(7)反応時間研究
反応時間(reaction time)… 刺激が感覚器に与えられてから、手や声による反応か生起するまの時間
課題が複雑な場合の反応時間−簡単な場合の反応時間=簡単な課題に新たに加わった心的過程 の所要時間、として、精神時間測定の時代が始まった。
7.1) 個人方程式
ベッセル(Bessel、F.W.:ドイツ)…天文学者。反応時間について初めて組織的な研究を行う。
【経緯】 反応時間を初めて測定し、研究したのは天文学者や生理学者であった。
当時、天文学において、星の子午線通過時刻の測定は重要な仕事であった。
これには耳で時計の刻みを聞きながら、目で望遠鏡の中心線を通過する星を観察するという耳目法が用いられていた。グリニッジ天文台長であったマスケライン(Maskelyne、N.)は179年に助手の観測に遅れがあることを発見し、これを理由に助手を解雇した。
後にベッセルがこの記録を発見し、この事実に注目した。つまり、観測の遅れはその助手怠慢や未熟練によるものではなく、反応時間の個人差によるものではないかと椎察したからある。そこでベッセルは、熟練した数名の天文学者により、2人ずつ数日にわたり同じ数個星を交互に観測してデータを比較した。
【結果】 個人内の変動は比較的少なく、個人間で系統的な差異があることが見出された。
たとえば、A、B2氏の間の差異とB・C2氏の間の差異から、まだ直接的には比較してないA・C2氏間の差異を間接的に予測できることが明らかにされた。
これらの事実からベッセルは、個人間の観測値の差異は個人定数の加減で修正可能であると 考えた。いわゆる『個人方程式(personal equation)』の提案である。
これは、「反応時間の個人差」に注目した最初の研究であり、個人差研究にとっても大き歴史的重要性をもつ研究となった。
7.2) 神経伝導速度の測定
神経興奮が神経線推を伝わる速度については、測定法がなかなか見出されなかった。
ミュラー(1801-1858:ドイツ)…『特殊神経エネルギー説』を提案。
神経伝導は光の速度のように速いと誤った推定をした。
ヘルムホルツ(1821-1894:ドイツ)…生理学者、物理学者。視覚、聴覚の他に反応時間研究もった。
1850年、カエルの運動神経を用い、神経線維のある部位を刺激してから筋肉の反応が生じまでの時間を測定し、刺激部位が筋肉から離れるほど、反応時間が長くなることを見出した。 刺激部位の差と反応時間の差の関係から「神経伝導速度」の推定を試み、毎秒約30メールという値を得ている。
さらに、人間の反応時間を用いて、足の爪先と腱を刺激したときの反応時間の差から、人間「感覚神経における神経伝導速度」を毎秒50〜100メートルと推定した。
この反応速度の差異を利用して神経伝導速度を間接的に測定しようとする試みは、次の滅法による精神過程の所要時間の測定に発展する。
7.3) ドンデルスの減算法
ドンデルス(1818-1889:オランダ)…眼科学者。
2つの条件下で測定された反応時問の差から、それらの条件間の差に対応する内部過程(とえば、より長い距離の神経伝導)の所要時間を推定しようとするヘルムホルツらの試みを精神的課題の差にまで拡張した(1868年)。
【結果】一般に a-反応時間 < c-反応時間 < b-反応時間 となる。
a-反応時間…たんに刺激が与えられたら素早く反応する時間
c-反応時間…刺激を感覚的に弁別して、それが特定の刺激であったときにのみ反応する時間 (弁別反応時間)
b-反応時間…さらに刺激を弁別し、刺激の種類に応して、それぞれ別の反応を行う時間
(選択反応時間)
ドンデルスは、a、c、b間の反応時間の差は、より複雑な課題を遂行するために必要とする 精神過程の所要時間に対応していると考えた。つまり、
c-反応時間 − a-反応時間 = 特定の刺激の弁別に要する時間 …@
b-反応時間 − a-反応時間 = @+その刺激に対する意志決定に要する時間
このように2つの課題場面での反応時間の差異から、その一方だけに加わった心的過程の所時間を推定する方法を『減算法(subtraction method)』と呼ぶ。
7.4) 精神時間測定の時代
当時、心理学を学問として確立させようと努力していたヴィルヘルム・ヴント(1832-1920ドイツ)は、ドンデルスが考案した減算法に注目した。
ヴントはさらに複雑な種々の心的課題遂行に要する反応時間に、この減算法を適用して、段階の心的過程の所要時間を推定しようと試みた。よって反応時間の研究は、ライプチッヒヴントの実験室を中心に盛んに行われるようになった。
1880〜1890年代のこの時代を『精神時間測定の時代(period of mental chronometry)』と呼ぶ。 ヴントは、次のような反応時間課題を用いて、それぞれの時間差から、各段階の心的過程所要時間を推定しようとした。
反応時間1 = 反射(生得的感覚一筋肉反応)
反応時間2 = 自動的反応(学習された自動的反応)
反応時間3 = 簡単筋肉反応(1刺激、1反応、運動に注意)
反応時間4 = 簡単感覚反応(1刺激、1反応、刺激に注意)
反応時間5 = 認識反応(多刺激、それぞれ明瞭に知覚、1反応)
反応時間6 = 連想反応(多刺激、連想して反応)
反応時間7 = 判断反応(多刺激、連想後判断)
これらの種々の課題に対する反応時間の差異から、次のような心理過程の所要時間を推定した。 有意衝動 = 反応時間2−反応時間1
知覚 = 反応時間3−反応時間2
統覚 = 反応時間4−反応時間3
認識 = 反応時間5−反応時間4
連想 = 反応時間6−反応時間5
判断 = 反応時間7−反応時間6
【批判】 キュルペ(Kulpe、 o.、1893)は、課題の変化は、被験者の態度を変化させ、全心的
過程に影響を及ぼす点から、「判断反応 = 反射+衝動+知覚+統覚+認識+連想+判断の総和が成り立つような単純な加算的仮定を批判した。
その後、反応時間の問題に限らず、ヴントの要素論が根本的に批判され、ゲシュタルト心学を中心とした全体論が優勢になるに従って、反応時間を用いた心的過程の時間測定の試みすたれていった。しかし、近年に至り認知心理学の立場から、直列的情報処理のモデルの適の際の重要な研究法として、また反応時間は、作業場面や運転行動における安全や能率にも係するので、応用心理学や人間工学においても重要な問題となっている。
(8)実験心理学の確立