あとがき

 海外へ旅に出ることを教えてもらったのは うちのかみさんです。ありがとう。
ランサマイト先輩方のWebサイトにもたくさん助けられ、たくさんの発見があった楽しい探検でした。
ランサムの本ですっかり自分のものになっていた川や湖や山に、ほんとうに自分が歩き回れたことがいちばんです。ちいさなボートでヤマネコ島に行けたこと、オオバンクラブのビュア川でのこと、ひみつの海で干潮と満潮のどちらもが経験できたこと、森のなかで犬小屋を発見できたことも、岩山に登ってハイトップスを歩けたことも、みんなすばらしい経験になりました。

windermere  きっかけはずっと前のことです。かみさんから、いっしょに初めて海外へ旅に出かけるとしたら どこか行きたいところはないかと、聞かれました。
 私は「ウインダミア湖に行くのなら いっしょにいくよ」と答え、それから湖水地方のことを調べ始めました。こうして かみさんとの初めての海外の旅1998はイギリスに決まりました。
 そのときは「ツバメ号とアマゾン号」の物語の舞台がウインダミア湖あたりらしいと地名は知っていたのです、でもその湖がイングランドのどのあたりにあるのか、まったく知りませんでした。
 旅は国内旅行と同じように、旅の宿をユースホステル中心で決め あとは均一の鉄道切符ブリットレイルパスと航空券を用意しただけのきままな旅でした。
 ウインダミア湖とコニストン湖のそれぞれの湖岸で、私は湖水に両手をつけて ようやく来られたことにひとり感激してました。そして、ディックとドロシアが吹雪の中を到達した「長い冬休み」に出てくる北極点に行けたときには 涙が出そうになったことも、ランサムを読もうとしない かみさんには内緒です。
 ここで見ていただいた2003年の探検はひとり旅でした。かみさんといっしょなら 行けないところ、岩山を歩くのも、宿の予約なしで出発できたのも ひとりだったからです。

 このサイトにつけた"Three cheers for Wildcat Island"というジョンのことばは「Swallows and Amazons(原書)」の最後に出てきます。夏の終わりに子どもたちがヤマネコ島に別れを告げ、ツバメ号とアマゾン号がそれぞれの進路をとる場面です。

    子どもたちが屋形船湾を通り抜けるとき、フリント船長が別れを言いにボートを漕いできました。
   「さよなら」と子どもたちが叫ぶと、「来年またな」と船長は叫び返しました。

 ずっと子どもの心を失わないで、いつでもここへ帰っておいでと。



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 英語の苦手な私では ちょっと無理があるのですが、なんと英文のページを少しずつ作り始めています。 きっかけは、チェコのYouthHostelから このWebサイトがどのように見えるか呼び出してみたことがあったのです。でも画面には日本語はまったく表示できなくて無意味な記号が並んでいました。
これは、使わせてもらった機械が日本語に対応していなかったためなのです。
 この経験から、お世話になったイングランドの方にも見てもらえるように、また、自分の勉強も兼ねて英文ページの作成を始めました。文法の間違いはぼちぼち修正してます。日本語のページもまだまだ不十分な状態なのですが、苦手な英作文を楽しんでやっています。
 たくさん文法の間違いなどがあるかもしれません。指摘や助言をしていただけるとありがたいです。

 辞書では調べようがなくて ずっとわからなかったのは、ヒツジの声「メエー」とか、カモの声「グエッグエッ」など 英語ではどのように表現するのでしょうか。
(後日、アメリカ生まれの人にこのことを教えていただきました。カモは"quack quack"、ヒツジは"baa baa"となくのだそうです。)


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