『The world which a wind blows -風の吹く世界-』 第一話

 次に目が覚めたのは町のど真ん中……から少し離れた、それでも人の通りが多い広場であった。
 今度はきちんといろんな感触がある。
 右手で左手をパンッと殴ればちゃんと痛いし、ジャンプするとちゃんと地面に着地する。
 『ワールド=現実』と言われているのは伊達じゃないようだ。
 俺にはよく分からないが、脳に直接命令を送るだのなんだのでそう言ったことが実現できるらしい。
 だから、この世界ではゲームだからと言って無茶は出来ない、痛いものは痛いのだ。
 ちょっと脇道にそれるが、脳が『手が熱い』と強く思えばその場所が火傷したり、『怪我をした』と強く思えばその場所に怪我が出来ると言ったことが現実にあり得るらしい。
 ワールドも、そう言ったことを組んでいるらしく、ワールドで起こったことが現実で同じことになっているということもあるそうだ。
 だから、万が一ワールド内で『死ぬ』様なことになればどうなるか……
 そう言ったことがないように、ワールド側もちゃんと対応してるらしく、危険な状態になれば強制ログアウトがかかるようになっているらしい。
 つぐつぐ怖いゲームだ。
 「……と、人が集まってきたか」
 本日高校一年生プレイヤーが解禁となったので、次々と人が転送されてくる。
 ここで長々と悩むのは得策ではないようだ。
 さて、じゃあどこに行こうか。
 先に入ってるであろう、あの『バカ』はもう集合場所に行っているのだろうか。
 あいつは俺と違い、ネットカフェじゃなく家から接続しているからおおよそ30分ぐらい早く入っているはずなのだ。
 本来ならば一緒の時間にログインするつもりであったのだが、ネットカフェの学生割登録をするのに予想以上に時間がかかってしまったのだ。
 さっさと、その集合場所に行ってしまおう。
 確か、大通りの筋にある酒場の一つとか言っていたか。
 名前は……『眠れる森の親父』……
 嫌な名前だなヲイ。
 まぁ、名前に文句言うのは止めて、その待ち合わせの酒場に向かって俺は行くことにした。



 キィー……バタン!!
 約10分ほど大通り周りを探し、ようやくその店は見つかった。
 店の中にはいると、まさに老若男女の(※1)PC・NPCと、いろいろ居ることが分かる。
 しばらく、店の入り口で立っていると
 「はいそこのお客さん。新人だねー? 飲みに来たのかな?」
 と、ここの従業員らしい女の人が話しかけてきた。
 「ここで人と待ち合わせしてるんだけど……」
 するとその人は、ああと言って、あっちあっちとカウンター席の方を指さす。
 それに気づいたのか、カウンター席に座っていた奴がこちらに向かって手を振っていた。
 俺はその隣の席まで歩いていき
 「ややこしいぞ、バカ」
 と愚痴を言い、頭を軽くごついてやった。
 「いや、迷ってどっかに保護されへんかなー思ててんやけど」
 叩かれた場所をさすりながら、笑えない冗談を返してきた。

 さて、ここでこいつの紹介をしておこう。
 坂口博。
 中学の時に俺の住んでいるところに引っ越してきた幼なじみである。
 こっちに来るまで関西にいて、本人も気に入ってるのか、今も好んで関西弁を使っている。
 オレより背は低く、大体博の目がオレの鼻にくるぐらいだろうか。
 髪は後ろに流しており、髪が長い割にデコがはっきりと見える。
 その博がテーブルの上に置いてあるグラスを右手で持ち、逆の手でここに座れと指さした。
 オレが席に座るのを見ると、満足したかのように口を開いた。
 「んで、初ダイブの感想はどーや? ……って俺も初ダイブやねんけどな」
 「ああ、現実で体を動かしているのと全然変わらないな。 もう少し慣れの時間がいると思っていたんだが」
 「当たり前や。何のための登録や思てんねん。 それぐらいしてもらわんと、あんだけ長した意味が無いやないか」
 その時のことを思い出してか、博が手に持ったグラスの中身をグーッと飲み干す。
 今博が漏らしていた『登録』だが、この(※2)『WWW』に限らず、他の(※3)MMORPGをプレイするときにもその作業は必要となる。
 普通のMMORPGは、大抵ユーザーID・パスワード・メールアドレスに本名などの簡単な自己申告とキャラ作成のみで、早ければ5分もかからずに終わりプレイすることが出来る。
 まぁ、有料となった場合は課金の問題があるため匿名性は薄くなるんだが。
 一方、この『WWW』はその製作グループである星宮グループの支部にて登録するしかない。
 まず、受付にて身分証明の提示、その確認作業。
 次に現実と同じ姿、身体能力にするかポイント制での自由な姿、身体能力にするかの選択。
 この選択によって、全く違う登録の仕方になる。
 その時、俺は現実と同じ姿・身体能力を選択したので、その後長々と身体検査を受けることになった。
 何もないところで裸になり、いろんな角度から写真を撮られる。
 はっきり言って、二度とはごめんだ。
 外見はそれと、細かいサイズを測り(コレは人間がやる)、実際にその場でCGとして姿が映し出される。
 自分を完全にコピーした『それ』を見るのは、少し不思議な感じがしたが、一通り見ると職員の人に早く次に行くように促され、次の部屋に行くことになった。
 外見が終わったのだから、次は運動能力なのであって、その専用の部屋に行くわけである。
 そこにはそこらのスポーツ事務とは比べものにならないほどの数の設備がそろっている。
 もちろんそれは飾りではないのだから、測定のために一通りこなさなければならない。
 コレが一番時間がかかり、辛い項目である。
 ただ、それだけややこしい登録方法をしていても、プレイヤーが多いのは、それほど『WWW』に魅力があるからであろう。
 運動テストが終わると、そこで登録が終わり、後は専用の機械さえ使用すればいつでもダイブすることが出来る。
 と、登録開始から終了まで約半日。
 MMORPGとしては異例の長さである。



 ……と、『WWW』に参加するためにはその高度な技術故にいろいろしなければいけないのだ。
 まぁ、そのおかげで無料MMORPGにありがちな迷惑なユーザーも減り、快適なプレイを出来るわけだ。
 「……で、昴は名前何にしたん?」
 さっきから隣のPCとしゃべっていた博が思い出したかのように聞いてきた。名前というのは、このワールドでの名前だろう。
 「カタカナで『スバル』。やっぱり呼ばれ慣れた名前じゃないとな」
 「なんや、普通やなー……って、俺も人のことは言えんけどね」
 「どうせ『ヒロ』なんだろう?」
 「当ったりー♪ リアルと同じカッコやねんから同じ名前やないとー」
 「なるほどな……んで『ヒロ』、お前はなにを飲んでるんだ?」
 「何分かり切ったことを……酒に決まってるやんかー♪」
 「……こら」
 ……道理でいつもに輪をかけてテンションが高いわけだ……
 「親父さんーこいつにも酒持ってきてー♪」
 「こらこらそこの未成年!!」
 「いいやないかー♪ 飲め!」
 俺のツッコミも酔っぱらいと店の親父さんには聞かなかったらしく、俺の目の前には透明の液体が注がれたコップがあった。
 「はいお待ち。ちょっと軽めのにしておいたぞ」
 「さんきゅー。あ、親父さん、こいつ俺の連れで『スバル』言うねん。よろしゅうしたってやー」
 「ほう、わかった、スバルだな?……で、手前の自己紹介もせずに人の紹介か?」
 「へ?言うてなかったっけ? 俺は『ヒロ』。 二人とも今日始めた初心者やからよろしゅうー」
 言動が初心者離れしてる奴が初心者と言っても、それはあまり説得力がないと思う。
 なんというか……マイペースというべきか。こいつの場合は。
 「やっぱりお前がヒロか……聞いた通りの奴で、逆に感心したよ」
 「ん? 俺の事知ってるん?」
 「知ってるもなにも、お前は誰にここを聞いてきたんだ?」
 「圭兄やけど……あ」
 「『ケイゴ』の弟だろう? 兄からさんざんお前の話は聞かされてるもんでな」



 「ヒロ、圭兄も『これ』やってるのか?」
 「やってるも何も、圭兄はβ版からのプレイヤーや。俺がダイブするときに使ってるもんも圭兄のやし」
 今話題に出ているケイゴ(圭吾)とは、ヒロの兄であり、俺にとっては小さい頃から遊んでもらっていた近所の兄ちゃんでもある。
 ヒロとは違って圭兄は関西なまりしておらず、とても二人がしゃべっているのを見ているだけでは兄弟とは思えない。
 「β版からって事は……本当に初期の時だな」
 「それからずっとコレに参加しとる。まぁ、近頃は暇なくて家からダイブしてるとこ見てないけどな」
 「そういえば圭兄は今何やってるんだ? 近頃姿見ないけど……」
 「ん、生意気に社会人やっとる。 ただ、いくら聞いても何やってるかは教えてくれへんねんけどな」
 圭兄は今年の春に祝・社会人入りしたらしく、そのせいで忙しくなり俺と会えないのかと思っていたのだが、弟にすら何やってるかいってないあたり、結構言えない職業なのかもしれない。
 「なんだ、知らないのか? ケイゴの仕事」
 と、圭兄の話をしてると親父さんが話題に入ってきた。
 「親父さんは知ってんの?」
 「ああ、結構俺らの中ではよく通った話だぞ。 ま、ケイゴが教えてないなら俺が教えるわけに行かないだろう」
 「えー。 なんで親父さんしってんのー?」
 俺知らんのにバカ兄貴めーと言わんばかりの怒りっぷりである。
 マンガにしたら急にやる気のないデフォ絵になりそうだな。
 「圭兄が言ってないなら仕方ないだろう? 諦めろ」
 と、言いつつ俺も知らないことが悔しいわけだが。



 「とりあえず、ケイゴの事は直接本人に聞け。
 それよりこれからどうするかを考えるんだな」
 「これからて……あー、そうやな。なんだかんだでLv上げしやんとな」
 「定番だな……でも、一番当たりではありそうだな。俺も、さっさと戦ってみたい」
 「ふむ、それもあるが、俺が言っているのは『所属ギルド』と『チーム名』だ」
 「え? それって両方とも今決めやなあかんの?」
 「ギルドはイベントに出るときとかに必要になるんだ。情報元もギルドだしな。トレハンするときでも、入るに越したことはない。
 チーム名は、ギルド側の処理がしやすいからギルドにはいるのならつけておいて欲しい」
 「ふーん……やて、スバルどうする?」
 「どうするも何も、初心者にそう言うこと決めさせるか? 経験者のお前が決めてくれよ」
 「りょーかい。けど、お前もちゃんと考えや? ギルド名決めるんはお前やねんから」
 と言いつつ、親父さんにギルドの入会を聞き始めた。
 「ケイゴの紹介だからなぁ……多分、うちに入れって事なんだろうなぁ」
 親父さんはぽりぽりと頭をかきながら一枚の紙を右手に出す。
 なんかスゴくうっとうしそうだ。
 「え、親父さんのとこでえーの?」
 「……ここで断ると後でケイゴに何されるかわかったもんじゃない。ま、俺もオマエらを入れることには反対ではないんだがな」
 「さーんきゅっ♪ 手続きは?」
 「こっちでやっておく。 オマエらはとりあえずチーム名考えるなりLv上げするなりしてこい」
 忙しいのに仕事が増えた……と言わんばかりにはぁ〜……と大きいため息をつく親父さん。
 「スバル、あんまり気にしたらあかんで……」
 親父さんの方を見ているスバルの裾をグッと引っ張る。
 「働けるうちに働かさな……ぼけるん早なるやろ?」
 「……聞こえてるぞヒロ。さっさと狩り行って死んでこい」
 「うわ、死んでこいて言ってますよこの旦那」
 「……お前、それ直さないと早死にするぞ」
 「スバル、ヒロ壁にしていいぞ。俺が許す」
 二人からの一斉のツッコミにヒロが
 「俺は後方支援やからな♪ 壁になるのはスバルー♪」
 どうやら前衛で戦う気は無いらしいぞこのバカは。
 「じゃあ、狩り行く前にここで死ぬか?」
 これ以上ない笑顔で親父さんがヒロに向かって包丁を構える。
 ……マジだね、こりゃ
 「逃亡〜♪」
 何が楽しいのか、ヒロがスバルの首根っこを掴んで入り口へ……って首根っこ?
 「しまるしまるしまるーーーー!!!!」
 ちゃんと首を極められてるらしく、スバルは抵抗する事も出来ずにただ引っ張られていく。
 キィー……バタン
 と、嵐のように二人が去っていった。
 「やれやれ……やはり、あの『KEY』の弟たち、か……」
 思い出し笑いをし、尚これからの事を楽しみにしているのか、親父さんは二人が出て行った後笑いが絶えなかった。



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