滑る刃に舞うおぼろ
「おぼろ昆布」と「とろろ昆布」。混同されがちだが、味わいも製法もまるで違う。
酢水で柔らかくした昆布をピンと張り、昆布職人が包丁で透けて見えるほど薄く削ったのが「おぼろ」。「とろろ」は昆布を厚さ数十センチのブロック状に重ね、機械で削ったもの。おぼろは人の手でなければ作れない。大阪と北陸でしか作られておらず、大阪に1OO人以上いた職人も、今は20人を切った。
田中久嗣さん(32)がベテラン昆布職人である浅卯商店(大阪府堺市)の吉田一司さん(64)のもとで修業を始めたのは5年前。 勤め先の天満大阪昆布(大阪市北区)の喜田條清光社長(48)が「おぼろ昆布をなくすわけにはいかない」と、田中さんの忍耐強さに目を付けて白羽の矢を立てたのだ。おぼろ昆布を削ること自体は比較的簡単。本当に難しいのは「あきたを引く」と呼ばれる、独特の包丁の刃先を曲げて仕上げる技だ。
砥石で研いだ刃先に別の刃を当て、息を止め刃と刃をゆっくり合わす。目ではわからない微妙な曲げ具合だ。 あきたの引き具合は昆布の質、その日の天候や職人の体調によっても変わる。体で覚えていくしかない。田中さんも修業中、砥石を平らに磨く「面台わせ」から始め、毎日、黙々と昆布を削った。
あきたの引き具合と昆布、腕の動きが合うと、「ピッ、ピッ」というような乾いた高音になる。 初めて聞く人には背筋がゾクッとするような音だが、「この音が気持ちいいんですわ」と田中さん。 百貨店などで実演する機会も多い田中さんの活躍は、職人技を受け継ぐだけでなく、 若者にアピールし消費の拡大にもつながる、と他業者からの期待も大きい。 田中さんは「一生修業ですわ」と照れくさそうにほほ笑んだ。

毎日新聞 1999年11月20日(土)

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