特論 ハンドラップ技法論


        遊離砥粒ラップ/湿式から固定砥粒ラップ/乾式への展開
                                                   



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 ハンドラップ技法の展開と関連諸問題



(細目次)

●ハンドラップ技法の原初スタイル

●遊離砥粒ラップ/湿式という技法

●ダイス鋼製ハサミゲージとその製法

●ハンドラップ技能体系の転換

●いわゆる「鏡面ラップ」について



●ハンドラップ技法の原初スタイル

 ハンドラップ技法は、当然のことながら、本邦でハサミゲージが本格的な製作が行われるようになるに従って、普及していった技法である。
 戦前・戦中にあっては、大阪陸軍造兵敞で組織的に技能者が養成され、民間事業体として郷原精機工業(株)が既に存在し、あるいは、日本各地の軍需工場に於いて雇用された、あるいは、徴用された技能者がゲージの製作に当たっていた。戦後は、もちろん、大阪造兵敞は廃絶され、各地の軍需工場はその生産を止め、そこにあった技能者たちはそれぞれ他職に転向するなり独立起業を試行するなりして、戦後の歴史が始まった。
 「挟範」という言葉は、「ハサミゲージ」の漢語表現であるのだが、「ワークにむようにして使用する寸法模」という意味であることは明らかなのだが、この名辞を含んだ社名が今に至るも保持されているゲージ・メーカーが存続しているのはゲージ製作の発展史を物語るものである。つまり、事業体としての発展の端緒はハサミゲージ製作がメインであって、そこを起点として(事業のルーツとして)、外径用のリングゲージや内径用の栓ゲージの製作に製作範囲が拡張されて行き今日に至っているわけで、それだけハサミゲージの需要が大きかったことを物語ると同時に、ゲージと名のつくものにすべて製作対応しようとするメーカーの貪欲な努力が傾注されてきたのであった。(ネジ・ゲージの製作史については、私は不知である。)
 ハサミゲージの製作の特質というものは、言うまでもなく、手仕事に依存しなければならず、その機械化は不可能とされている。いろいろな形でハサミゲージの製作を機械化しようとする試みがなされてきたのだが、ハサミゲージに求められる寸法精度その他の諸要件を機械力では実現できないことは原理的に明白なので、今後のことは容易に予測できないのだが、今しばらくは、ハサミゲージ製作は手作業に依らざるを得ない。

 この「手作業」というのは、ハンドラップ技法と指称される。

 この技法の「原初スタイル」というものは、作業台上に一定の高さに水平に木製のバーを固定して、ワークをそのバーにもたせかけて、左手でワークを保持し、右手でラップ工具を動作させてゲージ測定部を仕立て上げるというスタイルを採る(作業者が「右利きの場合)。
 右手のラップ工具の動作に応じて、ワークを保持する左手を操作するという作業になるので、左右両手の動作の複合態の結果として、ワーク表面上に平面度・平行度・面粗度を実現するという作業は、分かり易いものだけに初心者でも取り掛かりやすく、しかしながら、かなりな熟練を要する作業ではある。
 ハンドラップ愚方というのは、右手で実現されるべきラップ工具の加圧力がラップ作業の効率と実現品質を左右するのだが、右手の加圧力を左手のワークの保持力が充分に支えきれるかという問題なのだが、なかなか困難なことになる。

 この「原初スタイル」のまま現在に至っているかは疑問であって、当然のことながら、さまざまな改善努力が積み重ねられてきているはずなのだが、現在の各ゲージ・メーカーでのハサミゲージの製作スタイルについては、その具体的様相は分からない。
 ただ、現在の製作スタイルを窺わせる証左として、現行JIS(JIS B 7420 -1997)への改訂時での議論に於いて、@ハサミゲージの測定部の焼き入れ硬度条件をそれまでのHRc58をHRc60に改めたこと、A旧JISで規定されていたIT5級のハサミゲージを、新JISで規定しても実際の製作は著しく困難であろうから、規定してもあまり現実的な意味がないと判断されて、JIS規定から外されたこと、Bハサミゲージの製作公差が緩められた領域があること、がそれぞれ指摘されているのだが、これらの事々は、従前よりの原初スタイルでは、それによって実現できるレベルがおおよそ限界を持つものであるということが「公証」されたということになる。
 つまり、従前よりの「原初スタイル」であれば、遊離砥粒ラップという技法はかなりな困難さを伴わざるを得ないから、遊離砥粒ラップのラップ余地をできるだけ小さくなるように、それ以前の砥石仕立ての段階でできる限り精密・精確に仕立て上げ、ラップ仕立ては、その砥石目を消除するだけに留めるようにする、という技法にならざるを得ない。しかしながら、砥石目では要求される精度や平面品質に対して実現できるものは劣弱なものとならざるをえないから、砥石目を消除すると同時にゲージ測定面の品質を高めようとすれば、遊離砥粒ラップ余地というものが、ある場合には過大で仕立て上げに苦労させられ、またある場合には過小であって、砥石目の粗い研磨痕が残ってしまうという事態に結果しがちである。 従って、最終的に仕立て上がる寸法精度や測定面品質を事前に予測できないから、ゲージの製作公差の許容幅が厳格に過ぎるとうまく完成できなくなる。 

 従って、ハンドラップ技法というものは、特定の定められた寸法値と表面品質を直接に(事前に予定した通りに)実現できる技法でなければならず、そのためには、何よりも、焼き入れ硬化処理したゲージ素材に対するラップ作業の効果を高めなければならず、そのためには、ラップ作業での加圧力を充分なものとして行使されないといけないという結論に導かれる。「原初スタイル」では加圧力が決定的に足りない。


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●遊離砥粒ラップ/湿式という技法

 「遊離砥粒ラップ/湿式」という技法は、ラップ砥粒としてWA砥粒、ラップ工具として鋳物製、及びラップ油の組み合わせて成り立っている。 この場合、その有効射程範囲というものが経験的に確認できるのであるが、
 @WA砥粒が有効なのは、ラップ工具として鋳物製による場合、#3000〜#4000程度にとどまる。
A#6000〜#10000の砥粒を使用する場合GC砥粒を採用するのだが、その場合には、鋳物製ラップ 工具はラップ作業には不適であって、人白砥石を利用したラップ工具を採用する。B#10000〜#20000のラップの場合には、GC砥粒ではラップ力に不足するようになるから、ダイヤモンド砥粒を採用する。粒度としては、人白砥石製ラップ工具で、0.5μm〜1μm粒径、もしくは0.1μm粒径のものまで利用可能となる。

 以上の「区分け」は、対象ワークとして、HRc60の硬度に焼き入れ処理したSK工具鋼(SKS2,SKS3,SK3,SK4,SK5)を前提としている。

 従って、この遊離砥粒ラップ/湿式の技法を駆使すれば、鏡面ラップに至るまでの任意の面粗度を実現できるわけだから、ゲージ屋としては、遊離砥粒ラップ/湿式の技法を唯一のハサミゲージ製作の技法だという確信に至る。そんな「確信」を背後で支えたものは、固定砥粒ラップ/乾式の技法ではラップ工具面にラップ滓が容易に固着するために目詰まりを頻繁に生起させるため、ラップ作業の効率が非常に悪い、ほとんど実務にならないという経験則であった。

 一方、「鏡面ラップ」に対する問題意識とその試行は昔からなされてきていた。
 ブロックゲージの表面品質を、ハサミゲージの測定面に対してハンドラップ技法で実現するためにはどうしたらいいか?
 
 一つには、ラップ砥粒として、WAやGCよりも軟らかな砥粒を採用してみるという方向で、例えば、酸化クロムを採用するということが試みられるのだが、焼き入れワークに対しては、ラップ力はほとんど無い。
 二つには、ラップ工具としてアルカンサス砥石を使うという方向で、むしろ「鏡面加工」というとアルカンサス砥石という連関が半ば常識と化している風潮があったのだが、アルカンサス砥石の研磨力は焼き入れたSK工具鋼のワークに対してはその効果が発揮されがたい。そのために、アルカンサス砥石の研磨力を補充強化するために、ダイヤモンド砥粒を併用するということが試みられるのだが、ダイヤモンド砥粒の効力を発揮させるというためにはラップの加圧力がかなりのレベルで求められるところ、既述の「原初スタイル」では加圧力に不足するために、ワーク表面のラップ痕を綺麗に消除するということが困難になる。
 最後に指摘されなければならないのは「空ラップ」という技法である。
 「空ラップ」というのは、例えば、鋳物製ラップ工具表面にラップ油と共にラップ砥粒を混和したものを充分に塗布し、ラップ砥粒がラップ工具表面上の凹凸の凹穴に嵌り込むように仕立てて、余分なラップ油とラップ砥粒とを完全に払拭したものを使用するラップ方法をいう。微細に観察すると、ラップ工具表面にラップ砥粒切り刃の突起が綺麗に並んだようになっている。名目上は遊離砥粒ラップ/湿式なのだが、実態的には固定砥粒ラップ/乾式になっている。この場合、砥粒粒子がラップ工具表面に拘束されているから、ラップ砥粒が対象ワーク表面に深く切り込まないということであるから、ラップ痕が浅くなり、鏡面作りに結果していくと期待される。もっとも、WAやGC砥粒を使った場合、砥粒の切り刃は直ぐに破砕されてしまって、砥粒自体のラップ力が失われるから、「空ラップ」によって鏡面を仕立て上げきるということは現実的ではない。そのため、ダイヤモンド砥粒を使っての「空ラップ」の技法ということになるのだが、鋳物製ラップ工具の表面に形成できる凹凸では3μm粒径のダイヤモンド砥粒をグリップすることがせいぜいであるため、いっそう微細な砥粒をグリップさせようとすれば別なラップ工具材質を選択せざるを得ない。
 私の経験では、人白砥石を採用することで0.1μmに至るまでの各分級のダイヤモンド砥粒に対応できるから、実務的には人白砥石以外の素材を検討したことはない。アルカンサス砥石の場合、ラップ工具表面の凹凸の凹にダイヤモンド砥粒をグリップするという形ではなく、ダイヤモンド砥粒をアルカンサス砥石表面に刺さり込ませるという形になるから、ダイヤモンド砥粒といえども切り刃は摩滅していってラップ力が大きく低下していくものであるから、砥粒を入れ替えていく必要から見た場合、一旦刺さり込んだダイヤモンド砥粒を除却して新しいものと入れ替えるのは煩瑣なことになり、人白砥石を使用した方が扱いは遙かに簡易になる。

 鏡面ラップには、結論として、0.1μm〜0.5μmのダイヤモンド砥粒を、「空ラップ」の原理を用いて、実質的・実態的に固定砥粒ラップ/乾式の技法として実現されるということに帰結する。

 なお、イヤモンド砥粒を使用する場合、いわゆる「スクラッチ問題」が不可避的に随伴する。
 
 ラップ加工に際して、このことは機械ラップの場合もハンドラップの場合も同じ原理によるのだが、ワーク表面に対して水平方向のラップ工具の運動と直下方向の加圧力との合成された力が加わるのだが、現実的には、この両方向の合成力として、ワーク表面に加工力が加えられる(ベクトルで考える)。
 遊離砥粒ラップ/湿式の場合、この両方向の合成力が作用するからラップ力が大きなものになるのだが、従って、ラップ加工力を高めようとすれば直下方向への加圧力を高める必要が生じるのだが、実際にワーク表面加わる力は斜め下方向への「切り込み力」になる。ダイヤモンド砥粒は鋭利な切り刃形状であるから、ワーク表面に一旦大きく切り込めば、そのままの深さでワーク表面を抉り取るようなことになる。これがスクラッチの原因となると考えられる。

 固定砥粒ラップ/乾式の場合、水平方向と垂直方向のそれぞれの力を分別して把握することができるから、スクラッチ問題はそもそも生じない。

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●ダイス鋼製ハサミゲージとその製法

 前項で説明してきた「遊離砥粒ラップ/湿式」の技法は、HRc60に焼き入れ硬化処理をしたSK工具鋼をハサミゲージ材質とした場合に限定されるものであって、他の材質に対しての場合には通用しない。

 JISの規定(JIS B 7420 -1997)によれば、ハサミゲージの材質としてSK4もしくはその相当以上とされているのだが、具体的には、日立金属(株)のYG4(JIS SK4相当)もしくはSGT(JIS SKS3相当)が該当する。他にYCS3(JIS SK3相当)があったのだが、焼き入れ硬度がHRc64程度と高硬度に至るから、ラップ仕上げに難儀だと忌避されてきた。
 ところが、日立金属(株)ではこれらのSK工具鋼の製造から撤退されたため、ゲージ屋にとっては、ハサミゲージ用素材をどう確保するかという問題に直面させられることになった。
 それまでも、SK工具鋼製ハサミゲージでは、「発錆を抑止するための作業が煩瑣である」という点、及び、「材質として柔弱な点がある」と指摘され問題視されてきたのだったが、従って、ゲージ素材の問題はこれらの諸点を同時に解決出来るものが新たに検討されるべきということになり、結論的には、ダイス鋼製ハサミゲージの製作に着手するということに至る。
 実際にはこのように順を追って考えられたわけではなくて、「先ず結論ありき」で、ダイス鋼製ハサミゲージの製作技法の開発に向いたのだった。

 問題点は多岐にわたったのだが、@HRc60に焼き入れしたダイス鋼の「硬さ」と「耐摩耗性」に対しては、遊離砥粒ラップ/湿式の技法は通用しがたく、従って、固定砥粒ラップ乾式の技法に依らざるを得ない。WAやGC砥粒では全くと言えるほどラップ力が発揮され得ないし、ダイヤモンド砥粒ではラップ加工がほとんど不可能である、、A固定砥粒ラップ/乾式という場合のラップ工具はcBN砥石に一義的に定まってしまうのだが、その使いこなしについては従前の経験というものが全くないから、手探りになる、BcBN砥石による固定砥粒ラップ/乾式の技法に依って、従前の遊離砥粒ラップ/湿式の技法の到達レベル(=「鏡面」ラップとラップ仕上げしたゲージ測定面とブロックゲージ測定面との間の「リンギング」)が同じく実現できるか否か、Cトータルとして、ダイス鋼製ハサミゲージ製作のコストはどの程度になるか、という点に要約される。

 結論として、結果として、@遊離砥粒ラップ/湿式と、cBN砥石を使った固定砥粒ラップ/乾式とで、全く同一レベルでのゲージ測定面か高品質が実現できる。この点は、#8000〜#20000のラップ砥粒レベルでは、遊離砥粒ラップ/湿式と固定砥粒ラップ/乾式とは「等価である」ということから必然的に結果してくることであり、Aラップ工具といしてのcBN砥石の使いこなしについては、その適正な「目立て」の技法に集約されるから、ラップ技能がかえって簡明になる、B ゲージ製作に要する必要時間というものが、ラップ技法が簡明になるだけに、SK工具鋼製の場合とダイス鋼製の場合とほとんど変わらない(ほとんど変わらないように技能を新たに組み立てたのだった)。

 ゲージ屋に対する品質要求内容として、SK工具鋼製ハサミゲージについて「、ゲージ製作公差の最小値ジャストに製作するように求められ、それが製作可能ということであれば総焼き入れゲージにすべしということになるのだが、総焼き入れゲージとすることで何が解決されるのか、私には疑問を抱いている。
 「総焼き入れゲージ」というのは決して「剛体」になるわけではなくて、内部応力を抱え込むことによる経年変化(寸法形状変化)は免れない。「サブゼロ処理」をすれば変化は抑止できるということになっているのだが、サブゼロ処理は 元素(原子)レベルの問題であって、残留オースティナイトのマルテンサイト化に基づく体積膨張に起因する寸法形状変化を事前に先取りする方法であるとしても、内部応力を解消する方法手段では有り得ない。
 むしろ、「サブゼロ処理」を言うならば、それと同じ程度かそれ以上に強く「シーズニング処理」を行うべしと主張しなければ、その「目的」と、目的実現のための「手段・方法」とが相即していないと思うわけである。

 ダイス鋼(日立金属(株):SLD JIS・SKD11相当)の場合、ナマ材でHRc17前後の硬度を有しているから、かなりな程度丈夫な素材であって、従って、広く金型材として採用されているのも当然ではある。
 従って、ダイス鋼製ハサミゲージについて「総焼き入れゲージ」にすべしという品質要求は有り得ないことと考えている。言い替えると、プレス金型並みの丈夫さを持つハサミゲージというのはどういう使い方がされるのか?という話になる。

 また、SLDは12%クロム鋼であるから、錆びないとは言えないまでも、「非常に錆びにくい」材料であって、それだけに扱いやすい材料だと言える。

 さて、固定砥粒ラップ/乾式へ展開した結果、遊離砥粒ラップ/湿式の技法と対比して、以下の諸点でのメリットが指摘できる。

 @遊離砥粒ラップ/湿式の場合、ラップ工具面とワーク表面との間にラップ油層とラップ砥粒とが介在するため、ラップ工具表面を介してのラップ運動と加圧力を、直接に、ワーク表面への働きかけとしてコントロールできない。ラップ砥粒それ自体が破砕されていくものであるから、ラップ動作を通じて一定のラップ能力を発揮するというものではない。そのため、ゲージ製作に当たって、寸法を仕立て上げるという場合に、どうしても曖昧なところが発現してしまう。
 これに対して、固定砥粒ラップ/乾式の場合、ラップ工具(ラップ砥石)表面のラップ砥粒が直接にワーク表面に対して働きかけるメカニズムであるから、ワーク表面に対するラップの働きかけのコントロールが直接に反映される。ゲージの仕立て上げ寸法精度が1桁変わってくる。

 A遊離砥粒ラップ/湿式の場合、砥粒の物性と粒度に応じたラップ油の「選択」という問題が生じるが、固定砥粒ラップ/乾式の場合、「乾式」という限りはラップ油を使わないから、そのような「選択」の問題は生じない。

 B固定砥粒ラップ/乾式の技法の「泣き所」というのが、ラップ滓がラップ工具(ラップ砥石)表面に固着して、そのためにラップ効力が著しく劣化するということが指摘されている。
 平面研削盤での場合では、砥石表面に固着した研削滓を「溶解・除却する」といった手法が紹介されたりしているのだが、機械ラップの場合とは全く異なって、ハンドラップの場合の固定砥粒ラップ/乾式の場合、ラップ工具としてcBN砥石を焼き入れしたダイス鋼に対してラップする場合、ラップ滓というものは乾燥した粉末となってワーク表面から除却される。砥石表面に対してのラップ滓も強く固着するものではないから、紙や布で簡単に払拭される。
 従って、この場合の「目詰まり」というものは、ハンドラップ技法にあっては、特に深刻な泣き所とはならないと言える。

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●ハンドラップ技法体系の転換

 ハサミゲージの製作技法は、その日本への移植・始発の当初から、WA砥粒+鋳物製ラップ工具+ラップ油の「3点セット」で修得され、あるいは、その改善が図られてきた。それは現在に至っても、作業者の世代継承を繰り返す度に、その修得が求められてきた。通常、前の世代の技能を承継しようとする場合、その承継できる内容は6割程度のものだろうと考えられるから、三代目となると、初代からの技能の4割程度が継承されるにとどまり、それを埋め合わせるのは、その世代でのさまざまな創意工夫に基づく「改善」「改良」の積み重ねであるだろう。

 しかしながら、ハンドラップ技法体系を修得しようとする場合、世代通貫的に変更が加えられない、その技法を根底的に根拠づけるものが何かを考えた場合、それは「ラップ加工に際しての加圧力」であると改めて指摘しなければならない。
 例えば、ハンドラップ加工で最終仕立て上げをしようとする場合、そのラップ加工の役割が、ラップ余地を残して仕立て上げられた下処理面の粗い加工面に対して、その粗い研磨痕を消除しつつ、仕上がるべき面粗度・平面度・平行度を仕立て上げることを考える。言い替えれば、ハンドラップ加工の余地というものをできる限り小さくすることが全体の仕立て上げ効率を左右するという現実を踏まえたものとなっている。このことは、実際には、ハンドラップ仕上げの前工程というものがかなりシビアなものとならざるを得ない。
 私の場合でも、以前には、仕立て上げるべき寸法の10μm程度手前まで砥石仕上げを行って、その10μm程度のラップ余地の範囲内で、ラップ仕上げを施すということを繰り返してきたのだった。
 この場合の困難さというのは、砥粒ラップのラップ力というものが期待できるほど大きなものとはならないからであるから、いっそう大きなラップ力が発揮されるべき方式がゲットできれば、事情は大きく改善されるという見通しがもてるのである。

 固定砥粒ラップ/乾式の技法では、寸法精度仕立て上げの余地というものは、別段、10μm程度といった考慮は要らない。実際には、20〜30μmのラップ余地があればよく、従って、仕上げの下処理についてももっとラフなもので構わないことになる。ハンドラップ技法の場合、そのラップ加工の自由度は最も大きな加工法であるから、加工面の「倒れ」「丸み」「捻れ」がどのようであっても、ハンドラップ技法によれば容易に是正できる。

 このような事情は、WA(GC)砥粒ラップかcBN砥石ラップかといったラップ手段の違いがもたらすものであるのだが、そのラップ手段の違いを乗り越えることを可能にするのは何かを考えた場合、それはラップ工具面がワーク面に作用させる際の「加圧力」であることは自明なことである。

 いかにしてハンドラップ技法の自由な駆使が可能となり得るかは、必要かつ充分な「加圧力」が実現できるかによる。

 こういう考え方に基づけば、 「加圧力」の問題が解決されなければ、固定砥粒ラップ/乾式の技法の習得はおぼつかないし、従って、ダイス鋼製ハサミゲージの製作はいつまでもできない。

 さて、改めて指摘しておきたい。

 ダイス鋼製ハサミゲージの製作に踏み切ったのは、日立金属(株)のSK工具鋼製造からの撤退を受けてのゲージ・メーカーとしての「対応」であった。ダイス鋼を採用する以外に、ハサミゲージの未来像を想像することはできなかった。
 ダイス鋼製ハサミゲージを構想する際に、従前技法ではほとんどうまくいかない。
 逆に言うと、cBN砥石を使っての固定砥粒ラップ/乾式の技法では、SK3/SKS3/SK4といったSK工具鋼製ハサミゲージの場合にも、何の問題もなく対応できる。その意味では、、固定砥粒ラップ/乾式の技法がハサミゲージ製作の場合には汎用的な一般技法であると判定できる。他方、遊離砥粒ラップ/湿式の技法というものは、SK工具鋼製という限定された材質に対してのみ通用する技法であって、その技法自体に内的な制約条件を抱えたものであったということが言える。

 以上に述べてきたことを要約すると、@従前技法というもの、すなわち、ハンドラップの原初スタイルというものと遊離砥粒ラップ/湿式という技法は、既にその歴史的役割を終えたものであり、固定砥粒ラップ/乾式の技法に依って超克されたものと言える。固定砥粒ラップ/乾式の技法は、ダイス鋼製に対応するべく開発れた手法ではあるのだが、その有効射程は、SK工具鋼(SKS2・SKS3・SK3・SK4)、ステンレス鋼(SUS420J2)、ハイス、各種超硬、にも及ぶ。真の意味での「汎用」の超微細加工技法であると言い得る。
A修得するのに容易である。心身への賦課が小さなものであるから。他のページに於いて、私自身が経過してきた道筋に従って説明してきているのだが、遊離砥粒ラップの技法を先ず習得してから固定砥粒ラップ/乾式の技法の習得をするべきと考えなければならない必然性はない。初心者の段階から真っ直ぐに固定砥粒ラップ/乾式の技法を習得するべきなのである。初心者が修得しようとしても、その教育訓練をするべき熟練のゲージ製作技能者が存在しないという事情があるから、先ず、熟練のゲージ製作技能者に対する固定砥粒ラップ/乾式の技法を説明しているのだが、従前スタイルの者が新たな技法を習得しようというのは困難なことになるかも知れない。但し、遊離砥粒ラップ/湿式の必要とされる局面は今後考えにくい。Bハサミゲージ製作の技法を転換させることによって、真の意味での合理化が実現する。単純に言い切ってしまえば、固定砥粒ラップ/乾式の技法に依ってハサミゲージを製作するのだから、製作時間が大きく異なるというものではなく、従って、材質の違いによって大きくその製造原価が異なるというものではない。SK工具鋼製に比してダイス鋼製は困難で手間とコストが余分に掛かるという言い分は、その技能が如何に劣弱なものであるかを告白するに等しく、むしろ、従前のSK工具鋼製と比べて価格条件に大差を生じないということがユーザーに理解されて初めて、その普及が促進される。「置き換え」が進展する。


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●いわゆる「鏡面ラップ」について 

 いわゆる「鏡面ラップ」とは、ハサミゲージの測定面の仕立て上げが「鏡面」になるようなラップ加工のことを指称し、その「鏡面」というのは、視認では、そのラップ加工痕が全く認識できないほどの面粗度で仕立て上がっている状態をいう。

 ゲージ屋の場合、ブロックゲージを常用しているから、先ずブロックゲージと同程度なゲージ測定面の仕立て上げを何とか実現しようとさまざまに試みられてきた経緯がある。機械ラップでブロックゲージが仕立て上げられているのだから、機械でできることは人間の手業でできないはずはないという、そういう「確信」があったわけである。ブロックゲージ並みの面の仕立て上がりということは、ブロックゲージ面とハサミゲージ測定面とが「リンギングする」ということが、そのゲージ測定面の「面粗度」と「平面度」の仕立て上がり品質を証明することになる。

 「鏡面」に仕立て上げるためには、ラップ加工痕の条痕の「幅」と「深さ」が視覚の分解能以下であることが必要なのだが、「幅」については、出来る限りの微細なラップ砥粒を採用すべきであり、「深さ」については、ある程度大きな粒径の砥粒であってもラップの際の加圧力を小さく抑えることで切り込みを浅くすることができ、あるいは、硬度として比較的軟らかなラップ砥粒を採用することで実現可能であると、論理的にはそのような推論が成り立つ。

 実現されるべき「技法」の内容と、その実現レベルを「検証する」方法が、共に明確になって、しかも何か特殊な測定検査手段を用いなくても検証し証明できるわけだから、ゲージ屋なら誰しも日常的な作業の合間で取り組んできた「課題」であった。

 ゲージ屋のラップ技法の主流は遊離砥粒ラップ/湿式であって、鋳物製ラップ工具では#2000〜#4000のWA砥粒が使えるというのがせいぜいであったから、アルカンサス砥石をラップ工具とし、いわゆる「青粉(酸化クロム)」を使えばどうかという試みるわけなのだが、焼き入れしたSK工具鋼表面に対して「青粉」は有効性がなく、アルカンサス砥石もほとんど有効性を発揮し得ない。
 アルカンサス砥石の活用という着想は、他の分野で鏡面磨き上げ用として広く採用されている研磨材であり、ブロックゲージの手入れには最適な研磨材としてきた歴史があったからである。
 アルカンサス砥石で無理ならば、「セラストン((株)ミツトヨ)」でどうかということになるのだが、非常に砥石としての硬度が大きいから、その使いこなしが困難であった。
 ラップ砥粒を考えると、ラップ作業で有効な粒度というのは、WA砥粒の場合は#6000程度が限界で、GC砥粒で#8000〜#10000程度になるから、鏡面実現のためには、GC砥粒で何とか辿り着けるということが分かる。
 鏡面仕立てを考える場合、ダイヤモンド砥粒を採用すればいっそう簡単になるという「思い込み」が広まったのは、ダイヤモンド砥粒の粒度が各種取り揃えられて販売されるようになって以降であり、油で練り込んだチューブ入りのものが簡便に利用可能となった。しかしながら、これらは磨き用の研磨材というべきで、ラップ作業にはダイヤモンド粉末(砥粒)とラップ由との組み合わせで考えていかないとうまくいかない。
 鋳物製ラップ工具の場合は、ダイヤモンド砥粒の粒径として3μm程度がその限界で、3μm粒径のダイヤモンド砥粒でのラップの場合、ラップ作業での「加圧力」を小さくすることで、ラップ痕の条痕の「幅」と「深さ」を小さくしていくという作業になる。この作業というのは、いわば単なる「磨き」であって、平面度が悪くなり、あるいは、磨き上がった段階でもう0.5μmなり1μmの寸法値を摺り下ろすべきという場合も作業要求には対応できないものである。
 ダイヤモンド砥粒を採用しての遊離砥粒ラップ/湿式の場合、原則通り、ラップ痕の条痕の「幅」と「深さ」を鏡面となるべきレベルに押し止めようと考えるなら、その粒度を1μm粒径以下のものを活用するとしなければかえってうまくいかない。その場合、ラップ工具の「加圧力(作用)」とワークの被ラップ面を支持する力(反作用)の均衡に於いて、ラップ砥粒の「頭が揃う」ような「加圧力」でもってラップ作業が行われないといけない。
 つまり、ラップ油の油膜厚みの中で砥粒が遊離・流動するということは砥粒の切り刃がワーク表面に対してうまく切り込めないということになるから、ラップの「加圧力」が足りないということはラップ工具面がラップ油の油膜上でただ滑るだけということになる。
 一定の「加圧力」をワーク表面に対して賦課することによって、その砥粒の粒度に応じたラップ痕が実現され、例えば0.5μm〜1μm粒径で鏡面が実現される。ただし、作業を通じて一定の「加圧力」を賦課し続けるという作業は非常な疲労を伴うものであるから、困難を伴う。

 以上に対して、固定砥粒ラップ/乾式の場合、具体的にはcBN砥石をラップ工具とするいわゆる「砥石ラップ」の技法になるのだが、鏡面を作り込むラップ技法というものは「砥石の使いこなし技法」の一つの環にすぎないということに帰結する。砥石というものは研磨やラップという用途のために作られたものであるから、その活用はそのまま結果を実現するものなのである。
 何よりも、ラップ油の問題を考えずに済む(「乾式」だから当たり前のことなのだが)ことは最大の利点であり、ラップの「加圧力」も比較的小さなもので良いから、作業者の心身の負担も小さく、疲労度も緩和される。

 以上のようなことなのだが、従前、「鏡面ラップ」に成功した事例というのは、私には未見である。
 そのためかどうか、鏡面に仕立て上げられた面というのはリンギング現象をもたらすのではないか?と先ず連想されるべきことになるのだが、そこまでの面の仕立て上げは「有り得ない」という通念があるから、実際にリンギングするような面に出会うと、ハサミゲージの場合、「寸法が小さい、ブロックゲージを測定面に入れると感触として固い、寸法不良ではないのか?」とされたりする。
 鏡面ラップという技法が広く一般的に履践されるようになるまで、こういった類の「混乱」は乗り越えられないだろうと思われる。


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