水に映る |
「首尾は?」 キッドが訊くと相手はニッと笑い、上々vと答え、手に持っていたビッグジュエルを彼に向けて投げた。 キッドはそれを受け止めると、倉庫の屋根からビルの屋上のフェンスにロープをかけて上がっていった。 フォックスも身軽にビルの屋上へ飛び移る。 「よーし!月が出る!」 タイミングはばっちりってねv キッドはようやく月を隠していた雲が流れていくと、手の中のダイヤを月にかざした。 「・・・・あ〜あ、やっぱ違ったか。結構それっぽかったんだけどなあ」 キッドはダイヤを握りこむとガックリと俯いた。 ついその口からため息が漏れ出るが、といってそれほどショックでもない。 もはやショックを感じる時期は過ぎた。 もし今度何か感じることがあるとすれば、それは”パンドラ”を見つけた喜びと、それを壊したときの快感かもしれない。 「そんじゃあ、返してくるか」 「では、わたしはミスティと東京へ戻りますので」 「ムッシュウは?」 「まだ船に。彼は一応乗客の一人になってますからね。凶器を持ち込んだ不審人物の存在で警察も捜査するでしょうから」 「どうせ無駄だろうけどね」 キッドはフ・・と鼻で笑う。 組織の存在には気づいていても、警察は証拠がなければ動けない組織だ。 しかも、警察内部には組織の手が入り込んでいることは確実な話。 たとえ逮捕しても、でっち上げの理由で真相は闇の中というのが関の山だ。 それどころか、証拠隠滅のために強硬手段をとられる恐れもある。 奴らは組織にとって不利益となるものは常に排除していった。 初代怪盗キッドが殺されたのも、そして・・・新一が毒薬を飲まされたのも。
新一と別れた平次は、有田の好意で目的の人物小宮とようやく話をすることが出来た。 豪華客船”プリンセスビーナ”号は、怪盗キッドの出現と不審者で大騒ぎになっている。 何者かに甲板でのされていた男たちは、そのまま船をおろされ警察に連行された。 そして、まだ彼らの仲間が残っていないか警察は捜索中だ。 さすがにこの騒ぎの中、乗客でもない自分が船に乗り込むわけにはいかないので、平次は船の外で小宮と会った。 「私と話がしたいというのは君か?」 大阪府警の刑事という男から、会ってもらいたい人物がいるというので、てっきり警察関係者だと思った小宮だが、待っていたのは高校生くらいの少年だったので驚いた。 「呼び出してすんません。どうしても、あんたに聞きたいことがあったもんやから」 「君は?」 「オレは服部平次、言うもんです。ホンマは関係ないんやけど、信じてもらうには一番てっとり早いんで言いまっけど・・・オレの親父は大阪府警本部長ですねん」 小宮は、あっという顔になった。 「もしかして、高校生探偵として有名な服部くんというのは君か」 「ああ。知っててくれはったんですか。ほなら、敵やないて信用してもらえますね?」 「その判断は君の知りたいことというのを聞いてからにしよう。いったい何かな」 ミステリアスブルーのことや、と平次が言うと、とたんに小宮は警戒の色を浮かべる。 「三雲礼司って人のこと、あんたも知ってる筈や。今、行方不明になっとって、どこにいるのか全くわからへん。生きてるのか死んでるのか。その三雲礼司の双子の妹の礼子さんから依頼を受けてるんや。行方を捜して欲しいってな」 「・・・・・・・」 「その三雲礼司に、なんでかしらんが怪盗キッドも関わっとるらしい。そのキッドが言うてたんや。”ミステリアスブルー”が謎を解く鍵になるって。小宮さん、あんたはアメリカで三雲礼司と親しくしとったんやろ?なんか知ってることがあったら教えて欲しいんや」 「双子の妹さんのことは彼からよく聞いていたよ。亡くなった彼らの母親にそっくりな心の優しい女性だと。できれば礼司くんの消息を知らせてやりたいが、残念ながら私も知らないんだ」 「じゃあ、三雲礼司がどっかの組織に追われているってことは知ってたんか?」 平次が問うと小宮は頷いた。 「奴らは礼司くんの行方を知るために、私を監視していたようだ。ここ数年は諦めたのか奴らの姿は見なかったんだが」 どうやら奴らに諦めるという言葉はないらしい。 「もう既に知れ渡り始めていることだから秘密にすることでもないんだが」 「なんや?」 「今夜、私はミステリアスブルーに会う予定だった」 平次は眉根を寄せた。 「やっぱり、ミステリアスブルーは人間なんか?」 ああ、と小宮は頷く。 (信じられへんわ。ミステリアスブルーが人間やなんて・・・) てっきり宝石かなんかだと思っていた平次には、まさに驚きの事実だった。 「彼女は”レディブルー”と呼ばれている」 「”レディブルー”?それって、女なんか!」 「17〜8の類稀な美少女だよ。彼女の瞳は月の光を受けると蒼く光る・・・まさしく神秘の存在だ」 月の光を受けると瞳が蒼く光る・・やて? 平次は同じ瞳を持つ人物を知っている。 ついさっき、とんでもない状況で会った東の名探偵、工藤新一だ。 彼の瞳も月の光で瞳が蒼く光る。 その神秘的な色は息を呑むほどに美しく・・・・・ (あいつの場合は飲まされた薬の後遺症やった筈や) だったら”レディブルー”というその少女も同じ薬飲まされたんやろか? それとも工藤とは違う理由なんか。 それで?と平次は話の先を促した。 「彼女には会えんかったんか?」 「残念ながらね。私に監視がついていることを知って用心したらしい。現れたのは代理人だった」 「代理人?どんな奴や」 「白の魔術師。ミステリアスブルーを守護する役目を持つ存在だよ」 「白の魔術師・・・・って、もしかしなくても怪盗キッドのことなんか」 そうだと小宮は言うが、いったい会ったのはどっちの方だ? 工藤か? それとも黒羽か? 「怪盗キッドに会うたんは、奴が宝石を盗む前か後?」 それが・・・と小宮は首を捻る。 「不思議なんだが、白の魔術師と一緒にいる時に怪盗キッドの騒ぎが起こったんだ」 平次は眉をしかめる。 「つまり・・・キッドはもう一人いたっちゅうことやな」 そのことは納得できないことではない。 現に工藤はキッドのカッコをしてたし、あいつも・・・・と平次は一瞬にして姿を変えた黒羽快斗を思い浮かべる。 どちらかが小宮に会い、もう一人が宝石を盗ったのだとしたら。 工藤が宝石を盗んだとは思いたくない。 しかし、そうなると盗んだのは黒羽快斗だということになる。 あいつが、ほんまもんの怪盗キッドなんか? (そういや、キッドが現れた蒼の館にはあいつもおったんやったな) あの早変わりは素人にできるものではない。 あいつは工藤と一緒に謎の組織を追っていると言っていた。 最初から変やと思たんや。 長い空白の後に現れたキッドが妙に若い印象やったんも、別人だったということなら説明がつく。 組織を追うために怪盗キッドのカッコしてたんか? ・・・・・なんでや? 平次は顎に手を当てて考え込む。 (そうや・・・あいつの親父はいつ殺されたんやった?)
小宮から聞くべきことを聞いた平時は、もう一度新聞記者の関に連絡をとった。 小宮からすべて聞き出せたとは平次は思っていない。 おそらく肝心なことは言ってないだろう。 何故キッドが、危険だとわかっていて小宮と接触したのか。 それにレディブルー・・・か。 わからないことが多すぎるで。 平次はガシガシと自分の頭を手でかき回した。 必死に調べとったのに、謎は身近なとこにあったんや。
平次が自宅に戻ったのは、もう夜が明けて世間さまが起き出し活動を始めた頃だった。 日曜日なので通勤通学の波はないが、天気がいいので行楽地に向かう家族連れとよくすれ違った。 結局、事件で午前様。 本当はキッドに関わる予定ではなかったのだが。 「ただいま帰りましたァ・・・」 自宅の門をくぐって玄関の戸をあけた平次は、疲れたように息を吐き出してからスニーカーを脱いだ。 母親には昨夜のうちに連絡を入れている。 まあ、いい年した息子の朝帰りに目くじらたてる母親ではないが。 しかし、連絡は必ずするという約束事はできているので、面倒だがこれだけは守らなければならない。 あれ?なんや? 廊下を歩いていた平次は、いやに賑やかな厨房に首をかしげた。 今頃、朝食の支度をしてるはずはないし。 母親の声はわかる。 だが、もう一人誰か・・・・・ 和葉でも来とんのか? 「・・・・・・・・・」 えっ? 平次は母親の隣に立ってタコ焼きを焼いている少年を見て驚いた。 「お帰り〜。遅かったね」 そうニッコリ笑って驚いている平次を見つめたのは、あの黒羽快斗であった。 な・・・! 「なんで、おまえがここにおんねん!」 「なんでって・・・服部が家に来いって言ってくれたんじゃん」 あ・・・と平次は絶句した。 確かに昨日自分はそう言った。 言ったが、昨夜の騒ぎでそんなことはすっかり忘れていたし、第一来るとは思いもしなかったのだ。 おまえ怪盗キッドとちゃうんか! あ、いや・・カッコだけならまねることはできるから、本当にこいつがキッドだとは言い切れないのだが。 しかし、平次の中ではもう疑いの段階は過ぎ、それは確信となっていた。 「平次、黒羽くんにタコ焼きの作り方教えるて言うたんやて?」 「お好み焼きもですv」 「お好み焼きやったら平次の方がうまいわ」 静華はいまだぼぉ〜となっている息子に眉をひそめる。 「なにボッとしとんのや。はよ教えてやり。黒羽くんは新幹線の時間があるんやで」 「おかん・・・あのな・・・・」 「黒羽くん、たこ焼き器やったらうちに余っとるのあるから持って帰ったらええわ」 「え、ホントですかvすみません、遠慮なく頂きます!うちのおふくろ喜びますよ」 「ええのよ。わたしも黒羽盗一のファンやったし。ホンマ、もったいない天才やったわ」 「なんや、おかん、こいつの親父知っとんの?」 「何言うてますのん?あんたもマジックショーにつれてったことあるんやで」 「え!うそ!いつや?」 「あんたが2歳になった頃やったかしら?」 「・・・・・・・・」 そんなん覚えてるわけあらへんやろが・・・・ こんな時、ボケかまさんといて欲しいわ。
「うんま〜いv昨日の店で食べたのより断然旨いぜ!平ちゃん、天才!」 「ほうか・・・そりゃ良かったな」 平次はハ・・ンとため息を吐く。 二人は食堂で自分たちが焼いたお好み焼きを食べていた。 静華は、お華の稽古があるからと言って出かけ、服部家にいるのは彼ら二人だけだった。 「親父さんは昨夜から仕事で泊まりなんだって?」 「ああ。昨夜、大阪湾に人騒がせな盗っ人が出たよってな」 「ふうん。大変だね」 まるで他人事のように答える快斗の顔を、平次はジロリと睨みつける。 「おまえ、宝石どないしたんや」 「ちゃんと返したよ。だって、もう用無しだし」 「・・・・・・!」 な〜んやとおぉぉ! 平次はガッと快斗の胸倉を掴み上げた。 「やっぱり、おまえが怪盗キッドなんか!」 快斗は、ニッと笑いながら平次の顔を見返す。 「何を今更。ちゃんと目の前で正体見せたでしょ」 「・・・・おまえが工藤を巻き込んだんか」 「巻き込む?」 「なんで工藤がキッドのカッコしとったか聞いとんのや!」 「オトリになるって言ったから」 「なに!」 「小宮には組織の監視がついてたんだよ。しかも、今回はレディブルーと接触するってっから奴ら絶対に姿見せるだろうし。怪盗キッドはレディブルーを手に入れるのにもっとも邪魔な存在だしさ。まあ、オレ結構奴らの邪魔しまくってるから目の敵にされてんだよなあ」 おまえ〜〜〜 「そない危ないまねを工藤にさせたんか!」 「言い出したのは新一だよ」 「それでもや!なんで止めへんかったんや!いや・・その間おまえ何やっとったんや!」 ま、いろいろ・・とケロリと答える快斗に、このまま絞め殺したろかと平次はマジで思った。 「工藤はいつからおまえが怪盗キッドだと気づいたんや」 ふうん・・と快斗は鼻を鳴らす。 「オレが〈怪盗キッド〉だと納得した?」 「関さんにおまえの父親のことを聞いてみたんや。ラスベガスでショーを開けるくらい人気の天才マジシャンやったんやてな。スマートで二枚目の紳士で、女性に絶大の人気があって。もし事故で亡くならなければ世界でもトップクラスのマジシャンになってたろうって関さんが言うてたわ」 「・・・・・・・・」 「おまえの父親が怪盗キッドやったんとちゃうんか?キッドが姿を消した時期と事故が起きた時期が丁度重なってるんや。つまり、おまえは殺されたという父親の跡を継いでキッドになった」 そうなんやろ? 快斗はニッと唇を引き上げる。 「さすがは西の名探偵。お見事な推理だよ」 「やっぱりそうなんか!じゃ、おまえが宝石狙うんはなんか理由があるんやな!」 「そこまでは教えらんないなあv」 言って快斗はスルリと平次の手から抜ける。 「自分で調べたら?探偵なんだからさあ」 平次はムッとなった。 「じゃ・・・さっきの質問や。それも答えてくれへんつもりか」 「新一がいつオレのことを知ったかってこと?」 本人に聞いたら?と快斗は首をすくめて言った。 会う約束したんだろ? 「・・・・・・・・」 平次は眉間に深い皺を寄せると、ズボンのポケットから新一と別れた後で見つけた二つめの盗聴器を取り出した。 「ふざけた真似しくさって・・・・・・」 音をたてテーブルの上に置かれたそれは、当然ながらしっかり壊されていた。
|