ミカエルとその使いたちが、竜に戦いを挑んだのである。
―― ヨハネの黙示録 ――
〜X〜
「警部、里見明人は?」 「うむ、今全力でさがしているのだが・・・・」 「そうですか・・・」
逃げられたか。
敷地内をくまなく捜しているのだが、手がかりさえ見つからないらしい。 まだ遠くに行ったとは思えないのに、鮮やかに警察の手を逃れていく。 そんなところもあいつに似ていると思ったが、即座に頭から消した。
「警部、僕は優人さんのそばについています。いまだにショック状態ですので。 なにかあったら携帯に連絡を。」 「ああわかった。・・・・すまんね、工藤君。」 「いいえ。」
すまなそうな顔の目暮に新一は苦笑する。目暮は再び捜索に加わっていった。 新一も優人を移動させた部屋へと向かう。優人は、いまだに真っ青な顔を苦痛にゆがめており、 近くにはいつのまにか快斗がいた。
「黒羽・・・・」
快斗は無言でソファに座り、隣に新一も座るように促した。 新一も素直にそれに従う。
「・・・・明人をとめるには、やはり私が・・・・・」 「そんなことは・・・・」
ないとは言い切れなかった。 明人は誰の言葉も救いの手も必要としていない。欲しがっているのはたった一人からの裁きだけ。明人を見たときに新一はそう感じた。 だが、それでも、新一には人が人を傷つけるのを黙って見ていることなどできない。
「やはり・・・・・やはり私には理解できません。彼が、なにを考えているのか。」
組んだ手に頭を凭れかからせ、優人は苦しげに吐き出した。 体が小刻みに震えている。
「・・・・・俺にはわかる気がするよ。」 「黒羽?」
その発言に優人はゆっくりと顔をあげた。 快斗がまっすぐに優人を見つめる。無機質な瞳で。
「人にはそれぞれの苦しみがある。あんたが親からその存在を無視された苦しみがあったように、彼にも彼なりの苦しみがあったんじゃないか?そしてそれがいつか狂気に変わった。」
快斗は無表情のまましゃべり続ける。
「さらに彼は、自分の半身でありながら、自分とはまったく異なるあんたをこの世でもっとも愛し、そして憎んだ。」 「なぜ・・・・!」
優人は再び頭を抱えた。そんな彼の前に快斗は1枚のカードを出した。
「堕天使ルシファー、彼を倒したのは大天使ミカエル。彼らは双子であるとも言われている。あんたが”ミカエル”となるかどうかはあんた自身が決めることだ。」
カードには”再び楽園にて”とだけ書かれている。優人はそれを手にとり、じっと見つめる。 快斗は立ち上がり、部屋を出ていった。 新一は、部屋の外に立っていた警備の人に優人のことをまかせてあとを追う。
「キッド!」
廊下で快斗を捕まえる。
「あのカードは・・・・」 「さっき言っただろ?会ったって。そのときに、今度何かが起きたとき、優人さんに渡してほしいって頼まれたのさ。」 「なに?じゃあお前は何か起こることを知っていたのか?」
快斗はなにも答えない。ただ薄く笑うだけだった。
「お前はどうしてやつの肩を持つようなことをするんだ・・・・?」
やはり自分が似てるから、なのか・・・・・?
口外に含んだ質問は、だがきちんと快斗に伝わる。 快斗は新一の腕を引いて一つの部屋に入った。
「あの日、はじめて”LOST ANGEL”に遭ったときに、自分なりにやつのことを調べてみたんだ。」 「・・・・・・」
突然話し始めた快斗に、新一は静かに聞く。
「わかったことはやつがかつてこの里見家で期待されていた天才児里見明人だということ。そして彼が幼少のころから実の母親に・・・・・・性的虐待を受けていたらしいということ。」 「なに?」 「里見氏はそのことを見てみぬふりをしていたらしい。他のものたちも。一度病院に運ばれたことがあったらしいが、里見氏がすべてもみ消したようだ。本当に知らないのは、優人さんだけ。」 「そのときのトラウマが、彼を狂わせたと・・・・?」 「まあ、理由のひとつだろうね。」 「・・・・・・」
考え込むようにうつむく新一を快斗は見つめた。
「俺はね、はっきり言ってやつが嫌いなんだよ。自分の中にある闇を見せ付けられているようで。」 「・・・・じゃあなぜやつに協力するようなまねをする。」 「やつを生かすも殺すも、それができるのはただひとり優人さんだからさ。部外者の出る幕じゃない。他人は所詮他人だ。どんなに同情しても、やつには何の意味も持たない。やつが求めているのは、裁きをくれるおのれの半身だけ。だから、一度見逃してもらった借りを返してやったのさ。」 「それでも、俺は人が傷つくのを黙って見ていることはできない!」
例えそれが、本人の望むことでも。 強い瞳で睨んでくる新一。だが少し戸惑いに揺れていた。
「名探偵、お前はやさしい。だから相手を知ったときにすべての苦しみを背負い込んでしまう。それがたとえ加害者でも。」
それがいつか命取りにならないか、俺は怖い。
「キッド・・・・」
ドォン
「なんだ!?」 「・・・今度は庭みたいだな。」
廊下が騒がしくなってくる。快斗と新一も廊下へと出た。
「ああ、工藤君!」
玄関の方から佐藤刑事が走ってきた。
「佐藤刑事、なにがあったのですか?」 「まだわからないわ。それより工藤君、優人さんは?」 「え?部屋にいるはずですが・・」 「それがいないのよ!私が駆けつけたときには、中で警備員が倒れてたの!」 「なんだって!?」
新一の頭に浮かんだものは、
「・・・・楽園」
先ほど快斗が優人に渡したカードだった。新一は、楽園と呼ばれる庭へ走り出す。快斗もあとに続いた。
「ちょっ、工藤君!?」
佐藤刑事の呼ぶ声が後ろに聞こえたが、とまれない。
(優人さん、いけない!早まっては・・・・!)
―― 明人、僕はどんなにがんばっても明人みたいにはなれない・・・ ―― ・・・・ならなくてもいいさ。 ―― ・・・・うん。でも明人は僕の憧れなんだよ! ―― いいんだよ。お前はお前らしく・・・・・
なにも知らない無邪気な顔で、自分に笑いかける弟。 その兄が本当は実の母親となにをしていたのか、それを知ったらお前はどうするんだろうな・・? 父に助けを求めても、なにも言ってはくれない。メイドたちも同じ。 だから、助けてもらうことをあきらめた。 そんな自分の唯一の救いは双子の弟。 いつも自分を頼ってくるあどけない笑顔。同じ顔なのに、自分には持てない表情。 それが時々妬ましくなる。 わかってはいる。お前は純粋に俺を慕ってくれているだけ。 俺が勝手にお前を愛し、勝手に憎んでいるだけ。お前に罪はない。 お前は自分に憧れているといったが、自分の方こそお前に憧れていたんだ・・・・
燃え上がる火に囲まれながら近づいてくる人物に明人は笑みをたたえる。
「くっ!ひどいな・・・・」 「この中にいるのか、ふたりは・・・」
楽園と呼ばれた庭が炎を噴き出している。庭には多くの植物。炎はどんどんと広がって いった。 中に入ろうとする新一を、寸でで快斗がとめる。
「危険だ!やめたほうがいい。」 「離せ!放ってはおけない!」
快斗の手を振り払って、新一は火の中へ飛び込んだ。快斗は舌打ちし、あとを追う。
庭の中心あたりで炎の中で佇む2人を見つける。だが、なかなか近づけなかった。 ふと、優人がゆっくりと明人に近づいていった。明人は笑ってそのまま動かない。
「優人さん!?」
2人はなにか話しているが、こちらにはなにも聞こえてはこない。 ふと、明人がナイフを自分の方へ向けて優人に渡す。 まるでそれで自分を殺せとでもいうかのように。優人は黙ってそれを手に取る。
(いけない!)
新一はなんとか近づこうとすると、後ろから追いついた快斗にとめられる。
「離せよ!!」
だが快斗はさらに強く掴み、逃げもせずにただ黙ってふたりを見つめていた。新一も視線を二人へと向ける。
と、優人が笑って明人に口づける。そして向けていたナイフの刃を自分へと向けた。 そして何かを明人へと言う。読唇術により読み取れたのは最後の言葉だけ。
”ス・ベ・テ・ワ・タ・シ・ガ・モ・ッ・テ・イ・ク”
そしてナイフを自分の胸へ。 優人の胸を貫く前に新一たちの前に炎が大きく立ちふさがり、なにも見えなくなる。
「優人さん!!」
快斗はそれでも前へ進もうとする新一の鳩尾を突いて気を失わせる。 そして目前まで迫る炎を見つめた。
(この結果に、あんたは満足か・・・・・?ま、俺には関係ないけどな。)
意識のない新一を横抱きに抱えて快斗は炎の中を歩いていった。
to Be Continued・・・・ 02/1/4
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