(10)ゲシュタルト心理学
シュタルト心理学(独Gestalt Psychologie、英gestalt psychology)は、ウェルトハイマ(Wertheimer、 M.;1880-1943)を創始者として1910年代にドイツで生まれた。
ヴント(Wundt、W.)に代表される「要素の総和が、構成される全体としての心的現象」とう従来の要素主義の考え方を否定した。(→心は部分の総和とならないことを証明した)
その適用領域は知覚が中心であったが、記憶、思考、要求と行動、集団特性などにも及び現代心理学の源流の一つとなっている。
『ゲシュタルト』…形態や姿を意味する言葉であるが、ここでは、要素(部分)に還元できない、 「まとまりのある1つの全体がもつ構造特性」を意味する。
10.1) ゲシュタルト心理学の誕生
10.1.1) ウェルトハイマーの着想
1910年の夏、休暇でウィーンからラインラントに旅する途中、ウェルトハイマーは運動視(現運動)の問題について考えていた。この時、彼に新しいアイデアがひらめき、列車を降りて玩具の”驚き盤”を買った。絵を次々に提示するとき、それが運動して見えるような様々な形を作り、最適の運動を起こすにはどのような条件にしたらよいかを調べ始めた。
【ウェルトハイマーによる仮現運動の実験】
仮現運動(apparent movement)…静止した画像を短い時間間隔をおいて1コマ1コマ映される と像が動いて見えるアニメーション映画にみられる運動。
実験方法ウェルトハイマーは、画像に相当するものを単純な図形にした。
実験の条件を、2つの図形を提示する時間間隔、空間間隔、提示時間、形、色、配置、 被験者の注意の状態、など様々に変化させて行われた。
例えば、平行な2直線(a、b)を順次、ある時間間隔をおいて見えるようにした。
結果 時間間隔が非常に短いとき(30ミリ秒程度)は2つが同時に見える(同時時相)長いとき(200ミリ秒程度)はそれぞれの場所に次々に見える(継時時相)。
その間のある範囲内(60ミリ秒程度)ではいろいろな動きが現れ、一方から他方へ、
なめらかな動きの見られる条件がある(最適時相)。
とくに、なめらかな動きの中でも、1本の線が動いたという見え方ばかりではなく、
線の印象を伴わずにaの場所からbの場所への“動き”そのものだけが感じられるとい現象があった。この現象をウェルトハイマーは純粋ファイ(reineφ)と呼んだ。
↓
仮現運動が、図形が実際に移動する場合に起こる実際運動と見かけ上、区別できない。 2図形を別々の眼に呈示しても起こること等が発見された。
考察 以上の結果から、
→仮現運動は、末梢的な機構からは説明できない。
→仮現運動は、個々の刺激要素によって起こる別々の過程からは説明できない。
→仮現運動は、2図形のもたらす時間空間的パターン全体から生ずる過程
ウェルトハイマーは、神経生理学理論に基づき、現象ファイに対応した高次な中枢生理過程を考えなけらばならないことを訴えた。(当時、この現象を神経生理学的に検証する ことは不可能であったが、そのような仮説は当時の心理学にはない考えだった。)
10.1.2) 要素主義の否定
要素主義心理学 …要素主義の考えでは、われわれに与えられる直接的な経験は、
「要素的な感覚が機械的に連合して合成されたモザイクのようなもの」恒常仮定(独Konstanzannahme)…要素主義心理学の基本前提。一定刺激と一定感覚が恒常的 な対応関係をもつという考え。
(物質において原子や分子の構造とその物質の性質に対応関係があるのと同じように)
この要素主義の考え方では『ウェルトハイマーによる仮現運動の実験』を説明できない。
→2図形a、bは物理的に静止したままであり、a、bの間に動きと感じられる“ファイ(φ)”に対応する“刺激要素”は存在しないことから。
ゲシュタルト…要素に還元(=戻すこと)できない、全体としてのまとまりからかもしだされ構造的特性。心的現象はダイナミックな構造をもつ1つの「全体(ゲシュタルト)」である。
10.2) ウェルトハイマーによる視野世界の体制化
ゲシュタルト心理学の成立において、中心となったのは知覚、とくに視知覚の領域。
ウェルトハイマーは、視野の中で、次の3つの構造化が秩序ある知覚世界を成立させているとを図形例を用いて示した。
(1)「図−地」の分化
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(2)図がまとまって群をつくる「群化」の過程
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(3)それらが簡潔・単純な方向に向かって起こるという「プレグナンツの傾向」
a)図−地の分化
山の尾根で一面の霧に取り囲まれたときのように、視野全休が等質な光で満たされている合(全体野)は、形の知覚は成立しない。何らかの形や物が知覚されるためには、一様な視野中に異質な領域が出現し、それがまとまって周囲から分かれること(視野の分節)が必要である。 ルビン…1912年頃から、図(figure)と地(ground)の分化という現象を研究していた。
ルビンによると、図と地が表す特性について、次のように述べている。
・図と地の特性
@図は形をもつが、地はもたない
A2領域の共通の境界としての輪郭は図に属し、図の領域を形づくるため、
地は輪郭のところで終わらず、図の下まで広がっている
B図は物の性質を、地は素材的性質を持つ
C図は見る人のほうに近く定位される
・図になりやすい領域
@閉じている領域(閉会)
A2領域が内側・外側の関係にあるときは、
(取り囲まれていなくても)内側の領域(内側)
Bより狭い領域(狭小)
C垂直・水平の領域(空間方向)
D相称な領域
E同じ幅をもつ領域、などであることを明らかにした。 図地反転図形…同じ図形が二様にとまる可能性をもち、それが交替して現れるもの
この種の図形はどちらが図になるかによって違う意味をもつので、多義図形とも呼ばれる例:ルビンの盃
白い領域が図となって盃に見えたり、黒い領域が図となって向かい合った横顔に見 たりし、見る人が意図的に一方の見え方だけをずっと維持することは難しい。
このような見え方の反転が起こるのは、上にあげた図一地の分化を規定する要因の で、どちらの領域がより図になりやすいかが一方的に決まらない場合である。
b) 群化の法則
図−地が分化し、いくつもの図が生じたとき、それらは無作序に視野を満たすのではなくたがいにまとまりをつくる。これ.を群化(英 grouping)という。
群化には次の法則がある。
@近接:他の条件が等しければ、近い距離にあるものがまとまる(a)。
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A類同:他の条件、が等しければ、類似した性質のものがまとまる(b)。
一般に構成要素の数が多いほど効果が強い。
この法則をたくみに利用したのが石原式の色覚異常検査表である。
○ ○ ● ● ○ ○ ● ● ○ ○ ● ● ○ ○ ● ●
B共通運命:運動(または静止)を共にするものがまとまる(c)。
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Cよい連続:なめらかに連続するものがまとまる(d)。
D閉合:閉じた領域をつくるものがまとまる(e)。
E客観的態度:図形が継時的に示される場合、その経過の中では一定のまとまりを生ず る配置が、他の経過の中では別のまとまり方をする(f)。
この呼びは、まとまりが、見る人の主観的な態度ではなく、|図形の時系列的
変化によって客観的に規定されて生ずることを意味する。
F過去経験:経験を重ねてきたものがそのようにまとまる(g-@)。
ただし、この効果は他の要因と拮抗するときは弱くなる(g-A)。
c)プレグナンツの傾向
刺激(ここでは”図”)の配置によっては、2つ以上の群化の法則が共存し、群化が同方向強化される場合もあれば、競合する場合もある。
上に述べた群化の法則(要因)によって視野は全休としてもっとも簡潔にまとまろうとする向がある。これがプレグナンツの傾向である。ウェルトハイマーは、その没後に刊行された『産的思考』において、この傾向が、知覚ばかりではなく思考過程にも認められることを示しいる。
図13.5aは重なり合った六角形と十字形に見える。ごく自然に眺めたとき、b、c、dの3からできているようには見えない。すなわちここでは前者の分節のほうがまとまりがよく、潔で「よい形(独gute Gestalt)」をつくり出す。しかしそれは必すしも規則的な形や相称的形を意味するわけではない。これと同じことは不規則な図13.6のような図形でも起こる。
まとめ↓
プレグナンツの傾向…規則性・相称性に限らず、「知覚の体制化における“単純で、統一的で、 まとまりがあり、秩序のある”結果を実現させる傾向」のこと
網膜上の刺激布置(図形が映った位置)と知覚(見える感覚)との“ずれ”は、
いわゆる錯視図形だけに見られるものではない。
日常の知覚にも起こり、その“ずれ”は「より単純な」方向へ向かう。
とくに、短い提示時間、小さい対象、不十分な照明、周辺視などの条件下で、 その傾向がはっきり現れてくる。
(11)行動主義・新行動主義