『The world which a wind blows -風の吹く世界-』 第四話





−ログアウト−



 カポッ、とヘルメットを外し備え付けの机に置く。
 (はぁ……)
 上半身の力を抜いて椅子にもたれかかった。
 ……気だるさが体を蝕む。
 もっとも、これぐらいならすぐに抜けるだろうけども。
 「何か飲まれますか?」
 『WWW』から帰ってきたのを確認したのか、カフェのウェイトレスさんがスバルのテーブルに注文を取りに来た。
 「ああ、コーラ頼もうかな」
 「はい〜」
 注文を聞くとそのウェイトレスはさっさとカウンターの方へ向かっていった。
 「初ダイブは何事もなく終了」
 何事があればこんな悠長にはしていないが。
 立ち上がっているPCを自分の見やすい方に向け、キーボードを自分の距離に寄せる。
 「スペースの容量は……と」
 『WWW』の時に転送したファイルの確認を始める。
 そんなにたいした物を送ってはいないので残りには十分余裕があるようだ。
 容量チェックのついでに送った物を内容を確認する。
 「圭兄の名刺か……メール送ってみるだけ送ってみるか」
 と、名刺に表記されているメールアドレスを頼りにメールソフトを開く。
 「『圭兄久しぶり。今仕事とか何してる? 受験終わったんだからまた遊びにつれていってください』、と」
 送信ボタンを押してソフトを閉じる。
 見てくれるかどうかは分からないが、可能性があるのだから送っておくに超したことはないだろう。
 「コーラお持ちしました〜」
 送信して一息ついたそのときにちょうどよくコーラがテーブルの上に置かれた。
 忙しいのか、ウェイトレスさんはもう次のテーブルの方に向かっているようだった。
 表面に水滴が付いているコップを左手に持ち、そのまま4分の1ほど口に含んだ。
 口の中に泡がはじけるような炭酸特有の感覚がはしる。
 「コーヒーと間違えました」なんていうお約束のボケは無いようだ。
 あ、言っておくが博の家ではそういうお約束のボケがお約束になっているのだ。
 だから一口目はいつも警戒しているということ。
 机にコップを置くとカラン、と氷の鳴る音がした。
 コーラを飲み干したら帰ってしまおうと思う。
 別にもう少しネットサーフィンをしていてもいいのだが、あまり遅くなると飯にありつけないという最悪のオチが待っていそうで怖いから、だ。
 再びコップを手に取り、後残りをグーッと飲み干す。
 「……けほ」
 一言。
 炭酸は一気に飲むものじゃない。


 「ただいま」
 誰かいるかは分からないが、一応玄関で自分が帰ってきたぞというアピールをする。
 靴を脱いで玄関からすぐのリビングのドアを開ける。
 ……
 部屋の中を一通り見るが、人がいる気配はない。
 毎度のようにテーブルの手紙がおいてあるのが少しいただけないが。
 それを手に取り、書いてある文字に目を通す。
 『スバちゃん。母さんはスバちゃんの友達のお母さん達と夕食・カラオケに行ってくるから家のことはよろしく♪\(^_^)/』
 ……
 呆れて物が言えない。
 これだから遊びに行く前に帰ってきたかったのだが。
 そんな事言っても始まらないのはいつものことで、夕食どうしよう、と考えつつスバルは風呂の方へと向かった。

 カポーン。
 ……この音がすると銭湯のような気がする。
 というより、なぜ銭湯ではこの音が定番なのだろう?
 ふとした疑問はさておいて、冷たくなった水を流し湯船をシャワーでサッと流す。
 それに栓をしポチッと風呂のスイッチを押すと、後は自動で『いい湯だな』状態まで調節してくれる。
 と、自動だからやることはこれだけで、あとは風呂がたけるまで暇だ。
 普通ならここで夕食タイムといくのだが、親がいないのでそこは悩みどころだ。
 自分が作る夕食は想像を超えたまずさなのであまり食べたくはないのだが。
 ピーンポーン
 「……飯が来たか」
 なぜか、そんな気がした。




 「……ふぅ」
 ヘッドセットを横の机の上に置く。
 時計を見ると18時、なんだかんだで5〜6時間プレイしていたわけだ。
 その間睡眠をとったような感じで、すごく体が重い。
 (こらあかんわ。ゆーこと聞かへん)
 しかし、いつまでも座っているわけにもいかない。今日は見たい番組があるのだ。
 博にとってそれを見逃すなどと言うことはアンディ・フグにかかと落としを食らわせられるほど痛い。精神的にそれほどのダメージなのだ。
 人によってはそんな博を馬鹿にするだろうが、コレはどうしても譲れないのだ。
 (と、とりあえずテレビを……)
 体を起こしてはみたもの、歩くのが激しく困難である。
 それでもちょっとずつ、居間のテレビへと近づきスイッチへと手を伸ばす。
 さて、ポチッと
 「ひーろー、バカ弟のひーろー。電話だぞー」
 な?
 「テレビは今故障中だから見ようと思っても無駄だぞー。だから観念して電話取りに来いー」
 ……
 確かめるようにスイッチをポチッとなと押してみる。
 シーン
 ポチッ
 シーン
 ポチポチッ
 シーン
 ポチポチポチポチッ!
 シーン
 ……あう
 「あーもー! 行きゃええんやろ行きゃ!」
 子機を持ってこない兄にムカつきながら、博は親機のあるところへと向かった。



 「だれやねんこんな時間、っていうかタイミングに……」
 置きっぱなしにされた受話器を手に取り、耳に当てる。
 「この時間に電話かけてくるとはえー根性しとるな、誰や?」
 「こんな時間て、今は朝の九時やで? 久しぶりにかけるんやからもーちょい喜んで欲しーわー」
 「オレの友人に時間を間違えるような関西人はいない、カエレ!!」
 ピッ プーップーップーッ……
 失礼なやつだ。
 現在午後六時、太陽は西に傾いているだろうし、カラスもカァカァ鳴いているはずなのだ。
 トゥルルルルル……
 また電話がかかってきたようだ。
 「もしもし、坂口ですけど」
 「いきなり切るなや、こっちイギリスやねんから時差あるんあたりまえやろ?」
 「……イギリス? オレそんなとこにおる知り合いなんておらんねんけど……」
 「アホウ、このシゲキ様の声忘れたんかいな」
 知らないと言い張る博に対して電話の相手は少々あきれ気味に自分の名前を出した。
 様付け、というのがなんだかなぁだが。
 「シゲキ……って『あの』シゲさんか??」
 名前を聞いてようやく心当たりがあったのか、自信のなさげな、だがほぼ確信めいた声を返す。
 「そやでー? まぁ、声で話すんは何年かぶりやから忘れてもしゃーないけどな」
 本人から当たりの声が返ってきた。
 シゲさん、本名シゲキ=ハインツという名前の博と同い年の少年。
 博がまだ関西にいた頃よく遊んでいた仲だったのだが、今日の今日まで博の関東に引っ越しのこともあり連絡を取ることはなかった。
 ……当時からパソコンの知識は抜群で、今の博の知識はシゲキによる物が大きい。
 「そーいや一度だけ電話番号教えたことあったっけか。シゲさんのことやから『どこからか』情報拾って、メールとかでくると思てんやけど」
 「あー、そうしたいんは山々やってんけどな、おまえんとこのセキュリティがうっと惜しくて止めたんや。
  調べよう思たら対攻プログラムウイルスが入ってきょったし。
  その先もややこしそうやったから昔もろうた電話番号使ったわけや」
 「……んなもん俺はした覚えないんやけど。俺や無いとすると圭兄かな?」
 「それやとするとよっぽど人にプライベート知られた無いんやな……ま、この時代で一番の犯罪防止策やけど」
 「そんな事言おうと思うてたんや無いやろ? シゲさんのことやから突拍子もないことやろうと思てんけど」
 「あ、忘れてた。 忙しいときはこれでもかーってくらいに忙しいんやけど、暇なときはほんま暇なんよ。
  んで、暇つぶしがほしーなーって思て連絡を」
 「……なぜに俺?」
 「そこはやはりこっちのメリットのため」
 「え。メリットもくそも俺は何も出来んぞ」
 「日本の知り合いが少ないんよねー……日本の『コネ』が欲しいんよ。色々便利やねんで?」
 「むー……なんか裏がありそうで怖いんやけどな〜(汗」
 「裏やない裏やない。俺が頼むときは150k直球ど真ん中な頼み方するから」
 「……こわ」
 「『魔術師』と呼ばれたお前やねんから、引き入れといたらこっちとしてもありがたいんや」
 「えらく懐かしい二つ名持ち出してきたな……あれは俺の力だけやない。俺一人に出来る事なんて知れてるで?」
 「じゃあたまには関西弁を使いとうなった、やとだめなんか?」
 「……メールアドレス渡す。今度から連絡はそっちへ」
 「機嫌悪してすまん、今日のところはお前と話したかったんがメインや。……また今度連絡する」
 博がシゲキにメールアドレスを手早く教えたあと、適当に話をつけて電話を切った。
 シゲキは最後に何か言おうとしたが、また次に連絡あるだろう、とその時は全然気にしなかった。




 「昴ー、ご飯食べたー?」
 ガチャ、と玄関の開く音とともにそんな声が聞こえた。
 「入ってきて良いぞ、彩花」
 昴が玄関方向に大声を出す。
 「にゃっほ〜」
 玄関へと歩いていくと、靴を脱いでいる、さっきの声の主と目が合った。
 昴に向かって明るく声をかけられた。
 「リビングで待ってろ。 お茶出すから」
 「あ、いーよいーよ。 私に任せておいて。 ……荷物は持ってほしいかな?」
 「はいはい」
 昴は玄関におかれたスーパーの袋を手に持ち、先に台所に向かったその少女の後をついて行った。
 少女の名前は神崎彩花。
 昴よりは20cmほど低いだろう身長と、黄色いカチューシャをつけているのが特徴だろうか。
 昴とは博と知り合う前からの顔なじみで、親同士のつきあいもある。
 もっとも、再会したのは今の高校に入ってからだが。

 「にしてもあの人ら遊ぶの好きだねー、残されていく私たちの身にもなってほしいよ」
 台所でスーパーの袋の中身を出しながらリビングで待ってる昴に愚痴をこぼす。
 「ああ、まだ四月の前半だっていうのに俺の夕飯半分も作ってないんじゃないのか?」
 「うんうん、久しぶりにこっちに戻ってきたんだからご飯ぐらい作ってくれればいいのにね」
 これじゃ中学の時と一緒だよ、と漏らしながらお茶を入れて持ってきた。
 「祐樹さんか……今はなにしてるんだ?」
 「えっと……なんか人には言えないようなことしてるらしいよ? 危ない仕事だからーって追い出されたんだから」
 今話題に出ていた『祐樹』という名前だが、彩花の実兄であり、博の兄の圭悟と同級生であり、神崎家の本業である神崎流拳法の正統継承者でもある。
 だが、本人が受け継ぐのを嫌がってるとかで親から勘当扱い(ただ単に祐樹が家から出て行っただけだが)されている。
 その時にお目付役として妹である彩花が三年ほど家事の世話などをしていた訳だが、祐樹の就職と彩花の高校入学とあと一つ、コレが彩花自身出て行くと決めた理由なのだが、詳しくは昴に教えていない。
 祐樹とその同居人と暮らすのがイヤになったんだろう、と昴は思っている。
 イヤというのは、二人が嫌いというわけではなく二人がイチャイチャするということであろう。
 小さいときから彩花を知っている昴だから、その見解はつじつまが合うことであった。
 「どこに行っても私の周りでイチャイチャしちゃって……気まずい私の身にもなってよね……」
 ……時折漏らすこんなセリフからもそれが正しいと頷ける。




 「はい、出来上がりだよ」
 ソファーに寝ころんでのんびりテレビを見ていた昴へ、台所の方から声がかけられる。
 その方向からいいにおいが漂ってきた。
 「よっ」
 身体を起こして、台所の方にと行った。

 「いただきます」
 「いただきます」
 二人向かい合わせに座って手を合わせた後、同時に挨拶。
 昴が一口目を食べるのをわくわくしながら彩花があごに両手を置く。
 「はいはい、感想言えばいいんだろ……」
 早く食べろと急かされ、仕方なく一口目を入れる。
 「うむ、なかなか」
 「それ、ご飯。 しかもおばさんが炊いていったやつ」
 軽いボケを冷たく返され、仕方なくまじめに箸を付け始める。
 「はむ……」
 「どう?」
 「不味くはない」
 「……毎回言うね、それ」
 そう、これがいつもの俺と彩花の食事。
 四月に入ってからの、一番多い食事風景だった。


 「……んじゃ、また明日、学校でね」
 「寝坊するなよ、責任取らないからな」
 「わかってるわよ。 ……たく、祐兄と同じ事言うんだから」
 そう言って彩花が笑いながら自宅へ帰っていった。
 「祐樹さんと同じ事、ねぇ」
 未だに兄離れ出来てないような発言に不意に笑みがこぼれていた。
 それは昔の、小さい頃の彩花のままであった。





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