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17.警察官その5(画像提供:acjさん)
制服の左袖に付けられた「植民地警察章」に注目。ライプツィッヒの「諸国民戦争記念碑」をバックにしての記念撮影。
この写真は記念碑前の右側の階段で撮影されていますが、下のGoogle Street Viewの撮影位置は正面左側の階段のもの。右側を見ると撮影場所の階段を見ることができます。
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18.警察官その6(画像提供:acjさん)
こちらも制服の左袖に付けられた「植民地警察章」に注目。閲兵を受けているのは警察官の1個中隊のようなので、儀仗中隊でしょうか? 場所や時期はわかりません。 |
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19.突撃師団「ロードス」の砲兵中隊(画像提供:acjさん)
これまた珍品画像です。ロードス島に駐屯した突撃師団「ロードス」所属の砲兵たち。画面奥には少数のイタリア兵たちの姿も見えます。
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20.「特別司令部F」所属のアラブ人訓練部隊(画像提供:acjさん)
超貴重品!!! 最初期のアラブ人義勇兵部隊のドイツ人下士官と訓練兵たちのようです。ただし、後列の兵たちがアラブ人義勇兵かどうかははっきりとしません。日焼けしたドイツ兵だった場合は義勇兵部隊に配属されるドイツ人基幹要員たちか?
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さらに裏書からは1942年3月の日付と「Sonderkommando z.b.V.468」(第468特別編成司令部)が読み取れます。
1941年4月、Helmuth Felmy空軍大将を司令官として「特別司令部F(Sonderstab F)」が設立され、1942年9月に軍団司令部規模の「特別編成司令部(Generalkommando
z.b.V.)」へと改編され、1943年4月15日付けで通常の軍団司令部である「第68軍団司令部」へと改編されました。
よって「第468特別編成司令部」は実際には存在しませんが、「第68軍団」直轄の各部隊には「第468」の番号が付与されており、実在した第468の部隊に所属したこの写真の持ち主の記憶違いであろうと思われます。acjさんによると、写真右側の「×」印の兵がこの写真の主のようです。(×印のインクの色が裏書と同じ)
※マイソフさん、ご協力ありがとうございました。 |
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前列一番左側の下士官のアップ。佩用しているのは 1)アフリカ従軍メダル 2)戦車突撃章 3)戦傷章 の3種で、アフリカ帰りの戦車兵であることがわかります。となれば隠れていて見えませんが、右腕には「AFRIKAKORPS」のカフタイルを付けていることになります。 |
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左胸のアップ。面白いことにアフリカ従軍メダルは本来の「裏側」の面を出して佩用しています。リボンの色は右から緑/白/赤/白/黒で、イタリアとドイツの国旗の色を組み合わせたデザインとなっていました。 |
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中央の二人のアップ。こちらの二人は2級鉄十字章を佩用し、左側の下士官はさらに戦車突撃章と戦傷章を佩用しています。アームバンドは良く見えませんが、「AFURIKAKORPS」でまず間違いなさそうです。やはりアフリカ帰りの戦車兵であることがわかります。 |
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右から二人目のアップ。こちらも2級鉄十字章を佩用しています。 |
2010.6.26 更新
2020.4.27 Google Street Viewを追加 |
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