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≪私の好きな歌人≫ 南画家 堀江春美 『萌黄の鳥』 本編  『萌黄の鳥』評 HOME











歌集紹介 


第一歌集『蟲のゐどころ』

角川書店  07´4.25発行

第五回筑紫賞・19年静岡歌人協会賞 受賞

植松 法子

『蟲のゐどころ』は、
誘蛾灯に集う七百種もの
虫への鎮魂であり
オマージュという。
「蟲」のなかには、作者の身虫の虫も存在し、
それは内奥ふかくにうごめく
カオスの自我である。
物の抱える不可解に向かい、
さまざまなスタイルで
現代短歌に挑戦する
植松法子さんの期待の一集。

春日真木子 帯文より


越冬のかめむし壁にすがりゐて男がすなる会議といふもの

さくらの実赤きに小さき嘴(はし)の跡ことば持たざるものからわれへ

昨夜の雨たつぷり吸ひて褐色の千の茸のたてる聞耳(ききみみ)

生涯の欠落部分としてあらむ太幹の父知らざることも

さしあたりモーツァルトは似はぬとひとりの餐にせせる鯛の目

うどの枝に気取りうごかぬ竹節虫(ななふし)に吸ひよせらるる文月真昼間

青葉闇ぬつて聞えるほととぎす帰るといふことこんなにさみしい

葉洩れ日を稚鮎のやうに走らせて春をさらさら流るる歩道

雲雀ひとつふいに消えたる中空に囀鳴(てんめい)はなほ煌めきてゐる

333333と博物誌の日ざかりをゆく蟻の行列

底魚のやうに笑はぬ冬の日ようこそラルース哲学辞典

君がうたのエロス・タナトス身に浴びて桜花の下に立ちつくすなり

おぼおぼと家内めぐる母なれば荒野なるべしバイヤフリーも

あまぐもゆくらゆくらと照り翳りわたしの他はみんなビヤウキ

バックの中に鼠一匹ゐるやうなゆゆしさありてケイタイ持たさる

ゆんはりと穂草はなびき川土手に太極拳の一団はあり










第二歌集「文字なき時代の女のやうに」
ながらみ書房  08´5.18発行


高橋良子


垂直のほかは知らざる深みどり木賊は木賊に触るることなし

尾根の道しろくつづけり永劫はさぶしくわれといま交叉せり

サザンクロス地平に低し縄文は地軸かたぶくまでのはるけさ

まり投げもできさうな土間にすでにしてヒエラルヒーの兆しの見ゆる

本当に戦のない時代だつたのか見えねばただに明るし 縄文

修正液乾くを待てり誤りは隠しやうなき厚みをのこす

走り根に掴まり崖をよぢのぼる文字なき時代の女のやうに

艶やか朱をもてわれをそそのかす冬の枸杞の実 苦しその赤

リスクいくつ知らされ選ぶひとつ道白衣につきゆく廊下が長い

ぼうだんの芽咲かぬ誤算老い初めし夫がやさしくなりたる誤算

むらさきのニッカボッカを蹴とばして大工は神殿の棟を歩めり

「なかなか」の台詞ひとつが耳にあり「なかなか」「なかなか」夫と掛け合ふ



言葉や文字は人間である証ですが、どんなに言葉を尽くしても伝えきれない
もどかしさを、作歌のたびに感じます。趣味の山歩きのなかで、文字の無かった
時代の女性達をある種の憧れをもって考えました。どんな声でどんな表情で
心を伝えたのでしょうか。
                             あとがきより



06´角川短歌賞(佳作)

「夏と秋の間」   大森悦子 「水甕」


足跡は砂から生えて人間を待つらし足跡だらけの浜辺

天気図に見るサイクロン右回り南半球であるということ

馴染む前に懐かしくなる一年後見つめて暮らす駐在婦人

夏と秋の間はいずこ押し寄せる波にカモメが差し入れる脚

まぶたなき魚が眠る海底に巻かれぬままの巻尺のあり

小数点以下の秋なり野兎がブッシュにおこす乾いた葉擦れ

ジグソーパズルの何所にも会わぬひとかけら雲に映して飛ぶ鳥の胸

ひとりの夜夫の席にてとる食事夫の視界を覗く心地す

日系企業駐在員ゆえ新年度四月の夫は春の匂いす

フェアウェイに散るユーカリノ細き葉よ秋のひづめをてのひらに乗す

包丁を買い換え気付くジャガイモの芽を徐る部分意外と大事

突然に作動の止まる洗濯機 少し待つよう説明にあり

鰯雲仰いで夢想するひとつ牧羊犬の昼寝の時間

野生種の虹色インコ無防備な項を寄せる日溜りのなか
 
佳作作品 50首より