【特論】 ハンドラップの世界観



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 ハンドラップ技法の特質について



(ラップ技法について)

 「ハンドラップの技術・技能」というものは人間の手による加工技法ですから、「人間の手による」という側面が全面的に実現されるものです。
 ハンドラップ技法の究極の到達目標というものは「ブロックゲージ並みの平面度・面粗度の実現」という点にありました。ブロックゲージの製作にはブロックゲージ・ラップ盤というものでなされるのでしたが、機械力で加工可能なものであれば、人間の手動作によって同様な代替的な製作が可能であるだろうという確信的な見通しがあったわけです。

 一般的にはハサミゲージの製作には鋳物製ラップ工具+#3000WA砥粒+ラップ油の組み合わせでなされてきており、また、この組み合わせで実務的には充分な精度条件を充足させるものであるのですが、しかしここからもう一歩踏み込んでのいっそう微細な面粗度をどう実現するかをめぐってさまざまに試みられたのでした。
 誰でも考えつくことですが、アルカンサス砥石をラップ工具として砥石ラップの技法を適用するという試みがなされました。しかしながら、焼き入れしたSK工具鋼の表面ラップの試みに於いては、アルカンサス砥石の研磨力は柔弱に過ぎて、ほとんど結果を実現できないものでした。そこで、アルカンサス砥石の研磨力を補充するという意味で研磨砥粒をいろいろと工夫して組み合わせるという方法が試みられました。
 アルカンサス砥石をラップ工具とするという方法は、ダイヤモンド砥粒をラップ砥粒として採用するということによって一定の水準を実現できることになりましたが、残念なことは、アルカンサス砥石表面でのダイヤモンド砥粒のグリップ力が弱く、ラップ能力を持続させることが困難で、非常に効率の悪いことになります。その反省に立って、アルカンサス砥石に代えて人白砥石をラップ工具とすればいいだろうとなって、ここで、人白砥石製ラップ工具+ダイヤモンド砥粒+ラップ油の組み合わせによる遊離砥粒ラップ/湿式の技法が最終到達点に至ったわけでした。
 但し、遊離砥粒ラップ/湿式の技法では、スクラッチの発生が完全には抑止できない、ラップ痕の完全な消除が難しい、ラップ工具表面とワーク表面との間にラップ油膜が介在するため完全な「寸法決め」が難しい・・・といったさまざまな問題点が顕現してきます。この解決の方途として、固定砥粒ラップ/乾式の技法に突き進んだのでした。

 固定砥粒ラップ/乾式というと仰々しいですが、いわゆる「砥石ラップ」のことです。
 「砥石ラップ」の技法の歴史は古くからありました。
 通常、ハサミゲージの測定面の仕立て上げは鋳物製ラップ工具+WA砥粒+ラップ油の組み合わせでなされ、そのラップ面は「特有の艶」が生じるため、ラップ仕上げを行っているかどうかはその仕上げ面を目視すれば簡単に判別されるものです。しかしながら、ラップ作業でゲージ測定面を仕立て上げることは、作業量が多く神経も使うために、砥石仕上げでやってしまうということがなされることが稀ではありませんでした。本来ならば、砥石仕立てで一定の寸法値を確保し、然る後にラップ仕上げとして、砥石の粗い研磨痕を消除し寸法精度をきちんと実現するということが求められるのですが、砥石仕立て面の粗いままで寸法さえ出ていれば良いということです(表面粗さに具合によっては、寸法精度が足りていないということになります)。
 焼き入れしたSK工具鋼に対しての「砥石ラップ」を考える場合、WA砥石を使うという時代が長く続きましたが、WA砥石の場合、砥石面が崩れやすく、ワークに対して平面度を充分に実現していくことが難しい、砥石面の面の崩れを恐れて硬度の高い砥石を採用しても、直ぐに目詰まりを惹起するために加工効率が悪い、ラップ工具としての面精度が確保し難いといった「泣き所」があるため、WA砥石による「砥石ラップ」で最終仕上げを完成させるということはかえって難しいことになります。
 このような状況を経て、現在ではcBN砥石が一般的に購入可能な時代になっていますから、cBN砥石による「砥石ラップ」ということが再評価されて然るべき時代に至っていると考えるわけですが、なかなかそういう風には実務は動いては行きません。
 これは、cBN砥石の研磨力に対して、焼き入れしたSK工具鋼表面というのは「軟らかい」ものであって、従って、直ぐに「目詰まり」を惹起して、ラップ作業の効率を著しく阻害するという、固定砥粒ラップ/乾式の技法における「泣き所」になっています。であれば、遊離砥粒ラップ/湿式の技法から離れて固定砥粒ラップ/乾式の技法へ転換すべき積極的な理由はなくなります。

 機械ラップの世界では、遊離砥粒ラップ/湿式の方式が圧倒的な主流であるらしく、固定砥粒ラップ/乾式の方式は例外的なことになっているようなのですが、その主たる理由はこの「目詰まり」問題にあると見て良いようです。
 他方、ハンドラップの世界では、固定砥粒ラップ/乾式の技法における「目詰まり」問題は、ほとんど問題として問題にはならないと断言できるわけですから、加工技術として機械力か人力かの違いの何かしらの本質的なことが反映されていると見るべきではないかと思います。

 
(ハンドラップのラップ力について) 

 ハンドラップ技法というのは、ワークの材料物性に対応しての適宜なラップ加工方法として選択されるべきものであるから、どの方法・手段が正しいかとか優れているかとかが断じられるものでないことはいうまでもない。
 ただ、ラップ力が大きいほど作業は容易になるから、選択された方法・手段に於いて、最もラップ力が大きく発揮される諸条件とはどういうことかは普段に顧みられるべきことである。

 ハンドラップのラップ力とは、ラップ工具を動作させる手の動作が円運動の軌跡を描くことから、ワーク表面に対して、凸Rに切り込んでいくものであって、ワーク表面の側から言えば、凹R面に加工されるという原理型が考えられる。
 つまり、手(肩、腕、手、指)の動作が凸R運動の軌跡を描くから、その凸Rの奇跡を反映するようなラップ工具表面が凸Rに成型されていなければならず、そのことによって、ワーク表面は凹R面に加工されようとする。
 他方、ラップ工具の具体的な動きやワークの保持力等が複合して、ラップ工具のラップ力はワーク表面を凸R面に加工するという要素が生じる。
 この凹R面に加工されようとするラップ力と、凸R面に加工されようとするラップ力とが合成されて、ワーク表面を平面に加工していくことになる。
 よくある「誤解」として、ハンドラップの場合は、ラップ工具は完全に進直な平面に成型されていなければならず、手のラップ動作はあくまでも水平・進直に動作させなければ平面への加工はできないと言う向きがあるのだが、それが仮に実現でき得る場合(文字通り「超絶技巧」であることは言うまでもない)、残念なことに、ワーク表面はどこまでも凸R面に仕立て上げられてしまう。
 機械ラップの場合は、ラップ盤が水平面の組み合わせで動作する所からの類推であるのだろうが、ハンドラップの場合は、機械ラップとは全く違った動作原理に基づくものである。機械ラップの場合は、ワーク表面を凹R面に仕立て上がるということは全く有り得ない不可能ごとなのだが、ハンドラップの場合は、ラップ力が十分に発揮されるべき条件の下では、ワーク表面が凹R面になるということは、特に意識しなくても普通のことである。

 ハンドラップのラップ加工の基本とは、ワーク表面の「丸み」を消除するという点にあって、ハサミゲージの場合、基準面に対して段差側の測定面の「高い所」(寸法値として小さい所)を選択的にラップ加工して、全体の平坦度(基準面に対しての平行度・平面度)を高めていくという作業になる。従って、ラップ工具が凸R動作を履践することによって、ラップすべき個所を選択的に(限定的に)ラップするというようにしないと、平面仕立ての技能を修得することは難しい。


(鏡面ラップということの意義)

 {鏡面」というのは、文字通りガラスの鏡の面のような状態、即ち、研磨(ラップ)痕が消除されているワーク加工面を指称する。一般的には金属表面について語られるのだが、その金属というものは、非鉄金属や鉄鋼材があり、鉄鋼材料についてはナマ材のものもあれば焼き入れ硬化処理がなされたものもあって、対象ワークについての多様性は認めないといけない。対象ワークの物性によって鏡面加工の技法は自ずと異ならざるを得ないものであるから、鏡面か加工法というものが一義的に規定でき得るというわけにはいかない。

 「鏡面」であると言えるためには、研磨(ラップ)痕の深さと幅が視覚の判別能力を超えている微細・微小な状態であるわけであるから、面粗度としてこれこれの数値以下を鏡面と定めましょうと言っても良さそうなものなのだが、実際にはそのような規定はなされてはいない。このことは、鏡面加工を求める必要というものがワークの「装飾性」に力点が置かれる事例が多いということであって、どうしても一定レベル以上の面粗度を必要とするエンジニアリング上の必要性に基づく場合というのは、かなり例外的なものであることが示唆されていると言える。

 ゲージ屋が言う「鏡面」というのは、ブロックゲージの測定面で実現されている平面度・面粗度のレベルが基準となる。機会で実現されているこの面性状が、マン・パワー(人手)によっても実現できるのではないかというのが発想の根元で、その実現のための技術・技能・道具立てが如何にあるべきかが関心事になってきていた。

 鏡面の作り込みについては、その「下地処理」としての研磨(ラップ)の痕跡を消除するという手順になることは直ちに予想できることなのだが、その場合、一つには、下地の凹凸の凸部分の先端を順次除却していくという方法と、二つには、最終的に仕立て上げられるべき面粗度が実現できるラップ方法で仕立て上げていくという方法と、この二つに分けられるようである。

 その「下地処理」としての研磨(ラップ)の痕跡を消除するという手順というのは、下地処理としての研磨(ラップ)の工程と、下地の凹凸の凸部分を順次消除していくという工程とが分けられるということで、いわゆる「ラップ工程」と「磨き(ポリッシュ)工程」との二分法である。通常、「磨き(ポリッシュ)工程」では、それによって更に深い加工痕をワーク表面に及ぼさないように幾分かは研磨(ラップ)効力が柔弱な手段を講じなければならないのだが、下地の凹凸の凹部分が全体として均一・均等にあるわけではないから、どうしても下地の粗い痕跡が残存してしまって鏡面にしきれないというに陥りがちである。
 それに対して、最終的に仕立て上げられるべき面粗度が実現できるラップ方法で仕立て上げていくという方法では、工程を二つに分けるということ、特に「磨き(ポリッシュ)工程」というものを設けるべき必要性は無いから、下地の凹凸を順次消除していけば必然的に「鏡面」が結果される。
 
 ハサミゲージ製作に於いて「鏡面ラップ技法」は必須の技法となるか否かは問われるべき疑問ではある。
 ゲージ測定面をできるだけ微細に仕立て上げることは、ゲージ材質の固有する耐摩耗性を最大限に引き出すべき技法であって、測定面の面品質の向上が図られる。
 また、ゲージの信奉・平面度・平行度をブロックゲージで検証しようとする場合、ブロックゲージ面との親和性が優れたものになるから、これらの検定が非常にクリアなものとなる。
 これらの事々が相俟って、ハサミゲージの信頼性が大きく向上するということは明らかなことだろう。

 なお、大方の印象に反して、「鏡面ラップ」技法に於いては、ラップ加工の加工力は大きなものでなければ鏡面の仕立て上げはできないことである。
 よく語られることとして、「鏡面に仕立て上げるためには、加工砥粒は小さく、その加工の加圧力は小さく」ということがあるのだが、それでは、ワーク表面の平面度が著しく劣化するのであって、ハサミゲージ製作の場合には通用し得ない話である。
 製作するハサミゲージの加工面が鏡面になるということは、ラップ工具表面の面性状トラップ技法が順当に死のうしているということを意味し、そうでなければ、いずれかの点で不適切な事象が生起しているということになるから、とりわけ道具類のメンテナンスに留意しなければならないことが明らかになる。
 こういうことから、鏡面ラップ技法ということは、ゲージ製作技法の維持・改善の指標になり得るのである。
 

(ハンドラップ技法の改善合理化)

 ハンドラップ技法というものの基本型は、「原初スタイル」として別に検討したことでもあるのだが(参照:[特論]技法展開論)、要するに、職人技の「精緻主義」とでも言うべきか、さまざまな改善・洗練の試みが重ねられることによって、今や「超絶技巧」となってしまって、その技能承継が著しく困難になってしまっている。
 さらに、機械化によって製作可能なものは内に取り込み、人手によるものはアウトソースするという営業流儀が行き渡ってしまうと、その時点で社内でハンドラップ技術・技能は途絶させられてしまう。
 あるいは、ハサミゲージの製作効率を上げるための「分業化」が進んだ結果、ハサミゲージの製作にあたる者が、その前段階である焼き入れが全く理解できていないという事態も珍しくはなくなっている。

 ハサミゲージ製作の場合、機械化は不可能であるから、何が合理化.効率化の対象となるかは、ハンドラップ技法に集中されることになる。この部分が簡易化できれば技能承継の問題は解決されるし、新しい時代への対応もいっそう容易となる。

 私らの使命と言えば、ハンドラップ技法というものは論理的に体系立ったものであって、その論理に従って修得されるべきものである。「超絶技巧」に走っても、得られるものはごくごく限られたものである。そういうことを丁寧に説明することによって、次の世代の奮起を期待したいわけナノである。


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