己が剣を賭けて

 第一章  ・  第二章  ・  第三章  ・  第四章  ・   第五章  ・  第六章  ・  第七章  ・  第八章  ・  以下続刊


己が剣を賭けて


第六章  「お姫さんには、お姫さんの生き方が合ってるのさ」

11

 

「講和条約だと」

 既に傭兵軍団は壊滅。頼みにしていた近衛兵はシグルド軍によって蹴散らされ、残るは文官のみ。

 アンフォニー城の王の間まで侵入を許したマクベスは、為すすべなく取り押さえられていた。

 戦端が開かれるとほぼ同時に一直線に城内へ突入してきたノディオン軍は、噂通りの強さだった。

 しかし、彼の目の前に現れたのは、金髪をたなびかせたお嬢様。

 大陸中に名高い黒騎士団は姿を見せず、どうやら彼女の親衛隊だけで落城の憂き目にあったとわかる。

「この状態で、講和を結べと」

「この戦争、元より私たちの望みではありません。貴国に敵対の意思無しとあれば、兵を引きましょう」

 ノディオンの国旗を背負う少女にそう言われ、マクベスは小さく肩をそびやかした。

「兵を引くか。先刻より見えるグランベルの紋章は、そうすんなりと言うことを聞きますかな」

 王座から下ろされ、更には喉元に剣の切先を突きつけられても、彼は目の前の少女に問い返していた。

 背中に二人の部下を従えて彼に講和を申し出たラケシスが、眉一つ動かさずに繰り返す。

「貴公の我が国への宣戦布告は、先日のノディオン追討の指示があったからの筈」

「殺せばよかろう。グランベルの犬になり下がった、獅子……いや、猫の末裔が」

 そう言って顔を背けたマクベスに、ラケシスの持つ剣の切先が僅かに震えた。

 マクベスの視界で、彼女の手の震えが克明に見てとれる。

「震えておるぞ。どうした、斬らぬか」

 マクベスの挑発に、ラケシスの腕に力が入る。

 切先が跳ね上がり、マクベスの喉元から鼻先へと剣が動く。

 それでも背後に控えているエヴァの進言を待たずに、ラケシスは再度、講和条件を口にした。

「ハイラインの割譲、ハイライン復興までの材木切り出しの許可。それさえいただければよろしいのですわ」

「斬ればよかろう。儂を斬り、アグストリア全土を敵にまわされよ」

「アグストリア各国諸侯に恨みはありませんわ。ただ、私たちは火の子を振り払ったまでのこと」

 ラケシスの言葉にも、マクベスが顔を向けることはなかった。

 埒が開かないと判断したラケシスは、仕方ないとばかりに剣を振り上げる。

「待ちな、嬢ちゃん」

 それまで部屋の片隅で状況を見守っていたベオウルフの言葉に、ラケシスは剣を振り上げたまま顔を向けた。

「何か」

 今にも剣を振り下ろそうとしているラケシスを宥めるかのように、彼はゆっくりとそばに寄った。

 そして、彼女の腕に手をかけると、ゆっくりと腕を下ろさせる。

「斬っちまうのは簡単だろうが」

「この男は講和をするつもりがないのよ。だったら、斬るしかないでしょう」

「講和をするつもりはあるだろうぜ。私利私欲にまみれた男だ。命は惜しいだろうからな」

「そうかしら。むしろ潔く自決すると思うわ」

「殺したがるなよ」

 ラケシスの頭の中では、一国の主とはそう言うイメージなのだろう。

 少なくとも彼女の兄であるエルトシャンはそうだったな、と思いながら、ベオウルフは苦笑した。

「その男は北の騎士団をアテにしてやがるんだ。連中を敵にまわすつもりか」

「……なら、どうしろと」

 ひとまず剣を下ろし、ラケシスはイーヴにマクベスを取り押さえておくように命じた。

 イーヴが背後からマクベスを押さえ込み、それを見たベオウルフが、彼らを立ち上がらせる。

「一国の王に対する礼じゃないだろうが。魔道士だから轡は仕方ねぇが……席にくらいはつけてやれよ」

「……この者は負けたのよ」

「嬢ちゃん、交渉慣れしてねぇな。イーヴ、かまわねぇ。部下に命じて、場所を作らせろ」

「は……エヴァ」

 ラケシスの顔色を伺いながらも、イーヴが弟の名を呼んだ。

 兄に呼ばれ、一番後ろに控えていたエヴァが前へ進み出る。

「兄上、すぐには用意できません。ひとまず、マクベス王を別室に拘束されては」

「そうだな。王、しばしの間、御自由を縛らせていただきます」

 マクベスに轡をかませると、彼をエヴァの部下へと渡す。

「地下へお連れしろ。一刻ほどで会見の場を作らせる。マクベス王、それまでにお覚悟を」

「フン」

「往生際は潔くしておくもんだぜ、マクベスさんよ」

 重たそうに運ばれていったマクベスへそう言って、ベオウルフはラケシスへと向いた。

「書面をすぐに作らせろ。書面も無しに講和条約なんて、無茶しすぎだぜ」

「それは……そうね。エヴァ」

「はい」

「講和条約の文面を誰かに準備させて。本当はお姉様の許可がいるのだけど、この際、仕方がありませんわ」

「承知しました」

 エヴァが部下を呼び、その部下が城内へと走り去っていく。

「祐筆を呼びにやらせました。しばらくお待ちくださいませ」

 条約締結への動きが始まったことで、ベオウルフはようやく剣を鞘に納めた。

 そして、年寄りじみた動きを装い、疲れた表情を見せてその場を立ち去ろうとする。

「さて、ここからはお前さんの仕事だ。講和条件を突きつけて、アイツに判を押させればいい」

「えぇ。でも、この一刻の時間は、そのための時間ではなさそうね」

 そう言って、ラケシスは先程からベオウルフに鋭い視線を向けているエヴァに視線を走らせた。

 エヴァが黙って頷き、ベオウルフへと視線を走らせる。

 扉へ向かって歩き出そうとしていたベオウルフを行く手を遮るようにして、エヴァが身体を入れる。

「イーヴ、説明して頂戴。どうして、この男がこの場所にいるのか」

 ラケシスの言葉に、イーヴは黙ってベオウルフを見つめる。

 彼の視線を受けて、ベオウルフは仕方ないと言ったように頭をかいて見せた。

「俺はお姫さんに雇われた傭兵だぜ。別に居ちゃいけないってことはないだろう」

「そう、貴方は一介の傭兵。その騎士でもない貴方が、何故、講和条約などを口にするの」

 ラケシスの言葉に、ベオウルフの目が細く鋭いものへと変わる。

 ベオウルフから放たれている雰囲気が変わったことを感じ取ったエヴァが、剣の柄に手をかけて構える。

「答えなさい、ベオウルフとやら。本当に、お前は一介の傭兵なの」

「ま、高額で雇われるほどの働きはしたつもりだが」

「はぐらかさないで。本当にお前は、ただの傭兵なの」

 ラケシスの矛先を変えるほどの説得力ある話を思いつかなかったベオウルフが、おどけて両手を上げる。

 エヴァがその仕草に、剣の柄から手を放した。

「これを見りゃ、少しは納得するかい」

 そう言ってベオウルフが取り出して見せたのは、彼の叙勲を認めた騎士勲章。

 真新しいものではない証拠に、既に騎士勲章の飾り布は色褪せていた。

「ずいぶんと年季の入った騎士勲章だわ」

 ベオウルフから手渡された騎士勲章を隅々まで眺めて、ラケシスが呟く。

 そのとき、沈黙を守っていたイーヴが畏まりながら口を開いた。

「ベオウルフ殿は、以前、我が国の騎士でした」

 イーヴの告白に、ラケシスの目付きが変わる。

 いくら若輩者でも、聡明で名の通っている王女である。

 まして、彼女のイーヴが騎士として守役に就いた頃からの記憶はしっかりとしている。

「ベオウルフなどという名前の騎士は、私の知る限りはいなかったわ」

「当然だ。俺はフリーナイト。国付きの真面目な騎士じゃねぇからな」

 そう言ってまたも場を辞そうとしたベオウルフを、イーヴの言葉が止める。

 イーヴにしてみれば、この場所だけが、彼を抜き差しならないところ引き入れる最後のチャンスでもあった。

「エルトシャン王にその才を認められ、我が国の危機を救った英雄でございます」

「……イーヴ」

 ベオウルフは苦虫を噛み潰したような顔で、イーヴを振り返った。

 その表情を見たラケシスが、目顔でイーヴに続けさせる。

「私の初陣で、私の上官でした。ハイラインの軍勢をわずか一個中隊で退却させ、褒章を得たほどの方です」

「まったく、古い話が好きな奴だな」

「古くはありません。私の命を救い、我々兄弟が姫様の守役に就けているのも、ベオウルフ殿のおかげです」

 兄の言葉を受けて、エヴァが鋭い視線でベオウルフを睨みつける。

 その目は、兄の言葉の真意を測ろうとしていた。

 ラケシスとエヴァの二人からの詰問されるような眼差しに、ベオウルフは再び両肩を竦めて見せた。

 そして、やれやれといった感じで、ラケシスに騎士勲章の裏を見るように告げる。

 彼の言葉通りに騎士勲章の裏側の叙勲を認めた者の名を見た、ラケシスの瞳が驚きに開かれる。

「ノルディーク……エルトシャン」

「なっ……その騎士勲章の刻銘は」

 ラケシスが読み上げた名前に、エヴァが驚愕のあまり、声を上げる。

「何故、お兄様のファーストネームが記されているの。黒騎士団でさえ、古のノディオン王家の署名のはずなのに」

 ラケシスの言葉に、ベオウルフは小さく笑って彼女の手から騎士勲章を取り戻した。

「いろいろとある身でね。イーヴの話の通り、俺がハイラインの侵攻を防いだ功績が、叙勲だったのさ」

「信じられないわ。貴方、一体……」

 ラケシスからの追及を逃れるように、ベオウルフはエヴァの横をすり抜ける。

 彼の騎士勲章の署名に動揺させれたエヴァでは、彼を止めることはできなかった。

 彼が背を向けたままの扉が閉まり、イーヴがラケシスの指示を聞いて動き出すまで、エヴァは固まっていた。

 さすがに見かねたラケシスがエヴァの腕をつかみ、揺さぶって彼の目を覚まさせる。

「しっかりしなさい。貴方まで呆けていても仕方ないわ。ともかく、今はお兄様の件が先よ」

「は、はい」

「ベオウルフとやらの件は、私に任せること。とにかく、お兄様が戻ってこられれば、すべてわかることだわ」

「はい。で、では、祐筆を」

「もう行かせました。貴方はマクベス王を会見の間に連れて来て頂戴。早く終わらせましょう」

「は、はい」

 彼にしては珍しく小走りで、彼女の命を果たすために部屋を飛び出していく。

 王の間に一人残ったラケシスは、大きく深呼吸を繰り返した。

「しっかりするのよ。今は私が、お姉様とお兄様を支えなければならないのだから」

 小さな手を握り締め、ラケシスは改めて想いを深く胸に刻み込んだ。

 彼女が意を決するのを待っていたかのように、イーヴが彼女のところへと戻ってきた。

「姫様、御用意が整いました」

「行きます。兵たちにはすぐに引き返せるように準備を」

 凛とした表情で用意された部屋へ向かう彼女の後姿を見たイーヴに、微笑みがもれる。

 たくましく、それでいて美しく。王家の血を引く証が、彼女から眩しいほどに溢れていた。

 

 

12

 

 アンフォニー城からマッキリー城へ。そして、遂にはアグスティ城へ。

 神速の如き移動速度で新たな火種を振り払ったシグルド軍には、新たな戦力が加わっていた。

 先陣を切るラケシス軍の先鋒に加わったベオウルフと、遥かシレジアから参戦したペガサスナイトである。

 

 エルトシャンを開放したシグルドは、アグスティ城を居城とし、シャガールから一年間の統治を認めさせる。

 ようやく落ち着きを見せたアグストリアの地で、ノディオンは更なる歓喜に包まれていた。

 誰もが待ち焦がれていた、獅子王の帰還である。

 

 

「お帰りなさいませ、エルト」

 愛妻の城門での出迎えに、さすがの獅子王も相好を崩してグラーニェを抱き絞める。

 周囲にいた者が視線を逸らす間も与えずに、二人の唇が重なった。

「お兄様、そのようなお振舞いは、お二人の私室でお願いいたしますわ」

 はっきりとした声色で自己主張をしたラケシスに、エルトシャンが名残惜しそうにグラーニェを離す。

 先程の情熱的なシーンがなかったかのように淑女らしく控えるグラーニェを従え、彼は妹に手を伸ばした。

「ご苦労だったな。お前がアグスティまで迎えに来るとは思いもしなかったが」

「お姉様の指示です。お姉様はノディオンを守る。私がお兄様を迎えに行くと」

「兄として、お前を誇りに思う」

「ありがとうございますわ」

 エルトシャンからの礼に深々と頭を下げるラケシスに、エルトシャンが軽く頷き、妹の背後に視線を送る。

 そこにはイーヴに泣きつかれて、しぶしぶ同席しているベオウルフの姿があった。

「そして……また、助けられたな」

 真っ直ぐに向けられたエルトシャンからの視線に応えて、ベオウルフは略式ながら騎士の礼をとった。

「つくづく、縁があるようだ」

 そう言って苦笑したベオウルフに、エルトシャンもかすかに頬を緩めた。

「懐かしい話は、また後でさせてもらおう。今はまだ、事後処理が済んではいないのでな」

「あぁ。しばらくは厄介になる。イーヴの奴がうるさくてな」

「心酔しているのだろう。羨ましいことだ」

「やめてくれ。背中が痒くなっちまうぜ」

 そう言ったベオウルフに、エルトシャンが初めて笑い声を上げた。

 肩の荷が下りたかのように厳しい空気が取り除かれ、エルトシャンが部下に指示を与えていく。

 そして最後に、ベオウルフをもう一度振り返った。

「今宵の宴にはシグルドたちも来る。そのときに話をしよう」

「堅苦しい場は好きじゃねぇんだが……ま、タダ飯ってことで出てやるよ」

「相変わらずだな。では、後ほど」

「あぁ」

 エルトシャンが執務へと戻り、ラケシスがイーヴに呼ばれて城内へと戻っていく。

 出迎えの儀が終わったと判断した門兵が、重厚そうな城門を閉ざした。

 最後に残ったグラーニェが、兵士たちに囲まれるようにして城内へと歩き出す。

 流れで彼女の護衛の一人と化したベオウルフは、グラーニェに深々と頭を下げられた。

「これで二度目ですね、貴方に護衛していただくのは」

「二度と会うつもりはなかったよ」

「そうですか。救国の士は、いつも私たちを見守っているものかと思っておりましたわ」

「夫婦揃って、人の嫌がる台詞が好きだねぇ」

「まぁ、エルトの考えに染まってしまったのかしら」

 そう言ってクスクスと微笑んだグラーニェに、彼は両手を挙げた。

 その仕草を見たグラーニェが、口許を押さえて笑う。

「ふふっ、変わりませんのね、ベオウルフ殿は」

「変わりようがねぇのさ。一人で生きてきたもんでね」

「まぁ。まだ御伴侶には巡り合えませんの」

「探す気もねぇのさ。俺には、一人が気楽でね」

「残念ですわ。ラケシスのお相手にと考えておりましたのに」

「冗談じゃねぇ。あんなジャジャ馬お姫様、押し付けられちゃたまらんね」

「いい娘ですわよ。器量よし、心根よし。あえて非を認めるなら、多少甘えん坊なところぐらい」

「随分と気に入ったもんだな」

「えぇ。お姉様と呼んでくれるのですよ、あの声で、あの可愛らしい顔で」

「幸せなお姫様だ」

 そう言って彼女のそばから離れようとしたベオウルフに、グラーニェが小さな声でささやく。

「平和な時代であれば、幸せなお姫様でしょう。でも、有事となれば、あの娘は悲劇のヒロインにもなる」

「……それは、アンタも同じだろう」

「でも、あの娘よりはマシですよ。私には後を追う夫が、エルトがいるのですから」

「……考えておいてやるよ。アンタの、今のその顔に免じてな」

「色よいお返事、お待ちしておりますわ」

 それきり、王妃の顔に戻ったグラーニェに頭をかいて、ベオウルフは黙って護衛の任に就いた。

 

 

 シグルド軍を招いての宴に、ベオウルフは強制的に参加させられていた。

 ディアドラとの結婚で夫婦が揃ったエルトシャンたち三組は主賓席で、夫婦揃っての話に興じている。

 他にもシレジアから来た訳ありの主従がいたりと、部外者でいる限りは興味深い夜会である。

 彼は噂を耳にしただけではあるが、亡国のお姫様までが参加しているらしい。

 情報収集の場としては、申し分のない最高の状況である。

「……ここにおられましたか」

「エヴァ、だったな」

 隅の席でグラスを傾けていたベオウルフに、略式の騎士服に身を包んだエヴァが新しいグラスを置いた。

 隣に座ることもなく、エヴァが彼に新しいグラスの中身を勧める。

「王より、貴方にと」

「ピンク・スファーレンね……アイツの好きなカクテルだな」

「兄に聞きました。ベオウルフ殿が兄を救ってくれたと」

「昔の話さ。今にふさわしい話じゃねぇよ」

「そうかもしれません。ですが、先程までの御無礼、お許しください」

 そう言って頭を下げたエヴァに、ベオウルフはグラスの中身を飲み干して立ち上がった。

 彼を追うようにして顔を上げたエヴァの肩を叩いて、彼はふらりと足を進めた。

「今のお前は立派なお姫さんの護衛だよ。俺には眩しすぎるくらいの、な」

「……ありがとうございます」

「さて、俺も一曲踊るとするかな」

 上手くエヴァの襲撃をかわしたベオウルフではあったが、そうそう逃げられるほど会場も広くはない。

 五分と経たぬうちに、今度は当のお姫様の前に立つ羽目になった。

「ベオウルフ、でしたわね」

「よく頑張ったな、お姫さん」

「一つだけ、聞いてもよろしいかしら」

「何なりと」

 彼の返事に、ラケシスが少し躊躇する気配を見せてから、改めて視線を上げた。

「どうして、国を捨てたの」

「俺は生まれながらの、流れの傭兵だよ。叙勲したからって、泣けなしの土地もらって耕すなんて耐えられない」

「わからないわ。いつ死ぬかわからない傭兵を続けることに、何の意味があるの」

「戦うことでしか自分を信じることができない、情けない人間だって世の中にはいるってことさ」

 わからないといったように目を瞬かせたラケシスに、ベオウルフはニヤッと笑って見せた。

 幼い子供に対するかのように、ラケシスの頭に手を置いて、ぽむぽむと叩く。

 ラケシスがハッとしてその手を振り払う前に、彼はスッと手を引いていた。

「ま、難しく考えなさんな。俺にはこの生き方が合っていて、お姫さんには今の生き方が合ってるってだけさ」

「……10000G分は、働いて返してもらうわ」

「あぁ。しばらくは厄介になるよ。このアグストリアが落ち着くまではな」

 そう言って微笑むベオウルフを、獅子王夫妻が興味ありげな視線を送っていた。

 

<第六章終わり>
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