登記と司法書士について
司法書士は登記の専門家です。
ところが登記は一般には馴染みのない手続なので、何をする資格者かあまり知られていません。
不動産を購入する、住宅ローンを返済する、会社を設立する、
そういった人生の中でも稀有な出来事のときにしか関わりが生じないからかもしれません。
また登記という制度がいかに重要かであるかも学校では教えてくれません。
(登記制度の重要性は別の記事をご参照ください。)
相続登記の義務化が始まって
相続登記の義務化が始まって、一般に登記制度に馴染みのなかった方々も「私も登記をしなければならないのか」と焦っておられることもあるようです。そして、どうせ相続登記をしないといけないのであれば、出来るだけ費用はかけたくないと考えるのは当然のことかと思います。
現在、登記申請については司法書士による代理申請は強制ではなく、ご本人で申請することも可能です。
費用をかけたくないし司法書士に頼らずにやってみようと考え、法務局に多数の相談者が来庁しているようです。
法務局の相談対応について
法務局は、手続案内と称して完全予約制で相談を受け付けています。独占業務として国家資格者が定められている司法書士の業務を法務局が相談(行政サービス)に乗っていることについては賛否のあるところです。しかしその話題に触れると深い議論になってしまうのでここでは触れずにいきますが、法務局のサービスには限界があることを知っておいてほしいのです。
法務局は登記申請分野においては、あくまでも「審査機関」であり、提出された登記申請書等の書類一式を調査する立場の役所(かつては区裁判所)です。すなわち行政サービスとして手続案内をしていたとしても、登記申請の代理や完全なサポートをしてくれる場所ではありません。よく窓口で大きな声を出して怒鳴っている方は、「自分は言われた書類は集めてきたぞ!手続きはそちらで全部やってくれ!」と考えているのではないでしょうか。
現在、法務局の人員は不足しています。お客様が登記申請の手続きを住民票の異動届を出すレベルで考えているのであれば、お客様も法務局も苦慮するのは明らかですので、私たち司法書士を頼って頂きたいところです。
また窓口で怒る方は、すぐに「お前らは税金で生活しているのだろう!」と言いますが、そのような悪態をついたとしても問題は解決しません。限られた人員で制度を運用している法務局からすれば、制度や法律を知ろうとせずに窓口で騒ぐ方は迷惑な存在と思っているかもしれません(これは私の想像ですが)。
いまは利用者も、円滑な手続き運用に協力する姿勢が求められる時代になっていると思います。
司法書士に頼ることのメリット
先述しましたが司法書士は登記の専門家です。
単純に書類を作っていると思われるかもしれませんが、書類を作る前段階で、本人らの実在・意思、対象物件を調査、法律上の効果などについて調査・確認をしています。また古い名義のまま時間が経過した場合の相続登記では、確実に登記申請を通すために補足資料を収集することもあります。また相続税申告の対象にならないかどうかなど、お客様が困らないように地味に色々と下調べをしています。
司法書士を介さずに手続きをした際の、よくある話ですが、手続対象の不動産を自宅建物とその敷地だけと思い込んでおり、ゴミステーションや私道の持分が抜け落ちていることもあります。後になって困ることも大いにあり得ます。
なお、お客様にとってのデメリットである司法書士報酬(費用)は、それらの調査・判断などの対価を含んでいることをご理解いただければ嬉しいです。
自分で登記するかを「車検」に例えて考える
自分で登記するか否かの判断は、自家用車の「車検」で考えてみると分かり易いと思います。
自家用車が「法律」、運輸局が「法務局」、ユーザー車検が「本人申請」といった具合です。
私たちは車検に際して、整備士(専門家)に頼むか、自分で行うかを選択できます。
車の構造・知識・修理技術を備えているユーザーであれば、本人が整備して車検に出すことができるでしょう。しかし、車は便利なものですが、時に凶器にもなる道具です。整備不良が原因で人の命が失われた場合、責任を負うのは本人になります。
登記で人命が直接奪われることないと思いますが、不動産は非常に高価な財産で、間違いは許されないものです。
間違った判断に基づいて登記をしたことで取り返しがつかない事態・争いが起きた、手続きを放置したことにより相続関係が複雑になってしまった、本来売却できたのにそれが叶わなかった、資金が用立てられなかった…そういったことが生じるおそれは十分にあります。
司法書士は専門家であり、登記に必要な知識があると国に認められたからこそいる存在です。また専門家であるからこそ、職業保険にも加入しています。間違いがないように万全の態勢でお客様のサポートを行いますが、万が一の時は司法書士に責任(金銭賠償)を請求することもできないわけではありません(これは司法書士に仕事を依頼するメリットでもあります)。
最後に…
結局、自分で相続登記申請を行うかどうかは「自己責任」によると私は考えます。
現代はインターネットが普及し、手続きに関する情報は多く共有されています。それらをよく調べて、自分で行うべきかどうかの判断をしていただければと思います。ただし、私も専門分野であれば「これは正しい、正しくない」と判断をすることはできますが、門外漢の分野では判断がつきかねることは少なくはありません。
しっかり熟考のうえ、ご自身が納得いく方法を模索していただければよいと思います。
また最後にお願いになりますが、ご本人で登記申請をされた方で、「手続きなんて簡単、こんなもんか」と感想をお持ちになられた方ほど特に、手続きが簡単だったと周囲に吹聴はしないでほしいのです。
確かに抵当権抹消など定型的なもの、一見簡易に思えるものはあります。しかし相続登記に関しては、相続関係は十人十色です。関係者も少数で済む方もいれば大勢になることもあります。不動産の数や価格にしても千差万別です。登記手続きを放置してきた期間によって難易度も上がります。それらを十把一絡げにするのは良くないですし、登記制度を歪めて理解しているかもしれません。
ですので、登記は簡単だ!という間違った認識を世間に広めないようにして頂きたいのです。業界エゴではなく、登記制度を在野で支える資格者としてのお願いです。
2024年8月21日
司法書士杉井俊哉