第3幕  運命の分かれ道(価格交渉)
   

 1週間後のその日は、半ば忘れかけた頃にやってきた。 かつて、同じような飛び込みの床下の防虫対策業者が換気口の防虫網の取り付けを適当に済ませ、「床下の処理は、また来週に」と言い残したまま姿を暗ましたこともあったが、さすがに図面まで取って帰って、目の前のカモを見す見す手放すような商売はないらしい。

 そして1週間前と同じ時刻に、彼は揚々とやってきた。 こちらは、先立つものがないことが分かっているからどうせ買うことはないと決めこんでいた。 そもそも本気でやるつもりなら、何処の馬の骨か分らん飛び込みの訪問販売になど任せられない。 精々、ちゃんと素性の知れた業者を見繕い相見積もりをさせて、天秤に掛けるくらいのことはするだろう。

 斯くして彼の話は事務的に始まり、シャープともう1社、三菱電機だったろうか、2社のパネルで長方形タイプのモジュールと屋根の形状(寄棟)に合わせて隅まで埋められるコーナーモジュールが付いたタイプによって費用が異なると言う。

どこまで彼の説明に付き合っていくのか思案しながら、取りあえず話の種になるかと、どれほど値が下がるものか探ることにした。

 メーカーは、変換効率とブランドイメージでシャープを選択した。そしてモジュールは、やや変換効率が高い長方形タイプを選んでみた。 我が家の屋根は至ってシンプルな寄棟、拘りの外観でなかったことが幸いし、長方形タイプでは、東面6枚、南面21枚で都合27枚、4.2kWが載っかるという。コーナー付きにすれば4.4kWまで容量がアップするが、高々0.2kWの差で20万円程度高くなるとのたまわった。

確かに棟に合わせたコーナー付きの方が見栄えが良いが、我が家を眺める高台に登りさえしなければ、住人が屋根の上を見る機会は先ずない。 気休めのデザインに拘るには少々コストパフォーマンスが悪いと、倹約の神様が囁いた。そして問題のお代が明らかになった。

 彼は、数枚の見積書を手にして、こちらの条件で見積もれば270万円だと云う。こちらの性分を見抜いていたかのように、今、指定した条件で見積書を用意していた。営業マンとしての抜かりはない。1kWの単価にすれば64万円也。当時の相場も70万円程度であったから、それほど無茶な見積もりではない。

 知らぬ間に本格的な商談の様相になってきたが、そう簡単に偶然出くわしたセールスの口車に乗る訳にはいかない。 こちらには無い袖は振れないとの思いがあるから、詰りは、断る筋書きを考えながら取りあえず見積書を受け取った。

さて、ここからは当然断ることが前提であるから、とっとと彼に引き上げてもらう口上をしなければいけない。

 而して、電気屋の家電の交渉が如く、売り子の言い値をそのまま受け入れるような愚行はしない。
「それで、これを幾らにしてもらえるの?」と先ずは出方を探ってみる。 予定通り、相手は「希望は幾らか」と問い返す。
さて、ここへ来て相手に初めから冷やかしだったと悟られることも野暮ったい。ここからがセンスの見せ所と、その筋のネタを散りばめながらマニアックな講釈を垂れてみた。

「このシステムで年間の発電電力量は幾らぐらいか。ウチは既にオール電化はやっている。電気を喰う洗濯乾燥、炊飯に風呂の湯沸かしは深夜時間帯にやっているから電気代はそれほど高くない(実は、家電マニアの災いか平均的な世帯より電気使用量は多いようだが、ここは方便)。ソーラーの発電量の半分を自家消費するとして、何年で減価償却できるか。15年とか20年で元が取れるとか云われているが、この機械は何年もつのか。10年もすれば効率が落ちるだろう。」と足元を見られないよう彼らの営業トークを否定する言葉を続ける。

期待通り、次第に支店長の顔が曇ってくる。こちらの演出に怯んだか、「大体どのくらいを考えているのか。」と力無く問い直してきた。

そろそろ観念するかと、最後の一言を加えた。「環境も大事だが、こちらもそんな余裕はない。10年で投資回収できないと意味がない。今は電力会社の電気を使う方が安上がりだ。このシステムなら精々180万くらいにしないと駄目。」と。

こちらから提示した価格は、1kW当たり43万円程度になるが、相場から云えば4割下げないといけない。余程、無茶な仕入れをしない限り、この値段で契約すれば彼らの利益は出ないと考えた。
しかし、このまま追い返すのも大人気無いと、「でも、こんな値段では商売にならんだろう。無理せんでいいから、もう少し安くなったらまた考えるよ。」返答に窮する彼に逃げ道を用意してやった。

満を持して止めの宣告をし、これで一件落着の筈だったのだが、話は、意外な展開を辿っていく。


 彼は、暫し沈黙を保ち、徐に口を開いた。「う〜ん」と唸った後、「普通なら出せないが、補助金分を差し引いて貰えれば、今回は私の裁量で、特別に希望の値段にさせてもらう。」と、それまでの笑顔は消えていた。 

予想外の言葉に少々慌てたが、本当にその値段でできるならそれほど悪い話ではない。思いもよらず軌道修正を迫られることになったが、相手が支店長とはいえ、旨い話には裏があると当然訝ってみる。

「その金額で元々の見積もりと同じ内容のことができるのか。契約書にはその見積もり通りの内容を書いてくれるのか。」

氏は、「勿論だ。」と応える。さては補助金分の儲けでよいと諦めたのか。

こちらもこのままでは契約書に判を押すことになりそうな雲行きだ。これまで何度も失敗を重ねた衝動買いの悪癖を今こそ断たねば、一生の不覚を取る。狂ったシナリオを修正し、何とか穏便に商談を終結させる術を考えねばなるまい。
苦し紛れに、少々、品性を欠く注文かと憚かられたが、背に腹は代えられぬ。
「パネルは30年くらいはもつようだが、パワーコン(ディショナー)は10年程度で交換しないといけないだろう。これでは10年で減価償却できないから、この値段でパワーコンを交換してもらわないと契約できない。」と切り出した。

ここまで云えば、さすがに断念するだろうと踏んでいたが、どこまで間抜けか人が好いのか。それともここまでくればヤケクソか。 それほど抵抗もせず認めてしまったから、愈々、こちらも引くに引けない状況を迎えることになる。

 いくら考えてもこれ以上の合理的な抵抗は難しい局面である。往生際が悪いことこの上ないが、こうなれば体裁構わず開き直るしかないと
「そこまで頑張ってもらってありがたいが、先立つものがない。折角だが、次の機会にさせてもらう。」と、結局、捻りのない一言で断りを告げた。

さて、こんな客の常套句などはこうした商売では先刻承知のこと。「ソーラー発電用の低金利のローンを用意している」と、間髪入れずの答が返ってくる。 そして、「国の補助金が出るのは、もう最後。この機会を逃せば、これ以上の条件で付けることは出来ないぞ。」と畳み掛けてくる。

こうして、遂に年貢の納め時がやってきた。

 
         < 第4幕 肝心要の契約書 >  

       
 
わが家のソーラー発電・顛末記