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水に映る 【5】 |
一応、魚住の写真は関が渡してくれたファイルの中にあったので顔はわかっている。 さすがに週末ということもあって入館者は多かった。 時間的に子供連れは少なくなっているが、結構カップルが目につく。 丁度アメリカの豪華客船が来ていることも人が多い理由だろう。 おまけに今夜キッドが現れると知れば、お祭り騒ぎになっていた筈である。 今回は幸いにして予告状がマスコミに流れることがなかったせいで野次馬だけは避けられるようだった。 (いつもやったら、大勢ギャラリーを集めるためにマスコミにも予告状を送ってる筈やのに・・・) 警察も国際問題に発展する危険性があるからと、キッドのことは神経質なほど秘密にしていたようだ。 警察に一番近い所にいる平次でさえ、有田から聞くまで全く知らなかったのだから。 ホンマにキッドからの予告状なんやろか?と平次は疑問が湧く。 確かにキッドが狙うには十分な価値があるビッグジュエルだが。 平次が探していた男は、すぐに見つかった。 男は吹き抜けの巨大な水槽の中を優雅に泳ぐジンベエザメをぼんやりと眺めていた。 見ていて飽きないというのはこのことだろう。 動物園もいいが、どっちかといえば平次は水族館の方が時間を忘れゆったりした気分になる。 「ホンマええよなあ。なんか気分が落ち着くわ」 「ボンもそう思うかあ。ええよなあ、魚たちは。特にわしはジンベエザメが大好きでなあ」 魚住はそう言って平次に笑いかけた。 50になったばかりということだが、髪が薄く痩せて皺が目立つせいか、もっと年に見える。 孫を連れてニコニコ笑いながら魚を見ているのが似合いそうな中年男。 実際、犯罪には全く無縁の男だ。 「あんた、魚住さんやろ?」 平次が訊くと男は警戒するように表情を歪める。 「誰や?」 「オレは服部いうもんや。実は聞きたいことがあって、小宮さんをずっと探してたんや」 「小宮を?」 魚住は目を瞬かす。 「小宮に何を聞きたいんや?」 「三雲礼司って人のことを知りたいんや。今、行方不明になっとんのやけど」 「・・・・・・・・・!」 突然、魚住が平次に掴みかかった。 「なんや、おまえも宝石ねらっとんのか!」 宝石? 「なんのことや?」 「とぼけんなや!おまえも三雲礼司が残したミステリアスブルーを狙う一人やろ!」 「ミステリアスブルー?」 確か、怪盗キッドが謎を解く鍵になるものだと言っていたものだ。 「やっぱり宝石なんか、それ?」 おまえ!と魚住は険しい顔で平次の首を絞めた。 「ちょー待てって!おっさん、なんか勘違いしてんで!オレは別に宝石を狙ってるんやない。あくまで三雲礼司の行方を知りたいだけや」 ええ加減にせえって!と平次は男の手を振り払う。 「オレは礼子さんに頼まれたんや」 「礼子?」 「山根礼子!三雲礼司の双子の妹や!」 「双子の・・・」 魚住は目をパチクリさせながら息を整えている平次の顔を見つめた。 ったく、このオッサン何勘違いしてんだか。 (・・いや、それだけヤバイっちゅうことなんか) 「わかってくれたんやったら場所変えよか」 さすがに掴みかかるような騒ぎは人の注目を浴びる。 もうちょっと長引けば警備員が飛んでくる所だった。 平次と魚住は、ひとまず人の多い水槽から離れた。 「ここで小宮さんと待ち合わせとんのんか?」 「いや・・待ち合わせ場所は別んとこなんやが、時間があるんでここに寄っただけや」 なんや、と平次はガッカリする。 「三雲礼司の双子の妹や言うたな。彼女は兄が生きてるて信じとんのか」 「そりゃ、たった一人の兄が死んでるとは思いたないやろ」 「なんで行方不明になったか、彼女はその理由を知っとんのか?」 「妙な男たちに狙われとったらしい言うのんは聞いてるで。多分、そいつらから身を隠しとるんやと思うが・・・ 気になるのは、さっきもあんたが言うとった“ミステリアスブルー”や。三雲礼司がかかわっとるなんかやろうけど、いったいなんなんや?」 「・・・・・・・・」 「怪盗キッドを知っとるか?あいつが言うとった。“ミステリアスブルー”は謎を解く切り札や、て。最初は宝石を狙てんのかと思とったんやが、だんだんそうやないと思えるようになってきた。あの時、あいつが言っとったのは純粋に謎解きやったんや」 「あの白い怪盗に会ったことがあるんか?」 ああ、と平次は頷く。 「そういや思い出したわ。キッドを追うたことのある頭のええ高校生探偵がおるって。ボンのことかいな」 「そうや」 「どうりで、よお知っとる筈やな」 魚住は平次の身元がハッキリしたせいか、少し警戒を解いたようだった。 「うちの娘があんたのファンでな。剣道の試合も見に行った言うてたわ」 「あれ?娘さん、おんのんか?」 確か独り身やって資料に書いてあったのだが。 「結婚はしてへん。けど、当時つきおうてた女が生んだ子がおるんや。今、高校1年や。ええ子やで」 そう父親の顔で笑う魚住を見て平次は目をしばたいた。 「いつか会うてやってくれへんかな。きっと喜ぶ」 そりゃええけど・・・と平次が言ったその時、突然二人が立っていた壁に小さな穴が開いた。 なっ! 瞬時に事態を悟った平次は、険しい顔でまわりを見回す。 「おっさん!こっから出るで!」 平次は魚住の腕を掴むと駆けだした。 くそ! こないなとこで銃をぶっ放しよって! 巻き添えが出ようとお構いなしなんか! 「ヤツらかっ!」 なんでわしを・・・と魚住にはわけがわからないようだった。 「一応事情を知っとるあんたは、ヤツらには邪魔なんとちゃうか」 「そんな・・・・」 「あいつら小宮を追っとんのやろ?だから、あんたに接触するのを待ってた筈や。けど、強硬手段をとったいうことは、ヤツら、小宮の居所を知ったんとちゃうか」 「・・・・・」 出口へ向かう平次たちの前に黒い影が立ちはだかった。 黒ずくめの男・・・ 黒いコートからちらりと見える銃口に平次は眉をしかめた。 一般客が多い水槽の所まで戻るわけにはいかない。 だが、人がいようと遠慮なく撃ってくる敵に突っ込んでいくのも危険だった。 しかし下手に警備員に知らせるのも危ない。 と、その時だった。 「ライダーキーック!」 ふいに黒ずくめの男の背後に現れた少年が、跳び蹴りよろしく勢いをつけて男の背中にキックをかました。 うわっ!とふいうちをくらった男がひっくり返る。 「平ちゃん、こっち!」 黒羽? 「どうしたんだっ!」 騒ぎを聞きつけた警備員がとんでくる。 「丁度ええ!警察を呼んでんか!」 平次は目を白黒させている警備員の手に、男が落とした銃を押しつけた。 快斗はというと、とどめとばかりにボカッと倒れた男の頭を蹴り飛ばす。 そして3人は警備員に後をまかせ、従業員専用の扉から外へ出ていった。 快斗にとっては、1秒たりともいたくはない場所であったから、そりゃもう必死で外へ飛び出していく。
「助かったで、黒羽。けど、なんでわかったんや?」 「いや、オレって勘がいいからさあ」 実は透視能力もあったりするんだよね、と快斗は言って無邪気に笑う。 だが、そんなことをあっさり信じるような平次では無論ない。 おまえ・・・と平次は眉間に皺を寄せて快斗を睨んだ。 「もう一個盗聴器を仕掛けてたんやな!どおりで、あん時あっさり白状したわけや!」 「やだ、そんな怒んないでよ平ちゃん・・・これも新ちゃんの命令なんだからさ」 「工藤がオレに盗聴器仕掛けろ言うたんか!」 「だって、一人で動いたら危ないからって」 現にヤバかったろ? 「・・・・・・・・・・・」 「服部はさあ、組織のこと甘く見過ぎてるぜ。 あいつら証拠隠滅のためには平気でビル一個吹っ飛ばすような連中なんだからさ」 「工藤もおまえも、ずっとオレに隠れてそういう連中相手にしてきた言うわけか」 快斗は答えない。 「まあええ。そのことは後でゆっくり聞かせてもらうことにするわ」 平次はそう言うと、まだ息を切らせている魚住の方を向いた。 「魚住さん。小宮さんはどこにおるんや?」 「小宮は・・・今、港に停泊している“プリンセスビーナ”号にいる」 「あのアメリカの豪華客船か?」 「そうや」 「なんでそないなとこに?だいたい、ずっと身を隠していた小宮さんが、なんで急に出てきたんや?」 「ミステリアスブルーが現れたからや」 え? 「小宮はミステリアスブルーに会いに行ったんや」 「会いにって・・・ミステリアスブルーは宝石やのうて、人なんか?」 魚住は驚く平次に向けてコクンと頷く。 (ミステリアスブルーが人間やてえ?) それは予想もしていなかった事実だった。 行方を追っていた小宮がアメリカの客船“プリンセスビーナ”号にいる。 そして、謎を解く鍵になるとキッドが言っていた〈ミステリアスブルー〉も。 だからキッドはあんな予告状を! 警備が厳しければ、ヤツらもそう簡単には動けない筈だから。 いや・・と平次は快斗を振り返る。 「場合によっては船を破壊するのも平気なヤツらか」 そうだね、と快斗は肩をすくめる。 「おまえも工藤も、とっくに〈ミステリアスブルー〉のこと知っとったんやな」 平次の問いに快斗はニヤニヤと笑うだけだった。 (こいつ〜〜) 平次は顔をしかめるが、今は問いつめている時間はない。 「黒羽。この人のこと頼むで」 「オレがぁ?」 快斗は不服そうに口を尖らせる。 「そうや!おまえは絶対に動くんやない!」 「だってオレ、キッドが見たいのに〜〜」 「ミーハーギャルみたいなこと言うなや!」 「キッド?まさか、ここへ来るんか?」 「ああ、そうや。府警に予告状を送ってきよったんや」 それじゃ、やっぱり・・・と魚住は呟く。 「なんや?」 「小宮が言うとったんや。ミステリアスブルーを守る白の魔術師は怪盗キッドやないやろかって」 白の魔術師? 全く。 平次の知らない謎ばかりが増えていくようだ。
平次が行ってしまうと、快斗はフッと短く息を吐いた。 「おじさんさあ。ちょっと知りすぎてるね」 振り返った少年の顔に魚住は、え?と目を見開く。 「まあ、小宮のおっさんも昔からの友人だってことで喋っちゃったんだろうけどさあ。けど、このことはもう誰にも話さない方がいいよ」 今回は服部だからなんとかなるけどさ。 「ホントはあいつには教えたくなかったんだよ。知ったら絶対に自分から巻き込まれてくることはわかりきってたし」 あいつも新一のためだったら命賭けちゃうとこあるもんな。 「ねえ、おじさん、娘さんいるんだって?だったら、巻き込みたくないよね?知ってていいことじゃないしさ」 忘れちゃう? 「・・・・・・・・・」 魚住は、笑みを浮かべながら自分の頭に右手を伸ばしてくる少年の白い顔を、魅入られたように凝視し続けた。
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