暗闇という縄で縛って地獄に引き渡し、 裁きのために閉じこめられました
―― ペトロの手紙2 ――
〜W〜
生まれたのは双子の兄弟。
瓜二つの、とても仲のいい子供たち。
片方は天才、片方は凡才
愛されたのは天才の子。 さびしかったのは凡才の子。
だが 刃(やいば)を向けたのは 天才と呼ばれた子供だった。
「帰ってきたわ!あの子が、あの子が帰ってきたのよ・・・!」
突然甲高い女性の叫び声が聞こえてきたかと思うと、大広間に長い髪を振り乱した女性が入ってきた。 色素の薄い髪と瞳の40代くらいの女性。美人なだけに狂ったように笑い続ける姿が痛ましい。
「奥様!」
数人の使用人が駆け寄ってきて女性をなだめる。
「奥様って・・・・じゃああの人は・・・・」 「私の、母ですよ・・・」
新一が振り向いた先にいつのまにか優人が立っていた。そして、痛ましそうに母だといった女性を見つめている。まるで他人を見るかのような眼差しで。
「母は明人を、兄を溺愛していました。誰よりも。他のものが見えなくなるほどに・・・・だから、兄が行方をくらましたときに、精神を病んであんなふうに・・・」
誰よりも愛し、期待をしていた我が子が、突然それらを裏切って姿を消した。そのときのショックに耐えられなかったのだという。
「おかしいですよね?実の母親だというのに、狂った姿を冷静に見つめることができる。哀れだとは思う。でも、それだけなんです・・・・」 「・・・・・・」
母は自分を見てはくれなかった。振り向いて欲しくて、がんばった努力もすべてすり 抜けていってしまう。だから、いつしか母親の愛情を、諦めてしまった。
「・・・・・・」
新一は、世界的な推理小説家である父と元美人女優である母に愛されて過ごした。ときには愚痴を聞かされたりと迷惑しているところもあるが、自分がふたりを大事に思っていることに変わりはない。
親に愛されない子供は、どんな気持ちなのだろう・・・・・?
「・・・・犯人は里見明人とみてまず間違いはない。優人氏に似た黒い服を着た男を見たという証言もあったからな。」
そう言った目暮警部に新一が近寄った。
「すみません、僕も協力させていただいてよろしいですか?」 「それはうれしい限りだが・・・・大丈夫なのかね?」
心配顔の警部に新一は苦笑する。
「ここまで関わってしまって、今さら放っておくわけにはいきませんよ。」 「そうか・・・・」 「俺も残っていいですか?」
突然割り込んできた声の方に皆振り向くと、そこには新一そっくりの少年が立っていた。
(キッド?!)
「さっき見かけたときから思っていたんだが、彼は工藤君の親戚かなにかかね?」 「いえ、彼は・・・」 「そう、俺は新一の遠い親戚なんだ。似てるからよく間違われるけどね。頭には自信があるから新一の助けになると思うよ。いいですよね?」
自信ありげにそう言った快斗に警部たちは思わずうなずいてしまう。
(・・・・こいつ・・・・)
「ああそれと、青子たちはもう帰してやってくれない?」 「青子?ああ、中森の娘さんだな。蘭君たちと一緒に最初に遺体を発見した。」 「そう。ショックが大きいから、早くここから離してやりたいんだよ。」
なるほど、と目暮はうなずく。
「他の人たちも帰した方がいいのでは?」 「そうだな・・・・・だが念のために、一人一人に警備をつけよう。」
警備員とともに蘭、園子、青子、他の参加者たちはそれぞれ帰っていった。 帰る間際に青子が不安げに、残るといった快斗を見つめた。それに大丈夫だよと笑いかけて青子たちが乗ったパトカーを見送った。
「お前、なぜ残った?」 「名探偵への話がまだ済んでない。それに・・・・・・会ったんだよ、”彼”に。」 「彼ってまさか!里見明人か!?どこで!」 「ここの庭、あの”Heaven's Garden”で。」
快斗は走り出そうとした新一の腕を掴んでとめた。
「今行っても無駄だよ。もういない。」 「〜〜〜お前、なんで逃がしたんだよ!」
新一が快斗に掴みかかる。快斗は苦笑しながら宥めた。
「無茶言うなよ。相手はプロだぜ?いくら俺でも無事じゃすまない。」
落ち着いてきた新一は舌打ちをして快斗から手を離す。
「・・・・お前、奴となにがあったんだ?命を狙われただけとは思えない。」 「なに?気になるの?」
ふざけるな!と新一は快斗を睨みつける。しかし快斗は笑うだけだ。
「・・・・・・・誘われたんだよ。仲間になるか?ってね。断ったけど。」 「誘われたって・・・・・」 「まあ一回きりだけど。・・・・・・・似てるんだって、俺と彼は。」 「どういう意味だ?」
怪訝そうな顔をしている新一を振り向いて快斗は冷たく笑う。
「・・・・・いつキレてもおかしくないってことさ。」
くすくすと笑う快斗に新一はなにも言えなくなる。 背筋を冷たいものが走った気がした。
やっぱりこいつはどこかが違う・・・・抱えているものも・・・・ 改めて認識できた気がする。
「ああ、でも今の彼は・・・・」 「だ、誰か!!奥様が!!」
快斗の声を遮るかのように屋敷の中から叫び声が聞こえてきた。新一はすぐに屋敷に向かって走り出す。
「今の彼は、死に場所を求めているかのように見えたんだよ・・・・・」
快斗は、だれも聞いてはいないなかで呟いた。
「目暮警部!なにがあったんですか!?」 「工藤君!どうも奥さんの部屋かららしい。まさかとは思うが・・・・」
今度は奥さんが・・・・?くそっ!
優人の誘導で部屋へと到着し、扉を開いた新一たちはその光景を見て息を呑んだ。そこには血まみれの母親を抱いて冷たく微笑む優人そっくりな男が窓辺に座っていた。母親は幸せそうな顔をしており、すでに息絶えているようだ。
「あ、明人・・・・!なんで・・・・」 「理由なんてないさ。久しぶりに戻ってきてみて殺したくなったから殺しただけだ・・・」 「なんということを・・・・」 「狂ってる・・・」
目暮たちは母親の死体を抱きながら艶やかに微笑む明人の姿に顔をしかめた。
明人は抱いていた母親をその場へと投げて転がしゆっくりと歩き出す。優人のほうへ向かって。
新一も目暮たちも駆け寄ろうとするがふと向けられた明人の瞳に動けなくなる。どこまでも暗く、無機質な瞳。動けなかったのは優人も同じで。明人は優人のあごを掴み上を向けさせ、顔を近づけてささやいた。
「ああ、それよりも、お前の絶望に染まった顔が見たかったのかもしれないな・・・・ 誰よりも愛しく、誰よりも憎い、俺の半身・・・・」 「あ・・きと・・・・」 「俺を止めたかったら、俺を殺しな・・・・じゃないとお前の周りの人間がまた消えてくぜ・・?」
くすくす笑って明人は優人から離れ、新一を振り向いた。
「お前はあいつの半身か・・?」
あいつ、がなにを示すのか新一はわかったが、なにも言わずに明人を睨みつけた。
「クク・・まああいつがこうならないことを祈るんだな・・・」 「・・・・俺が、させるかよ」
新一がはじめて言葉を発する。睨みつける瞳はそのままで。明人はのどで笑い開けられたままの窓から出ていった。我に帰ったように警察が後を追っていく。
「工藤君、今のは・・・・」 「・・・・・なんでもありませんよ・・・・」
腑に落ちない顔をしたが、これ以上聞いてはいけないような気がして、目暮もあとに続いていった。 新一は、その場に崩れ落ちてしまった優人を見つめていた。
To Be Continued・・・・・ 01/12/27 キッドを守ると決めた新ちゃんの心情 とか、 快斗はいったい新一に何を話そうとしているのか、 すごく気になりますね。次回最終回をひたすら待ちます(^^)
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