ひとこと

ひとこと

ニューオーシャンによせて


 2020年。人類は月と火星を自在に行き来していて、クルマは空を飛び交っているはずだった。
 1968年。「2001年宇宙の旅」を梅田OS劇場シネラマの超巨大スクリーンで体験した小学生の自分は、その夜興奮収まらず寝返りを繰り返しながら光り輝く21世紀を夢想した。大人になったら視界に入りきらない木星が眼前に迫る宇宙空間に行くんだ!
 だが2001年から遥か20年を隔てようとする今、眼前に広がるのは宇宙ではなく、通りをゆく誰も彼もが例外なくマスクで装甲した不気味な都市の光景だった。
 2020年とは、どの空を見渡しても飛行機一機も見つからない、悪疫に苛まれた沈黙の世界なのだった。
 光り輝く21世紀を反映していたかのような銀盤コンパクト・ディスクがまたたくまに衰退し、CDを知らない若者たちが古の黒盤ヴァイナルを愛でるという退行文化は、人類の行き詰まりを露わにしているといえるだろう。
 すでに「地球幼年期の終わり」がやってきたのかもしれない。
 だとすれば、まもなく国家という単位は意味がなくなり、あらゆる犯罪や戦争、陰謀論、宗教が動機を失うだろう。 それでいい。
 そこから先は皆それぞれが、異なるルートで、新しい大洋へと向かうのだから。
 2020年。ニューオーシャンという作品集を上梓できた。
 もはや過去よりも未来のほうがずっと短くなってしまった自分にとって、このアルバムはとても大きな意味を持つ。
 これは自分にとっては終わりのはじまりだが、過去よりも未来のほうがずっと長い彼女らにとっては、ほんのはじまりのはじまりなのだから。  


NEWOCEAN

Every one of us will be going back to Newocean

20.12.27









渚にてによるMNKリスト MNK List by Nagisa Ni Te vol.14


その14 :

ウーヴェ・ネッテルベックによるアンソニー・ムーア
そしてOut再び
Anthony Moore/Reed, Whistle and Sticks
Anthony Moore/Out

Recorded in Humburg in 1972, "Reed, Whistle and Sticks” was designed to explore a further, obvious attribute of repetition, which is its function in relationship with memory. Less obvious perhaps is the idea of memories that are unconsciously formed, memories that are not immediately perceived. I prepared a surface of different materials on the studio floor, wood, glass, cloth, metal and plastic. Next I took a handful of bamboo sticks numbering around fifty and each of a differing thickeness and length, say between eight and twelve centimetres. A pair of microphones were placed stereophonically just above and to each side of the surface of materials. Holding my hands out in front of me, I proceeded to let the sticks fall slowly through my fingers and onto the prepared surface below. I recorded a series of drops each lasting roughly between twelve and twenty five seconds before the sticks came to rest. A selection of these drops were then looped so that the sound was continuous, the repetition disguised as a linear, changing flow of events, rather than a repeating cycle. Well, there are a few things in nature which fall continuously like cascades or waterfalls. But if for example you were to pull open too far, a drawer in your kitchen full of knives and forks so that all the cutlery fell onto the hard floor, and if there was an endless supply of these tumbling knives and forks, then even perceived solely by ear, the very continuousness would cause quite an uncomfortable sensation of impossibility! How can this sound go on and on? The sticks too, sound as if they ought to stop falling. But what is perhaps more interesting is the notion that, if you listen to a single loop of randomly changing, apparently chaotic, continuous sound, the brain begins to recognize returning, identical patterns within the noise, before you consciously realize the information is being cycled, resulting in a kind of subconscious apprehension of structure from memories you didn’t know you had.

1972年にハンブルグで録音された「リード、ホイッスルとスティック」は、反復の明確な特性(反復と記憶との相関関係)を更に探索するべく制作されました。 無意識に形作られる記憶(直ちには認識されない記憶)に関する考察は、おそらくあまり明確ではないのです。 まずスタジオの床に木材、ガラス、布、金属、プラスチックの様々な素材の平面を配置しました。 次に一掴み50本ほどのそれぞれ太さや長さが異なる(およそ8cmから12cm程度)竹の棒を持ちました。 1組のマイクが素材の平面の真上と両側に立体的に設置されていました。 そして私は両手を前に出して、指の間から竹の棒を様々な素材の上にゆっくり落とし続けました。 落下した竹の棒が静止するまでにおよそ12〜25秒続く一連の落下音をすべて録音しました。 その後、選択された落下音はループされたのでサウンドが連続し、反復はある周期の繰り返しというよりも、一次元的な、変化する出来事の流れとして偽装されたのです。 さて、自然界には滝のように連続的に落下するものがいくつかあります。 ですが、たとえば、あなたがあまりに沢山それを開けてしまうと、あなたのキッチンの引き出しはナイフとフォークでいっぱいになるので、すべての食卓セットは硬い床に落ちてしまい、もし転がるナイフとフォークの供給が際限なくあったならば、たとえそれが耳だけによる認識だったとしても、まさにその連続性は成し遂げられないことの持つ、とても居心地の悪い感覚を引き起こすでしょう! どうしてこのサウンドは際限なく続くのでしょうか? 竹の棒にしても、あたかも落下をストップさせなければいけないように聞こえます。 しかし、おそらくもっと興味深い点は、あなたがランダムに変化する、明らかに無秩序な、連続するサウンドの単一のループを聞くと、その情報が循環していることにはっきりと気が付く前に、脳はそのノイズ内に帰結する同一のパターンを認識し始め、結果的にあなたが知らなかった自分の記憶の構造の、ある種の潜在的な不安をもたらすということです。
                                                               Text by Anthony Moore(一部誤訳あり)  



 ロックの亡霊「Out」の40余年以上経ての正規LP降臨で、年配の好きモノたちが何かとかまびすしい秋である。
 もちろん自分とて1978年に阿木譲のAM番組でオンエアされた雑音混じりの「Out」に胸を震わせた夜が未だ記憶に鮮明なクチゆえ冷静さを失わずにはいられないのだが、正直、このニュースには生きていてよかったとさえ思えた。
 我が十代の幻影と添い寝し続けた「Out」が遂に黒盤の姿で蘇生する。
 そのリード曲「Stitch in Time」では、アンソニー畢生の反復アルバム「Secrets of the Blue Bag」(1972)の主題ドレミファソをレミソラシに置き換えたメインリフの4分音符の位置を2小節ごとに後ろへずらしていき6回目で最初のリフに戻る、という誰も思いつかないプチ・ミニマル・ミュージックをわずか3分のポップ・ソングで実践してみせる。
 このことからわかるように「Out」はスラップ・ハッピーの通俗性と前衛性の高品位なコンバインをさらに一段階アップグレードさせた、70年代最強にして唯一のプログレッシヴAORである。
 ストリングス、コーラス、スライドギターをあしらった普通のポップ・ソングを擬態してはいるが、一聴シンプルな3/4や4/4の楽曲の随所に強拍と弱拍の入れ替わりや可変拍子が巧妙に仕組まれているだけでなく、ポップスにあるまじきコーダを伴った変奏曲の如きアレンジまで登場するに至ってはアンソニーの非凡な才能の迸りを感じずにはいられない。
 本人にも二度と再現できない臨界点に達した、蕩けるように甘美な旋律(その間隙にあわよくばヒットを!という野心が見え隠れするところもチャーミングなのだがアルバムの命運を思うとなおさら胸に迫る)にむせ返るような高密度の編曲をトリートメントされた楽曲が全12曲、いずれも2分から3分台の尺にきっちりと収められているのは実に驚異的だ!
(Driving Blindだけ4分45秒だがエンディングのギターソロを長めに収録しているだけで本編は3分台で終わっている)
 つまり全曲がシングルカットに対応できるミニマル(A面6曲、B面6曲!)なポップ・アルバムを作ることで会社の信用とサポートを獲得し、ソロ・アーティストとしての成功を目指した、ということだろう。ニック・ドレイクでいえば「Bryter Layter」に相当する渾身の意欲作であった。
 しかし結果は惨憺たるもの…いや結果以前に、プロジェクトは世に問うことすらなく人知れず消滅してしまう。
 ただ、たとえそれが自ら望んだことだったにせよ、その悲劇性(完パケ段階でリリース中止)が作品の魅力を逆に底上げしてしまった面も少なからずあるだろう。同好の諸氏にはお馴染み、阿木譲お得意の虚実ないまぜたエッセイ「音楽は灰皿にマッチを落とすのと同じ…愚者の庭」の毒々しい感傷は、実はまだ息絶えていないのかも知れないのだから…。
 とはいえ「Out」が、夢幻に彩られた正十二面体の音の万華鏡として美しく結晶した、比類なき作品であることに何ら変わりはない。
 独ポリドールでの実験的作品の成果をロック/ポップスのフィールドへ巧みに溶かし込む手腕には天才的な独創性が感じられるが奇をてらった作為性はなく、自己顕示的な嫌味が一切感じられない。
 ここにあるのはシングル盤6枚分にパッケージされた幻視者のヴィジョンと痛ましいまでの純粋さの表出なのだ。
 だからこそ私たちはいまなお魅せられ惹かれ続ける。
 とどのつまりアンソニー・ムーアが尖っていたのは、スラップ・ハッピーを除けば「Pieces from the Cloudland Ballroom」(1971)「Secrets of the Blue Bag」(1972)「Reed, Whistle and Sticks」(1972 Unreleased)「Out」(1976 Unreleased)までだろう。「Flying Doesn't Help」以降の作品は決して悪くはないが、名前をMoreと改名してみたり中途半端にニューウェーヴやハウスに横目を使ったりと迷走状態を率直に反映したものばかりになってしまった。
 さて、その突出した音楽的内容はもとより不幸な結末を辿った激レア・アイテムとしても世界最強水準をキープしている「Reed, Whistle and Sticks」と「Out」。
 今回は「Out」正規LP降臨を祝して真打MNK「Reed, Whistle and Sticks」を解析してみようと思う。
 「Reed, Whistle and Sticks」はムーア自身によれば、完全にフリークアウトした内容にポリドールは怒ってリリース中止、残されたテスト・プレスはジャケなしの12枚のみ。旧知の識者によれば少なくともそのうち3枚は日本人が所有しているらしい。
 そんな曰く付きの問題児は、明白な意図を持って構築されたMNK音響ロックであり、積極的にヘッドフォンで鑑賞するべき作品である。ヘッドフォンでなければクオリティの高いモニタースピーカーとアンプを用いて可能な限り大音量が望ましい。
 そもそも本作を構成するのは非楽音であり、50本ほどの竹の棒がガラスや金属、木材など様々な素材の上に連続して落とされ転がるさまを生々しいアンビエンスを伴って録音した噪音である。
 反復する多数の打音は当初ある種の規則性を感じさせはするが、そこにリズムパターンを読み取ることに意味はないとすぐに気付かされるだろう。
 その乾いた軽妙な音色は耳に心地良く、落下の高さや落とされる素材による音色の差異を入念に取捨選択していることがすぐにわかる。そしていつ終わるとも予測できない雨だれのような打音の連続は次第に官能的な響きを帯びてくるのだ。
 作品全体で書き込まれている99トラックはオリジナルマスターのテープ・エディットの継ぎ目ではないかと思われる。トラックの変わり目で音色が明らかに変わる瞬間が複数箇所で確認できるからだ。
 最短トラックは4秒、最長は1分19秒。それらは作曲者の主張通り、確かに「反復」というよりも執拗に続くマヌケなイベントの推移のように聞こえる。このマヌケ感は例えば、二人羽織でフルコースのディナーを食べるような虚しい試みの勇壮さ、とでも言おうか。 
 トラック01。(おそらくファウストの)メンバーの腰砕けのシャウトから始まる。この脱力感は明らかにファウストの音楽性とリンクするもので天才山師プロデューサー、ウーヴェ・ネッテルベックのセンスだろう。
 加えて幽霊の咽び泣きのような無調のハミング(これもファウスト的だ)が随所にあしらわれており、レベルとパンニングもそれぞれ微妙に変化させるという心憎いミックス。
 シャウトはトラック13、40、48、60、78で唐突に現れ、最後のトラック99はシャウトで終了となる。
 腰砕けシャウトと幽霊の咽び泣きの人を喰った諧謔性は作品の深刻さを退け、アカデミックな前衛芸術が陥りやすい陥葬を軽くクリアさせる作用を果たしている。だが、その根拠が明らかにされることはなく、リスナーは各自のイマジネーションを逞しくする他になす術がない。ブニュエルのトラップ演出を思わせる聡明かつ効率の良いディレクションだ。
 しかもそれぞれのシャウト14、40、48、60、78の直後には耳をつんざくホイッスルが緊張感を高めるフックとして配置されている。
 刹那的にカームダウンを促すような瞑想的なベルがトラック06 、23、27、42、43、46、52、54(途中でカット)、56、58(このトラックのみ2回)、61、62、 63、67、72、75、77、81、83、85、86、 89、92、95、98、99で現れるも、こちらの気分が休まることは決してない。
 トラック06、07、08、09(前半まで)、23、24、25、26、27(前半まで)、43(後半から)、44、45、52(後半から)、53、54、67(後半から)、68、69、70、71、72(前半まで)、92、93、94、95(前半まで)は明らかに太い音色にイコライズされショート・リヴァーブがかけられている。これも謎めいた演出ではあるが根拠を読み取ることはブニュエル的に至難の技だ。
 トラック54(6秒)の5秒目で明らかにテープのヨレとベルの音が途切れる箇所があり、その直後にトラック55が始まるので、ここがA面とB面の分岐点ではないかと推測できる。
 トラック70の冒頭で誰かゲップをしている。(もちろん)これをカットしないのはウーヴェの面目躍如たるところだ。
 俯瞰しながら聴くとA面はシンコペーションの効いたリズミックなパーツ、B面はメロディアスなパーツを中心に構成されていることがわかる。だがそれが一体どうしたというのだ!
 うわべのコンセプトとしては現代音楽のそれを装ってはいるが「Reed, Whistle and Sticks」のサウンドの属性は明らかに異なる。
 察するに本作のコンセプトは現代音楽ではなく「アランのサイケデリック・ブレックファスト」の生活音SEと「統領のガーデン・パーティー」のパーカッションの即物的な響きを切り抜いて、フリークアウトした過剰なループの諧謔性に乗せた、無調を貫いたロックである。
 ピンク・フロイドが「あなたがここにいてほしい」ではなく「Household Objects」を上梓していれば、これに近似したテイストだったのではないかと妄想してもバチは当るまい。
 フロイドが賢明な自主規制により制作をキャンセルしたコンセプトを、フロイド以前に、しかもフロイド以上に徹底的に貫徹したのが「Reed, Whistle and Sticks」だった。いずれにせよリリースされなかったという皮肉な点でもフロイドと肩を並べる名誉付きだ。
 99回のテープ・ループは次第に聞き手の脳を麻痺させ、それがループではなく一連のイベントの推移として錯覚させる音のドラッグとして作用し始める。滝の流れは、落下する水塊の反復ではなく、際限なく水源からやってくる「川の出来事」なのだ。
 これを「脳と記憶と意識」に置き換え、調性の無いロックとして実証してみせたのが「Reed, Whistle and Sticks」だ。
 MNKワールド随一の極北盤としてここに認定し、大いに讃えたい。



       Reed Whistle and Sticks 1972                           Out 1976      


この2作の極端なギャップが黄昏の幻視者アンソニーの輝ける天才MNKを照射し続ける

なおテストプレスのレーベルには、
A面:RED NOW I WONDER, Part 1
B面:RED NOW I WONDER, Part 2
と曲名!が表記されている


(MNK=マヌケ あらゆる藝術に対する最上級の褒め言葉の意)

20.9.24 加筆









  デイヴ・スチュワートと袂を分かったアラン・ゴーウェンが、ヒュー・ホッパーを引き入れて作ったギルガメッシュの2nd「Another Fine Tune You've Got Me Into」は茫洋たる寂寥の世界からの誘い。ホッパーとの連名アルバム「Two Rainbows daily」は幽境への物憂い手向け。いずれもカンタベリ-系ジャズ・ロックの終着の浜辺だ。
 アラン・ゴーウェンはカンタベリー系だったはずだが、なぜだかピアノとシンセで押し通し決してオルガンを使おうとしない。
 マイク・ラトリッジと盟友デイヴ・スチュワートへのアンチ、という意味合いがあったのかどうかはわからないが、とにかく(人前では)オルガンは弾かない、と決めていたようだ。
 なのにメロトロンはちょこっと使うというジャズ・ピアニストにはあるまじき変則技を持った、かなりヘンコツなタイプである(1stでもこの2ndでも曇り空の上から束の間差し込む薄日のようなメロトロンが少しだけ聞ける)。
 ジャズ・ピアニスト…というのか、この人の楽曲自体が「ジャズ」離れした、言い換えれば浮世離れしたセンスが際立つもので、とにかくうすら寂しい。何度聴いてもキャッチーなところ皆無で口ずさめるような曲など一つもない。最初期のクラスターにも通じるその世界は、モノクロを超越した中世水墨画の寒村の如きである。
 しかし彼の場合は、そういう一貫した捉えどころの無さが逆に強い印象をもたらす個性として作用し得たのだ。
 それこそがアラン・ゴーウェンの逆説的な魅力だった。自らの痕跡を一切残さない事で存在感を主張するという、英国カンタベリーの忍者武芸帳なのであった。
 隠遁者の呟きめいた「Another Fine Tune You've Got Me Into」と寄宿学校のように規律正しく賑やかなナショナル・ヘルス「Of Queues and Cures 」を聴き比べてみるといい。
 まことに好対照な英国ジャズ・ロックの陰陽道は、歳月を経てなお些かも褪せることなくターンテーブルで弧を描き続ける。


デイヴ・スチュワートが陽キャならアラン・ゴーウェンは陰キャ     
陽極まれば陰となり 陰極まれば陽となる

20.7.19









 かねてからイーノの最高傑作と思っているオブスキュア・シリーズの10枚のレコードは、そのコンセプトとはなから矛盾した作品だ。
 ダイナミックレンジを大きくとらず微妙にハイ落ちさせた音響構築は確かにObscureだったかも知れないが音楽を無視することは至難の業で、むしろその背後にある何ものかを意識せずにはいられない、ひときわ集中度の高い聴取を促す訴求力がある。
 「無視してくださって結構ですから」と囁きながらエロティックな肢体を晒すような、そんな大胆な矛盾がオブスキュア・シリーズには「システム」として組み込まれていた。それこそがこの10枚(で一つの作品全集として成立している)の魅力だった。
 「聴くこともできるし無視することもできる、光の色や雨の音と同じような環境の一部としての音楽のあり方」というコンセプトは、あくまでクライアント(アイランドレコード)へのプレゼン資料であり貞淑な聖女を装うための魅惑的な装身具にすぎなかった。
 さて石原くんの唐突な新作だが、一聴して想起したのはオブスキュア・シリーズの…音楽ではなくコンセプトの方だった。
 これはAnti-Obscureアルバムだ。
 つまりもはや「聴くこともできないし、無視することもできない」音楽なのだ。
 僕はカナビスもアルコールも入れずにレコーディング/ミックス時に愛用しているゼンハイザーHD565を使って聴取した。マスタリングの音圧は高く、音量を上げると実にうるさい。
 演奏のアウトラインがよく透けて見えるA面よりもミックスの抽象度が高くタイガーマウンテンのA面ラストの送り溝のリピート部分やファウストの1stで聞こえるような暖かみと懐かしさのあるアナログノイズが随所にあしらわれたB面の方が自分の古臭い感覚にはフィットする。 もし僕がプロデューサーで予算の制約がなければ、5.1chサラウンドSACDで出しただろう。
 騒音の波間に時折のぞく歌声は英語のようだ。
 かつて僕はなぜ彼が英語で歌うことに拘るのかが腑に落ちず不思議だった。
 90年代にもなって(彼と知り合ったのは90年頃だったか)竹田和夫&クリエイションの向こうを張っているようには到底思えない演奏だったからだ。なぜ日本語で歌わないのか、と酔った勢いで食ってかかったこともある。むろん大きなお世話である。石原くんは曖昧に笑みを浮かべ取りつく島もなかったように記憶している。
 たまさか新宿シアタープーで聴いたDew「傷ついて」のカバー(日本語)がとてもよかったからといってそれを自身のバンド(ホワイト・ヘヴン)でやるわけにはいかないのだ。なぜなら彼は例えばピーター・ペレットのようなエゴの表現者としてではなくロックの見巧者、新たな解釈者として演奏することを選択したのだから。
 ロックの見巧者であるためにはまず、ロックに対するニュートラルなポジションを確保しなければならない。彼の場合、音楽は演奏者と同一ではなく対象化されていなければならないのだ。
 対象(ロック)を克明に「見る」ためには演奏の抽象度を高めること。その第一手段が英語で歌うことなのだった。何もインターナショナルな市場を見据えての英語ではさらさらない。
 時としてそれは彼のシェルター(Perfect Place to Hideaway)として機能してきた。彼が演奏を通して提示するのはエゴではなくロックの「解釈」の断面なので、受け手は批判のしようがないからである。彼が自身のエゴを発動する時を他者の制作現場(サウンド・プロデュース)だけに限定しているのは、まことに賢明な選択だといえよう。
 『Formula』では、都市部でのフィールド・レコーディングを音楽の上に過剰にコーティングするという行為そのものが作品として提示されているわけだが、本来なら主役であるべき楽曲、バンド演奏は高層ビルの間隙に見え隠れする音響素材としてしか扱われていない。
 その所作もまた作品の一部なのだ。あとは彼の「解釈」の断面の乱反射をニヤニヤしながら眺めていればいい。たとえこの駄文が23年ぶりのライナーノーツとしては失格だったとしても。  


あさがまだこないのを さいわいなことに



5/22追記:LPで聴いてみると予想通り
フィールド・レコーディングとバンド演奏の滲み具合が心地良く、
やはりこれはCDでは出せない感触だ
もちろん録音編集はデジタル領域で行われたDDAだと思うが

そのコンセプトゆえのSN比が低く終始フラットなサウンドには、
空気感と遠近感の表現に優れたアナログ盤の方が俄然有利だろう

…もし遠景にゆらめく演奏をゴールデン・カップスに置き換えれば、
横浜中華街にいるような気分に陥るのだろうか

20.5.15









凍てついた地上の パニックの中で  嘘をつかれて 忍び泣く
言い伝えはあったよ でも夢はなかった

いつまでも 影だけが さまよい歩く この地上

読みとれるだけの文字と  聞きとれるだけの言葉で
世の中は出来ているのさ

(第5氷河期)


 休みの国のまっすぐな歌を聞くといつも、子供心になんだかさびしい話だな、と感じていた「ひょっこりひょうたん島」を思い出す。
 数年前に知ったことだが、実は、ひょっこりひょうたん島とは永遠に漂流しつづける Isle of the Dead 死の島なのだった。
 ずっと前からこのレコードには既視感のようなもの、を感じていた。
 それは中山千夏の歌唱のどこか喪失感をまとった、決して明朗快活とはいえない、矛盾を孕んだまっすぐさ、につながる感覚ではないだろうか。長年そう思っていたのだ。
 だが、それがこんなかたちで立ち上がってくる日がやってくるとは。  


高橋照幸の冷徹な言語感覚と感情移入を感じさせないフラット唱法は、
早川義夫の怨み節と捨て身のパンク唱法とは真逆のアプローチだった。

だからこそ両者は一時的にせよお互いの作品世界に惹かれあったのだろう。
「休みの国」と「ジャックスの世界」が湛える、
年月の風化に耐える硬質なリリシズムはその絆の証だともいえる。


岡林とのスプリットLPをデビュー作とするのはどうにも収まりが悪すぎる。
そこで曲数の足りない分を未発売だった2ndからピックアップした曲で補填し、
このラクダアルバムを編集したURC秦社長のディレクションは
バンド側の許諾一切なしで決裂を招いたそうだが、
今となっては十分評価に値する英断だった。


20.5.1









 そのむかしテレビでこの映画を観て衝撃を受け、少ない小遣いを握りしめて阿倍野の旭屋書店へ走りハヤカワ・ノヴェルズ版「アンドロメダ病原体」を購入したのだった。  
 小学生の時「2001年宇宙の旅」を梅田OS劇場の70mmシネラマ上映(木星探査へ向かう前に休憩時間があって、その合間におにぎり食った記憶がある)で観て脳天が吹っ飛ぶような体験をした。
 その数年後にディスカバリー号が表紙のハヤカワ・ノヴェルズ版の原作本を熟読して脳内で映画を追体験することに快感を覚えた頃だった。  
 監督は名匠ロバート・ワイズだけにハードSFとしても元祖モキュメンタリーとしてもとてもよくできた映画で、今観ても違和感は少ないのではないかと思う。  
 昨今の厄介な事態はこの映画に漲っていた緊迫感、ただならない閉塞感を思い起こさせる。  
 果たして皆が液晶の画面越しに見ているリアルワールドと思っているものは「渚にて」や「トリフィド時代(人類SOS!)」そして「アンドロメダ病原体」のあくまでもフィクションだったはずの架空世界をなぞろうとしているのか。
 もしそうだとしたら。  
 私たち全員が主演のこの映画は、スクリーンを必要としない。
 上映は一生のうち一回きりだ。そこにエンドロールは出ないだろう。


アンドロメダ…


20.3.17










 ロビー・ロバートソンの自伝に、こんなくだりがあった。
 1969年8月、ザ・バンドのワイト島フェスティバル出演時にジョージ・ハリスンが会いに来て「オレがいくら曲を書いてもアイツら(ジョンとポール)は聞こうともしないんだぜ」とボヤいたそうだ。
 ロビーはザ・ビートルズのメンバー同士が不仲などということは夢にも思わなかったから「こんなことを他人に喋っていいのか」とドギマギしてしまったという。
 で、別れ際にロビーは「ビッグ・ピンク」を掛け値なしで激賞してくれたジョージに新作「ザ・バンド」(2nd)のアセテート盤を謹呈し、ジョージはお返しに新作「アビーロード」のアセテート盤をくれたという(以上、立ち読みの記憶なので細部は曖昧です)。
 イイ話だな〜。「ザ・バンド」のアセテート盤、聞きたいぜ!(渚にてもアセテート盤、あるぜ!)

      1969年9月26日発売                                                                                                                          1969年9月22日発売




メンバーの距離感がすべてを物語る

20.1.23









渚にてによるMNKリスト MNK List by Nagisa Ni Te vol.13


その13 :

ウーヴェ・ネッテルベックによるファウスト
Faust/Faust by Uwe Nettelbeck
Faust/Faust So Far by Uwe Nettelbeck


 ファウストに関して語ろうとすると、どうもデレク・ベイリーに言及する時のような陥穽にはまってしまうきらいがあるようだ。対象について語っているつもりが無意識のうちに自分語りに終始してしまう。
 誰かのツイッターみたいな衒学趣味の「言説」にはうんざりだが、ファウストに関してはそれ(バンドに対する幻想が聞き手の中で勝手に増殖する)でさえウーヴェ・ネッテルベックという山師プロデューサーの思うツボなのではないだろうかという気がする。
 ピーター・ブレグヴァド曰く「注意深く手入れされた顎ひげに青いレンズをはめた楕円形のメガネ、銀色の長袖Tシャツにスエードのズボン」という風体で「冗談みたいに高価なワイン」と「スイス人の薬屋から手に入れた上質のLSD」を嗜んだというウーヴェは「ファウストのプロデューサーというよりは『発明者』と呼ぶ方がいいのかもしれない」(ファウスト「ヴュンメ・イヤーズ」より)とのことだが、これだけの描写でも只者ではないことが伝わってくる。
 彼は抜きん出た美的センスと音楽的意思の持ち主であると同時に、同時代ロックの「見巧者」でもあったに違いない。
 それは、この2枚の限りなく緻密でいて風通し良くマヌケなサウンド構築と簡潔にして異様なグラフィックから容易に想像がつく。
 ファウストとはウーヴェ・ネッテルベックの作品なのだった。
 あまたのジャーマン・ロックのグループとファウストを分かつ相違は、そのオリジナリティがメンバー自身によってではなく、バンドのパトロン=プロデューサーによってもたらされたものであった、という点にある。このことは90年代に復活してイマジネーションを欠いた底の浅い音楽性を露呈してしまった彼等自身が身をもって証明している。
 ファウストのメンバー達は各々音楽に対するある種の突出したセンスとアイディアは備えてはいたものの、およそ主体性というものを欠いた(統率者を持たない)ヒッピー集団だった。
 リーダー不在ゆえの「音楽的主体性の欠如」がバンドの複合的な音楽性のオリジナリティでもある、という皮肉な個性をウーヴェはいち早く見抜いたのだろう。このバンドに足りないのは強力なコンセプトとヴィジュアル、編集だった。
 ウーヴェが考案したコンセプトは、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ウォーホルの逆説的ハイ・アート感覚(VU&NICO〜White Light/White Heatのペアとこの2枚は正確に呼応している)、「神秘」「ウマグマ」期のピンク・フロイドの酩酊トリップ感、ザッパ(あるいはゴダール)の諧謔性とエディット・センス。
 この三つをドイツ的に誇大解釈した上でシャッフルし成立させたプロジェクト。それが「ファウスト」という名前だったのだ。
 実はウーヴェ作品で最もマヌケなのはファウストIVなのだが、これはウーヴェがメンバーの承認一切無しに勝手に編集したという代物で、それゆえにマヌケ度が一層倍加された傑作である。
 一番わかりやすい例はタイトルからして秀逸な「The Sad Skinhead」。イントロのスクリーミングとファズギターのコール&レスポンスの脱力感、ハイハットの腰砕けな音色、腑抜けたコーラス、間奏〜エンディングの遠景にたゆたうシンセサイザーの妙なる音色etcと、いずれも必要不可欠な点景配置のピンポイントな匙加減には、今もって笑いがこみ上げてくる。
 まだわかりづらいという人のためにいえば、ブニュエル作品のすべてに散りばめられたマヌケな意匠、たとえば「皆殺しの天使」冒頭で意味なく盛大にコケるウェイター、「欲望の曖昧な対象」似ても似つかぬ女優二人で一役のコンチータ、などなどマヌケの白眉なのであるが、もはやここまでくればわかる人にだけわかっていただければ自分は幸せに新年を迎えることができる。大いなる自分語りに乾杯。


Nobody knows if MNK really happened

(MNK=マヌケ あらゆる藝術に対する最上級の褒め言葉の意)

19.12.29









 先日「いかんせん花おこし」の長濱礼香さんの企画する演奏会で、東京から小山景子さんをお招きして長濱さんと僕が共演させていただいた。  
 僕は小山さんとは面識こそなかったものの、小山さんの音楽はかなり以前から知っている。
 このことは長くなるが、ここから語らねばならない。
 80年代初頭。京都に中座富士子さんという人がいた。  
 中座さんは類稀な音楽的才能と魅力の持ち主だった。アンダーグラウンド映画や即興演奏のイベントの企画団体「オルフェの袋小路」の山下さんやシェシズの向井千恵さんと交流があり、京大西部講堂やスタジオ・ヴァリエなど既存のライブハウスのシーンからは外れたエリアで気ままに演奏活動をしていた。  
 必然のように、当時イディオット・オクロックを脱退して即興演奏に傾倒していた頭士くんは中座さんと演奏を共にする機会があり、やがて僕も合流するようになったのだった。  
 84年の秋に中座さんはカセットアルバムを作るプランを立てた。頭士くん、向井さん、僕、元アニマルZの真田かこさんがレコーディングメンバーとしてスタジオに入った。
 レコーディングは結果的に中座さんの納得のいくものとはならず、発表は見送られた。その中に、中座さんの歌詞に僕が勝手に曲をつけたテイクがあった。  
 稚拙だが自分の中から湧いて出るようにできたメロディーで、初めて手応えを感じた曲だった。後にそのテイクは紆余曲折を経て「Green Lovers」というタイトルでハレルヤズのLPに収録された。  
 自分の表現として曲を作り歌う、ということを僕が自覚できたのは中座さんの影響が大きかった。彼女の中では童謡と即興演奏が等価だった。レコーディング前の練習で中座さんの風変わりな曲を演奏する(ついていくのがやっとだった)うちに、いつしか僕は自分だけにしかできない表現を模索していたような気がする。  
 ある日、中座さんが「東京の友だちで小山っていう人がいるんだけど、彼女も一人で歌っていて。小山の曲にはとても影響を受けたよ」と4曲入ったテープをダビングしてくれた。  
 カセットには「春は船にのって」「パントマイム」「Mのための鎮魂歌」「コラール」 と鉛筆で書かれていた。  
 これが小山さんの音楽との出会いだった。  
 中座さんの音楽はマイナーコードのスローな曲をやる時でもどこかへ向かって疾走していくかのような躍動感に溢れる多血質的なところが魅力だったが、対照的に小山さんの音楽はスタティックで憂鬱質的だ。
 どこかに佇み俯瞰しているようなゆるやかなメロディーのヴェールに包まれながらも、その奥底にある強靭な芯の輪郭が選び抜かれた言葉と共にうっすらと浮かび上ってくる。  
 こんな人がいるんだ!
 僕は衝撃を受けた。少なくとも僕は「沃野」などという言葉を使った歌はそれまで一度も聴いたことがなかった。  
 簡素なエレピとシンセサイザーを伴ったしめやかな歌は深い喪失感と諦念に満ちていたが、同時に決して希望に背を向けない意思も湛えていた。時折りトニー・バンクスを思わせるウォームな和音の選び方が下手な感傷に陥ることを思慮深く回避しており、言葉の連なりに過不足ない陰影を付け加えていた。  
 この4曲は曲順の流れもよくミニアルバムのように思えて、しばらくの間、夜長の愛聴カセットとして幾度となく繰り返し聴く夜があった。中でも「パントマイム」の漂泊の果てのような歌詞と、どこまでも下降していくコードには参ってしまい、脳裏にくっきりと刻まれたのだった。  
 その約10年後に「渚にて」として作った1stアルバムの遠景には、その刻印がうっすらと入っているように思う。  
 そこからさらに20余年を経て、まさか小山さんの生の歌声で、あの時のカセットに収められた4曲が全て聴ける日が来るとは、夢にも思わなかった。  
 今でも、これは夢かも知れない、と思うのだ。


現在発売中のCD「記憶の運河」に「パントマイム」は収録されています


19.11.12









 晩秋の京都には思い出がある。 
 1979年。
 親元から離れて京都の大学生となった自分は、定価百円の関西ローカル情報誌プレイガイド・ジャーナルをチェックしては磔磔、拾得、サーカス&サーカス、西部講堂、日仏会館などへ足繁く通い、日がなライブや映画を気ままに観て回る自由で無責任な生活を満喫していた。ひんやりした風を頬に感じながら御所で昼寝することも晩秋の楽しみのひとつだった。
 学校のすぐ近くにあったニコニコ亭や、ほんやら洞に授業をサボって入り浸ることも覚えた。
 「ハード・ロック喫茶」ニコニコ亭のJBLの巨大なスピーカーの真ん前で目眩がするほどの大音量で聞いた「クリムゾン・キングの宮殿」の衝撃。ほんやら洞で「カムイ伝」全巻を読破した時のニコチン混じりの心地よい疲労感。
 どれもこれも鮮明に記憶に残っている。
 さて、市内の目ぼしいスポットはほぼ踏破した自分に最後の頂として残ったのが、千本中立売にあった「どらっぐすとぅあ」だった。
 『床だけでなく壁も天井も紫の絨毯で覆われた、中腰で歩くのもやっとなくらい天井の低い二層フロアの「カンパニア・スペース」、ほとんど真っ暗闇で薄暗い照明が床面にあり1、2階満員になっても15人も入れない』(特殊音楽の世界21「特別編;どらっぐすとぅあのこと」by F.M.N.石橋正二郎〜より抜粋)という、まるで魔窟のようなロック喫茶である。
 プレイガイド・ジャーナルにも「マニアが集う秘密の場所」というような形容がされていて、どうにも気軽に訪れる気分にはなれないまま「どらっぐすとぅあ」は、やり残した宿題のように脳裏にのしかかっていた。
 1979年。
 パンクとプログレッシヴ・ロックの両方に引き裂かれた自分にとってテレヴィジョンとディス・ヒートとアート・べアーズは等距離に位置していた。もちろんプログレッシヴ・ロックはU.K.の登場を分水嶺として終息した時代ではあったが、いかんせん自分にはまだ聴くことが叶わず聴かねばならない重要なレコードが多すぎた。
 長年の幻盤だったファウストの1stと2ndはレコメンデッドの再発で溜飲を下げることができたが、カンの初期カタログは当時まだスプーン・レコードが存在せず再発されていなかった。
 梅田のLPコーナー、HOGG、Dun、阿木譲監修?の初期Down Town、心斎橋のメロディーハウスを回り巡って「モンスター・ムーヴィー」から「Soon Over Babaluma」までの英UA盤は1枚ずつ入手していたものの、なぜか英UA盤が出ていたはずの「タゴ・マゴ」だけがどこに行ってもない。
 初期ロック・マガジンのスタッフだった平川さんが仕入れ担当でパンクNW最先端から70年代B級ブリティッシュ〜プログレッシヴ旧譜の定番まで素晴らしい品揃えだった京都十字屋・三条本店でさえ「タゴ・マゴ」は見当たらなかった。
 となると、ますます意地でも聴きたくなる。
 そこで最後の賭けとして「プログレや前衛音楽の珍しいレコード」に特化したロック喫茶「どらっぐすとぅあ」を遂に訪れることを決断したのであった。
 晩秋だったように思う。場末の寂れたスナックそのものの佇まいはとてつもなく敷居が高く、その白塗りの小さなドアを開けるには飛田の遊郭に入るよりもジャンプする勇気が必要であった。心臓が高鳴った。
 窓が一切なく紫色の絨毯を上から下までびっしり貼り付けた二段ベッドのような構造の薄暗い店内は、閉所恐怖症にはいたたまれない異様な「カンパニア・スペース」だった。
 おずおずと入っていくと、同年代と思われるスタッフの訝しげな視線はまるで不審者を品定めするかのようだった。
 この時点で「すいません、間違えました」と詫びて引き返したくなったが、それでは男がすたるというものだ。ぐっとこらえて軽く会釈しもっともらしい顔つきで梯子を登って押入れの中のような二階席に座った。下から無言で差し出されたメニューから「スーパーミルク」をわけのわからぬままオーダーする。
 ハイライトの煙を深く吸って少し落ち着いたところでスタッフ氏に店のシステムを恐る恐る尋ねた。
 「どらっぐすとぅあ」にあるカセット・ライブラリーは、生テープを持参すれば無料でダビングサービスしてあげるが、レコードのダビングは違法行為となるので禁止である、とのことだった。
 そのシステムを踏まえて
 「あの…カンのタゴ・マゴがあったら聴きたいんですけど、ありますか?」
 とリクエストしてみる。
 「タゴ・マゴ? …2枚組ですけど、全部かけますか」
 やった!やっぱりここにあった!
 喜びに思わず声が出そうになったが、再びぐっとこらえて冷静を装い
 「すいませんが全部かけてもらえませんか…」
 「今は誰もいないからええですけど、もし他のお客さんが来てリクエストが入ったらその時は一応、ね」
 スタッフ氏は低い声で念を押すと、面倒臭そうな様子で「タゴ・マゴ」を棚から探し出してターンテーブルに載せ針を落とした。
 すっかり慣れ親しんだダモ鈴木の「負のパワー」に満ちた細い声が初めて聴く暗鬱なメロディに乗って流れ出した。
 録音は禁止されている。再生は1回だけだ。とにかく「タゴ・マゴ」を頭に叩き込まなければ。
 〜ひとりでそこ居座ってる 頭のイカれた奴 虹の上からションベン 我らが妹と呼ぶ LSDの街から 離れガキを恐れ 朝がまだ来ないのを 幸いなことに
 サイコーだ!
 神の御加護か、D面が終わるまで僕以外には誰もやって来なかった。平日の真っ昼間だったことに心から感謝した。
 新参者のわがままに付き合ってくれたスタッフ氏に礼を言い、ドリンクのカンパ代数百円を払って外に出ると頭上から降り注ぐ秋の薄い日差しが眩しかった。 今日はツイてるな…。
 「さあ、これからどうしよう?」
 19歳。生まれて初めて聴いた「タゴ・マゴ」は1979年、晩秋の京都千本中立売、「どらっぐすとぅあ」の二階席なのだった。


牛乳に粉末ジュースをたっぷり混ぜたような甘ったるい
「スーパーミルク」は全部飲めず半分残した

その後2〜3回ほどテープダビング目的に行ってはみたものの、
新参者を歓迎しない雰囲気がどうにも馴染めず通うことを諦めたのだった
頭士くんや高山くんが常連だったことを後年になって知った時は焦った

数年後めでたくSpoonから再発された「タゴ・マゴ」を
即購入しては毎日のように聴き狂ったことは言うまでもなかろう


19.10.22









 デス・プルーフのMNK感は最高。ジャッキー・ブラウンのネチっこい入り組み具合もいい。
 指で数を示す時は親指から立てるドイツ式数え方(そんなこと知らんかった)をミッドポイントのフックにしたのが秀逸だったイングロリアス・バスターズってもう10年前なんだな。  
 前作ヘイトフル・エイトがイマイチ感の拭えない出来だったので今度のはあまり期待せずに行ったんだが、1969年カリフォルニア州LAというノスタルジアがタランティーノ恒例の歴史修正主義をうまくマスキングした傑作だった。
 この後すぐ観た「アド・アストラ」が随分久しぶりのC級ダメダメ映画だったもんだから、なおさら本作におけるブラッド・ピットが(語尾をだらしなく延ばす喋り方がまた)ひときわ輝いて見える。相変わらずオンナの汚れた足の裏(イビキも追加)に固執するフェティッシュも好調でウキウキする。  
 豪華絢爛に登場するアイコンや引用の答合わせは識者のブログに任せるとして、観ているうちに「これは前にどこかで味わった感覚だな…」と思っていたら、やっぱりだった。  
 「アルフォンソ・キュアロンの『ROMA / ローマ』は1970年のメキシコシティを描いた。僕にはそれがLAで1969年だ。その年が僕という人間を形作った。僕は6歳だった。これが僕の世界であり、ロサンゼルスへのラブレターなんだ」


ダチを裏切らない、いいヤツ。クリフ

19.10.6









 10月5日、札幌で頭士くんと共演することになったらしい輝かしい経歴の持ち主が、いつの間にやらその履歴を地味に更新している。 
https://twitter.com/KissaMusic/status/1161973383405269002
 あまりに遅きに失した態ではあるが、決して全く無意味なわけでもない。かくあらねばならなかった。
 この人には「渚にて」を名乗る資格が無い。
 そういった自覚も無い。
 迷惑を被っていたのはこちら側なのだ。
 すべからく以後すべてこれにて統一すべし。
 さすれば、人目につかぬこの世の不始末は都合良くあの世のできごと、すべてもとよりなかったことになる。

(8/20記)



 …はずだったのだが…この期に及んで「ちょっとだけ」?
https://twitter.com/galleriazarigan/status/1166236288191610880
 お願いだから便乗しないで欲しい。
 こんなエクスキューズこそ正に無意味の極みである。
「顔出し」のつもりなのだか、やる気がないなら辞退するのが筋だろう。
 勲章のような輝かしい経歴を一身に背負った猛々しい演奏を、終電が尽きるまで腕が抜けるまで披露して然るべきである。
 さもなくば共演者に対して、お客さまに対して非礼千万に当たる。

 そう、軽い気持ちの者は必ずといっていいほど脱落していった。
 それは俺が一番よく知っている。

 どうか、心あるひとに頭士くんの新作がよどみなく響きますように。

(8/31記)

当初は2ステージともにソロ・ライブだったはずだが、
いつの間にやらこんなことに。
まったく油断も隙もありゃしねえw

少なくとも、頭士くんからのオファーによるものではないことだけは確かです。
以後こんなことのないよう、次回はバンドで行きます。


9/3追記:頭士くんの新作「IV」は、おかげさまで残部100枚を切りました。
追加プレスの予定はありませんので、買い逃しにはご注意ください。


9/14追記:以上の文章はすべて事実に基く個人的見解でありますが、
頭士氏札幌公演の意義ならびに
主催者様の名誉と情熱を貶める意図は一切無いことを、
ここに改めて表明いたします。

頭士氏初の道内公演です。
どうぞ近郊のみなさん、この稀有な機会に頭士氏の壮絶なギターを
体験してみてください!


19.8.31









渚にてによるMNKリスト MNK List by Nagisa Ni Te vol.12


その12 :
ジョン・ケール
John Cale/Fear


 シティ・ポップて何やアレ?
 ゴミレコに外人がはしゃいで中古盤屋が一時的に潤うのは結構なことだが、タピオカと一緒にヨットに乗って早くどっか行って欲しい。
 大昔、ソフト&メロウとかクロスオーバーとかいってアメ村界隈に出没する陸サーファーのナンパの小道具的な音楽がもてはやされた時期があったのを思い出す。
 そりゃマックス・ミドルトンのフェンダーローズは今でも大好きだけどさ、これとアレは別件ってことだよな。
 ああいうゴミにウンザリしきっていた時に「ファズ・ボックス・イン」で耳にしたヘルの腰砕けの雄叫びやRocket USAのカラオケ痙攣ヴォーカルに「コレや、コレやで!」と快哉を叫んだのも早40年以上前。
 こんなたわごとも老害扱いされる前にせめてこのマヌケ人生を全うさせて欲しいものだ。そこで久しぶりにMNKシリーズを。

 恐れこそ我らが最良の友。Fear。ニュアンス的には「怯え」とする方が気分が出る。
 何がマヌケって、、、いちいち説明させるなよ…。でも特別にあなたにだけ。まずこっちが困る顔面はみ出し+三白眼ガンつけジャケね。で、ひっくり返せば「ボクちゃんツラいんだ」元祖かまってちゃんかよ!って何もそんな目立つトコでやんなくても…。冷蔵庫登るの大変だったろうに。
  マンザネラとイーノが全面的サポートしただけあって中身も期待通りにthe paranoiac frenzy of Fear Is A Man's Best Friend とthe stop-time romanticism of Emily(by Ed Ward)の行ったり来たりで目まぐるしくスパイシー。でもってクレジット「Keyboards : John Cale」「Guitar : Phil Manzanera」〜等々に続くシメの表記「Eno : Eno」。そうコレだよコレ。こういうセンスに痺れるンだわ。
 ルー・リードはVUから遠ざかっていこうとしたがジョン・ケールはVUのシミュレーションを幾度となく反復した。その最良の成果が本作だ。
 ジャケット同様、完全に白飛びしてしまったサウンドスケープのマヌケさ加減の輪郭にシャープネスを設定するマンザネラのギラついたギターとイーノのVCS3は何度聴いても耳に眩しい。White Light/Slow Dazzleだね。
 ボクが(阿木気分で)一番好きなのはA5「Ship of Fools」。間抜けの船。

 これは永遠。

White Light/Slow Dazzle

33年前にIdiot o'clockで同僚だったJohn Weinstockが
A2「Buffalo Ballet」のサビSleeping in the midday sun〜のリフレインには痺れるものがある、
と感嘆していたことをいまだに覚えている
キンクス「日なたぼっこが俺の趣味」の本歌取り?

(MNK=マヌケ あらゆる藝術に対する最上級の褒め言葉の意)

19.7.18









 今年上半期の僥倖は 「ROMA」「運び屋」を映画館で観れたことだ。
 
 「運び屋」。イーストウッドの新作を観る、という言い方がいつまでできるのかわからないが、まぎれもなくそれは生きていることの幸せの一つ。(少なくとも主演作としては)これでおしまいだぜ、というメッセージが予告編のみの特典セリフ「This is the last one…」には込められていると解釈していいだろう。
 それにつけても「中西部一ウマいポークサンド」、一度食ってみたいよなあ。

ホントにウマいのか?




 「ROMA」。むせかえるフェリーニ臭、スラムの掘っ立て小屋の前でスカム全開のジャンクな演奏を垂れ流すゴキゲンなバンド、高精細デジタルでモノクロ、自然音の残響アンビエンスにこだわったハイファイ音質、神の如く天空をゆく旅客機、そしてピンク・フロイド「虚空のスキャット」を予告編のみの特典で使用するムダな贅沢さ。
 何もかもが愛おしい。

クレオはジェルソミーナ




 映画とは精緻な作為(脚本)と綿密な計算の積み重ねの上に成立するものだが、カメラの回るワンシーン、ワンカットに潜む偶発を見逃さずに掬い上げる視点と技量を持ち合わせなければ魅力的な作品は生まれない。もちろんそれは映像を映画へと昇華させる作用を抱いた偶発でなければならない。
 是枝作品に欠落していてキュアロン作品にあるのは、カメラで切り取った一瞬一瞬を素材扱いせず一途に慈しむフェティッシュな感覚だ。それは「狂気」と言い換えてもいい。「感動」を演出しようとする作家には余計な代物でしかないが。

19.5.23




 

ニュウス

さくひん

ひとこと

いちまい

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