『The world which a wind blows -風の吹く世界-』 第二話
……シュン
トランスポートに乗って移動してきた狩り場。
辺り一面の草原だ。
ちょうど今誰もいないのか、『PCの』気配はしていない。
「つーことは何、囲まれたらどうすんの?」
「囲まれたら逃げるか戦うかだろ? いくら考えても、それは変わらないさ」
と、ヒロの質問に答えてはみたが、実際囲まれると逃げる戦うにかかわらず袋だたきになること間違いなしだ。
「それに武器は?」
「俺は後方支援やいうたやろ? 金無いんやから素手で戦え素手で」
まったく、信じられないやつだ。
「俺が死んだら責任とれよ」
「ありがたく保険金もらったるわ」
もうこいつに話を振るのは止めた。
結構な声の音量で話しているから、そろそろ敵が現れる頃だし。
「3時に一匹、11時に2匹だな」
「3は任しとき。11は任せんで?」
「りょーかい。無駄なダメージ食らうと許さないからな?」
「それはこっちの台詞や。……では」
呼吸を整え、各々担当の方角を向く。
そこらでウィンドウショッピングをしてるかのような服装で、二人とも素手、弱小PTとはよく言ったもので、普通なら敵一匹倒すのも骨が折れる作業だろう。
しかし、二人はそんなこと考えず、
「「たぁ〜!!」」
と、突っ込んでいった。
−戦闘・コボルト3−
二匹相手にするスバルはまさに一本正直、二匹同時に相手に出来る間合いまで詰め寄った。
一方のヒロ、すでにこっちにターゲットを移しているその敵、ヒロより随分小さいゴブリンに向かって構えを作っていた。
スバルの方も、どうやらヒロが戦っているコボルトと同じ敵だったようだ。
ただ、スバルは完全に先手必勝。
相手が間合いに入っても動かないのを見ると、片方向かって思いっきり突っ込んで
「てぃっ」
と、キックをかます。
体重が軽いからかクリーンヒットしたからか、そのコボルトはちょっと宙に浮いた後、ズサササーと草原を跳ねていった。
「まず一匹!」
姿が消えるのを確認してから、もう一匹の方を向く。
「あ、あ?」
しかし、さっきまでいたコボルトはすでにその場所にいなかった。
左→右と、見つけようと首を振り回すが、やはりいない。
ガサガサ
後ろから音が聞こえた。
すぐに体をそっちに向けたが
(早いっ!?)
コボルトは手にした棍棒をもう振り回せる距離まで迫っていた。
急いでバックステップをするが、思ったより素早いそのスイングは服を破り少し皮膚を傷つけたようだった。
「くっ!」
痛みがワンテンポ遅く訪れる。
(あー痛い。ここまでリアルに作ることはねぇのに)
そんなこと思っても実際痛みのせいで動きが鈍くなってるのは確かである。
好機と思ったのか、コボルトが助走を付けてジャンプして思いっきり棍棒をたたき付けようとした。
「ちっ」
横に逃げるか後ろに逃げるか。
果たしてどっちが当たりでどちらがはずれだろうか。
それとも……
どちらも外れか。
ガスッ!
(……ん?)
どちらかに逃げようとしたその時だった。
コボルトの頭上に、かかとがあったのだ。
「……かかと?」
コボルトはその一撃で倒れたらしく、地面に落ちると同時に姿が消えた。
−戦闘終了−
「このにーちゃんは何手こずっとんねん……」
そのかかとの持ち主はヒロである。
早々に自分の分をかたづけた後、スバルの戦いを見ていたが一撃食らったのを見て助けに来た、というわけなのだ。
「仕方ないだろ、人相手にやってるわけじゃないんだから」
「仕方無いやあらへん! 回復アイテムも持ってへんのに怪我したら回復待たなあかんやろが!」
パット見貧弱そうな男に見えるヒロなのに、関西弁で怒られるとすごく威圧感あるのはなんでだろう?
関西弁は魔術に違いない。
「……ん? なんだこれ」
ヒロがかかと落としで倒したコボルトがいたところに、小瓶が落ちているのが見えた。
「ああ、それはヒールポーションやな……」
「ということはコレ使って回復……」
「却下」
言い終わる前に却下された。えらく早いな。
「なんで……」
「それは戦闘中危険になったら使うもんや。移動中は自然回復で我慢しぃ」
「えー」
「やかましい、元々ノーダメで倒すー言うたんはお前やろ?」
う、そこをつかれると弱い……
「とりあえず回復ー」
二人してその場に座り込む。
どうやらあたりに敵はいないらしく、のんびり回復できるようだ。
「そう言えばお前、さっきよくアイテムが分かったな。お前もこのゲームは初心者なんだろう?」
「まーなんなりと手段はあるんやけどな。俺は兄貴からもらったこれ使ってるんや。お前も使ってみるか?」
そう言ってヒロが右手に話題に出したその『物』を具現化する。
形状から察するに、PDAに近い物らしい。
それをスバルに向かってヒュッと投げた。
うまく受け止めたスバルがそれのメニュー画面を開く。
ブゥン……
その画面はモニターに映るのではなく、立体映像としてスバルの目の前の空間に映し出された
「へぇ、なるほど」
メニュー画面にはあらゆる情報が羅列されており、パッと調べるにはちょうど良いみたいだ。
「それ、音声・映像認識もするから取り出さんでも大丈夫やねん。その分、結構高級品らしいねんけどな」
そりゃこんなもんみんな持ってたら嫌な気はする。
便利は便利なんだけど。
「けど、圭兄に頼んだらスバルにプレゼントしてくれるんちゃう? あの人無駄に金持ってるらしいから、それくらいしてくれんとな」
「むー、頼むだけ頼んでみるか……圭兄のメアドは?」
「ほい、コレや」
ヒロがちっちゃい紙をスバルに投げつける。
「名刺か。こんなもんもあるんだな……」
とりあえずそれは自分のスペースに送っておこう、とスバルが名刺を転送した。
「もらう、もらわないは別として、一度メールぐらいはしないとな」
近頃現実でも会ってないので、メールで話すのも良いかもしれない。
「ん、もう回復したんちゃうか?」
「え……本当だ。傷がふさがってるな」
どうやら回復能力は現実より相当早く設定されてるらしい。
まぁ、現実と同じだったらろくに狩りも出来なくなるのだが……
服が破れたままなのは、まぁ仕方ないところか。
「さぁ行くで。次ぐらいでLvも上がるやろー」
「どうやってLv上がったのを知らせるのか、すごく気になるがな」
急に音楽がなり始めるとかだったらすごくびっくりするような気がする。
二人はその場を立ち、遠くに見える建物向かって歩き出した。
「あの建物は何だ?」
さっきのPDA、名前をSPというらしい、をヒロに返し、現在向かっている建物を検索してもらった。
「【『探求の遺跡』 初心者から上級者までどんなPCでも挑戦できるダンジョン。
永遠に続くとさえ言われている地下は完全攻略した八階無いと言われている】 らしいで?」
画面を通じその説明文を読むヒロ。
「ふーん……まだダンジョンとかは早い……か?」
「アホウ、堅実なプレイなんか面白いことあるか? ここは少々強いところ行って一気にレベル上げるのが面白いんやないか!!」
うわ、ヒロが自分のRPG論を語り出しましたよ。
普通のRPGならそれでも良いけど、痛い目会うのは嫌なんだがなぁ……
「……ま、それはそれとして、や。 なんにせよせっかくのMMORPGやねんから人がおるに越したことあらへん。
ダンジョン前やったら人がいっぱいおるやろ。そこで情報集めるなりなんなりするのも手やと思うで?」
「それは言えてるか。話聞いて無理そうなら止め、行けそうなら行くって言うのも良いな」
「まー行く前に倒れたらどうしようもあらへんけどな♪」
そう言ってヒロが立ち止まる。
「……今度はちゃんと注意して戦います」
さっきの反省をふまえ、スバルが少し警戒を始める。
「さぁ、二回戦の始まりや!」
ヒロのその声につられてか
一匹のモンスターがそこに現れた。
現れたと言うより、そこにいた、と言った方が良いかもしれない。
もっと言えば、戦っている最中だったというか。
「……なんや、戦闘中なんか」
そのモンスターと戦っているPCを見ながらヒロが漏らした。
さっきのコボルトとは違い、大きさも速さも段違いに早い。
「んー……ここって初心者エリアだったよな? 結構強そうじゃないか?」
「たまにレアで強い奴出てくるやろ? そういうんじゃないんか?」
完全に人ごとだと思って、戦っている風景を見ながら二人は話し合っている。
モンスターの方が少し押し気味だろうか、PCは結構疲れている様子だが、モンスターはまだまだ余裕、と言った感じである。
「分が悪いな。手を貸すか?」
「何言うてんねん。Lv1の俺らが手に負える相手でもあらへん。下手したら道連れやで?」
確かに、さっきのコボルトと戦うのとは違う。
一つ一つの動きは速いし、重さだってありそうだ。
戦っているPCも初心者、明らかに今日始めたかのような出で立ちであるし、もろに食らったらもしかすると一撃かもしれない。
それでも今まで戦えているのは、それなりに運動能力が優れていると言うべきか。
「おーい、助けいるかー?」
と、一応声をかけてみる。
「……た……む」
相当疲れているのか、あまりこっちに気持ちを向けられない様子だ。
「どうすんねや?」
「助けるに決まってるだろ。一度ぐらいゲームオーバーになるのも悪くない」
「……俺は嫌やねんけどな。痛いのは」
そう言いつつも、スバルがモンスターに向かってダッシュするのにヒロも軽やかについて行った。
−ヒロ・スバル戦闘参加 ギガース1−
「大丈夫か?」
スバルが今まで戦っていたPCをかばうようにモンスター・ギガースの前に立つ。
ヒロはさっき拾ったヒールポーションを使い、ギガースにやられた傷を治している。
「スバル、治るまで敵の足止め頼むで?」
「……少々きついがな。逃げるだけなら何とかなるだろう」
と少し弱きな返答をすると、
『何とかなるやのうて、何とかするんや』
……檄を飛ばされた。
スバルが少し凹んでいるのも関係なく、ギガースがスバル向けて右腕を振り下ろしてくる。
ブゥン!
「ほいっと」
流石にモーションの大きい攻撃だから軽々とかわす。
かわした後の態勢を立て直す時にさらに逆の腕の振り落としが襲いかかる。
ブゥン!
「……っと」
続いてかわす。
なるほど、んで
ブゥン!
と連続で来るわけか。
最初は当たらなくても疲れた頃にPCのミスで当たると言うわけだな。
一度でも当たればかわし続けるのは苦しくなるだろう。
「お疲れさん。加勢するわ」
回復しきったPCを連れてヒロがギガースをはさんだ。
「てぃ!」
ギガースの気がスバルに向いている隙にヒロが腹にキックを入れる。
ブゥン!
「わわ」
しかし蹴られたことなど気にしないようにギガースはヒロを右腕で払おうとした。
なんとかかわしきることは出来たが。
「あかん! 全然手応え無いわ」
勢いでズササササーと地面を滑る。
止まる頃には間合いの外にいた。
「おかしいな、こんなモンスターこのエリアにはいないハズなんだけど」
「そーなん? レアやのうて?」
「なんにせよ、俺らじゃ倒せないことは確かだぜ?」
そもそもこの大きさのモンスターをLv1で倒せること自体がおかしいとは思うが。
「じゃあ逃げるんか? まぁ、戦闘圏外まで逃げるんは大丈夫やと思うんやけど……三人やしな」
と言って、三人頷く。
「誰に行っても文句は無し。運がなかったと思うこと」
「本当なら僕が引き受けるべきなんだけどね」
「アホウ、それやったら助けたんが無駄になるやないか。素直に逃げるで」
ブゥン!
ヒロにギガースの一撃が放たれる。
それをすっとかわし
「逃げろ〜♪」
三人バラバラに逃走である。
「……やっぱ俺か。最後に攻撃したもんなぁ……」
ギガースはヒロを追っていた。
ただ、普通なら逃げ切れただろうが
−状態変化・スロウ−
ヒロの耳にそんな声が聞こえる。
「……嘘やろ? そんなん聞いてないで?」
足が重くなる。
足、より体といった方が良いか。
気付けばギガースの間合いに入っていた。
「むー……あかんなぁ。ま、一回ぐらい戦闘不能になってもええやろ……」
歩みを止めた。
ギガースに向き合って、一応構えを取る。
動かないのを感じ取ってか、ギガースは少し力をためて
ブゥン!
振り下ろした。
そろそろ変化が起きてもおかしくなかった。
たしか戦闘不能になると強制ログアウトのカタチになりリアルに戻るはずなのだが、まだヒロの意識はそこにあった。
(んー?)
覚悟して目をつぶっていたヒロだったが、何も起きないのを不審に思って目を開けた。
ザン!!
ギガースの右腕が宙に浮かぶ。
−ユリ戦闘参加 ギガース1−
「大丈夫ですか?!」
大剣を持った少女が見える。
羽が生え、たとえるなら戦乙女のようなPCだった。
「ディスペル!」
ヒロの体を小さな光の玉が包んでいく。
−状態回復・健康−
その声が示すようにヒロの体の重さは抜けた。
すぐ今まで立っていたところから動く。
「ガードしててください」
言われるままにギガースの動きに注意しながら、決して間合いに入らないように距離をとる。
少し余裕ができたところで助けてくれたPCの方をみた。
身長ほどあるであろう大剣を軽々と持ち、ギガースの動きを軽くかわす。
その拍子に髪に結ばれたリボンがピョンと跳ねた。
名前は確かユリだったか。
(ふむ、Lv高そうやな……)
基本的な能力の差もあるだろうが、やはりそれでは埋められない自分との差がある。
最初はこのゲームにLv上げの意味があるのかと思っていたのだが、いざ高レベルの戦闘を見るとやはり重要なことだと思う。
でも
「やっぱ女に助けられぱなしゆーんは性に合わんな♪」
たとえ低Lvと言っても、そりゃあダメージはいかないが回避ぐらいならできる。
とどめはまかせるにしても隙ぐらいは作れるはずだ。
驚くユリに構わずヒロがギガースに向かって走っていく。
「とっとっ」
左腕だけとはいえ攻撃を繰り出すスピードは変わらない。
しかし、パターンが単調になるのは当然で、なまじパワーで押してくるタイプなので簡単にかわすことはできる。
かわした後に攻撃できるほどの暇はないが。
「とどめは頼むで!」
タイミングを見計らっているユリに聞こえるぐらいの大声で叫ぶ。
「わかりました、当たらないようにしてくださいね?」
ヒロの意図がわかったのか、ユリが大きく首を縦に振って大剣を構えた。
それを見て、ヒロがユリのいる方向とは逆のほうに動き、ギガースをそっちへ向かせる。
「ばーか♪」
うまいこといったとばかりにヒロがギガースに舌を出す。
「はぁっ!」
大きくユリが飛び上がりヒロの方に気が向いているギガースに
ブシャ!
……大剣の重さを活かした上からの打ち落としの一撃を放つ。
コボルトを倒したときとは違い、今度ははっきりとモンスターが消えるのが見える。
−戦闘終了 ヒロLv1→Lv2−
無機質な音でヒロのLvアップが告げられる。
「……なんや、そんだけかいな」
はっきり言って拍子抜けである。
せめてファンファーレぐらい流れると思っていたのだが。
「ありがとな。あのままやと戦闘不能になっとったからな」
サッサッと服に付いた埃を払っているユリにヒロが話しかける。
「いえ、もともとはこちらの責任ですから」
「ん?」
「私は『WWW』運営をしている『ユリ』です。これどうぞ」
と言って名刺をパッと出す。
それを受け取って、サーッと流し読みして
「ふ……ん。運営側ということは※4GMやねんね……道理で強いはずや」
と、必要な情報だけまず得る。
「俺の名刺はまだ作ってないんよ。けど、名前『ヒロ』で連絡ぐらいとれるやろ?」
わざわざ覚えるとは思えないが、一応名前だけ伝える。
「あ、そういやそっちのせい……て言うことは『WWW』のサーバーにエラーでも起こったん?」
「はい、もともと『ギガース』はこのエリアのモンスターじゃないんですよ。 被害を受けているPCがいたので私が処理しに来たんです」
被害、とはヒロ含む三人だろう。
「けど、『WWW』ってそういうエラーがないことで有名やったのにな。ま、被害が出ないうちに処理すればあまり問題はないんやろうけども」
「今回はこちらとしても予想外だったんです。反応が遅れて、危うく被害が出るところでした」
結果としてヒロとスバルが加勢して時間が稼げたおかげで間に合ったわけだ。
そう考えるとわざわざ助けた意味があったってわけだ。
「とりあえずスバルに報告しにいくか……心配してるやろしな」
あいつの性格上、戻ってきても不思議はなかったんだが。
ま、そこらへんは後で聞いてみるとしよう。
「私は仕事の方に戻ります。もしかしたらほかのエリアでも同じことになってるかもしれませんし」
そう言ってユリが立ち去ろうとしたが
「ちょいまち、GM言うことはイベントとかに参加するんやろ?」
ヒロの制止の声に移動するのをやめる。
「まぁ……そちらに人手がいるようなら参加するとは思いますが」
「この借りは絶対返すからな。GMやろうと誰やろうと借り作って平気でいられる奴やないねん、俺は」
その台詞は予想外だったのか、少しあっけにとられていたようだったがすぐに理解して
「あはは、楽しみにしてますよ」
少し笑顔になって、そのエリアから抜け出した。
「……強くならんとな」
ボソッと漏らして、ヒロは町へと戻った。
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