川に沿ふ道の駅
杮葺の書院の歴史赤とんぼ
古井戸の滑車傾く新松子
多宝塔の裳階耀よふ神迎

 新  暦    大平 静代
地球儀を廻せば海や冬麗ら
灯台の虚空へひびく冬怒濤
冬椿岬の海光ほしいまま
踏まれずに咲けり路傍の冬菫
極月や巻かれて届く新暦
聖夜なるゆふづつことに輝けり
感動の最終楽章冬深む

  光 芒 抄   昇 推薦
ちちろ虫塗師は小さく息を吐く    安孫子一山人
爺ちやんも散歩の犬もちやんちやんこ 大前 邦子
黄落やごとんと回る芋水車      北沢 恭子
冬麗や手水の上の糸手鞠       沖津 京子
冬すでに杣家を囲ふ薪の垣      谷口 一夫
常客のぬつと顔出す夕時雨      上田 圭子
六道の辻に佇ちゐて秋深し      鈴木かず子
老いも死も美を知るこころ冬紅葉   山口 道明
初鵙や言ふべきことは言ふときめ   守作けい子
稜線を一筆書に秋夕焼        恒藤 邦夫
古井戸の闇の深さや神の留守     横山三恵子
稲扱き機足踏み軽き藁軽し      上田 芳枝

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  ひこばえ1月号(令和七年)


 道 の 駅   切建 昇
オカリナの紀の川に沿ふ秋の声
丹の橋へ風の通りや水の秋
風渡る古墳の丘や式部の実
紀伊山路秋を探りに道の駅
放列のカメラを裾に鷹渡る
膝笑ふ渓の深きや紅葉狩
吊り橋に灯が入り霧の山の宿
早生みかん釣銭の無き無人売

 ハロウイン   大平 静代
少女らの笑顔はじけるハロウイン
番鴨あそぶ日の綺羅川の秋
ペン・ノート持つ手に摘める草の花
小菊白菊活けてひとりの祈りとす
遺句抄の心に沁みる夜半の秋
ゆく秋の稜線雲を懐きたる
巻き戻すことなき月日星流る

  光 芒 抄   昇 推薦
奈良格子磨く飯屋の秋気満つ   楠田かつ子
鷹渡る葉叢をたたく岬の風    安孫子一山人
山国の日暮れは早し蕎麦の花   田中 美月
秋しぐれ雀声なく姿無し     北沢 恭子
風起こせジュラ紀貌して螇蚸飛ぶ 鈴木かず子
それぞれに自在に生きて草の花  山口 道明
打水や繁昌亭の寄せ太鼓     守作けい子
秋夕焼いつでも泣ける女学生   広渡 とし
刈り取りの庭の静けき草の絮   山口ちあき
秋明菊揺れて路地裏暮れ泥み   横山三恵子
口論の途中栗飯炊き上がり    植松 佰代
子に見せる夫の日傘や七回忌   上田 芳枝

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  ひこばえ12月号(令和六年)


 高 き に 登 る 切建 昇
咲くや吉野に深き道
菩提子や飛鳥へつづく道明り
さはさはと桜葉を踏むみ寺
笹百合や古刹に寂ぶる百度石
名月や都会に残る袋小路
郷愁の高きに登る秋の声
ふくよかなわらべ地蔵や大花野

 十 六 夜    大平 静代
賜はりし僧の真筆爽やかに
お写佛せむと濯ぐ手と口涼新た
白毫を拝せる写佛秋澄めり
町の中に残る街道秋麗ら
今朝秋の風の中なる一走者
新涼の言の葉美しき句会報
初嵐野の寂寥の極まれる

  光 芒 抄   昇 推薦
重陽や当麻の塔の雨を呼ぶ   中谷 貞子
ひとつ燈の下に親しむ母娘かな 中野千鶴子
母牛仔牛睦む短かさ牛冷す   田中 敏子
夕月夜叱られてゐる隣の子   藤川 毅
鯔飛んで潮目の光る茅渟の海  大前 邦子
立杭の壺に溢るる里の秋    沖津 京子
湖未だ残暑の面に水脈を生む  谷口 一夫
裸電球残る裏町野分過ぐ    上田 圭子
打水や繁昌亭の寄せ太鼓    守作けい子
瓜坊も電車も通る村の川    広渡 とし
秋夕焼ブロック塀は猫の道   恒藤 邦夫
悲しみの尽きぬ能登なり後の月 山根八重子

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  ひこばえ11月号(令和六年)


 河 鹿 笛  切 建 昇
闇の渓に染み入る河鹿笛
浜木綿を咲かせ無人の旧湯元
西海の昼は神父と飛魚を干す
若者の農夫顔なし柿を摘む
腰だめの長竿しなり鮎を掛く
明星や荒く編まるる大茅の輪
山の端へ風の収まる月見草
清流に自由を奏づ河鹿笛

 涼 新 た 大平 静代
賜はりし僧の真筆爽やかに
お写佛せむと濯ぐ手と口涼新た
白毫を拝せる写佛秋澄めり
町の中に残る街道秋麗ら
今朝秋の風の中なる一走者
新涼の言の葉美しき句会報
初嵐野の寂寥の極まれる

  光 芒 抄   昇 推薦
かき氷ハワイの海の色透けて   楠田かつ子
語り継ぐ女工哀史や実むらさき  倉坂 桑史
瀧落ちて熊野の神と仏かな    安孫子康夫
新涼やいまも生家につるべ井戸  田中 美月
澄む水に龍田河原のまろき石   醒井 龍子
虫の音や切子硝子に酒を注ぐ   北沢 恭子
問はれては応へ涼しき庵主かな  鈴木かず子
長生きを思ひ悩まずつくつくし  山口 道明
幸不幸こころ模様や蓮散華    山口ちあき
さいかちの実には過剰な幹の棘  横山三恵子
神妙に日々に幸あれ大茅の輪   植松 佰代
掛け終へて母と一緒の稲架ぶすま 上田 芳枝

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  ひこばえ10月号(令和六年)


 ぼ た 山   切 建 昇
桃の香や旬をいそしむ選果場
電気柵光る山田の余り苗
西行庵の裏は影濃き蟻地獄
波躍る紀淡海峡雲の峰
扁額は青龍五重塔灼くる
弁慶も潜りしと見ゆ大茅の輪
ぼた山の跡が遊び場油照り
青葉光纏ふ露天の宿浴衣

  夏期休暇   大平 静代
入山禁止てふ鉄柵や蟬激し
夏期休暇なる海風と山風と
烏瓜の花ひらく刻夢のとき
岸渡る蛇の全長見てしまふ
詩と俳のあはひ清らに晩夏光
盆会くる祈りの山河しかとあり
海越えて飛びくるメール今朝の秋

  光 芒 抄   昇 推薦
園丁の一葉を拾ふ梅雨晴間   中谷 貞子
西瓜食ぶ卒寿こえ来し同期生  中野千鶴子
もてなしは父の手塩の洗ひ鯉  田中 敏子
手花火や肩寄せ合ひて三世代  大前 邦子
万緑や昼を灯して躙口     沖津 京子
河内野の風を溜めゐし旱池   谷口 一夫
用のなき午後は金魚を見て過す 上田 圭子
半眼の蜥蜴動かぬ車塚     鈴木かず子
母の日や命の塔の聳え立つ   守作けい子
兄ちやんと揃ひの帯や祭笛   広渡 とし
庭園に一点打ちぬ黒揚羽    恒藤 邦夫
望郷の窓辺に在りてソーダ水  山根八重子

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  ひこばえ9月号(令和六年)


 修 験 門   切 建 昇
万緑や大きく構ふ修験門
風薫る鐘無き寺の葉擦れかな
老鶯の山のみやげと声を張る
他人の子へ優しくなりぬ蛍の夜
奥吉野人には会はずほととぎす
回し飲む天女魚骨酒峡の宿
老若男の深き黙礼大茅の輪
海霧立ちて紀淡海峡平にし

  籠  枕   大平 静代
草川の源流知らず桜桃忌
水無月の句座の言の葉響きあふ
けふ生くる命を明日へ更衣
時の日のセルフタイマー狂はざる
霊山の闇を揺るがせ夜鷹鳴く
幾年月重ねて黙す籠枕
わが彫りし印字稚拙に明易し

  光 芒 抄   昇 推薦
参道に晴れ着の稚や濃紫陽花  中谷 貞子
青嵐親しきものに鴉声     中野千鶴子
濃あぢさゐ濡れて町屋の細格子 田中 美月
神域に嬰泣く声や小判草    藤川 毅
日焼の子声を嗄して戻りけり  大前 邦子
辻地蔵に手合す男の子日焼の子 沖津 京子
神名備の苔清水寺に色掬ぶ   谷口 一夫
若葉て女教師の島暮し     上田 圭子
一枚の葉書に偲ぶ暮春かな   守作けい子
父の日や同じ爪持つ癖を持つ  広渡 とし
控へ目な花引き立てて半夏生  横山三恵子
よく笑ひ丸く生きたし金魚玉  植松 佰代

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  ひこばえ8月号(令和六年)


  緑 立 つ   切 建 昇
真つ向に玄界島を緑立つ
元寇の古戦場跡蓬長く
雨意の風起ちてぼうたん崩るるか
小流れの音幽けし著莪の花
あえかなる楓の花や小糠雨
稜線を引き寄せ夏の雨上がる
音の無き光の宴蛍の夜
桃源郷へ腰手ぬぐひの袋掛

  水 無 月   大平 静代
前書きもあと書きもなきわが暮春
発想の乏しき句帳緑さす
日雷一つきりなるわが孤愁
草川の闇縫ふやうに初蛍
万緑の中新しき投句箋
太宰忌の昼の睡魔におそはるる
水無月の祈りは水のゆくごとく

  光 芒 抄   昇 推薦
箕面にも林檎の花の咲く径   楠田かつ子
天平の甍かすめる夏燕     田中 美月
不時着の紙飛行機や余花の翳  醒井 龍子
春蟬やじじつと尾瀬の木道よ  北沢 恭子
新緑のまつただ中にひとり居る 山口 道明
点字読むピンクの爪に風薫る  広渡 とし
花は葉に稽古場広くフラフープ 恒藤 邦夫
泥んこで守宮見つめる遊園地  山根八重子
いつも来る雀の顔や姫卯木   山口ちあき
丘の上にオランダ風車風薫る  横山三恵子
崖に立つ落人の墓月見草    植松 佰代
青楓木洩れ日透ける学舎かな  上田 芳枝

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  ひこばえ7月号(令和六年)


 桜  貝   切建 昇
飛花落花黙して潜る仁王門
染の井の糸掛櫻なほも生き
花は葉に毛馬閘門の水豊か
密に咲く李の花や過疎の村
玄界の潮の高鳴り桜貝
魚影見せ小さき渦置く吉野川
明日香路の歴史彩るれんげ草
大輪の牡丹に惜しむ命かな

  祭 笛   大平 静代
山連なる窓開け放つ愛鳥日
巣燕の巣立ちの迫る朝茜
詩と俳のあはひ夏蝶光りもす
無芸にて生ききし月日蟬丸忌
ほうたるのいのちの見ゆる八重葎
祭笛はろけきものを呼びゐしか
忘れ得ぬカフカの「変身」明易し

  光 芒 抄   昇 推薦
菜の花や蕪村の句碑のさび色に  中谷 貞子
大川の涼しさもらふ石の椅子   楠田かつ子
石橋の水したたかに朝桜     中野千鶴子
舞殿の下に大甕さくら能     田中 敏子
橋殿の影を水面に散る桜     安孫子康夫
身の丈で生きる身軽さつばめ来る 藤川 毅
苜蓿雀のまろぶ毛馬堤       大前 邦子
お花見や稚の瞳に空の青     沖津 京子
街道に木洩れ日落とし花は葉に  谷口 一夫
大川にのたりと春思投げ入れぬ  上田 圭子
はなびらの参道なれば踏み迷ふ  鈴木かず子
下萌や首塚一基あるばかり    守作けい子

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  ひこばえ6月号(令和六年)


 嫁入り駕籠   切建 昇
いと小さき嫁入り駕籠や桃の花
古民家の梁黒々と雛の間
角打ちの漢のつまむ花菜漬
初雉子の鳴かずに走るしぶり雨
若鮎や光りも掬ふ四つ手網
雨あとの風のひと息紫木蓮
火曜日の昼の静けき黄たんぽぽ
茎立つや同年会を長崎へ

  初  燕   大平 静代
町空に喜色ありけり初燕
陽の透ける梢に執す鳥の恋
藤ゆれて風と光と交錯す
踏むまじくかくも小さき花菫
条幅の渇筆しるき暮の春
漢詩なる喜怒哀楽や春深む
老年のいのち確かに芽木燦と

  光 芒 抄   昇 推薦
三寒の銚子一本佳き肴      楠田かつ子
公園のきのふは風の花辛夷    中野千鶴子
蝶乱舞狂ふお夏の化身かも    醒井 龍子
鳥帰る鉄の臭ひの町抜けて    北沢 恭子
昼寝する村にいきいき黄水仙   山口 道明
寒稽古女の子とて侮れぬ     守作けい子
卒業す父さんよりも大き靴    広渡 とし
風光る「サスケ」のやうにジャ ンプの子
                恒藤 邦夫
水温む外に出る刻ふやさねば   山口ちあき
沈丁の香り漏れ来る屋敷林    横山三恵子
目刺焼くギターの音色ぴたり止み 植松 佰代
麦を踏む耳に残れる母の声    上田 芳枝

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  ひこばえ5月号(令和六年)


 下 萌 ゆ   切建 昇
立春大吉手探りで採る有精卵
風わたる人影うすき斑雪村
待春や外湯巡りの下駄の音
囀や修行大師の白脚絆
街騒を置きざり里の下萌ゆる
子安観音授乳室あり花芽吹く
梅咲きて被写体となる日和かな
梅東風や逆光に浮く伝馬船

  涅 槃 図 大平 静代
菩提寺のまこと静けき涅槃絵図
涅槃図の菩薩・天竜・鬼畜泣き
連山の風冴返る検診日
不可思議な脳内画像春寒し
薄氷の稚魚に日輪きらきらす
海青き日や東風吹くと父のこゑ
単純なパズルに執す春灯下

  光 芒 抄   昇 推薦
紅梅や仏足石に未来過去     中谷 貞子
冬の岬波間をすべる内航船    安孫子康夫
まんさくや風まだかたき鄙の里  田中 美月
茶筌の里「竹干し」の田や風光る 藤川 毅
湯呑み掌にほつと一息女正月   大前 邦子
もてなしは金平糖や梅二月    沖津 京子
輪飾りの小さき舟にも大漁旗   谷口 一夫
末つ子の笑ひ上手や水温む    上田 圭子
靴音の冴えて五線の塀続く    鈴木かず子
まづお湯を沸かす暮しや春立ちぬ 広渡 とし
空港は巨大グローブ冴え返る   恒藤 邦夫
心音の安らぐ窓辺梅日和     山根八重子

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  ひこばえ4月号(令和六年)


 初 山 河   切建 昇
木枯らしの音の通ひぬ潮岬
鳶笛や熊野桜の咲き初むる
塗香して大日如来冬の黙
旅鞄開きしままなる寝正月
笹鳴きや山のお寺に煙立つ
奥高野の風の緩びる初山河
太箸や明るき母の割烹着
盆梅の想ひのままや風まかせ

    空   大平 静代
煤竹の茶杓めでたる小正月
寒に入る茶杓の銘は「空」一字
喫茶去てふ禅語尊ぶ極寒裡
寒の水差せる硯海しづもれる
手習ひの行雲流水冴返る
良き色に印泥練りて春待てり
斯くも澄みし寒月山に抱かるる

  光 芒 抄   昇 推薦
鐘楼の闇ふかぶかと寒の月    中野千鶴子
春隣り藪の奥より鍬の音     田中 敏子
灯台は明治を刻み野水仙     安孫子康夫
香煙に添ふ臘梅の寺苑の香    醒井 龍子
泣き止んで頬つぺふくらむ冬苺  北沢 恭子
初荒神参道に買ふマッチの香   沖津 京子
寒といふ言葉身に沁む通夜帰り  山口 道明
ねんねこの五人育てし継のあと  守作けい子
巡り合ふことの奇跡や旅の冬   広渡 とし
泥団子並べる園児冬日濃し    吉岡すみ子
寒月や靴音のぼる螺旋階     山口ちあき
ねんねこのひとり娘や夫の背   上田 芳枝

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  ひこばえ3月号(令和六年)


 年 用 意   切建 昇
大根干し星を数へる駐在所
老いてなほ酒は余さず穭の穂
自在鉤の小猿煤ける榾明
太白の煌と動かぬ冬木立
裾蹴つて巫女の小走る年用意
ご神木へ無言の礼や札納め
切削油の匂ひと帰る年の暮
老いの手の生き生きたるや大根焚

 絶  唱   大平 静代
水のこゑ木の声聞かむ十二月
子らの声ひびく裸木天を指し
聖誕祭こゑ失ひし七面鳥
絶唱の涙聖夜のコンサート
蒼天へ真実美しき冬の薔薇
数へ日の坂の一歩に力籠め
去年今年机上は己が小宇宙

  光 芒 抄   昇 推薦
云ひすぎてその夜の月の寒さかな 中谷 貞子
穭田の穂孕むあはれ近江富士   楠田かつ子
紙を漉く彩あざやかな一葉容れ  田中 美月
降るほどの星ひきよせて山眠る  藤川 毅
うたたねの夢に息づく炬燵かな  大前 邦子
丹南に鋳物師の裔や火床ほどまつり    谷口 一夫
殿しんがりはいつもあの子や冬夕焼   上田 圭子
何となく拳突き上ぐ十二月    鈴木かず子
倒木の根元の穴や冬潜む     恒藤 邦夫
手を止めてあの日あの時賀状書く 山根八重子
年の瀬や輪切りの丸太積む山家  横山三恵子
山寺の布団干す手の紅き爪    植松 佰代

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  ひこばえ2月号(令和六年)


 落  鮎   切建 昇
黒光りの灰干し秋刀魚紀伊の晴
前撮りの笑顔弾ける花薄
威銃鳥獣供養塔光る
内陣の御廟は固く銀杏散る
匂ひ立つ紀北四郷の柿すだれ
落鮎の香る紀の川道の駅
焼栗の弾け古里遠きかな
湯の宿の暮れ行き石蕗の花明り

 神  迎   大平 静代
みなぎはの草刈られゐる神迎
稜線の起伏際立つ冬立つ日
岸のぼる全長見せて秋の蛇
連山の夕日をもらふ吊し柿
剃刀もて削る鉛筆日短かし
手習ひの和紙を文箱に一葉忌
唐国の墨磨る臨書冬深む

  光 芒 抄  昇  推薦
かぎろひの飛鳥の丘や冬紅葉   安孫子康夫
撫牛に添寝の猫や神の留守    醒井 龍子
柚子搾る山の香りを撒き散らし  北沢 恭子
神渡し飛立つ鷺の白さかな    沖津 京子
弁当屋来てビル街の秋日和    上田 圭子
欲捨てし人生の冬肩軽し     山口 道明
とろろ汁里の訛の心地よき    守作けい子
面取りも母のおでんの味のうち  広渡 とし
寝返りの背ナに朝寒枕抱く    吉岡すみ子
予期もせぬ喜びとなり帰り花   山口ちあき
冬晴や波一つ無き瀬戸の海    横山三恵子
冬うらら庭師の声の斜めより   植松 佰代

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  ひこばえ1月号(令和六年)


  水の秋     切建 昇
穭田や熊野古道の道標
昼一人広縁に座す寺の秋
日本一遅い乗物水の秋
露天湯や紀伊に美酒あり星月夜
夕日濃き近江平野の穭かな
応へ鳴く鴉の訛秋桜
浄化さる命の水や小鳥来る
西方へ旅の約するうろこ雲

  秋のこゑ    大平 静代
スポーツの日てふ秋空賜りぬ
競争馬の艶の全き秋天下
秋祭戦陣のごと幟立つ
登山路の穂芒に住む風の精
一本のペンを大事に黄落期
初紅葉朝日夕日をほしいまま
心耳とは心で聞くてふ秋のこゑ

  光 芒 抄  昇  推薦
少年の掌に掬ふ雑魚水の秋    楠田かつ子
水の秋杭一本も見當らず     中野千鶴子
さらばへるには未だ非ず案山子揚 田中 敏子
哲学の道の疎水や初紅葉     安孫子康夫
抜け道の美男かづらに日の斑かな 田中 美月
雁渡し安堵して出る診療所    藤川  毅
水の匂ひと大地の恵み葦の原   大前 邦子
深山に海の神あり雁渡し     谷口 一夫
秋夕焼影絵となりし一両車    鈴木かず子
側転の足の軌跡や秋高し     恒藤 邦夫
いつまでも手をふる幼小鳥来る  山根八重子
秋日和どの径ゆくもおかめ笹   山口ちあき

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  ひこばえ12月号


  浮   雲   切建 昇
穏やかな生活の愛し放生会
山間の細田一枚稲架組まる
とんぼ浮く山行きさんの木の梯子
色変へぬ松や空海対面石
無防備の女大の字鳥渡る
午後二時の古き参道穴惑
頭を上ぐる古里遠く通草引く
思ひ出は浮雲の裾小鳥来る

  鰯    雲  大平 静代
此岸より彼岸へと露白光す
阿弥陀三尊見上げつ拝す豊の秋
稔り田へふはりと下りしこふのとり
出合ひては別るる野みち曼珠沙華
連山の起伏へ流る鰯雲
鳥渡る六甲山塊深々と
相照らす立待月と木星と

  光 芒 抄  昇  推薦
獣園の空の明るさ百日紅     中谷 貞子
火が奔る棚田の畦の曼珠沙華   倉坂 桑史
露草の足もと濡らす廃寺跡    田中 美月
さやけしや発声確と般若経    醒井 龍子
しかと秋見上ぐる空の限りなし  沖津 京子
二階より声のしてゐる秋日和   上田 圭子
縞馬のよろけ縞柄秋うらら    守作けい子
一切を腹に収めて穴惑      広渡 とし
共有の水路の空の赤蜻蛉     吉岡すみ子
秋風に吹かれ解けゆく心かな   横山三恵子
農業に挑む教え子稲実る     植松 佰代

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  ひこばえ11月号


  長 崎 忌   切建 昇
蓮の実飛ぶ五條新町花頭窓
蓮実飛ぶ百味簞笥の欠け多き
十一時二分の鐘を長崎忌
野の風と硫黄マッチの香と墓参
出くはする吉野名水新豆腐
山襞の濃淡秋の雲流る
山里の生活穏やか稲の花
み吉野の詠み人知らず野路の秋

  ブルームーン 大平 静代
今朝秋の稜線雲を解き放つ
旅人を驚かしたる鳥おどし
種播き権兵衛の里てふ野川澄みゐたり
秋祭川遡る神の船
流木へ寄せては返す葉月潮
手折り来し秋風活けむ有馬籠
ブルームーンは一夜限りや振り仰ぐ

  光 芒 抄  昇  推薦
折鶴の黙の重たき長崎忌     楠田かつ子
提灯に子らの名のある地蔵盆   中野千鶴子
伊丹ふる町親子で巡る子供輿こし   田中 敏子
少年に一徹の顔雲の峰      安孫子康夫
送り火を明るく焚いて父母帰す  藤川 毅
磐石な復興の碑や蜥蜴出づ    大前 邦子
日の盛り鉄の匂ひの交差点    沖津 京子
吉凶の綯ふごとき日々秋初め   谷口 一夫
風蘭や吉弥結びの美人絵図    鈴木かず子
鈴虫に昨日と違ふ夜となり    山口 道明
大蟻の登る千年杉見上ぐ     恒藤 邦夫
切つぷ買ふ一年生の夏休み    山口ちあき

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  ひこばえ10月号


  打 水    切建 昇
一家して無言でくぐる大茅の輪
紫陽花や究極といふ卵買ふ
紀洲路のほどよく晴るる袋掛
合歓咲くや若き声ある託老所
風さやと旅路に和む合歓の花
春秋の名所に激し蟬の声
葬列の淚や白き立葵
喪帰りの萎ゆる心に水を打つ

  文 月    大平 静代
海の日の遥けきものに沖の船
空蟬にいのちのかたち透けゐたり
水替へし目高の自由自在なる
仮の世の夕顏しるき夕間暮れ
掌に受くる白桃けふの幸とせむ
文月なる星座に愛のものがたり
夏深むもの合唱のカンタータ

  光 芒 抄  昇  推薦
水占の吉と現れ渓みどり     中谷 貞子
麦秋や左ぎつちよの義父の鎌   楠田かつ子
ちちろ虫ほそる三和土の小暗がり 倉坂 桑史
深吉野の瀬の音清し夕河鹿    田中 美月
香久山や女帝の涼し万葉歌    醒井 龍子
捩花や姉妹出逢ひの泣き笑ひ   北沢 恭子
解けさうな帯を揺らしつ祭の子  上田 圭子
義経の書状一枚夏椿       守作けい子
七日目の蟬が転がる散歩道    広渡 とし
夏寺の暗き回廊風ひそか     吉岡すみ子
住み古りて此処がふるさと大夕焼 横山三恵子
向日葵の奥に寄り添ふ家十戸   植松 佰代

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  ひこばえ9月号


  蛍の夜    切建 昇
ダムの上に桜蕊降る紀伊の晴
濃く淡く古刹へ大山蓮華の香
菩提樹の花を探りぬ吉野口
摺り足の草を捉へる蛍狩
慈悲達磨の困惑の顔七変化
木の国の万緑傾る底に立つ
仙人掌の花のすごみや濃き朝日
万緑や堅く鎖されし勅使門

  日 雷    大平 静代
発想の乏しきノート緑さす
お写経筆寝かせしまま早苗月
太宰忌の昼の睡魔におそはるる
日雷一つきりなるわが孤愁
梅雨晴間光まみれの木と子らと
初蛍舞ひ出づわが目疑はず
摩耶夫人まつる摩耶山青しぐれ

  光 芒 抄    昇  推薦
みづうみを大舞台とし夏の鳶   中谷 貞子
梅雨深し灯ともしごろに鳴く雀  中野千鶴子
水口の榊と幣や早苗打つ     田中 敏子
旧港の古き灯台白桜忌      安孫子康夫
遠景に天香具山麦の秋      田中 美月
山門の深き日影を梅雨の蝶    藤川 毅
仏相の雲を浮かべて代田澄む   大前 邦子
藻流れや青水無月の風生まれ   沖津 京子
麦飯や貧しさばかりには非ず   谷口 一夫
雨意の風にぞはぞは騒ぐ茗荷竹  鈴木かず子
早起きに無傷の白き梅雨きのこ  恒藤 邦夫
青嵐さやさや渡る村はづれ    吉岡すみ子

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  ひこばえ8月号


  限界集落    切建 昇
新緑を分くるダム湖の赤い橋
限界の集落拓く花茨
うぐひすと若き声ある展望所
万緑や巨岩の裾の賽の箱
旅にあり星待つ夕の河鹿笛
展望塔より万緑を諾へり
のんびりと宇陀の緑に紛れゐる
源流の緑滴る阿弥陀堂

  初 螢    大平 静代
発想の乏しき句帳綠さす
日雷一つきりなるわが孤愁
草川の闇縫ふやうに初螢
初螢舞ひ飛ぶわが目疑はず
お写経筆寝かせしままや早苗月
ほととぎす鳴き過ぐペンを措きしとき
万綠の中新しき投句箋

  光 芒 抄    昇  推薦
朝虹のなかよりまろび来る小犬  楠田かつ子
荷が届き林檎受粉の蜂放つ    倉坂 桑史
笹舟のくるりとまはり花は葉に  田中 美月
夏つばめ通ひ路故郷の無人駅   醒井 龍子
村長の姿も畦に田水張る     北沢 恭子
新樹より出づる妊婦の反り身かな 上田 圭子
桐の花あふげば天のまだはるか  山口 道明
格見せる古き屋並のこひのぼり  守作けい子
麦の秋スープに浸すフランスパン 広渡 とし
牡丹散る庭に残りし夜の静寂   山口ちあき
風はらみ池に架け橋鯉のぼり   横山三恵子
五月来る木々の真中を光りつつ  植松 佰代

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  ひこばえ7月号


  春惜しむ    切建 昇
深吉野の空をまあるく遅桜
微笑の円空仏へ花万朶
のどけしや朝の予定のなき宿り
世の中はなべて濃淡藤まつり
俗顔の地蔵ありけり風光る
南朝の黒木御所跡玉椿
花冷やダム放流の警告灯
多羅葉の青葉耀ふ水分社

  風 光 る    大平 静代
長城に登りし日あり黄砂降る
つちふるや長城にある女坂
祈り秘め復活祭の染め卵
染め卵少女より受くイースター
どの子にも笑顔あふるる復活祭
前書きもあと書きもなきわが暮春
受け継がれゆくひこばえ誌風光る

  光 芒 抄    昇  推薦
打掛けの花嫁まぶし花の昼   中谷 貞子
人ひとり重さしみじみ春深し  中野千鶴子
防人のうたの峠路雲に鳥    倉坂 桑史
城趾の井戸穴ふたつ亀鳴けり  田中 敏子
清張の歌碑に聞こゆる春の潮  安孫子康夫
花の雨しづかな刻をきざみゆく 藤川 毅
隠国の風満身に青き踏む    大前 邦子
参道に鶯の声ほしいまま    沖津 京子
花の精宿る古木や神の庭    谷口 一夫
花の下放心の笑み菩薩めく   鈴木かず子
目印は入口にある風車     恒藤 邦夫
軽やかな姉妹のスキップ五月晴 吉岡すみ子

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  ひこばえ6月号


  千 年 木       切建 昇
小流れに光あふるる猫柳
煌めける巫女の挿頭の天長祭
早春の光遍し奥高野
春光の長押に堺更紗かな
あの山を越ゆれば故郷春の虹
長崎の甘味濃きもの鶴帰る
漁船入港鳶の高舞ふ朝霞
空青く青く古木の桜満つ

  花は葉に        大平 静代
学窓の光りだしたる朝桜
風の行方知るや知らずや飛花落花
昨夜の句のはや古りゐたる花明かり
燕来る歌劇の町に川光り
春夜歌ふ男の愛のメッセージ
月光の雫をもらふ花は葉に
春深む墨痕淋漓てふことば

  光 芒 抄    昇  推薦
仏足跡に初蝶の息安らかに   楠田かつ子
堰を越す水音軽やか猫柳    田中 美月
絵らふそく灯し手向くや桜餅  醒井 龍子
下馬石に足を留めて犬ふぐり  北沢 恭子
赤銅の皺に塩ふく昼の海士   谷口 一夫
紺屋町てふ田舎銀座や初燕   上田 圭子
幼連れ土筆の国に小旅行    山口 道明
軽トラの行き交ふ径や揚げ雲雀 守作けい子
長生きの手相くつきり春火鉢  広渡 とし
雛壇を自由に飾る双子かな   山口ちあき
三椏の花浮かびくる隠れ里   横山三恵子
抗ふ子そつと手に取る母子草  植松 佰代

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  ひこばえ5月号


  春  望        切建 昇
早春の鎮守の森へ動くもの
寒寒と神事はなべて土の上
華の木の無音の中へ風の息
冴え返る千人針の赤い糸
啓蟄や雲ひとつなき村の口
十能の記憶故郷の月朧
堅香子の花や母郷の夢まくら
日の柔き枯山水へ春の風

  冴 返 る       大平 静代
火祭の果つ神の山春兆す
浅春の鳥のこゑ聞く夜明けかな
伊勢路より熊野古道へあたたかし
種蒔き権兵衛の里てふ春の川明かり
囀のときに降りくる樹下の椅子
冴返る机の上の小宇宙
旅愁ふと見知らぬ町のつるし雛

  光 芒 抄     昇  推薦
ゆずり葉の零るる日差し磐祀る  中谷 貞子
雪晴れに人垣をなし走者待つ   楠田かつ子
早春の小枝に鳥の声澄みて    中野千鶴子
田の神は野へ芽おこしの風が吹く 倉坂 桑史
淡雪や音たて開く女傘      田中 美月
春の池野鳥千羽に明けわたす   藤川 毅
いま正に羽化する蝶の黒光り   北沢 恭子
束の間の極楽浄土蝶の舞     沖津 京子
草の家の日向表に蕗のたう    谷口 一夫
絵筆のみ遺せし兄よ春北斗    上田 圭子
軽快にバスは峠へ山笑ふ     恒藤 邦夫
一筋の光岸辺に水温む      吉岡すみ子

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  ひこばえ4月号


  寒 時 雨      小河 洋二
街道の端は大淀雪しまく
竹炭の爆ぜる音立つ社かな
寒時雨手植ゑの松の青を射る
寒時雨竹百幹の青を裂く
寒行の僧の草鞋へ雪つぶて
大淀の流れ変幻寒日和
干菜して街道筋の音もなし
触れて見て雪の時雨の頼りなき

  句 集 「ひょんの笛」 南部 憲吉
桃咲いてきのふのやうに子があそぶ
  句 集 「薔 薇」   横山美代子
桜どき過ぐ一鉄鎖地にたるみ

  待  春        大平 静代
硯海のしづもる机上寒に入る
屋上のアンテナ占拠寒鴉
寒晴の街路樹仰ぐ検診日
すぐ消ゆる春雪なほも手に受くる
草川に来し鴨一羽日脚伸ぶ
屋上に静寂ありけり月冴ゆる
待春のせせらぎことば紡ぎをり

  光 芒 抄    洋二 推薦
青竹の爆ぜては勢ふ吉書揚げ   楠田かつ子
鯉跳ねて風なまぐさき小春かな  中野千鶴子
うすらひや猪のぬた場の高山寺  田中 敏子
風垣の隙間にかへす波の音    安孫子康夫
波音をそこだけ消して野水仙   大前 邦子
十日戎の空まつ青に退院す    北沢 恭子
大橋や比叡颪の横殴り      鈴木かず子
冬の灯のぽつんとひとつ野の遠く 山口 道明
告知日や冬青草のアスファルト  守作けい子
潜り戸を開けて叔母来る小正月  広渡 とし
山稜を押し出すやうに初日かな  恒藤 邦夫
初春やうさぎ印の祝菓子     山口ちあき

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  ひこばえ3月号


  千 鳥 鳴 く     小河 洋二
白鳥のこゑの濁りや北近江
縄梯子巧みに使ひ枝を打つ
源平の哀史を今に千鳥鳴く
千鳥鳴く須磨の白砂寂々と
点滴の終はりの二滴冬の月
病室の広さはばかる冬の月
風邪声へ医師の薬の一つ増ゆ
蕪村忌の毛馬の閘門寒ざむと

  句 集 「ひょんの笛」 南部 憲吉
二上ミは夕日のなかに花李
  句 集 「薔 薇」   横山美代子
無花果の芽吹きもあえず遠嶺照る

  数 へ 日       大平 静代
橋の袂に花売りが来し十二月
冬至南瓜煮つめ自粛のきのふけふ
オンライン授業ふと見る漱石忌
聖夜なる七面鳥のものがたり
歳晩の街に一身紛れゆく
数へ日の仏花は色を尽くしたる
方丈記のごと柴折りべる暖炉かな

  光 芒 抄    洋二 推薦
尼寺の障子ぴたりと実千両   中谷 貞子
水を乞ひ湖を恋ひゆく枯野かな 倉坂 桑史
松明が道を清める在祭     木下 数子
葉牡丹の渦に巻きこむ日の光  田中 美月
顔見世の幟裏文字ばかり見せ  藤川  毅
血縁の絶へしふる里散紅葉   醒井 龍子
クラリネット一際高く十二月  北沢 恭子
道路工事の点滅せはし十二月  沖津 京子
水仙を日向に咲かせ漁師小屋  谷口 一夫
縦書きは今も変はらず紅葉宿  上田 圭子
難きこと言はず気楽に根深汁  山口 道明
着払ひの子の荷の届く十二月  吉岡すみ子

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  ひこばえ2月号


  立   冬      小河 洋二
一杯の白湯の旨さや冬の宵
点滴の遅々と進まず冬の夜
病室に残る人の香冬立ちぬ
医師が来て応へは一つ冬の朝
短針の時計の音や冬の深夜
小春日の窓より見ゆる摂津連山
塩気なき器の中や冬の宵
求めても応へは同じ大根汁

  句 集 「林」」   南部 憲吉
老杉や弥陀の国より寒茜
  合同句集「五百重山」 横山美代子
山一つ向うに据ゑて初手前

  桃 青 忌      大平 静代
立冬の空へ鉄棒真一文字
冬紅葉一枝がとらふ日と風と
救急車過りて降らす銀杏黄葉
拾ひたるどんぐり子らの手に余る
別れに声なき別れわれにあり
予防接種終へし町空冬深む
ペンとれば歳月流る桃青忌

  光 芒 抄      昇 推薦
草もみぢ無造作に置く力石     楠田かつ子
盛り塩の白が匂ふや神無月     中野千鶴子
農閑期に花嫁が来た寒い土間    木下 数子
通り抜け禁止秋灯ちかちかと    田中 敏子
人類は地球を壊し冬青空      安孫子康夫
帽子買ふ小町通りの小春かな    田中 美月
散るところ得ずとも木の実落つ運命 藤川 毅
さがし物なべて炬燵の辺りより   大前 邦子
若き日の自我の重さや桃青忌    鈴木かず子
あやまちはくりかへすもの花八手  広渡 とし
山峡のアーチダム湖や秋気澄む   恒藤 邦夫
山茶花や散乱といふ日を重ね    山口ちあき

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  ひこばえ1月号


  冬 の 海      小河 洋二
手の届く範囲の辞書や十二月
たゆみなき槌音高き師走かな
一点の船を載せたる冬の海
かいつぶり寂しき故に潜りけり
寒禽のこゑの尖りや峠茶屋
こつこつと鎖骨の鳴りぬ寒夜かな
裸木を見てゐて肩の凝りにけり
凭れゐて力を得たる冬木かな

  句 集 「林」」   南部 憲吉
稲架夕焼しばらくおよぶ三和土かな
  合同句集「五百重山」 横山美代子
存分に夕日を入れて枯蓮田

  黄   落      大平 静代
ゴルフ場の松が傾ぶく秋鴉
別れ鴉声を限りに鳴き別れ
黄落へ呼び合つてゐる少年ら
抱擁せる像へもつとも木の葉降る
老年を諾ふ美しき落葉手に
花束を抱けば香る冬の薔薇
仏母在す山へ傾ぶく冬の月

  光 芒 抄      昇 推薦
参道に鴨のこゑして空青し    中谷 貞子
蒼天の池の中まで鰯雲      楠田かつ子
水澄みて動かぬ雲を見せにけり  中野千鶴子
真青なる空引き寄せて蕎麦の花  田中 美月
村里の童べと睦み椎拾ふ     醒井 龍子
南蛮のからくりの舞ふ町は秋   北沢 恭子
小春日や片手で拝す辻地蔵    沖津 京子
暮れ残る空にそろりと後の月   谷口 一夫
母と子の口癖いくつ赤とんぼ   上田 圭子
夜店の日帰りはいつも丹波栗   山口 道明
秋天に通天閣や和気の橋     守作けい子
日の落ちて芒野さわぐ関ケ原   吉岡すみ子

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  ひこばえ12月号


  柚 子 餅      小河 洋二
丹の千木に雲の影置く神無月
馬繫ぎの松も手入れの終はりけり
柚子餅や川の瘦せ行く日々ありて
千枚の刈田を渡る日矢二条
神官の作務衣姿も神無月
箒目の崩れぬ日々や神無月
秋寂ぶや砲台跡の鉄の錆
色鳥や味噌屋の暖簾白き文字

 句集「余光」      南部 憲吉
枯はちす流るるごとく影とあり
 句集 「薔薇」     横山美代子
彩どりの布裁つ枯れの真只中

  小さき宇宙      大平 静代
木食仏残る里なる秋燕
打ち払はれし巢のあとかなし去ぬ燕
道の辺の千草名をもつ秋の風
小鳥来る明時あかとき灯し峠茶屋
自書もたぬわれになだるる鰯雲
昇降機は最上階へ月今宵
机上なる小さき宇宙や月射せり

  光 芒 抄      昇 推薦
今朝うすき浅間のけぶり秋の風  倉坂 桑史
父の日や明治の父の齢越ゆ    木下 数子
藤袴渡りのてふを休ませて    田中 敏子
秋思とも夕日に山を奪はるる   安孫子康夫
かがやきも淋しさも白さるすべり 藤川  毅
色変へぬ松や孤高の鷺一羽    大前 邦子
ゆつさゆつさ山ごと揺れて竹の春 鈴木かず子
鬼の子の細枝の蓑や青き空    守作けい子
ねこじやらし一人で揺るる反抗期 広渡 とし
星月夜月はゴッホに連れ去られ  恒藤 邦夫
兄を追ひ芝生駆ける子秋暑し   吉岡すみ子
澄む秋のひかりをまとふ里の山  山口ちあき

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  ひこばえ11月号


  秋 灯 下      小河 洋二
百幹の勢ひのありて竹の春
女身仏の天衣妖しき秋灯下
月今宵妻の残せし天眼鏡
夜の露に万の愁ひのありにけり
石棺に窪みのありて昼の虫
鹿の声近くに渡る流れ橋
実石榴の朱色激しき夕べかな
露けしや足踏み入れる一揆道

 句集「余光」      南部 憲吉
浮寝鳥しらしらと夜を離れたり
 句集 「薔薇」     横山美代子
切干の揺るる影より婆出づる

  新  涼       大平 静代
月齢を指折り数ふ夏の果
七百号迎ふ句光る秋立つ日
新涼の空と風ある通信句
丘の上の雲とあそぶや秋燕
ちちははの杖の先なる草は実に
樂章のごとく広ごる鰯雲
山の日」の夕日を抱く前の山

  光 芒 抄     洋二 推薦
山あひに海の輝き栗の花   中谷 貞子
街の空濁り始めし稲の花   楠田かつ子
内陣のともしまたたく秋の雨 中野千鶴子
一山は丸ごと城址つくつくし 田中 美月
晩鐘の余韻かそけく涼新た  醒井 龍子
初紅葉日暮の早き長屋門   北沢 恭子
空蟬の一つ古城の野面積   沖津 京子
村ひとつ走り抜けたる秋の雷 谷口 一夫
鉄柵の錆の浮き出る残暑かな 上田 圭子
芙蓉咲き朝の霊園引締むる  山口 道明
予言者のやうに両袖拡げる鵜 恒藤 邦夫
童心に返る一時大花火    山根八重子

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  ひこばえ10月号


  花 芙 蓉      小河 洋二
御仏に貰ふ命や花芙蓉
石榴赤し閻魔座像の膝固き
灘沖の風の粗さや柚子黄ばむ
金柑や天にまたたく星の色
初萩の風に逆らふ奥の院
逆らへば言葉の重き草雲雀
蠟燭のの真ツ直ぐに盆三日
送り火や風に逆らふ刻のあり

 句集「余光」      南部 憲吉
蛇笏忌やわが窓前の樫一樹
 句集 「薔薇」     横山美代子
鳥翔ちて秋思をふかむ塚一基

  空  蟬       大平 静代
夏蝶の乱舞一瞬水の上
道の辺の小草も名もつ里祭
すがとはなれぬ白髪洗ひけり
過ぐる季を知らしむるかに法師蟬
人間に踏まれず杜の空蟬よ
俳号は我鬼てふ我鬼忌おそれもす
一灯もなき学窓や夜鷹鳴く

  光 芒 抄     洋二 推薦
月明に雲を走らす盆の果て     倉坂 桑史
御守りに仏足の印沙羅の花     木下 数子
空の碧松の常緑杜すずし      田中 敏子
初蟬や環濠の水てらてらと     安孫子康夫
透き通るその上流の河鹿笛     切建  昇
夏野行く我が健脚を糧として    大前 邦子
葉隠れに地を震はせて男滝     北沢 恭子
滝の水軽やかに落ち谺せり     谷口 一夫
みはるかす青田に風の一筆書    鈴木かず子
加速度を上ぐる水音梅雨滂沱    守作けい子
原子炉の見ゆる日暮や姫女苑    広渡 とし
通園の帽子は黄色風薫る      山根八重子

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  ひこばえ9月号


  蔦 茂 る      小河 洋二
今年竹世間の綾をまだ知らず
論争も生きてる証薔薇の雨
蛇紋岩の崩れに咲きぬ小判草
万緑や沢庵寺の廊軋む
処刑場の跡の冥さや花石榴
鸛遊ばせてゐる田草取
登城門潜らば蔦の茂りかな
城壁の崩れを誘ひ蔦茂る

 句集「余光」      南部 憲吉
折りとりて茎のつめたき曼珠沙華
 句集 「薔薇」     横山美代子
日当りて秋寂ぶばかり金堂趾

  桜 桃 忌      大平 静代
南国のフルーツ卓に夏の朝
初蟬の声にぞ森の目覚めたる
燕の巢精巧なるをかなしめり
望郷のごとく夏野を車窓にす
能面彫りの友逝く梅雨の灯を残し
愛用のペン揃へ置く桜桃忌
綠の夜聴くテノールとソプラノと

  光 芒 抄     洋二 推薦
桑の実や昭和の空の蘇る      中谷 貞子
寺の闇深く被きて蛍とぶ      楠田かつ子
蜘蛛の囲の跡形もなく昨夜の雨   中野千鶴子
万緑の片方なだらか畝傍山     田中 美月
毒だみの白の極まる阿弥陀堂    藤川  毅
万緑や園やすつくと時計台     醒井 龍子
四阿を要に万の花菖蒲       沖津 京子
手花火の終りて路地の暗さかな   上田 圭子
水底に葉影水面に花菖蒲      恒藤 邦夫
夏蝶や風に乗りゐて風に消ゆ    吉岡すみ子
思ひ出はダム湖の底や虹立ちぬ   山根八重子
現し世の声も遠のく木下闇     山口ちあき

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  ひこばえ8月号


  沢 庵 寺      小河 洋二
万緑や沢庵寺の廊軋む
襖絵の「踊る大根」瑠璃の声
登城門潜れば蔦の茂りかな
城壁の崩れを誘ひ蔦茂る
処刑場の跡の冥さや花石榴
鸛遊ばせてゐる田草取り
田を植ゑて青を足しゆく丹波郷
田植後の風青々とし出石郷

 句集「余光」      南部 憲吉
羽曳野や月下を祀る地蔵盆
 句集 「薔薇」     横山美代子
踊る灯と別に息づく切子の灯

  風 薫 る      大平 静代
夏立つと句座に並びし椅子光る
漫ろ歩く丘に海照る愛鳥日
子燕に稜線果しなく青し
花塚と筆塚ならぶ新樹光
薔薇散るや別れのことば無きままに
風薫る「時を旅する」無村展
菩提寺よりの仏の便り風五月

  光 芒 抄     洋二 推薦
山間の雨の捨田や行々子      倉坂 桑史
神木の齢を問はん新樹光      木下 数子
田水張る丹波一国棚ぐもり     田中 敏子
協奏のピアノ高鳴る五月かな    安孫子康夫
紀伊の晴れ五月の川を見て飽かず  切建  昇
陣屋跡へ白を尽くしてうまごやし  大前 邦子
もうすでにそよぎの見ゆる植田かな 鈴木かず子
うららかや仙人像の飄飄と     守作けい子
野茨のはげしく拒む渡しかな    広渡 とし
紅薔薇やマリアカラスの名をもちて 恒藤 邦夫
葉桜や戦の絶えぬ星に住み     山根八重子
浮雲に手を差しのべて朴の花    山口ちあき

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  ひこばえ7月号


  豆 の 花      小河 洋二
枝垂れては風を呼びあふ桜かな
春昼やうつらうつらと古着商
湖見ゆる限り神嶺豆の花
ほろほろと風に吹かるる豆の花
弁慶の鐘も朧に須磨明石
束ねたる髪の艶めき桃の花
雨意の風吹き来る杜の松の芯
行く春の一弦琴の音色かな

 句集「余光」      南部 憲吉
橡咲いて水が落ちゆく出羽のくに
 句集 「薔薇」     横山美代子
自転車の影過ぎ柿の花ざかり

  みどりの日      大平 静代
若人の銀輪疾きみどりの日
降り注ぐ大樹の日射し鳥交る
藤房のゆるるともなき白昼夢
春の鴨 し草川に喜色あり
春日の山の綠や目を癒す
マイナンバーカード手にある暮の春
机上なる写仏の仏春深む

  光 芒 抄     洋二 推薦
前掛けの真白き地蔵竹の秋    中谷 貞子
震災の傷跡残し山ざくら     楠田かつ子
坊守とかはす挨拶朝ざくら    中野千鶴子
花いかだ堰越ゆるもの越せぬもの 田中 美月
石楠花や女人高野の塔の影    醒井 龍子
流れ橋を素描してをり春日傘   北沢 恭子
それぞれの二礼二拍や山笑ふ   沖津 京子
雨少し芽起しの風遠くより    谷口 一夫
黒猫の過ぎる久米寺花蘇枋    上田 圭子
天女舞ふ駅舎の壁画春の風    山口 道明
木津の砂州石文字増えて夏来る  恒藤 邦夫
桜蕊降る四つ辻の石畳      吉岡すみ子

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  ひこばえ6月号


    蘖         小河 洋二
ひこばえや生命線は天を指す
芽起しの雨の粗さや堂を打つ
木々芽吹く洞の神符の巳の一字
平仮名の寺子屋標初音聞く
石工屋に着付け看板なづな咲く
うぐひすや廃仏跡の乱れ笹
水舐めて結界越ゆる春の猫
ここだけの事に用心地虫出

 句集「余光」      南部 憲吉
牡丹や塔遠きほどしなやかに
 句集 「薔薇」     横山美代子
原子炉の町や青嶺の遠巻き

  養 花 天      大平 静代
走り根の地表を走る彼岸入
初蝶の過ぎりしわが眼うたがはず
遺す一句なきまま歩む養花天
人悼む瞼にさくらあふれしめ
救急車走り過ぎたる夕桜
大陸を旅せし記憶黄砂降る
稜線の起伏たしかに初燕

  光 芒 抄     洋二 推薦
縄文の藁屋に寒の牡丹かな   木下 数子
揚げ雲雀行厨の足投げ出して  田中 敏子
ものの芽や瀬音の混じる吉野口 安孫子康夫
み吉野へ春の息吹の音走る   切建 昇
馬出し門うづめ尽して花馬酔木 大前 邦子
春の雪残る伽藍や鎖樋     北沢 恭子
田の溝にほとばしる水初燕   鈴木かず子
朧なる絹行燈の旅枕      守作けい子
メモ残る鉛筆書きの種袋    広渡 とし
海朧ロマンの瀬戸の屋島寺   吉岡すみ子
うららかや車窓に光る観覧車  山根八重子
花水木咲けば清しき風生まれ  山口ちあき

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  ひこばえ5月号


  初 音 聞 く    小河 洋二
神の名を戴く駅や初音聞く
初音して日の差し届く矢止垣
割り算で割れぬ人情春兆す
弾き合ふ二月の竹の青さかな
海神の磯隠やかに白子干
竹林の荒れ留まらず雉子の声
白梅や昼の翳引く遊女塚
芽柳に手招きされて橋渡る

 句集「余光」      南部 憲吉
放牛にゆるき起伏や花ぐもり
 句集 「薔薇」     横山美代子
胸に描く構図たしかに春の雷

  二 声 鳥      大平 静代
鉄塔に働く人や鳥雲に
二声鳥は町の鳩てふ春の空
里山に入る柵鎖され西行忌
よき色にパン焼くバレンタインの日
幼馴染は帰らぬ旅に星朧
絶唱に涙ありけり暮の春
如月の言の葉風に煌めける

  光 芒 抄     洋二 推薦
寒明けや百足梯子を幹に掛け  中谷 貞子
白梅の蕾こぞれる力かな    楠田かつ子
老幹の白梅が香や遠くまで   中野千鶴子
遥かなる千曲川ひとすぢ耕せり 倉坂 桑史
照り昃りはげしき日々や麦青む 田中 美月
鬼面つけ己が身に打つ年の豆  醒井 龍子
黒々と艶めく古木梅ひらく   沖津 京子
海原に春暁の色濃くありぬ   谷口 一夫
子供には時計は要らぬ水温む  上田 圭子
石投げて早春の川目覚めさす  山口 道明
道のなき尾根を下りて里は春  恒藤 邦夫
城跡の白梅にふと刻止まる   吉岡すみ子

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  ひこばえ4月号


  戦   神     小河 洋二
干菜して戦の神の裾に棲み
差羽舞ふ戦の神の深眠り
石工来て大寒の墓地音拡ぐ
大寒の閂太き閻魔堂
寒造り始まる井水汲みにけり
寒釣の一人へ風の集まりぬ
山に入る猟夫は殺気消しにけり
雪時雨はた雪しぐれ遊女の碑

 句集「余光」     南部 憲吉
紅梅の磔のごとく咲きにけり
 句集 「薔薇」    横山美代子
初音せり磴の窪みに雪のこし

  立   春     大平 静代
高窓に稜線走る春立つ日
如月の空青すぎる螺旋階
立春の螺階にひびく靴の音
高層階に海と空見ゆ梅二月
電子音に呼ばれてゐたる梅日和
石文に色極めたる椿かな
春立つと日射し遍き苑の椅子

  光 芒 抄     洋二 推薦
名鐘のひびきは一里寒に入る   木下 数子
山眠る山の蹴出しへ弾の殻    田中 敏子
千本の杉の匂へる淑気かな    安孫子康夫
三日はや大和の茶粥なつかしく  重松 里代
寒椿一輪燃ゆる医家の門     醒井 龍子
久女忌や伸びひとつして蒲団干す 大前 邦子
大鳥居くぐりてよりの寒落暉   北沢 恭子
めくる手の儀式めきたる初暦   鈴木かず子
子規庵の深き廂や花八手     守作けい子
三寒を耐へて四温の米を研ぐ   広渡 とし
淀川に攻防の跡枯尾花      山根八重子
夕暮れの風に乗りたる鳰の笛   山口ちあき

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  ひこばえ3月号


  師   走     小河 洋二
手の届く範囲に辞書や十二月
冬ざるる腰掛け石に罅走り
たゆみなき槌音高き師走かな
手袋に余韻を残し駅を出る
戦なき灯のあかあかと聖夜かな
参道に香具師の焚火の跡ありし
寒柝の後には子らの声続き
冬ざれや供花一つ無き遊女塚

 句集「余光」     南部 憲吉
いつぽんの木からひろがる寒茜
 句集 「薔薇」    横山美代子
芽柳の橋休日の街つなぐ

  風のこゑ      大平 静代
パスポートに若き日の顔冬暖か
初雪を受くる手にある生命線
神木に風のこゑある十二月
読み難き歌仙論文冬深む
夕雲の曼荼羅となる年の果
行く年の満月雲を離れたる
有明の月山顚に年逝くか

  光 芒 抄     洋二 推薦
綿虫や夕日の踊る竹箒      中谷 貞子
子午線を跨ぐホームや冬うらら  楠田かつ子
裸木となりてつくづく美しき   中野千鶴子
落葉掃くことの日課や夕茜    田中 美月
大根切る男の沽券には触れず   藤川 毅
粕汁や婆と幼なの千鳥足     醒井 龍子
風ありて星美しき十二月     沖津 京子
甕を抱く千手観音花八手     谷口 一夫
羊役の一人が泣いて聖夜劇    上田 圭子
鴨啼いて闇に沈みぬ河内かな   山口 道明
来し方を自ら問うて去年今年   吉岡すみ子
畝毎に冬菜のみどり濃く淡く   山口ちあき

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  ひこばえ2月号


  神 の 留 守   小河 洋二
箒目の跡新らしき神の留守
白涛の崩れは日毎神の留守
包丁を研ぐ水硬き神無月
灯の揺るる十一月の技芸天
南天の実の赤々と翁の忌
散るものは全て散らして冬木立
枝打ちの足がまさぐる縄梯子
日を返す力も失せし枯芭蕉

 句集「余光」     南部 憲吉
野々宮のたそがれあをく鏡餅
 句集 「薔薇」    横山美代子
雪降りをり机上鉄扉のごとく辞書

  神 無 月     大平 静代
冬に入る鵺え塚海に向きゐたり
鵺塚へ海青すぎる神無月
鵺塚の謂れ身に入む日なりけり
冬晴るる鵺橋といふ橋伸びて
鵺橋てふ橋の名恐る川の冬
冬来ると鵺塚囲む松並木
昔日の白砂青松しのぶ冬

  光 芒 抄     洋二 推薦
石蕗咲いて奥に太子の四歳像   中谷 貞子
戻しても傾く標刈田風      楠田かつ子
白雲を引き止めてゐる大刈田   中野千鶴子
冬耕の鍬をたたきて土落とす   倉坂 桑史
越前の深き軒端や大根干す    田中 美月
切株の年輪なぞる冬立つ日    重松 里代
影に来て綿虫の綿藍を帯び    藤川 毅
大綿の虚空の旅の行く手はも   醒井 龍子
薪束の香を高く積み冬に入る   谷口 一夫
茶の花や利休ゆかりの南宗寺   山口 道明
太白の早や輝きて十二月     広渡 とし
人棲まぬ家も故郷冬の月     山根八重子

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  ひこばえ1月号


  色 変 へ ぬ 松 小河 洋二
色変へぬ松の定まる枳殻邸
秋澄むや一人に余る石の椅子
身に入むや蛤門の弾の痕
護符貼りし鐘楼柱鶲鳴く
秋冷や筆先すでに墨弾き
鵯鳴いて波に暮れ行く須磨明石
移る日の影薄々と女郎花
忌日過ぎし十一月の庭を掃く

 句集「ひょんの笛」  南部 憲吉
まぼろしの宮址八方枯あかり
 句集 「薔薇」    横山美代子
冬怒濤見し以後の黙もちかへる

  鳥 渡 る     大平 静代
寒暖差大てふ予報鳥渡る
広げ見る高層天気図秋澄めり
里山の木々に空透く鵙の贄
露けさの歌仙絵巻の切れぎれに
面打ちのことなど少し秋灯下
身に入むや能面となる若女
長き夜の孤に徹しゐる灯影かな

  光 芒 抄     洋二 推薦
一陣の山風を身に薬掘      倉坂 桑史
船着場址の石垣草の花      木下 数子
人も犬もをなもみ付けて御所の朝 田中 敏子
塩浜に朽ち桶一つ鳥渡る     安孫子康夫
首塚に入鹿の無念酔芙蓉     切建  昇
車椅子押して花野の中にゐる   大前 邦子
獅子吼の水迸り出づ古都は秋   北沢 恭子
露の世や護王神社の絵馬の数   上田 圭子
対峙せる文殊菩薩や桐一葉    鈴木かず子
漢文を読みて解する居待月    守作けい子
世話役の声高だかと秋祭     吉岡すみ子
秋の夜をくるくるまはる床屋の灯 山口ちあき

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  ひこばえ12月号


  丹 波 路     小河 洋二
きりぎりす丹波の昼の無音界
田仕舞ひの煙は二条里を攻む
猪垣の途切れた径を人帰る
水荒き分水嶺や秋の蟬
丹波路の底まで隠す霧襖
ひぐらしや荒火の滾る登り窯
秋澄むや城址を望む旧城跡
雁渡る丹波の郷の城址かな

 句集「ひょんの笛」  南部 憲吉
ひとしぐれありて襖のいぶし銀
 句集 「薔薇」    横山美代子
人離れゆけば冬木となる桜

  残   菊     大平 静代
重陽の雲と青空睦みあふ
蒼天に雲の落書き秋彼岸
ただ一羽残りし燕去ぬ夜明け
ままごとにあらそひありて赤のまま
絶唱に涙ありけり秋灯下
鶏頭の一句に執す自粛なる
残菊のことに星降る夜なりけり

  光 芒 抄     洋二 推薦
小鳥来て参道の木々賑はへり  中谷 貞子
唐辛子かめばぴりぴり母とほし 楠田かつ子
野をめぐる流れ激しや赤蜻蛉  中野千鶴子
色変へぬ杉の古木に赤い紐   田中 敏子
名月に空一枚を開け放つ    安孫子康夫
裏街道に残る船蔵実山椒    重松 里代
風を立て光を返す薄原     大前 邦子
綾取りの五段梯子や秋の虹   北沢 恭子
明け方の肩先にある秋すこし  鈴木かず子
石垣の紀州青石秋時雨     守作けい子
この風の先は三輪山秋時雨   吉岡すみ子
風に乗り風に紛れし秋の蝶   山口ちあき

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  ひこばえ11月号


  茄 子 の 花   小河 洋二
老鶯や修験者道の七曲り
沖潮の紺より美しき茄子の花
雷の高鳴る閻魔詣でかな
瘦せるほど言葉を選ぶ晩夏かな
風ほめて書箱を開く夜の秋
深吉野の水の誘ひし鬼やんま
深吉野の天を射抜きし脅銃
秋風鈴吊るして獣避けと言ふ

 句集「ひょんの笛」  南部 憲吉
おとろへの牛のなみだ目天高し
 句集 「薔薇」    横山美代子
霧しまき裁つ白絹のこゑをあぐ

  秋   思     大平 静代
今朝秋の山へ真向ふ深呼吸
稜線の見えゐて遠し秋燕
八月の霊園山を明るうす
海見ゆる窓開け放つ終戦日
錯綜する報道画像夜の秋暑
秋思ふと一人乗りたる昇降機
星流れ硯に海のありにけり

  光 芒 抄   洋二 推薦
紫の源氏の色の牽牛花      木下 数子
三山のひとつは女山晩夏光    田中 美月
空蟬の中に大和の闇を置き    藤川 毅
蜘蛛の囲や役行者の産湯井戸   切建 昇
風向きは良しと迎火点しけり   醒井 龍子
秋の蟬告げたきことのありさうな 沖津 京子
百年の杉の木肌や薬掘る     谷口 一夫
明易し紺屋通りといふところ   上田 圭子
風に乗り風に逆らふ秋の蝶    広渡 とし
蜩の声も濡らすや通り雨     山口 道明
ネクタイを緩めて今日は黒ビール 恒藤 邦夫
雨止みて終戦の日の雲重し    山根八重子

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  ひこばえ10月号


  蛇    苺    小河 洋二
蛇苺沖の潮目の濃き日なり
空蟬の吹かるる尼寺の耳門かな
塩を吹く三代続く箱眼鏡
まひまひや八字八字の舞踏曲
簗掛けて粗石寄せつ水絞り
下社には下社の構へ蓮の花
火取虫生きる証の羽音立て
陶包む紙音高き座摩祭

 句集「ひょんの笛」  南部 憲吉
水引草風音ふつと遠くなる
 句集 「薔薇」    横山美代子
秋蟬や雲が描ける挽歌の譜

  夜 の 秋     大平 静代
朝蟬にはげまされゐる机かな
見とどけむみどり射しくる蟬の羽化
空蟬のしかと離さぬ幹であり
那智黒石の硯洗ひて漆黒に
冷房の診察室に世界地図
剃刀もて鉛筆削る夏の果
「一字の力」てふ書書棚に夜の秋

  光 芒 抄   洋二 推薦
初蟬を聞いてその夜の雨激し  中谷 貞子
緑雨して守口宿の一の駅    楠田かつ子
夏草や旧街道に橋二つ     木下 数子
冷やつこ杉の柾目の吉野箸   田中 敏子
夏草や巾一間の太子道     安孫子康夫
石仏の水瓶あふれ送り梅雨   醒井 龍子
夕焼の色に染まりて子等のこゑ 大前 邦子
打水や裾をからげて軒将棋   北沢 恭子
切り幣を一片肩に茅の輪かな  沖津 京子
人気なき里をわが世と蟬時雨  山口 道明
湯上りの奴のやうな浴衣の子  恒藤 邦夫
鎮守社の静寂を過る夏の蝶   山根八重子

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  ひこばえ9月号


  ま ひ ま ひ    小河 洋二
賀蓮咲かせて村の知恵袋
波音に蛍袋のぬれもして
伝言は蛍袋の中にあり
まひまひの水の舞踏や神の池
まひまひや敵を迷はす水の舞ひ
まひまひや八字八字の輪舞曲
捩花や捩れることも無く生きて
蟻地獄砂美しき義士の墓

 句集「ひょんの笛」  南部 憲吉
水充ちていましも添水鳴らんとす
 句集 「薔薇」    横山美代子
橋とほく泛べて雨の地蔵盆

  六  月      大平 静代
雲級表に雲の名あまたさみだるる
初蟬を聞きとむ丘の散策路
六月の街路樹光る検診日
曇りなきフロントガラス雲の峰
窓前に青嶺迫れる自粛かな
螺旋階段空へ空へと月涼し
己が白髪光る水無月祓かな

  光 芒 抄   洋二 推薦
どくだみの話などして別れけり 中野千鶴子
風穴を囲ふ石垣額の花     倉坂 桑史
菖蒲田を分かつ木の道業平忌  田中 美月
梅雨じめり仁王の肩に積る塵  藤川 毅
達磨寺の問答石や梅雨の雷   切建 昇
昭和へと時間を戻す渋団扇   谷口 一夫
心足る日は梔子に染まりけり  上田 圭子
太鼓橋を駆けのぼる子や夏の雲 鈴木かず子
宮川に囮鮎買ふ刃物店     守作けい子
梅雨の月千の阿弥陀の浮御堂  広渡 とし
変る町変らぬ寺の夏つばめ   吉岡すみ子
葭切の声のみ聞こゆ雨の池   山口ちあき

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  ひこばえ8月号


  梅 雨 茸      小河 洋二
梅雨晴の一樹一影地に重し
美しき色の魔性や梅雨茸
水鶏鳴くはやばや灯る常夜燈
湖へ道一本や麦の秋
青柿の落ちて全村音失せむ
梅雨蝶の翅の濡れ色むらさきに
薔薇咲かせ刺を隠せむ幾夜かな
磯神へ祢宜の来る日ぞ浜万年青

 句集「ひょんの笛」  南部 憲吉
炎天を来し肩巾のさみしさよ
 句集 「薔薇」    横山美代子
髪洗ふ身の逆しまに銀河系

  初  蛍      大平 静代
源流を知るや知らずや初蛍
月も星も見えぬ空ある蛍かな
夏蝶の三つ巴なす水の上
初夏の山上駅に手を洗ふ
人工島を眼下にしたるほととぎす
仏灯のなき山にして夜鷹啼く
梅雨夕焼人も人語も染め尽くす

  光 芒 抄   洋二 推薦
大楠の雨後のかがやき夏来る  中谷 貞子
虎鶫箕面山より雨と来る    楠田かつ子
三輪山の風を背に享く袋掛   田中 美月
奥書院の引手の朱房白牡丹   切建  昇
葉桜や亀の首だす水の上    沖津 京子
薫風や木組も固き勅使門    谷口 一夫
木苺の熟れて遠くに波の音   上田 圭子
シンプルな和金愚直に泳ぎをり 鈴木かず子
路地裏の昭和の風情額の花   広渡 とし
朱の門に読経の聞こゆ若葉風  吉岡すみ子
緑さす薬師如来の薬指     山根八重子
若葉風神の庭より沓の音    山口ちあき

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  ひこばえ7月号


  万  力       小河 洋二
霊山のふところ深し河鹿笛
ほととぎす鳴けば神山昼の闇
篠竹のしどろに揺るる大南風
水口に幣の揺れゐる早苗月
万緑や裳階に美しき重さあり
万緑や熊野の嶺の重さ見ゆ
斑猫や起伏優しきお土居跡
岩清水掬べば杉の香り立つ

 句集「ひょんの笛」   南部 憲吉
石曳きのうたがきこえる蟻地獄
 句集 「薔薇」     横山美代子
汗の目に一湾の潮膨れくる

  草 萌 え      大平 静代
エイプリルフール野の花瓶に挿し
飛行機雲は真直に山へ昭和の日
天気図の空知り尽しつばくらめ
駒返る草へ歩巾の定まりぬ
竹秋や幼馴染の帰らざる
道の辺の小石も佛草萌ゆる
いちにちの時使ひきる暮の春

  光 芒 抄   洋二 推薦
谿昏れて雪嶺のみぞ輝ける    中野千鶴子
牡丹咲く庫裡に掲ぐる大杓子   木下 数子
さくら蕊まとうて踏んで宗因碑  田中 敏子
東塔の影かさなりぬ牡丹の芽   安孫子康夫
点として宇宙の中の揚げ雲雀   重松 里代
春塵や寂ぶ楼門の藁草履     醒井 龍子
濠の上の桜一枝の重さかな    大前 邦子
甲羅干す亀の一列葦の角     北沢 恭子
花万朶抜けてこの世に戻りけり  山口 道明
春の塵ことりともせぬ黒電話   広渡 とし
ゆるやかに雲行く日なり草の餅  山根八重子
木津川に杭打つ音や春闌くる   吉岡すみ子

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  ひこばえ6月号


  初  花       小河 洋二
初音聞く寺に大きな寄進帳
麦青む近江鉄道揺れに揺れ
三川の音の高鳴り鳥帰る
初蝶や瀬音の混じる町役場
草青む無人灯台点検中
初花や曇り癖持つ神の山
岸留めの舟に桜の散りにけり
櫓の音に眠たき昼の桜かな

 句集「ひょんの笛」   南部 憲吉
六月や襖のなかの来迎図
 句集 「薔薇」     横山美代子
川底に湯の脈はしる濃あぢさゐ

  花 堅 香 子    大平 静代
流鶯といふうぐひすのこゑはるか
園内マップひらく春日遅々として
家持の歌諳ずる花堅香子
かたかごの花や木洩れ日降るやうに
黄砂予報とどきし山のカフェ灯る
燕来る空に喜色のありにけり
天地返しといふ語たしかに春深む

  光 芒 抄   洋二 推薦
鶏卵と見紛ふ石や磯遊び     中谷 貞子
節榑の手の年輪や独活膾     楠田かつ子
池へだつ杜はみささぎ雉子の声  田中 美月
芽吹かんとして月斗忌の銀杏の樹 藤川 毅
古代刃の錆の斑や薄霞      切建 昇
讃美歌の洩れくる窓や花ミモザ  沖津 京子
よろづ屋の棚の賑はひ桃の花   谷口 一夫
奈落より花の霊気や吉野建    上田 圭子
三川も淀と名を変え末黒土堤   鈴木かず子
廃校の夜の桜の寂しさよ     村岡 靖子
冴返る長押の槍の穂の太き    守作けい子
路地多き町に住み慣れ沈丁花   山口ちあき

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  ひこばえ5月号


 百 千 鳥       小河 洋二
立春の日の斑の遊ぶ遊女塚
神嶺の確と坐したる二月かな
紅梅や末社に残る能舞台
荒東風に撞木も乾く須磨の寺
百千鳥濁り癖持つ寺の池
護摩僧の太き念珠や地虫出づ
雉子啼くや風に崩るる出城跡
亀鳴くや根来の寺の矢玉痕

 句集「ひょんの笛」   南部 憲吉
大木のもとに子がゐて夏来る
 句集 「薔薇」     横山美代子
竹皮を脱ぐや一戸の煙出

 梅 二 月       大平 静代
散策の歩巾定まる梅二月
ひらき初む苑の白梅序章めく
すれちがふ少年走者風光る
六地蔵肩寄す丘へ坂麗ら
ペン先の狂ひ初めたる涅槃西風
きさらぎの墨痕淋漓てふことば
筆とれば墨の香の立つ金槐忌

  光 芒 抄   洋二 推薦
観音の素足ふくやに春兆す   木下 数子
山笑ふ蕪村の川を跳びそこね  田中 敏子
白梅や筧の水のやはらかし   安孫子康夫
笹鳴きや旧街道の大礎石    重松 里代
梅が香の風のさやぎや宵の苑  醒井 龍子
窓に凭りいつしか春の月に寄り 大前 邦子
白梅や手押しポンプの漉袋   北沢 恭子
小座敷に潮の香りや白魚汁   山口 道明
子を育て親を看取りて麦を踏む 広渡 とし
巣づくりに屋根の藁抜く鴉二羽 恒藤 邦夫
春日傘出づる洋館海望む    吉岡すみ子
春雷や口にはできぬ苦き過去  山根八重子

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  ひこばえ4月号


 寒 土 用       小河 洋二
たゆみなき鍛冶の槌音寒土用
竹林を背びらに寒の月を浴ぶ
御手洗の水の尖りも寒半ば
大寒の淀の流れと万の竹
隠沼に光一筋冬木の芽
包丁を研ぐ水硬き寒暮かな
冬萌や母情はいつも笑みふふむ
幽くも禰宜の祝詞や梅開く

 句集「ひょんの笛」   南部 憲吉
虚子の忌の庭に鯉みて椿みて

 句集 「薔薇」     横山美代子
気象図にさくら前線朝湯わく

 薺 打 つ       大平 静代
茅渟海望む丘陵淑気満つ
しづけさは伊勢の枝宮初日影
雲間より出でし二日の月明り
詠草の墨の滲みも若菜の日
俳歴といふ遠きもの薺打つ
ぽつぺんを吹く息いまも確かなる
忘れ得ぬ一語のやうに梅ひらく

  光 芒 抄   洋二 推薦
大楠に冬青空の深さかな    中谷 貞子
子のこゑの交じる貴さ大旦   楠田かつ子
待春の流れにリズムありにけり 田中 美月
蒼天を破るどんどの火の柱   藤川  毅
唐臼の音の遠鳴り椿落つ    切建  昇
若冲の鶏冠の色の実南天    沖津 京子
さくさくと畑が声出す霜日和  谷口 一夫
掃納めすればこけしの目が笑ふ 上田 圭子
鷲の空百八十度雲の無し    鈴木かず子
洗はれて大根の白光りけり   村岡 靖子
落葉掃く百万遍の古本屋    守作けい子
谷筋を詰めて出現滝氷柱    恒藤 邦夫

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  ひこばえ3月号


 茶 の 花        小河 洋二
茎漬けて京洛昼を灯しけり
茶の咲いて人声途絶ゆ建仁寺
霜月の軒に乾びぬ網の嵩
あまねくも日は浦々へ寒日和
蕪洗ふ水の勢ひを頼みつつ
茶の花や一休庵の細柱
銃声の一発二発猟期来る
冬ざれや磯波崩れ崩れ散る

 句集「余光・ひょんの笛」 南部 憲吉
春さむ実生の松の尺に足らず

 句集 「薔薇」      横山美代子
身のうちに炎ゆるもの欲し蝶の昼

 火 と 水 と      大平 静代
見送りし人の帰らず開戦日
海光へ帆柱並ぶ十二月
王羲之の書法恐るる厳寒期
冬すみれ野の寂寥を知り尽し
極寒の辞書の中なるキーワード
数へ日の日ごとに美しき火と水と
行く年の終の満月いや高し

  光 芒 抄    洋二 推薦
神農の虎調剤の窓口に       木下 数子
天守より山重畳の冬もみぢ     田中 敏子
雪降るや百万石の海鼠壁      安孫子康夫
冬霧の谿覆ひゆく速さかな     重松 里代
行く年の夜々に膨るる月の影    醒井 龍子
毛糸編む窓越の日も編み込んで   大前 邦子
冬の靄晴れて現はる海青し     北沢 恭子
枯れきつて廃墟となりし蓮の池   山口 道明
マンションに狸出没月太る     広渡 とし
一斉に同じ方むく大白鳥      恒藤 邦夫
嚙む程に逃げる海鼠のなほ旨し   吉岡すみ子
くさめして児に真似られて笑はれて 山根八重子

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  ひこばえ2月号


 神 の 留 守   小河 洋二
神燈の揺れ納まらぬ神の留守
磯神の小さき祠も神の留守
軒下に干したる冬菜瘦せ始む
紀の国の海扇状に日向ぼこ
浮寝鳥この世のことはこの世にて
あまねくも日は浦々へ寒日和
冬の雁声を惜しみて翔ちにけり
古戦場を流るる水に蕪洗ふ

 句集「余光・ひょんの笛」 南部 憲吉
紅梅をみんと轆轤のまへ過ぐる

 句集 「薔薇」      横山美代子
蠟梅に触れし指もて燭をつぐ

 霧  笛        大平 静代
柳田国男生誕の地や冬ぬくし
火の気なき旧家の土間や神無月
からくりの河童顔出す池小春
はるかより霧笛きこゆる冬立つ日
沖をゆく船影消して冬の霧
神鏡のごとき光を冬入日
冬満月いま中天を志す

  光 芒 抄    洋二 推薦
俯瞰して仁徳陵の冬紅葉    中谷 貞子
六甲山の学校ストーブ点火式  楠田かつ子
散華とも紅葉散り敷く能舞台  田中 美月
黄落の路傍芭蕉の終焉碑    古藤いさむ
矢田山の雑木紅葉に塔埋め   藤川 毅
瞑想の庭の木椅子や破れ蓮   切建 昇
色変へぬ松の走り根鬼貫碑   沖津 京子
ひと筋の火焰となりし蔦紅葉  谷口 一夫
古酒酌みて遠き故郷の話など  上田 圭子
寒禽の声禅林を裂きにけり   鈴木かず子
研ぎ上げし庖丁の切れ冬に入る 村岡 靖子
静寂を裂く直情の鵙の声    守作けい子

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  ひこばえ1月号


 花 真 菰      小河 洋二
黙もまた心の遊び月今宵
ゆづられて渡る木橋や式部の実
名月や醤の匂ふ浦溜り
水澄みて遠くの音を寄せにけり
夕風に色も寂しき吾亦紅
街道に日の散らばりて花真菰
穂すすきに朝の雫や蛇笏の忌
猪垣の尽きることなき村に入る

 句集「余光・ひょんの笛」 南部 憲吉
しづかなる齢をたまふ初茜
 句集 「薔薇」      横山美代子
もがり笛一揆絵図いま火のにほひ

 野 分 晴    大平 静代
野分晴移動図書館来てゐたり
朝採りの秋茄子光る里の市
木食仏坐すてふ里の秋気澄む
少年の大き水筒秋麗
水の神祀る岸の辺鴨来たる
ハロウィンの硝子の眼もつ人形たち
黙々と子連れ猪ゆく夜半の町

  光 芒 抄    洋二 推薦
鈴生りに夕日遍ねし林檎園   倉坂 桑史
蛇穴にいま入るところ素十の忌 田中 敏子
国原の風に吹かるる芒かな   安孫子康夫
堂裏にマリア灯籠薮からし   木下 数子
人群るる実習田の低き稲架   小川 清子
橋の名は郵便橋や鳥渡る    重松 里代
幻聴に父の端唄やぬくめ酒   醒井 龍子
婆の叩く大豆筵や丹波晴    大前 邦子
赤うるしの日野椀を手に秋の雨 北沢 恭子
赤蜻蛉西大谷の坂上がる    恒藤 邦夫
秋風や木の根道行く関ヶ原   吉岡すみ子
秋晴や母校の裏の城の跡    山根八重子

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  ひこばえ12月号


 稲  架    小河 洋二
熊野路の奥処に稲架を組みにけり
熊野路の奥まで晴れて稲を干す
千枚の上の一枚稲架を組む
秋蟬の寂々として一里塚
草に触る十指に露の粗さかな
小鳥来る城趾に波の音絶へず
粗あらと枯木灘なる秋落暉
鍛冶音を近くにしたる穴惑ひ

 句集「余光・ひょんの笛」    南部 憲吉
梵鐘も冬眠に入るひとつかな
 句集 「薔薇」         横山美代子
第九交響曲灯の中にして年逝けり

 明  暗            大平 静代
重陽の里山にある女坂
常のごと山坐りゐる敬老日
刈草を積みし中なる秋の蛇
獣よけの柵に電流鵙猛る
秋の雷ペンとる手元狂ひけり
月明の空へ空へと螺旋階
待宵の海に明暗あるごとし

  光 芒 抄    洋二 推薦
水影を幹に捉へて初紅葉       中谷貞子
抜きん出て彩の幼き吾亦紅     楠田かつ子
神殿のみあかし洩るる夜半の秋   中野千鶴子
杉戸絵の松鮮やかに月の宴      田中美月
霊山の一隅醒めて桐の花      古藤いさむ
穏やかに猫ゐる島や桃稔る      藤川 毅
天高し朱房解かるる八雲琴      切建 昇
父の文字の軍事郵便いわし雲     沖津京子
暮がての影絵の母やつづれさせ    谷口一夫
朝顔や微熱ある日の深き紺      上田圭子
松籟のなかの一庵施餓鬼幡     鈴木かず子
難しき話はやめて望の月       山口道明

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  ひこばえ11月号


 帯  目     小河 洋二
八月の朝の社の箒跡
水掴み機嫌確かむ田草取
柿若葉尼僧の朝の薄化粧
引き売りの痩せ荷の多き秋暑かな
踏み渡る川瀬の淀み秋暑し
初秋や糸を紡ぎて飛驒に棲み
初萩や風無き朝を揺れてをり
指折りて数へる月日盆灯籠

 句集「余光・ひょんの笛」 南部憲吉
比叡よりの水はしらせて冬構
 句集 「薔薇」     横山美代子
冬や来と室戸の礁起伏みす

 涼 新 た    大平 静代
巌頭に白波上る終戦日
小鳥来る窓辺にひらく忌日表
百八の迎へ火焚ける浜七里
寄する波引く波音も送り盆
紺青の沖の一線涼新た
秋燕の翔ちし寂寥沖にあり
海原の闇果てしなき流れ星

  光 芒 抄    洋二 推薦
一里塚に石の薬師や蟬しぐれ     木下数子
竿売りの声新涼を連れ来たる     田中敏子
蟬しぐれ愛染坂の大鳥居      安孫子康夫
壺の塩さらさらこぼれ今朝の秋    小川清子
大岩に変はる川筋鳥渡る       重松里代
古丹波の壺の闇よりちちろ虫     大前邦子
新涼や小流れに置く笹の舟      北沢恭子
噎せながら健康食と麦こがし     上田圭子
ががんぼや手足ばかりの中学生   鈴木かず子
ひと雨のありて涼しく灯りけり     嶋 豊
十薬や湧水溢る薬井戸       守作けい子
秋涼や図書館の椅子軽きこと     広渡とし

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  ひこばえ10月号


 夏 あ ざ み  小河 洋二
しもつけや藁屋の軒の荒結び
朱塗りなる八幡の神の清水汲む
休温計贖ふ列へ薬の日
医薬門大きく開けて薬の日
仁丹の髭の広告夜鷹啼く
老鶯や昼なほ冥き不動尊
天地を貫く瀧のいさぎよし
閻魔像の膝の骨格夏あざみ

 句集「余光・ひょんの笛」 南部憲吉
禅林の石の対峙に秋思あり
 句集 「薔薇」     横山美代子
蛇笏忌の雲せつせつと山河かな

 沙 羅 の 花  大平 静代
融通さんと呼ばるる御寺蟬鳴けり
涼気満つ聖徳太子孝養像
真っ新な雨後の空ある沙羅の花
横たはる六甲の山星祭る
硯海に筆の溺るる我鬼忌かな
巴里祭へ翼持たざるわが旅券
山峡の風化激しきはたた神

  光 芒 抄    洋二 推薦
泰山木離るるほどに花の数      中谷貞子
男梅雨水口開けてありにけり    楠田かつ子
不意に来て梅雨の晴間のチンドン屋 中野千鶴子
潮入りの池波立たせ通し鴨      田中美月
飛驒格子磨き継がれて釣忍     古藤いさむ
青葡萄より山国の夜明くる      藤川 毅
青嵐薬研の寂ぶる医聖館       切建 昇
夏落葉しづしづ歩む神の鶏      醒井龍子
石塀のうすきさみどり蟬の翅     沖津京子
滴りの一粒づつの光かな       後藤昌弘
上風に葉裏より出づ蓮の花      谷口一夫
青梅を落とす媼の手並かな      村岡靖子

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  ひこばえ9月号


 お 土 居 跡  小河 洋二
柿若葉むかし薬師の深庇
梅雨に入る鰻絵の亀の動きけり
遡上せし鮎へ吉野の荒瀬かな
疲れ鵜へ荒瀬の音の絶え間なく
藻刈舟大きく傾ぎ下りけり
黒揚羽放つ猪名野のお土居跡
斑猫や起伏優しきお土居跡
老鶯や曲の癖持つ古座の川

 句集「余光・ひょんの笛」 南部憲吉
折りとりて茎のつめたき曼珠沙華
 句集 「薔薇」     横山美代子
露草の露の瑠璃ため眠る沼

 水 無 月    大平 静代
風薫る大師修せし修法ヶ原
大師修行せしてふ碑ありほととぎす
修法ヶ原池に水のすがたを見し六月
水無月の山容水態てふことば
真白なる四萌鉄扉に外人墓地
夏至晴るる丘や十字架並び立ち
大師再び修せし再び山涼し

  光 芒 抄    洋二 推薦
利酒を舌に転ばす桜桃忌       木下数子
獣らに荒されるとも田を植ゑる    田中敏子
父の日や柱に古ぶ鬼の面      安孫子康夫
若葉風埴輪の馬に輪の鎧       小川清子
大寺に園児の寝息風薫る       重松里代
きのふまで荒れ田やけふの代田澄む  大前邦子
緑風や正午を告ぐる時計台      北沢恭子
枇杷熟るる錆しトタンの農具小屋   沖津京子
片陰を拾ひつ辿る天神社       後藤昌弘
参道に古着吊して梅雨夕焼      上田圭子
神嶺の奥処噴井は時空越え     鈴木かず子
面取りはそこそこでよし夏大根    広渡とし

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  ひこばえ8月号


 黒 揚 羽   小河 洋二
粗金へ槌と火音や夕薄暑
水口に幣の揺れゐる早苗月
音読の声の重さや梅雨兆す
刃物屋の鐵の匂ひや梅雨兆す
黒揚羽放つ猪名野のお土居跡
葭切の鳴いて鍵屋の錠の錆
篠竹のしどろに揺るる大南風
びいどろの色曼陀羅や冷し酒

 句集「余光・ひょんの笛」 南部憲吉
新涼の一杓を伏せ杉あふぐ
 句集 「薔薇」     横山美代子
動くものわがほかになし墓洗ふ

 皐 月     大平 静代
高嶺より緑なだるる魚屋
山越えの魚屋道なる新樹光
相思鳥育ちし谷の青葉闇
青山中翔ちていづくへ相思鳥
青葉昏らみの谿を灯せる有馬の湯
「行雲流水」有馬筆もて書く皐月
山上駅に立てば五月の海光る

  光 芒 抄    洋二 推薦
亀落つる音つぎつぎと山霞む     中谷貞子
あぢさゐの原種このはなさくや館  楠田かつ子
青嵐や色褪せ緑地案内図      中野千鶴子
山裾に寺の塔見ゆ麦の秋       倉坂桑史
日照雨去り畝傍御陵の歯朶明り    田中美月
陽炎や酒蔵つねに酔うてをり    古藤いさむ
行々子葭の暗さに鳴きにけり     藤川 毅
声もなく燕反転県境         切建 昇
煌めける卯の花垣や雨後の園     醒井龍子
芍薬のほかは知らずの夜となり    谷口一夫
傍役に徹し群れ咲く霞草       村岡靖子
卒業子校門の文字なぞり去る     嶋  豊

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  ひこばえ7月号

 竹 の 春   小河 洋二
蓬摘む間歩口近き修験道
潮錆の膨らむ錨鳥雲に
地虫出づ赤の重たき根来椀
木の芽和吉野へ辿る径あまた
一献に添へる小鉢の木の芽和
菜の花や今朝も三川渦を巻き
彼岸会の声を小さく寺雀
長子とは少し堅物竹の春

 句集「余光・ひょんの笛」  南部憲吉
まつ青に七月がくる茗荷畑
 句 集 「薔薇」     横山美代子
炎昼の風の音ある西行堂

 鳥 雲 に  大平 静代
仏母坐す摩耶山上の遅桜
風光る人工の島眼下にし
山中に廃寺址ある暮の春
蝶白し真白き花にひたと伏し
散策の歩幅の中の母子草
野遊びの果ゆふづつと三日月と
旅の日の瓢湖おもへば鳥雲に

  光 芒 抄    洋二 推薦
雲雀野や布目瓦の廃寺址       木下数子
山笑ふなかに寝釈迦の大欠伸     田中敏子
海の上に淡き昼月啄木忌      安孫子康夫
手水舎の自動の蛇口囀れり      小川清子
山水にみがかれてゐし春の鯉     重松里代
のどけしや勤行のこゑ木霊して    大前邦子
風神のやをら巻上ぐ春落葉      北沢恭子
しばらくは見とれてをりぬ花の雨   沖津京子
連翹やそろそろ研屋来る時刻     上田圭子
穴太積残る城山花霞        鈴木かず子
春菜売り紀州訛の話術かな     守作けい子
ハンガーは耐震強化鴉の巣      広渡とし

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  ひこばえ6月号

 鳥 帰 る   小河 洋二
梅開き山河は夜も芳しき
龍を編む蔓の匂ひや鳥帰る
染釜に残る藍色鳥雲に
大破璃に余る空あり鳥帰る
初音聞く竹百幹の裏参道
鰆船舶先の波を蹴散らしつ
桃咲いて天衣のやうな日和かな
春北風や少女の飛ばす紙飛行機

 句集「余光・ひょんの笛」南部憲吉
灯してはや秋燈とおもひけり
 句集 「薔薇」    横山美代子
闇すでに海鳴りさそふ送り盆

 風 光 る  大平 静代
木洩れ日の歌ふやうなる鳥の恋
一稿の起承転結風光る
花明りして不可思議な脳画像
熱唱の終幕となる俊寛忌
西天の金星花と呼応せり
高窓に大き春月招き入れ
白鳥帰る瓢湖訪ひし日ありありと

  光 芒 抄    洋二 推薦
農具小屋に鍵のかかりて藪椿     中谷貞子
豪農の軒の深さよ春料哨      楠田かつ子
花李盛りて激つ瀬音かな      中野千鶴子
梅東風や参道わきの巫女だまり    田中美月
風を読み風を計りで野火放つ    古藤いさむ
振りたれば舎利の音なす花馬酔木   藤川 毅
苗札の少し傾ぎし女文字       切建 昇
春の雨子連れ陶狸の阿弥陀笠     醒井龍子
耕人や田に会釈して畔を越ゆ     谷口一夫
起伏道続く熊野や遠霞        村岡靖子
擢の音春はつばらに入江かな    守作けい子
ランドセルの角の丸さや卒業す    広渡とし

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  ひこばえ5月号

 梅 開 く   小河 洋二
口中に飴遊ばせて野焼見る
春寒や水音尖る瀧不動
大曲の波ゆるやかに梅開く
浦人も浦も目覚むる梅日和
太白や余寒の光こぼしゐて
荒東風に玻璃戸の響く浦五軒
末黒野を絶つ小流れの光かな
梅開く御衣ゆたかな伎芸天

 句集「余光・ひょんの笛」 南部憲吉
炎天を来し肩巾のさみしさよ
 句集 「薔薇」     横山美代子
万緑や熟睡児の手のひらきいる

 春 暁  大平 静代
春暁の山あたらしき貌もてり
野の鳥へ光生れつぐ芹の水
冴返る公園に伏す石の獣
みやびなる銘もつ椿神苑に
「白玉」てふ椿朝日に玉解ける
余寒なほ水琴窟にある静寂
白紙に雅語書きとめむ実朝忌

  光 芒 抄    洋二 推薦
雪径に尼寺までの絵看板       木下数子
握り飯ほどの止め石花馬酔木     田中敏子
丁寧に鍬人れてゐる余寒かな    安孫子康夫
きらめきて立木に懸かる春の星    小川清子
海原に沈む夕日や牡蠣筏       重松里代
凍星のひときは赤く久女の忌     大前邦子
麗らかや風見鶏ある厩舎あと     北沢恭子
山国の空ある小さき薄氷       沖津京子
紅梅の色もてこぼす昨夜の雨     後藤昌弘
春雷や厨の隅の忘れ酒        上田圭子
浅春や濡れ雑巾の床しづく     鈴木かず子
芽ほどきの雨に煙れる狭山池     山口道明

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  ひこばえ4月号

 浜 焚 火   小河 洋二
千菜吊り杣屋の軒へ風を呼ぶ
水鳥の声に暮れ行く竹生島
本堂へ落葉時雨の中を行く
長老が占める風上浜焚火
日を受けて鴛鴦穏やかに流れけり
罅走るお土居の跡や寒四郎
万物に寒気の宿る朝かな
なんとなく茶漬けの旨し松七日

 句集「余光・ひょんの笛」 南部憲吉
六月や藻を梳る飛鳥川
 句集 「薔薇」     横山美代子
鶏鳴のにごり音を曳く梅雨の人

 春 隣   大平 静代
梵鐘銘は「天下和順」や春隣
少年が撞く梵鐘や梅蕾む
寒晴や拝みて撫づる撫仏
有明の月光ゲとどく寒の梅
流木に残る年輪寒日和
冬たんぽぽ丘の日射しを知り尽くし
校庭の走者かがやく冬木の芽

  光 芒 抄    洋二 推薦
ここよりは女人禁制龍の玉      中谷貞子
あるがまま生くる喜び大旦     楠田かつ子
金星を従へ現るる寒三日月     中野千鶴子
機はじめ峡の十戸の嗚動す      田中敏子
経堂の裏一枚の冬田かな       田中美月
子等去りて和室すみずみまで寒し  古藤いさむ
堅田沖さざ波絶えず鳰揺らす     藤川 毅
生きることのみが仕事と初日記    醒井龍子
日当りて早や白梅の咲きにけり    豊岡照子
滝に注連白装束を日に透かし     谷口一夫
初詣自転車と乗る渡し船      守作けい子
爪革の古びて雪の女坂        広渡とし

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  ひこばえ3月号

 白 障 子   小河 洋二
白障子雀の声を拾ふのみ
銃声の続く山野や薬喰
日は山に沈みてよりの鳰の声
本堂へ落葉時雨の中を行く
牡蠣割女波の音さへ割りにけり
鍛冶桶の水の凝縮年詰まる
窯鎖して幣白々と年暮るる
冬菜干す軒の深さや遠嶺晴れ

 句集「余光・ひょんの笛」南部憲吉
牡丹や塔遠きほどしなやかに
 句集 「薔薇」    横山美代子
紀伊に雲おいて山脈夏に入る

 十 二 月  大平 静代
競走馬歩めば光る十二月
真珠湾訪ひしことなど開戦日
一と刷毛の雲稜線に蕪村の忌
天気図に峰と谷ある冬至かな
起床より始まる日課年詰まる
逝く年の日食水ナ面昏くなる
古暦遠のく山河ありにけり

  光 芒 抄    洋二 推薦
吊橋の奥の城跡冬もみぢ      楠田かつ子
飛石の一つけ礎石つはの花      木下数子
轆轤師の手の温もりや山眠る    安孫子康夫
笹鳴きは仁徳陵のあたりより     小川清子
数へ日やはやばや糶の後始末     重松里代
郷に入る五右衛門風呂の火吹竹    切建 昇
冬日向庭師やさしき受け答へ     大前邦子
錆色に枯れし欅の雄々しさよ     北沢恭子
湖に今薄日差したり浮寝鳥      沖津京子
鴟尾光る中金堂の御慶かな      後藤昌弘
空白に謎の数字や日記果つ      上田圭子
うすうすと身を削ぐ夜風年詰まる  鈴木かず子

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  ひこばえ2月号

 初 時 雨   小河 洋二
松恋ふる養翠園の初時雨
水鏡痍つけ鴛喬の流れけり
山影に馴染みてよりの浮寝鳥
冬晴や水音遠き滝不動
冬菜干す軒の深さや遠嶺晴
冬ざるる膝に痍持つ閻魔像
冬ざるる砦の跡や余呉の湖
白障子雀の声を拾ふのみ

 句集「余光・ひょんの笛」南部憲吉
眼前の一枝ゆれゐて花盈ちぬ
 句集 「薔薇」    横山美代子
春昼の飛び石みだす何もなし

 仏 母 の 灯  大平 静代
冬の雷ふいに頭上へ摩耶詣
神留守の山に日面日裏あり
仏母在す山を縫ふ道冬紅葉
冬に入る摩耶一峰に仏母の灯
冬鳥に御寺の虚空ありにけり
霊山へ深入りしたる桃青忌
山の端は海へかたぶく冬の月

  光 芒 抄    洋二 推薦
秋麗の白く照りたる石切場      中谷貞子
袖快ひらひらとして十夜僧     中野千鶴子
寒牡丹皇子の山より風至る      田中敏子
千枚田の裾は荒磯千鳥鳴く      田中美月
太き声空より降りぬ松手人     古藤いさむ
寒雷と競ふ荒磯の怒涛音       藤川 毅
枯真菰無音へ紀伊のしぶり雨     切建 昇
行く秋の弦月白き夕べかな      醒井龍子
晩年や一棹のみの大根干す      豊岡照子
冬天や和泉あがたの棄棚田      谷口一夫
野ざらしの石仏に降る秋の雨     村岡靖子
落札の大歳時記や源義忌      守作けい子

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  ひこばえ1月号

 今 年 藁   小河 洋二
身に人むや立枯れ松の五六本
茅葺きの杣家の軒の今年藁
風と来て杖と去りたる秋遍路
夕べより昼の寂しき鶏頭花
大洞の奥の碑文や雁渡る
八雲なる紀伊見峠や鳥渡る
賽銭の音より釣瓶落しかな
藁塚の崩れに痩せる日のひかり

 句集「余光・ひょんの笛」南部憲吉
早春の雨の芦州に遠さあり
 句集 「薔薇」    横山美代子
千代紙を春の彩とし子に買わな

 露  晨   大平 静代
茅淳の海に帆船残し去ぬ燕
帰燕いま坂の上なる大鳥居
新涼や歌劇の町に川流れ
終の地のやうに草抜く露晨
黙祷す菊花真白き献体会
医学生の言葉身に人む献体会
朔日の水音風の音秋深し

  光 芒 抄    洋二 推薦
鐘を撞く振りを大きく秋澄めり    中谷貞子
大絵馬は北前船や雁渡る       木下数子
順教尼の慈愛に触るる萩の花    安孫子康夫
九度山のどの径ゆくも虫の声     小川清子
武庫川の髭の渡しや秋桜       重松里代
秋麗や五條新町卯建寂ぶ       切建 昇
蛇笏忌の松の小径の露しぐれ     大前邦子
爽やかに色結び合ふ真田紐      北沢恭子
近江路の空澄みわたる水の秋     後藤昌弘
秋日すぐ翳り九度山泊りかな     上田圭子
柚子の実の戸毎に照りて旧街道   鈴木かず子
秋燈や口で筆置く順教尼       広渡とし
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