勝てなかった。

そして、もはや天には彼らの居場所がなくなった。

この巨大な竜、年を経た蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれるもの、

全人類を惑わす者は、投げ落とされた。

地上に投げ落とされたのである。その使いたちも、もろとも投げ落とされた

 

 

―― ヨハネの黙示録 ――

 


LOST ANGEL

〜V〜


 

 

 

 

―― 逃げられたか・・・・・まあいい。次こそは頼むぞ、”ルシファー”。

―― それまで俺の気が変わらなければな。

 

黒ずくめの男がその場を立ち去っても、ルシファーと呼ばれた男はしばらくその場を動かず、ふとキッドが身を潜めているほうを見て笑って言った。

 

―― まだまだ俺を楽しませろよ?怪盗キッド。

 

「じゃあその男はお前が隠れていたのに気づいてたのか?」

「そうらしいな。しかもおやさしいことにわざとはずしてくれたらしい。」

 

おかげさまで命拾いさせていただきましたよ。

 

平然と言う快斗に新一は眉をひそめる。

 

「お前・・・・いつもそんな目にあってるのか?」

「ん〜、いつもじゃないけどしょっちゅうかな?」

「・・・・・・・」

 

いつもポーカーフェイスでまわりに感情を読ませないキッド。

こいつはたった一人で戦っているのか・・・・?

 

なんでもないことのように言う快斗に新一は何も言えなくなり、ふと視線をそらした。その表情はどこか辛そうで、快斗の方が驚いた。

 

「おいおい。別に名探偵がそんな顔しなくてもいいんだぜ?それに、名探偵だって同じようなもんだろ?」

 

苦笑いしながら言った。それでも新一の表情は変わらなかった。

こいつはあの幼馴染になにも話してはいないのだろうか。

会ってから少ししか経っていないが、快斗が青子を大切にしていることが伝わってきた。大事な人にひたすら隠し続ける。それが自分に重なった。

だが、自分には少なくとも事情を理解し協力してくれる者たちがいる。

だが、こいつには・・・・・?

快斗には新一がなにを考えているのかわかった。だから、小さく微笑んだ。

普段は犯人を迷うことなく指し示す。例えそれが誰であろうとも。だが本当は、

心やさしき名探偵。辛くないはずはない。

 

「まあ、俺のことは良いとして、さっきのルシファーのことだけど。」

「あ、ああ。そういえば、お前を狙ってるやつらって・・・・」

「大きな組織みたいだな。やつらが話しているのを聞いたときに、一度酒の名前を持つやつがいたな。」

「!・・・・やはり、黒の組織か・・・・?」

「黒の組織ねぇ・・・・名探偵はそう呼んでるんだ。」

 

新一は、先ほどとは打って変わって訝しげに快斗を見つめた。

 

「お前、どこまで知ってるんだ?それになぜお前がやつらに狙われる?」

 

あの鋭い光を宿した瞳で自分を見る新一に快斗はだが、平然としていた。

 

「それはまだ言えないな。まあ、名探偵の答え次第だけど。」

「おれの?」

「ま、それは後でということで、また話を戻すぜ?俺が一度見たルシファーと呼ばれる男、あの里見優人にそっくりだったぜ?」

「なに!?じゃあ、やはり”ルシファー”は・・・・・」

「里見優人の双子の兄、里見明人、だろ?そしておそらく今回の事件も。」

 

にっと笑う快斗の顔を新一は思わず凝視してしまう。相変わらず、どこから情報を仕入れているのか。聞いたところで答えないのは目に見えている。

 

「じゃあ、里見明人は組織の?」

「いや、それはないだろう。”気が変わらなければ”と言っていた。たぶん一時的に雇われていたんだろうさ。」

「優人さんに話を聞いた方が良いな。なぜ里見明人がこの家を出たのか、とか。」

「”ルシファー”がなぜ神に反旗を翻したのか知ってるか?」

「え?」

 

快斗の突然の質問に新一は一瞬何のことか理解できなかった。だが、それがさっき優人とも話した堕天使ルシファーのことだとわかった。

 

「確か、もともと最高位にいたルシフェルが、自分が神を追い越せるのでは考えた驕りのせい、じゃなかったか?」

「それもあるけどね。もう1つ解釈がある。」

 

快斗は新一に顔を近づけた。

 

「嫉妬、さ。」

 

新一は口元に笑みを浮かべて自分を見る快斗を見つめた。

 

「・・・・お前が今回ここに来た本当の理由は、”ルシファー”が来るからなのか?」

 

言外にそうじゃないだろ?と言っている新一に快斗は笑みを深くする。

 

「そのこともあるけど一番じゃない。俺が用があるのは名探偵だったからね。」

 

快斗は新一の手を掴み、自分の口元へと引き寄せた。新一は抵抗するでもなく、ただじっと眺めている。

 

「今回のことが終わったら、話したいことがある。聞く聞かないは名探偵の勝手だけど。」

 

どうする?と快斗が目で尋ねる。新一は小さくため息をつく。

 

「・・・・わかったよ。」

 

その答えににっこり笑い、快斗は手の甲に口付けた。

 


 

「兄は、とても頭がよくなんでも器用にこなす、本当に父と母の自慢でした。」

 

屋敷に戻った新一と快斗も一緒に優人の話を聞く。優人は最初、戸惑っていたが、やがて少しずつ話しはじめる。

 

「私はどんなにがんばっても兄に追いつくことができなかった。双子であるのに。だから両親も一番にかわいがった。誰もがこの里見家を兄が盛りたてていくものだと信じて疑わなかった。」

「そのことで君はご両親を恨んだことはなかったのかね?」

 

優人と向かい合うように座っている目暮が尋ねる。その後ろには高木と佐藤が立っており、新一と快斗は少しはなれたところで見ていた。

 

「そりゃあ相手にしてくれない両親を恨めしく思ったことはありますよ。しかしそれは、兄弟がいる人なら、誰だって体験することでしょう?」

「まあ確かにそうだが・・・」

「それに私はどんなに比べられようと、兄を恨んだことはなかった。兄は常に私を助けてくれたから。何があっても。そんな兄が大好きでした。」

 

優人はかすかに震える手を組んだ。

 

「しかし同時に兄がなにを考えているのか私には理解できなかった。あの日も、兄が出ていったあの日も、突然私の部屋にきたかと思うと別れを言って出て行ったきり戻ることはありませんでした。」

「う〜む、それがなぜ今になって・・・」

「言ったでしょう?兄が考えていることは私にはわかりません。」

 

新一がそっとその場を抜け出した。快斗もあとに続く。

 

「キリがないな。話を聞いても、里見明人が父親を殺す理由が見つからない。」

 

明人は両親に一番にかわいがられていた。その兄に隠れてほとんど相手にされてなかった優人が父を恨む、というならばまだ理解ができる。が、優人は犯行が会ったときには自分たちと一緒にいた。それに、キッドが見たという優人にそっくりだったという”ルシファー”のこともある。

快斗は考え込んでいる新一を無言で見詰めていた。

 

「・・・・・・理由なんてないんじゃないかな?」

「?どういうことだ。」

「別に、そのままだよ。俺、ちょっと青子たちのところに行ってくるから、名探偵は警部さんたちと一緒にいろよ?」

 

そういい残して快斗はその場を立ち去った。その背を新一は黙って見つめる。

 

「いいかげん、出てきたらどうです?」

 

快斗が向かった場所は青子たちがいる部屋ではなく、あの”Heaven's Garden”だった。その庭に話し掛ける。すると、そこから笑い声が聞こえてきた。

 

「やっぱり気づいていたか。まさかこんな子供だとはね。」

 

ひときわ高い木の陰から男が現れた。髪も目も色素が薄く、その顔は優人そっくりである。

 

「久しぶりですね、”LOST ANGEL”」

「その呼び方をするのはお前だけだったな、キッド。」

 

男は楽しそうに笑う。その瞳は暗く濁っているように思えた。

 

「一応お聞きますよ。一度”楽園”を捨てた貴方が再び戻ってきたのは何のためです?」

 

その質問にも男は楽しそうに笑った。そして快斗に背を向け庭の方へ歩きだす。

 

「”神”への反乱さ・・・」

 

 

To Be Continued・・・・

01/12/18

 

 

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