『The world which a wind blows -風の吹く世界-』 第三話
−ムーブ−
ヒロは最初の町へ戻っていた。
町は夕日のせいで赤みを帯びている。
少し通りから脇に離れ、建物の壁にもたれかかる。
「『WIS・スバル』」
その一言に反応し、ヒロの目の前にスクリーンが表示される。
「ん? 無事だったのか?」
そこに映し出されたのはさっき別れたスバルだ。
のほほんと親父さんのところで飯食ってやがる……
「あのなー、いくら実際に死ぬことはないからってその仕打ちはないと思うで?」
「黙れ」
飯食ってるときに話しかけるなとばかりに一喝する。
「うわ、この人俺を見捨てといて知らん顔しとるで。ひどい人や」
「自分の胸と深く話し合ってからその台詞を吐け。さっさとこっち来い」
「あーい。わかりましたよぅ。傷ついた体を引きずらせていきますよぅ」
「おまえはこ」
プチ
何かスバルが言いかけたが、そんなことは気にせずスクリーンが閉じられる。
「ほんまに……あっち行ってまたいじめたんねん」
スバルに今の台詞の報復をさっさとしないといけない、と少々ダメな笑いをする。
スバルをいじめる光景を考えながら、ヒロは『眠れる森の親父』へと向かった。
「おまえは子供か!」
プチ
どうやらすべて伝わらないうちに切られたようだ。
「ふぅ……」
相変わらずな奴だ、とスバルが漏らす。
「とてもさっきまでヒロを褒めていたとは思えない台詞だったな。ほれ」
親父さんが乳白色の液体を注いでスバルの前に置く。
「本当だよ、『あいつはあれぐらいで負けるような奴じゃない』だの『心配しなくてもひょっこり声かけてくる』だのベタ褒めだったね」
と、スバル・ヒロの二人が助けたPC、『ディース』がさっきスバルが話していた台詞を真似た。
「う゛……ヒロには内緒の方向でお願いします……」
情けない顔で二人に口止めをお願いするスバル。
その台詞を聞いて二人して笑い声を上げる。
ガチャ
「を、噂をすれば何とやら、だな」
ドアを開けて入ってきたのはどこか機嫌のいいヒロだった。
一目散にスバル・ディースのいるカウンター席へと向かってきた。
「とーちゃく。 なんとかやられやんと帰ってきました」
第一声はそれだった。
少し嫌みが入ってそうだが。
「逃げ切れたようだな……あるいは、誰かに助けてもらったか」
「いや、まぁ助けてもらったと言えば助けてもーたんやけど……」
「む? 誰に助けてもらったんだ?」
スバルのその台詞にヒロがさっき渡されたユリの名刺を出す。
「『ユリ』……『WWW運営担当』?」
渡されたものは明らかに予想外のものであった。
まさか一般PCじゃなくてGM側に助けてもらっていたとは。
「ユリ? ヒロ、ユリに会ったのか?」
「まさかGMや思わんかったもん。ま、いつか借りはかえさんと」
「ははは、ヒロ。GMに借り返そうなんて思う奴、なんて言うと思う?」
親父さんがヒロのそれを聞いて、
「馬鹿って言うんだよ」
と少し笑いながら言った。
「うー、ええやないかー」
言われたヒロは少しいじけるような顔をしている。
「まぁ、そこら辺バカケイゴと同じと言えば同じなんだがな……」
『ん?』
突然ケイゴのことを話されてか、スバル・ヒロの両方がクエスチョンマークを浮かべる。
「『ケイゴ』って……『KEY』の?」
ディースがそのPCの名前を聞いて興味があるのか口を挟んだ。
「ん、そうだ。よく知ってたな?」
「『WWW』は中学の時から情報だけ拾ってたんですよ。『WWWにおいて伝説と化したチーム』……てね」
よほど思い入れのある名前だったのだろう、すごく楽しそうに語っている。
「親父さん、そういや俺たち『KEY』のことあんまり知らないんだけど、教えてくれる?」
「ん……そうだな。 メイナ、少しキッチン頼む」
親父さんがエプロンを外してメイナと呼ぶウエイトレスさんにキッチンを譲る。
「あいつらのことは素面じゃ喋れない。少し酒入るが、爺の与太話と思って聞いてくれればいいさ」
どこから出したのか、大きな瓶の栓を開けてトクトクと自分のコップに注ぐ。
「ンク……ふぅ、ベータ版の時の話だ……」
「うちの酒場も出来たばかりだった。
ベータ版と言ってもまだまだ未完成な部分が多かったし、MMORPGと言う性質上、バカなユーザーが集まるのもある。
で、その時野郎三人組がうちに来た。 それがケイゴ・エージ・ユウキの三人だった。
奴らは無駄に祭り好きな連中でな。イベントには必ずと言っていいほど参加していたし、ケンカがあれば止めにいくかそれに加わるかしていた。
『KEY』と言うのはPT機能が実装された時に連中がつけたものだ。三人のアルファベット頭文字、『K』EIGO・『E』IJI・『Y』UKIをもじって考えたらしい。
それで……公表はされていないんだが、『WWW』にウイルスが流れた。
そのウイルスにかかるとリアルの体にまで被害が及ぶって言うんだから質が悪い。
もちろんユーザーは離れた。 たかだかネットゲームでリアルに影響を与えるなんか信じられない、とな。
俺は会社側に雇われたという立場でもあったし、やめることなんか出来なかったが、バカ三人組は違った。
「バカはバカなりに働かなくちゃな」とか言い出しやがった。
リアルから駆除することがムリだったらしく、あくまでこの世界から駆除するというのが唯一の方法だった。
……後から聞けば、何にも代え難い貴重イベントと言ってもいいが、当人はたまったもんじゃない。
結局、連中三人とそのバカな考えに付き合った数人によってそのウイルスは殲滅された。
もちろん、完全公開されていないゲームでこんなこと起こったなど言えないもんだから、開発グループからの圧力で封殺されてしまったんだが。
結局、『KEY』の名前だけが残ったと言うわけだ」
親父さんがまたグラスの中の液体を口に移す。
「ヒロ、どうせケイゴのことだから家では何も言わなかっただろう? 三人の中で一番のバカと言ってもいいし、『WWW』で一番のPCと言ってもいい。
たしかに三人ともほかのPCには無い能力があったし、誰が一番とは言えないが、いろんな方面で働いたのはケイゴだ。
おまえはケイゴをどう思っているかは知らんが、そこら辺のバカな若者よりかは立派な奴だぞ。 ……性格に難はあるがな」
ヒロはただその話を聞いていた。
スバルもヒロと同じよう、静かに話を聞いている。
「えーと、ちょっと疑問良い?」
親父さんの話が終わったと思い、ディースがふと質問を投げつける。
「えと、ケイゴとスバル・ヒロってどんな関係?」
「ん? 圭兄はヒロの兄貴。うちの両親がヒロの親と仲が良いからその関係上、圭兄とはよく遊んでもらったんだけど」
「うわ、身内ですかそうですか」
ディースがスバルの答えを聞いてびっくりしている横で、
「あのバカ兄もう家に帰って遊んどるで……バカやのに……」
なぜかヒロは兄圭悟の武勇伝にショックを受けていた。
「ヒロはともかく……スバルはケイゴのことどう思っているんだ?」
「圭兄? 最近会ってないから今もどうかわからないけど、確かにあの人何でも出来たし、するだけの能力も持ってたな。
性格的にも人を引き寄せるし外見はカッコいいし、男女関係なく人気はあった」
「けどアレやで……年柄年中会ってたら悪いところしか見えてこーへんで……」
ショックから復帰したのか、ヒロが話題に参加してきた。
「はいはい、このネタはもー止めや。あんまり俺凹まさんでくれ……」
「それでだな、あのときケイゴがな〜……」
「ぐ、ぐれてやる〜〜(涙」
止めようとしないその話題にヒロは涙して逃げていった。
「あはは、見事に逃げていったな」
してやったり、と親父さんが笑う。
「あの様子だとログアウトするかな。 まぁたまには凹ました方があいつのためになるけど」
そういいながらもなんだかんだでスバルも楽しそうであった。
「さて、じゃあ僕もログアウトしようかな。 もう遅くなってる頃だし」
ディースが席を立ってカウンターにお金を出す。
「そうだな。 もう夕方、下手したら夜か。 ……ところでディース、お前ソロなのか?」
「うん、今日入ったばかりのね。 一人でも結構自信があったんだけどなぁ……」
「ならうちのチームに入らないか? 俺らも今日始めたばかりだし、人数は出来るだけ多い方が良いしな」
「それは喜んで。 ……もしかしたらケイゴに会えるかもしれないしね〜♪」
ディースにとってはその要素は結構大きいらしい。
「そればっかりは圭兄次第だな。 チーム名はまだ決めてないけど、ギルドはここだからもし集合するならここで」
「了解、一応メールアドレスね」
と、メモにメールアドレスを書いて二人はそれを交換する。
「……よし、解散してログアウトしようか」
「おつかれ。 リアルでヒロによろしく言っておいてくれ」
「はい、じゃあ親父さんまた今度」
スバルもカウンターにお金を置く。
親父さんに軽く手を振って、スバル・ディースの二人は店を出て行った。
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