「回春病室」では、自分が自費で預けていた患者さんの子供もいたのに、また、夫婦生活が重要だと考えて光田健輔が そういうことになったのか、sex
segregationを唱えた宣教師がおられます。と思います。その後の変節の歴史が重要でしょう。A study of history を著したArnold
Toynbee
は歴史は繰り返さないと 述べました。人々は歴史から学ぶからだというのですが、私にはちょっと疑問があります。必ずしも人々は歴史から学ばないからです。
話は変わるようですが、「峠の我が家」というアメリカ民謡があります。(厭な人間だなあ、今夜の自分は)原題は「Home
on the Range」。
英語の歌詞はこう始まります。
♪ Oh, give me a home where the
buffalo roam, Where the deer and the antelope
play,
が、日本語の訳詞は様々で、例えばこうです。
久野
静夫訳詞 ♪ 空青く 山は緑 谷間には花咲き
龍田和夫訳詞
♪ 空は青く 緑の野辺(のべ) なつかしの わが窓
岩谷時子訳詞
♪ あの山を いつか越えて 帰ろうよ わが家へ
どうでしょうこれは・・・?buffaloはどこへ逃げていったのか?鹿は?羚羊は?
私の育った家の前の道路は、牛や馬の糞が、だから出来立てのが、ゴロゴロしていました。私にとってのふるさとは、だからやはり「Oh,
give me a home where the buffalo
roam」なのです。親友と戯れていて、べったりした馬糞を投げたら、首筋に命中して襟首から流れ込んで、泣き出してしまって、お母さんが怒鳴り込んで見えました。別の子の場合は、パチンコで絶対に当たらない筈が、小石が額に命中して、血が出て、母と謝りに行ったり、そんなことが多かったのです。
熊本のハンナ・リデルに関して Lady Julia Boyd
がいい本を書かれてから10年以上経ちます。小生は少々加勢したので、たまたま昨年英国にいったので、会いたいと連絡しました。丁度ご主人が大学を辞めたり、大英博物館のチェアマンを辞められた時期にあたり、住居などの関係で会えず、その代わり携帯で何回か電話しました。
その時に判ったのですが、いい本を書かれていました。世界最初の女医の本です。
Lady
Julia Boydは 相変わらずご活発ですね。ドライバーは女史の方が多く、ドライブ中ではご主人がでられて恐縮しました。(Sir Boyd
ケンブリッヂのどこかの学長、大英博物館のチェアマン、10年以上前の駐日英国大使)朝出勤前に女史に電話して比較的長く携帯で電話できました。もう、住居がきまり、会えるとは思いますが。
宮坂道夫先生のことも・・・。
時間がゆるすなら、目を通して下されば・・・と、思います。
医療倫理学の立場からハンセン病問題を研究する宮坂道夫・新潟大助教授。じっくり読ませていただきました。 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月 4日(金)19時33分8秒 引用
宮坂先生の論考読ませていただきました・・・。
多くの 提起 を、投じて下さっています。この論考からの 学び が、一市民である我々には必要なものと、考えされました。
その前に、私がこの「胎児標本問題 」についての、主観的想いの変遷?(もしかして、当初の想いは変わっていないのかも???)について、以下に張り付けさて頂きますので、 志村さんとの問答 と、まではいきませんが・・・、この「胎児標本問題」と「藤本事件」の表面化、「公表するということの重み、重要性」を、今一度、その本質に迫ることが出来ればと・・・。
ここに、私の大好きな人物の言葉を引用させて頂きます。志村康さんの恩師といっても過言ではないものと自負しております!!
「・・・もとより、素人の私などに何かできるなどと思っているわけでなく、それはくらがりにじっとしておれず手探りするようなものに過ぎない。だが、何か真実をさぐりだす端緒になるものでもつかみ出せないものかといったのぞみは捨てきれないのだ」
増 重文 愛憎の村―藤本事件― より抜粋。
1963年「菊池野」(菊池恵風園自治会機関誌9月号)・・・「壁をたたく音が聞こえる」 ―ハンセン病患者冤罪処刑藤本事件に再審・無罪を― 内より。
★以下の書き込み貼り付けは、時間のゆるす方・・・、是非!ご覧(一読)に、なってください!!
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傲慢、自惚れ の域は所詮脱皮できないのかも・・・、しれませんが。あえて・・・。 投稿者:夕焼け 投稿日: 8月 4日(金)19時27分46秒 引用
Re: 志村康さんとキャッチボール 23 ( No.21 )
日時: 2005/11/30 21:08
名前: 夕焼け
戯言です、そのつもりでお聞きください!
たった今、「ハンセン病市民学会」のHP内の[2006年度 総会 ・交流集会]の中身を読ませて頂いていたのですが・・・。
>13日のシンポジウムのテーマについて、事務局としては、「強制断種・強制堕胎・新生児殺・胎児標本作製の真相」を提案いたします。
このシンポのテーマを読んだ時、血圧が上がるというか!?何かしら頭に血が上るような・・・、嘉子母さんの辛そうな顔が思い出され、身体に異変を感じてしまいました。私の取り越し苦労であれば!?と、感じた次第です。
事務局の、このテーマでやらなければならない!大きな伏線があってのことだ!と、推察は?されるのですが・・・、シンポジュウムとして語り合う題材としては、些か首を傾げたくなったという訳です。
嘉子母さん!操さん!そして、志村さん・・・、このおぞましいと思われる殺人行為を実体験されてきた方々は、果たしてこのシンポに進んで参加できるのであろうか?そのことがよぎってしまいました。
年に一度の大きなシンポで、ハンセン病被差別化問題からの更なる人権文化を構築していく為には、この題材がどうしても必要だったのでしょうか!?・・・、配慮 と、いう言葉がよぎってしまいました。
私だけの取り越し苦労なら、事務局の方々にお詫び・・・謝罪いたす覚悟で、あえて書き込みをさせて頂きました!!
日時: 2005/11/30 22:57
名前: 志村 康 <kiss-yo@aioros.ocn.ne.jp>
夕焼さん
断種・堕胎・その上に大学病院に対してハンセン病の病理解剖と称して生検体を提供し大学病院との連携を図るなど、医療の名の下に様々な実験医療が行はれていた事実、医が患者のためにではなく、医のための医療行為がそこから見えたのも事実です。
二度と繰り返されない為にも発表し、活字として残す必要があるように思います。そうしないと、やがて胎児標本が消え隔離政策が奏功し、ハンセン病が制圧されたと美化されて光田の高笑いが聞こえてくるように思われるのですが・・・
Re: 志村康さんとキャッチボール 24 ( No.83 )
日時: 2006/06/15 07:02
名前: 夕焼け
志村さん、横暴な意見だと聞き流してください!
厚労省の統括責任者はその代表として、「謝罪」をしてくださいました。
しかし、
『謝罪はすれど、検視はせず』 との方針を打ち出し、丁重なる供養を実施するよう指示したと言う事が、報道で全国に流されておりました。
私はこの胎児標本問題を 世間に問う という姿勢を打ち出した時より、「変死体」という捉え方として、刑事訴訟法に則った過去の不作為が、今の世の中・・・、社会に大きな提起としての 課題 となるべき!と、軌道修正しこれまでの考え方を改めておりました。
今回の、「お詫び」を受け入れてしまいそうな風潮には、些か疑問を持ち合わせた朝となっています。
当初、胎児標本にかかわる遺族の心情を考えれば、公にする前に十分すぎるほどの多種多様な方々による論議が成され、「胎児標本問題」がなぜ?起きたのか!! が、現社会に大きな提起として問われ、市民の課題としての「問題提起」と成る筈!!が、私のこの問題を表面化することの 意義 で有りました!
刑事訴訟法に基づいた方針が川崎厚生労働大臣の口から聞かれなかった事に、「これで良いのか?」が、頭の中を駆け巡っております!
日時: 2006/06/15 21:21
名前: 志村 康
厚労大臣が確かに謝罪をし再発について触れましたが、法を運用するものを、ハイそうでございますかと信用は出来ません。
恵楓園は以下の態度です、始めの処分昭和35年園内火葬場の最後に償却、その年月日第2回解剖室解体時の焼却年月日、第3回昭和63年までは園長室隣の解剖標本と胎児標本の焼却年月日及び処分標本の数量を納得できる証拠を提示すること。
親が判明した分については早く当事者への告示及び火葬葬儀の方法等協議し謝罪すること。特定できない分についてはDNA鑑定保存すること、カルテ及び業務日誌等は永久保存し啓発及び再発防止の学術的資料として保管すること、各園で大正4年以降昭和23年優生保護法成立前の非合法手術件数を明らかにすること、また優生保護法による
手術は県に対し届け出の義務があり、全容を明らかにした後に胎児標本を火葬に付すこと、新生児標本及び埋葬許可が必要な4月以降については殺人罪が成立する可能性があるが、刑事裁判を起こせば当然支援することになります、胎児問題が取り上げられ老人性欝等が悪化したと言うことも聞いており、慎重にならざるを得ない事もあります。
日時: 2006/06/16 03:36
名前: 夕焼け
Re: 志村康さんとキャッチボール 23 ( No.23 )からの抜粋です!
>医療の名の下に様々な実験医療が行はれていた事実、医が患者のためにではなく、医のための医療行為がそこから見えたのも事実です。<
>ハンセン病が制圧されたと美化されて光田の高笑いが聞こえてくるように思われるのですが・・・<
上記は、私の 「Re: 志村康さんとキャッチボール 23 ( No.21 )」に対する志村さんからのお言葉です。
この時点をきっかけに、私の胎児標本問題を表面化(社会・市民に問うことの意義を見つめていくということ)することとは?を、“己に問う”ていたように思います。
ただの一市民でも、胎児標本問題は他人事ではない!と、いう意識が芽生えたのもこの時期ですし・・・、
ただ菊池先生の仰る『惻隠の情』があるのか?ないのか?については自己判断できずにいます。
しかし、先生が厚労省に対しての『惻隠の情』を投げ掛けているとするならば私は断固「その必要があるのか?」と、逆に問うてみたい思いです。
私の一義的な見方なのかもしれませんが、昨年度よりのこの胎児標本問題に対する国側の、17年度内に全ての遺体を供養というなのもとで「処分」するとしか思えない打診には、疑念を持ち合わせておりました!
しかも、検証会議最終報告書要約版の
提言1 厚労省は関係当局に検視の申し出か異状死体の届出をするよう意見を述べるべきである。
に対し、厚労省は早くから「検視の申し出などは『事件として立件できる見込みがない』と判断して行わない」と、幕引きを示唆していたように思えます。
この点も、どうして国側の意向を知りつつその対応が出来なかったのだろうか?が、圧し掛かってきています。「事件としての立件」という問いを、素人の域は出ないまでも、考えていきたい思いです!
日時: 2006/06/16 04:48
名前: 夕焼け
800字をオーバーしてしまいました。読みづらいでしょうが、2つに分けました!
>>続きです。
菊池先生! 一市民は知らないことが多く有ります。ある意味、先生のお蔭で、私自身は知識を修練するチャンスに恵まれているようです。
それから、先生のお言葉で、被害者・・・、「当事者」という言葉でなく「被害者」という捉え方が私と共通していたことを、嬉しく思っております。
先生!この「ハンセン病被差別化問題」の解決は、何を持って 解決した と、言うのでしょうね!
私は、この胎児標本問題はもとより、この「ハンセン病被差別化問題」の『被差別化』の論点に、○本松夫さん、『F事件』を据えております。しかし、この事件を未だ『F事件』、本名が公に出来ない!などの諸事象を鑑みた時、「世間の問題である!」と、いう捉え方が出来ないでいる我々市民の資質如何である!というところまでは察しているつもりです。世間の理解、社会の理解があれば、「F事件」にする必要も無いのでは?と考えるからです!
どうも「草の根的な啓発活動しかないでしょう?」と、言う多くの有識者の言葉には 疑問 を感じている自分がいます
「悪いことは悪い!」「いけないことはいけない!」と、言えない社会風土に些か 教育システムの疲弊 なるものを感じていますし、個の尊重と共に、社会で活かされている事の尊重も今以上に、投げ掛けるべきではないか?と、思っているからです!
日時: 2006/06/16 17:21
名前: 菊池 一郎 <GAH03306@nifty.ne.jp>
夕焼け様
惻隠の情はもちろん、被害者に対してですよ。厚生労働省に対してでは ありませんよ。
ということで、私はどうも、自治会から怒られそうなことを書いています。
PTSDを調べていただき感謝します。なお私の意見は 「わかれのやまい」(菊池野)に書いています。手元にないので、何号か忘れました。