2  公害等調整委員会の係属事件に

   工場側との個人交渉は絶望的となり、工場開設から半年程経った2009年9月、公害等調整委員会(公調委)に問い合わせました。市役所環境課から「裁定」のパンフレットを渡されていたからです。また,公調委サイトの案内では「裁判よりも公害紛争には手厚く有利である」と強調され、心を動かされていました。公調委に初めて電話をすると、事務局員がとても誠実な印象で、丁寧に話を聞いてくれました。「騒音(低周波音)が基準値以下であっても、きちんと審理しますから、まだ諦めなくてもよいのですよ」との言葉に、一時的にでも救われたような気持ちになりました。裁判は経験もありませんし、裁判に抵抗を感じた私にとって、公調委はとても信頼出来る存在で、容易に足を踏み入れられる「庶民の味方」のような印象を持ちました。
                    
 2009年11月18日、公調委に申請を受理され、私は夫と共に「工場騒音被害責任裁定申請事件」の申請人となりました。被申請人は工場経営者、地主、不動産業者の三者としました。
 以前から市役所環境課に低周波音測定(*)を求めていましたが、粘り強い交渉の成果が漸くあって、12月15日に県の担当課により実施されました。測定期日は、事前に工場側に予告されており(*)、工場側は加害音源にサイレンサーを取り付け、騒音数値を更に少し下げましたが低周波音は当方宅二階では参照値付近を示しました。

                <和解勧告後、職権調停へ移行>

 そして当方の事件は審理がなされ、最終段階で「和解勧告」(*)が出されることになり、裁定委員長は、被申請人である工場経営者に向かって「この問題をきちんと解決してから仕事をして下さい」と諭すように告げました。そして「職権調停」へと移行し、加害音源移設を前提に担当審査官が工場側との交渉に入りました。この交渉は裁判の和解交渉とは異なり、審査官と被申請人(工場側弁護士)の2者間で行われ、当方側は要望書を提出しただけです。公調委が中立であるのなら、申請人側も交渉に参加すべきではないかと、この点を非常に疑問に思います。

 そして2者間で行われた交渉で、「加害音源の移設」は「移設費用が高額」で不可能であると工場側は主張し、「工場の壁に12ミリの厚さの石膏ボードを貼り付ける」という回答しか審査官は引き出せませんでした。また、裁定委員長は石膏ボードで低周波音被害が解消出来るという科学的根拠(音響専門の調査会社に依頼する)を示すように要請していましたが、工場側は「調査費用が高額」であることを理由に、最後まで示すことはありませんでした。公調委は公害の専門家がおり、石膏ボードが役に立たないことは承知であったがゆえに、科学的根拠を求めていたはずです。                  
 にもかかわらず、審査官は「加害音源移設ついて説得を試みたが、相手方は大変に頑なだった。でも、”責任裁定は全くだめ”なので、12ミリの石膏ボードの案を受け入れて欲しい」と言いました。「責任裁定が全くだめ」という文言を何度か審査官は口にしました。当方は、その文言が何を表しているのか気付かず、責任裁定での「損害賠償額は無きに等しい」くらいにしか捉えていませんでした。審査官は、「低周波音事件の扱いに関する暗黙のルール」を当然知る立場にあります。しかもそれは口にはできないので、遠回しにでも言って気付かせ、「棄却されないように」何とか「調停」を成立させようとしたのでしょう。それは、内容は粗末で実質が伴わなくても、調停成立は”公調委の実績”としてカウントされるからだと思います。低周波音事件では、和解勧告すら出ない事件が多く、和解勧告が出ても調停が成立しなければ、必ず棄却されます。すなわち低周波音事件は基本的に棄却と決まっていると言わざるをえません。






*補足1
対住民では民民不介入で計測なされないことが多いが、対事業者であっても、測定はなかなか実施されず、長期の交渉が必要であった。

*補足2
予告すると、稼働率を下げたり、音源工作により、実際の被害の把握ができなくなる。中には、稼働停止する場合もあり、まったく低周波音がないと判断されてしまうこともあるようだ。相手方には予告なしに行われるべき。

*補足3
和解勧告がなされるのは稀。和解勧告されずに棄却される事件が多数















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