『The world which a wind blows -風の吹く世界-』 第五話




 ピピピ……ポチ
 休日も終わり、今日から平日、つまりは学校だ。
 はっきり言ってやる気はない。 言っても授業などまともに受けない身で、意味などあるのだろうか。
 しかし、オレは学校へ行かなくてはいけなかった。 それは世間体と言ったものであるであろうが、大半の理由は
 ガチャ
 「……つまらん、もう起きとったんか」
 毎日飽きもせず、起こしに来るこいつが悪いのだ。

 「あら、博君じゃない、いらっしゃい」
 ダイニングで朝食を並べている昴母が博に気づいて手を止めた。
 「ども、おばさん。おじゃましてます」
 「この時間に会うのは久しぶりね。せっかくだからお茶でもしていく?」
 「あ、遠慮なくいただいていきます」
 そういって博がいすに座り、その前に昴母が紅茶を注いだ。
 自分も向かいの席に座り、二人一緒にカップの中の液体をのどに入れる。
 「春ねぇ……」
 「春ですねぇ……」
 ……
 「をい馬鹿ども、 特にエセ関西人。学校いかねぇのかよ」
 「いつも学校行きたくないオーラを出してる奴に言われる筋合いはあらへんねんけど」
 「『博が行かないんだったらオレもいかねぇ』っていっつも言ってるくらいなのよ? この子」
 「……んなこといつ言った。 とりあえずさっさと家を出るぞ」
 「うい、じゃあおばさん、いってきます」
 席を立って横に置いてある鞄を持ち上げる。
 「はい、昴をよろしくね博君」
 出て行く二人に向かって、昴母がそっとつぶやいた


 「お前はいつまで猫かぶってるつもりだよ、慣れない標準語なんて使いやがって……」
 「やかましーわ、お前かて圭兄には慣れへん敬語使うやろが」
 学校へ向かう道中、昴と博の二人がいつものように二人で話していた。
 「他人行儀だって言ってるんだ、もう少し砕けて話しても何も思わないぞ、あのババァは
 ……むしろそれぐらいの方が喜ぶぐらいだ」
 「へぇ?」
 昴の台詞が意外だったのか、博の唇の片方がピクッとあがる。
 意外の反応ではなく半ば侮辱の気配が受けて取れたのでとりあえず
 「いたっ!?」
 殴っておいた。
 「選ばせてやる、グーが良いか、パーが良いか」
 「って殴っといてからその選択肢はないやろ!??」
 そうやって軽く漫才が行っている二人組に向かって、遠くから小走りぎみに一人の少女がやってきた。
 「はぁ……はぁ……やっと追いついたよぉ……」
 肩で息をしているところを見ると、結構な距離を走ってきたのだろう。
 そしてそのまま昴と博の間に入る。
 「両手に花ー♪」
 二人の腕をつかもうとするが、昴の腕はスルッとかわされる。
 博は反応が遅れてギュッと握られてしまったが。
 「すーばーるー」
 「うるさい。 まだ一緒に学校行くような友達はいないのか、かわいそうに」
 「……それ、そっくりそのまま昴に返すよ。 博君以外の人と学校行ったこと無いくせに」
 「馬鹿言うな、俺は出来ないんじゃなく、作らないだけの話だ。
 博の面倒見るだけで俺はいっぱいいっぱいなんだよ」
 なおも腕をつかもうとする彩花から逃げ続ける昴。
 「俺以外の奴にはすっげぇ無愛想やからな。つか、外見で逃げすぎ。 もう一人ぐらいこいつを止めれる奴がいてくれると俺がおらんでも大丈夫やねんけど」
 「昴、事件起こしちゃダメだよ? 私、友人Aでマスコミから話を聞かれたくなんて無いんだから」
 彩花は冗談交じりに言ったつもりではあったのだが、
 「……あり得ん話や無いから笑えへんで、それ」
 「あ、あはは……そだね」
 「……否定しろよオマエら」
 今日も、学校への登校は平和であった。



 ガラガラ
 「寝る」
 開口一番そう言うと
 迷うことなくベッドへと向かう。
 ちなみにここは教室ではなく、保健室である。
 「ほう? 授業中に堂々と保健室に来るとは良い度胸だな。 名を名乗れ」
 「……昨日までの保険医と違うな。 お前こそ名を名乗れ」
 頭上から除いてくるのは今までの男の保険医ではなく、女の保険医。
 「ふむ。昨日までの保険医と言っているが、この学校の正保険医は私だ。
 見たところ、というか私を知らないのならばこの間入ったばかりの新入生だな。
 私は名前は乾だ」
 「あんたのような柄の悪そうな保険医が居るとは思えないな……
 俺の名前は黒木昴だ」
 「心配するな。 腕は確かだからな。
 それより、そこのベッドは止めた方が良い。 おそらく持ち主が来るはずだ」
 「はぁ? 保健室のベッドに持ち主もくそも……」
 ガラガラ
 「ほら、持ち主のご登場だ」
 ベッドから上半身を起きあがらせ、入り口にいるであろう来客に目をやる。
 「……乾、お久しぶり」
 「ああ、元気にしてたか?」
 どうやらこの乾とか言う保険医と来客者は知り合いらしい。
 まぁ正保険医とか言っているのだから知り合いが居ても不思議ではないのだ。 正保険医というのが本当ならば、だが。
 「今日もWWWか? ……ったく、私に迷惑かかるようなことはするなよ?」
 「大丈夫、勉強はちゃんとしてるから」
 来客者を見ていると横から思わぬ衝撃が加わり、オレはベッドから落ちてしまった。
 「いって……」
 痛がるオレを無視し、乾はベッドのしわをのばし始める。
 「? 乾、その人誰?」
 「新入生だ。 こいつにこの部屋のしきたりを教えにゃならんから沙雪はWWWに入ってろ」
 「……うん」
 あまり気にした様子を見せず、オレが今まで寝ていたベッドに横になって枕元のボタンを押した。
 するとベッドが急に動き出し、呆然としているうちにネットカフェに置かれているようなWWWの専用接続器に変身した。
 「な、なんでこんなところに?」
 「んなことよりさっさとそこから動け。 邪魔で仕方がない」
 乾が機械の点検を始めた。
 文句が告げられたことに気づき、オレは隣のベッドの上にと移動した。
 とりあえず、オレは乾がそれを終えるまで待つことにした。



 「ふむ、やはり私がいない間に使われた形跡はないな。 ……沙雪の人見知りは全然変わっていない」
 点検が始まって数分、一段落したのか乾はPCが乗っているデスクに備えられた椅子に座った。
 すっかり冷たくなった紅茶をクッと飲み干し、なにやらファイルを取り出してペンを走らせ始める。
 さっきまでと違い真剣な目をしてるので迂闊に話しかけられないと思い、小さな作業音を鳴らすベッドを流し見る。
 (こんなもんがなんで保健室に……)
 まさか学校の物とは思えないので、おそらく私物を巻き込ませているのだろう。
 この本体がいくらするかは知らないが、まさか5桁6桁で買えるような物ではないはずだ。
 「それはある卒業生からの進呈物だ。 下手にいじると殺されるぞ、肉体的にも、社会的にも」
 書類を書き終わったらしい乾が体をこっちに向けて話しかける。
 「また物騒な人だな。 まだ殺されたくはないので黙ってることにするか」
 「……ふむ、とりあえずそっちのベッドは使ってても良いから寝てもかまわないぞ。
  この部屋は治外法権だ。 何やってても何も言われない」
 「……あんた何もんだよ。 とても普通の保険医とは思えないんだが」
 「うむ、そうだな。 大抵のやつは私の言動を見るなりそう言う」
 やはりそんな風に見えるか、といった感じで髪を触り始める。
 俺はまず初見でそいつは逆らって良いやつか悪いやつかを判断するのだが、この乾という保険医は間違いなく逆らってはいけないタイプの人間だ。
 「さっさと寝てしまえ。 私も今日帰ってきたばかりで仕事が溜まっているんだ。
  静かに寝てて貰えるとすごく助かる」
 そんなわけで、俺はすぐに寝ることにした。
 案外、そのベッドは寝心地が良かった。






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