水に映る
    双つの月
【8】

 


 新一から連絡が入ったのは、キッドの騒動があて10日が過ぎた頃だった。

 携帯のメールに入っていた待ち合わせの日時と場所。

 聞きたいことは山ほどある。

 何故自分だけカヤの外だったのか。

 何も気づかなかった間に、工藤はいったい何をやっていたのか。

 この十日の間、何もしなかったわけではない。

 調べられるだけのことは調べた。

 最後には大阪府警本部長である父親にまで聞いた。

 というか、平次が小宮を追っていたことを知った父親に問い詰められたのをきっかけに駄目もとで尋ねてみたのだが。

 しかし、父親はこの事件に息子を立ち入らせたくはないのか口は重かった。

「ええか、平次。下手にこの件に関わるんやないで。おまえが考とえる以上に複雑で危険なんや」

 父親は一応釘を刺したが、それで諦める息子だとは思っていないだろう。

 どうやら、レディブルーと呼ばれる少女はこの日本にいて、インターポールが保護に乗り出したらしい。

(いったい、なんなんや?どんな謎があるっていうんや!)

 工藤はこの件に、どない関わっとるんやろう・・・

 すべてがわからないことだらけだった。

 

 

 

 早朝、バイクで自宅を出た平次は、丁度約束の時間の10分前に待ち合わせのホテルの前にたどり着いた。

 バイクを駐車場に止め、ホテルに入りロビーに立っていると、聞き覚えのある声が平次を呼んだ。

「服部くん、こっちよ!」

 え?と平次は瞳を瞬かせて振り返る。

 そこには声の主である毛利蘭と、彼女の父親である探偵の毛利小五郎、そして間に挟まれるようにしてコナンが立っていた。

 な・・なんや??

「久しぶりね、服部くん」

「あ、ああ・・そうやな」

「今夜はご招待ありがとうv」

 へ?

 ご招待って?

「そんなに気にしなくても良かったのに。お父さん、純平くんの所から約束以上の報酬をもらったのよ。こっちの方がお礼を言いたいくらい!」

 純平って・・・もしかしなくても、あの件かいな?

 恐る恐る視線を落とした先には、ニッコリ笑ったコナンの顔が・・・・

(〜〜〜〜〜〜)

「スポンサーの平次にーちゃんが来たから行こうよ!ボク、もう、お腹ペコペコ!」

 そうコナンに促されて彼らはエレベーターに乗り込んだ。

「おい、大丈夫か?ここの中華料理店は評判いいが、値段も半端じゃねーぞ」

 小五郎が、こそっと平次の耳元で聞いてきた。

「ああ、平気や。カード持ってきてるさかい」

 おまえのカードか?と小五郎の疑いの眼差しに対し平次は、何十万もするような料理を出されるわけやないやろ?と苦笑で返す。

 目的の階につくと、目の前に青い龍がとぐろを巻いている大きな極彩色の門がドーンと立っていた。

(ハハ・・・ほんま高そうな店やわ)

 平次は、はぁ・・とこっそりため息をついた。

 

 

 

 

「今夜はご馳走さま」

「おう、悪かったな。またなんか頼みたいことがあったらいつでも言ってこい!この毛利小五郎さまがバッチリ解決してやるぜ!」

「ははは、そん時は宜しくな、おっちゃん」

 けど、もうそんなん、きっとあらへんわ。

 蘭は、ご機嫌に酔っ払った父親をタクシーに乗せると、コナンと一緒にいる平次の方を再び見た。

「服部くん!コナンくんのこと、よろしくね!」

「ああ、大丈夫や。ちゃんと博士んとこ連れてくから」

 今夜服部は、コナンと一緒に阿笠博士の家に泊まることになっていた。

 だが本当は・・・・・

「で?どこ行くん?工藤」

 二人が乗ったタクシーが走り去ると、平次は傍らにいるコナンを見下ろして聞いた。

 

 

 

 後ろに乗せたコナンの指示でバイクを走らせた平次がたどり着いたのは、生い茂る木々に囲まれた山の中の別荘だった。別荘地でも外れに建っているのだろう。

 既にまわりは暗くなっていたが、ざっと見た限り、他の別荘は見当たらなかった。

「ここは、おまえんとこの別荘なんか?」

「オレんとこじゃねえけど、まあ、似たようなもんかな」

「なんや、それ?」

「親父の関係の別荘。幽霊が出るってんで、持ち主が怖がって親父に無期限で貸してんだ」

「ゆ・・幽霊・・・?ほんまに出るんか?」

 ぶるっと身震いした平次にコナンは、ちらっと意地悪く視線を流した。

「なんだ、おまえ幽霊がこわいのかよ?」

「わけわからんもんが苦手なだけや!オバケ屋敷やったら平気やで」

「自慢になるかよ」

 フンと鼻を鳴らしてコナンは別荘の扉を開けた。

 当然、中は暗い。

「おい、工藤。明かりのスイッチはどこや?」

 平次が暗闇になれない目を瞬きさせたその時、目の前にいきなり白い影がフワリと舞い降りてきた。

うわっ!

 ゆ・幽霊・・!

 平次が悲鳴を上げて後退ると、明かりがパッとついた。

 明るくなった玄関ホール。

 平次を驚かせた白い影が舞い降りたその場所には・・・・

 白のシルクハットに白いいマント、白いスーツのお馴染みの怪盗がニヤニヤ笑いながら立っていた。

「怪盗キッド!」

「またお会いしましたね、西の名探偵殿」

「・・・・・・〜〜」

 平次はキッドを指差しながら口をパクパクさせた。

「お・おま・おまえ、ここで何やっとんねん!」

「何って、あなた方をお待ちしていたのですよ」

 平次はキッとコナンを睨む。

「どういうことなんや、工藤!」

「別に。こいつも関係してっから呼んだだけだ」

「おまえ、そないなこと言わへんかったやん!」

「どうせ来たらわかることだしな」

 完全に嫌がらせや、と平次は思う。

(オレ、そないコイツに悪いことしたんか?)

 それよりさ、服部・・・・とコナンはニ〜と笑った。

「ほんとに幽霊がコワイんだな」

「やかましわ!」

 

 

 

 

 キッドの姿から黒羽快斗の姿に戻った彼は、手際よく二人に紅茶を入れた。

「新しい葉か?」

 コナンがカップに鼻を寄せて、くん・・と香りを嗅ぐ。

「白馬がお土産にくれたんだ。ロンドンの有名な店のオリジナルなんだってさ」

 白馬?

「まさか思うけど、白馬探のことやないやろな?」

「そっだよvあ、服部会ったことあったよね、岩佐氏のパーティで」

「なんでおまえが知っとんねん!」

「え?だって会ったじゃん。”駄目よお、うちの女の子たちはデリケートなんだから!”」

 突然変わった声と口調。

 しかも、前にしっかり聞いたことのある声だった。

 ガタッ!と平次は腰を浮かし快斗に指を突きつける。

おまえやったんかーっ!

 純平の従兄弟だと紹介されたカリスマ美容師。

 あれはキッドの変装だったのだ!

「知っとったんか、工藤!」

 後で知った、とコナンは答える。

 ぐぐっ、と平次は拳を握った。

「・・・で?なんで、おまえが白馬から土産をもらうような知り合いなんや?」

「クラスメートだから」

 ぱたっと平次はそのままテーブルの上に突っ伏す。

 ク・・クラスメート?

 同じ高校生探偵やという白馬探と怪盗キッドが??

 確かあいつ、キッドは宿敵やと言うとらんかったか?

「ついでに言うとねえvキッド担当で、鬼のようにキッドを追いかけてる中森警部はオレん家の隣に住んでんだよv」

もうええ!

 頭が変になりそうや!

「ええ〜。もっと面白い話が一杯あるのに〜〜」

 残念そうに言う快斗を平次はひと睨みすると、コナンに向き直る。

「説明してくれるんやろな、工藤」

「・・・・何が聞きたいんだ?」

「まずは何故こいつと一緒にいるかや!こいつは怪盗キッドなんやろ?いったい、いつそのことを知って、なんで一緒に行動するようになったんや?」

「キッドだってわかったのは蒼の館に行ってすぐだ。本人が自分でバラした」

「自分でぇ?なんでや!」

 意外な事実に平次は瞳をまん丸に見開く。

 当の快斗はというと、笑みを浮かべながらのんびり紅茶をすすっていた。

 いや、そんなことよりも、そんな前から工藤はキッドの正体を知っていて自分に隠していたのだ。

 そのことが一番重大だった。

「オレは役にたたへんって思たのか?それとも、巻き込みたくなかった言うんやったら侮辱やで工藤」

 コナンは俯いて黙っている。

 眼鏡をかけてないせいか、いつもより工藤新一と重なって見えた。

「ほんで、小宮を追ってたんはレディブルーが絡んでたからなんか?」

 レディブルーの名が出た途端、俯いていたコナンの表情が目に見えてこわばった。

「オレは”ミステリアスブルー”が人やったなんて全然知らんかった。おまえら二人は、どうやらとっくにレディブルーと呼ばれる少女のこと知ってたみたいやけど」

「・・・・・・・」

「白の魔術師とか呼ばれとるのは、怪盗キッドのことなんやな」

 そうだよvと快斗はニッコリ笑って頷いた。

「それじゃ、おまえはなんやねん?なんか理由があって彼女のこと守っとんのか?」

 コナンは答えない。

 気づけば顔色は青白く膝の上にある小さな手は堅く握り締められていた。

 よほど言いたくないことなのか。

「レディブルーの瞳は月の光を受けると蒼く光るそうやな。おまえとおんなじや・・・彼女も薬飲んだんか?」

 きつく引き結ばれた小さな唇を見つめていた平次の肩に、いつの間に移動してきたのか背後に立っていた快斗が手を置いた。

 なんや?

「いいもん見せてやろうか、服部」

「  ?  」

 平次は快斗から一枚の写真を渡される。

 その写真に写っていたのは、蒼いドレスを着たストレートの長い髪をした少女だった。

 抜けるような白い肌に蒼みがかった瞳、形のいい赤い唇、細く通った鼻筋。

 まるで人形のように整った美しい少女の写真。

(これ・・どっかで・・・・)

 写真の少女を見つめていた平次の瞳が次第に大きく見開かれ、口元が歪んでいく。

 忘れようにも忘れられない、強烈な印象を平次の脳裏に焼き付けたあの日の記憶が甦る。

 じっと写真を見つめて硬直している平次に、コナンがいったいなんだ?とばかりに椅子の上に立ち上がって平次に寄りかかるようにして手元を覗き込んだ。

(ゲッ・・!)

「彼女がレディブルーだよ〜v」

快斗ーッ!

 コナンは真っ赤になって快斗に掴みかかった。

「てめー!いつこんな写真を撮りやがったっ!」

「そりゃ、新ちゃんが気がつかない時に決まってんでしょ。だって、もうやってくんないって言うし、残しておかないともったいないじゃん」

「冗談じゃねえ!こんなの残されてたまるもんか!」

 コナンは平次が持っていた写真を奪い取ると、コナゴナに破り捨てた。

 あ、もったいない・・・と思わず平次が嘆く。

「平気平気vまだまだあるからさ。ネガもあるし、いくらでも焼き増しできるよ〜」

 トランプのように手の中で写真を広げてみせる快斗に、コナンはついにドッカンと怒髪天をついた。

「この野郎ぉぉぉ!ネガごと全部渡せー!」

 怒ったコナンが快斗に手を伸ばすが、スルリとかわされ逃げられる。

 しかし、それで諦めるコナンではなく、リビング内で騒々しい追っかけっこが始まった。

 ・・・・おい・・・・・・・

 一人疎外された感じの平次は、兄弟喧嘩のような光景を呆けたように眺めていた。

 ちょっと待て・・・

 あの写真の美少女がレディブルーやいうことは・・・

「返せ、バカやろうっ!」

「・・・・」

 あいつがあない怒っとるいうことは、ホンマにあの写真は・・・・

ちょー工藤!

 平次は丁度目の前を横切ったコナンの腕を捕まえた。

 なんだよ!と目を吊り上げたコナンが平次の顔を睨みつける。

「おまえが”ミステリアスブルー”なんかっ?」

悪いか!

 絶句・・・・・

(悪いかって、おまえ・・・・)

 一気に力が抜けた平次は、その場にガックリと膝をつきうなだれる。

 それって、ええ悪いの問題なん??

 快斗がポンポンと慰めるように平次の肩を叩く。

「平次くん。このくらいでめげてたら、この先つきあっていけないよ?」

 先は長いんだからさ。

「・・・・・・・」

 

 頭がおかしくなりそうや〜〜〜!

                                                          END

 

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