娘の事  その後

2005.8.

ほぼ2年ぶりに娘の事を書きます。

2003年6月から 不動産屋さんの事務員としてバイトをしていました。
駅から歩いて23分と ちょっと離れたところにある 小さな不動産屋で 社長と営業の人が2人・・・しばらくして一人になったけど・・・・そして娘という 小さなところでした。週に5日を4日にしてもらって やっと通っていました。

ちょうど お世話になってる鍼の先生の病院の前を通っていくので しんどい時はいつでも寄れる・・・というのがすごく心強かったようです。
はじめは 朝9時30分から5時まで 事務所に居る・・・というだけで すごく疲れていました。しかもパソコンの調子が悪くて 頑張って入れたデータが 次の日にはエラーになってたりして 文句ばっかり言ってました。

なるだけ 人と話をしたくなかったので かなりムスッと仕事をしていたようです。
自分がしんどいという事を 気付かれないように 悟られないように していたようです。うまく説明も出来ないし 自分で自分の体のことが納得いかなかったみたいです。

毎日 お弁当を持って 苦手なバスに乗っていってました。
少し慣れるのに 3ヶ月は充分かかったと思います。
帰りも 頑張ってバスに乗って帰ってきました。
「電話してきたら迎えに行くのになぁ・・・」と思っていましたが 
後で聞くと 最初にそんな風に甘えたら ずっとバスに乗れなくなると
思ったから 相当しんどい時でも バスで帰ってきていました。
帰ったら もうぐったりしていました。

不動産業は水曜日が定休日で 娘は火・水・木と3連休にしてもらってました。
平日休みなので 鍼の治療にもいけるし アロマのマッサージにもいけるし 
今から思うと その頃の娘には 小さな不動産屋さんが すごく良かったです。
精一杯ながら ひどく体調を壊す事もなく 頑張って 仕事に行っていました。

半年ほど経って 慣れてきた頃に アロマの人が誘ってくれて 老人ホームの
ボランティアに月に2回くらい行くようになりました。
講習を受けてから おじいちゃんやおばあちゃんの足浴をしたり 肩や腕をさすって
アロママッサージをしたりしていました。
みんな喜んでくれて 「お姉ちゃん、おいくらですか?」と聞かれたり 「又、来てね!」
と何度も言われたりしていたそうです。

お年寄りの方の喜ぶ顔を見ていたら おばあちゃんや私のほうの両親にも肩を揉んだり
足のマッサージをしたりしてあげたかった・・・・といつも言ってました。
自分の体のことばっかりだった娘が そんな風に思いやる気持ちを持てるように
なった事がすごく嬉しかったです。

鍼の先生には しっかり動くようにと言われていました。
それで 駅のすぐ前のスポーツジムにも通うようになりました。
まだまだ余裕がなかったので 週に一度 行けるかどうか・・・という感じでしたが
休みの日に行ったり 仕事帰りに寄ってきたりと 一生懸命でした。

1年経つと随分余裕も出てきました。
幼馴染や同級生にも逢いたいと思うようになってきました。
でも、みんな 土・日が休みで  火・水・木と休む娘とは時間が合いませんでした。
日曜日の仕事が終ってから 友達に逢いに行くほどの体力は まだ、なかったようです。
「仕事変わろうかな・・・」「辞めたいなぁ・・・」と言う言葉が良く聞かれるようになってきました。

私は週に4日の仕事で 病院にも行きやすいので 変わることはないのになぁ・・・
と思っていました。だから娘が色々言うことに 反対はしなかったけど 消極的でした。
鍼の先生や アロマの人にも相談して 本人も随分考えたようです。

年末に友達とスノーボードに行って 自信がついたようです。
短大の時にはじめた スノーボードも 卒業してからは 全然行けなかったので
心配しながら 行ったんですが すごく楽しかったようで 大きく階段を
上がった感じがしました。

年が明けてから(2005年) 仕事探しをはじめました。
やっぱり 医療事務の資格を使って 仕事をしたかったようです。
でも、なかなか土・日の休みの病院は少ないんです。
日曜日に休めても もう一日は 平日にとか、意外と連休のところは
少ないと 娘は言ってました。

勤めながらの開き時間で 仕事を探そうとしても そうはうまくいかないので
3月いっぱいで 事務所を辞めてしまいました。

そして、ハローワークに行ったり 新聞の折込チラシを見て電話したり
色々していました。そして、隣市の市民病院の医療事務の広告があって
土・日・祭日休みという事で 娘は応募しました。
「受かったら電話するけど 電話がなかったら落ちたと思ってください。」
と言われて 電話がかかってきました。
「今回は 医療事務は駄目でした。」 「(あれれ???)」と思ってると
「MRIの受付事務の仕事をしませんか?」と言われて 娘は詳しい事は
わからないけど「ハイ」と返事していました。
決まりだすと あっと言う間に決まってしまいました。

仕事を辞めてから 1ヵ月半 仕事か見つかるかしら・・・・
うまくやっていけるかしら・・・・ 週に5日で大丈夫かしら・・・・etc.・・・・
色々心配していたので 体調も悪く 肌の調子も最悪でした。

4月16日 初出勤です。
8時45分からの出勤なんですが 慣れないので
時間に余裕を持って行きたいと言って 5時半起床、
しっかり朝ごはんを食べて お弁当を持って 7時過ぎの
バスに乗って 8時には着いたようです。

帰ってきてから 第一声が 「お母さん、この仕事 向いてる気がする!」
と言って とても嬉しそうでした。
その言葉を聞いて 本当にほっとしました。
初出勤以来 5時半起床で 同じ時間に行ってます。
仕事を変わってから 顔が違ってきました。
色々な人と逢って 色んな話が聞けて 刺激もいっぱい受けているようです。
自分が 何年も寝込むほどの 辛い体験をしているので 患者さんに
優しい言葉が掛けられるようです。

そして 勤め始めて 1ヵ月半くらいした頃 宣言しました。
「お母さん、自分の体は自分で治す!」・・・エエエェ???
「ここまで元気にしてもらったんやから あとは自分の力で頑張ってみる!」
と言って 帰ってきてから 30分くらい走ったり ストレッチも欠かさずに
鍼の先生に今まで言われた事を 実践していました。

そう宣言してから 元気になってくるのが 目に見えてくるようでした。
階段をぐんぐん上がってる感じがしました。
もちろん鍼の先生にはとても感謝しているんですが 今まであまりに頼りすぎていたと
反省しながら 自分で努力しようとしています。
時々、アロマの人のところには行って マッサージをしてもらっています。

自分で自分の体の声やサインを聞きながら これからやっていけそうです。

鍼の先生が往診に来てくれるようになった頃 本当に最悪の体調だったので
自分は一生家から出られなくて 部屋に布団をひいたまま 寝たり起きたりして
社会にも出ずに ず〜〜っと生きていくのかなぁ・・・と思ってたそうです。
それが ちゃんと社会にも出て 働けるほどに回復したのは 信じられない
気持ちだと いつも言ってます。

自分が病気になってなかったら 今の仕事を選んでなかったといいます。
たくさんのめぐり合わせと 素晴らしいご縁で ここまで回復できました。
鍼の先生と アロマの人に 本当に感謝しています。

お花の画像は
「フラワーアレンジメント」の
のりこさんにお借りしました。

長い話を最後まで読んでいただいて
ありがとうございました。

布々工房    あさみ