アメリカの経済動向にアカデミックな関心を寄せる者にとっては、2004年頃から目立ちだした住宅バブルが早晩はじけるのは、ほとんど自明の理だった。彼らの多くが、06年後半に米国内でサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)の延滞率の高まりが報じられだすに及んで、いよいよバブル崩壊のとき近しの思いを抱いたことだろう。私がそうであったように。
 2000年のITバブル崩壊後、アメリカの景気を支える主柱となってきたのは、旺盛な住宅投資だった。その住宅市場の活況には、世界的な過剰流動性を背景とした国際資金の一極集中的な対米流入が大きく関わっていたが、おかげで世界の景気が維持されてきた面も確かにあった。そうしたところでの米国住宅市場の冷え込みは、アメリカと世界の金融や景気に重大な影響を与えずにはおくまい、過剰流動性問題の一因がわが国の長きにわたる超金利だっただけに日本国民も複雑な災厄を被る羽目になるのでは、と私も緊張感を覚えたものだ。
 07年2月下旬、私は、日本の新聞紙上でサブプライム問題が取り上げられるのを初めて目にした。米国株式市場でダウが数日間にわたって続落した事態に関して、その中心的要素とみられた金融株急落の背景にサブプライムローンの債務不履行増加に対する懸念の高まりがあることが指摘される、といった文脈においてのことだった。直後の2月末には世界同時株安が起き、サブプライムという言葉が盛んにマスコミに登場するようになった。この場面を迎えて、事態はいよいよ急迫しつつあると感じた。
 以来、サブプライム問題は現実に拡大・深化の一途をたどり、今では世界経済全体を揺るがす凶暴なリヴァイアサン(巨大な怪物)へと成長を遂げている。そうした道程とその意味するところを以下で順序だてて検証することにしたい。
ちょっと経済談義を私のあゆみ
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     世界を覆うサブプライム問題の脅威











 










       連載開始にあたって (2008年5月10日)
       第1回 サブプライムローンとは何か (2008年5月12日)
       第2回 サブプライムローンの主な特徴 (2008年7月6日)
       

[お詫び]
サブプライム問題研究の果実が少しずつ研究の果実が生まれだしたところで連載講座を開始したのですが、第2回分を載せた後、中断したままになってしまいました。ご期待いただいた方々にお詫びいたします。その間の事情と研究に関する現在の私の心境は、「六十多惑」に記したとおりです。いずれ何らかの形で研究の知見を発表できればよいのですが。(2011年1月)






連載開始にあたって
(2008年5月10日

 

いわゆる「サブプライム問題」とは、アメリカにおけるサブプライムローンの大量焦げ付きによって引き起こされた一連の問題群を指している。
 たとえば詐欺的な貸付によって居宅を失う米国民が増え続けている事実に注目すれば、それは日本で表面化した悪徳サラ金禍と似かよった社会問題だと言える。他方、巨額のサブプライム損失を被ったアメリカの金融機関が、資本増強の必要から中東や中国の政府系ファンド――政治的思惑にもとづいて行動する可能性を否定しきれない存在――への依存を余儀なくされている現状に目を向けるなら、国際政治に関わる由々しい事態としての一面がクローズアップされよう。稀有の経済的災厄であるのはもとより論を待たず、これらを思うだけで明白なように事は多次元的な性格をおびている。
 経済の次元にあっても、サブプライム問題は多面的な急展開を遂げてきた。当初はアメリカの国内的事象であるかにみえたが、住宅ローン証券化の仕組みを通じて欧州に飛び火するや、その版図をたちまち世界全体に広げた。内容的にも、ローンの貸し手である米国住宅金融業者の経営破綻、証券化商品を購入した欧米のヘッジファンドや銀行傘下の投資ヴィークル(SIV)の苦境、世界的な信用収縮や流動性不安、と深化の一途をたどってきた。
 加えて、今では、証券化商品離れした投資マネーのコモディティ市場へのシフトが原油・穀物価格の高騰に一役買う、あるいは米国住宅市場の冷え込みが世界景気の下振れ要因となるといったルートを通じて、世界の実体経済もサブプライム禍の深刻な影響を受けるようになっている。日本にしても、金融機関のサブプライム損失こそ欧米ほどではないとみられるものの、円キャリーの巻き戻しによる円高不況の懸念がつきまとうし、エネルギー・食料面の脆弱さが際立っているという事情もあるので、決して悪影響は限定的だと高をくくっていられるような状況ではなかろう。
 本連載講座の主題は、このような多次元にわたる、そして現在進行形で多面的な展開の歩を刻み続けている、サブプライム問題の全容を解明する点に設定される。筆者の力に余る仕事だとは自覚するが、自分自身の状況把握を確かにするための整理作業という意味合いももたせて、その課題に立ち向かうことにしたい。
 言わずもがなだが、サブプライム問題の考察を進めるためには、前もってアメリカのサブプライムローンに関する正確な知識を備えていなければならない。そこで、まずその前提条件を整えることから作業を始める形になる。

【追記】
 文献・資料については、さしあたり誰もが入手しやすいもののみを表記する。アカデミックな論文に再構成する際に、外国文献、原資料等も含めた詳細な注を付することにしたい。


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第1回 サブプライムローンとは何か
(2008年5月12日)


<サブプライム層向けローンの総称>

 米国内で貸し出される個人向けローンのうち、プライム市場では融資を受けられない借り手、すなわちサブプライム(subprime)に区分される層を対象とするもの――それがサブプライムローンである。ちなみに、サブプライムという言葉は、信用力が高く、優遇金利の適用を受けるプライム(優良債務者)に比べて下位(sub-)であることを意味している。
 繰り返しになるが、信用力が相対的に低く、通常の融資を受けられないサブプライム層の人々に対して金融機関が貸し出すローンを、ひとまとめにしてサブプライムローンと呼んでいる。そうした総称の由来から容易に察しがつくように、審査基準が通常のローンよりも緩い代わりに、回収遅延のリスクを考慮して金利は高く設定されているのが、サブプライムローンの共通の特徴だと言える。
 予め断っておくと、サブプライム層向けのローンとしては、住宅ローンのほかに、自動車ローンやクレジットカードも存在する。そして、それら全体を包み込む形でサブプライムローンなる言葉が用いられる場合もある。しかし、狭義の用語法では、サブプライムローンすなわち住宅を担保とした住宅ローンであり、そこには住宅以外を担保に貸し出すものは含まれない。以下では、サブプライム問題の元凶となったのは住宅担保融資だという事実、およびその都度サブプライム住宅ローンと表記する煩わしさを考えて、狭義の方でサブプライムローンの語を用いるものとする。


<FICOスコアによる個人信用力の判定>

 信用力の低いのがサブプライム層だとされるが、それでは信用力の判定はどのようにしてなされるのであろうか?1)
 アメリカには、クレジット・ビューローと呼ばれる金融情報会社(Equifax、Experian、Trans Unionの3社寡占)が存在する。それら各社が個人情報を丹念に収集して作成・管理しているクレジット・レポートには、各人の過去におけるローンやクレジットカードの利用と返済の履歴、および現在の借り入れ状況に加えて、個人属性や職歴等も記録されており、社会保障番号で情報管理がなされている。さらに、大手クレジット・ビューローは、収集した個人情報を点数化してクレジットスコアをはじき出す仕事にも携わってきた。フェア・アイザック(Fair Isaac)社によって開発されたモデルを使用してのスコアリングであり、「FICOスコア」として世に知られる。
 アメリカの金融機関は、クレジット・ビューローからそうしたクレジット・レポートとFICOスコアの提供を受け、基本的にそれにもとづいて住宅ローン(や他の消費者向けローン)の与信判断をおこなってきた。基本的にと言ったのは、最終判断にあたってFICOスコアに自社独自のノウハウを加味する金融機関も多いからである2)
 FICOスコアの算出において考慮される諸項目とそれらの比重をみれば、@返済履歴35%、A借入残高30%、B信用履歴(クレジットヒストリー)の長さ15%、C新規借入額10%、D借入金の種類・構成10%、となっている。借り手の返済実績をとくに重視する一方、所得や資産は直接的には考慮しない形での債務返済能力の数値化だ、と言ってよかろう。
 FICOスコアは300〜850点の範囲に分布している。点数が高いほど信用力が高いとされ、プライム住宅ローンの対象者の場合だと700点を超える水準が典型的である。明確な基準が決まっているわけではないけれど、最近では一般的に660点以下がサブプライム層とみなされる。ただし、極度に点数が低い部分は、もともとローン・ビジネスの埒外にある。江川由紀雄氏の言を借りると、「サブプライム住宅ローンの借り手の層は、米国の消費者をFICOスコアで並べれば、『中の下』であり、最下層(下から10%程度)は含まれない、というイメージだ3)」。


<金融当局によるサブプライムの判断例>

 米国金融当局(FRB、FDIC、OCC、OTS)も、FICOスコア660点以下ならサブプライムだとの認識を共有している。それも含めて、金融当局は、サブプライム層に相当するような信用リスクの高い借り手の特徴として、次の5つを数え上げている。
@  過去1年以内に30日間のローン返済延滞が2回以上、または過去2年以内に60日間の延滞が1回以上あった者。
A  過去2年以内に強制執行、抵当物件の差押え、担保回収、債権償却がおこなわれた者。
B  過去5年以内に破産履歴がある者。
C  FICOスコアが660点以下で、相対的に貸倒れの可能性が高いと考えられる者。
D  所得に占める債務支払い負担が50%を超える者、または月収から債務支払額を差し引いた額が生計費に満たない者。
これらのうち少なくとも1つの特徴を有する借り手はサブプライムと判断されることになる。
 とはいえ、上記の5項目は例示の意味合いで列記されたものであって、金融当局がそれを公式のサブプライムの定義として提示したわけではなかった。金融実務で広範に使用されているFICOスコアにしても、660点以下というのは単なる目安でしかなく、担保の有無、ローン商品の種類等によって判定基準はさまざまなのが実情である。
 有り体に言って、サブプライムに対する普遍的な定義など何処にも見当たらない。ある解説書が指摘するとおり、「あくまでも金融機関や金融商品ごとに様々な角度から信用力を測った結果として、『信用力が低い』と判断された借り手をサブプライムと呼び、彼らに対して提供される住宅ローンがサブプライム・ローンなのである4)」。


<留意すべき点>


 信用力に基づく借り手分類において、プライムとサブプライムの中間に位置する層がAlt-Aとして別に区分されることもある。FICOスコアが660点前後の者や、評点はプライムのレベルに達しているが伝統的な住宅ローンの契約に必要な書類が揃っていない借り手が、それに当たる5)。しかし、サブプライムがそうであるのと同様に、いやそれ以上にAlt-Aの定義は曖昧さを宿している。
 かかる定義の不明確さは、サブプライムローンとそれ以外の住宅ローンとの区別に各金融機関の恣意が入り込む可能性につながっている。その程度が高ければ、サブプライムローンの量的規模を正確につかむのに支障をきたす羽目にならざるをえないが、それだけではない。本来ならサブプライムローンの範疇に入るはずのものが、Alt-Aローンやプライムローンに振り分けられているケースもあるのでは、との推測が働いても決して不思議ではなかろう。だとすれば、サブプライムローンの領域で問題が発生した際に、Alt-Aローンやプライムローンに波紋が及ぶのを、そうした推測に根ざした疑心暗鬼の広がりが加速するといった事態もなしとしない。借り手分類の境界がぼやけている事実を確認し、それが何を示唆するのかに思いを巡らす必要がある。
 もう1つ留意すべき点を記しておく。すでに述べたところだが、FICOのスコアリングモデルでは各人の収入水準は考慮されない。「サブプライム=低所得層」の認識が普及しており、それはそれで概ね妥当だとみられるものの、正しくは「サブプライム=低信用力層」なのである。これは、低所得ではなくても信用力が低いと判定された借り手はプライムローンを利用できないことを意味する。と同時に、低所得ではなく信用力も低くない借り手であっても、意図的にサブプライムローンを利用できる余地が残されているということも、この場でしっかり頭に入れておかなければならない。 


               注
1) 以下、「米国における住宅ローン貸出市場の変化と将来像(第4回)」『金融市場』2003年1月号、参照。
2) 三菱東京UFJ銀行『経済レビュー』No.2007-13、2007年10月5日、7ページ。
3) 江川由紀雄『サブプライム問題の教訓』商事法務、2007年、9ページ。
4) みずほ総合研究所編『サブプライム金融危機』2007年、73ページ。
5) 「広がりみせる米住宅ローン問題――サブプライムからAlt-Aへ」日本総研『リサーチアイ』No.2007-017、2007年9月10日。


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          第2回 サブプライムローンの主な特徴

            (2008年7月6日)


 図表へのリンク


 <米国住宅ローンの種類>

 信用力が低いサブプライム層向けのローンとしてのサブプライムローンには、他の住宅ローンとは異なるどのような特徴が認められるのであろうか。まずアメリカの住宅ローン全体の構図とそこに占めるサブプライムローンの位置をみておこう。
 図表1に示されるように、住宅ローンは、まずFHA・VAローンとコンベンショナルローン(Conventional Loan)に大別される。前者は政府保証つきのローンであって、FHAローンの場合には、連邦住宅局(FHA)が低所得者の住宅取得を支援するために、民間金融機関の融資に100%の保証を付与してきた。退役軍人向けのVAローンだと、退役軍人局(VA)によって保証が付与される1)。他方、そうした政府保証のない民間住宅ローンがコンベンショナルローンと称される。
 コンベンショナルローンのうち、ファニー・メイ(連邦抵当金庫)やフレディ・マック(連邦住宅貸付抵当公社)といった政府支援機関(GSE)の買取り条件に適合するローンを、コンフォーミングローン(Conforming Loan)と呼ぶ。一部例外はあるが、基本的には、プライム層向け、上限金額内(単一家族住宅だと41.7万ドル以下)、その他一定の要件(物件価格に対する融資の割合等)をクリアするものが、それにあたる2)
 GSEの買取り条件に合致しないノンコンフォーミングローンのうち、債務者の信用力は十分だが、ローン額がGSEの買取り上限額を超えるものが、ジャンボローン(Jumbo Loan)である。Alt-Aローンの場合には、借り手の信用力はサブプライムよりは高いものの、自営業者のように収入の確認が難しい等の理由で、GSEの買取り基準を満たさない。これに対し、サブプライムローンは、借り手の信用力が主に過去の返済事故歴によって低いために、買取り非適格ローンとされている。
 後回しになったが、GSEによるローン買取りは、住宅ローンの証券化と密接に関わっている。その証券化こそサブプライム問題の国境を越えた広がりを理解する鍵にほかならないので、後に詳察の場を用意したい。住宅ローン市場の構成比とその推移についても、やはり機会をみて詳しくふれることにする。

 <サブプライムローンの特殊な商品性>

 

 ノンコンフォーミングローンの金利はコンフォーミングローンのそれを上回る。債務者の信用力に問題がないジャンボであっても、大型ローンだから貸付者がとる信用リスクも大きいとの理由で、貸付利率は高めに設定される。債権回収率がプライムより劣るAlt-Aの場合には、審査基準が緩やかな代わりに金利は高いという形になっている。一段と信用力の低い借り手向けのサブプライムローンでは、その関係はより鮮明であり、プライムより年率2〜4%高いのが通例だとされてきた。
 低所得層が借り手の中心であるサブプライムローンにおいては、もともと借入比率(借り入れ額/物件価額)が過大になりがちだと言える。ましてや適用金利も高いとなると、伝統的な30年満期の固定金利ローンでは借り手のニーズに合いにくい。元利均等返済の方式では、月々の元利支払い額が大きくなり、多くのケースで直ちに返済に困難をきたすのが目に見えているからである。そこで重視されたのが当初の金利を低く抑えるための工夫であった3)
 図表2に、2004年に実施されたサブプライムローンの金利条件別内訳が示されている。全体の約9割が変動金利型で、その大半を固定金利と変動金利を組み合わせたハイブリッド変動金利型(ARM)が占めた。最初の数年は通常(基準金利)より低い優遇の固定金利、その後変動金利に移るが、プレミアムを市場金利に上乗せして金利変更(リセット)がなされるので金利水準は通常より高くなる、といったタイプのローン商品である。償還期間30年、当初2年のみ固定金利で残る28年を変動金利とする「2/28ハイブリッド・ローン」が、とくに人気を集めた。内閣府の『世界経済の潮流』(2007年秋)が指摘するとおり、こうしたハイブリッドARMの天下は、約7割が固定金利によって占められる住宅ローン全体の状況とはおよそかけ離れていた4)
 ハイブリッドARMのほか、IO(Interest-Only)ローンやオプションARMもサブプライムローンの商品例として知られる。IOローンだと、当初2〜10年程度(5年が一般的)は元本償還なし、利払いのみで、固定期間が終われば金利リセットがおこなわれるのとともに元本返済もスタートする。オプションARMは、借り手が当初1〜5年間に関して支払い方法を選択できるもので、返済額を利息分以下に設定するのも可能である。その場合には、差額の加算によって返済すべき元本部分が当初より増大するので、「逆原価償却型」と呼ばれる。
 ハイブリッドARMでは、固定金利の期間内に基準金利の大幅低下が生じれば、リセットによって借り手たちが被る実害は小さくてすむかもしれない。しかし、そうでないときには一定期間が過ぎると彼らは月々の支払い額の急増、いわゆるペイメント・ショックに見舞われる羽目になる。2/28ハイブリッド・ローンについて米国金融当局がおこなった返済額のシミュレーション結果(図表3)は、たとえ市場金利の変動がなくてもペイメント・ショックには厳しいものがあるし、市場金利の上昇局面となると返済負担が一段と加重されることを教えてやまない。IOローンやオプションARMのペイメント・ショックが、ハイブリッドARMよりもさらに烈しくなるのは、あえて多言を要しない5)

 
 <貸出し主力はモーゲージ・カンパニー>


 軽減された当初返済負担というサブプライムローンの特殊な商品性は、時と次第によっては、借り手が自己の返済能力を顧みない無謀な借入に走る可能性を示唆している。では、貸し手の面に関しては、サブプライムローンにはどのような特徴が認められるのであろうか。
 ここでも『世界経済の潮流』(2007年秋)の分析に依拠する形になるが、2004〜06年に貸出されたサブプライムローン総額に占める貸付機関別のシェアは、独立のモーゲージ・カンパニー(その中に含まれるモーゲージ・バンカー)が約5割、預金取扱い金融機関が2〜3割、預金取扱い金融機関の子会社と系列会社が各1割強であった。他方、住宅ローン全体をみれば、預金取扱い金融機関が4割強と最大のシェアを占め、モーゲージ・バンカーの比重は3割程度にすぎなかった。預金取扱い金融機関(商業銀行や貯蓄金融機関)の子会社・系列会社にも多数のモーゲージ・バンカーが含まれているので、サブプライムローンの場合には、大半が独立系を中心としたモーゲージ・バンカーによって実行されてきたことになる6)
 簡単に補足すると、モーゲージ・カンパニーとは、住宅金融を専門とするノンバンクであり、機能によりモーゲージ・バンカーとモーゲージ・ブローカーとに分かれる。モーゲージ・バンカーは、住宅ローンの一次市場(住宅購入者に対して貸出しがおこなわれる市場)において、商業銀行や貯蓄金融機関と同じくオリジネーター(組成者)かつレンダー(貸し手)として活動する。ただし、預金機能をもたない彼らは、二次市場(証券化市場)への住宅ローン債権の売却を前提にして、市場資金や銀行借入で資金を調達し、自ら融資にあたることになる。また、モーゲージ・ブローカーが申し受けたローンを実行し買取ることもある。モーゲージ・ブローカーの方は、不動産業に近い存在で、複数の金融機関の住宅ローンを顧客に斡旋し手数料収入を得る7)
 モーゲージ・バンカーのビジネス・モデルは証券化を前提としたもので、貸出し後すぐ原資産の住宅ローンを売却して100%リスクを移転することを予定しているので、ともすればその審査は甘くなりがちだと言える。とりわけ一次市場での金融機関間の競争が激しい場面では、問題含みの借り手に対しても積極的に貸出す誘惑に駆られやすい。借入希望者と貸付機関とを仲介するモーゲージ・ブローカーについては、契約数を確保するための無責任なセールス・トークがしばしば社会問題化してきた8)
 サブプライムローンの場合には、借り手の側だけでなく、貸し手の側でもモラルハザードが起きやすいという特徴を、本質的なレベルで帯びている。証券化が進んだ米国住宅金融市場は、多様なプレーヤーの分業によって担われているが、サブプライム問題の解明に当たっては、安易な姿勢やモラルハザードが各プレーヤーに波及し蔓延する可能性、さらにはそれが世界的な金融不安につながる可能性を強く意識してかかることが肝要だ、と考える。ともあれ、前回と今回の講座で必要最小限の予備知識をとりまとめた今、ようやく本論に進む条件が整った。



                 

1) 「米国住宅金融証券化の概要(第1回)」『金融市場』2002年11月号。
2) 「米国サブプライム住宅ローンの概要」三菱東京UFJ銀行『経済レビュー』No.2007-13、2007年10月5日、8ページ。
3) 竹中正治「米国サブプライム・ショックの構図」(財)国際通貨研究所『Newsletter』2007年8月17日。
4) 『世界経済の潮流』2007年秋、第1章第1節1。
5) 「米国サブプライム住宅ローンの概要」(前出)、12ページ。
6) 『世界経済の潮流』2007年秋、第1章第1節1。
7) 「米国における住宅ローン貸出市場の変化と将来像(第1回)」『金融市場』2002年10月号
8)日本金融学会・2008年春季大会における佐藤金融庁長官の講演「金融規制の質的向上」2008年5月17日

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