倉庫の屋根に飛び乗ったキッドが屋根伝いに走っていると、どこからか黒のタートルネックのシャツに皮のベストを着込んだ長身の人物が合流し彼と並んだ。

「首尾は?」

 キッドが訊くと相手はニッと笑い、上々vと答え、手に持っていたビッグジュエルを彼に向けて投げた。

 キッドはそれを受け止めると、倉庫の屋根からビルの屋上のフェンスにロープをかけて上がっていった。

 フォックスも身軽にビルの屋上へ飛び移る。

「よーし!月が出る!」

 タイミングはばっちりってねv

 キッドはようやく月を隠していた雲が流れていくと、手の中のダイヤを月にかざした。

「・・・・あ〜あ、やっぱ違ったか。結構それっぽかったんだけどなあ」

 キッドはダイヤを握りこむとガックリと俯いた。

 ついその口からため息が漏れ出るが、といってそれほどショックでもない。

 もはやショックを感じる時期は過ぎた。

 もし今度何か感じることがあるとすれば、それは”パンドラ”を見つけた喜びと、それを壊したときの快感かもしれない。

「そんじゃあ、返してくるか」

「では、わたしはミスティと東京へ戻りますので」

「ムッシュウは?」

「まだ船に。彼は一応乗客の一人になってますからね。凶器を持ち込んだ不審人物の存在で警察も捜査するでしょうから」

「どうせ無駄だろうけどね」

 キッドはフ・・と鼻で笑う。

 組織の存在には気づいていても、警察は証拠がなければ動けない組織だ。

 しかも、警察内部には組織の手が入り込んでいることは確実な話。

 たとえ逮捕しても、でっち上げの理由で真相は闇の中というのが関の山だ。

 それどころか、証拠隠滅のために強硬手段をとられる恐れもある。

 奴らは組織にとって不利益となるものは常に排除していった。

 初代怪盗キッドが殺されたのも、そして・・・新一が毒薬を飲まされたのも。

 

 

 

 

 新一と別れた平次は、有田の好意で目的の人物小宮とようやく話をすることが出来た。

 豪華客船”プリンセスビーナ”号は、怪盗キッドの出現と不審者で大騒ぎになっている。

 何者かに甲板でのされていた男たちは、そのまま船をおろされ警察に連行された。

 そして、まだ彼らの仲間が残っていないか警察は捜索中だ。

 さすがにこの騒ぎの中、乗客でもない自分が船に乗り込むわけにはいかないので、平次は船の外で小宮と会った。

「私と話がしたいというのは君か?」

 大阪府警の刑事という男から、会ってもらいたい人物がいるというので、てっきり警察関係者だと思った小宮だが、待っていたのは高校生くらいの少年だったので驚いた。

「呼び出してすんません。どうしても、あんたに聞きたいことがあったもんやから」

「君は?」

「オレは服部平次、言うもんです。ホンマは関係ないんやけど、信じてもらうには一番てっとり早いんで言いまっけど・・・オレの親父は大阪府警本部長ですねん」

 小宮は、あっという顔になった。

「もしかして、高校生探偵として有名な服部くんというのは君か」

「ああ。知っててくれはったんですか。ほなら、敵やないて信用してもらえますね?」

「その判断は君の知りたいことというのを聞いてからにしよう。いったい何かな」

 ミステリアスブルーのことや、と平次が言うと、とたんに小宮は警戒の色を浮かべる。

「三雲礼司って人のこと、あんたも知ってる筈や。今、行方不明になっとって、どこにいるのか全くわからへん。生きてるのか死んでるのか。その三雲礼司の双子の妹の礼子さんから依頼を受けてるんや。行方を捜して欲しいってな」

「・・・・・・・」

「その三雲礼司に、なんでかしらんが怪盗キッドも関わっとるらしい。そのキッドが言うてたんや。”ミステリアスブルー”が謎を解く鍵になるって。小宮さん、あんたはアメリカで三雲礼司と親しくしとったんやろ?なんか知ってることがあったら教えて欲しいんや」

「双子の妹さんのことは彼からよく聞いていたよ。亡くなった彼らの母親にそっくりな心の優しい女性だと。できれば礼司くんの消息を知らせてやりたいが、残念ながら私も知らないんだ」

「じゃあ、三雲礼司がどっかの組織に追われているってことは知ってたんか?」

 平次が問うと小宮は頷いた。

「奴らは礼司くんの行方を知るために、私を監視していたようだ。ここ数年は諦めたのか奴らの姿は見なかったんだが」

 どうやら奴らに諦めるという言葉はないらしい。

「もう既に知れ渡り始めていることだから秘密にすることでもないんだが」

「なんや?」

「今夜、私はミステリアスブルーに会う予定だった」

 平次は眉根を寄せた。

「やっぱり、ミステリアスブルーは人間なんか?」

 ああ、と小宮は頷く。

(信じられへんわ。ミステリアスブルーが人間やなんて・・・)

 てっきり宝石かなんかだと思っていた平次には、まさに驚きの事実だった。

「彼女は”レディブルー”と呼ばれている」

「”レディブルー”?それって、女なんか!」

「17〜8の類稀な美少女だよ。彼女の瞳は月の光を受けると蒼く光る・・・まさしく神秘の存在だ」

 月の光を受けると瞳が蒼く光る・・やて?

 平次は同じ瞳を持つ人物を知っている。

 ついさっき、とんでもない状況で会った東の名探偵、工藤新一だ。

 彼の瞳も月の光で瞳が蒼く光る。

 その神秘的な色は息を呑むほどに美しく・・・・・

(あいつの場合は飲まされた薬の後遺症やった筈や)

 だったら”レディブルー”というその少女も同じ薬飲まされたんやろか?

 それとも工藤とは違う理由なんか。

 それで?と平次は話の先を促した。

「彼女には会えんかったんか?」

「残念ながらね。私に監視がついていることを知って用心したらしい。現れたのは代理人だった」

「代理人?どんな奴や」

「白の魔術師。ミステリアスブルーを守護する役目を持つ存在だよ」

「白の魔術師・・・・って、もしかしなくても怪盗キッドのことなんか」

 そうだと小宮は言うが、いったい会ったのはどっちの方だ?

 工藤か?

 それとも黒羽か?

「怪盗キッドに会うたんは、奴が宝石を盗む前か後?」

 それが・・・と小宮は首を捻る。

「不思議なんだが、白の魔術師と一緒にいる時に怪盗キッドの騒ぎが起こったんだ」

 平次は眉をしかめる。

「つまり・・・キッドはもう一人いたっちゅうことやな」

 そのことは納得できないことではない。

 現に工藤はキッドのカッコをしてたし、あいつも・・・・と平次は一瞬にして姿を変えた黒羽快斗を思い浮かべる。

 どちらかが小宮に会い、もう一人が宝石を盗ったのだとしたら。

 工藤が宝石を盗んだとは思いたくない。

 しかし、そうなると盗んだのは黒羽快斗だということになる。

 あいつが、ほんまもんの怪盗キッドなんか?

(そういや、キッドが現れた蒼の館にはあいつもおったんやったな)

 あの早変わりは素人にできるものではない。

 あいつは工藤と一緒に謎の組織を追っていると言っていた。

 最初から変やと思たんや。

 長い空白の後に現れたキッドが妙に若い印象やったんも、別人だったということなら説明がつく。

 組織を追うために怪盗キッドのカッコしてたんか?

 ・・・・・なんでや?

 平次は顎に手を当てて考え込む。

(そうや・・・あいつの親父はいつ殺されたんやった?)

 

 

 

 

 

 小宮から聞くべきことを聞いた平時は、もう一度新聞記者の関に連絡をとった。

 小宮からすべて聞き出せたとは平次は思っていない。

 おそらく肝心なことは言ってないだろう。

 何故キッドが、危険だとわかっていて小宮と接触したのか。

 それにレディブルー・・・か。

 わからないことが多すぎるで。

 平次はガシガシと自分の頭を手でかき回した。

 必死に調べとったのに、謎は身近なとこにあったんや。

 

 

 

 

 

 平次が自宅に戻ったのは、もう夜が明けて世間さまが起き出し活動を始めた頃だった。

 日曜日なので通勤通学の波はないが、天気がいいので行楽地に向かう家族連れとよくすれ違った。

 結局、事件で午前様。

 本当はキッドに関わる予定ではなかったのだが。

「ただいま帰りましたァ・・・」

 自宅の門をくぐって玄関の戸をあけた平次は、疲れたように息を吐き出してからスニーカーを脱いだ。

 母親には昨夜のうちに連絡を入れている。

 まあ、いい年した息子の朝帰りに目くじらたてる母親ではないが。

 しかし、連絡は必ずするという約束事はできているので、面倒だがこれだけは守らなければならない。

 あれ?なんや?

 廊下を歩いていた平次は、いやに賑やかな厨房に首をかしげた。

 今頃、朝食の支度をしてるはずはないし。

 母親の声はわかる。

 だが、もう一人誰か・・・・・

 和葉でも来とんのか?

「・・・・・・・・・」

 えっ?

 平次は母親の隣に立ってタコ焼きを焼いている少年を見て驚いた。

「お帰り〜。遅かったね」

 そうニッコリ笑って驚いている平次を見つめたのは、あの黒羽快斗であった。

 な・・・!

「なんで、おまえがここにおんねん!」

「なんでって・・・服部が家に来いって言ってくれたんじゃん」

 あ・・・と平次は絶句した。

 確かに昨日自分はそう言った。

 言ったが、昨夜の騒ぎでそんなことはすっかり忘れていたし、第一来るとは思いもしなかったのだ。

 おまえ怪盗キッドとちゃうんか!

 あ、いや・・カッコだけならまねることはできるから、本当にこいつがキッドだとは言い切れないのだが。

 しかし、平次の中ではもう疑いの段階は過ぎ、それは確信となっていた。

「平次、黒羽くんにタコ焼きの作り方教えるて言うたんやて?」

「お好み焼きもですv」

「お好み焼きやったら平次の方がうまいわ」

 静華はいまだぼぉ〜となっている息子に眉をひそめる。

「なにボッとしとんのや。はよ教えてやり。黒羽くんは新幹線の時間があるんやで」

「おかん・・・あのな・・・・」

「黒羽くん、たこ焼き器やったらうちに余っとるのあるから持って帰ったらええわ」

「え、ホントですかvすみません、遠慮なく頂きます!うちのおふくろ喜びますよ」

「ええのよ。わたしも黒羽盗一のファンやったし。ホンマ、もったいない天才やったわ」

「なんや、おかん、こいつの親父知っとんの?」

「何言うてますのん?あんたもマジックショーにつれてったことあるんやで」

「え!うそ!いつや?」

「あんたが2歳になった頃やったかしら?」

「・・・・・・・・」

 そんなん覚えてるわけあらへんやろが・・・・

 こんな時、ボケかまさんといて欲しいわ。

 

 

 

 

 

「うんま〜いv昨日の店で食べたのより断然旨いぜ!平ちゃん、天才!」

「ほうか・・・そりゃ良かったな」

 平次はハ・・ンとため息を吐く。

 二人は食堂で自分たちが焼いたお好み焼きを食べていた。

 静華は、お華の稽古があるからと言って出かけ、服部家にいるのは彼ら二人だけだった。

「親父さんは昨夜から仕事で泊まりなんだって?」

「ああ。昨夜、大阪湾に人騒がせな盗っ人が出たよってな」

「ふうん。大変だね」

 まるで他人事のように答える快斗の顔を、平次はジロリと睨みつける。

「おまえ、宝石どないしたんや」

「ちゃんと返したよ。だって、もう用無しだし」

「・・・・・・!」

 な〜んやとおぉぉ!

 平次はガッと快斗の胸倉を掴み上げた。

「やっぱり、おまえが怪盗キッドなんか!」

 快斗は、ニッと笑いながら平次の顔を見返す。

「何を今更。ちゃんと目の前で正体見せたでしょ」

「・・・・おまえが工藤を巻き込んだんか」

「巻き込む?」

「なんで工藤がキッドのカッコしとったか聞いとんのや!」

「オトリになるって言ったから」

「なに!」

「小宮には組織の監視がついてたんだよ。しかも、今回はレディブルーと接触するってっから奴ら絶対に姿見せるだろうし。怪盗キッドはレディブルーを手に入れるのにもっとも邪魔な存在だしさ。まあ、オレ結構奴らの邪魔しまくってるから目の敵にされてんだよなあ」

 おまえ〜〜〜

「そない危ないまねを工藤にさせたんか!」

「言い出したのは新一だよ」

「それでもや!なんで止めへんかったんや!いや・・その間おまえ何やっとったんや!」

 ま、いろいろ・・とケロリと答える快斗に、このまま絞め殺したろかと平次はマジで思った。

「工藤はいつからおまえが怪盗キッドだと気づいたんや」

 ふうん・・と快斗は鼻を鳴らす。

「オレが〈怪盗キッド〉だと納得した?」

「関さんにおまえの父親のことを聞いてみたんや。ラスベガスでショーを開けるくらい人気の天才マジシャンやったんやてな。スマートで二枚目の紳士で、女性に絶大の人気があって。もし事故で亡くならなければ世界でもトップクラスのマジシャンになってたろうって関さんが言うてたわ」

「・・・・・・・・」

「おまえの父親が怪盗キッドやったんとちゃうんか?キッドが姿を消した時期と事故が起きた時期が丁度重なってるんや。つまり、おまえは殺されたという父親の跡を継いでキッドになった」

 そうなんやろ?

 快斗はニッと唇を引き上げる。

「さすがは西の名探偵。お見事な推理だよ」

「やっぱりそうなんか!じゃ、おまえが宝石狙うんはなんか理由があるんやな!」

「そこまでは教えらんないなあv」

 言って快斗はスルリと平次の手から抜ける。

「自分で調べたら?探偵なんだからさあ」

 平次はムッとなった。

「じゃ・・・さっきの質問や。それも答えてくれへんつもりか」

「新一がいつオレのことを知ったかってこと?」

 本人に聞いたら?と快斗は首をすくめて言った。

 会う約束したんだろ?

「・・・・・・・・」

 平次は眉間に深い皺を寄せると、ズボンのポケットから新一と別れた後で見つけた二つめの盗聴器を取り出した。

「ふざけた真似しくさって・・・・・・」

 音をたてテーブルの上に置かれたそれは、当然ながらしっかり壊されていた。

 

 新一から連絡が入ったのは、キッドの騒動があて10日が過ぎた頃だった。

 携帯のメールに入っていた待ち合わせの日時と場所。

 聞きたいことは山ほどある。

 何故自分だけカヤの外だったのか。

 何も気づかなかった間に、工藤はいったい何をやっていたのか。

 この十日の間、何もしなかったわけではない。

 調べられるだけのことは調べた。

 最後には大阪府警本部長である父親にまで聞いた。

 というか、平次が小宮を追っていたことを知った父親に問い詰められたのをきっかけに駄目もとで尋ねてみたのだが。

 しかし、父親はこの事件に息子を立ち入らせたくはないのか口は重かった。

「ええか、平次。下手にこの件に関わるんやないで。おまえが考とえる以上に複雑で危険なんや」

 父親は一応釘を刺したが、それで諦める息子だとは思っていないだろう。

 どうやら、レディブルーと呼ばれる少女はこの日本にいて、インターポールが保護に乗り出したらしい。

(いったい、なんなんや?どんな謎があるっていうんや!)

 工藤はこの件に、どない関わっとるんやろう・・・

 すべてがわからないことだらけだった。

 

 

 

 早朝、バイクで自宅を出た平次は、丁度約束の時間の10分前に待ち合わせのホテルの前にたどり着いた。

 バイクを駐車場に止め、ホテルに入りロビーに立っていると、聞き覚えのある声が平次を呼んだ。

「服部くん、こっちよ!」

 え?と平次は瞳を瞬かせて振り返る。

 そこには声の主である毛利蘭と、彼女の父親である探偵の毛利小五郎、そして間に挟まれるようにしてコナンが立っていた。

 な・・なんや??

「久しぶりね、服部くん」

「あ、ああ・・そうやな」

「今夜はご招待ありがとうv」

 へ?

 ご招待って?

「そんなに気にしなくても良かったのに。お父さん、純平くんの所から約束以上の報酬をもらったのよ。こっちの方がお礼を言いたいくらい!」

 純平って・・・もしかしなくても、あの件かいな?

 恐る恐る視線を落とした先には、ニッコリ笑ったコナンの顔が・・・・

(〜〜〜〜〜〜)

「スポンサーの平次にーちゃんが来たから行こうよ!ボク、もう、お腹ペコペコ!」

 そうコナンに促されて彼らはエレベーターに乗り込んだ。

「おい、大丈夫か?ここの中華料理店は評判いいが、値段も半端じゃねーぞ」

 小五郎が、こそっと平次の耳元で聞いてきた。

「ああ、平気や。カード持ってきてるさかい」

 おまえのカードか?と小五郎の疑いの眼差しに対し平次は、何十万もするような料理を出されるわけやないやろ?と苦笑で返す。

 目的の階につくと、目の前に青い龍がとぐろを巻いている大きな極彩色の門がドーンと立っていた。

(ハハ・・・ほんま高そうな店やわ)

 平次は、はぁ・・とこっそりため息をついた。

 

 

 

 

「今夜はご馳走さま」

「おう、悪かったな。またなんか頼みたいことがあったらいつでも言ってこい!この毛利小五郎さまがバッチリ解決してやるぜ!」

「ははは、そん時は宜しくな、おっちゃん」

 けど、もうそんなん、きっとあらへんわ。

 蘭は、ご機嫌に酔っ払った父親をタクシーに乗せると、コナンと一緒にいる平次の方を再び見た。

「服部くん!コナンくんのこと、よろしくね!」

「ああ、大丈夫や。ちゃんと博士んとこ連れてくから」

 今夜服部は、コナンと一緒に阿笠博士の家に泊まることになっていた。

 だが本当は・・・・・

「で?どこ行くん?工藤」

 二人が乗ったタクシーが走り去ると、平次は傍らにいるコナンを見下ろして聞いた。

 

 

 

 後ろに乗せたコナンの指示でバイクを走らせた平次がたどり着いたのは、生い茂る木々に囲まれた山の中の別荘だった。別荘地でも外れに建っているのだろう。

 既にまわりは暗くなっていたが、ざっと見た限り、他の別荘は見当たらなかった。

「ここは、おまえんとこの別荘なんか?」

「オレんとこじゃねえけど、まあ、似たようなもんかな」

「なんや、それ?」

「親父の関係の別荘。幽霊が出るってんで、持ち主が怖がって親父に無期限で貸してんだ」

「ゆ・・幽霊・・・?ほんまに出るんか?」

 ぶるっと身震いした平次にコナンは、ちらっと意地悪く視線を流した。

「なんだ、おまえ幽霊がこわいのかよ?」

「わけわからんもんが苦手なだけや!オバケ屋敷やったら平気やで」

「自慢になるかよ」

 フンと鼻を鳴らしてコナンは別荘の扉を開けた。

 当然、中は暗い。

「おい、工藤。明かりのスイッチはどこや?」

 平次が暗闇になれない目を瞬きさせたその時、目の前にいきなり白い影がフワリと舞い降りてきた。

うわっ!

 ゆ・幽霊・・!

 平次が悲鳴を上げて後退ると、明かりがパッとついた。

 明るくなった玄関ホール。

 平次を驚かせた白い影が舞い降りたその場所には・・・・

 白のシルクハットに白いいマント、白いスーツのお馴染みの怪盗がニヤニヤ笑いながら立っていた。

「怪盗キッド!」

「またお会いしましたね、西の名探偵殿」

「・・・・・・〜〜」

 平次はキッドを指差しながら口をパクパクさせた。

「お・おま・おまえ、ここで何やっとんねん!」

「何って、あなた方をお待ちしていたのですよ」

 平次はキッとコナンを睨む。

「どういうことなんや、工藤!」

「別に。こいつも関係してっから呼んだだけだ」

「おまえ、そないなこと言わへんかったやん!」

「どうせ来たらわかることだしな」

 完全に嫌がらせや、と平次は思う。

(オレ、そないコイツに悪いことしたんか?)

 それよりさ、服部・・・・とコナンはニ〜と笑った。

「ほんとに幽霊がコワイんだな」

「やかましわ!」

 

 

 

 

 キッドの姿から黒羽快斗の姿に戻った彼は、手際よく二人に紅茶を入れた。

「新しい葉か?」

 コナンがカップに鼻を寄せて、くん・・と香りを嗅ぐ。

「白馬がお土産にくれたんだ。ロンドンの有名な店のオリジナルなんだってさ」

 白馬?

「まさか思うけど、白馬探のことやないやろな?」

「そっだよvあ、服部会ったことあったよね、岩佐氏のパーティで」

「なんでおまえが知っとんねん!」

「え?だって会ったじゃん。”駄目よお、うちの女の子たちはデリケートなんだから!”」

 突然変わった声と口調。

 しかも、前にしっかり聞いたことのある声だった。

 ガタッ!と平次は腰を浮かし快斗に指を突きつける。

おまえやったんかーっ!

 純平の従兄弟だと紹介されたカリスマ美容師。

 あれはキッドの変装だったのだ!

「知っとったんか、工藤!」

 後で知った、とコナンは答える。

 ぐぐっ、と平次は拳を握った。

「・・・で?なんで、おまえが白馬から土産をもらうような知り合いなんや?」

「クラスメートだから」

 ぱたっと平次はそのままテーブルの上に突っ伏す。

 ク・・クラスメート?

 同じ高校生探偵やという白馬探と怪盗キッドが??

 確かあいつ、キッドは宿敵やと言うとらんかったか?

「ついでに言うとねえvキッド担当で、鬼のようにキッドを追いかけてる中森警部はオレん家の隣に住んでんだよv」

もうええ!

 頭が変になりそうや!

「ええ〜。もっと面白い話が一杯あるのに〜〜」

 残念そうに言う快斗を平次はひと睨みすると、コナンに向き直る。

「説明してくれるんやろな、工藤」

「・・・・何が聞きたいんだ?」

「まずは何故こいつと一緒にいるかや!こいつは怪盗キッドなんやろ?いったい、いつそのことを知って、なんで一緒に行動するようになったんや?」

「キッドだってわかったのは蒼の館に行ってすぐだ。本人が自分でバラした」

「自分でぇ?なんでや!」

 意外な事実に平次は瞳をまん丸に見開く。

 当の快斗はというと、笑みを浮かべながらのんびり紅茶をすすっていた。

 いや、そんなことよりも、そんな前から工藤はキッドの正体を知っていて自分に隠していたのだ。

 そのことが一番重大だった。

「オレは役にたたへんって思たのか?それとも、巻き込みたくなかった言うんやったら侮辱やで工藤」

 コナンは俯いて黙っている。

 眼鏡をかけてないせいか、いつもより工藤新一と重なって見えた。

「ほんで、小宮を追ってたんはレディブルーが絡んでたからなんか?」

 レディブルーの名が出た途端、俯いていたコナンの表情が目に見えてこわばった。

「オレは”ミステリアスブルー”が人やったなんて全然知らんかった。おまえら二人は、どうやらとっくにレディブルーと呼ばれる少女のこと知ってたみたいやけど」

「・・・・・・・」

「白の魔術師とか呼ばれとるのは、怪盗キッドのことなんやな」

 そうだよvと快斗はニッコリ笑って頷いた。

「それじゃ、おまえはなんやねん?なんか理由があって彼女のこと守っとんのか?」

 コナンは答えない。

 気づけば顔色は青白く膝の上にある小さな手は堅く握り締められていた。

 よほど言いたくないことなのか。

「レディブルーの瞳は月の光を受けると蒼く光るそうやな。おまえとおんなじや・・・彼女も薬飲んだんか?」

 きつく引き結ばれた小さな唇を見つめていた平次の肩に、いつの間に移動してきたのか背後に立っていた快斗が手を置いた。

 なんや?

「いいもん見せてやろうか、服部」

「  ?  」

 平次は快斗から一枚の写真を渡される。

 その写真に写っていたのは、蒼いドレスを着たストレートの長い髪をした少女だった。

 抜けるような白い肌に蒼みがかった瞳、形のいい赤い唇、細く通った鼻筋。

 まるで人形のように整った美しい少女の写真。

(これ・・どっかで・・・・)

 写真の少女を見つめていた平次の瞳が次第に大きく見開かれ、口元が歪んでいく。

 忘れようにも忘れられない、強烈な印象を平次の脳裏に焼き付けたあの日の記憶が甦る。

 じっと写真を見つめて硬直している平次に、コナンがいったいなんだ?とばかりに椅子の上に立ち上がって平次に寄りかかるようにして手元を覗き込んだ。

(ゲッ・・!)

「彼女がレディブルーだよ〜v」

快斗ーッ!

 コナンは真っ赤になって快斗に掴みかかった。

「てめー!いつこんな写真を撮りやがったっ!」

「そりゃ、新ちゃんが気がつかない時に決まってんでしょ。だって、もうやってくんないって言うし、残しておかないともったいないじゃん」

「冗談じゃねえ!こんなの残されてたまるもんか!」

 コナンは平次が持っていた写真を奪い取ると、コナゴナに破り捨てた。

 あ、もったいない・・・と思わず平次が嘆く。

「平気平気vまだまだあるからさ。ネガもあるし、いくらでも焼き増しできるよ〜」

 トランプのように手の中で写真を広げてみせる快斗に、コナンはついにドッカンと怒髪天をついた。

「この野郎ぉぉぉ!ネガごと全部渡せー!」

 怒ったコナンが快斗に手を伸ばすが、スルリとかわされ逃げられる。

 しかし、それで諦めるコナンではなく、リビング内で騒々しい追っかけっこが始まった。

 ・・・・おい・・・・・・・

 一人疎外された感じの平次は、兄弟喧嘩のような光景を呆けたように眺めていた。

 ちょっと待て・・・

 あの写真の美少女がレディブルーやいうことは・・・

「返せ、バカやろうっ!」

「・・・・」

 あいつがあない怒っとるいうことは、ホンマにあの写真は・・・・

ちょー工藤!

 平次は丁度目の前を横切ったコナンの腕を捕まえた。

 なんだよ!と目を吊り上げたコナンが平次の顔を睨みつける。

「おまえが”ミステリアスブルー”なんかっ?」

悪いか!

 絶句・・・・・

(悪いかって、おまえ・・・・)

 一気に力が抜けた平次は、その場にガックリと膝をつきうなだれる。

 それって、ええ悪いの問題なん??

 快斗がポンポンと慰めるように平次の肩を叩く。

「平次くん。このくらいでめげてたら、この先つきあっていけないよ?」

 先は長いんだからさ。

「・・・・・・・」

 

 頭がおかしくなりそうや〜〜〜!

 

 

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